牙研ぐ番犬~フィオナの誕生日

作者:天枷由良

「道具の手入れって大事だと思うんだよ」
 フィオナ・シェリオール(はんせいのともがら・en0203)は語り、棒状のものを掲げた。
 ケルベロスなら皆々ご存知、エクスカリバールである。
 取り立てて珍しい装飾や改造が施されているわけではない。誰でも一度は目にした事があるような(或いは使わないからと処分してしまうような)一品だが、照明の光を反射するフィオナのエクスカリバールは、何処か神々しい輝きを溢れさせていた。
「ボクは強くないけど、それでもケルベロスとして戦う事はあるからね。ちゃんと使えるよう、定期的にメンテナンスしてるんだよ。……スプレー掛けたボロ布で磨くだけだけど」
 フィオナは笑い、尚も一人語りを続ける。
「磨いてる間は、これをいろんなやつらにぶん投げたり、一発『ガツン』とぶちかましてやったりした事を思い出したりもするんだ。戦いの記憶なんて喜ぶべきものじゃないかもしれないけど、それでもボクが――ボクらがケルベロスとして歩んだ一頁には違いないしね」

 その頁を振り返りつつ。或いは、まだまだ続く戦いへの決意を胸に。
 今日は激戦の供をする相棒を労おうと、フィオナはケルベロスたちを誘う。
「ちょうど、立て続けに起きた大きな戦いの流れも途切れたところじゃない? こういう時にしっかりと準備を整えて、また次の戦いに万全を期して挑めるようにしておこうよ」


■リプレイ


「フィオナさん、お誕生日おめでとっ!」
 朗らかなシル・ウィンディア(鳳翼の精霊姫・e00695)の祝辞に、今日の催しを呼び掛けたフィオナ・シェリオール(はんせいのともがら・en0203)は笑顔で応える。
 その手には、鏡のように磨き上げられたエクスカリバールが一つ。
「しっかりお手入れされてて、愛情感じるね」
「ありがとう、嬉しいなぁ。……ウィンディアさんは何を持ってきたの?」
「わたし? わたしは、これかな?」
 宝箱の中身を見せるように、シルは少しはにかみながら足元へと目を落とした。
 其処で神々しい輝きを放つのは、大きな翼の意匠を持つ白銀で装飾された、風の力秘める靴。
 白銀戦靴『シルフィード・シューズ』なる名前のそれは、シルの歴史を語る上で絶対に外すことの出来ない逸品。
「……実はこれ、恋人さんからの初めてのクリスマスプレゼントでもらったものなの」
「初めての、って。じゃあこの靴も、その恋人さんも、どっちも長い付き合いなんだ。素敵だね」
 笑みが溢れるのを抑えきれないフィオナに、シルは仄かに頬を赤らめた。
 しかし、其処に宿る思い出は甘いものだけではない。シルフィード・シューズは単に足元を飾るだけでなく、数多の戦いを共に駆け抜けた武具でもある。
「いろんな戦場を渡り歩いたなぁ……」
「ウィンディアさんは一線級――いや、超一線級のケルベロスだもんね。この前の城ヶ島大橋でも凄かったし……きっと、この靴で滅茶苦茶強いデウスエクスたちをどかーん!! って、蹴り倒してきたんだよね!」
「そんなに毎回蹴り飛ばしてるわけじゃないとは思うけど」
 次第に熱を帯びてきた聞き手に苦笑しつつ、シルは数え切れない程の戦いを振り返る。
 その中でも、とりわけ印象深いものを挙げるとするなら。
「マスターピーストと戦った時かな?」
「ますたーびーすと。……ああ、ヘリオンで宇宙にまで行っちゃったあれかぁ!」
「そう。月、というか“暗夜の宝石”でね。マスタービーストの触手を蹴って蹴って蹴り飛ばして、飛び移ったらまた蹴って、蹴りだけで斬り飛ばしたりして」
 強大な敵との戦いは困難を極めるが故に、打ち克った時の達成感も一入。
 マスタービーストとの戦いにおけるシルフィード・シューズの活躍は、きっと生涯忘れえぬものであろう。
「他にもロキの時とか……ドラゴンとか。ほんと、ずーっとずっと、この靴と一緒に歩んできたの。それは、これからも一緒。……それに」
「それに?」
「履いているとね。離れていても、とっても近くに感じられるの」
 何を、とは聞くまでもない。
「そんな相棒なの。だから、戦いが終わっても……きっと、わたしはこの靴と一緒に歩んでいくと思うの」
「戦いが終わった後も、かぁ」
 これから先の、さらに先。
 想像し得ない、けれども確実に訪れる未来へと思い馳せれば、暫し言葉も絶える。
「……なんか、月並みな言い方だけど。そう思える“相棒”に出会えて、よかったね」
 シルフィード・シューズにも、それを与えてくれた存在にも。
 フィオナの言わんとするところを察して、シルは青空のように晴れやかな笑みを浮かべた。


 ヴァン・グローブ(地球人の刀剣士・e32639)は寡黙な男だ。
 クールを気取っている訳ではない。口を開くのはおろか、表情筋すらも働かせるのが“面倒”だという、ただひたすらにそれだけの理由で以て、彼は感情・心境の表現をほぼ完全に投げ捨てている。
 そんな男が何故、此度の催しに足を運んだのかと問われれば。
「いやぁ、エクスカリバールっていいよね!」
 朗らかに語る女性(とは呼び難い少女じみた風貌の)フィオナが、武器の手入れなぞを行うと呼びかけていたからに他ならない。
 流されるまま日々を生きるヴァンではあるが、そんな彼とて木の股から生まれた訳ではなく。この世に生を受けたからには当然、親と呼べるものが居て、実家と呼ぶべき場所がある。
 その家は、なんと武器を扱う店屋であるらしい。ならば、ヴァンが武器と括られるものに対しては興味を抱くのも当然というか、生まれ持った性のようなものであろうか。
 強いて挙げるなら、刀剣の類であれば尚良しというところだが――しかし、一見して武器とは呼び難いエクスカリバールなど、こんな機会でなければまじまじと眺めたりしないだろう。
「どう? 一本使ってみない? いっぱいあるよ?」
「いっぱいって、一体何本持ってるのよー」
 けらけらと答えたのはヴァン――であるはずがなく。彼が行くからと、また此方もそれだけの理由で以てくっついてきた、アデリーヌ・マーシュ(鹵獲術士・e32638)であった。
「っていうかそれがエクスカリバールなのね、あたしちゃんと見たの初めてかもー」
「なんだって!?」
 そう叫ぶようにして立ち上がったフィオナと比べて、アデリーヌは女性らしい。四方が灰色な倉庫などで行われているこの催しにも、洒落た服装でバッチリ化粧を決めて、高いヒールを履きこなしてくる辺りは主催者の対極と言っても過言ではない。
 そんなアデリーヌは、黙して語らぬヴァンの代わりに二倍――否、三倍は喋る。
 愛用のライトニングロッドや、初めて握るエクスカリバールを磨きながら、あーでもないこーでもないと。果たしてそれをガールズトークと言うべきか悩ましいところではあるが、しかしケルベロスの武器などという話題ですら容易く受け答えして拡げ続ける辺りは、根っからの話し好きであり話し上手なのだろう。
「ねぇねぇ、ヴァンは使わないの? 持ちやすそうだし、よくない?」
 極々自然に水を向けてみれば、剣を砥ぐ男から返ってきたのはただ一言。
「……いや」
「あ、そう」
 慣れたものなのか、ヴァンの興味を惹かないと知るやいなや、アデリーヌはボロ布で軽く先端を磨いた程度のエクスカリバールを、あっさりと手放す。
「えー、マーシュさん使わない? 使ってみない?」
「んー、使わないかなー」
 その棒状武器がファッション誌のトップを飾りでもすれば話は別だが、そんな未来はヴァンが素面で饒舌になるよりも有り得ないはずだ。
「それより、今日ってフィオナちゃんのお誕生日なんでしょー? そっちの方が武器を磨くのより大切じゃない? お酒飲んでー、ケーキ食べてー、もっとぱーっと楽しみましょうよっ」
「あはは。確かにそういうのもいいね。一応、途中でお腹が空くかもしれないと思って、軽く食べ物なんかはもってきてあるんだけど。サンドイッチとか、あとは……」
「あ、お酒もあるじゃないの。もしかしてフィオナちゃん、結構イケる口?」
「ううん。全然!」
 一瞬の期待も虚しく、あっけらかんと答えてフィオナは続ける。
「間違えて買ったやつをそのまま持ってきちゃったんだよね。でも、こんな作業しながらじゃ誰にも飲ませられないし、そのまま持って帰って――」
「あら、それじゃあ貰っていい?」
「いいけど……」
 飲むの? などと問うまでもなく栓が開き、紙コップ2つに艶やかな液体が流れ込む。
 グラスじゃないのが勿体ないが、そこはそれ。
「はい、ヴァン」
「……ん」
 以外や素直に受け取ったヴァンは、アデリーヌの杯と無音の乾杯をしてぐっと呷る。
 その顔色などには、全く変わったところはないが――。

「……いいか、刃を砥ぐ時はだな」
 アルコールが潤滑油だったか、空き瓶を傍らに置いたヴァンは忽然と語りだす。
 そうして喋らせれば、二十代も半ばを過ぎた青年らしい、年相応の雰囲気も滲み出た。
 アデリーヌとフィオナを前に滾々と語る内容は、やはり武器の手入れに関わる話だったが、しかし今日の趣旨を考えるなら、それはフィオナにとって有益で。
 アデリーヌは――何を話しているかより、誰が話しているか。
 即ち、ヴァンが人並みに口を利き始めた時点で、ほぼほぼ満足していた。


「さ、やるわよ。バロン」
 五嶋・奈津美(なつみん・e14707)はバスケットと紙袋を置いて腕まくり。
 傍らをふわふわと飛ぶウイングキャット“バロン”も、主人を真似るように片腕を擦る。
 がらんとした倉庫の中は少し肌寒いくらいだが、これからの事を考えれば、むしろ好都合か。
「今日はいつも以上に磨き上げるわ!」
 そう言って、まず取り出すのは一冊の魔導書。
 鹵獲術士には欠かせないアイテムだ。デウスエクスから奪った様々な魔法体系について記されているそれは、正しくケルベロスたちが積み重ねた勝利の証。
 しかし、そんな理外の書物も一冊の本で在ることには違いない。戦場で憂いなく頁を捲る為には、やはり日頃からの手入れが肝要だろう。
「まずは柔らかい布で乾拭きして……後はしばらくの間、日の当たらないところに干しておきましょう」
 テキパキと作業を進め、魔導書を開いたままで立てれば、顔の髭模様が可愛らしい黒猫は興味深そうに覗き込む。
 戦場では頼もしいサーヴァントも、こうして穏やかな日には普通の猫と変わりない。
「倒しちゃだめよ?」
 茶化すように言って、奈津美は次の道具を取る。
 続いての品は、ファミリアロッド。平時は小動物の姿、戦時は魔法の杖に変身するという、ケルベロスなら誰しもが扱うことが出来るけれども不思議な一品。
 それを杖の状態にして、奈津美は柔らかいブラシでなぞる。
 杖などただの棒ではないかと、そう侮るなかれ。握りの部分などに知らず知らず入り込んだ汚れなどは、漠然と拭き取っただけでは取り切れないもの。
 それらを丁寧に払ってやってから、改めて布で乾拭きをするのだ。そうして一手間を惜しまずに扱えば、道具は長く保つだけでなく、使い手の期待にも応えてくれるだろう。
「……ふぅ。このくらいかしらね」
 集中していると、何だか呼吸さえ二の次になっていく気がする。
 新品同様の美しさを放つ杖を脇に置いて、一つ息を吐けば――バロンも布を手に取り、いそいそと自分の尻尾を飾る輪を磨き上げていた。
「ふふ、綺麗な方がバロンも嬉しいわよね」
 宝石のような目で一点を見つめて、一心不乱に小さな手を動かす翼猫の姿は、とても微笑ましい。黒い毛の中で手足の先は白いものだから、何だか手袋をして作業に勤しんでいるようにも見える。
「よし、私もバロンには負けないわよ!」
 小休止の終わりに気合を入れれば、相棒も視線を合わせて一つ鳴く。
 それにまた笑って、奈津美はフェアリーブーツへと手を伸ばした。
 靴磨きだ。此処が今日一番の難関かもしれない。ブラシで払って汚れを落として、クリームを馴染ませてから、今度は内側も拭いて――。
「……あら?」
 あまりにも熱心にやっていたものだから、相棒の姿がない事に暫く気付かなかった。
 奈津美はきょろきょろと辺りを見回してから、ふと自分の斜め後ろへと目を移す。
 其処には道具入れとして持ち込んだバスケットがあって……それは今、尻尾の輪をきらりと輝かせる相棒の為の、小さな揺り籠へと変わっていた。
「ピカピカに磨いて、満足しちゃったのね」
 小さな紳士帽の下にある額を軽く撫でてやれば、素は甘えたがりな翼猫が夢現のまま頬を擦り寄せてくる。
 バロンがうたた寝から醒めるまでは、もう少し掛かりそうだ。
 その間に――。
「誕生日おめでとう。今朝焼いたんだけど、よかったら食べてね」
「え! ……うわぁ、アップルパイだ! いい匂い! ありがとう!」
 紙袋を手渡せば、フィオナは子供のように笑った。


「……で? 呑気にお菓子なんか食べちゃって。いいご身分だねー」
 はぐはぐとアップルパイを貪る横顔を、カッツェ・スフィル(しにがみどらごん・e19121)は冷めた目で見やる。
「だって、五嶋さんの手作りだよ? 今すぐ食べる以外にないでしょ! ……それに、いいご身分ってひどくない? 一応今日、ボクの誕生日なんですけど!」
「だったら誕生日パーティでも開けばいいのに。なんでこんな一面灰色の壁を眺めながら『武器磨こう~』なのよ。むしろ缶蹴りとか枕投げの方が良かったんじゃないの?」
「缶蹴り枕投げって。やだなぁカッツェさん、子供じゃないんだから」
 どの口がそれを言うか。
 にへらと笑うフィオナに、カッツェはそこそこイラッとした。
「子供じゃないってんならさぁ、もうちょっとやることあるんじゃない?」
「なにさ」
「武器を磨く前に自分を磨きなさいよ。いっくら投げても当たんないの、エクスカリバールじゃなくてフィオナが原因でしょうが」
「うぐ」
 返す言葉もない。フィオナはアップルパイに齧りつこうとしたままで止まる。
 しかし、その程度で追撃が止むはずもなく。
「ピカピカに磨いたところでねぇ。敵に当てられないんじゃ、エクスカリバールたちだって泣いてるよ、ほら。耳当ててみなよ。聞こえるでしょ? 『このノーコン!』『何しに出てきた!』『引っ込め戦力外!』って」
「聞こえないし言ってないし!」
「え~? 武器の言葉が聞こえないとか愛情足りてないんじゃないの~? フィオナばっかりエクスカリバールに夢中な一方通行の片想いなんじゃないの~? あ~、かわいそ。エクスカリバールが」
「ボクじゃなくてエクスカリバールなの!?」
「当たり前でしょ。明後日の方向にばっかり投げられるこの子らの身にもなりなさいよ」
「……うう、ごめんよ。エクスカリバール……」
 しおしおと縮こまっていく本日の主催者。
 その姿に笑いを堪えつつ、カッツェは尚も言葉を継ぐ。
「……ま、武器を大切に扱うのは結構。そこだけは、そ・こ・だ・け・は、褒めてあげてもいいけどね。愛情込めて使ってれば、うちの黒猫みたいに可愛くなるかもよ?」
「……可愛い……? 凶暴の間違いでは……?」
「おっと手が滑ったー」
 あからさまな棒読みとは裏腹に、竜の頭骨の姿をした篭手が勢いよく宙を薙ぐ。
 フィオナが被るキャスケットがふわりと浮いて――そして。
「うわあああああああ!!」
 ぴょこりと飛び出したアホ毛を隠すように、フィオナは慌てて帽子を押さえた。
「なな、なにすんのさ!」
「今更隠しても遅いんだよなぁ。ほんと、その余裕かましてるようでいて全身隙だらけのとこ直そう? もうちょっと自分の実力と性質を正確に把握しよう?」
「マジなトーンでそういうこと言うのやめて!」
「言われたくなかったら……じゃあ、特訓しようか。折角の誕生日だし」
「え?」
「投擲なら、こっちの黒猫の出番だよねー。……あ、でも前に貸してあげた時はやっぱり外してたんだっけ。逆に聞きたいんだけど、なんでそんなに外せるの? 投げて当てるだけだよ? 簡単だよ?」
「ぜ、ぜんぶ外してるみたいに言うなよー! ボクだって当ててるよ! ……たまには」
「たまにじゃ困るんだよねー。デウスエクスはそんなの気にしてくれないんだから。それじゃほら、はい、これ持って」
 黒猫と呼ばれた大鎌を手渡すと、カッツェは間合いを取る。
「バールでも黒猫でも、どっちでもいいから一撃当てられたら、今日は奢ってあげるよ」
「まーたそういう……」
「時間内に当てられなかったら、カッツェが知らないフィオナの恥ずかしい秘密を一つ、話してもらう事にしま~す」
「……は!?」
「ちなみに嘘はバレまーす! だから当てよう。必死で当てよう。……ま、当てられるものなら、だけど?」
「いやいやいやいや!」
「それじゃ~開始!!」
「待って! まず“カッツェが知らない”って、ボクの何を知ってるのさ! ねぇ! ちょっと!」
「カッツェが知ってるフィオナのマル秘情報はもちろん秘密で~す。ほら、口より手を動かす!!」
「あー! もー! このー! 絶対当ててやる!」
 ……かくして始まった投擲特訓の結果は、言うまでもなく。
 フィオナが泣く泣く明かす事となった恥ずかしい秘密は――秘密ゆえ、二人だけが知るところである。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年11月27日
難度:易しい
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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