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歪んだ奇妙な――。
そこは形容しがたい通路であった。色彩は混ざり合い、深淵と化している。
そして、その異様な地に黒の騎士が独り。否、彼は既に騎士ではなく、ただの『門』であった。
ずしゃり、ずしゃり、と。
暗黒の気とエインヘリアルの体躯を有した漆黒の騎士は、ざりざりと大剣の切っ先で地を削りつつ歩む。永劫にーー。
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「ブレイザブリクの探索を薦めた事で、ブレイザブリクの隠し領域より死者の泉に繋がる転移門を発見する事に成功しました」
セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はいった。発見者は、リューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197)である。
隠し通路といってもよいこの門は、双魚宮の「死者の泉」に繋がっていることまで判明していた。が、その踏破は泉を守る防衛機構『門』によって阻まれている。
門の武器は大剣、とセリカは続けた。
「戦場は魔空回廊のような異次元的な回廊。回廊といっても広く、戦闘に支障はありません。ただこの内部では『門』の戦闘力が数倍に強化されています。そのため、ケルベロスであっても苦戦は免れないでしょう。けれど耐久力は高くありません」
セリカは注意した。そして、あらためてケルベロスたちを見回した。
「『門』を四十二体撃破すれば、死者の泉に転移が可能になると予測されています。そして死者の泉に直通するルートが開けばどうなるか。おそらくエインヘリアルとの決戦の火ぶたが切って落とされることになるでしょう。それはもうすぐです」
参加者 | |
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叢雲・蓮(無常迅速・e00144) |
ヴォルフ・フェアレーター(闇狼・e00354) |
ラインハルト・リッチモンド(紅の餓狼・e00956) |
コクマ・シヴァルス(ドヴェルグの賢者・e04813) |
霧崎・天音(星の導きを・e18738) |
リティ・ニクソン(沈黙の魔女・e29710) |
山科・ことほ(幸を祈りし寿ぎの・e85678) |
メロゥ・ジョーカー(君の切り札・e86450) |
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マネキン人形を思わせる美麗な、いや、美麗すぎる娘が辺りを見回した。
ただ異空を眺めているわけではない。スーパーコンピューターを凌ぐ演算処理能力を使って空間を分析していたのである。
「気温、気圧、湿度、照度等は戦闘に支障のないレベル」
機械音声のような感情のにじまぬ声で娘ーーレプリカントであるリティ・ニクソン(沈黙の魔女・e29710)は呟いた。
「空間の視覚的湾曲は確認されるけど、いきなり転移等が起こるほど不安定ではなさそう。とは言っても、敵に有利な地であることには変わりはない」
リティは的確に判断を下した。
敵は同型の武装が異なる個体が四十二体。そのうちの一体が今回のターゲットであるが、この特殊空間内では、その能力が飛躍的に向上するらしい。
同じように周辺の状態を確認しているのはヴォルフ・フェアレーター(闇狼・e00354)であった。狼のウェアライダーらしい孤独の光をたたえた鋭い目で辺りを探っている。
が、特段、ヴォルフは敵を恐れているわけではなかった。恐怖は動きを阻害し、判断を誤らせることをA級の暗殺者であったヴォルフはよく心得ているからだ。彼の敵に対する感覚は、いつも純粋な興味と好奇心であった。
「もうそろそろ、門との戦いも終わりが見えてきましたかね?」
誰にともなく呟くと、その穏やかな美貌の若者はヘリオンデバイスの調子を確認し始めた。
ラインハルト・リッチモンド(紅の餓狼・e00956)という名の彼は、度々ヘリオンデバイスを利用した特異な戦いを行っている。ヘリオンデバイスの確認は彼にとって重要事であった。
「そろそろ大詰めって感じだね!」
答えたのは叢雲・蓮(無常迅速・e00144)であった。強敵との戦いを前に、いやに嬉しそうだ。わくわくしているといっていい。
「死者の泉ってどんなトコなんだろうね…? なんか静かそうで泳ぐのとか躊躇しそうな雰囲気あるけど…!」
「泳ぐ!?」
勝ち気そうでありながら、しかし挙措がどこか楚々としたところのある少女が、相棒であるライドキャリバーーー彼女は藍ちゃんと呼んでいるーーをちらりと見た。戦闘種族たるオウガである彼女ーー山科・ことほ(幸を祈りし寿ぎの・e85678)には死者の泉で泳ぐなどという感覚はない。同意のしるしなのか、ライドキャリバーがぶおんとエンジンをふかせた。
「ふん」
ちらりと蓮を一瞥したのはコクマ・シヴァルス(ドヴェルグの賢者・e04813)である。どうも機嫌が悪いようであった。他者には想像もつかないが、コクマの体躯の奥で地獄の業火にも似た憤怒の炎が燃え盛っている。
「ああ…都市一つ火の海に沈めてやりたい所よ…」
ギリギリとコクマは歯を噛み鳴らした。同時に、冷徹に彼は計算もしていた。門との戦闘についてである。過去の戦闘記録を事前に確認しておいたのであった。
この時、実は蓮の言葉に非常に興味をもった者もいた。赤の巻き髪の少女である。美しい顔に表情はないが、ちらと動いた目には好奇の光があった。
霧崎・天音(星の導きを・e18738)という名の彼女は、死神の目的が気にかかっていたのである。さらには現在の死神の門の状況も。
「…いずれ死神とも戦うことになるのかな…。ずっとこのまま、って言うわけには行かない…よね」
「だろうね」
天音の独語を聞いていたのはメロゥ・ジョーカー(君の切り札・e86450)であった。タキシードにシルクハットという奇術師然とした身なりの、切り札を姓としてもつ彼女はヘリオンデバイスの確認に余念がない。メロゥのヘリオンデバイスは小型ピンマイクの形をしていた。
「起動して火力向上! キャスターは命中もある程度あるし…しっかり攻撃したい時には安定がありがたいね」
メロゥはニッと笑った。
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予兆のように闇が揺れた。
空間の歪みは一瞬。まじまじと虚空を眺めていたものでもなければ、認めることはできぬであろう。
それほど唐突に、彼は現れた。もしかすると漆黒の鎧が闇に紛れていあのかもしれない。いずれにせよ、結果は歴然としてそこにある。
見上げるほどに頭の位置が高い。地球人ではありえぬ長躯――鎧と同色の漆黒の大剣をひっ下げた騎士であった。
攻撃は、登場と同じくいきなりであった。無造作な横薙ぎである。
「早速か!」
はじかれたようにコクマとライドキャリバーーー藍が前に飛び出した。次の瞬間、嵐のような衝撃が一人と一体に叩きつけられる。
凄まじい衝撃が、盾のようにかまえたコクマの巨剣ーースルードゲルミルを軋ませた。
「くっ」
衝撃に押され、コクマが後退する。藍は吹き飛び、地を転がった。
「藍ちゃん!」
叫びはしたものの、ことほが藍を癒やすことはできなかった。天音が衝撃波を浴びてしまったからだ。外見からの判断ではあるが、体力の半分ほどが削られているようであった。すぐに治癒しなければならない。
ことほの手が素早く動いた。ピラミッド型のパズルをあっという間に組み合わせる。
瞬間、解かれた謎は光の蝶となって飛翔した。天音の傷を修復するだけでなく、彼女の感覚をより研ぎ澄ませた。
「ちっ」
ヴォルフは舌打ちした。暗殺者として見切る前に攻撃をうけたからだ。一瞬で形態変化させたハンマーの砲身を騎士に向けると、ヴォルフはトリガーをしぼった。
唸り飛んだのは竜弾。騎士を包み込んだ爆炎には戦艦砲並みの破壊力があった。
「確かに攻撃力はすごいけど、それなら」
メロゥが跳んだ。まだ爆炎に包まれたままの騎士に流星の煌めきをやどした蹴りを叩きつける。まるで鋼と鋼が相搏ったような響きが轟いた。
「ほっ」
タキシードの裾を翻らせて舞い降りたメロゥの口から息がもれた。
「…しかしなるほど、蹴り応えからして本当に耐久は低めなんだね。つまり、その分火力に振ってるってことで…うわぁ、急いで倒さなきゃ」
「まだおとなしくしていてもらうわ」
その時、リティはすでに攻撃準備を終えていた。対艦戦用城塞防盾を地に突き立て、それを銃座代わりに、砲撃形態とした重力鎖集束破城超鋼槌の砲身を固定。リティはバイザーを下ろし、狙撃体勢をとった。
「ターゲット、ロックオン」
砲が炎を噴いた。唸り飛んだ竜弾が着弾、凄まじい破壊力を撒き散らした。
「今なのだ!」
蓮は踏み込んだ。二歩めで到達、呪われた刃をたばしらせる。
斬った。
そう判断した蓮はすぐさま間合いから離脱した。が、その開いた間合いを騎士がするりと詰めた。
かわせない。受けるしかない。
咄嗟に蓮は玉環国盛をかまえた。直後襲った爆発的な打撃にボールのように吹き飛ばされる。地に叩きつけられた時、蓮の意識は半ばとんでいた。
その蓮に代わり、ラインハルトが間合いの中へ踏み込んだ。呪われた刃は、魔空であってもなお黒々と。
美しい軌跡は低い位置から、斜めに振り上げられた。されど、その一閃は騎士の鎧に弾かれる。
浅いか、唇でそう囁くと、開ききった身体をすぐさま翻し、それの足元にてラインハルトは構えを直した。
●
無造作に騎士は剣を高々と上げた。標的はラインハルトただ一人。
ぞくりとラインハルトの背が粟立った。カウンター狙いのつもりであったが、とても刃で受け流せるなどできる相手ではないと悟ったのだ。
すかさず藍がラインハルトの前に飛び込んだのと、騎士が豪風とともに剣を振り下ろしたのが同時であった。
今度こそ藍の意識は完全に闇に沈んだ。
瞬間、ラインハルトは間合いを開けるように飛んだ。同時に気の弾丸を放つ。
同じ時、ことほは治療を行っていた。大自然と己を霊的に接続。無尽蔵ともいうべき自然の力の一端をことほの肉体を回路として解放、蓮を癒やした。
「さあて」
メロゥが声を張り上げた。騎士の注意を引くべく。
そのメロゥの手がハットをくるくるとまわした。ばさりと落ちたトランプが、あら不思議、騎兵と変じて騎士を襲った。
一瞬だが、騎士が凍りついた。何でその隙をヴォルフが見逃そう。笑みすら浮かべ、ヴォルフは迅雷の刺突を放ち、騎士を穿った。
さらに騎士は不動。が、それもまた一瞬であることを天音は見抜いている。
凛然と変じた相貌を騎士にむけ、稲妻をおびた翼を展開した天音であるがーー。
「私…これでどうなるのか気になる…。ゲートへの扉が開けば…戦いが一つ終わる…? それとも守っている…んじゃなくて塞がれている…とか?」
天音の胸中に疑念が渦巻いた。が、すぐにその思いを抑えつけると、グラビティを発動させた。
それは天音が屍隷兵と関わるうちに身に宿らせた力。デウスエクスの犠牲者たちの憎しみの炎であった。
天音の脚が業火に包まれた。その業火ーーいや、恨みの力で動かされる天音の機動力は、もはや人間のそれではない。騎士ですら視認できぬ速さをもって、無数の炎の刃に変じた脚で天音は騎士を切り裂いた。
さしもの騎士もよろめいた。瞬間、蓮が風を残して馳せた。
抜刀。
逆しまに噴き上がった剣光は、しかし騎士をかすめて過ぎた。
手応え無し。そうと確かめるより早く、蓮は走り過ぎた。
が、騎士もそのままではすまさない。態勢を崩しながらも振り返りざま、剣閃。空を切り裂きつつ、衝撃波が疾った。
ギインッ。
受け止めたのはコクマだ。スルードゲルミルが悲鳴をあげる。逃しきれぬ衝撃にコクマの肉体もまた悲鳴をあげた。
そのコクマの目は、ゆらりと立ち上がる騎士の姿を捉えた。今、続けて攻撃を受けるのはまずい。
その時だ。リティが叫んだ。
「ドローン各機、座標指定完了……レーザー発射と同時にグラビティフィールド展開。リソースはドローン軌道、レーザー反射角演算に回せ」
刹那、光学迷彩を施した小型偵察無人機の群れが一斉にレーザーを放出した。それはドローンが展開するグラビティフィールドで乱反射、スーパーコンピューターを凌ぐリティにのみ計算可能な軌道ーーまるで光の嵐のように騎士を翻弄した。
●
「ほう」
煙を立ち上らせた騎士から、肌が粟立つような力の高まりを感得し、ヴォルフは構えを直す。制御されていない狂気、それがもたらすものに、畏怖と興奮を覚えたのだ。
ヴォルフの目が、殺気を湛え鈍く光った。騎士の動きからタイミングを読み、彼は攻撃を開始した。
「狂っているのはオレも同じだ」
ニンマリするヴォルフの放つ術名は気狂いの暗殺。ターゲットを何処までも追い詰める攻撃である。いかな騎士といえども避けるのは不可能であった。
それを挟んで向こう。天音が旋風のごとき回し蹴りを放った。
「私…絶対負けない…」
豪風をともない、粉塵を巻き上げるそれは、元より不可避に近い挟撃である。騎士はただ立ち尽くすのみであった。
が、まだだ。騎士は倒れない。相手には余裕があった。
「苛立たしい。壁に八つ当たりしているような気にもなる!」
騎士の様子に、コクマの顔がゆがんだ。どのような攻撃を受けても騎士が苦しむことがないからだ。
「我が怒り! 我が慟哭! 我が悲嘆! せめてここを灰にすることで我が慰めとしてくれる!」
しなやかな動作で、コクマはスルードゲルミルを正面から叩きつけた。彼の激しい怒りに呼応して噴き上がった地獄の炎をまとわせたそれは、天すら切り裂くかに見える超巨大な炎の剣を具現化している。
騎士が剣で受け止めた。あまりの衝撃に騎士の足下の地が陥没する。
「今だ、やれ!」
コクマが叫んだ。
刹那である。騎士がコクマの炎剣をはね上げた。やはり膂力そのものは騎士の方が上だ。
返す剣を、騎士は斜めに振り下ろした。コクマを含めた前衛攻撃手を斬り伏せる。
直後、槍のごときものが疾った。正体は粘塊であるが、超硬度鋼の硬さをそれはもっていた。えぐられた騎士の鎧が砕け散る。粘塊はリティの手からのびていた。
その間、ことほとメロゥが動いていた。ことほがしぶかせた銀光が傷ついた仲間を癒やす。のみならずその感覚を亜神の域にまで押し上げる。
メロゥはといえばーー。
「さぁさぁご注目あれ、今日も楽しい手品の時間だよ。お代は見てのお帰りだけれど――見たのなら、無事には帰れないかもね」
メロゥが手を掲げて見せた。そこにはトランプの束が握られている。
騎士の視線が動いた。それがトランプに注がれていると見て取ると、メロゥはトランプを投げあげた。
反射的に騎士の視線が上方に。その視線をメロゥのそれが追う。
スペードのクイーン。そう見とめたメロゥがぱちりと指を鳴らした。
ぱさり。
落ちたトランプの中にスペードのクイーンはなかった。それはーー。
騎士がよろけた。鎧を突き破り、スペードのクイーンのカードが飛び出したからだ。
「へえ」
蓮が瞠目した。間近で奇術など見たことはない。
「メロゥ姉、すごいのだ!」
子供のように目を輝かせた蓮は、開かれた道を一足で詰めながら、接近。続く踏み込みで地を砕き、抜刀した。そして無数の霊纏う一刀を走らせる。
斬り抜けた刃は毒を残す。気付けば、騎士の傷がどす黒く変色していた。
断末魔の呻きをあげながら、しかし騎士は剣を振りかぶった。唐竹割りにするため、渾身の一撃を蓮めがけーー。
銀光は軌道を変えた。横殴りに払い、突進してきたヘリオンデバイスを斬り裂く。
もし騎士に人並みの心があれば、あっと声をあげたに違いない。真っ二つになったヘリオンデバイスの陰からラインハルトが躍り出たからだ。
すれ違う二影。煌めきは一瞬だ。
「御役目御苦労、せめて安らかに眠れ」
わずかにひざを曲げた納刀の姿勢のまま、ラインハルトがいった。その時、切断された騎士の首がぼとりと地に落ちた。
●
「戦闘も撤退も迅速に…だね」
メロゥが促した。
ここは未知の空間。長居は無用であった。
「前は私が運ばれちゃったけど、今回は私がレスキュードローン手配で負傷者や移動ダルい人運ぶよー」
コクマを運ぶため、ことほがデバイスを起動させた。そして、そっと囁いた。
「どうか死者の泉には還らず、その呪縛から逃れられますように」
「逃れることができますよ」
ことほに答えてから、ラインハルトは天を嘆くがごとく仰ぎ見た。
「門との戦いが全て終わったら…また戦争が起こるのでしょうか?」
「どうだろうね」
ふふ、とメロゥは小さく笑った。
「まだ少し、もうちょっとだけ、逢えるのかな。君が終わる前に、もうちょっとだけ」
メロゥが問うた。その答えは闇に飲み込まれ、消えた。
作者:紫村雪乃 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年11月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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