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歪んだ世界を作り出す回廊は、まるで迷路のような異次元の通路が続いている。
その中に、夜よりも尚暗い黒さに染まった騎士が一人、身に纏う甲冑から歩く度に悲鳴を一つ、また一つと回廊内に零して歩いていた。その姿は禍々しくもあり、どこか生気を感じられなかった。
揺れる甲冑の音と共に地面を削る戦斧は、近づくすべてのものをいつでも薙ぎ払うためのものだろうか。
もはや黒き甲冑を纏う者に意志はなく、ただ機械的に周囲の警戒を永遠に続ける姿は……死者の泉を守る『門』だということを現していた。
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赤い瞳をすっと細めてから、中原・鴻(宵染める茜色のヘリオライダー・en0299)は小さく息を吐いて言葉を口にする。
「集まってくれてありがとう。ブレイザブリクの探索を薦めた事で、ブレイザブリクの隠し領域より死者の泉に繋がる転移門を発見することに成功したんだ」
その場所を発見したのはリューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197)だ。
この隠し通路が、双魚宮「死者の泉」に繋がっている事までは確認できたのだが、死者の泉を守る防御機構――黒い鎧を纏ったエインヘリアル、『門』によって護られていて、それを突破しない限りその先にある死者の泉に向かうことができない。
「黒い鎧のエインヘリアルの『門』は、『死を与える現象』が実体化したもので……死んでも蘇り『門』を守り続ける守護者ってわけなんだよ」
死んでも、蘇って守り続けるなんて一体どんな気持ちなんだろうねぇなんて、鴻は理解ができないとばかりにため息を一つ零した。
「この戦いの場所は魔空回廊のような異次元的な回廊になってる。そこでこの『門』と戦うことになる……しかも厄介なことに、この内部では『門』の戦闘力が数倍に強化されているんだよねぇ……」
困ったように眉根を寄せてから鴻は、本の代わりに持っていた書類に目を落とし読み上げていく。
身長3mほどの頑強な肉体を持つ『門』は、死者の泉に取り込まれて、死者の泉の防御機構の一部となり果てている状態で、その身と同じように大きな斧を振るって守り続けていると。
「『門』を42体撃破すれば、死者の泉に転移が可能になると予測されているんだよ」
全ての『門』を倒して転移が可能になれば、いよいよエインヘリアルとの決戦が始まるかもしれないと、鴻は赤い瞳を瞬かせて皆の顔を見つめた。その真っ直ぐに向ける視線は、数々の戦いを乗り越えてきたケルベロスの力を信じているからこそのものだ。
「ヘリオンデバイスも使えるようにしてある……だけれども、油断はしないで」
彼らが強いことは分かっている。それでも、皆が無事に帰ってきてほしいという思いを込めて、鴻はケルベロス達を送り出すために柔らかい笑みを向けたのだった。
参加者 | |
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シル・ウィンディア(鳳翼の精霊姫・e00695) |
楡金・澄華(氷刃・e01056) |
愛柳・ミライ(明日を掴む翼・e02784) |
ティユ・キューブ(虹星・e21021) |
影渡・リナ(シャドウフェンサー・e22244) |
イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083) |
ベルローズ・ボールドウィン(惨劇を視る魔女・e44755) |
山科・ことほ(幸を祈りし寿ぎの・e85678) |
●闇に揺蕩う黒
「任せたよ、夜明けの担い手達」
そう背中を押されるようにヘリオンから飛び出すと、そこには歪んだ世界が広がっていた。
肌を撫でる、どろりとした重たい空気が酷く不快だ。
異次元の通路に降り立ってからすぐに、シル・ウィンディア(鳳翼の精霊姫・e00695)が大きな翼状のジェットパック・デバイスを広げた。
「皆、頼りにさせてもらうからねっ!」
シルの言葉に全員が頷いてから、楡金・澄華(氷刃・e01056)も同様にジェットパック・デバイスを広げて空へと舞い上がる。
『門』との戦いももう終盤戦。あと一息というところまできたが、気を抜くようなことはしない。
今回は盾役以外を空中に牽引して、『門』を倒すのだ。
「この陣形は初めてだけど中々面白いね」
「ほんとだよね~! でもこれなら、サクッといけそうじゃない」
ティユ・キューブ(虹星・e21021)が青色の瞳を細めてみれば、ねぇ藍ちゃんとライドキャリバーに騎乗した山科・ことほ(幸を祈りし寿ぎの・e85678)がそれに言葉を返した。
依然この空間は夜というよりは淀んでいて、闇というよりもどこか明るく不可思議な場所ではあるが、彼女たちのやるべきことは変わらない。
「あ、門の姿見えてきた!」
戦斧を引きずり歩く『門』の姿を見つけた影渡・リナ(シャドウフェンサー・e22244)の言葉が空間に霧散するよりも早く、流れ星が一つ落ちる。
ゴッドサイト・デバイスを着用しているイズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)は誰よりも先に『門』の姿に気付いていたのだろう。
闇よりも明るく、夜よりも暗い、その世界に眩しいほどの流星を一つ、イズナが黒い鎧へ落とせばそれが戦闘開始と合図なった。
不意打ちを狙われた『門』にしてみれば、周囲を警戒して歩いていたはずなのにと動揺していることかもしれない。
そんな『門』が次の行動へ出てしまう前にと、ことほは炎を纏って突撃する藍にまたがって、ブレイクルーンで仲間に魔術加護を打ち破る力を付与する。
物言わぬ『門』は戦斧を構え突撃を受け止めてから、侵入者であるケルベロスを一瞥していた。そこに再び星がまた一つ落ちる。
その姿は美しい青い流星。シルの鋭い輝きが黒を蹴り上げる鈍い音が響いた。
青い流星が空間を裂けば、今度は天の川のように輝く銀色の髪を揺らしたティユがグラビティを発動させた。
「導こう」
夜の帳を彩る様な星の輝きが星図を投影していき、『門』への狙いを上手く定められるように仲間に施していく。
ティユの傍では白いボクスドラゴンの『ペルル』も懸命に動き回っていた。
「戦斧……その姿にあった大きさだね。無理は禁物ですよ!」
「無理などしないさ、いつも通りに勝って帰ろう」
愛柳・ミライ(明日を掴む翼・e02784)はAngel voiceで歌う。失われた愛しい想いを込めて。
扉を、開こう。この先にあるのが戦いでしかなくとも、私達は進まなくてはいけないのだ。あと少しかもしれないという胸の高鳴りを、歌に籠めてミライは歌う。
ミライの歌声が優しく響いていく中、澄華が空から白刃を翻す。
「刀たちよ、私に力を……!」
愛刀に眠る力を解放させた澄華の刃は鋭く、蒼炎を纏ったようなオーラは、まるで全てを断ち切る一陣の風のようだった。
『門』を空間ごと押し切る様な一閃だったが、この場所の防御機構の一部となった『門』は一筋縄ではいかなかった。
大振りの斧を振り回して『門』は澄華の刃をいなして、地面へと叩きつける。
「わわっ、藍ちゃん頑張って!」
「すごい揺れ、だね」
地上に残って『門』の攻撃を引き受けていたティユとことほも、これほどの振動を引き起こす攻撃に目を見開いた。
戦闘力が数倍に強化されているという話も頷ける。だが、こちらは幾つもの『門』を倒してきた実力者が揃っているんだ、怯むことなどなかった。
「ティユちゃん、ことほちゃん無理は禁物だからね! 危なかったら下がるのも手だよう!」
「ああ、わかっているよ」
魔法の木の葉を体に纏わせたリナがそう叫ぶと、すぐにティユの声が返ってくる。
「この先が死の泉……」
ベルローズ・ボールドウィン(惨劇を視る魔女・e44755)が灰色の瞳で『門』を見おろしていた。
ここにも、惨劇の記憶があるのか。ここで一体、何があったのか。
「怨嗟に縛られし嘆きの御霊達よ。ここに集いて、我が敵を貪るがいい!」
この地に眠る無念と、エインヘリアルに抗おうとした先達の果たせなかった想い。命を懸けたすべてのものに、ベルローズが高らかに声をあげて死霊魔法を放つ。
怒り、苦しみ、無念。その忌まわしき『門』を撃ち破るために。
●守るもの、壊すもの
瞬く星の光が鮮やかな閃光を散らしていく。
流星群はひとつの『門』を壊すために、いくつも降り落ちていた。
戦斧を振り回す巨体であろうとも逃がさないと、イズナは縫い付けるように、或いは縛り付けるように貪り喰らう魔法の紐で『門』を雁字搦める。
「死者の泉ってどんなとこだろう?」
たぶん見たことあると思うんだけど――と、ヴァルキュリアであるイズナは小首を傾げて見せた。
すぐ下ではこの場所には似つかわしくないほどの、大きな木が生えていた。
雁字搦めになっている『門』に、ことほの檸檬の果実が弾けて消える。それもまた星が燃え尽きて消えるようにも思える。
「どんな場所なんだろうね」
「どんなところか、わからないけど……先に進まなきゃだから、もう一踏ん張りしよ」
死者の泉がどんなものかはわからないが、目の前にある『門』を倒さなくては先に進むことは出来ないと、リナは言った。
それにミライもイズナもそうだよねと頷いて返した。
「ええ、エインヘリアルと雌雄を決するためにも先へ進まないと」
黒衣を纏った魔女――ベルローズも同じ気持ちのようだった。
残りがどれだけいるかは未だにわからないが、『門』を倒すという事実のみがあるのだから。
「なんにせよ、倒して無事に帰ろうね!」
翼をはためかせて、シルは左手の薬指の指輪を撫でる。そして黒い鎧の横っ腹を蹴りつけると、『門』は斧を地面に突き立てて体勢が崩れないように踏ん張る姿を見せた。
「おお、なかなか耐えるじゃないか」
マインドシールドで盾を強化したティユが、感心するように声をあげた。たった一人でこの場を守ろうとする姿には感服する。
いやむしろ、狂気すら感じるかもしれない。壊そうとする者と守ろうとする者の二極の図は一体どちらが悪になってしまうのか。
物々しい斧を振り上げる『門』に、今度は澄華が再度刃を振るう。火力には自身がある彼女だが、今回は超火力を持ち合わせる仲間がいる。
ならば、澄華は毒を盛ろう。気付かれずにその身を侵食する毒を。
鎧の奥深くを切り開く様な太刀筋が流れ星のように流れる様子を、ミライは静かに見つめて最大限に仲間を守る為の回復を繰り返す。
黒く暗く、ただ守る為のものに成り下がった騎士は何を感じているのだろうか。
いや、何も感じていないのかもしれない。だって、『門』は攻撃を喰らおうとも何一つ言葉を発しない。
それどころか、邪魔者であるケルベロスを排除しようと物々しい斧を振り上げた。
すさまじいスピードで叩きつけられる斧は、さながら隕石のようで。
「速さなら負けないよ!」
衝撃を殺しながらその斧の攻撃を受け止めたことほの頭上から、強い風が一陣。
軽やかなる銀色の光が、黒い鎧を削り上げていく。速さなら負けないと言ったリナの言葉は嘘ではなかった。
リナの持つ刃から放たれる無数の風刃によって、『門』はたたらを踏んで斧を再度振り上げるが――。
「それ以上、振り回させるとでも?」
マントをはためかせたベルローズが、鋭い視線を『門』に向け弾丸を撃ち放つ。
空から撃ちだされる影の弾丸は凄まじい音をたてて、『門』の鎧を打ち砕いた。
「攻撃はしっかり通ってるみたい!」
あとはティユとことほ、そして藍とペルルの傷の深さに問題がなければいいと、ミライは周りの仲間達の姿に気を配っていく。
●暁
明滅する光は希望を伴い、物言わぬ黒い騎士はその光を壊す。
護るものである『門』と、それを壊すケルベロス。
対となるようでいて、そうでないような不思議な関係性であり、ただ明確に存在しているのは殺意と先へ進む意志だった。
鎧の継ぎ目を狙う攻撃にも『門』は何一つ反応を示さない。けれども、その鎧は確実に悲鳴をあげていた。耳を塞ぎたくなるような、悲しい悲鳴を。
イズナが的確に継ぎ目を狙う様に、ベルローズやリナ、澄華もそれに続いて空から攪乱しながらの攻撃を続けていた。
「さすが防御機構ってとこだね」
数多の『門』と戦い続けたとはいえ、シルは戦斧持ち相手は初めてだった。
どんな相手になるのか、内心楽しみにしていたとは言えないが、その好奇心を消すことはできなかった。
「ですが、数も火力も私達が上のはずです。次の攻撃がきます、気をつけて」
肩で切りそろえられた黒髪を細く白い指で払って、ベルローズは『門』の動きを注視し、地に残る仲間へと言葉を零す。
「藍ちゃん! ティユちゃん! やるよ!」
「そうだね、ペルルもいくよ」
戦斧が振り下ろされ、揺れる大地。
藍に乗ったままことほが鋼の意志を自身に施し、ティユは一等星のように眩い光の盾を具現化させる。飲み込んでくるような強い揺れが来るのかと思ったが、デッドエンド――この先には行かせないとでも言うような強い一撃だった。それを受け止めるティユは少しだけ苦い笑みを零す。ペルルも回復支援に回り、鉄壁の盾を作り上げてはいるが空間のせいか『門』の一撃はどうしても重たいのだった。
だけれども聞こえてくる歌声のおかげか、少しも怖いとは感じなかった。
ミライの優しい歌声が広がる中、戦斧を振り下ろしている『門』の懐へと青が潜り込む。
「闇夜を照らす炎よ、命育む水よ、悠久を舞う風よ、母なる大地よ、暁と宵を告げる光と闇よ…。六芒に集いて」
黒い騎士の真正面、そこにシルの姿があった。
『門』の腹部に両手を添えたシルは、命中精度、射程距離を犠牲にして威力にだけ集中させて一気に撃ち放つ。
「すべてを撃ち抜きし力となれっ!」
宿した力を更にこめて、砲撃の反動を押さえる為にシルは背中に一対の青白い魔力の翼を展開させた。もう一撃。『門』を倒すための決定打になりうるダメージをありったけ喰らわせる。
土も砂利もない地面にしっかりと足で踏ん張るシルとは反対に、推力全開の六芒精霊収束砲を諸に受けたことで、『門』の重たそうな鎧の体が吹っ飛んだ。
頑丈そうだった鎧も、数多の星の輝きやひっそりと盛られた毒、そして鎧の継ぎ目を狙った攻撃の数々により損耗していたせいか、ぽっかりと穴が開いた。
底なし沼のような、仄暗い闇だった。
膝を付く騎士は、開いた穴すら意に介す様子を見せず戦斧を強く握り絞める。防御機構としての機能か、それとも騎士としての意志が残っていたのか――。
それは誰にもわからない。
ただわかったことはある。『門』が戦斧を振るうよりも早く、空から銀色の輝きが落ちてきたことが。
リナが持つ銀色に輝く刃が黒を二つに斬り裂いた。
惨劇の記憶があったかもしれないその場所を綺麗に切り裂いた銀で、ベルローズは忌まわしき門を打ち破った真実をその目に焼き付けたのだった。
●静寂
「終わった……のかな?」
飛行状態であったイズナ達は、地上に残っていたことほとティユの元へ駆けつけて、微動だにしない黒い塊に視線を向けた。
元々物言わぬ『門』ではあったが、無造作に転がって破損した箇所から静かに塵に帰っていく姿にはなんだか悲しいものを感じる。
死者の泉に取り込まれて『死を与える現象』へと昇華した存在なんて、まるでケルベロスのようだとミライは消えていく『門』を見つめて考えてしまった。
「終わったけど、何も変わらなさそうだね」
「泉、見たかったなぁ」
『門』を倒したことによって、周りに何か異変がないか見て回ったが特に変わった様子もないと零したティユに、イズナは肩を落として見せる。
「新手が来る前に撤収しましょう」
「同感、連戦なんざ御免被る」
簡単な手当と回復を済ませて、早々に敵地であるこの場所から帰ることを提案するベルローズと澄華。
リナは道が開けたどうかの確認をしたかったが、依然として危険な場所に変わりはないと判断したのか、撤収することを選んだ。
「シル先生、帰りましょ」
帰る準備が出来たミライ達が、消え去った『門』を見ていたシルに声をかける。
来た時と何も変わらない淀んだ異次元の空間は、いつその先の世界をケルベロスに見せてくるのか。
いずれ訪れるであろうその時を考えながら、ケルベロス達は帰路へつくのだった。
作者:猫鮫樹 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年11月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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