ラ・ヴィ・アン・ローズ

作者:OZ


 ひんやりとした、どこかしらの地下である。
 薔薇色の羽毛はしっとりと冷たかったが、黒々とした鳥の目玉にはきろきろと何らかの意志が燻っていた。
 時折ぼそぼそと地下室の湿気に消えていく独り言なのだろうそれは、彼――便宜上こう述べる――の足元に転がっているヒトの耳がまだ音を拾えたならば、こう言っていた。
 ――これもまた、救済のひとつであったはずなのに。
 黒々とした鳥の目玉は先刻となにひとつ変わらないが、そこからぽろぽろとヒトのそれのような涙がこぼれた。
 かわいそうに、と不意にした己以外の声に、薔薇色の鳥は振り向いた。
 いつの間にか背後に立っていた華を纏ったそれが、己と近しい、それでいて異なるビルシャナであると解するのは容易かった。
「……それが貴方の信仰ですか」
 薔薇色の鳥の足元に転がる死体を一瞥して、華を着たビルシャナが問う。薔薇色の鳥は答えた。
「――信仰、だったものです」
「なるほど」
 何がなるほどかと悪態のひとつも吐きたくなったが、薔薇色の鳥は黙っていた。ヒトであったときもそうだった。往々にして『関わり』というのはこういうものなのだ。
 それから華を着たビルシャナはにこりと微笑んだ――ように思えた。
「取り戻しましょう、貴方の信仰を。ユグドラシルの名のもとに」


 九十九・白(白夜のヘリオライダー・en0086)は、一仕事終えたかのように息を吐いた。定期的に雲隠れするのは最早彼の十八番だが、今回は一層長かったように思える。
「いやー……ケータイの契約切れちゃいまして」
 俗世からずいぶん離れてました、と白は笑うが、どこまでが本当なのかは知らぬが仏というものだろう。
 彼がいるところにはよくいるもうひとり――夜廻・終(よすがら・en0092)も静かにヘリポートにいる。髪がざんばらに切りそろえられているあたり、伸びた部分を自分で切ったのかもしれなかった。依頼内容を聞くまでもなく行くことを決めているような少女に向けて、白はひらりと手を振った。
 知った者もいるかもしれないが、知らない者たちを前にするように、白はヘリオライダーの顔をする。
「ビルシャナによる自殺幇助を止めてください」
 厳密には事件ではないのかもしれませんが、と苦笑が挟まる。
「『彼ら』が関わっている以上……俺が、皆さんが為すべきこと、ですからね」
 デウスエクスを『彼ら』と、何かしらの含みを持たせるように白は呼び、それからある程度の情報が語られた。
 いままでは密やかに死を求む誰かの「背を押して」いるだけだったたビルシャナが、数日後に大きく『こと』を起こす。
 白曰く、『手助け』の過激化――それも複数名を対象とした物理的な、であるらしい。
 死のうとしているのが許せないから『手助け』する――筋が通っているのか、いないのか、わからない。ともすれば、ビルシャナの『理由』はそこにないのかも、とも白は言った。
 攻性植物を纏った『ここのところたまに見かける』ビルシャナでもある、と。
「場所は――廃ビルの屋上です。いやもうほんと、実に解りやすい」
「死ぬのにうってつけ」
 淀んだ冗談を終が飛ばすと、笑えないことを笑い飛ばす趣味はないはずだが、白はなんともいえない笑いをこぼした。
 六人程度の自死志願者たちによる『パーティ』をどうするかはお任せしますと言ってから、白はふと黙って考え込んだ。誰のものでもない視線に気付くと、言い繕うように青年は口を開く。
「ああ、いえ……垣間見たビルシャナの羽根が、綺麗な色をしていて。どうしてだろうなと少し思ってしまったんです。――ビルシャナに限らず、誰もが己の生きかたを持っている。俺は、それを信仰や教義と呼んでもいいのでは、と、そう思ったりしていて」
 宗教的な意味で『信仰』をお持ちの方には叱られてしまいそうですが、と白は続けた。
「……自分以外の『何か』に、影響されて取り戻した信仰というのは、ビルシャナにとって『信仰』のままであるんだろうか、と。……まあ、それはさておき今回のビルシャナ、原型はオオマシコみたいです。英名はローズフィンチと言うんです」
「原型、って……」
 終が白を見上げると、白はこともなげに言った。
「いや……俺、どうもビルシャナ事件に縁があるので。いままで見てきた彼らはどんなヒト――鳥だったのか、興味が出てきてしまって」
 どうしてでしょうね、と、ヘリオライダーは首を傾げた。


参加者
火岬・律(迷蝶・e05593)
ドミニク・ジェナー(晨鐘アンダンテ・e14679)
ナクラ・ベリスペレンニス(ブルーバード・e21714)
白樺・学(永久不完全・e85715)

■リプレイ


 素晴らしきかな人生、はじめに言ったのは誰だったのか。
 はじめて聞いたのは、いつだったか――何故覚えていないのか。薔薇色の、かつてヒトの腕だった羽を撫でつけながら、ビルシャナは六人のヒトと共に街を見ていた。
「どうして震えるのです」
 ヒトの言葉ではあったが、言葉と共にころころと混ざる不思議な音もあった。小鳥が首を傾げるときに鳴らすようなそれだった。
 ひとり、ビルシャナの隣にいた女がビルシャナを見上げた。
 なんとも言えない笑みを吐いて、それだけで女は応じた。
「……」
 ビルシャナが女を見つめる瞳は、女に対して何か応えようとしたが、その前に彼の視界の隅に入るものがあったようだった。
 ビルシャナが振り向くと、各々に、彼を中央として並んでいる自死志願者たちもそれに倣った。
 白樺・学(永久不完全・e85715)は不愉快そうにそれを見つめる。学と同じ色合いの『助手』もまた、彼の側に控えていたが――学はそちらを一瞥もせぬまま、ただ、なんとか舌打ちを引っ込めたようだった。
「揃いも揃って、生きているのに死んだような顔を」
「学、……怒るのはあとで」
 舌打ちの替わりに溢された感情を、既に得物を構えながら夜廻・終(よすがら・en0092)が諫める。学の口元がさらにへの字に曲がったが――終もそちらを見なかった。「怒ってはいない」と学は反論をしようとも思ったのだが――故に、それも引っ込める。
「いち、にィ、さん、し。ご、ろく……それと、やっこさン。確かに白が言うとった人数じゃなァ」
 ひとりひとり、まるで従者のようにビルシャナの傍に並ぶ人々を指差し確認しながらドミニク・ジェナー(晨鐘アンダンテ・e14679)が言った。
 風はなかった。ただすっかり冷えた空気のせいで、鼻先の感覚が鈍い。
 指先は、いつでも引き金を引くことができるように揉み込んで、常時フラットな感覚があるというのに。
「……なんのことです?」
「おン?」
 不思議と悠々と場に満ちていた、妙に穏やかな静寂を破ったのはビルシャナだった。ドミニクの言葉に対しての反応だと辛うじて解ったために、ケルベロスたちの表情に僅かな緊張が差し込まれる。
「ここには生憎、私と、みなさんしかおりませんが」
「なにを、言って――」
 いつビルシャナが動いてもいいように刀に手をかけながら火岬・律(迷蝶・e05593)が言うと、ビルシャナはようやく何かに気づいたように「ああ」と――ころころと――零した。
「これらのことですか。お気になさらず。これはもう、あなたがたが『助けなければならないヒト』では――ないのですから。そうか、邪魔でしたら、そうですね」
「あ」
 とん、と。
 本当に何気なく、いらないものを屑箱に投げ入れる気軽さで、ビルシャナは側にいた女を押した。女の身体が小さな声とともに一瞬にして傾ぎ、安全の保証などなにもないビルの縁から身体が消える。
「ッ!!」
「つ――ンの野郎ッ!」
 ケルベロスたちは無論即座に反応するが――いのいち、早かったのは終だった。戦闘の心得はあれども、近況を思えば、彼女の力ではあらゆる前線において力不足だろう。本人にもその自覚があったのか、ここしばらくは仕事に出ると補助の役割をこなしていたが――その終が、咄嗟に獲物をかなぐり捨てて、落ちた女を追って虚空へと跳んだ。
 ドミニクが呼ぶよりも早くに、終の身体も下へと消える。
「信じろッ!」
 ナクラ・ベリスペレンニス(ブルーバード・e21714)が声を張るとともに、携えていた小型のカンテラをこちらもまた、投げ捨てた。


 きちんとこのビルが『活きて』いたころには、フェンスとてあったのだろう。
 それもいまや、見る影もない。本来在るべき此方と彼方の明確な境目は、ここには無かった。
 明かりも同じだ。ほんの少し先には穏やかに煌々と光る生活の灯が見えるというに、ここに有る光源といえば、ナクラが投げ捨てたおかげで微かに燃え広がった、原初的な炎以外にはない。
 月明かりとて、あるにはあるが――それを感じようとするにしては、街のあかりは些か強い。
 何故、などという問答は、とうに不要だった。
 ――このビルシャナは、ヒトに害をなす。
 それがほんの数秒前に、明確に晒されてしまったのだから、もう動くほかはない。
「……ッそれが大義であれ、なんであれ――」
 律が低く唸る。普段から硬い表情が、いまは更に硬かった。
 滑るような一太刀が三日月のような弧を描く。ビルシャナはそれを真っ向から受けた。
 本当に、柔らかな薔薇色をした翼だというに、その抵抗は鋼よりも堅い。
「何故、憤るのです?」
「……っ!!」
 翼と刃の切り結びを、ころころとした音混じりに、袖を払うような所作で押し返す。
 見目よりずっと、その圧は重い。
「……言ったでしょう。それらはもうヒトではないのです。ですから、お気になさらずと」
 ビルシャナは決して愉快そうではなかったが、かといって不愉快そうでもなかった。ああ、仕方ないとでも言うかのように、律が切り結んでいた間に『残り』の自死志願者たちをビルシャナから引き剥がした学たちを見つめる。
「それらはもう、死体です。……生きたいと、生きていたいと思わぬものに、あなたがたが心を砕く必要は、ない――」
「心を砕いているかどうかは別として。……それを決めるのはお前じゃあない。お前にとって『あれ、これ、それ』だとて、僕は、こいつらが僕の目の前で死ぬことを許さない」
「……傲慢な」
 憂うように、ビルシャナは瞳を伏せる。
「そりゃ多分、お互い様だっ! ニック、さっさと片して、終を!」
「おォ!」
 たなびく魔力に、ナクラの髪が躍る。ビルシャナの眼前に飛び込むや、いつだったか許された愛称をさらりと口にすれば、当たり前のようにドミニクがそれに応じた。ドミニクは吠えるような怒声と共に、容赦無く引き金を弾く。
 ――どこか冷静だった自分がいたことを、早速後悔している。
 それを後悔と拾えるほど、いま、ドミニクの冷静さは、なかったかもしれないが。
 語ることで、問うことで、凶行を止めることすらできるのではないか。
 幾度か顔を合わせたことのある面子のサポートがあり、理知あるビルシャナが相手であれば――。
 切り結ぶ律も、ナクラも、時折わずかな傷はつけれども、深く踏み込むことは適わない。人数によるものもあるだろうが、どうやら純粋に――強いのだ、このビルシャナは。
 一方、華を纏い、それを手繰るビルシャナは酷く怪訝そうな顔をしていた。何故、ケルベロスたちがここまで憤るのか理解できない。その表情は、確かにそう語っていた。
「む……」
 唸ったビルシャナは、もしや、と続ける。
「さっきのお嬢さんは、死に急いだわけではない……?」
「ッ――ったりめェだ、終になンぞあってみィ、ワシゃァテメェを許さんぞ!」
 なけなしの理性が、ドミニクを後衛からは動かさない。
 吼えたける激情をそのままに、数少ないケルベロスによる陣形を崩したならば――『敵』を仕留めることは恐らく難しくなる。その判断はかなしいほどに正確だった。
「落ち着け!」
「しとるわィ! じゃかァしい!」
「――!」
 律とナクラに補助の力を向けながら声を張った学に、ドミニクは弾丸の雨を放ちながらがなり返す。
 ち、と無意識に、先ほど引っ込めた舌打ちが学の口元から改めて出た。
「――助手! 全力でそいつらを守れ! 絶対だ、僕の助手ならたまには役に立てッ!!」
 学のシャーマンズゴーストは、その声にぴっと敬礼を返したのだが、シャーマンズゴーストの背後に庇われた自死志願者たち以外は誰ひとり、それを見てはいないだろう。


「……なれば、お嬢さんには申し訳ないことをした。無事だと良いのですが」
「何を……!」
 律とナクラの猛攻を再三薔薇色の翼で防ぎ、弾き――それから距離をとってビルシャナは言った。
「私は、祈りに殉ずるもの。――それを違えるつもりはないのです」
 翼の先――それは例えるなら『恐竜図鑑』に載っているだろう翼竜の手のようだった。その鉤爪を、ビルシャナは己のもう片方の肩にかける。
 異様な雰囲気に――それだけではなく、いまこれを『邪魔』すれば手痛い反撃があるだろうと予見できたからこそ――誰もそれを止められない。
 薔薇色の羽の下には、どうやらきちんと肉があるらしい。
 肩に食い込んだ己の爪に、ビルシャナのあるのかないのか判り難い表情が、それでも確かに歪んだ。音でもしそうなものだったが、生憎誰の耳に届くほどの、わかりやすい音響効果は存在しなかった。その代わりに、溢れ出る薔薇色よりも濃い赤が、羽を染めてゆく。ヒトと同じようでいて、その血は酷く甘く薫った。
 ヒトだったかつてのままではあり得ない膂力で、ビルシャナは己の片腕を身体から引きちぎる。はあ、とひとつ息をつき、「これで替わりになるとは思いませんが」と、ビルシャナは言う。
「今となっては、私はヒトにあらざるもの。……それに立ち向かおうとする『ヒト』であれば、それは死を願うのと大差はないと、そう思いましたが……そうか。あなたがたは、」
 ケルベロス。
 自傷に呻きながら、ビルシャナはそう続けた。
「――ヒトでありながら、最早ヒトに許された柔らかさなど棄てている方々でしたね。私と同じ土台に、立っている……」
 荒くひとつ息をつき、ぽいと、引きちぎった片腕をその辺りに投げやる。
「……であれば、私のことも、私の信仰も、ご理解いただけるのではないですか?」
「……生憎と」
 律がビルシャナを見据え、構えたまま言う。
「私は信仰心等、欠片も持ち合わせていません」
「……んでもって、人様の信仰を否定する趣味だって持っちゃいないけど……誰かに向けられた殺意を放っとけるほど、無関心でもいられなくてね!」
 いつ踏み込むか、隣り合う律と測りながらナクラも言う。
「殺意? ……なるほど、問答が不要なわけです。私は、もう死んだものを『片付けて』いるだけ。それをあながたがは、まだ生きているヒトを殺そうとしている、そう、思っている――」
「厳密には違うがな……!」
 そういうことにしておいてやる、と、後方から学が声を張った。
 練り上げられた力が、うねるケーブルを射出させる。
 瞬時にその奇襲に気付き、避けようとしたビルシャナの逃げ場をドミニクの弾丸が遮る。そこから更に退くことも許さず、ナクラと律が薔薇色の動きを止めた。
「お前の……貴様の持っていた本来の信仰は、本当に今の『それ』なのか確かめるがいい。貴様の裡に刻まれたものを辿って、だ……!」
 学のグラビティに、薔薇色のビルシャナが絶叫を上げる。
「テメェがどんな信仰を持ってンのかは知らねェ、知ったこっちゃぁねェ!! だがそりゃァ……祈りだったはずじゃァねェンか、アァ!?」
 ドミニクの我慢が切れる。
 学のケーブルに縛られ、力を流し込まれるビルシャナを、更に上から全体重をかけて蹴り伏せる。
「ニック!!」
 ナクラが危ないと叫ぶ前に、ドミニクの腱から赤が咲いた。横一文字に裂かれた、地に足つけて立つための足が、傾ぐ。
 だがまだだ。倒れない。
「……っ……なンのためだ、テメェは、何がしたくて……!」
 痛みを感じているのか、いないのか、側からはわからない。だからこそ、律もナクラも飛び込むほかなかった。縛られ、踏みつけられ、それでもまだ、花と共に異様な圧を纏うビルシャナに、ままよと言うかのように各々の刃を突き立てる。
「その『花』は……本来貴方が持っていたものなのですか。その信仰は、信念は……本当に、貴方のもので?」
 一瞬たりとも気も力も抜かず、刀を突き立てたまま律は問う。
「花」
 ヒトよりも、やはりずいぶんと甘い血の匂いを漂わせながら、それこそ今気づいたように、ビルシャナは言った。
「おや、これは、……なんだっけ、これ?」
「……っ」
 ぞわりと、律と共にビルシャナを貫いていたナクラの肌が粟立つ。
 それまでのどこか演技じみた、ビルシャナの気配が一瞬消えた。それと共に、彼が纏っていた花が、薔薇が――緩やかに消失する。
「ああ……あれ? ぁう」
 痛い、と、そこらにいそうな青年のような声でビルシャナは呻き――信じられないものを見るようにケルベロスたちを見て、それから――その瞳が急速に光を失うまでに、数秒も掛からなかっただろう。


 操られていた、などとは言うまい。
 元々あった祈りを、何かしらに、ナクラが思う『悪意』をもって――それが歪にされたことは、それでも理解ができた。
 恐らく、きっと――今はそんな曖昧な言葉でしか言い表せないが、ナクラの中には、否、この場にいたケルベロスたちの中には、しっかりとした確信があった。
 寒さゆえか、或いは別の理由ゆえか、震える自死志願者たちを前に、律は言い出したことを少しばかり後悔していた。
 ――夜廻さんを探しに行ってあげてください。
 寄り添うことが間違っているとは断じて思わない。だが――ふと思ってしまった。先に落とされた女の安否は――正直なところ、わからない。だが、ケルベロスである少女ならば、この高さから落ちた『だけ』では早々死にはしないだろう。その言葉に、律以外の面子は、慌ただしくビルを降りて行った。
 残されているのは律と、五人の自死志願者たち。それと――どうしてか、学についていくべきだろうシャーマンズゴーストも残っている。どこから取り出したのか毛布を、そっと震えるヒトにかけたりと、なかなかどうして、律よりも素直に面倒見が良い。
(「――そうか、まだ、彼らは生きているから」)
 寒いのだろう、と、律もようやく、素直に思った。
「……大丈夫ですか」
 だから律は、そう口にする。
 毒々しい輝きは、きっと己も、かつて纏っていたものだ。――だからこそ、「あてられた」のだと、そう思いながら。

「終、しっかりせェ……!」
「ニック、大丈夫だ、落ち着けって……!」
 半ば泣き出しそうな声のドミニクを、ナクラが抑える。
 女にも、終にも息はある。――落ちた先はそれでも緩衝剤となるものはなく、どうにかこうにか、ケルベロスとして『工夫』して女性の最低限の無事を確保したらしい終は、ぐったりとしたまま目を開けない。ドミニクともナクラとも、以前会ったときよりもざんばらになっている髪は、吐いたらしい血で頬に張り付いている。
 感覚を研ぎ澄ませ、終の鼓動を医師として『戻した』学は、深く深く息を吐いた。
「あとは……」
 それから、言い淀む。
 祈れ、など。
 祈りを歪められたものを殺した直後、この場でどうして続けられよう。
 あり得ない方向に曲がった女の脚は、自死の覚悟を決めたにしては――あるいは、決めたからこそ――洒落たヒールを履いていた。

作者:OZ 重傷:夜廻・終(よすがら・en0092) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年12月23日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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