竜よ、世界樹の声を聞け

作者:麻人

 体から力が失われてゆく。目指す地まであと少しというところまで、ドラゴンはたどり着いていた。
 深夜の城ケ島上空――干からびた体は潮風にあおられ、ほとんど落下するようにして近づいてくる。
 来た。
 それが来ることを知っていたかのように、待ちわびていたかのように多数のニーズヘッグが群がった。先を争うように貪り、食いちぎられた骨が島の周囲に落下しながら竜牙兵に姿を変える。
 からからと骨の鳴る音が波間に紛れ、やがて聞こえなくなった。

「どうやら、ユグドラシル・ウォーの後に行方知れずとなっていたデウスエクスの連中が活動し始めたらいいっすね」
 黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004) が言うには、ニーズヘッグの集めた力に導かれるように地球上へと転移してきたドラゴンの一群がいるらしい。
「ほら、竜業合体によって本星から地球を目指してるドラゴンたちのことっすよ。その中でも先遣隊として本体に先駆けてやってきていた個体が力尽きながらも地球まで到達を果たしてたっていうんだから、驚きっすよね。しかも、話はここで終わりません。このドラゴンの肉体を構成していた骨という骨が、ニーズヘッグの力を注がれて竜牙兵へと姿を変えているんっすよ」
 しかも、その数は膨大。
 産み出されたばかりでまだ強敵とは言えないものの、物量で押されるのはやっかいだ。
「問題はこっからっす。こいつら『竜業合体でやってくるドラゴン達の為にグラビティ・チェインを集める』っていうニーズヘッグの強い意思を受けて、いまにも町を襲って人間を蹂躙しようとしてるんっすよ。こいつらを急ぎ迎撃して上陸する前に水際で食い止めてもらえますか?」

 ユグドラシルの根と共に姿を消したニーズヘッグが拠点にしているのは神奈川県城ケ島。
 竜牙兵は『城ケ島の竜牙兵の数が一定以上』になると『100体程度の群れを編成』し、グラビティ・チェイン略奪の為に人里を求めて出撃するという行動を行うようだ。
 この習性に基づき、彼らは今夜、城ケ島大橋周辺の浅瀬から本土への上陸を試みる。辺り一帯は船着き場で、無人のクルーザーが並んでいる。竜牙兵はこれらを足場代わりに乗り越え、蹂躙すべき人間を求めて町を目指すつもりだ。
「司令塔となる竜牙兵が1体、先陣を率いて最初に姿を現します。こいつは特に強いっすよ。他に気になるのは回復を持ってる少し強めの小隊長っすかね。こいつらは後ろの方にばらけて自分からはあんまし近づいてこないみたいなんで、見分けはすぐにつくはずっす。残りのやつらはとにかく数で押してきます。海から続々と姿を現す竜牙兵の群れ……ぞっとしないっすね」

 幸いなことに、竜牙兵の数は無限に増えるわけではない。いつかは底をつきるということだ。竜牙兵をできるだけ減らし、ニーズヘッグを丸裸にする。そうすれば拠点への強行調査も実行できるようになるだろう。
「ただでさえニーズヘッグはユグドラシルから力を集めてるっていうのに、これ以上の戦力を持たせるわけにはいかないっすよね。奴らが態勢を整える前にここらでいっちょ叩いてやりましょうっす!」


参加者
ピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)
端境・括(鎮守の二挺拳銃・e07288)
高橋・月子(春風駘蕩たる砲手・e08879)
千歳緑・豊(喜懼・e09097)

■リプレイ

●竜の落とし子たち
 陸を目指す。冷たい波間をかきわけ、風雨に晒されつつも目指すのは収奪するためだ。集めろ――グラビティチェインを集めろ。白骨の兵士たちは群れを為して突き進む。
 やがて、静かな船着き場が見えて来た。

●水際作戦
「また沢山出てきたねぇ……」
 ピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)は呆れたように肩を竦めた。海を渡る白骨の群れは港からでもよく見える。百と聞くと多そうだが、こうして見ると思っていたよりも少なく見える。場所が広いためだろう。
「まずは桟橋をなんとかしないといけないだろうねぇ。絶対に、町には向かわせたくないからね」
 主戦場となるのは船上。ならば他はどうしても注意が逸れ、手薄となる。ピジョンはアームドアーム・デバイスを使い、上陸への取っ掛かりとなりそうな桟橋にバリケードを形成してしまった。
「多勢に無勢も悪くはないんだが、今日はいつになく分が悪いかな?」
 千歳緑・豊(喜懼・e09097)のぼやきに高橋・月子(春風駘蕩たる砲手・e08879)がくすりと微笑む。
「あら、豊君にしては弱気ね。とはいえ、猫の手まで借りたい状況ではあるけれど」
「無理はしないでくれよ」
 育ての親である月子には未だに頭が上がらない。肩を並べて戦う気恥ずかしさを誤魔化すように豊は頭をかいた。そろそろ敵がやってくる時間である。ジェットパック・デバイスを起動し、上空へと飛翔した状態で竜牙兵を迎え撃つ。
「ブランクは言い訳にしないわよ」
 こんな状況でも、月子は頼もしい。
「ドローンたちが少しでも牽制になればいいのだけどね……」
 さあ、どうなるか――?
「!!」
 船上を浮遊する月子のレスキュードローン・デバイスは竜牙兵たちから見ていい目印となったようだ。それを目指し、一直線に群がってくる。
「来るぞ!」
 端境・括(鎮守の二挺拳銃・e07288)は周囲にありったけのオウガメタルを展開し、絶対に通さない構え。
「城ヶ島の竜牙兵……五年前から妙に因縁づいたものじゃのぅ。とはいえ、ここは絶対に通さぬよ。無辜の民を襲うとあらば、その裏にいるのが何者であれ通しはせぬのじゃ――いざ!!」
 開戦の合図と共に先制攻撃が迸った。
 括の周囲から発生した霜が辺り一帯を冷たく真っ白に塗り替えてしまう。上陸することしか頭になかった竜牙兵が立ち往生したところへ豊の制圧射撃が弾幕となって降り注いだ。
「これは効いたんじゃないかい?」
「うん、出鼻を挫いてやれたみたいだねぇ」
 ピジョンは先に進むのに苦心する連中のなかで1体だけ堂々と進んでくる竜牙兵に目をやった。
「どうやら、あれが司令官で間違いないようだよ?」
「うむ、あれから片付けるのじゃ」
 括の指先を離れた結晶輪が激しく旋回し、生み出した氷嵐が司令官を中心として吹き荒れた。ピジョンは青瑪瑙のナイフを手に躍りかかり、動きの鈍った相手に容赦のない斬撃を浴びせかける。
「これも、ドラゴンの成れの果てなんだよなぁ……」
 力尽きてなお、戦いの道具として生き続ける在り方に一抹の哀れみすら感じる。それこそ骨の一片までこのような姿となってしまったからには、特に。
「だからといって、通すわけにもいかないわけで。マギー、君の力を貸してくれ」
 了解、と手をかざしたマギーの画面が閃光を発する。怒りに我を忘れた竜牙兵たちの死弾がマギーに襲いかかった。
「そう簡単には通さないわよ?」
 だが、既に月子のヒールドローンが自軍を守るように展開している。
「大丈夫、マギーちゃん?」
 喜ぶマギーに頷き、月子は立て続けにドローンを放った。
「やっぱり、大変なのは最初よね。なにしろ敵の数が1番多いんだから」
「ああ、早くあれを倒ししてしまいたいもんだね」
 あれ――豊の示す先には二刀を構えた司令官が隙あらば襲いかかろうとこちらを見上げている。全員が飛行することであの刀の届かない場所に逃れられたのは幸いだ。
「いってこい」
 豊の低い囁きに応える唸り声。
 ――猟犬。
 それは地獄の炎より象られし獣だ。主の声に召喚された獣は軛を解かれたかのように司令官の足元へと纏わりつき、時折吠えては自分に注目を集めて敵の気を引き続ける。
「頼もしいのじゃ!」
 括の放つ氷嵐が吹き荒れ、司令官と共に上陸しようと船に乗り上がっていた竜牙兵を薙ぎ払った。
「あと少し……」
 あれを倒せれば、後が楽になる。
 いまや船上は霜に覆われて冷たい潮風の吹き付ける戦場と化している。ほとんどの竜牙兵が動きを封じられるなかで、司令官の放つ氷の幻影がケルベロスたちの体を冷やし、体力を奪ってゆく。

●竜の潰える海
 災厄は海を渡り、人里を目指してさまよい出でる。しかし、彼らの夜行はさきほどから一向に進んではいなかった。
 ――ケルベロス。彼らに阻まれ、竜牙兵たちの上陸作戦は次の段階にまで至らない。またひとり、船上の仲間が力尽きた。
 一艘ずつ、ケルベロスは確実に敵を落としてゆく。戦線突破を許さない範囲での攻撃であるため、倒す速度は速くはない。それでもまたひとつ、空いた船に新たな竜牙兵が乗り移った。既に半分近い竜牙兵が倒され、治療兵以外の敵はそのほとんどがいずれかの船に取り付いている状態である。
「いい加減に、斃れんか……!!」
 もはや船上でひとりとなった司令官を括の氷結輪がやっとのことで止めを刺した。骨は崩れ、波間に呑み込まれてゆく。
 指揮官を失い、残りの竜牙兵は目に見えて動きが悪くなった。あるものはどうしてよいか分からない様子で船上を徘徊し、またあるものは通れないと分かった上で桟橋に築かれたバリケードをよじ登ろうとして足掻く。
 烏合の衆、という言葉がピジョンの脳裏を過ぎった。
「けど、烏よりはよほど面倒な相手だからねぇ。数は随分と減ったようだけど」
「ここからが正念場だな」
 豊は闇を透かすように目を細め、引き続き猟犬を足止めに走らせた。獣は船から船へと身軽に乗り移り、竜牙兵の足元に纏わりついて侵攻の邪魔をし続ける。
「こいつでどうだい――?」
 掌中のリボルバー銃『雷電』の銃口が紅蓮に燃え、吐き出す炎弾が竜牙兵の生命力を奪い取る。
「ふぅ」
 生命力を食らい、豊は一息をついた。
 見れば、敵の方もさっきから治癒の術が飛び交っている。漆黒の海に映える星の瞬きは死星を思わせてひどく不気味だった。
「あちらも必死なのね」
 月子は呟き、負けじと魔術切開による傷の縫合を計る。ピジョンも左腕の刺青を茨に変えて編み上げた盾で敵の死弾を受け止めた。
「かたじけない!」
 括も地上に鎖の魔法陣を描き、少しでも敵の攻撃を軽減しようと努めた。もし、はるか天空より戦場を見下ろす者がいれば荘厳なる光景を目にしただろう。
「これで終わりさ」
 ――雷の竜がピジョンの胸元のパズルから甦り、暗天を泳ぐように迸って敵を頭から食らった。
「……おや?」
 そこで気が付いた。
「あれは治療兵だよねぇ……そろそろ、届くんじゃない?」
 もはや敵の数は数えきれるほどに減っていた。これなら後方から動かない治療兵であっても狙うのに支障はないと思われる。
「じゃあ、あれから」
「承知!」
 括はピジョンと標的を合わせて両手の銃を発砲。耐久力は低いようで、それほどかからずに三分の一ほどを撃破する。
「こいつを使う時がきたか」
 豊の胸部が変形し、仕込まれていた発射装置から迸るエネルギー光線が竜牙兵を貫いた。頽れるように海面に落ちたきり、上がってこない。
「やれやれ、こんな奴らがあとどれくらいあの島には残っているのかね?」
 肩を竦め、彼らのやってきた対岸の島を眺める。あそこに奴がいるのは分かっているのだ。そろそろ種が尽きてくれると嬉しいんだがな――豊は軽く嘆息し、愛銃を撃ち続ける。
「いつ終わるのかわからんっていうのは厄介なことだよ。まぁ、尽きるまでこうやって相手をしてやるしかないのが分かっているがね」
「その通りなのじゃ」
 括は万が一にも戦線を迂回して突破しようとする敵がいないか目を配りつつ、戦場を絶対零度の世界に陥れる。
「我らの後ろに守らねばならぬ民がいるように、おぬしらの後ろには来たるべき竜の引き連れた災厄が控えておるのじゃろう?」
 決して退かぬ竜牙兵の猛攻こそがその答えだ。城ケ島を根城とするドラゴン、ニーズヘッグ。戦力の整うその時まで爪を研ぎ澄まし、『その時』を待ち続けている。
「我らは、その災厄にまで牙を突き通さねばならぬ。そのための一歩ずつを、確と刻み込まねばならぬ」
 故に括は戦うのだ。
 最後の治療兵を道返の弾丸で撃ち抜き、正々堂々と宣告する。
「この道を押し通るのは、おぬしらでなく我らであると心せよ!」
 もう敵は残り僅かだった。
 月子は最後の攻勢に出る味方を癒すため、戦場を美しいオーロラの光で包み込んだ。一瞬、昼かと見紛うほどに眩い光が視界を埋め尽くす。
「お役に立てたかしらね?」
「もちろんですよ、マダム」
 ピジョンがエレメンタルデトネイションで一気に押し返した竜牙兵の残党を括の氷嵐が万遍なく凍り付かせ、その上から撃ち込む豊の射撃が貫き砕いた。
「さあ、残り一艘だ」
 戦場を見渡せばあれほど溢れかえっていた竜牙兵も最後の船によじ登った数体のみ。ケルベロスたちは頷き合い、攻撃をひとつに束ねた。
「恨んでくれるなよ」
 地獄の炎を纏った弾丸が括の氷結輪と一体になって迸り、ピジョンの雷竜が抉った場所をひと思いに貫いたのである。

●ひと時の静謐
 いずれ、また新たな竜牙兵がこの港へと襲撃を企むのだろう。わかってはいても、その時のために船を沈めてしまうことは月子にはできなかった。
「……早々に海に潜られるのも困るでしょうしね? 直しておくことにするわ」
 元通りになった船着き場には静謐の幕が降りる。またしても上陸を阻まれたニーズヘッグは何を思うのか。
 闇に沈む城ケ島は、いまだ何も語る様子はなかった。

作者:麻人 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年11月27日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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