パッチワーク最終決戦~十月の別宴

作者:天枷由良

●Halloween in OSAKA
 ――東京で大運動会!? ほなら、大阪はハロウィンや!!
 誰が言い出したかは知らないが、しかし誰もがそんな事を言っていたのは間違いない。
 その熱意が無事、何処かに届いたか。
 宴の舞台に選ばれた大阪市街では、あちらこちらでハロウィンの支度が始まっていた。
 一致団結を狙った「デウスエクスに負けるな! 東京にも負けるな!」なんてスローガンを打ち出す商店街があれば、何を勢い込んだか「勝て勝て勝て勝てハロウィンやぞ!!」などと、意味が分かるような分からないような横断幕を掲げている商業施設もあったりして。
 通りを照らす提灯は悉くカボチャに置き換えられ、コスプレパレードなのか百鬼夜行なのか分からない集団が「ガハハ!!」と豪快な笑いを響かせつつ予行練習を行っている。
 それもこれも、ケルベロスたちの活躍が齎したものだ。人々が明るい表情で宴の用意に勤しめるのも、デウスエクスと戦い続けるケルベロスの存在あってこそ。
「せやからな! ケルベロスにもな! 楽しんでもらわなあかんのやでー!!」
 まだまだ多くの作業を残しているにも関わらず、すっかり出来上がってしまった中年の男が気持ちよさそうに叫ぶ。
 普段からそんな振る舞いなら傍迷惑極まりないが――しかし、ハロウィンである。
 周囲の人々も笑いながら声上げて、気合たっぷりに準備を進めていく。

 その最中、脅威は未だ再建途中の大阪城から現れた。
 小さなユグドラシルの根に乗って。かつての退路を進撃の道として。
 ハロウィンの魔力を集めるべく舞い戻り、軍勢を率いて大阪市街を目指す。
 それは――。

●ヘリポートにて
「今年のケルベロスハロウィンは大阪での開催が決まったわ。関西圏の人々が熱望していたこともあってか、地元の皆さんもかなり力が入ってるみたいね」
 微笑みながら語るミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)は、何とも気が早いことに黒いとんがり帽子を被っていた――が、それもすぐさま下ろされて、表情が引き締まる。
 ケルベロスとて、まさかハロウィンパーティーの連絡だけで呼び出されたとは思うまい。
 かくして神妙な雰囲気の漂い始めた場で、ミィルは敵の名を口にした。

 ――パッチワークの魔女。
 そう呼ばれるドリームイーターの集団が表舞台に現れたのは、四年前の夏。
 以来、数多の事件を起こした彼女たちだったが、生き存えているのはごく僅か。それも拠り所たる大阪城ユグドラシルを失い、何処かに逃げ延びてからは殆ど動きを見せずにいた。
 その魔女が、ハロウィンの魔力を求めて乾坤一擲の行動に出るというのだ。
「首魁である“最後の魔女・ドロシー”は、脱出に用いた経路を逆に辿る事で、拠点としている“ユグドラシルの根の一つ”ごと大阪城に移動。四人の幹部が率いる軍勢を市街へと送り出すつもりでいるわ」
 ユグドラシルの脅威からようやく解放された大阪の人々を守るためにも、魔女の目論見などは打ち砕き、ドリームイーター勢力は此処で壊滅させるべきだろう。

 敵の軍勢は“量産型白の魔女”によって形成されている。
 これは“コギトエルゴスムにユグドラシルの根のエネルギーを与え、ハロウィンの魔力奪取に最適化した存在として復活させた”ものであるようだ。
 無論、白の魔女となる以前の能力や個性は全て失われている。同胞の在り方そのものを弄り回してまで一つの目的に特化させたのは、この作戦に対する魔女たちの姿勢を表していると言っても過言ではないだろう。
「そうした調整をされているが故に、白の魔女の戦闘力は高くないわ。私の予知に掛かった限りでは、キャンディケインらしき杖から魔法光線を撃ったり、使い魔じみたかぼちゃ男やらにいたずらを命じてみたり、お菓子を広くばら撒く事で足止めを試みたりするようだけれど……どれほど慎重に見積もっても、現在の皆なら軽く蹴散らせる程度の相手でしょう」
 しかし、とミィルは言葉を継ぐ。
「個々の脅威度は低くても、彼女たちには数という力があるわ。各方面に配置される白の魔女は百体以上。その全てと真っ向から戦っていては、皆もかなり消耗してしまうはずよ」
 白の魔女の軍勢を越えれば、待ち受けているのは第七の魔女・グレーテルとの戦い。
 それを終えて尚、余力があれば大阪城にまで攻め上がり、最後の魔女・ドロシー討伐に臨む事となるだろう。首魁の首までも獲ろうとするなら、道中での無用な消耗は避けたいところだが――。
「作戦を考えるにあたって、もう一つ重大な情報があるわ」

●死神の救援
 本作戦の実行に先立ち、東京焦土地帯のブレイザブリクに死神からの報せが届いた。
 その内容は、概ね以下の通りだ。

『ドリームイーターの残党が、季節の魔法を狙って動き出している。
 それを阻止すべく、此方(死神)も軍勢を派遣する。
 ケルベロスたちが討ち漏らし、市街に抜けてきたドリームイーターを撃破する予定だ。
 その際、此方で倒したドリームイーターからはハロウィンの魔力を回収させてもらう。
 だが、それ以上の行動に出るつもりも、ケルベロスを攻撃するつもりもない。
 ――無論、そちらから戦いを仕掛けられた場合は、この限りではない』

「……目下、死神勢力が最大の目標としている“死者の泉の奪還”には、ケルベロスの協力が必要であるはず。今回の申し出も、友好関係の構築を狙ったものなのかもしれないわ」
 だが、死神も所詮はデウスエクスである。ブレイザブリクを巡る戦いなどで起きた特殊な事象の一片を根拠にして、種族全体を信用・信頼する訳にはいかない。
 加えて、ケルベロスたちは思い出すべきだろう。昨年の今頃、死神は“ポンペリポッサ”との取引でドリームイーター残党を多く引き込み、季節の魔法の扱いも知り得た。
 此度、死神軍の総指揮を務めるのが“死神の魔女”と呼ばれる“セイレム・カリュブディス”である事や、対グレーテル方面の戦力を率いるのが、死神勢力に合流したドリームイーター“夢見の偶像オリヴィ”である事も判明している。
 彼らがケルベロスに察知されない方法を用いて、ドリームイーターが集めたハロウィンの魔力を横取りする……などと企んでいる可能性も完全には否定できないのだ。
「死神とは今後も共闘するかもしれないけれど、それはあくまでも“利害が一致している対エインヘリアル戦”での話。それ以外の場面では敵に違いなく、それ故に此処で一戦交えても状況は変わらないわ。……死神を利用するか、無視するか、敵として扱うか。どの選択にも長所と短所があるはずだから、このチームの皆でよく考えて答えを出しましょう」

 魔女の撃破がならずとも、ケルベロスハロウィンを守りきれれば、ハロウィンの魔力奪取という目的を果たせなかったドリームイーター勢力は瓦解、残党は死神勢力か、或いは攻性植物の聖王女勢力に吸収されるだろうと予知されている。
「それを良しとするかどうかはともかく。楽しいハロウィンを過ごせるかどうかは、皆の頑張り次第よ。大阪の皆さんに負けないよう、気合を入れていきましょう!」
 ミィルはケルベロスたちを見回すと、長尺の説明を力強い言葉で終えた。


参加者
結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)
神宮時・あお(彼岸の白花・e04014)
小車・ひさぎ(トワイライトエトランゼ・e05366)
軋峰・双吉(黒液双翼・e21069)
プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)
中条・竜矢(蒼き悠久の幻影竜・e32186)
霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)
副島・二郎(不屈の破片・e56537)

■リプレイ


「毎年恒例だよね」
 プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)は誰もが思う事を口にした。
 振り返ればここ数年、ハロウィン前後にはドリームイーターとの戦が付き物だった。赤ずきん再誕計画。ポンペリポッサの魔女作戦。五方面侵攻作戦。そして、パッチワークハロウィン事件――。
「この大阪を南瓜爆車(ハロウィンキャレイジ)が駆け回ったのは3年前だっけ?」
「ああ、そんな事件もあったなァ」
 小車・ひさぎ(トワイライトエトランゼ・e05366)が記憶の糸を辿って問えば、軋峰・双吉(黒液双翼・e21069)も瞑目して過去に飛ぶ。あの時は別方面の戦いに赴いていた――なんて、そんな思い出はさておき。
 あれからもコツコツと積み上げたはずの『徳』は、双吉が来世で美少女になれる所まで届いただろうか。
「なりてーよなァ……可愛くよォ……」
「可愛い格好がしたいならすれば? ハロウィンなんだから」
 そう言って、くるりとその場で回ってみせたプランが纏う黒のエナメルは、水着と見紛うほどに面積が少ない。
 白い肌と女性らしさ溢れる体躯を強調するその姿は正にサキュバス。元よりサキュバス種族のプランが纏えば“正装”なのではと思わなくもないが、彼女の普段着は巫術師然とした服だから、それは“仮装”だ。
「さすがにこれと同じものを着ろなんて言わないけど。でもスカートくらい履いてたって誰も気にしないよ」
「ちげぇんだよォ! 俺が言ってんのは仮装の事じゃなくてだなァ!」
 双吉は拳を握り締めて唸る――が、しかし。
 彼が滾々と夢を語る前に、ゴッドサイト・デバイスを稼働させた霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)が淡々と敵軍の動向を告げた。
「どうしますか? 死神を当てにしない以上、戦闘は避けられないように思えますが」
「後の事を考えると、やはり道中に時間は掛けたくないですね」
 鎧装騎兵らしい白いアーマーに身を包む中条・竜矢(蒼き悠久の幻影竜・e32186)が言えば、彼や仲間たちに思念で作成した戦場地図を共有している神宮時・あお(彼岸の白花・e04014)も、こくりと頷く。
 少し気掛かりなのは死神勢力の動きだが――。
「狙うは第七の魔女だ。それ以外は邪魔な奴だけ倒していけばいいだろう」
 図らずもあおの心中に乗り合わせる形で、副島・二郎(不屈の破片・e56537)が意見を述べた。
 作戦の最終確認というべきそれに異論はない。
「では、行きましょう」
 彼方を一瞥して、結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)がジェットパック・デバイスから牽引ビームを放つ。
 プランも同様の操作を行えば、ケルベロス達は忽ち四人二組の飛翔態勢を整えて。
「――いつだってたくましい、この街の人たちの期待に応えなくちゃならんよ」
 ひさぎのそんな独言を契機に、大地を蹴った。


 先ず以て葬るべきは第七の魔女・グレーテル。
 其処から逆算した経路を引いて、敵軍の最も薄いところを突破する。
 一部のみが試みる隠密は意味を成していないが、しかし敵の大まかな位置と量を知るケルベロスたちには些細な事。八人は作戦通りに動き、そして想定通り出会した白魔女の小さな群れに対して、機先を制する。
(「……おもっていたよりは、おおい、ですが」)
 付近一帯に蔓延る白魔女の数を考えれば、一塊が二、三人で済むはずもあるまい。
 あおは他班への連絡を簡潔に済ませると、死神との協調を選んだ二班から早くもグレーテルとの接敵が報告される。
 その僅かな間に、最先を飛ぶプランが攻撃の口火を切った。
 用いるのは刃でも矢弾でもなく、淡い紫の双眼。呼び名そのままの白魔女衣装に二つ結いと、何処か幼さ残る敵の爪先から帽子の天辺までを、魅了の具現たるサキュバスの視線が舐めるように過ぎて。
「皆、可愛いね」
 獲物を前に舌舐めずりするような囁きが、魔女っ子たちから小鳥の囀りじみた悲鳴を引き出した。
「私に味方してほしいな」
 尚も視線をぶつけたまま、プランは唇に添えた手を投げ掛けるように動かす。
 その傍ら、双吉も敵群を凝視して一言。
「……可愛いじゃねーかよォ」
 厳しい面で呟く様は事案すれすれ。
 魔眼でもないのに悉く震え上がった白魔女が魔法の光を放つ。
 けれど、双吉はその全てを浴びて悠然と立ち、一歩踏み込んで真の恐怖を知らしめる。
「モザイク塗れの化物みてぇなドリームイーターでもそんな可愛らしい見た目になれたってーのかァ!? 良いワザ持ってんなァ、パッチワークの魔女って奴らはよォ!?」
 男は憧憬や鬱憤を綯い交ぜにした叫びを上げると、独楽のように激しく回りながら鉄爪で襲いかかっていく。
「双吉さん……」
 初めましてではない相手が放った渾身の戯言に、ひさぎも思わず虚ろ目で零した。
 しかしながら、美少女転生願望に付き合っている暇もない。魔眼と爪撃に苦しむ魔女たちを竜矢がドラゴニアンの強靭な尻尾で一纏めに叩いた直後、ひさぎはレイピアで手近な白魔女の喉を突いた。
 刀身を包む氷の御業が切っ先から爆ぜて、少女の形をした敵が為す術なく宙に舞う。
 その無防備な様をレオナルドは逃さない。恐怖を胸の奥底に沈め、水鏡の如く静謐に保たれた心で構え、繰り出すは目にも留まらぬ獣王無刃の斬撃。
 心臓の地獄に煽られた世界が歪み、また元の姿に戻った頃には一人の白魔女が跡形もなく消え失せる。
 一方、あおの白靴に宿った炎も魔女へと炸裂する。静かに、揺蕩うように。されど鮮烈に放たれた一撃は、敵を容易く死の淵にまで追いやって。
 しかし苦しむ様を憐れむでもなく、和希がトドメを刺そうと白の長銃で狙い定め――。
(「――――ッ!」)
 いざ引き金を引かんとした刹那、忽然と戦場に飛び込んだ何かが獲物へと齧り付いた。
 眼窩に闇を湛えて、緩やかに青い光を放ちながら宙を泳ぐ、それは。
(「死神、何処から……!」)
「まだ来るぞ!」
 一帯に視線彷徨わせる和希へと、そして他の仲間たちへと後衛の二郎が呼び掛ける。
 ケルベロスたちが己が目的のみに注力すると決めたように、彼らもまた自らの為すべきを為さんと動いたのだろうか。深海魚に似た死神は尚も続々と湧き出て、潰える間際だった白の魔女を貪り、喰らう。
 どうにも直視し難い光景だったが、しかし八人は否応なしに目が離せなくなった。
 魔女と死神を囲うように魔法陣が浮かび上がり、その輝きで照らされた骸が瞬く間に干からびてしまったからだ。
 乾き切った白の魔女は、程なく塵となって消え失せる。後にはコギトエルゴスムだけが残り、それは路面を弾んで二郎の足元にまで転がってくる。
(「……はろうぃんの、まりょく、ですか……」)
 骨までしゃぶるような死神たちの有様は、あおの目にも尋常ならざるものとして映った。
 魔力を死神に奪われるのは――何か、想像していた以上に厄介な事かもしれない。
 確たる証拠はなくとも思いつつ、二郎が魔女の宝玉を踏み砕く。
 奪われるべきでないなら、奪われる前に仕留めればいいだけだ。
「霧山、次だ」
 射撃の機を逸した青年に言って、二郎は身の内から青黒い混沌の水を放つ。
 濁流が竜尾で傷ついた白魔女の中へと押し入るように浸み込んでいけば、和希の撃ち出した光波は数多の魔法陣を通り抜けて圧縮誘導弾に変じ、獲物を爆散させた。
 衝撃が戦場に風を疾走らせる。流された数匹の死神が、落ち窪んだ眼を和希に向ける。
 ――だが、それだけだ。彼奴らはケルベロスに牙剥こうとしない。
(「……うそは、ついて、いません、ね」)
 魔力回収以上を行うつもりはない、と。
 それならば、やはり同じ戦場に居ても不干渉を貫くべきだろう。
 あおは思案しつつ、新たな白魔女に狙いをつける。


 そして、ケルベロスたちが好むと好まざるとに関わらず、戦場は傍目から見れば“共闘”の雰囲気で推移する。
 プランや竜矢などが白魔女軍団を纏めて攻め立て、残る仲間たちが集中攻撃での撃破を狙えば、死神たちも弱り果てたものに群がってトドメを刺す。
 その度に浮かび上がる魔法陣は何故か、未だグレーテルの元に辿り着けないという事実以上に焦燥を募らせたが――死神が(一方的なものでも)約定を遵守している以上、ケルベロスたちが目的を違える訳にもいかない。
 討つべきは魔女。
 とりわけ因縁深きレオナルドの戦いぶりは凄まじく、猛々しさの中に垣間見える戦法の粗さなど気にさせない程だった。
 地獄で補われた心臓は恐怖を燃やし尽くすかのように激しい脈動を繰り返して、溢れんばかりに力を漲らせた両腕が振るう鉄槌は、猛獣の爪牙の如き鋭さで白魔女を屠っていく。
「お前たちの思うようにはさせない!」
 魔女狩りの最中に轟く咆哮は、正しく獅子のそれ。
 そんなレオナルドの勢いにも押されて、ケルベロスたちは益々攻勢を強める。
 寡兵に挑み、一人ずつ潰すという方針も功を奏したのだろう。魔法光線やお菓子の投擲で反撃する魔女たちから痛手を負わされる事もなく、八人は緒戦を勝利で終えた。
 戦場に一時の静寂が戻ると同時に、死神たちも何処かへと失せていく。
「……季節の魔法を奪われない為だと言っていたが。やはり目的はハロウィンの魔力か」
 二郎が仲間たちに治癒を施しながら呟く。
 まだ真面目な普通の青年だった時代の名残か、観察と推察による意見を皆で共有すべきと判断したのだろう。進軍を再開してからも、彼は言葉を継いだ。
「俺達に提示された三つの選択肢。無視、協調、敵対。それらは平等ではない。ドロシー討伐を最大の目標とする俺達が死神との敵対を選ぶ可能性は限りなく低く、協調を選ぶ可能性は無視よりも高いからな」
「確かに、白魔女を死神に任せた所は多かったはずです。……もしや私たちは利用されたのでしょうか?」
「それはお互い様のはずだけど。でも、何だか見透かされているような気はするね」
 戦前を振り返って竜矢が呟くと、プランも思ったままを述べる。
「魔力を奪われるとだけ聞けば躊躇うけど、魔女の討伐を確実にする為だって理由を付ければ拒否感も薄れるよね」
「其処まで予想して、彼らは連絡を寄越した……と?」
 訝しむ和希に対して、誰もが口を閉ざす。
 全ては想像の域を出ないからだが――しかし。
「考えてみれば、申し出の主も不明でしたね。ブレイザブリクへの言伝と聞けば死翼騎士団が浮かびますが……私たちケルベロスの性質を深く理解しているかのような策は、もっと別の死神が立てたものかもしれません」
「……ま、此処で考えてもわからんよ」
 竜矢の思索を打ち切り、ひさぎが言う。
 眼前には再び立ち塞がる白魔女の軍団。路地の陰からは死神の群れ。
「お互い様であるなら、せめて上手く利用してやりましょう」
 吐き捨てたレオナルドが、魔女の血に塗れた鉄槌を振りかざす。


 敵を躱すべく迂回路を採ったのも理由の一つになるはずだが、何よりも敵の総数が多い。
 死神との協調を否とした時点で、思うがままに進めなくなるのは必然であったのだろう。
「そんなに構ってほしいなら、しょうがないね。……トリックアンドトリート、甘い悪戯をシテあげる。いっぱい可愛いトコロ見せてね」
 広がる影に魔女を捕らえたプランが、その欲望の限りに全てを吸い尽くす。
「これ以上、時間はかけていられません!」
 敵方から放たれた魔法と悪戯の全てを惹きつけて盾で受け、竜矢は反撃の剣閃を返した。
 魔女の列が乱れ、一角が崩れる。其処に向かって雪崩込むようにしながら、あおの時空凍結弾が、双吉の攻性植物が、二郎の蹴り打つ炎が、次々に白魔女を屠っていく。
 その度に喰らいつく先を失った死神は宙を彷徨い――新たに狙いをつけ直して牙を剥く。
「花房!」
 魔力を奪わせまいとひさぎが叫べば、金魚のような御業の炎が一足先に魔女を焼いた。
「道を開けろ――ッ!」
 尚も立ちはだかろうとする一人を、和希が飛び蹴りで叩き伏せる。
「もうひとつの、ぶたいも、しろのまじょを、とっぱした、ようです」
 あおの辿々しい報告を聞いて、ケルベロスたちは更に加速する。

 程なく見えた広場には、グレーテルと切り結ぶ十六人のケルベロスが在った。
 明らかに押されているという程ではないようだが、しかし敵を倒し切るまでには至らなかったらしい。
「だが、此処までだなァ!」
 双吉が吼える。視界の端には、白魔女との戦闘を越えて来たもう一つの班。
 第七の魔女撃破に赴いた全てのケルベロスが、此処にようやく揃ったのだ。
 これなら――押し切れる。
「長い付き合いやったけど、もう逃さんよ!」
 ひさぎが何処か楽しげに先陣を切れば、刺剣の先から花嵐が吹き荒れた。
 その中にグレーテルが囚われた一瞬。竜矢が仲間たちを庇うように一息で間合いを詰め、己が内に在るドラゴンの因子を解き放つ。
「この大阪だけじゃない。ハロウィンを楽しみに待つみんなを守るために、倒します!」
 決意は篭手と化している結晶体を竜の頭部にも似た姿に変えて、その恐ろしい牙が魔女の一部を喰い千切る。
 さらに他班のケルベロスたちも猛攻を掛ける中、此方から続くのは二郎の青黒い混沌。
 グレーテルを一気に飲み干さんとするそれがたっぷりと浸みたのを見計らい、あおと和希が引き金を引く。
 淡緑の花弁から飛ぶ甘美なる鉄槌は変色した傷を抉るように刺さり、其処を再び抉じ開けんとばかりに拡散・圧縮を繰り返した誘導弾が殺到すれば、夥しい殺意に包まれた魔女の額をプランが跳ねる幼子のように悪戯っぽく踏みつけて。
「てめぇに“迷い”がねぇってんならよォ~、地獄までも一直線だよなァ!!」
 双吉が尚も猛りながら、時空凍結弾を撃つ。
 それが真っ直ぐに魔女へと吸い込まれていけば、ケルベロスの一団から飛び出したのは女軍人じみた装いのレプリカント。青髪靡かせて、大鎌が勢いよく振るわれる。
『あれれ!? ボク死ぬりん!? みんなバイバイり~ん!!』
 今際の際に発するものとは思えないほど暢気な台詞が響いた。
 そして――両断されたグレーテルは、業火の中に消えた。


 その結末を見るに要した時間は決して短いものでなく。
 それが意味するところも、皆が承知している。
「最後の魔女なんて大仰に名乗っちゃあいるが、所詮は死に損ないの残り滓だからなァ」
 間もなく、全てに決着がつくだろう。
 広場の傍らに腰掛けて「来年こそ平和なハロウィンが良いなァ……」などと呟いた双吉に倣い、ケルベロスたちは各々の牙を収めていく。
(「終わりですね、本当に」)
 戦の中で冷めきった血に人の熱を取り戻した和希が、幾分穏やかな目で彼方を見た。
 終幕に何も思わない訳ではない。
 だが、互いに相容れない存在である以上、この帰結は当然のもので。
「……いずれにせよ、滅びないものはない」
 嘗ての決戦で放った己の言葉が不意に過り、和希は暫し黙想に耽った。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年10月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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