果物カゴに盛られたリンゴは、艶やかだった。
その質感を捉えようと、十数のイーゼルが取り囲んでいる。社会人から学生風まで、年齢性別の混じった人々。
絵画教室の、静物デッサンの時間である。
受講生のあいだをひととおり指導して周っていた講師の女性が、最後にひとりの青年の後ろで足を止めた。
「良くなってます。……でも」
「やっぱり、先生には解っちゃいますよね」
青年はため息をつき、鉛筆を握った手をだらりと下げる。ちょうどタイマーのアラームが鳴った。講師は、果物カゴを載せた台へと向かう。
「はい、終了です。モチーフを変えてみましょう。今度は……」
方々でスケッチブックを架け替える音がガサガサとするなか、青年はなおも腕をぶらつかせていた。
テクニックは発揮できているが、何かが足りない。講師にも指摘された。
例えば、熱情のようなものが。
ぼんやりと、カゴが運ばれていくのを目で追ううち、リンゴを抱きかかえた胸元に注意が移る。
「げ、芸術……」
見つけた。
青年の手に変化がおこる。力がこもり、節くれだち、鉤爪となる。
「芸術の対象は、やっぱり女性!」
立ち上がった姿は、鳥だった。
イーゼルを避けつつ前にでると、鳥人間は女講師のブラウスを引っ掴む。
「それも裸婦画だ!」
「きゃああ!」
講師も受講生も驚くなかで、ビリビリと服地が引き裂かれた。
こぼれたリンゴが、床に転がる。
「裸婦画大正義ビルシャナの討伐依頼なのねぇ」
軽田・冬美(雨路出ヘリオライダー・en0247)は果物かごを、予知の中での講師がしていたように抱えていた。
テーブルを片付けたブリーフィングルームには、イーゼルが並べてあって、集められたケルベロスたちは、てんでにその前に座っている。機理原・真理(フォートレスガール・e08508)もそのひとつから、調査の報告をした。
「絵画教室で一般人の青年がビルシャナ化する事件なのですよ」
青年は、芸術の対象は女性、それも裸婦画こそが『大正義』と信じる、強い心の持ち主。放置すれば、その大正義の心でもって周囲の一般人を信者化し、同じ大正義の心を持つビルシャナを次々生み出してしまう。
真理のいる位置が、その青年の元々の席らしい。冬美はもちろん講師役で、現場と事件の再現をしているのだ。
「というのもねぇ。大正義ビルシャナは、出現したばかりで配下こそいないんだけど、受講生たちが大正義に感銘を受けて信者になったり、場合によってはビルシャナ化してしまう危険があるの」
大正義ビルシャナには習性があって、ケルベロスが戦闘行動を取らない限り、自分の大正義に対して賛成する意見であろうと反対する意見であろうと、意見を言われれば、それに反応してしまう。
その習性を利用して、議論を挑みつつ、周囲の一般人の避難などを行ってほしいとのことだった。
「今回は、事前の現地入りができるし、希望者には、当日の絵画教室に受講生として潜入する手配もできる。みんなには、それらの段取りをつけるのに、この部屋を使ってもらおうってわけ」
冬美は、いくつかの注意点をあげた。
まず、青年のビルシャナへの覚醒まで妨害してしまうと、予知が狂って結果的に事件を防げなくなってしまう。
議論を始めるのは、講師のブラウスが破られた後からだ。
そして、議論中は戦闘行動をとれない。グラビティはもちろん、種族や防具の特徴も使用を避けるべきだ。
いっぽうで、装備についてはいつものように隠せるし、ヘリオンデバイスも効果を使用しなければ、戦闘行動とはみなされない。
「いざ、戦いがはじまれば、裸婦画大正義ビルシャナは飛行中になり、鉤爪での破り攻撃をしてくる。残念だけど、人間に戻すことはできないから、撃破してあげてね」
では、と青年役の真理は立ちあがり、冬美のポンチョのスナップに手をかけた。
外れて落ちたそのあとで、冬美はリンゴをひとつ、下腹部にあてがい隠すように持っている。
「さぁ、さぁ! 技術よ、芸術! よぉ~く見て、どうするか考えてぇ!」
参加者 | |
---|---|
機理原・真理(フォートレスガール・e08508) |
盟神探湯・ふわり(悪夢に彷徨う愛色の・e19466) |
マルレーネ・ユングフラオ(純真無表情・e26685) |
高千穂・ましろ(白の魔法少女・e37948) |
ディ・ロック(オウガの光輪拳士・e66977) |
●大正義の覚醒
学生服の受講生も、ちらほらいた。
高千穂・ましろ(白の魔法少女・e37948)は、高校の制服でイーゼルに向かっている。
ともかく、リンゴを描くのだ。
同じ制服を借りたふたりが、左隣に並ぶ。
袖はブカブカだが、胸はピッチリという、マルレーネ・ユングフラオ(純真無表情・e26685)。
そして、案外とサイズの合っている20歳、機理原・真理(フォートレスガール・e08508)だ。
真理の鉛筆使いは、製図機で測ったように正確であり、講師の女性を驚かせる。
評価を受けているあいだ、マルレーネはそれをじっと見ていた。
「すごいじゃないか、真理」
講師が、件の青年のほうへ移動するのを横目に、ささやく。
口調も表情もクールなまま、自分が褒められたような嬉しさが滲みでていた。
「ありがとうなのですよ。……マリー」
その呼びかけは、恋人への愛称であり、注意喚起も含まれる。
ましろたち3人の座り順は、予行演習どおりだ。
戻ってきた講師は、ちょうど真理のイーゼルの前に立つ。
そのブラウスを掴みに、芸術の対象は女性と主張し、鳥人間と化した青年が来る。
「それも裸婦画だ!」
しかし、悲鳴はあがらず、布地の裂ける音もしなかった。
鉤爪に残ったのは、制服。
講師をかばって入れ替わった真理が、鳥に脱がせたのだ。
あえて、抵抗しないように動きを計算した。借り物は破れておらず、下には水着を着用していたから裸にもなっていない。
青年の主張の途中に割り込むという、やや際どいタイミングだった。
水着は、チューブ型のセパレートで、下がり気味のボトムスも際どいが、大正義への覚醒が半端だと予知が狂う。
露わな肌のまま、結果を待った。
「……準備がいいじゃないか」
完全に鳥の口調だ。
ビルシャナは、声高に大正義を唱える。
「芸術の対象は、やっぱり女性! それも裸婦画だ!」
驚いていた受講生たちも、フラフラと立ちあがる。教義の影響を受け始めていた。
ここが、狙っていた機会なのだ。
マルレーネは、水着の恋人の対面、すなわちビルシャナの背後から、語りかける。
「裸婦画は芸術。それは認めよう。しかし、君の行動はなんだい?」
「なに……とは?」
教祖は振り返った。
ましろも、右隣りについて言う。
「裸婦画……確かにそれは高尚な芸術だと私も思います。ですが、そのモデルを強引に脱がすのは芸術的ではないと思います!」
胸中に怒りがあっても、今は話を引き延ばす時だ。
「強引でもなんでも、脱がさなきゃ描けない」
「芸術家はね。モデルに声をかけ、どんどん大胆な恰好をさせるというよ」
会話がのってきた。
「君も芸術のために、言葉でモデルをその気にさせないとダメ」
「声かけ……か」
クチバシをツメで撫でながら黙考し、ついで羽を広げて向き直った。
「あなたは、綺麗だ! 裸なら、もっと!」
なかなか頑張ったと、マルレーネとましろは、つい感心する。
けれども、文言のさきに水着はおらず、代わってコート姿の別の女性がいた。
「裸の人が綺麗なのは、ふわりも分かるの!」
盟神探湯・ふわり(悪夢に彷徨う愛色の・e19466)は、コートの前を大きく広げる。
中身は、裸んぼだった。
●モデルになって
教室からの出口は、真理の側にあった。
扉を開け放って侵入し、さらにコートを広げたふわりは、真理や講師の姿をビルシャナから遠ざける役目を果たしている。
見事に、ひと肌脱いでくれたわけだが、マルレーネの反応はいま一つ。
「早い。最初から裸では、時間が稼げない」
「ですが、敵の意識は向いているようですよ……」
裸婦がいるなら、さっさと絵に描けばいいのに、ふわりのカラダを上から下から眺めまわしている。
見守るましろこそ、仲間の姿に顔が真っ赤だ。
マルレーネがもうひと押し。
「そうそう、いい言葉だったね。その調子で、私たちもその気にさせてごらん」
「あ、ああ……! 上手くいったな!」
自分の言葉で女性が脱いだと気を良くしたらしい。
ビルシャナは、マルレーネたちにも、あーだのこーだの口説き文句をたれる。
「そんなんじゃ、ダメ。熱情が伝わってこない」
「す、すてきですっ。芸術のためなら、やり遂げてみせましょうっ」
いつの間にやら、ダメ出しとおだて役に別れてしまい、ましろだけが次々と制服を脱いでいく。
「わ、私が言い出したことですからっ」
下着を足から抜くと、たたんで台の上へ置いた。
静物デッサンに使っていた果物カゴが、床にひっくり返っている。
ましろは、リンゴをひとつ取ると、それを使って大事なところだけ隠した。
「さあ、脱ぎましたよ。どんな、ポーズがお好みですか?」
内股になった脚が震える。
それを、察した様子は無かったが、ふわりがビルシャナの腰を、後ろから抱えるようにして接触してきた。
「でもでもー、じっとしてて動かなかったり、1人だけの絵だったりって、ちょっと寂しい気がしちゃうのー……」
「こ、こら。動いたらモデルにならない……はぅ」
ふわりの手指は、人間用のズボンをパンツごとずり下ろす。
ビルシャナのソレを出させた。
「2人とか沢山でー、気持ちいいことしてる時の方がー、絵にした時に見てる人も楽しいと思うの♪」
「ウウッ!」
さらに手指が前後に動き、ソレからさらに出た。
「真っ白な絵の具なのー♪」
自分の肌に塗りたくっている。
「描いてる人が見たくて、描かれてる人も見て欲しいものが絵になったら、ふわりは素敵な絵が出来ると思うの!」
もはや、カク側とカカレル側の立場もあやふやだ。
主導権を握ったふわりは、相手を床に押し倒す。腹に乗ろうとした際に、鳥の足がイーゼルのひとつを蹴った。
ガタ、ガタンと次々倒れるままだ。
そこに誰もいない。
「マリー! 高千穂さん、盟神探湯さん、避難誘導は完了なのですよ!」
開け放たれた扉の向こうには、真理とプライド・ワン。ヒールドローンを展開した、ディ・ロック(オウガの光輪拳士・e66977)の姿があった。
ふわりのコートと、イーゼルの並びを目隠しにして、受講生と講師を教室から連れ出していたのである。
●ケルベロスの戦い
大正義ビルシャナの好きにさせていたが、ここから反撃だ。
ましろは、右手にシャーマンズカードを掲げて叫んだ。
「封印解放!」
魔法少女服に変身である。
左手に掴んだままのリンゴから、皮が細く長く剥かれて舞った。
この変身は、着衣の布地を変換して行われる。
「た、た、足りませんっ!」
カチューシャにチョーカー。手首足首には、シュシュ。
すべてが、リンゴのように艶のある赤で形作られており、身に着けているすべてであった。
コートも脱ぎ捨て、完全にハダカになったふわりは、逆にビルシャナを好きにしている。
その腰に、後ろ向きで座ると、受け入れた。
「ふわりはね、見えなくてもいつだって愛してあげるの」
互いの表情は判らないが、正面にいるマルレーネからは、結合部が丸見えだ。
「うん。いい足止めになってるよ」
無表情なまま、トラウマボールをビルシャナに放つ。ふわりの『イナイ・イナイ・バア!』が効いて、黒弾は鳥頭を捉えた。
「誤解しないでくれ! 芸術なんだってば、うわわーん」
その場のケルベロスたちにではなく、大正義のもとになった過去にむかって泣きついているらしい。
グラビティが浴びせかかるなか、心と体に重荷を乗せたまま、ビルシャナは羽ばたき、宙に浮いた。
鉤爪が、パツンとした制服を襲う。
「危ないのです!」
水着の恋人が庇いに入る。ふたりとも、大きな傷は無かったのだが。
「良かった。真理が裸にされたら絶対に許さない」
「マリーの裸も、私だけのものです」
ディフェンダーは、庇いの対象をぎゅうと抱きしめ、キスをした。
太腿をスカートの中に割り入れ、足の間を擦りだす。
「……?? 真理?」
慣れた段取りで、上着の締め付けを開放し、下着の上下まで一斉にずらしていく。
最初のキスでしびれてしまい、マルレーネもされるまま。
というか、このままイチャイチャに進展したくなって……。
「拙者にお任せを! 少々、邪魔させてもらいます」
ディが、癒しの拳圧を届けてきた。
鉤爪の催眠効果を受けた真理は、マルレーネをフォートレスキャノンの標的にしてしまっている。
メディックにバッドステータスを吹き飛ばされて、それが止まった。
ふたりの格好に、ディはちゃんと視線を反らし、ドローンを引き連れて、今度はましろの援護に向かう。
マルレーネはサキュバスゆえか、乱れた服装を恥ずかしがらない。
むしろ、敵の術中にはまったことを恥じる真理に、結局は自分から熱いキスをした。
「炎魔法、ですっ!」
隠すのに手をとられたましろは、御業からの真っ赤な炎で、鳥の翼を焼いた。
「クェッ! ……ウウッ!」
「あんんー、気持ちいいの♪」
墜落の衝撃に出たのか、ふわりは満足そうにイっている。
「あと一撃であるならば!」
オウガの光輪拳士は、床でバウンドしたビルシャナを、遠気投げに捕まえる。
青年の描いた、果物カゴのデッサンに叩きつけられて、ついに一枚の裸婦画も手掛けることなく、大正義ビルシャナは倒されたのだった。
●絵画教室
「そうですか……。彼が」
破損個所の修理が終わった教室に、講師の女性は戻ってきた。
ケルベロスとして事情を説明するため、ましろは魔法少女の変身を解かずにいる。
真理とマルレーネは、そのまま盛り上がってしまったし、邪魔にならないようにと、ディはさっさと退散してしまった。
青年の最期を聞いた講師の肩には、何故かふわりがまとわりついている。
「私や受講生のみなさんの命を守ってくださり、ありがとうございました」
デウスエクスになってしまったのなら、仕方のない末路だ。
それはそれとして、女性にも弔いたい気持ちがあった。
「当然ですが、裸婦を描くことは当たり前に行われています。それに私も、教える側だけではありません。彼を送るために……」
ブラウスのボタンが、ふわりの手で優しく外される。
戻ってきた受講生たちの有志により、イーゼルが取り囲んだ。
水着の真理を、下着のマルレーネが抱き、モデルでもあった女性の体を、ふわりが支える。
中央には、ほぼ全裸の魔法少女が立つ。
隠すリンゴは、もうない。
作者:大丁 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年12月7日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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