セリカの誕生日~紅葉茶会

作者:猫目みなも

「紅葉の庭園でのお茶会、ですって」
 眺めていた観光雑誌の見開きページから顔を上げて、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はそうケルベロスたちに笑いかけた。見やすいようにフルカラーのそのページをケルベロスたちの方へ向けつつ、セリカは言葉を続ける。
「大きな自然公園で行われる秋のイベントの一環のようですね。難しいお作法は気にせず、気軽に綺麗な紅葉と美味しいお抹茶、それに和菓子を楽しむ場とのことなので、よければご一緒にいかがですか?」
 曰く、舞台はとある自然公園の一角に広がる日本庭園。目にも鮮やかな紅葉や風情ある秋の花々を楽しみながら、カジュアルに野点を楽しむイベントなのだという。セリカも言ったように難しい作法や決まり事を気にする必要はないので、思い思いに美味しいものを味わったり、誰かと語らいながら過ごすのも良いだろう。
「庭園内は自由に見学できるそうですので、秋の風景を眺めながらお散歩というのも楽しそうですね」
 たまにはそうして、戦いを離れて穏やかな時間を楽しむことだって必要だ。そんな風に笑って、セリカはケルベロスたちに手を差し伸べた。
「いかがでしょう? もしよければ、ですけれど……紅葉のお茶会に、行ってみませんか?」


■リプレイ

 真紅から朱色、黄金を経て金緑へ、そしてその隙間からは抜けるような青。頭上に折り重なる色彩を見上げてほうと息をつき、エトヴァはやはり同じように楓の縁取る空に見入っている様子のセリカへと声を掛けた。
「セリカ殿、お誕生日おめでとうございマス。素晴らしき一年となりますように」
 ありがとうございます、と答える声は、彼女にしては珍しく一拍遅れた。そのことに一度瞬き、すぐにああ、と頷いて、エトヴァは再び視線を上へと戻す。なだらかに波打つ幹をなぞり、燃え立つような赤やあたたかな掌の群れを思わせる朱橙、陽光を透かして一層輝かしい黄色――ひとつとして同じもののない彩りを焼き付けるように見上げるその間に、枝を離れた葉が一枚、彼の手にした茶碗の中にひらりと落ちた。
「あら」
 小さく笑ったセリカにそれを手で示され、エトヴァも綻ぶような笑みを浮かべる。そっと指先で摘んで持ち上げれば、抹茶に濡れた楓の葉はなおも瑞々しく張っている。まるで己の内心を写し取ったようなその有様にも目を細め、そうして彼は茶碗の縁に唇を寄せた。途端、口内に柔らかな苦みが流れ込み、続いて豊かな味わいが待ちわびたように広がる。丹念に最初のひと口を味わい、飲み下した後、紅葉を象る茶菓子を食めば、今度は濃く優しい甘みが舌の上で溶けた。
「季節を頂くようなのデス」
「素敵な例えですね」
 頷いたセリカが、丁度先程エトヴァが楓の葉でそうしたように、薄紅色から黄緑へとグラデーションを描く甘い紅葉を空に重ねる。葉脈が透ける代わり、青の中にくっきりとその小さくも重みあるかたちが切り抜かれるさまへと目をやり、エトヴァは抹茶をもうひと口。立ち上がり、この景色のただなかまで己が身を置きたい、そんな気持ちはもちろんとめどなく湧いてくるが――今はまだ、こうしてゆっくり座ってお茶と甘味を味わっていたい。手の中の熱が冷めるまで。静かな楽しみを肯定するように、また一枚、ひらりと紅葉が彼の目の前に舞い落ちた。
「眠堂もこういうのはじめて?」
「スイーツならよく食うけど、飲むのはほぼ未経験だぜ」
 だから初めて同士だ、と続けられた答えに、ティアンはふつりと目を丸くした。綺麗な正座を保ったまま、どうしたと問うように首を傾げた眠堂に向け、ティアンはもぞりと爪先だけを組み直して。
「緑茶はすきと聞いた気がするから、これも飲み慣れてるのかと思った」
「いやあ、正座以外の作法すら全くだ。ま、習うより慣れろ、だよな」
 からりと笑う眠堂の声にちいさく頷いて、ティアンは半ば恐る恐るといった調子で茶碗を手の中で回してみる。彼女が椀に口をつけるのに合わせて、眠堂も同じく抹茶を音を立てずに啜り――そのまま、茶碗越しにふたりの目が合った。
「……苦いな!」
「……、……苦い……」
 椀から唇を離せば、零れ出るのはまったく同じ言葉。緑色のお菓子で知っているそれよりずっと鮮やかな苦味に、眠堂は思わず口元を擦る。そのまま供された和菓子に手を伸ばしながら、どこかしみじみと彼は呟いた。
「茶菓子と合わせてこそ、なのかも」
 柔らかく口当たりのいい餡菓子を食みながらちらりと見れば、未だティアンは初めての味覚に震えているようだった。指先で口元を隠したまま、彼女は気を取り直すように唇を開いて。
「そっちのお菓子は甘いのか? ……ティアンは苦いの、あまり得意ではないんだ」
「この苦みと甘みでバランス取る、的な……?」
「なるほど……」
 幾分慎重な所作でお菓子を口に運び、そうしてティアンはぱちりと瞬いた。分かりやすく目を輝かせ、そのまま甘さと食感を楽しむようにもぐもぐと口を動かし始めた彼女に、眠堂はくつりと肩を揺らして笑う。
「俺のぶんの菓子も分けてやろうか」
「むぐ」
 口の中に物があるうちは喋らないつもりでいたらしい。ごく、と大きく喉を鳴らし、ひと息ついてから『もらおう』と素直に頷いて、ティアンは僅かに首を傾けた。
「なるほど、苦いと甘いでバランスをとって食べればいいのか。眠堂は苦いの平気?」
「俺は苦いの、嫌いじゃないぞ。慣れれば意外とイケる、けど」
 時間がかかるかもなあ、と冗談めかして続けた言葉を追いかけるように、緩やかな風が吹き抜けた。頭上でさやさやと葉が鳴るたび、落ちかかる光も輪郭を変える。ほうと息をつく娘の頬もまた、染まりかけの葉とよく似た色を宿していた。
「なあ」
「ん?」
 ごく短いやり取りを経て、再びふたりの視線は頭上から地上へと舞い戻る。空になった菓子皿を手にしたまま、ゆらりふわりと視線を巡らせて、ティアンはぽつりと呟くように言葉を零した。
「足、なんだかぴりぴりしてきた」
 この公園で楽しめるのは野点の場だけではない。日本庭園に植え込まれた色付き方も様々な庭木に花々――それらだって、今こうしてみているそれに負けず劣らず素晴らしい眺めだと聞いている。せっかくだから、この後はそちらを見て回ろうかと思っていたのだ、けれど。
「あ、痺れた?」
「歩けるだろうか」
「庭園の散策には俺も惹かれるが、時間はたっぷりあるさ」
 休み休み、ゆっくり行こう。その言葉を証立てるように、眠堂は再び緩やかに持ち上げた椀へと唇を寄せた。
 香り高いお茶の匂いを含んだ風は、冷たくともどこか柔らかい。その肌触りを楽しむように深く息を吸い込み、けれど最後にはやはり小さく身震いして、リリエッタはセリカの方を振り向いた。
「だんだん寒くなってきたよね」
「ええ、そうですね。暦の上ではもう冬と言いますし……早いものです」
 去年の誕生日から、もう一年。そのことにも想いを馳せるようにほうと息をついた彼女を見上げるようにして、リリエッタは後ろ手に持っていた紙包みを差し出した。
「ん。だからね。……これ、セリカにだよ」
 誕生日おめでとうと言い添えて渡した贈り物の中身は、軽く柔らかく温かな大判のストール。わあ、と声を上げ、セリカの広げたそれが、秋の空に淡く透けた。
「セリカ様にはいつもお仕事でお世話になっていますから。日頃の感謝も込めて、プレゼントですわ」
 そう言い、ルーシィドも小ぶりなプレゼントボックスを開けてみるようセリカに促す。見た目の割にやや重い箱の中身に首を傾げ、セリカの指先がリボンをほどいていき――そして、白い箱の中からは艶のある琥珀色が顔を出した。
「木の、お皿……いえ、これはもしかして?」
「ええ、菓子鉢ですわ。今日の日に合わせてみましたの」
「わぁ……!」
 底に淡い色で描かれた紅葉の柄に、膝の上に舞い降りた楓の葉を重ねてみるなどしてしばし目で贈り物を楽しんだ後、セリカはルーシィドにも深々と頭を下げる。
「ありがとうございます! 大事に使わせていただきますね」
「ええ、早速使ってくださいな。丁度お菓子も頂けるようですし……リリちゃんはどれにします?」
 ルーシィドに問いを振られ、しばし無言で考え込んで、リリエッタはふっくらとした紅葉饅頭をひとつ手に取った。
「ルーと一緒のがいいな」
 あらあら、と楽しげに笑うルーシィドに小さく笑い返して、早速リリエッタはまだ温かい饅頭を半分に割ってみる。ふわふわの雉の中から現れたのは、黒くつややかな漉し餡……ではなく、意外にも桜が花開いたようなピンク色の餡だった。断面を掲げてみせれば、ルーシィドとセリカも一様に丸くした目を瞬かせた。
「ルー、どうだった?」
「私のは……普通の餡子ですわね。味が違うのでしょうか?」
 試してみてと言わんばかりのルーシィドの視線を受け、ひとつ頷いて、リリエッタは自分のお菓子を口に運んでみる。色合いと同じく春を思わせる爽やかな甘みと酸味が、舌の上でほどけて開いた。
「イチゴの味がする……!」
 すかさず手元に残ったもう半分を差し出せば、ルーシィドが眼鏡越しに目を細めて。
「よろしいのですか?」
「うん。半分こ」
「ふふ、それでは遠慮なく。はい、私の方も」
 二色の優しい甘さを口に含み、のんびりと紅葉を見上げているうち、ふとルーシィドの口元から小さなあくびが零れた。心配げなリリエッタに軽く手を振って、せっかくだから、とルーシィドは彼女の膝に頭を預ける。
「最近はお仕事でずっぱりでしたから、今日はちょっとだけ休ませて下さい」
「ん……」
 さやさやと楓の梢が歌う。そうしていつしか、ふたつの寝息が秋の陽の下に重なった。

作者:猫目みなも 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年11月8日
難度:易しい
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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