温泉は猿のために

作者:秋津透

 その赤毛猿は、今にも力尽きようとしていた。
 その猿は、群れのボスだった。一族を率い、山中を放浪していたが、ある山あいで温泉を見つけた。そこには、既に白毛猿の一群がいたが、彼らは果敢に闘い、白毛猿どもを追い払い温泉を奪取した。いや、奪取したかに見えた。
 しかし、そこへ銃を持った人間たちがやってきた。人間たちは彼の仲間を撃ち倒し、かろうじて逃れた者を獰猛な犬を放って追った。彼はボスとして仲間を庇い、しんがりを務め、人間や犬と闘いながら温泉を後にした。しかし、そこで浅からぬ傷を負い、犬に追われて休むこともできず、仲間ともはぐれ、山中で力尽きようとしていたのだ。
(「俺は見た……あの温泉……俺たちが追われた後に、人間は白毛猿どもを連れてきて、奴らが湯に漬かるのを満足そうに眺めていた……なぜだ。なぜ白毛猿は良くて、俺たちはダメなんだ?」)
 赤毛猿は、無念そうに唸る。実は、白毛猿というのは現地種のニホンザルで、観光資源として保護されており、彼ら外来のアカゲザルは、ニホンザルを脅かす存在として駆逐の対象となっているのだが、そんな事情は猿の知ったことではない。
(「おのれ、人間め、犬め、白毛猿どもめ……必ず、あいつらを皆殺しにして、温泉を我らのものに……」)
 無念の呻きとともに力尽きようとする赤毛猿の前に、何かが現れた。
「人間に撃たれたのですね。哀れな……この種を受けなさい。そうすれば、命を長らえることができます」
 不思議な声とともに与えられた何かを、赤毛猿はすぐさま貪り食う。痛みが消え、身体に力が戻る。いや、力が戻るどころではない。今までにない強大な力……デウスエクス「攻性植物」の力が赤毛猿の中に宿る。
「回復しましたか。では、私とともにおいでなさい。危険な人間のいないところで、静かに暮らしましょう」
 何かが穏やかに語り掛けてくるが、その言葉は赤毛猿の耳には入らない。この力があれば、人間など怖くない。仲間を集め、襲撃を仕掛け、歯向かう者は何であろうと皆殺しにして、温泉を取り戻してくれる。
「キシャアッ!」
 歓喜と憤怒が入り混じった咆哮をあげ、攻性植物化した赤毛猿は、逃げ散った仲間を集めるべく山頂へ走る。熊を救った者、『森の女神』メデインは悲しげにその背を見送り、姿を消した。

「温泉を追われた猿が人間を恨んでいるのではないかと思ったのですが……どうも、思いのほか複雑な状況になっているようです」
 チャル・ドミネ(シェシャの僕・e86455)が、少々当惑した表情で告げる。
 そしてヘリオライダーの高御倉・康が、こちらは相当に難しい表情で告げる。
「千葉県南房総市の郊外……というか、山の中で『攻性植物の聖王女アンジェローゼ』の配下『森の女神』メデインが、人間に銃で撃たれて瀕死のアカゲザルを攻性植物化する、という予知が得られました。この猿は、チャルさんが推察した通り、人間によって温泉から追われたのですが、その温泉ではニホンザルを観光資源として保護してるんですね。そこへ外来のアカゲザルの一族が襲撃してきたので、温泉を管理する人たちはニホンザルを守ってアカゲザルを撃退したようです。まあ、そんな事情は猿の知ったことではないんでしょうが、山中まで逃げて死にかかったアカゲザルのボスを、メデインがデウスエクスにしてしまったわけです。例によって、メデインは猿を自分の陣営へ連れて行きたかったようですが、デウスエクスの力を得た猿は自分を撃った人間への復讐と温泉の奪還のため、仲間を集めようと去っていき、メデインも諦めて去っていったようです。今から急行してもメデインを捕捉することはできませんが、人間に復讐し温泉を奪還しようとしている攻性植物猿を放置しておくわけにはいきません」
 そう言って、康はプロジェクターに画像を出す。
「猿がデウスエクス化した現場は、このあたり。温泉はこのあたりで、かなり距離があります。ただ、猿は山頂……おおむねこのあたりに行って、叫び声を発して仲間を集めようとしています。仲間の猿が集まると、疑似デウスエクス……ビルシャナの信者のようなものになる危険性があります。さほど強いわけではなく皆さん……ケルベロスを傷つけることもできませんが、ディフェンダーとしてボスのデウスエクス猿を身を以て庇うので、集まって数が増えるとかなり厄介です」
 そう言って、康は画像を切り替える。
「攻性植物化した猿は、腕を蔓化して叩きつけたり、締め上げたりして攻撃してきます。また、叫び声で仲間の猿を呼んだり、自己治癒をすることもあるようです。ポジションは、おそらくキャスターです」
 そして康は、一同を見回して告げる。
「今のところ、人間に恨みのある動物に限られているようですが、普通の動物を攻性植物化してしまうメデインの力は恐ろしいものですし、攻性植物化した動物が仲間を率いるとなれば猶更です。今回は捕捉できませんが、メデインが起こす事件を解決していけば、追っていけるかもしれません。『ヘリオンデバイス』でできるだけの支援をしますので、どうかよろしくお願いします」
 ケルベロスに勝利を、と、ヘリオンデバイスのコマンドワードを口にして、康は頭を下げた。


参加者
日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)
月宮・京華(ドラゴニアンの降魔拳士・e11429)
美津羽・光流(水妖・e29827)
ベルローズ・ボールドウィン(惨劇を視る魔女・e44755)
チャル・ドミネ(シェシャの僕・e86455)
オズ・スティンソン(嘯く蛇・e86471)

■リプレイ

●猿、猿、汝らを如何せん。
「アカゲザルは外来種でニホンザルの方はこの辺のは天然記念物やったか。外来種ちゅうてもデウスエクスみたいに侵略してきた訳やなくて、動物園や実験用に飼ってたのが逃げ出したちゅう話やしな。気の毒や」
 現場に急行するヘリオンの中で、美津羽・光流(水妖・e29827)がぼそりと呟く。
 そして日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)が、微妙な表情で応じる。
「外来種と在来種の問題は厄介だな……ニホンザルを保護してる人たちも、アカゲザルが憎いわけではないけど、放置しておくとおおむねニホンザルが負けてしまう上に、共存しても雑婚で結局アカゲザルに染められてしまうらしい。まあ結局は人間の都合と価値観の問題に過ぎないだろうし、動物達にしてみれば知った事ではないだろうけど……」
「見た目はさほど変わらないように見えるのですが、片や観光資源で片や駆除対象とは理解しがたいです」
 今回の事態を予見したチャル・ドミネ(シェシャの僕・e86455)も、どうも割り切れない、という口調で唸る。
「ともあれこうなってしまった以上は、我々にとっても駆除対象です。デウスエクスは、倒さねばならない」
「そうだね。危険なデウスエクスは倒すしかない。疑似で済んでる仲間猿は、殺さないで済ませたいけど」
 今必要なのは博愛の精神ではなくて、危険を排除するという確たる意志だよね、と、オズ・スティンソン(嘯く蛇・e86471)が半ば自分に言い聞かせるように呟く。
 すると蒼眞が、淡々とした口調で応じる。
「仲間猿をどうするかは、数によりけりだな。こっちが到着した時に、もう猿の軍団ができちまってるようなら列攻撃で薙ぎ払うしかないが、そうでないなら、手加減攻撃で気絶させていけばいいだろう。高御倉の予想では、デウスエクス猿は一度に最大五匹の仲間を呼ぶそうだが、こっちは六人いるんだ。皆、手加減攻撃は持ってきてるよな?」
「うん! ちゃんと持ってきてるよ!」
 月宮・京華(ドラゴニアンの降魔拳士・e11429)が、明るく応じる。まあ、月宮が大丈夫なら他は心配ないだろう、と、蒼眞は年上の女性相手に少々失礼なことを思う。
 すると京華は、彼女にしてはずいぶん真剣っぽい感じの口調で続ける。
「全部終わったらどうしよう。ボスがいなくなって大変だよね? きっと新しいボスがなんとかしてくれるんだろうけど、丸投げっていうのもな。……そうだ! 赤毛の猿が入れる温泉を掘ろう! 土地は……ケルベロスカードで買えるかな? 仕事増やせばいけるかな?」
「ま、まあ、やりたいなら止めはせんけど、そういうのは、依頼を解決してから考えよう。な?」
 少々狼狽して蒼眞が応じると、ベルローズ・ボールドウィン(惨劇を視る魔女・e44755)が冷静な口調で告げる。
「まあ、仲間の猿はなるべく傷つけずに。このまま遠くへ離れれば、生き延びられるかもですし、駆除されるにしても……それはこの地域の問題。私達が口出しすべき話でもないでしょう。現に、野性動物の被害に悩まされてるのは里山の人達ですから」
「う、うーん」
 京華が唸ると、ベルローズは静かな調子で続けた。
「現地の状況をよく調べてからでないと、私達ケルベロスが一方的に何かやろうとしても、望まれもしない押し付けになってしまうでしょう……ままならぬものです」

●猿よ、お前はボスだった。
「敵を発見しました。山頂にデウスエクス……一体です。周囲に疑似デウスエクスなどの反応はありません」
 ヘリオンから飛び出すと同時にゴッドサイト・デバイスを使用したチャルが、きびきびした口調で告げる。
 ちなみにもう一人、京華もチャルと同じくスナイパーでゴッドサイト・デバイスを使用しているが、チャルくんが報告してくれるなら、ま、いっかー、という感じで、特に報告はない。
「よし、間に合ったようだな」
 クラッシャーの蒼眞が、ジェットパック・デバイスで全員をビーム牽引し、空から山頂を目指す。
 そして、一見したところでは攻性植物化しているとは分からないが、かなり大柄なアカゲザルが一体、山の頂と思われるあたりに陣取っている。
「ウキ?」
 空を飛んでくるケルベロスたちを、当初「人間」とは認識できなかったらしく、アカゲザルは訝しげな様子で夜空を仰いだが、相手が近づいてくると、不意に甲高い咆哮を放った。
「ケーン! キ、キ、キ、ケーン!」
「……あれが、仲間呼びの叫びか」
 蒼眞が呟くと、チャルが緊張した声を出す。
「周囲から、凄い速度で疑似デウスエクスが集まってきます。その数、三!」
「三体か。充分対応できるな」
 ちょっと考えて、蒼眞は仲間に指示を出す。
「俺と美津羽、スティソンで仲間猿を手加減攻撃で気絶させる。ボードウィン、月宮、それに『トト』は味方の強化を頼む。ドミネは、戦闘に加わらずにゴッドサイト・デバイスの使用を続行。 遅れて集まってくる奴がないか見ていてくれ」
「はん……初手は、ボスを撃たんちゅうこってすな?」
 光流の問いに、蒼眞はうなずく。
「ああ。後からすっ飛んできた奴がボスの庇いに入って、不本意ながら殺しちまったとかいうのはできれば避けたい」
「さいでんな」
 ニヤリと笑って、光流はうなずき返す。いつもはわりと冷徹な男だが、普通の猿を殺したら嫁さんが悲しむだろうなと思っているので、ここは蒼眞の「仲間猿不殺方針」に素直に乗る。
 そして、その間に三匹のアカゲザルが山頂に姿を現わす。いずれも目を赤く光らせ、闘志満々という風情だが、体躯はボス猿よりかなり小さい。
「いくぜ!」
 蒼眞は急降下し、新たに現れた猿の一体を叩いて気絶させる。光流とオズも蒼眞に倣い、仲間猿を張り倒して一撃で気絶させ、空中へ戻る。
「キ、キイ? キーッ!」
 せっかく呼んだ仲間をあっという間に倒され、ボス猿は一瞬茫然としたが、すぐに目を赤く光らせ、憤激の叫びをあげる。
 そして、空中にとどまり、相互にエンチャントをかけるケルベロスたちを睨み回すと、再び仲間呼びの叫びをあげる。
「ケーン! キ、キ、キ、ケーン!」
「第二波来ます! 四体!」
 告げながら、チャルは嫌悪で顔をしかめる。
(「元は仲間をかばって瀕死の重傷を負った長だったそうだが、今は仲間を盾にしないと戦えないのか。見る影もない、腰抜けめ」)
 ところが、新たに四体の仲間猿が現われると、デウスエクス猿は彼らに甲高い声で命令を下す。
「キキキ! キキキ! キイッ!」
「……キキッ?」
 四体の仲間猿は、一瞬顔を見合わせたが、すぐにボスの命令に従って行動を起こす。ケルベロスたちの手加減攻撃で気絶させられた三体の仲間を担ぎ上げ、そのまま山林の中へ逆戻りしていく。
「こ、これは……?」
「仲間を呼んではみたものの、俺たちが手ごわいと見て、逃がすことにしたらしいな」
 目を見張るチャルに、蒼眞が淡々とした口調で告げる。そして光流が、どこか寂しげな笑顔で呟いた。
「立派なボスやな。デウスエクスと化しても、性根までは腐らへんかったか」
 ケルベロスたちが見守る中、仲間猿たちは山林の闇だまりへと消える。ボスの方を気づかわしげに振り返る猿もいるが、デウスエクス猿は厳しい声を出して配下を去らせる。
「キキキ! キキキ! キイッ!」
「キ……」
 そして、仲間猿全員が姿を消すと、デウスエクス猿はケルベロスたちに向き直り目を赤く光らせる。あいつらを追うなら、俺を倒してからにしてもらおうか、と言わんばかりだ。
「追いはせんよ。だが、あんたは生かしておくわけにはいかない。残念だがな」
 告げると、蒼眞は巫術「禁縄禁縛呪」を放つ。よもや、姿を消した仲間猿が飛び出してきて庇うとかないだろうな、と、内心危惧していたが、そんなことはななく、半透明の「御業」が、ぐいとばかりにデウスエクス猿を鷲掴みにする。
「ギイッ!」
「あんまり苦しませたくはないんやが……攻性植物入ると、たいていごっつうタフになるからなあ。時間かかったら、カンベンな」
 詫びながら、光流が斬霊刀『海藍刃』でデウスエクス猿の額に容赦のない突きを入れる。普通の猿ならもちろん即死だが、デウスエクス猿は軽くのけぞるだけで、さほど堪えた様子はない。とはいうものの、額の傷から数条の蔓が伸び、絡まるようにして傷を塞ぐ。
「まずは、これで……」
 当たるかな、と呟きながら、オズが大蛇状の下半身に毒のオーラを纏わせて叩きつける。ばしん、と顔を正面から叩かれ、デウスエクス猿は悲鳴をあげて転倒する。
「キキキィッ! キイッ!」
 デウスエクス猿が起き上がろうとしたところへ、オズのサーヴァント、ウイングキャットの『トト』が飛び掛かって顔面を掻きむしる。
 そして『トト』が飛びのくと同時に、ベルローズが放った虚無球体がデウスエクス猿の胸部を直撃する。
「グアッ!」
 ここまで猿らしい甲高い声で叫んでいたデウスエクス猿が、重く低い呻きをあげる。同時に、大きく抉られた胸部から、噴き出るような勢いで蔓が伸びて穴を塞ぐ。
「うわー、みんな、容赦ないなー」
 まあ、私もデウスエクスには容赦しないけど、と、屈託なく言い放ち、京華がオリジナルグラビティ『縛眼(バクガン)』を駆使する。
「動くな」
 普段の明るいほんわか口調からは想像もできないほど凄味の効いた声を放ち、京華はデウスエクス猿を凝視する。
「ギ……ギギギ……」
 軋んだような声を出し、デウスエクス猿が動きを止める。
「腰抜け呼ばわりしたのは悪かったけど、正直、植物と融合した動物というのはどうにも気色が悪い。さっさと潰れてください」
 律儀なのか身勝手なのかよくわからない呼びかけとともに、チャルがドラゴニックハンマーを砲撃形態にしてぶっ放す。
 直撃を受けたデウスエクス猿は、潰れはしなかったものの、天を仰いで慟哭するような叫びをあげる。
「キイッ! キイッキイッ、キイッ!」
 すると、デウスエクス猿の額から伸びた蔓の先端が膨らみ、黄金色に輝く果実に変化する。
「キキキ、キャア!」
 歓喜の叫びをあげ、デウスエクス猿は黄金色の果実をむしり取り、むさぼり食う。効果は敵面で、額と胸の傷が、完治はしないものの目に見えて小さくなる。そして回復したデウスエクス猿は、楽しげに踊りだす、
「キャッキャッ、キャキャキャ、キャア!」
 その姿を見やって、蒼眞が複雑な表情で呟く。
「回復したくなる気持ちはわかるが、それは結果的に苦痛を長引かせるだけだ……けど、やたら嬉しそうだな」
 まあいい。一時の快感に酔え。それが手向けだ、と呟いて、蒼眞は斬霊刀を振りかざし、踊るデウスエクス猿に斬りかかった。

●あたりまえ、猿はやっぱり猿だった。
「キャッキャッキャッ、キャキャキャキャ、キャア!」
 もう、これが何回目になるか。黄金色の果実を出現させてむさぼり食ったデウスエクス猿が、心底楽しそうに踊りだす。
 ケルベロスたちの容赦ない猛攻を受け、その身体に猿の毛皮はろくに残っておらず、絡まった蔓で形成された猿のオブジェのような状態だが、それでもデウスエクス猿はまだ元気に動いている。
「しぶとい……には違いないんだが」
 溜息混じりに呟き、蒼眞が斬霊刀を振るう。ずばっと猿の身体が両断されるが、すぐさま蔓が伸びて切断された身体を繋ぐ。
「あのなあ、もう、えーかげんにせえよ!」
 さすがにうんざりしてきた口調で言い放ち、光流が『海藍刃』を振るって再度デウスエクス猿を両断するが、またも蔓が伸びて身体を繋ぐ。
「えーかげんに潰れんかな、これ」
 一時は、ボスらしく仲間を逃がしたデウスエクス猿の行為に、柄にもなくちょっと感動しかかった光流だが、もはやすっかり白けている。
 なにしろデウスエクス猿は、一度もケルベロスたちを攻撃しないまま、毎回毎回黄金色の果実を出現させては食べて回復しているのだ。攻撃されていないから負ける可能性は皆無だが、はっきり言って白ける、というか、だれる。
「もしかして、この猿、戦闘の引き伸ばしとか延命とかそういうつもりじゃなくて、単に黄金色の果実が美味しくてハマってるんじゃないかな?」
 オズの疑問に、蒼眞が苦笑して応じる。
「まあ、そうだろうな。何しろ、猿だ。美味い果実が喰えれば、他のこと……戦闘だの、復讐だのは、どうでもよくなっても当たり前じゃないか」
「はあ……」
 溜息をついて、オズはハートクエイクアローを放つ。矢はデウスエクス猿の身体を貫き、更に『トト』が放ったキャットリングが直撃するが、猿は意に介することなく踊り続ける。
「ディスインテグレートで消えてくれればよいのですが」
 呟いて、ベルローズが虚無球体を放つ。ずばっとデウスエクス猿の身体が半分ほど消滅するが、残った部分から蔓が伸びて再生する。
「……まだ、及びませんか」
「いや、再生速度は明らかに下がっている。たぶん、もう少しだ」
 残念そうなベルローズに蒼眞が告げ、京華がバトルガントレットの指を伸ばして突きを入れる。
「指天殺! ……でも、攻性植物に気脈ってあるのかなあ?」
「それは、生物である以上、あるでしょう。動物の気脈より断ちにくいかもしれませんが」
 京華の身も蓋もない疑問に、チャルが応じる。戦闘中とは思えない、緊張感のなさではある。
(「しかし、こいつ……痛みを感じている様子はないが、黄金色の果実の味だけは、しっかりわかっているようだな」)
 ちょっとうらやましい状態かもしれない、と、アスガルドの林檎の味を思い出しながら、チャルは声には出さずに呟く。
(「とはいえ、いつまでも付き合っているわけにはいかない。潰れてもらおう」)
 内心で続けながら、チャルはオリジナルグラビティ『棘荊蛇の牙(イラクサヘビノヒトカミ)』を放つ。
(「痛くしますよ……と言っても、たぶん感じてないのだろうな。張り合いがない」)
 まあ、攻性植物猿に痛がられたところで、それで張り合いが感じられるわけでもないが、と、自分でもよくわからない心境で呟きながら、チャルはデウスエクス猿の再生部分を狙って掌をかざし、微細な棘を無数に打ち込む。
 棘を打ち込まれた蔓は、意外なほどもろく千切れ、デウスエクス猿の身体が崩れかかるが、そこで最後の執念か、小さな黄金色の果実をやはり蔓で形成された口の中に実らせ、デウスエクス猿はかりかりと噛み砕く。
「キ……キ……」
「今度こそ、その一口が手向けになりそうだな」
 淡々と言い放つと、蒼眞が巫術「熾炎業炎砲」を使う。ごうっとばかりに、デウスエクス猿の全身が燃え上がる。
「……やっと終わったか」
 チャルが呟き、光流がふう、と吐息をつく。
「まあ、死ぬ前にさんざん美味いもん食えたさかいな。悔いはないやろ」
 そう言いながら、炎が苦手な光流は、二、三歩ほど後ろにさがった。

作者:秋津透 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年11月6日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
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