夢幻の騎士

■リプレイ

●
「おー、マジで前に戦った奴そのまんまじゃん」
　箒型のジェットパック・デバイスに跨り、額に手の平を翳して見下ろしていたレンカ・ブライトナー（黒き森のウェネーフィカ・e09465）は、メロゥ・ジョーカー（君の切り札・e86450）のゴッドサイト・デバイスの情報と一致する場所に『門』を見止めて口端を吊り上げた。
「ま、多少の違いはあるんだろーが。キヒヒ……今回もめいっぱい遊び倒してやるよ」
　レンカはライフル銃を肩口に構えると同時に、体を大きく前に傾け亡霊のように回廊をひた歩く『門』に向けて急降下。御手塚・秋子（夏白菊・e33779）は、時計に落としていた視線を持ち上げると、遠ざかる背中を見つけてハッと目の色を変える。
「頑張って貯めた旅団パワー使うぞ！　うおー！」
　一気にジェットパック・デバイスに加速をかけて秋子突進。
「門の戦いも長かったですが、大詰めですね。確実にこの一戦、勝利しましょう」
　クラッシャー二人に後れを取るまいと、ステルスリーフの木の葉を纏わせて自身のジャマー能力を高めた源・那岐（疾風の舞姫・e01215）がバスターライフル・白鷺の準備に取り掛かる傍ら、ビーツー・タイト（火を灯す黒瑪瑙・e04339）が、熱を籠めた鎖で地面を焦がして守護の魔法陣を形成。
「機構と化した者に後れを取るわけにはいくまい。先達が開いてきた道だ、俺達も続かねばな」
　ビーツーの想いに応えるように、ボクスは精神を極限まで集中させている秋子の身体に、己の属性を注入。
　至近から撃ち出されたレンカのフロストレーザーを腹に受け、喉が裂けるような唸り声を上げて大剣を大きく後ろへ引いた黒い騎士を視軸に捉えたバラフィール・アルシク（闇を照らす光の翼・e32965）は、すぐさま白鋼の避雷針を振り払った。
「shall we dance！」
　迸る雷は、掛け声と共にサイコフォースを叩き込んだ秋子を始めとする前衛たちの、異常耐性を高める壁となる。
「この回廊に足を運ぶのも二度目ですね。敵が強化されているという話もありましたし、前よりも厳しい戦いかもしれません……頼りにしていますね」
　バラフィールの言葉に大きく頷いたカッツェが、上空で旋回ののち邪を祓う羽ばたきを起こした際、ちょうど横一閃に振り払われた剣戟をオズ・スティンソン（嘯く蛇・e86471）とトトたちが受け止めたところであった。すぐそばで血の飛沫が舞う。同じ盾役のビーツーとカッツェたちは互いに目配せし合い、負傷したそれぞれの度合いをすぐさま確認。
「昔々、ある王国に滅びの預言が齎されました」
　そんな寓話語りから入ったオズの両サイドを、颯爽と駆け抜けていくはメロゥとセット・サンダークラップ（青天に響く霹靂の竜・e14228）たちスナイパー。
「さぁ、始めようか！」
　メロゥの黒いステッキが、『門』の眼前で突然ぐにゃりと歪む。突き付けたステッキは大きく肥大化すると、捕食者の牙となって『門』の胸に喰らい付いた。
「エインヘリアル攻略の鍵にして……謎の多いところっすね。死者の泉。とにかく、門を突破して橋頭保を作るっすよー！」
　擬態したスライムの攻撃を一瞥することもない『門』に対し、盾形のヒールドローンを測距装置のように周囲に浮かべて、立体映像のモニターと前方の敵とを器用に捉えていたセットが、死角に潜り込ませるように轟竜砲を撃ち出した。
（「他の妖精族が関わってるという程度しか知らない場所だけれど……まさかそんな聖地のようなものに踏み込む事になるなんてね。事実は小説より奇なりとはよく言ったものだ」）
　寓話語り『最後の希望』を紡いでいたオズは、金色の視線を辺りの薄暗さに巡らせ、胸の内で吐息した。
　トトの清浄の翼と相まって、オズのヒールは傷付いた前衛たちの肉体を見る間に癒していくが、粛々とそして獰猛に大剣を振るう『門』の攻撃は少しの緩みもない苛烈に富んでいる。
「死者の泉到達への大切な一手。依頼の蓄積数から考えても、残り僅かのはず。目標達成へ、そしてその先へ向かうためにも皆さんを護ってみせる……！」
　そんな決意と想いを胸に抱き、バラフィールは自分に追従するレスキュードローン・デバイスを視界の端におさめながら、攻撃のたびに巻き起こる強い風に双眸を細めつつ、敵を真っ直ぐ射止めた。
「あれは……」
　僅かに腰を落とし大剣を引く『門』の動きを注視していた那岐は、それが先ほどの薙ぎ払いではないことに気が付いた。途端『門』の右足が大きく開き、爪先にぐぐっと力が入る。那岐は即座に構えた白鷺から凍結光線を発射。
「回転が来ます！」
　仲間に呼び掛けるや否やレーザーが弧を描く剣先に叩き切られる。しかしその裂けた光線が腕を貫いても尚止まることのない『門』の回転切りが、至近に居る者たちを一絡げに斬り付けた。
「――っと」
　体を大きく傾けることで回避を試みたレンカは、自重とライフル銃の重さを利用して箒を軸に一回転すると、そのまま上空に飛び上がり柄の部分に着地。銃身を定めて即座にエネルギー光弾を撃ち出した。
　腹に被弾したゼログラビトンによって、グラビティを中和し弱体化を始める『門』の様子に、しかし油断を見せずスターゲイザーでセットが追い打ちを掛けていく。
「あの体躯と大剣は決して見掛け倒しではない」
　敵の動きを注視して、なおかつ動きを伴う技に反応できるよう味方への射線を意識して立ち回るビーツーは、ディフェンダーで負担を分散させつつ庇っていくことに留意しながらも、雷の壁を構築することで援護も欠かさない。等しく薙ぐ激烈な一撃は、連撃で喰らいたくないものだ。臙脂の炎を揺らめかせ、全員の身を案ずる。
「吐息だけじゃなく、心の内だって吐露してくれていいんだよ？」
　パッと『門』の眼前にトランプが舞う。はらりひらりと落ちるそれらを掻い潜り、ピントが合う前に懐へと潜り込んだメロゥは、細い体をしなやかに逸らして顎下から蹴りを放った。
「……何も、残ってはいないのだろうけれど、求めるならば、君のことも慰撫してあげられたのにね」
　着地したメロゥに向かい、大剣が振り被られる。
　しかし。
「とぉーっ！」
　この回廊にあってその掛け声は場違いなほど底抜けに明るかった。
『門』の背後から飛び掛かったのは秋子だ。彼女は宙で身を捻ると後頭部目掛けて石火の蹴りを叩き込む。ガンッと鈍く響き渡るのは頭部を覆う黒い兜。外殻を僅かに削ったその旋刃脚。
「ォ、オォォ……」
　初めて『門』の意識を己へと向けさせる一手となった。
　頸だけで振り返り秋子を見下ろす巨躯に、嫌な予感を察したオズは双方の間に割って入る。艶やかに照り返す鱗をきらめかせる大蛇の尾で脇腹を打ち据えると、毒のオーラを纏ったその一撃で僅かな隙が生まれた。カッツェがリングで額を打てば、大きく仰け反る形で数歩後ろへ後退する。そこへ、トトが再度リングで後押しすると、いよいよ敵の巨体が大きく傾いた。
　その隙に白橙色の炎を纏ったボクスが、刺し違える覚悟で庇いに出たオズをヒール。バラフィールは自身の翼から羽根の形をした光を前衛たちに飛ばし、その羽根に触れた彼らを回復すると同時に、それぞれの持つ守る力を引き上げる。
（「死んだデウスエクスは死者の泉に来てないんだっけ？　……あれ？　これどこ情報だったかな」）
　よろけた身体を、大剣を地に突くことで支えた『門』を前に、秋子はふとそんなことを考えた。
（「沢山のグラビティチェインはどこに行くんだろ。降魔拳士の私が食べちゃってもきっと門は復活するよね」）
　ずきん、ずきんと差し込む痛みに眉根が寄る。
「うーん？　……あたまいたい」
　頭を使うことは苦手だ。
「多勢のメリットは生かさせてもらうぜ！」
　聞こえた声はレンカのものだった。
　レンカは足の爪先で器用に箒を操り、可憐な魔女のオシャレなステッキを捌きながら『門』へと突っ込んでいく。後方からモニターを駆使して戦況を見定めていたセットが、ライトニングボルトを撃ち込みながら秋子を呼ぶ。指示を出されたことで我に返った秋子は、レンカの如意直突きが胸部に命中するのと同時に駆け出した。
「考えるのをやめるぞー！」
　たん、と軽やかに飛び上がった秋子が空中で一回転する。上空から蹴り込まれた理力籠る星型のオーラは、大剣を正面に構える『門』の下肢を貫いた。だが『門』はそのまま剣先を揮った。
　大気を裂き、風を生み、仄暗い闇が奔る。視界いっぱいに覆いつくす靄のようなそれを視認して、盾役が一斉に動き出した瞬間、那岐が竜を象った稲妻を解き放つ。
「大丈夫、少しずつ敵の動きが鈍くなってきていますよ」
　最も早く行動に出たビーツーは、全身を喰らう黒靄に小さく咳き込んだ。
「吸えば肺から腐りそうな息苦しさだな」
　靄を跳ね退けるように、ボクスが白橙の炎を燃え上がらせると、ビーツーの臙脂の炎と交じり合ってひと際大きく膨れ上がる。属性インストールと自身のサークリットチェインを展開することで回復を得たビーツーを援護するように、オズとトトが身を呈して『門』の視界から彼を秘す。
「私が援護します」
　そう言って、バラフィールから放出された光輝くオウガ粒子を受け取る矢庭に、メロゥは両手でシャッフルしたトランプを『門』に向けてばら撒いた。同じ轍は踏まない――その意思が垣間見える動きで身を傾けトランプを交わした『門』の視界の端から、きらり、青い光を瞬かせるものがあった。
「それが本命だよ」
　トランプから抜け出るように姿を現した騎兵が、氷結の槍にて『門』の横っ面を鋭く突いた。その衝撃で、鎧の顎部分が破損。こもっていた吐息が、露わになる。だが『門』は破片を踏み潰し前に大きく踏み込んだ。
　刹那、セットの立体映像モニターが激しく瞬いた。赤と黄に明滅するその警告は非常事態のそれである。ケルベロスたちに緊張が走った。
「皆、上っすよ！」
　それはただの踏み込みではなかった、およそ常人ではかなわぬ跳躍を見せた巨躯は、一瞬ののち上空高く飛び跳ねたのだ。僅かな助走で誰よりも高く跳ね上がった巨体が、鋼鉄の大剣と共に落ちてくる。ディフェンダーたちが防御の構えを取ることが出来たのは、ほんの僅かに素早く放たれた警告のおかげだろう。
　まるで地球そのものが落ちてきたように息つく暇なく弩級の叩き割りを繰り出した『門』の最大火力に、攻撃を受けたオズが倒れ込む。
「ああ……手荒いなぁ」
　カッツェとトトの回復では間に合わないダメージ量に、さしものオズの額に汗が滲む。
（「物語を持たぬ”現象”それはなんて悲しいことだろうね」）
　慌てず騒がず、光輝く掌をかざして黄金掌にて自身を回復。ようやくひと心地ついた様子を見て、レンカと秋子は目配せをしたのち『門』の左右から同時に飛び掛かった。
「いっくぞー！」
　左から迫った秋子が、オウガメタルの炎で地面を殴りつけて大地を隆起させると、『門』の足元で歪に膨らみ鋭く研ぎ澄まされた瓦礫が、爆発したようにはじけ飛ぶ。鮮血を撒き散らして内臓をえぐるような衝撃を突き刺した”La risposta della Terra”で態勢を崩した瞬間を狙い、右から迫ったレンカが、自らの魔力から生み出した猟銃を『門』の側頭部に突き付けた。
「Ich sehe nur dich」
　パンッ、と小気味よく鋭い音が回廊に破裂した。ぐらり、と前のめりに傾いた上体から二人は即座に後方へ飛び退くことで距離を取ると、開かれた一筋の活路を見出した那岐がひらり舞う。
「さて披露するのは我が戦舞が一つ……逃がしませんよ！！」
　それは”風の戦乙女の戦舞・朱”。那岐が得意とする戦舞の一つであるそれは、舞えば無数の朱色の風の刃が『門』を襲い、敵の動きを鈍らせる。
「大詰めってところっすかね！」
　悪戯に長引かせるのは得策ではない。セットは大きな体で上空に飛び上がると、青い光をきらきら振りまく流星帯び放つ飛び蹴りで『門』の背面を激しく突いた。衝撃で膝を突いた『門』は、苦し気に項垂れていたが、右手に握りしめた大剣をそのまま水平に薙いだ。ビュッと風を切る音と共に、前衛たちの皮膚が裂ける。
「もう、これくらいで俺たちは怯まんぞ」
　ビーツーはボクスへと一瞥をくれると、自身は己のグラビティを多くの熱量と共に地面に注ぎ込む。
「あなたに、仲間たちは奪わせません」
　空気を含んだバラフィールの白い髪が、病魔封じの羽根と共に浮かび上がる。最後の一瞬まで気を緩めず味方を想うバラフィールに共鳴し、無数に躍る羽根とともにトトとカッツェとボクスがヒールに駆けて、ケルベロスの万全を期す。
　その姿に口元に笑みを刷いたビーツーは、『門』の足元に忍ばせた礫に炎を纏わせると、彼はそのまま巨躯を上方に向かって一気に飛ばしてみせたのだ。打撃自体の威力はさほど高くはないものの、炎礫射撃によってほんの一瞬でも意識を奪ったのはこちらの好機だ。
　宙へ投げ出された『門』は衝撃で五指を開いてしまった。ゆえに天と地に別れた身体と武器。オズは長い尾で大剣を払い飛ばすと、メリュジーヌハープ・lamentの弦を弾いた。唇から紡がれるのは屈せぬ決意の歌。共に放たれるは希望の光。
　真っ直ぐ、地から天へと立ち上った眩い光が外殻ごと『門』を撃ち抜いた。ぽっかり丸く空いた穴から深淵が覗いている。メロゥは小さく息を吸い込むと、
「さぁさぁご注目あれ、今日も楽しい手品の時間だよ」
　トランプを放り投げた。パチン、と指を鳴らせば次の瞬間、舞い踊る一枚が消え失せ『門』の肉体を突き破って現れる。絵柄はジョーカー。
「けれど残念。もうショーは見れないようだね」
　どさりと地に伏した黒騎士は喉を震わせた。けれど次第に小さくなって――ほどなく何も聞こえなくなった。吐息も、心音すらも。

●
「同一個体が記憶も継承して復活するのかな？　だとしたら……地獄だね」
　秋子の言葉にオズが悲し気に睫毛を伏せたが、その独語に返す言葉はない。
「この『お人形遊び』もそろそろ終わりか。次はこの同じよーな『人形劇』に散々オレらを付き合わせた、お前の操り師の面をブン殴りに行かねーとな」
　箒に横座りして『門』が溶けて消えていった箇所を振り返りながら不敵に笑ったレンカの言葉に、那岐とセットが力強く頷く。決戦は、もう目の前だ。
「今日はここまで。それじゃ、再生される前に帰るとしよう」
　トランプを仕舞い、シルクハットをかぶり直したメロゥの言葉に皆が続く。
　歩き出したビーツーとバラフィールのあとに続きながら、ふと秋子は時計を覗き込んだ。それは何の不可思議もなく、およそ検討のつく時間の経過を指し示しているようだった。

「さようならも、もうそろそろ近いけれど。今はまだ、またね」
　シルクハットの下から赤い瞳を覗かせて、メロゥは踵を返した。

作者：四季乃	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2020年11月20日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 3／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。