闇色の騎士

作者:椎名遥

 ――カツリ、カツリ。

 揺らめき、移ろい、止まることなく形を変え続ける異次元の空間。
 磨羯宮ブレイザブリクの隠し通路から死者の門へと続く転移門の中に、足音が響く。
 それは、黒の騎士。
 黒の鎧、黒の大剣、身を包むすべてが黒に染まったエインヘリアルであり――死者の泉に取り込まれ、防御機構の一部となり果てた『死を与える現象』。
 かつての名も、思いも、願いも、全てを失ったまま黒騎士は歩き続ける。
 止まることなく、規則的に。
 どこかを目指すことなく、ただ無為に。
 硬く、重く、虚ろな響きと共に、足音は刻まれ続ける。


「皆さん、ブレイザブリクに隠されていた転移門の事はご存じでしょうか?」
 そう言って、集まったケルベロス達に一礼すると、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は資料を示す。
 磨羯宮ブレイザブリクの探索の結果、発見された転移門。
 調査の結果、その門は魔導神殿群ヴァルハラのにある他の宮――双魚宮『死者の泉』へとつながっていることが判明している。
「この通路を使用することができれば、双魚宮へと移動できるようになるのですが……」
 そう語ると、セリカは小さく息をつく。
 転移門を守るのは、死者の泉の防衛機構である『門』と称される存在。
「『門』は、黒い鎧を纏い、大剣を手にしたエインヘリアルの姿をしています」
 『姿をしている』という言葉の通り、『門』は純粋なエインヘリアルではない。
 死者の泉の門番であったエインヘリアルが泉に取り込まれ、『死を与える現象』へと昇華した存在である。
「現象となった『門』は、倒しても再び蘇ってきますが――その回数は無限ではありません」
 全部で42回。それが『門』の限界だとセリカは語る。
「ですので、皆さんには転移門へと向かってもらい、『門』の撃破をお願いします」
 戦場となるのは、磨羯宮から双魚宮へとつながる異空間。
 魔空回廊のような異次元的な回廊であるために、邪魔になるような障害物は無い。
 同時に、魔空回廊と同様に、敵の戦闘力を大幅に高める効果も備えている。
「『門』本来の戦闘能力は決して高いものではありません。ですが、空間内で数倍に高められた『門』の力は……」
 ケルベロスであっても苦戦は必至だろう、とセリカは表情を曇らせる。
「『門』の武器は、手にした大剣と背中から翼のように広がるオーラです」
 大剣による斬撃と衝撃波。
 翼による射撃と連撃。
 どの距離、どの陣形であっても対応できる攻撃手段は、如何なる相手も通さないという泉の意思の表れか。
「『門』は死者の泉による自動防御機構であるためか、今のところエインヘリアルにこの動きが気付かれた様子はありません」
 それでも、いつまでも気付かれないままでいられる保証はどこにもない。
 だから、少しでも早く防衛機構の突破を。
 そして――、
「死者の泉に転移が可能になれば、エインヘリアル勢力との決戦が始まることになると思われます」
 エインヘリアルにとって、そして死神にとっても重要な存在である『死者の泉』。
 そこに手が届いたとなれば、三勢力が入り乱れた大規模な戦いとなることは想像に難くない。
 それを少しでも有利に運ぶために、そして人々への被害を防ぐために。
「皆さん――御武運を」


参加者
相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)
源・那岐(疾風の舞姫・e01215)
源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)
ティユ・キューブ(虹星・e21021)
マーク・ナイン(取り残された戦闘マシン・e21176)
豊田・姶玖亜(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e29077)
山科・ことほ(幸を祈りし寿ぎの・e85678)
メロゥ・ジョーカー(君の切り札・e86450)

■リプレイ

 揺らめき、移ろう、数多の色彩に満ちた異空間の中で、豊田・姶玖亜(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e29077)は小さく苦笑する。
「やれやれ、42回も蘇る門番ねえ。うちのバイト先のセキュリティに欲しい位だよ」
 磨羯宮から双魚宮へと通じる転移門。
 それを守るのは、倒されてなお蘇り門を守り続ける漆黒の騎士。
 42の死を重ねるまで、その剣は決して折れることは無く。
「大分撃破数が重なっている気がするが後どのぐらいだろうな……あと10数体ぐらいか?」
「ああ、その辺りだろうな」
 腕組みした相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)に、マーク・ナイン(取り残された戦闘マシン・e21176)が頷きを返す。
 自分達が出発した時点では、撃破回数は20半ば。
 だが、他のケルベロス達も並行して攻略を行っていることと合わせれば、残る攻略回数は10を切ると見ていいだろう。
 そしてそれは、双魚宮『死者の泉』への道が開かれつつあるということであり――、
「エインヘリアルとの決戦も間近そうだね。同時に死神も目指す重要スポットとなれば、しっかりとその正体見ておかなくちゃね」
 エインヘリアル、死神、そしてケルベロス。
 近付く三つ巴の決戦の気配を感じながら、ティユ・キューブ(虹星・e21021)が手にするサウザンドピラーから光がこぼれて。

 ――カツリ、カツリ。

 そして、回廊に足音が響く。
 それは闇を固めたような漆黒の騎士――死者の泉に取り込まれたエインヘリアル『門』。
「心機一転! ってのも人生必要だと思うけど……こういうのは気味悪いし、やっぱ歯切れが悪い気がするんだよねー……」
 自己を失い防衛機構となり果てたその姿に、山科・ことほ(幸を祈りし寿ぎの・e85678)は悲しげにうつむいて。
 そして、顔を上げると胸の前で拳を打ち合わせる。
「うん、その輪廻は断ち切らなきゃっ。敵とか味方とか、そういうの関係ないよ!」
 『門』の撃破回数もあとわずか。
 ――彼が運命から解放されるまで、もう少し。
「ええ。油断なく、確実にこなして行きましょう」
「うん、焦らずに確実に、だね。慌て過ぎて失敗なんて目も当てられないし」
 源・那岐(疾風の舞姫・e01215)の声に、源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)も頷き視線を交わして得物を構え。
 通路の先で大剣を構える黒騎士へと、メロゥ・ジョーカー(君の切り札・e86450)は笑いかける。
「君はもはや、ほとんどを失ってしまったのかもしれないけれど――」
 言葉と共に、指を鳴らすメロゥの手から無数のカードが舞い踊り。
 同時に、マークのエクスガンナーシステムが携行する火器へと繋がり、制御を始める。
「でも大丈夫、安心して――僕たちという敵がいる、君の剣にも意味はあるさ」
 騎士の剣は、敵から何かを守ることにこそある。
 例え、それ以外の全てを失っても、その一点だけは変わらない。
 だから、
「さあ、始めよう」
「ああ――SYSTEM COMBAT MODE」


 ケルベロス達を排除すべき敵対者と認識したのか。
 無言のままに黒騎士は大剣を構え、身を沈め、
「――!」
 地を蹴ると同時に、爆発的な加速でもってケルベロスへと迫りくる。
 同時に、
「いくよペルル。星の彼方まで」
 ボクスドラゴン『ペルル』から受け取った力と共に、ティユが操る星の輝きが仲間達を包み込む。
 それは、進むべき道を示し、狙いを補助する極星の光。
「――導こう」
「ああ、見えたよ!」
 極星一至(ポラリスサーチ)の加護の中、姶玖亜は銃を撃ち放つ。
「さあ、踊ってくれないかい? と言っても、踊るのはキミだけだけどね!」
 言葉と共に、絶え間なく撃ち出す銃弾が黒騎士の足元へと突き刺さる。
 かわし、受け止め、切り払い。
 ダンシングショットの名の通り、走る銃弾に踊るような回避を強いられながらも、黒騎士の歩みは止まることは無く――、
「ノリが悪いね。けど、まあ――」
「十分だ!」
 歩みは止まることは無く――けれど、その勢いは削いだ。
 ならば、次は自分の番だと泰地が踏み込む。
 横薙ぎに振るわれる翼の如きオーラの一閃を身を沈めてかわし、続けて振り下ろされる大剣の刃に手刀を合わせて外へとそらし。
 そのまま、動きを止めることなく繰り出すは筋力流『牽制怒涛蹴り』。
「牽制は任せろ、オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!」
 打ち込む蹴りは、翼や鎧に受け止められて直撃には届かないけれど。
 防御の上から連打で叩き込む蹴りが相手の勢いを殺し、体勢を崩し、押し返して、最後の一押しとばかりに突き込む蹴りが、黒騎士を捉えて後ろへと跳ね飛ばして。
 体勢を崩した黒騎士へと、無数の札が上空から舞い降りる。
 それは、鳩型のデバイスと共に空を舞うメロゥが舞わせるトランプのカード。
 無論、それがただの札であるはずも無く――。
「披露されるは手品か魔法か――さて、分かるかな?」
 パチリと指を鳴らせば、カードから飛び出すのは氷属性の騎士のエネルギー体。
 頭上から、背後から、あらゆる方向から飛び出す槍騎兵が黒騎士へと疾走し――その全てを、閃く刃がカードごと切り払う。
「お見事――だけど、まだ終わりじゃないよ」
「RED EYE ON」
 切り払われ、舞い散る紙片の先から、深紅に光るマークのカメラアイが黒騎士を見据える。
 精神に作用し攻撃衝動を増大させる特殊な波長を帯びたその光は、狂気すらも失いかけた黒騎士の意識へと染み込み、縛り付けて。
「瑠璃、行きますよ。頼りにしてます」
「那岐姉さん、一緒に頑張ろう。僕も那岐姉さんとなら負ける気はしない」
 呼吸を合わせて心を重ね。
 動きを止めた機を逃さず、那岐と瑠璃が撃ち込む二重の竜砲弾が黒騎士へと突き刺さり――爆風を切り裂き踏み込む黒騎士の剣を、ティユの掌中で煌く星の光が受け止める。
「っ、やらせないよ」
 ケルベロス達の連携を受けながらも、漆黒の剣には歪みは無く。
 気を抜けばそのまま押し切られそうなほどの力が襲い掛かり、
「行きなさい、藍!」
 ことほの声に応え、黒騎士へと突進する彼女のライドキャリバー『藍』。
 それと同時に、ことほが送り込む大自然の力も合わせて腕に込め、ティユは黒騎士を押し返す。
 相手は無傷ではない。けれど、決定打になるような負傷もまだ無い。
 同時に、それは自分達もまた同じ。
 だから、
「まだまだこれから、だね」
 呼吸を整えて、黒騎士を見据えるティユが呼び出す無数の星の光が仲間達を包み込み。
 そうして、ケルベロスと黒騎士と。
 二つの刃は再び交錯する。


 揺らめき移ろい、止まることなく景色を変えてゆく回廊の中。
 地底湖を思わせるような暗く静まり返った景色の中、舞い散るトランプを目くらましに距離を詰めたメロゥのレゾナンスグリードが黒騎士の剣とぶつかり合い。
 返す刃を同時に飛翔してかわすのに合わせて姶玖亜が引き金を引く瞬間、瞬きほどの間に景色が揺らめき色を変える。
(「異次元空間ねえ……これは確かに空間自体が不安定そうだ。まあ、これで戦闘がなければ、移りゆく景色をじっくり楽しめるんだけどなあ」)
 胸中で苦笑をこぼし、溶岩が如き赤光が周囲を照らす中、姶玖亜の放つクイックドロウが黒騎士の動きを鈍らせて。
 追撃をかける泰地のサイコフォースと衝撃波がぶつかり合い、せめぎ合い、押し切られ――しかし、
「COVERING」
 迫る衝撃波を、割り込むマークが受け止める。
 廃墟のような光景を映し出す回廊に踵のパイルバンカーを突き立て、肩のシールドを展開し、ことほの大自然の護りに支えられて、
「COMPLETE――COUNTER」
「ええ!」
 そうして衝撃波を凌ぎ切った体勢からマークが放つゼログラビトンと、その背後に庇われた瑠璃が重ねて放つゼログラビトンの二重の光弾が騎士を捉え。
 さらに続けて、頭上から急襲をかける那岐のスカルブレイカーが黒騎士を退けて。
「まだだ!」
「F‣CANNON FIRE」
 その機を逃すことなく、弾種を切り替え瑠璃が撃ち込むフロストレーザーが。マークのフォートレスキャノンが。
 さらには、
「ついでだ、これも持っていきな」
 姶玖亜の放つフォーチュンスターに、ペルルのブレスに、藍のガトリングの掃射。
 多様な射撃が黒騎士を飲み込み戦場を埋め尽くし。
 巻き起こる爆炎と粉塵の中で泰地の拳と騎士の大剣がぶつかり合う。
 銃火が走るたび、刃が交錯するたび。
 少しずつ、しかし確実に、戦いの天秤はケルベロスへと傾いてゆく。
 前衛、中衛、後衛、そして飛行。
 ヘリオンデバイスによって、メイン火力であるクラッシャーは近接攻撃を受けない上空から攻撃に専念でき。
 同時に、各列に人員が分散した結果、列攻撃の脅威が相対的に低下したために回復の手にはまだ余裕がある。
 ――けれど、それでもまだ決定打までは至らない。
「くっ」
 泰地の拳を受け流し、止まることなく翻る漆黒の刃。
 守りの光に阻まれながらも、加護ごと切り裂く刃が泰地の肩を切り裂き――しかし、ティユが展開する星の光が再度の加護を与え、繰り出す泰地の襲撃が黒騎士を穿ち退けて。
 距離を詰めようとする騎士を、メロゥの呼び出す槍騎兵が牽制し――直後、黒騎士の背負う翼状のオーラが羽ばたくように大きく広がる。
 そこから襲い来るのは、羽ばたきから生まれる突風と羽根の如き漆黒の礫。
 重なる二つの攻撃が、上空にある那岐とメロゥに襲い掛かる。
 それ自体は、火力に劣る範囲攻撃。
 されど、追撃に加えて天運の後押しも重なれば、その力は単体を狙うそれに勝るとも劣らない脅威となり――、
「姉さん!」
「――大丈夫です」
 それでも、天秤を覆すには至らない。
「木深い森に闇あれば、光求めて枝伸びる。はるか高みに枝あれば、樹々の元には神宿る」
「風よ、力を貸して……さあ、共に舞いましょう!」
 途方もない樹齢を重ねた樹々から力を借りたことほが作り出す、清涼な森の空気の中。
 銀色の聖なる風を纏う那岐が戦の為の戦神楽を舞い、傷を癒すと黒騎士を見据える。
 痛打を受けてなお、体力にはまだ余裕がある。
 無論、これが二度三度と続けば話は別だが――だからこそ、
「このまま押し切ります!」
「うん」
「了解!」
 頷き応えるティユの手の中から光があふれ、姶玖亜の銀の知恵の輪が輝きを増して。
 映し出される獅子を象るオーラが、竜を象った稲妻が。
 二つの獣を象る攻撃が黒騎士へと襲い掛かり、受け止められ、切り払われて。
「まだだ!」
「まだよ!」
 それぞれの攻撃に並走する泰地の拳と、ことほの鬼神角が黒騎士を捉えて跳ね飛ばし。
 ――しかし、跳ね飛ばされながらも、黒騎士の振るう大剣が衝撃波を生み出し追撃を阻む。
 だが、
「TARGET IN SIGHT」
 迫る衝撃波へ、マークはバスターライフル『DMR-164C』を構える。
 接続したエクスガンナーシステムを通して照準を合わせ、出力を高め。
「――FIRE」
 撃ち出すバスタービームが衝撃波とぶつかり合い、相殺されながらも貫いて、
「瑠璃!」
「うん! 力借りるよ! カーバンクル、その魔力にて停止を成せ!」
 開かれた空隙を見据え、那岐が呼び出すのは半透明の姿をした『御業』。
 同時に、瑠璃が呼び出すのは額に紅玉を抱く伝説の霊獣カーバンクル。
 衝撃波の空隙を縫って、走り抜ける御業の掌と深紅のビームが黒騎士へと突き刺さり。
 二重の呪縛に縛られ、動きを止めた黒騎士へとメロゥがカードを投げ放つ。
「さぁさぁご注目あれ、今日も楽しい手品の時間だよ。お代は見てのお帰りだけれど――」
 宙を舞うのはトランプの束。
 無数に舞い踊るカードは、しかし、メロゥが指を鳴らした瞬間消え失せる。
 そして、
「見たのなら、無事には帰れないかもね」
 黒騎士の体の中から、カードは再度現れる。
 鎧をすり抜け、体を抉り取り、切り裂き。
「次の君は、さっきの君とは別の君かな? 分からないから、とりあえず言うだけ言っておこうか」
 血霞と共に飛び出したジョーカーのカードを指に挟み取ると、メロゥはくるりと踊るようにステップを踏むと崩れ落ちる黒騎士へと一礼する。
「お疲れ様、名も知らない誰か。騎士としての剣はもう、置いていいんだよ……お休み」
 呟く言葉は消えゆく騎士に届いていたか。
 それを知る者はいないけれど……。
 確かなことは、彼が――もしくは、彼らが解放されるのは、まだ数度の戦いの先だということ。
「……これであと何回だ?」
「あと少し、に期待したいね」
 それでも、残りは決して多くは無い。
 護る者の消えた回廊の先を見つめ、呟くマークにティユも頷いて。
 一度目を閉じ、息をつき。
「それじゃ、寄り道しないでさくっと帰ろう」
「なかなか興味深いアトラクションだ。次に来るときは、観光で来たいものだね」
 顔を上げたことほに、姶玖亜も軽く笑って。
 そうして、彼らは出口へと――日常へと帰ってゆく。
「瑠璃、お疲れ様。帰っておやつですね。今日はアップルパイですよ」
「うん、お疲れ様、姉さん。帰ってアップルパイとシナモンティーだね」
 来るべき決戦に備えることも、人々を守り戦うことも、そして大事な人たちと過ごすことも。
 そのどれもが、忘れてはならない、見失ってはいけない大切なことなのだから。

作者:椎名遥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年11月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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