オークは蘇りて露天風呂を襲う

作者:紫村雪乃


 冷たい闇の中、黒衣が揺れた。
 森の中。黒々とした二つの影があった。
 ひとつは、黒衣に身を包んだ女の姿をした死神である。そして、もうひとつは藪の中に横たわるオークであった。その見開かれた目は、死んだ魚のそれのように白く濁っている。
 そのオークの身に、死神は球根のような『死神の因子』を植え付けた。
「さあ、お行きなさい。そしてグラビティ・チェインを蓄え、ケルベロスに殺されるのです」
 豚の顔をもつ淫獣は、ゆらりと立ち上がった。ゆっくりと歩き出す。
 オークの狙いはやや離れたところにある女性専用の露天風呂であった。そこに十人ほどの女性がいることを、彼は敏感に感じ取っていたのである。
「ブヒヒ。女……なぶり殺す」
 オークはニタリと笑った。


「死神によって『死神の因子』を埋め込まれたデウスエクスが暴走してしまう事件が起きることが分かりました」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はいった。
「『死神の因子』を埋め込まれたのはオーク一体。死神が選んだだけあって、強力な個体のようです」
 死神の因子を埋め込まれたデウスエクスは、大量のグラビティ・チェインを得るために人間を虐殺しようとする。
 が、今回のオークには本能が残っていた。まずは女性に生殖行動を行い、その後、殺そうとするに違いなかった。
「殺戮が行われるより早く、露天風呂に赴き、デウスエクスを撃破してください」
 セリカはいった。
 今から行けばケルベロスの到着は襲撃直前となるだろう。二つの班に分け、一班が避難を、一班が足止めをするのが有効な作戦であった。
「オークの攻撃方法は?」
 凄艶な女が問うた。和泉・香蓮(サキュバスの鹵獲術士・en0013)である。
「触手です。背から十本生えており、それを鞭のように、あるいは硬質化させて槍のように振るいます」
 それと、とセリカはケルベロス達を見た。
「この戦い、普通に戦うだけでは死神の思惑に乗ることとなります」
 このデウスエクスを倒すと、デウスエクスの死体から彼岸花のような花が咲き、どこかへ消えてしまうのだ。
「死神に回収されてしまうのです。ですが、デウスエクスの残り体力に対して過剰なダメージを与えて死亡させた場合は、死体は死神に回収されません」
 セリカはいった。それは体内の死神の因子が一緒に破壊されるからである。
「露天風呂が襲われるのなら、避難が必要ね」
「はい。オークが現れると同時に」
 香蓮の問いにセリカがこたえた。
「ただ先に避難を行うと予知が変わり、オークは別の場所を襲ってしまうでしょう」
「なら避難のための足止めが必要ってこと?」
「そう思います。それと、もう一つ注意することが。オークは殺す前に快感を与えようとします。その方がグラビティが美味しくなるから。方法は対象が嫌悪する暗示を与えるというものです。例えば痴漢を嫌悪するなら痴漢されているという暗示を与えてくるのです」
「まったく厄介な敵ね」
 香蓮は肩をすくめてみせた。


参加者
ラインハルト・リッチモンド(紅の餓狼・e00956)
葛城・唯奈(銃弾と共に舞う・e02093)
ミスラ・レンブラント(シャヘルの申し子・e03773)
コクマ・シヴァルス(ドヴェルグの賢者・e04813)

■リプレイ


「せっかくの温泉なのに、ゆっくり浸かる時間もないとは」
 闇降る木陰。溜息まじりの声が流れ出た。
 声の主は二十代半ばほどの青年である。端正な顔立ちではあるが、人間ではない。ウェアライダーであった。
「今回は人数の関係上、囮作戦は使えませんが……なるべく被害を抑えたいですね」
 やや不安そうな声音で青年ーーラインハルト・リッチモンド(紅の餓狼・e00956)は傍らのコクマ・シヴァルス(ドヴェルグの賢者・e04813)にいった。が、コクマは聞いてはいなかった。ただ一つのことに思考が集約されていたからだ。
「ああ…忌々しい」
 きりきりとコクマは歯を噛み鳴らせた。
「毎回毎回オークはいい思いをしおって…叩き潰す」
 ぞっとするような怨嗟の声をコクマはもらした。

 同じ時、露天風呂には二人のケルベロスの姿があった。葛城・唯奈(銃弾と共に舞う・e02093)とミスラ・レンブラント(シャヘルの申し子・e03773)である。
 唯奈は湯に身を沈めていた。乳白色の湯のためにその裸身がさらされることはないが、胸元から察するに、かなり大きな乳房の持ち主のようである。
 その唯奈の近くには伏せた桶がおかれてあった。中には二丁の銃が隠されている。
 そしてもう一人。ミスラもまた湯に浸かっていた。こちらは唯奈ほど胸は大きくなさそうだ。
「きっちりお灸を据えてやらないとね」
 唯奈がいうと、そうだな、と答えてミスラは立ち上がった。現れた裸身は彫刻の女神を思わせる見事さで、均整がとれている。楚々とした外見からは想像もつかぬ艶やかな肉体であった。
「暗示、か」
 ぽつりとミスラは呟いた。セリカの話では、オークはいやらしい暗示をかけてくるという。では、自分がもし暗示にかけられたらーー。
 ミスラの脳裏に凄まじく淫らな妄想が浮かんだ。ホームレスに陵辱されている妄想である。貞淑そうに見えてはいるが、本当のところ、ミスラは性的な事に対する興味が旺盛なのであった。


「うん?」
 ラインハルトは目を眇めた。闇の中、近づいてくる異形がある。オークであった。
「きましたね」
 ラインハルトが木陰から飛び出した。オークの前に立ちはだかる。
「ここから先へはいかせませんよ」
「何だ、お前は?」
「ケルベロスです」
 答えたラインハルトの手は、すでに前方に差し伸べられていた。
 次の瞬間だ。ラインハルトの人差し指が閃光を噴いた。
 放たれたのは気の弾丸だ。着弾と同時にオークの肉体が軋み、よろりと後退する。
 が、このオークは強力な個体であった。後退してなお、彼は攻撃に転じた。ラインハルトめがけて触手を飛ばす。
 バシッ。
 触手が打った。ラインハルトを庇ったコクマを。その肌が爆ぜ、傷は骨にまで達している。恐るべき触手の威力であった。
 とはいえ、すでに戦闘中だ。さすがに暗示をかけている余裕も、またそのつもりもオークにはなかった。
 その時だ。唯奈とミスラが駆けつけてきた。
「ふん」
 走るミスラから鮮血が噴いた。それはミスラの全身を禍々しい紋様となって覆った。
 悪鬼羅刹紋完了。
 瞬間、凄まじい闘気がミスラから放散された。その余波により、彼女を中心とした旋風が渦巻く。
 ほぼ同時。唯奈のリボルバー銃が火を噴いた。唸り飛ぶ弾丸はしかしオークを外れーー。
 死角である左斜め後方からの衝撃にオークはよろけた。何が起こったのかわからない。
 いや、ケルベロスたちのみ見とめていた。唯奈の放った弾丸は樹木と建物の壁を跳ね、オークを襲ったのである。
「くそっ」
 毒づくと、オークが触手を鞭のようにしならせた。咄嗟に唯奈は跳び退ったが、躱しきれない。
 触手は瞬時に硬質化し、槍と変じた。唯奈の背から血がしぶく。無残にも唯奈は触手に貫かれていた。


「ええいっ。やってくれる!」
 コクマの形相が変わった。そして唯奈を貫いた触手に襲いかかった。鉄塊のごとき巨剣ーースルードゲルミルの鋭い一撃で触手を叩き切る。
「報復には許しを 裏切りには信頼を 絶望には希望を 闇のものには光を 許しは此処に、受肉した私が誓う、この魂に憐れみを」
 ミスラが祈りを捧げた。その聖なる言霊が傷ついた者たちの肉体と精神を再生する。
 唯奈がミスラに微笑みかけた。全治とはいかぬまでも、まだ戦える。
「助かったよ」
 唯奈の手でリボルバー銃が踊った。魔法のような手並みでジャグる。
「変幻自在の魔法の弾丸……避けるのはちーっと骨だぜ?」
 唯奈はトリガーをひいた。反射的にオークは触手を舞わせ、盾とする。
 が、弾丸は、まるで意思あるもののように触手の隙間を縫って疾った。撃ち抜かれたオークがきりきり舞いする。
 その隙をラインハルトは見逃さない。
「この人数でも上手く戦えるという事を証明して見せましょう!」
 魂を喰らう一撃でラインハルトはオークを切り裂いた。
「いい様になってきたじゃないか!」
 ニヤリとすると、唯奈はガリッと口中の飴を噛み砕いた。次いで残った棒をペッと吐き出すと、唯奈は装備した携行砲の砲口をオークに向けーー撃つ。
 爆発。
 爆炎をばらまき、オークが吹き飛んだ。
「わしも殴らねば気がすまぬ!」
 地を転がるオークにコクマが迫った。
「我が怒りが呼ぶは手にする事叶わぬ滅びの魔剣! 我が怒り! 我が慟哭! 我が怒号! その身に刻むがよい!」
 コクマがスルードゲルミルを振り上げた。天を衝く巨剣が瞬間的に燃え上がり、超巨大な炎の剣を具現化する。
 一気に振り下ろされた一撃、さしものデウスエクスですらかわせない。視認できぬ速さで振られた巨剣がオークの顔面を灼き、ひしゃげさせた。
「く、くそ!」
 血反吐を撒き散らすオークの目は、そのうっそりと佇むラインハルトの姿を捉えた。
「何っ!」
 思った瞬間、もうラインハルトはオークの懐に飛び込んでいた。
 ぎらり。恐い目でラインハルトがオークを睨み上げる。
 刹那、ラインハルトの腰から銀光が噴いた。抜き討ちの一閃である。
 オークの腹が断ち切れた。大量の臓物が傷口から溢れ出る。
「とどめを刺させてもらうぞ!」
 ミスラが馳せた。その左右手にあるは虚空ノ双牙の陽と陰。
 太極の刀を翼のように広げ、白鷺のようにミスラは襲った。暴走した二振りの刀は鬼獣のようにオークを切り裂きーー。
 ミスラが背を返した時、オークの肉片が地にばらまかれた。


 戦いは終わった。辺りの修復を済ませた後は、もう用事はない。
「折角だし風呂に浸かっていこうかな」
 唯奈が言い出した。するとラインハルトも頷いて、
「いいですね。後片付けも済んだら、温泉に浸かってのんびりして疲れを癒したいと思っていたんです」
「生憎だけど」
 ミスラがラインハルトとコクマの眼前に立てた人差し指を突きつけ、左右に振った。
「ここの露天風呂は女性専用よ」

作者:紫村雪乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年11月27日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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