冥翼の門番

作者:麻人

 死者の泉――ブレイブザリクの隠し領域にて発見された門の先にあるというエインヘリアル勢力の生命線。それだけの重要拠点であれば当然、それを守護する者が存在しよう。
 自動的に敵を排除する防御機構であり、かつて死の泉に取り込まれたエインヘリアルの亡霊であり、己を『門』とだけ名乗る黒の騎士。
 魔空回廊を思わせる異次元の通路に金属の擦れる耳障りで虚ろな音が響き渡る。無彩色の刀身を引きずって歩くその背にはまるで黒煙のような双翼が揺らめいていた……。

「皆さん、ブレイブザリクの隠し領域から死者の泉に繋がる転移門が見つかったって話はもう聞いたっすか?」
 黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004) は指折りながら事の次第を説明し始めた。
 発見者はリューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197)で、この隠し通路が双魚宮「死者の泉」に繋がっていることまでは確認できている。
「けど、この泉を守る防御機構……っていうんすかね? 侵入者を自動で倒すための『門』ってやつに護られて先に進めないようになってるんっすよ。『門』っていってもそのものじゃなくて、死んでも蘇る黒い鎧のエインヘリアルなんすけどね」

 戦場は魔空回廊のような異次元で、この内部では『門』の戦闘能力は軽く数倍ほどの威力に底上げされる。
「強敵っすね」
 門の使う剣は星辰の守護を呼び、回復領域の展開と近付く者を打ち砕く力を持ち合わせる。
「それと、危険なのはあの黒い煙みたいな翼っす。あれが広がって霧のように視界を覆われるとうまく行動できなくなるっすよ」

 ただ、自動防御機能といっても限度はあるらしく、この『門』を42体撃破すれば死者の泉への転移が可能になるだろうとの予測が既に出ている。
「いまんところ、エインヘリアル側はこっちが『門』の攻略に乗り出していることを察知してはいないっす。このルートを確保して死者の泉に攻め込むことができれば、その時は――」
 ダンテは笑い、片目を閉じてみせた。
「エインヘリアルとの決戦は間違いないっすよね。そろそろあいつらをぎゃふんと言わせてやりましょうっす!」


参加者
伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)
水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)
相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)
源・那岐(疾風の舞姫・e01215)
シルディ・ガード(平和への祈り・e05020)
霧崎・天音(星の導きを・e18738)
カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)
山科・ことほ(幸を祈りし寿ぎの・e85678)

■リプレイ

●向こう側には――
 ――確かに、在る。伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)は軽く転移門を突くように触れ、その向こう側に広がる異空間の気配に耳を澄ませた。
「んうー、……あっちもこっちに気がついた……っぽい?」
 敵の動きが真っすぐにこちらへ向かってきている。勇名の指摘に、シルディ・ガード(平和への祈り・e05020)も同意すべく首を縦に振った。
「ですね。遭遇する前に慣れておこっか、見通し悪い場所があれば先に注意しておきたいしね」
 シルディは夜目が利くと言う特性を生かして先行し、異空間内部を注視した。装着したデバイスを試しに大きく広げてみるが、広さには十分な余裕があるようだ。
「気を付けて下さい、――来ます」
 カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)が声を張り上げるのとほぼ同時に、ばさりという不気味な羽搏きが異空間内に響き渡った。
「そっちから来るのは、分かってるんだよ!」
 シルディは盾状に展開したデバイスで仲間を庇い、霧崎・天音(星の導きを・e18738)は神速の蹴りを『門』目がけて解き放つ。
 稲妻を帯びた翼――ヘリオンウイングを操り、敵の頭上を取った。
「……絶対負けない……」
 この先へ到達することは、平和をもたらすために必要な階のひとつだから。故に、ここは通らせてもらう――と。
 天音の気合いを、『門』は真正面から受け止める。
 まるで、こちらにも譲れぬものがあるのだと言わんばかりに無彩色の剣をひと思いに振り回した。
「相変わらずだな」
 重い剣戟と斬り結ぶのは水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)の斬霊刀――越後守国儔。瞬く間に三太刀を与え、複数の異常を甲冑の内側にまで刻み付ける。
(「前と変わらず、強い――が、あまりにも無防備すぎやしないか?」)
 紙一重で刃を避けつつ、鬼人の脳裏を過ぎるのは一向に無警戒の死神たちだ。そろそろ、何か変化のようなものがあるのではないか。それが、またここへ足を運んでしまった理由のひとつでもあった。
「そらよ!」
 相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)が拳を奮えば、嵐のように巻き起こったオウガ粒子が有名とカロンの武器に銀色の輝きを与えて覚醒状態へと促してゆく。
「どかーん。なー?」
 オウガ粒子の支援を受け、勇名の放つ轟竜砲が『門』を射抜いてたたらを踏ませた。一瞬の隙を逃すことなく、立て続けにカロンの襲撃が炸裂して足止めを試みる。
(「こんな所でずっと待っていたなんて退屈だっただろうな」)
 何度倒されても蘇り、そしてまた侵入者が来れば剣を振るう……何十回もの繰り返しを飽きもせずに行えるのだとすれば、それはもう感情などとうの昔に忘れ去っていなければ到底叶わぬことだろう。
「ある意味では、哀れなのかもしれないね」
「ええ。願わくば、私たちの手で楽にして差し上げましょう。その星辰、大層な効果をもたらすようですが……そう何度も許したりはしませんよ」
 『門』が星散る領域を展開するのに先んじて味方に破剣を与えていた源・那岐(疾風の舞姫・e01215)は、白鷺の砲口より業炎を吐いて紅蓮のただ中へと敵を陥れた。
「そういうの、可哀そうだと思わないでもないけどさ。だからって手加減するほどお人好しじゃないんだよね!」
 華奢な指先が奏でるハープの音色は山科・ことほ(幸を祈りし寿ぎの・e85678)による癒しの序曲。黒煙のように後衛を覆っていた翼が晴れ、代わりに清々しいそよ風が吹き抜ける。
「――」
 こいつら、――やる。
 『門』の纏う気配が一層不気味なものとなったのは、彼の意思というよりは死の泉に施されたシステムによる警戒反応であったのだろう。
「その運命から、解放してあげる」
 故にことほは低く告げ、藍を呼んだ。
「いい? 藍ちゃん。絶対に倒してやるんだよ」
 ことほを守るように布陣したライドキャリバーがエンジンを吹かせて呼びかけに答える。カロンのデバイスが敵味方と敵の位置を計測、分析結果を仲間に共有することで最適な陣形と脱出経路を示した。
「これで、遠慮なく戦えますね」
 いけ、と解き放つファミリアが『門』の注意を引き寄せる。洗練されていた動きが乱れるのを、カロンは見逃さない。
「ねえ、これってやっぱり」
「ええ、間違いないかと」
 シルディと那岐は顔を寄せ合い、互いの意見が一致したところで頷き合った。その間にも膨大な量の蒸気が盾となって熱量を発し、癒しの拳が乱れ飛ぶ。『門』の攻撃力は凄まじく、シルディとことほのふたりが全力で回復援護にまわってようやく支えられるほどのダメージ量を叩き出しているのであった。
「間違いなく……クラッシャー……」
 空から監視していた天音もまた同じ見立てであった。宿敵の翼を模したそれで旋回しつつ、炎刃を降らせる天音を『門』の大剣が突き上げるように迎撃する。
「そんなもの……」
 傷を受ける傍からそれを吹き飛ばす、ことほの拳。
「相手はクラッシャーです。近付く際には気を付けてください」
 那岐はすかさず風の舞姫としての本領を発揮し、優雅なる御神楽を舞うことで菖蒲の加護を皆に与えた。
 ここからが、本番だ。
 ケルベロスたちは異空間に立ち塞がる『門』を見据えると、圧倒的な攻撃力を誇る敵へと恐れずに立ち向かっていった。

●『門』の本懐
「なるほど、クラッシャーか」
 両の拳をぶつけ、泰地は精神を統一する。閉じた目裏で光が閃くのと同時に『門』の体が突如として爆ぜた。
「強いってんなら、まずはその力を封じてやるぜ」
 来いよ、と泰地は挑発するように手を招く。
「どうした? 考えてる暇はないぞ」
「その通りです。このまま、押し切らせていただきます」
 那岐は礼儀正しく一礼すると構えたバスターライフルをフル稼働してゼログラビトンのエネルギー弾を浴びせにかかった。
「…………!!」
 『門』は剣を横向きに掲げ、何とか耐えようと抗っている。刀身に彫られた星辰が輝きを帯びて周囲に禁域を発動するが、カロンの星屑魔法が容赦なくそれを剥ぎ取りにかかった。
「素敵な夜空をご案内いたしましょう。これは星々の冒険譚。さあ、とくとお楽しみあれ――」
 美しい星空が禁域を上書きして一気に勢力図を塗り替える。いまや異空間の空は藍色の天蓋に銀金の星々が煌めくプラネタリウムと化していた。
「きらきらー」
 不意に夜空の一辺で鋭い刃が閃いた。勇名の投擲したデスサイズシュートが高速回転しながら『門』を切り裂き、弧を描いて持ち主の手に戻る。
「そろそろ、かんねんしたら?」
 小首を傾げて尋ねる勇名に続き、鬼人が口を開いた。
「それとも何か、別の思惑でもあるのか……」
 古来より、優れた要塞にはわざと侵入しやすい場所を作って『罠』とするのが常道であった。敢えて隙を作っておいて、引っ掛かった敵を一網打尽にする――可能性としては、ゼロではあるまい。
(「どうにも嫌な予感がぬぐえないんでな。取り越し苦労なら、それに越したことはないんだが……」)
 こちらの不安などいざ知らず、『門』は猛然と剣を振り続ける。鬼人はうまく死角に回り込み、三拍子叩き込んだ剣閃の終いに無拍子で締めに掛かった。
 淡々と攻撃を繰り返すうちに手応えが大きくなってくる。確実に押している。シルディのデバイスを踏み台にして跳んだ藍のガトリング掃射が弾幕となって『門』を牽制、同じく飛び出したフォーマルハウトと双璧となって敵の翼から癒し手を守る盾となる。
「ありがとね!」
 ことほは好戦的な瞳で癒しの風を吹き荒らした。
「決めてやって!」
「任せときな!」
 泰地が吼え猛り、無数の蹴りを立ち塞がる壁のように繰り出して『門』に果てなきプレッシャーを与えることに成功。
「今のうちだ!」
「んうー、りょうかい」
 勇名が軽く敬礼すると『門』の足元でカラフルな火花が散った。いつの間にか飛び込んでいたミサイルが爆発し、注意を引きつけたところで那岐の絶空斬が駄目押しの一撃を入れる。
「――――!!」
 させるものか、とでも言いたげな――けれど言葉にならない『声』が『門』の口元から発せられた。冥色の翼が激しく舞い、視界を無数の羽が踊り散る。跳ね除けたのは水柱から現れたゆきの小人である。
「雪が、羽根を消し去っていく――」
 天音は唇を引き結び、急降下して『門』の眼前からグラインドファイアを見舞った。
「このまま先に進ませてもらうから……だからどいて……!」
 炎が背中の翼ごと甲冑を包み込み、そのまま紅蓮の花を咲かせて燃え尽きてゆく。手から落ちた剣が粒子となって消える頃、『門』は白い灰となって完全に機能を停止していた。

●そして、また
「終わった、か……」
 鬼人は一息をついてロザリオに手を当て、祈りを捧げる。婚約者からもらった大事な品は触れていると戦闘で昂った気分を鎮めてくれた。
「で、特に変化はなしか?」
「そのようですね」
 一通り周りを見回してから、那岐が頷いた。
「そしたら早く帰ろう。けが人はいないよね?」
 シルディは全員の無事を確かめ、ほっと胸を撫でおろす。
「死神さんもだいぶ進み具合を気にしてたから、次の報告の時には少しでも安心してもらえたらいいんだけど」
「死神……」
 俯き、その単語を繰り返す天音には何か思うところがあるようだ。だが、すぐに顔を上げて皆を誘った。
「なにか、ご飯でも食べて行かない……?」
「賛成! いこいこ!」
 真っ先にことほが手を挙げる。
「そうと決まれば、サクッと切り上げて撤退しよう! 疲れた人がいれば私のレスキュードローンで送るよー」
「ああ、速やかにこの場を離れた方がいいだろうな。殿は俺が務めるから先に行った行った」
「いろんなしー」
 泰地の脛を覆うデバイスが機能を発揮し、転移門からの撤退を促した。勇名も同意してその場から離れる。
 ――死の泉へと繋がるとされるブレイブザリクの隠し領域。そこで倒された『門』の数がまたひとつ増えたのであった。

作者:麻人 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年10月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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