現象存在

作者:麻人

 それは、自動的に敵を排除するために現象化する存在であった。
 死者の泉へと繋がる異次元の通路を徘徊する黒騎士の名を『門』という。かつて死者の泉に取り込まれたエインヘリアルの成れの果て。
 纏う鎧も、背に負う翼も、手に持つ剣も――全てが闇と同化する無彩色。死者の泉を守護するために彼は甦り、茫洋とした様子で回廊をさ迷い歩き続ける。

「それにしても、よくできた防御機構っすよねえ。侵入者を阻むため、自動的に発生する門番っすか」
 黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004) はケルベロスたちを出迎えると、ブレイザブリクの隠し領域にて発見された転移門の話を始めた。
「もう知ってると思うっすけど、この門を使えばエインヘリアルの重要拠点である死者の泉に行けることがわかったっす。発見者はリューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197)さんっすね」
 それだけ重要な場所へ通じる通路だから、守りも伊達ではない。
「『門』――死の泉へ通じる通路を守る黒騎士は、自分のことをそう名乗るらしいっす。死んでも甦って文字通り『門』を守り続ける守護者――強敵っすね。これを突破しない限り、先へは進めないっす」

 『門』が立ちはだかるのは、転移門の先にある異次元的回廊の内部。まさに『門』の領域といえるこの場所において、彼は無類の強さを誇る。
「攻撃方法はみっつ。武器封じの詠唱と、癒しか破壊をもたらす羽搏き。それと、周囲の敵をあまさず切り刻む剣舞っすね」
 回廊内は不気味なほどに静かで、障害物などもない。よく言えば広々とした、悪く言えばどこまで続いているのかわからない漠々とした空間だ。

「で、大事なのはここからっす。いまんとこ、エインヘリアルはこちらが『門』の攻略にいそしんでいるのにまったく気が付いてないみたいなんっすよ。でも、時間がかかればかかるほど、察知される危険が高まるっす」
 もしも気付かれれば、エインヘリアルはこのルートを潰そうと動くかもしれない。
「そうなったらいままでの苦労が水の泡っす! エインヘリアルとの決戦に有利な形で持ち込むためにも、よろしくお願いするっすよ!」


参加者
シルディ・ガード(平和への祈り・e05020)
氷霄・かぐら(地球人の鎧装騎兵・e05716)
ファルゼン・ヴァルキュリア(輝盾のビトレイアー・e24308)
鵤・道弘(チョークブレイカー・e45254)
如月・沙耶(青薔薇の誓い・e67384)
山科・ことほ(幸を祈りし寿ぎの・e85678)
メロゥ・ジョーカー(君の切り札・e86450)

■リプレイ

●彼方への路
 件の『門』――あと少しで彼の地への路が開かれることがわかっている現在、ファルゼン・ヴァルキュリア(輝盾のビトレイアー・e24308)の胸中を複雑な想いが満たしていた。
 望郷の念か、あるいはただの干渉――もしくは戦闘の披露が蓄積しているのかもしれない。
「知りたいな」
 この想いの名はきっと、勝てばわかることだろう。故に弓を構えるファルゼンの隣でフレイヤも勇ましく尾を揺らめかせる。
「楽しみね。自動的な現象となってもなお、『門』を守護する騎士……同じ騎士としてすごく滾ってしまうわ」
 ローレライ・ウィッシュスター(白羊の盾・e00352)と氷霄・かぐら(地球人の鎧装騎兵・e05716)のジェットパック・デバイスが同時に起動した。
「頑張りましょうね、ローレさん?」
「ええ、あと少しですもの。手加減なんかしやしないわ」
 時を同じくして響き渡るのは、如月・沙耶(青薔薇の誓い・e67384)の敵襲を告げる鋭い声色。
「――きます、『門』です!」
 異次元のような周囲の光景にほとんど溶け込むように『門』はゆっくりと歩み寄る。まるで相手が逃げはしないと知っているような足取りだった。
「出てきやがったな黒騎士さんよ? 皆勤のとこ悪ぃが、今回も撃破させてもらうぜ」
 鵤・道弘(チョークブレイカー・e45254)が両拳を突き合わせると、装着したアームドアーム・デバイスが盾のように展開する。
「いくぞ」
「いつでも」
 同時に、道弘とファルゼンが跳躍して虹を纏う蹴りを叩き付けた。
「――――」
 『門』の目が吸い寄せられるように2人を向き、おもむろに剣を構える。
「よし、かかった!」
 すかさず、シルディ・ガード(平和への祈り・e05020)は彼らと『門』の間をヒールドローンの群れで埋め尽くすことに成功。
「みんなにはこっち! お願い、力を与えて!」
 ぬいぐるみ形態のオウガメタルが粒子を放出、沙耶のバスターライフルの限界を引き上げる。
「如月沙耶、参ります」
 夢中で道弘とファルゼンに向かって斬りかかる『門』の背へと、沙耶はとにかく攻撃を叩き込み続けた。
「これでも、まだ?」
 武器の封印、足止め、禁癒、氷――複数の枷をつけてなお『門』の戦闘能力は完全に抑えられるには至っていない。どうやら前衛ではないようだとかぐらが言った。
「特に攻撃力や防御力が高い感じはしないから」
「ふむふむ。となると、キャスターかスナイパーってところかな?」
 シルディは爆破スイッチを押し、『門』の視界を煙幕で遮る。これだけ妨害すれば攻撃精度も下がってしかるべきだが、それでも『門』は攻撃を当ててくる。
「よほど、元の命中率が高いと考えるべきだろうね」
 メロゥ・ジョーカー(君の切り札・e86450)が戦場を舞う度に『門』はその機動力を奪われていった。
「どうかな、僕のパフォーマンスは?」
 軽くシルクハットをステッキで叩けば、飛び出したスライムが巨大な口を開けて喰らいつく。
「……!!」
 力づくで羽搏き、暴れ狂うその姿に山科・ことほ(幸を祈りし寿ぎの・e85678)は痛ましさを覚えた。
「エインヘリアルって、悪趣味だよ。倒す側としては後腐れないけど、こういうやり方は好きじゃないな……ね、藍ちゃん?」
 ガトリングを撃ちまくるライドキャリバーに尋ねると、藍はエンジンを吹かして応える。
「だって、もう自分が誰なのかもわかんないんでしょ? その状態で戦うための本能だけ残されて使われ続けるなんて私だったら嫌だよ」
「その考えはさもありなん。果たしてエインヘリアルが何を考えているやら、僕らにはさっぱりだ」
 メロゥの配るトランプが瞬く間に氷結の槍騎兵に変身して、立ち往生する『門』を正面から攻め立てる。
「こちらにもいるぞ」
 その背にデバイスを使用して自在に飛翔するローレライの闇とスライムの競演が更なる枷を齎した。
「貴殿の力はその程度か? 遠慮などいらん、全力で来い!」
 敵の剣舞をハンマーの一撃で捻じ伏せ、相手に体勢を整える暇を与えてやらない。
「プレッシャーを与えて来るか、だが効くものか」
 ローレライの背を涼やかな風が後押しするように渦巻いた。
「この調子で……!」
 天津桜を両手に掲げ、ことほは精神を集中するためにゆっくりと柔らかくまぶたを閉じる。
「――私たちが解放してあげる」
 目を見開き、杖の先に紡いだエクトプラズムを差し向ける先では仲間の盾となった道弘とファルゼンが満身創痍で奮闘していた。

●守るもの、進むもの
「いいぜ、耐久戦だ。最初からそのつもりで準備してきたんだからよ」
 眼前に展開するヒールドローンの層は厚く、『門』の剣技に破壊される度に新たな群れが飛来する。
 そしてなにより――日々の授業で培った肺活量を存分に生かした咆哮が己を鼓舞し、後ろに下がるどころか更に前へと一歩を踏み出すのだった。
「食らいやがれよ」
 味方を背に庇い、剣先を突き出す敵の眼前へと身を割り込ませた道弘は指先で摘まむようにした何かをひゅっと平行に飛ばした――ファミリアだ。
 ジグザグの傷を刻みながら迸るそれに敵が気を取られている間に、ファルゼンと道弘の呼吸が重なり合った。
 1、2、3――……共呼吸、発動。
「おおおッ!!」
 道弘の咆哮、そしてファルゼンの舞踏はいささかも力を奪われてはいない。
 そして、彼ら2人が攻撃を引き付けてくれているからこそ自由に動けるのだと、攻撃手であるローレライとかぐらは知っていた。
「いくわよ」
「いつでもどうぞ!」
 自在に空翔けるローレライとかぐらは急降下して『門』を挟み撃ちにすると持てる火力を全開にして一気にダメージを叩き込んだ。
「これで、どうかしら……?」
 かぐらの内部から放出されたグラビティ・チェインがハンマーの柄から頭の部分までを順番に包み込んで威力を増大。
「――ローレさん」
「これでどうだ!」
 左右から同時にドラゴニックハンマーを叩き付けられた『門』の体がひしゃげた悲鳴を上げた。
「……、――、……」
 明らかに『門』は行動に異常を来たしている。
 今だ、とばかりに飛びかかったシュテルネが手にした凶器でぼこすか兜を殴り、フレイヤは道弘の肩に後ろから飛び乗って属性インストールを完了。
「藍ちゃん、もう少しだよ!」
 己のライドキャリバーを励まし、ことほも杖を握りしめる指に力を込めた。
「キュアでの援護、いけるよ!」
「――よし、参るぞ」
 ローレライの翼が大きく開き、異次元空間内を七色の光で満たした。虹光を受けた癒しの風がまるでオーロラのように戦場を包み、敵の圧力から味方の精神を解き放つ。
 『門』が剣を構えたのを見て、沙耶が声を上げた。
「剣舞の予兆です」
「了解」
 ファルゼンが庇いに入り、沙耶は狙いを定めてウイルスの充填されたカプセルを投げる。
 ――目標は、剣を持つ腕。
 鎧の肩の辺りに届いたウイルスは直ちに周辺部位を浸食して羽搏きの効果を弱めてゆく。
「貴方の運命も決まったようですね……!」
 沙耶の示す皇帝のカード。
 その権限は――『停止』。
「すごい、ほんとに止まった!」
 ことほが叫んだ。
 ファルゼンの傷を癒す大自然の息吹が舞い散る花弁と共鳴し合ってケルベロスたちに有利な場を作り上げる。
「チェックメイトも近いようだね」
 メロゥは帽子の影で作り笑い、たんっとステッキの先で地面を突いた。いつの間にか握られたいたトランプの束を目の前でシャッフル。そのうちの1枚だけを抜き取って指を鳴らした途端、カードは神隠しのように消え失せた。
「さぁご覧あれ。君が選んだカードの行方はいったい――?」
 不思議な事にカードは『門』の鎧の中から現れる。現象存在と化した仮初の肉体を斬り裂き、メロゥの指先に戻るのだった。
「仕上げだ」
 ここが攻めどころと見て差し向けたありったけのスライムたちが、まるで寄生虫のように『門』へと憑りついた。
「もともとあんまり猶予もないみたいだし、ここで足踏みなんてしたくないもんね」
 シルディが手配したオウガメタルは既に仲間のほとんどに行き渡っており、ケルベロスたちの攻撃は圧倒的な精度で『門』のそれを凌駕しつつあった。
「ここまで来たんだ、しっかりバッチリ頑張ろう!」
「うん、先のことも気になるけど今は目の前のものから片付けなきゃよね」
 かぐらが頷き、ことほが告げる。
「ここは通してもらうよ……!!」
 守る者が在れば、進もうとする者たちが在る。これまでの戦いを無にしないために――『門』めがけ、シルディは蝙蝠の超音波でその身に蓄積した状態異常を増幅させる。
「――、……!!」
「い、け――えぇ……!」
 シルディは目を見開き、『門』が完全に消えるまで視線を逸らさなかった。

「やりましたか?」
 沙耶はデバイスを用いて周囲を探るが、『門』の気配は既に絶えていた。
「どうやら倒しきったようですね。この勝利が、次の道が拓ける助けになれば幸いです」
「ああ、同感だ」
 頷き、一応辺りを確認してから道弘が言った。
「そんじゃ、敵が再生する前にちゃっちゃと撤収するか」
「みんな、サーヴァントはちゃんと抱っこした?」
 シルディは遅れる者が出ないように声をかけた後で、一緒にチェイスアート・デバイスを担当するメロゥとタイミングを合わせる。
「こちらはとっくの昔に準備OKだよ」
「では、よろしく頼む」
 仲間に牽引され、門を後にするファルゼンの横顔は憂いを帯び、切なげだ。
(「懐かしむような記憶は白羊宮で消えている。だから思うところなど、ヴァナディース様に比べれば何もないくらいなのだが……」)
 メロゥは未だにこの事態を察知すらしていないエインヘリアルに一種の感傷めいた感情を抱きつつあった。
「僕らにとってはありがたいけれど、なんだか、ね。……ふふ、まあいいさ。時間はもう、残りあと僅か。全ての『門』が倒された時にどうなるのか、楽しみにしているよ――」

作者:麻人 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年11月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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