●11月11日を前にして
「もうすぐオレの誕生日ってことで、今年もちょっとした企画を立てたんだ」
アッサム・ミルク(食道楽のレプリカント・en0161)は言い、集まったケルベロスたちへとチラシを配り始める。
そこには、『秋の紅葉狩りバーベキュー』の文字が躍っていた。
「バーベキューやるのが許可されてて、なおかつ紅葉が綺麗なスポットは、バッチリ調べておいたよ。東京都内にある公園なんだけど、11月11日の当日には、紅葉がちょうど見頃になってると思うよ」
アッサムは、にっこりと笑う。
「カラフルで綺麗な紅葉を眺めながら、肉とか野菜とか食べまくるんだ。最高だよね!」
バーベキューに必要な機材などは、レンタルの予約を済ませたとアッサムは告げる。
「肉と野菜は人数分用意しておこうと思うけど、持ち込みたい食材や作りたい料理がある人は言ってね。大歓迎だよ」
アッサムの用意した肉や野菜を食べて楽しむだけでもいいし、食材を追加したり、バーベキューにぴったりな料理を作ったりしてもいいのだ。
「あとオレ、バーベキューのやり方はネットで調べるから、ある程度は大丈夫なんだけど。実はその、実際にやるのは初めてでさ。火起こしとか、もし慣れてる人がいたら、手伝ってくれると嬉しいな」
そんなお願いを述べてから、最後にアッサムはこう締めくくった。
「今年も、幸せいっぱいな誕生日にしたいな。よろしくね!」
●バーベキュー日和
集合場所は、バーベキュー場のある公園の、大時計の下だ。少し早めに来ていたアッサムは、機械でできた自分の手に、息を吐きかけ温めた。
(「ちょっぴり寒いけど、良い感じに晴れて良かったなぁ」)
見上げれば雲一つない、吸い込まれそうな青空。少し視線を下げたなら、燃えるような色の紅葉が見える。
「アッサムさーん!」
元気な声が聞こえて、アッサムがそちらに視線を向ければ、【ララティア乳業】のルルが軽快な足取りで駆けてくるのが見えた。
銀髪に結んだ青いリボンが、走るのに合わせてひらひら揺れる。
「待たせたな! チロさんとルルたんが来たぞ!」
ルルの傍には、彼女の友人であるチロの姿もあった。
アッサムは、ひらりと片手を挙げる。
「来てくれてありがとう! 今日はよろしくね」
「こちらこそよろしく!」
ぱっと無邪気な笑顔を咲かせ、ルルは応じる。
「今日やるのは紅葉狩りバーベキューだったな! 楽しみだぞ!」
チロはご機嫌な笑顔を浮かべると、こう続けた。
「チロさんの狩猟技術で、美味い紅葉をたくさん狩ってやろう!」
「ん?」
「……?」
頭の上にクエスチョンマークを浮かべたアッサムとルルであった。
●宴の前に
「狩りじゃああ! 紅葉狩りじゃあああ!」
公園内のバーベキュー場まで移動した三人だったが、チロはそこを離れて、紅葉の木がある方向へ、猛烈な勢いでダッシュしていった。
「チロちゃんなんか勘違いしてたみたいだけど、なんで紅葉を狩るって話になったんだろ?」
「あ」
ルルの言葉を耳にしたアッサムが、小さく声を上げた。
(「オレ、紅葉狩りってなんなのか、ちゃんと説明したっけ……?」)
アッサムは記憶をたどってみるが、『紅葉狩りバーベキューをやる』『綺麗な紅葉を眺める』とは説明したものの、『紅葉狩りとは、紅葉を目で楽しむことを指す言葉である』とは言わなかった気がしてきた。
(「ヤッベ」)
アッサムはひそかに、冷や汗を一筋たらりと流す。
「……ま、いっか!」
「そ、そうだね!」
ルルが思考を打ち切ったので、アッサムは余計なことは言わないことにした。
「ルルはこっちでバーベキューの準備をしてますよっと……」
「オッケー、オレもやるよ」
二人は、目皿の上にゼリー状の着火剤を置いて、その上に木炭を、組むようにして配置する。
着火剤に点火すれば、種火のできあがりだ。
「追加用の木炭、持ってくるよ。ルル、ちょっと火を見ててね」
そう言い、アッサムが少しの間、場を離れた隙に。
ルルは素早く、紙の束を取り出す。
そこには、『国語』や『算数』などと書かれていた。赤いペンで採点が済ませてある、テスト用紙である。
それらをルルは細かくちぎると、種火へとポイポーイ。
ルルは、お勉強は苦手な子なのだ。ダメな結果なんて、灰にしてしまえ!
●一方その頃
(「かつて野良わんこだったチロさんでも、紅葉とやらは食ったことのない謎食材だが、今が旬と聞いたでな!」)
狂月病の発作のたびに、人様の畑の大根を引っこ抜いては盗み食いをしていた、そんな過去に、少しの間チロは思いを馳せた。(なお、盗み食いの悪癖は、いまだに治っていない)
チロは、『ブレイブソード』を片手に握り締める。
それは、他人から見れば、チロがその辺で拾った木の枝でしかない。けれど、チロにとっては紛れもなく、紅葉に立ち向かうための心強い武器。選ばれし者だけが扱える、勇気の剣なのだ。
「待ってろルルたん! 父ちゃんが美味い紅葉を狩ったるからな!」
高々と、『ブレイブソード』が天に掲げられた。
●ララティア乳業のチーズで、ラクレット
準備ができたグリルの上へ、アッサムは串に刺した肉や野菜を並べてゆく。
じゅうじゅうと食欲をそそる音が鳴り響き、香ばしい匂いが辺りに漂い始めた。
「焼き上がったら、こうして……」
ルルは、グリルで炙って溶かしたチーズを、皿に取り分けたウインナーや野菜に、トロリと掛けてゆく。
ララティア乳業の、自慢の特製チーズである。
「はい! 簡単ラクレットの出来上がり!」
「おおー! いいねいいねー!」
ルルは、スイス料理であるラクレットの、簡単なバージョンを作ってみせた。肉や野菜の上にトロトロと絡まるチーズに、アッサムも目をきらきらさせる。
「お誕生日のアッサムさんも、食べて食べて~!」
「やった、サンキュー! それじゃ、お言葉に甘えて。いただきまーす!」
温かいうちに、アッサムはラクレットを頬張った。
「ん~! コクがあってまろやか! ウインナーの旨味や、タマネギやピーマンのシャキシャキ感との、相性が絶妙だね……! それに、このチーズ、なんだか特別な感じがするね。動物への愛情を感じるよ」
アッサムがすらすらと述べた食レポの内容に、ルルは鼻高々だ。
世界中の可愛いものは全て、ルルの嫁候補である。牛も山羊も、例外ではないだろう。(ただ、ルルは『嫁』の意味を理解していない)
ルルの愛情をたっぷりと浴びた動物。そのミルクで作られた、ララティア乳業の乳製品は、絶品なのである。
●紅葉狩れず
「…………」
とぼとぼと歩いてきたのは、チロだ。
木の枝(ブレイブソード)は、もう持っていない。
「あ、チロちゃん戻ってきた」
ラクレットを食べる手を休め、ルルが顔を上げる。
「紅葉狩り、どうだった?」
「……やめたわ」
アッサムの問いに、銀色の毛並みの尻尾をしょんぼりと垂れ下がらせながらチロは答えて、焚火の前へ移動。そこで屈んで、ヤンキー座りをした。
「それはその、どういう理由で……?」
アッサムは続けて尋ね、聞き役に回った。
「なんかチロさんの強さに怖じ気づいたのか、棒で突いても威嚇しても、全く反応せんでのう……狩猟本能が刺激されんで、飽きてしもうた……」
「あー……なるほど」
地面に落ちた紅葉に対し、枝でつんつんとつついてみても、押された分だけ下がるだけで、逃亡も反撃もしてこない。
ガルルルゥと、めいっぱい恐怖を煽る唸り声で威嚇しても、紅葉は微動だにしない。
おそらく、そんな感じだったのだろう。
動物でもなければ、攻性植物というわけでもない紅葉が、チロの行動に無反応なのは当然のことであるが、チロはそのことを知らない。彼女が長い間、まるで野生動物のように天涯孤独で暮らしてきたウェアライダーであるがゆえだろう。
「正直、食ってもあんま美味くなさそうだし」
「そっかぁ……」
アッサムは相槌を打つに留める。
『確かに、そのまま食べても美味しくないと思うよ』と言いたくはなったが、紅葉狩りを提案したのは自分なのだから、言ったらややこしいことになってしまいそうだと思ったから、やめた。
それに、『紅葉を天ぷらにした伝統銘菓があってね』という話題はもっと蛇足だと判断したのだ。
「これ食べて元気出して」
「うむ……」
焼いたトウモロコシにチーズをかけたラクレットを、チロはアッサムから受け取って、ガジガジとかじった。
「……それで、どうして紅葉を狩りに行って、それを持って帰ってきたの……」
チロが腕に引っかけている袋を指し示して、ルルが言った。
袋の中には、マシュマロにビスケット。チョコにバナナ。
(「……まさか紅葉じゃなく、通行人を狩ったんじゃ……」)
慄然とするルル。
この食材は、チロが紅葉狩りの合間に迷子を助け、そのお礼としてもらったものだが、特にチロはそのことを言わなかったので、ルルはこの後もおののき続けることとなったのであった。
●マシュマロを焼こう
肉に野菜に、特製チーズ。ボリュームたっぷりのバーベキューを一通り食べ終えて、ほどよく三人のお腹が満たされたところで。
まだしょんぼりと尻尾を垂れ下がらせていたチロが、ぱっと顔を上げ、すっくと立ち上がって言った。
「紅葉狩りのことを気にしてても仕方がないから、マシュマロ焼いて、スモア作るぞ!」
「スモアいいね! デザートにぴったりのバーベキュースイーツだよね!」
アッサムが再び目を輝かせる。
甘い物は、別腹だ。
「まずはバナナを……」
ルルが、バナナの皮を一ヶ所むいて、少し身をくり抜く。くり抜いた少量の身の部分は、チロがぱくぱく食べた。
くり抜かれたバナナに、チョコとマシュマロを詰めて、アルミ箔で包み、焚火の中へ入れる。
あとは、焼き上がりを待つだけだ。
その間に三人は、別のマシュマロを串に刺して、火で炙った。
ほんのりと焼き目がついたら、ゆっくり串を回して、まんべんなく炙っていく。
色づいた熱々のマシュマロを、チョコと一緒にビスケットに挟んで、串を外したなら、基本のスモアの完成だ。
冷めないうちに、熱々をかじる。
炙ったマシュマロの表面は、カリカリでサクサク。中はとろーりとして、お餅のようにミョーンと伸びる。溶けたチョコと、ビスケットの味わいとの三重奏がたまらない。
「そろそろこっちも出来てるね」
アッサムが焚火から、アルミ箔で包んだバナナスモアを取り出し、開ければ、中からふわりと甘い香り。
焼いて甘味の増したバナナと、チョコやマシュマロの相性は、抜群だ。
「ん~~~~~……!」
チロはもぐもぐ頬張って、じっくり味わって、飲み込んでから、大きく息を吸い込んだ。
「スモアおいしい! 超おいしい! ヒャッハー!」
紅葉に負けないほど綺麗な、藍色の瞳を輝かせて、チロは叫ぶ。尻尾は、嬉しげにぱたぱた振られていた。
いっそ、この先、毎日スモアにしてしまおうか?
そんな風に思ってしまうほどに、熱々のスモアは、チロにとって素晴らしい味であった。
ルルとアッサムも、チロを微笑ましく見守りながら、楽しくスモアを味わう。
まるで夕焼け空のように赤く色づいた紅葉が、三人を見下ろしていたのであった。
作者:地斬理々亜 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年11月15日
難度:易しい
参加:2人
結果:成功!
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