ロクサーヌの誕生日~ちょっと深まった秋の休日

作者:ほむらもやし

●山の秋
 農家の仕事は毎年が繰り返しである。
 作物が変わり、場所が変わっても、地道に同じ様な作業を、繰り返して行く。
 しかし、同じことをしても同じ出来映えにはならないから難しい。
 佐賀県北部、背振山系の山間部。
 谷間には数え切れない程の棚田がある。
 11月にもなると稲刈りを終えていない田んぼは残り僅か。
 遠目にも黄金色に見える田んぼの離隔には、高原の気候を利用して栽培されている、りんごの木々も赤く熟した実で枝をたわませている。

「良かったら、一緒に稲刈りの手伝いに行かない?」
 11月6日に誕生日を迎えた、ロクサーヌ・ヤースミーン(メリュジーヌのブラックウィザード・en0319)が笑顔で声を掛けて来た。
 実はロクサーヌはりんご狩り行くだけのつもりだったが、お隣さんが、稲刈りの人手が足りずに困っていると聞いて、折角近くに行くのだからお手伝いをすることに決めた。
「機械が入れない狭い棚田の田んぼらしいのよね。その農家さんもご高齢で今年が最後かもしれないと、弱気になっているそうなの、だからお手伝いしたいと思ったの」

 農業の効率化が進んだ結果、効率の悪い棚田は減少している。
 今は観光りんご園として人気の出て来た場所も、もとはといえば耕作放棄されかけた棚田だったそうだ。
「経済っていうものさしで測って割にあうとかあわないとか、コスパがどうのこうの、結局そういうことらしいのよね。理屈ではわかっても、なにかスッキリしないのよね」
 だからやれることはやっておこうと思う。
 で、折角行くのだから、りんご狩りも楽しんで来る!
 どうでもよくないことで、納得できないことがあるなら、声は上げたほうがいいような気がする。
 ふと頭のなかに、ニーメラーの詩が浮かぶ。
「秋はまだまだこれから。遅すぎるなんてことないですよね。――そうそう稲刈りを手伝ったら、りんご園の入園料がタダにになるほか、ランチ食べ放題のサービスもつくそうよ」
 すごくお得よね。
 そう締めくくると、ロクサーヌは張り切って楽しんで来ようと、胸を張った。


■リプレイ

●稲刈り
「稲刈りの手伝いだな~まかせろ~!」
 11月の山に、ルヴィル・コールディ(黒翼の祓刀・e00824)の陽気な声が響く。
 この時季の山は赤や黄色、緑、そして淡い茶の枯れ色が混在していて非常に変化に富んでいる。
「田んぼは小さいけれど、小さい田んぼがたくさんあるんだね」
 作業はすぐにも始められるが、やらなければいけないことはガチでたくさんある。
「そうだバラバラにやるよりも、刈るのと結ぶのと、運んで掛けるのを、工程ごとに分担してリレー的にやると早そうだよね」
 弦巻・ダリア(空之匣・e34483)は稲刈りの段取りを確認しつつ、軍手や手ぬぐいを差し出す。
 手伝いの時間はお昼前を予定しているため、それまでに終わらなければ辻褄を合わせるのが大変になる。
 だから何をするにも効率良くやりたい。
「わぁ、ありがとう、ダリアはん、名案……リレーで頑張ろう」
 新品の軍手や手ぬぐいを受け取った、八千草・保(天心望花・e01190)は年季の入った鎌の刃先を見る。
 ホームセンターで売られている草刈り鎌と同じように見える。
 鎌刃が鋸状になっているのは太い稲株を切りやすくするため、刃には青黒い変色痕があり焼きを入れたことが分かる。勿論切れやすいように研いである。実用性重視の無骨な手入れだったが、少しでも仕事が楽になるようにと、細かい所にまで配慮されている。見た目は老人でも中身はプロの農家ということか。
「リレー……それなら、3人チームにして交代でやってみよっか?」
 手伝いとは言っても、言われたことだけをこなすのでは、やらされ仕事になってしまう。
 自分のやることは自分で決めなければ面白味がない。それに。
「わかった。分担作業だな、よし行こう~!」
 ルヴィルも受け取った手ぬぐいを首の周りに巻いてから、鎌を手にする。
 出来ればお昼まで、できるだけ余裕をもって終えて、農家の人たちの心配ごとを無くしてあげたい。
「地面から5、6cmくらい上を切るのだな」
 農家の動きを真似してみるが、足元の地面がじわりと沈む。膝を屈め、腰を曲げる姿勢も意外に疲れる。
「しかし、この姿勢、慣れないと、大変だな」
 作業は分かりやすく簡単だ。ただし同じ動きの繰り返しはすぐに飽きてくる。切る高さの精密さとか速さとか、一見同じようにみえる作業の品質にこだわり始める。
「これがお米なんやねぇ……お茶碗一杯は、このくらいかな?」
 ふと藁束を抱えて運ぼうとした保が首を傾げて言う。
 籾の部分を掌に載せてみると意外に重みがある。
 果たして脱穀をして精米したらどのくらいの量になるのだろう。
 茶碗一杯のご飯の重さは150gぐらいと言われるが、米の粒数なんて意識していない。
「このちっちゃい籾の一粒ひとつぶ――がお米になんだね」
 ダリアも少し手を止めて、ジーッと穂を見つめる。
「それくらいなのかな? 多いような、少ないような不思議な感じだぜ」
「そういえば、足元がふにゃふにゃするね。あっちまで運ぶ分は、飛んだ方が絶対早いと思うよ」
 棚田のひとつひとつが小さいため、段を跨いで運ぶこともある。それをひと飛びで移動できるのは、とても画期的だった。
 空から見ると、道路に近い広い田んぼの稲刈りは終わっていて、残っているのは段差が急な棚田や谷の底に近い場所ばかり。
「やっぱり刈る作業が、いちばん手間が、かかるみたいですね」
 バジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)は自分が刈った田んぼを振り返りながら、手ぬぐいで汗を拭うと、隣の列を刈っていた、バラフィール・アルシク(闇を照らす光の翼・e32965)が頷く。
「ええ、初めての者がどれほどお役に立てるか、正直なところ心配でしたが、考えすぎでした」
 しゃがんで稲株を切って、向きを揃えて置くだけの、作業は本当に簡単だった。
 ただ、同じ動きの繰り返しというのは退屈になりやすい気もした。
「だんだん退屈になってきたのではないかしら?」
 2人の後方から、束ねた稲を運びにやってきた、ロクサーヌ・ヤースミーン(メリュジーヌのブラックウィザード・en0319)の声がする。
「運ぶばかりも、退屈ではありませんか?」
 稲を刈る手は止めず、顔を向けないままにバジルが応じる。
「はい、そうかもしれません――ですから刈り終わったら、運ぶ方もよろしくお願いしますわ」
 くすりと微笑む。
 そして刈られた稲の根元側を器用に縛って束を作り、ロクサーヌはそれらを幾つか抱えて運ぶ。
「お昼までに全部終わらせるつもりのようですね」
「ええ、そのようです。大変な作業ですけど、こうやって美味しいご飯が出来れば幸いです」
 すっかり慣れたような手つきで、稲を刈るバラフィールの方をちらりと見て、バジルは目を細める。
「この段はこの列を終えれば終了ですね」
「そのようですね」
 ほんの数秒の会話の間に、2人の間にどのような心境の変化があったのかは謎だが、どちらが先に端まで行けるか、競うように刈り始めた。

●仕事を終えて
「刈る方はほぼ終わったみたいやな」
「あとは運んで、掛けるだけね。皆さんのすばらしいコンビネーションのおかげね」
 空高く飛び上がり、進捗を確認していた、保にロクサーヌが声を掛ける。
 実は彼も運ぶだけではなく、入れ替わり立ち替わりで、刈る方にも参加していたので、結構忙しく動き回っていたが、作業の進捗が目に見えて、頑張った分だけ、終わりに向かって行くのを見るのは楽しかった。
 それを口に出す者はいなかったが、空中から様子を見られる者も、地上で頑張り続けた者も、刈り取りを終えたことを知ると、満ち足りた表情を浮かべた。
 稲掛に掛けられた稲にはまだ瑞々しさが少しのこっている。水分が多いと脱穀や精米の時に粒が砕けてしまうため、精米が出来るようになるぐらいまで、乾燥させないといけないそうだ。
「すぐに食べられるわけじゃ無いんだな。お米って、結構手間が掛かっているんだな」
 まだ力があり余っているという感じで、ルヴィルは周囲を見渡すが、もう刈り取れる稲は残っていない。
「お昼には少し早いかも知れないけど、りんご園の方に行きましょう?」
「あ、ロクサーヌさん、お誕生日おめでとうございます」
 バラフィールが小さな封筒を差し出す。
「え、ありがとう。こういうの初めてなの、緊張するよね」
 さっそく開けてみると、中には農村をモチーフにした水彩のポストカード。
「素晴らしい贈り物、感謝します。――今日の思い出と共に大切にしますのね」
 さて、りんご園は谷底を流れる川を挟んだ向かい側にある。
 欄干もない鉄筋コンクリート製の小さな橋を渡り、柵にそって坂道を上がって行くと、赤い実をつけたりんごの樹が間近に見えた。果実の重みで枝がたわんでいるのがハッキリ分かる。
「わあ、沢山なっていますね。すごい! そうそう、ご飯を炊いている様子を見たいです。よろしいですか?」
 バジルの言葉に農家のおじいさんは満面の笑みで頷く。
「大釜で炊くのは楽しいぞ。これが最後かもしれんし、ぜひ見て行って下され」
「え、最後って?」
 ポロッとでたおじいさんの言葉に反射的に問う。
「今年はケルベロスのみなさんのおかげで、うまくいったけれど、来年も出来るかは分からんからのう」
 ひとり息子は防衛大学校の教授の職あるそうで、そろそろ農家はやめて施設に入ったらどうかと勧めて来るらしく、それならば、りんご園が軌道に乗り始めたお隣さんに田んぼを売却して引退しようかと考え始めているという。
「まだ決めたわけじゃ無いからのう。じっくり考えたいのじゃ」
「わかりました」
 おじいさんもバジルも、ホウッと深い息をつき、共に話を聞いていたバラフィールは深く頷く。
「まだまだ、お身体は健康のようですし、不安を吐露するだけでも、次に何をするか見えてくることもありますからね……」
 心配ごとがあるなら相談に乗ると言ってくれる、バラフィールにおじいさんは「ありがとう」と深々と頭を下げる。

●山の幸
 一行が到着したとき、ご飯はかまどの火を落として、蒸らしの段階に入るところだった。
「ご飯はいつでも美味しいけど、働いた後はまたってやつ?」
「とても早かったね。驚きました。おこわの方は蒸し上がっていますけど、どうしましょう」
 すまないけれど、あと少しだけ待って欲しいとおばあさんは言う。
 既にできあがっているりんごを使ったお菓子やジュースもあったが、稲刈りに来たのだからやはりお米を食べたい。デザートを先に食べようという者はいなかった。
「赤子泣いてもふたとるなってやつだね。だいじょうぶ待っている」
 折角だから、山菜のご飯との食べ比べもしてみたい。
「若いのに詳しいねえ――それじゃあ、おかずの用意のほうを、お願いできるかい?」
 気軽に仕事を振ってくるおばあさんに快く応じるダリア。
「わぁお腹すいた……身体動かした後のごはんは美味しぃからね、このお預けはしんどいなあ」
 手伝うムード担ってしまったため、つまみ食いをしたくなる衝動を抑えつつ、保とルヴィルも手伝いを始める。
「やっぱり、みんなでやると、仕事がはかどりますね」
「本当に。やっぱり賑やかなのは楽しいねえ」
 バジルの声に目を細めつつ、そろそろご飯が炊けた頃と、おばあさんは皆を呼び集める。
 全員が釜のまわりに集まって、数秒の沈黙の後、蓋が外され、ゆっくりと開け広げられた。
 直後、モワッとした湯気と共にお米の甘い香りが鼻腔を刺激する。
「わあ。美味しそう!」
 おばあさんは、真新しい、巨大なしゃもじで底のほうから、ご飯をふんわりと掘り起こすように混ぜ始める。
「これも今年の新米ですよ。おにぎりが出来るまで待ちきれないでしょう――まずはどうぞ」
 そしてひとりひとり、全員にご飯が乗ったしゃもじの先を向けた。
 炊きたてのご飯は高熱で容易くおにぎりを作れるような代物ではなかったので、うちわで扇ぎながら。
 矢張りランチの準備ができたのは、正午の10分ほど前だった。

「さあ食べ放題のランチタイムだ」
 おにぎりもうまい~。新米うま~。おこわか~うまそ~。
 抑えてきた食欲を爆発させるように、心の赴くまま、ルヴィルは端から順番に、ひとつずつ食べて行く。
「む、栗のおこわで秋の味覚感がすごいするな!」
 ルヴィルと一緒に同じくらい食べようと思っていた、保だったが、早すぎるペースに追いつかない。
「栗おこわも贅沢やねぇ」
 息継ぎをするように、感想を語り合うと、次は天ぷら、そしてヤマメの塩焼き、デザートのアップパイと進み、ルヴィルは一周目を終える。
「さて、二周目だな――」
「保、張り合って、だいじょぶ?」
「いいやもうだめや。やっぱり、ルヴィはんにかなう気はしぃひんな……!」
 早々に追随するが失せた、保は後ろからのぞき込んで来るダリアに応じると、ゆっくりとヤマメの塩焼きにかぶりつき、おにぎりを食べた。鱒に似ているが食感はよりきめ細かく、塩味とよく合っている。
「秋の味覚が沢山やし、……ごはんが進むよ」
「おこわの中の栗、大きいね」
 箸でつまんだ栗を掲げつつ、すぐ崖の上の栗園で採れたものだと告げる。
「本当、ここには豊かやな――りんごも楽しみや」
 りんごも栗もキノコもお米も魚も全て新鮮、それこそ数え切れない程の多様な山の幸が此処にはあった。

「まさに自然の恵みですね、凄く美味しいです!」
 バジルは、山菜ご飯と山の幸の天ぷら、量は普通。まずは自分で食べ切れる量を取っていた。
 山の幸には山芋や蓮根、牛蒡やサツマイモのような根菜類も含まれていて意外に食べ応えがある。
 ふと、ひとりで尾をだらりと伸ばして寛いでいるロクサーヌの姿が視界に入る。
「ロクサーヌさん」
「はい?」
「お誕生日おめでとうございますね、この日が良いものとなります様に!」
「もう既に、充分に良い日になっているのね。本当にありがとう」
 ロクサーヌは穏やかな表情で、秋の青空を見上げる。
 此処で採れるりんごは美味しいけれど、南である土地柄、病害虫も発生しやすく、手間も掛かる。
 りんごだけを売ろうとしても大産地には敵わない。それでも成り立つことが出来たのは、りんご狩りという体験を商品にしたからだ。
「こんなに楽しい時間を過ごせたのは、初めてのような気がするの。できることならこの風景がいつまでも――」
 皆、自分で何とかしようと頑張っている。
 そこに必要なのは、世の中を知る知恵ある者の助力だ。
「それでは、気分が沈んだりすることもないのですね」
 バラフィールは作業を手伝ってくれた近所の農家の人たちも含め、ひとりひとりに声を掛けて回っていた。
 目に見えた心身の不調を訴えるものはいなかったが、皆気がかりなのは、若い者がどんどん減って、自分が死んだ後に、この土地に誰も居なくなってしまうことだった。
「……そうですか。でも、こんなに素晴らしい村なのに、人が戻ってこないのは疑問ですよね」
 一朝一夕で何とかできることは思いつかない。
 でも帰ったら、おみやげにもらったりんごを皆で食べて、楽しかった思い出を皆と話してみよう。

作者:ほむらもやし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年11月23日
難度:易しい
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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