静謐の唄

作者:崎田航輝

 星の降るような夜だった。
 空気は澄んでいて、風はすべらかで。けれど少し肌寒くて──そして温度以上に、何か不思議な感覚を覚えるから。
「──」
 ヴィヴィアン・ローゼット(びびあん・e02608)は自分でも知らず、静かな歌を夜風の中に紡いでいる。
 何が起こるのか判らない曖昧な気分というよりは、夢に見ていた事が正夢になる事が判るような、予感にも似た思いで。
 ボクスドラゴンのアネリーが寄り添ってくると、ヴィヴィアンはそっと撫でる。
「……」
 どうしてこんなに心が騒ぐのだろう。
 何かを待ち侘びている気がするのに、それが訪れて欲しくない。
 ブレスレットに少しだけ触れて、それから緩く目を伏せて。ヴィヴィアンはそこからゆっくり歩み出そうとするけれど──。
 運命がそれを許さないかのように。
 ふわりと、一人の影が空から舞い降りてくるのが見えた。
 それは艶めく髪を持った女性。
 見る者にはどこか温かく優しい印象さえ覚えさせるようで。それがエインヘリアルだとは判るのに、ヴィヴィアンは、どこかぼうっと見つめている。
「お母、さん……」
 言葉を零し、自然と一歩、歩み出していた。
 けれどそのエインヘリアルは、何かの感情を垣間見せない。
 抱かせる印象に反して、彼女自身の瞳には温度がないかのようで。ただ真っ直ぐにヴィヴィアンを見据えていた。
 そうしてゆらりと銃口を向ける。目を見開くヴィヴィアンに向けるのは、心を失ったかのような、静謐の殺意だった。

「ヴィヴィアン・ローゼットさんが、デウスエクスに襲撃されることが判りました」
 静かな風が吹く夜。イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)はケルベロスへ説明を始めていた。
「予知された未来はまだ訪れてはいませんが、一刻の猶予もないのが事実です」
 ヴィヴィアンは既に現場にいる状態。
 こちらからの連絡は繋がらず、敵出現を防ぐ事もできないため、一対一で戦闘が始まるところまでは覆しようがないだろう。
「それでも、今から現場へ急ぎ、戦いに加勢することは可能です」
 時間の遅れは多少出てしまうけれど、充分にヴィヴィアンの命を救うことはできる。だから皆さんの力を貸してください、と言った。
 現場は夜の丘。
 辺りは無人状態で、一般人の流入に関しては心配する必要はないだろう。
「皆さんはヘリオンで現場に到着後、すぐに戦闘へ入って下さい」
 夜間ではあるが、周辺は静寂。ヴィヴィアンを発見することは難しくないはずだ。
「敵はエインヘリアルのようです」
 その目的など詳細なことは不明だ。だが一人で長く相手できる敵ではなく、放置しておけばヴィヴィアンが危険であることだけは確かだ。
 それでもヴィヴィアンを無事に救い出し、この敵を撃破することも不可能ではない。
「──さあ、急ぎましょう」


参加者
水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)
エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)
ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)
ニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)
五嶋・奈津美(なつみん・e14707)
ユグゴト・ツァン(パンの大神・e23397)
シグナ・ローゼット(届かぬ天・e44598)
リリス・アスティ(機械人形の音楽家・e85781)

■リプレイ

●邂逅
「ヴィヴィアン――!」
 星色を抱いた風の中へ声が響いてゆく。
 愛しい人を、何より大切な人の名を。水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)は叫んで宙を翔けていた。
「ったく、支えなきゃいけない時にその場にいないなんて、婚約者失格だぜ……!」
 己を責める心はある、けれどそれよりも今は辿り着く事が大事だから、真っ直ぐに、速度を落とさずに。
 ただ、その先に何が待っているのかを識っているから――後に続くシグナ・ローゼット(届かぬ天・e44598)の心は騒いでいた。
 この日が来たか、と。
 静謐の表情の中に、在るのは戸惑いにも似た思い。
(「オレの意思は……先日娘に預けたつもりだった」)
 それでも、結局会いたさに抗えなかった。
 敵だと判っている。けれど姿をこの目で、と。それが他でもない自分の心なのだろう。
 だから幾重もの思いを込めながら、仲間と共に夜闇を駆け抜け――その先にある戦場を見据えてゆく。

 あたたかな心地に包まれる感覚を思い出した。
 ぼんやりとしていて、けれど確かに心が覚えているもの。その存在。
「お母さん……」
 ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)は細く小さな声を零していた。
 母の顔は覚えていない。けれど自然と感じるのだ。
(「この人はお母さんで……でも、エインヘリアルで」)
 綯い交ぜになった気持ちが、その敵――ミラ・ローゼットの動きを捉える。ゆらりと腕を上げた彼女は銃を向け、弾丸を発射していた。
「……!」
 ヴィヴィアンははっとして後ろへ転ぶ。直後に衝撃が足元を穿ち、煙を上げていた。
「お母さん――」
 どうして、と声を出そうとして、それでも言葉はすぐに止まる。
 判っているのだ。彼女は紛うことなき敵で、戦わなければならない相手で。
 きっと、夜が明ける前にどちらかが死ぬのだと。
「……っ」
 唇を咬みながら、それでもヴィヴィアンは反抗する気持ちになれない。
 ミラが唄うのは子守唄。そこに心はないのに、その声音と旋律は確かに優しくて。
「アネリー……っ」
 それがまるで現実ではないみたいで。
 精神が擦り切れぬよう、ヴィヴィアンはアネリーを抱きしめて、ただ自分の身を守ることだけで精一杯だった。
 だからミラは変わらず、終わりを齎そうとそこへ近づく。
「あなたは、ここで……死ぬのよ」
 言葉は色彩を失っているように。ただ静かな殺意を込めて、淡々と、躊躇いなく――引き金に手をかけていた。
 ヴィヴィアンは微かに滲んだ視界を、ぎゅっと閉じる。
 ――けれど。
 次に訪れたのは痛みでも苦しみでもなく。
「ヴィヴィアン!」
 響く、力強い声。
 ヴィヴィアンが振り向くと、そこには鬼人。そしてシグナと、駆けつける番犬達。
 ミラも僅かに目を見開いていた。艶めく黒の獣人――エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)がショベル型のアームドアームを掲げていたのだ。
「お邪魔をさせて頂きますわよ」
 運搬していたのは、道中に伐採をした樹木。巨大な棍棒を叩きつけるかのように、それを投げつけてミラを下がらせた。
 微かによろけたミラはすぐに銃を構え直した、が――ふわり。
 巻き髪を揺らし、高い跳躍から降り立つのがニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)。
「お姉さんは、何方かな?」
「――」
 はっとしたミラが銃口を向ける、けれど既にニュニルが体を翻して。
「何であれ、ボクの友達に乱暴を働いたお代は高くつくんだよ」
 風を裂く蹴撃。鋭い一閃で手元を弾き、余波で体ごと後退させていた。
 その頃には五嶋・奈津美(なつみん・e14707)がヴィヴィアンの傍まで駆け寄っている。
「ヴィヴィ、アネリー、助けに来たわ!」
 翼猫のバロンもニャ! と鳴き声を重ねる。ヴィヴィアンは信じられぬように皆を見回していた。
「みんな……」
「もう、大丈夫だ」
 鬼人はしっかりと見つめて、想いを具現するよう眩い治癒の光を与えていた。
 その感覚に傷が癒えれば――奈津美もまた手をそっと翳す。瞬間、収束した魔力が生むのは優しくも暖かな輝き。
 それが躰に溶け消えて苦痛を薄らがせると、バロンも追随。穏やかな癒やしの風を扇いで、精神を蝕む澱みを消滅させていった。
「ありがとう――」
「では、後は護りを」
 言葉と共にヴァイオリンを手に取るのはリリス・アスティ(機械人形の音楽家・e85781)。弓を弦に触れさせて音色を響かせてゆく。
 美しい音の流線で、編んでゆくのは星の旋律。
 夜空に昇ってゆく澄明なメロディが、天を共鳴させるように耀かせて星の光を降ろし――象る星座の加護を皆へ齎した。
 ミラは体勢を直し、此方をぼうっと見据えている。
「皆、あなたの仲間達――」
「唖々」
 ゆらりと歩み寄るのは、ユグゴト・ツァン(パンの大神・e23397)。銃を向け直すミラにも怯まずに、言葉に込めるのは証明を混濁させる概念そのものだ。
「おいで。黒山羊の胎は此処だ」
 今護るべきものに手は出させないと、言ってみせるように。
 刹那、視界を歪ます程の混沌を敵へ内在させた。『Eraboonehotep』――己の在り方を失わせるそれは、ミラの動きを僅かに止める。
 そこへエニーケが肉迫し、駆動する鋸で斬撃を刻んでいた。振り払うようにミラは再び引き金に指を触れさせる、が。
 そこへ跳ぶのがシグナ。
「……させないさ」
 見つめながら静かに、けれど鋭く。放たれた弾丸を風のように蹴り払い、ミラ自身へも痛打を加えていく。

●道
 夜の底に凪が訪れる。
 そのしじまの中で、大きく飛び退くミラの姿を奈津美は見据えていた。
(「やっぱり、あの敵はヴィヴィの……」)
 相貌に、声音に。彼女と似通った面影を感じないではいられない。
 それが判るから、鬼人は己の拳を握り締めている。
 探していた人とこんな形での再会なんて。
(「悲しすぎるだろ……!」)
 けれど――娘を見つめるシグナは、その表情を変えていない。判っていて、自分もまた此処へ来てしまったのだから。
 今はただ、共に駆けつけてくれた仲間へ感謝と頼もしい思いを抱きながら――この戦いを見届けるだけ。
 何故なら、誰でもないヴィヴィアン自身が為すべき事を理解しているはずだから。
「ヴィヴィアン! ……わかってるな?」
「……」
 伝えられたヴィヴィアンは、少しだけ強く唇を結んでいた。
 けれど、大きく頷いてみせる。
 全てを認められなくて、靄のような心が今まで渦巻いていた。けれど、こうして皆が来てくれたのが嬉しくて我に返ることが出来た。
 他でもない。
 ――これはあたしの戦いなんだ。
 前を向いたヴィヴィアンの、真っ直ぐな瞳へリリスは言葉を向ける。
「わたくしも助力させて頂きます」
 彼女がそう決めたのなら、仲間として出来ることを、と。
「私もですわ」
 エニーケも頷いて敵へ向き直っていた。
 過るのは、自身の経てきた戦い。
 家族の姿をした敵と対峙する事に、抱くのは嫌悪感と強い殺意だ。故にこそ、他人事だと放っておくことは出来ないから。
「お節介でしょうけど」
「ううん。ありがとう」
 ヴィヴィアンが応えるから、エニーケは戦槌をその手に握って。
「では――やっつけますわよ。貴女と私達で、ね!」
 刹那、深い踏み込みから一打、ミラへ苛烈な打撃を加えてゆく。
 僅かによろけたミラの、一瞬の隙を逃さずニュニルは刃をひと薙ぎし、その刀身へ怪しい魔力の光を映し込ませていた。
 視線は敵に向けたまま。
(「嗚呼、番犬が身内と相対する出来事は偶にあるけれど、矢張り楽しくない事だね」)
 思う心に憂いが融ける。
 けれど今自分に出来るのが、ヴィヴィアン達の願いが叶うよう手伝う事であるならば。
 後は何も言わず――『切裂く鬼火』。虚像から顕現した悪霊が、斬線を描いてミラの足元を抉り裂いた。
 鬼人は間隙を作らずその眼前へ迫っている。
 躊躇う心は在る。けれど注がれる視線と銃口から、鬼人は決して瞳を逸らさずに。
「俺は――ヴィヴィアンの婚約者です」
 だから彼女を護る、その為に刃を振るうのだと。一閃、眩い刺突を喰らわせてゆく。
 体勢を崩しながらも、ミラは歌を唄った。
 だが生まれた懊悩をユグゴトのミミック、エイクリィが受け止めてみせると――奈津美がやわく靴を踏み鳴らし、夜闇に赫く花吹雪を顕現。夢幻の花弁を風に煌めかせ、美しくも香り豊かに前衛を癒やす。
「あと少しよ」
「――ええ」
 同時、リリスもG線を艶やかに奏で、清らかな音律を反響させていた。
 祝福の宿る音色は、魂に響き渡る事で仲間に覚醒を齎しながら。厚い守りを与えて皆を癒やしきってゆく。
 その頃にはシグナがミラへと奔っていた。
(「……あの頃と変わってないな」)
 見つめながら、心が酷く軋んで痛むのを自覚する。
(「銃捌きも記憶のままだし、歌も……オレが教えたものだ」)
 この状況はきっと、長い間見つけてやれなかった罰なのだろう、と。
 けれど、だからこそ止まれない。下がらず、痛みも振り切るように。杭を放ってその命を確実に削いでゆく。
 だからヴィヴィアンも逃げる事はしなかった。
 シグナのほうがずっと、つらい思いをしているのだと判るから。そして、来てくれた皆の為にも自分が留まるわけにはいかないから。
 雑念を捨てて、迷いを払うように。蔓を踊らせてミラを強かに打ち据えてゆく。
「……、抵抗するなら、討つだけよ」
 ミラは斃れず、乾いた言葉と共に銃を向ける。
 ユグゴトはそこへ色彩が混沌と蠢く球を形成していた。
「此れが如何なる再会でも我々は『救わねば』成らぬ」
 元よりこの戦いへの惑いはない。故にそこに魔力の全てを込めながら。
「私は全生命の母だが、者の脳内は『別』に侵される事当たり前。私のぬくもりに溺れ給え、デウスエクス――貴様は此処で終え」
 瞬間、放つ一撃は重く。膚を削り、生命を侵し。その躰を大きく吹き飛ばしてゆく。

●唄
「私、は……斃れる訳には――」
 宙へ揺蕩いながら、ミラは尚抗う。
 一瞬だけ、それが自身の心の奥底と離反しているかのように手元を迷わせながら――それでもすぐに歌で自己を癒やしていく。
 けれど一瞬でも付け入る隙があるなら、エニーケが高く跳躍して。
「逃しませんわよ」
 連閃、刃を縦横に奔らせて加護を砕いていった。同時に迫るニュニルも、眩い魔力をその拳に乗せて。
 ――願わくば、この宿縁に慈悲深い終焉を。
 無言に思いを込め、叩きつける一撃でミラを墜とす。
 苦しみを浮かべながらも、ミラは銃撃を返したが――着地したエニーケがアームで防御。それでも傷は皆無ではなかったが、直後には奈津美が気力を注いでいた。
「わたし達が戦線を支えるのよ。気を抜かずに行きましょう!」
 言葉にバロンも表情を引き締め、治癒の風を送った。
 リリスもそっと手を伸ばし、風に銀粒子を交えると――明滅する輝きと共に苦痛が祓われ、超感覚が齎されてゆく。
「後はお願い致しますわ」
 その言葉に頷き、ユグゴトは手元から星灯りを煌めかす。
 光の柱となったそれは、夜闇を歪めたように暗色の渦を巻き――精神を巻き込むようにミラを弱らせた。
 鬼人はそこへ奔りミラへ相対する。
 心の底から、真っ直ぐに見つめながら。
「――娘さんは、俺が絶対に幸せにします」
 だから此処で、と。放つ『無拍子』の斬閃で切り裂きながら、最期をヴィヴィアンへ託す。
 俯くヴィヴィアンは判っていながら、それでも――。
(「いや、やりたくない」)
 思うと一瞬、手が止まっていた。
「なんで……なんで、こんなことしなきゃいけないの!?」
「ヴィヴィアン――」
 涙を浮かべるヴィヴィアンの、その心が伝わって鬼人は声を零す。それでも、ヴィヴィアンはきっと決断すると鬼人は判ってもいた。
 だから背中をそっと押す。
「俺が支えるから。全部……心の中の全部を、母親に伝えてこい」
「――さあ」
 シグナも言って、ヴィヴィアンと、朦朧とよろめくミラの肩に手を回して――引き合わせるように力強く抱きしめていた。
 そのあたたかな感覚が、皆が助けてくれたという思いが、ヴィヴィアンを決意させる。
「お母さん……」
「――」
 ミラの命は薄らいでいる。
 この温もりを決して忘れないと心に思いながら、ヴィヴィアンは『月白の慈母に捧ぐ譚詩曲』を唄った。
「お母さん、生んでくれてありがとう……」
 緩やかな旋律を、力強く高らかに。
 ――お母さん。
 積もった思いを込めながら最後まで呼び続ける。
 その唄と言葉に――ミラは一瞬だけ優しい表情を作ったようだった。
 ありがとう、と。そう聞こえたのは気のせいだろうか。唄の終わりと共に、ミラの命は消滅し、淡い光へと散っていった。

 星屑のような残滓だけが瞬いている。
 ヴィヴィアンはずっとその場を見つめていたけれど――少しだけ目元を拭ってから皆へと振り返る。
「みんな、ありがとう」
「……ええ」
 奈津美が小さく応えると、バロンがアネリーに近づき、怪我を負ってないか心配そうに寄り添っていた。
 それを見つめながら、奈津美は殊更にヴィヴィアンと多くの言葉は交わさない。鬼人がミラの居た場所へ頭を下げてから、ヴィヴィアンの傍へと歩んでいたから。
 ヴィヴィアンは鬼人へ頷きを返している。
 その静けさの中に、リリスは別れの曲を演奏した。これが自分達からの手向けだと、ミラへも伝えるように。
 奈津美はその旋律を聞きながら、ミラの冥福をそっと祈る。
 戦場だったそこを、エニーケは暫し見ていた。
「終わったのですわね」
「……ああ」
 応えたシグナは、無事で良かった、とヴィヴィアンとアネリーを労い――そのまま皆の方へと送り出す。
 うん、と言ったヴィヴィアンは、帰路に歩き出した。シグナとミラを二人だけにしてあげたかったから。
 愛を、と、それだけ言葉を残してユグゴトも歩を進め出す。ニュニルもクマのぬいぐるみのマルコと一緒に夜空を眺めながら、帰り道へと歩んだ。
 夜空の下、鬼人はヴィヴィアンにもらったロザリオに手を当てる。彼女の家族に祝福があるようにと、神様へ願いを込めていた。

 コサージュと銃。
 ただ二つ残ったそれを見つめながら、シグナは明滅する残滓に語りかけた。
「こうして話すのは、久しいな」
 言葉は返らない。けれどシグナは確かに届いていると、そんな思いがある。
 だからこれまでの事、ヴィヴィアンの事。
 色々な事を教えて聞かせた。
 少しずつ消えていく光。シグナはそこへ最後に伝えた。
「お前が産み、名付けた娘は大人になった。未来を生きるすべを自分の力で得たんだ」
 安心してくれ、と。
 帽子を被りゆっくりと立ち上がる。
 風が吹いて、残滓は跡形もなく消えていった。けれど頬を撫ぜたその感覚は、冷えた夜の中で不思議と優しく、あたたかかった。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年11月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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