パッチワーク最終決戦~第四の魔女のハロウィン大作戦

作者:麻人

「おばけだよー!」
「わあ! おどろかさないでよ。ほら、お菓子あげるから!」
 ――トリックオアトリート! まるで魔法の呪文のようにあちこちで唱えられるハロウィンの合言葉。
 もしデウスエクスの襲撃があろうとも、きっとケルベロスたちが守ってくれる。そんな安心感からか、大阪市街はこれ以上ないほどのお祭り感に満ちていた。
 誰もが笑い、当日の準備に余念がない。だから、暗がりで蠢いたそれに気づく者はまだいなかった。
 大阪城。
 未だ再建中の敷地内に現れた、小さなユグドラシルの根。ぽんっと姿を見せたのは真っ白な服に身を包んだ白の魔女の集団。
「は、はやくさきにいってー! つまっちゃう!」
 後から後から出てくる彼女たちを率いるのは、4人の魔女たち。そう、『パッチワーク』の再来であった。

「もうすぐケルベロスハロウィンの季節ですね。今年は関西市民による熱い要望があって、大阪で開催することになりました」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はそこで表情を改めた。
「ですが、パッチワークの魔女の首魁である『最後の魔女・ドロシー』が拠点としているユグドラシルの根と共に大阪城に舞い戻ったのです」
 それも、残された全戦力を引き連れて。
 目的はケルベロスハロウィンの襲撃。ドリームイーター残党である彼女たちは既に相当なところまで追いつめられており、これが組織だった反抗を行う最後の機会になると考えて間違いないだろう。
「皆さんにお願いしたいのは、大阪城から出撃してくるドリームイーターの軍勢ごとパッチワークの魔女を撃破及び、大阪城内で季節の魔法を集める儀式を行っている最後の魔女ドロシーの撃破です。引き受けて頂けますか?」

 魔女たちが率いているのは、コギトエルゴスムにユグドラシルの根のエネルギーを与えることで今回の作戦遂行に特化した能力を持つドリームイーター『量産型白の魔女』である。
 なんでも、コギトエルゴスム化する前の個性は全て消去済み。この作戦を行う為だけに調整を施されているという。
「あちらも本気、ということなのでしょうね。これらの量産型白の魔女の能力はまさしく『ハロウィンの魔力を奪うこと』。それ以外の戦闘力などは高くありませんが、数が問題です」
 その数、1部隊につきざっと百体以上。手にした玩具のようなステッキを振ると、ハロウィンらしい魔法で攻撃してくる。
「幹部であるパッチワークの魔女の元へたどり着くには、まずこの量産型白の魔女の群れを突破しなければなりません。部隊を率いるのは『第四の魔女・エリュマントス』。皆さんとは『寓話六塔戦争』にて遭遇しているので、御存知の方もいらっしゃると思います」
 まずはこの幹部を撃破しなければ、最後の魔女ドロシーのいる大阪城内には攻め込めない。セリカは指をひとつずつ折り、順を追ってもう一度説明した。
「まず、百体以上いる量産型白の魔女を突破すること。そして、彼女たちを率いるパッチワークの幹部、第四の魔女・エリュマントスを撃破すること。最後の魔女ドロシーと戦うのは、その後になりますね」

 そして、今回はもうひとつだけ気になる情報がある。
「実は、死神たちから今回の件について救援の申し出がありました。内容はこちらが撃ち漏らしたドリームイーター勢の掃討と、彼女たちが奪った季節の魔法の回収です。申し出を信じて共闘するか、あるいはこの機会に死神を敵に回して戦うか。あるいは、信用せずに自分たちだけで戦うという選択肢もありますね。よろしければ、こちらの対応についても皆さんで話し合って決定してもらえますか?」

 説明を終えたセリカは、再び微笑を浮かべて「いってらっしゃいませ」とお辞儀する。心からハロウィンを楽しみにしている様子だ。
「折角のケルベロスハロウィンです。パッチワークを撃退し、楽しい当日にしましょうね。どうか、ご武運を」


参加者
端境・括(鎮守の二挺拳銃・e07288)
アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)
エヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)
ジェミ・ニア(星喰・e23256)
櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)
エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)
リリス・アスティ(機械人形の音楽家・e85781)

■リプレイ

●祭の前
 突然、空を覆いつくすほどの数の白の魔女集団が現れた大阪市街は騒然となっていた。ジェミ・ニア(星喰・e23256)と端境・括(鎮守の二挺拳銃・e07288)は市民を安心させるように声掛けを行いながら飛翔する。
「僕らがきっと守るから安全な場所へ行っていてね」
「これから死神もくるが、此度の戦いでは敵にあらぬ! 心配せずに避難するのじゃ!!」
 クマのぬいぐるみを被った軍人の格好は幼い子供や男の子たちの興味を引いたらしい。「がんばってー!」と大きく手を振られ、こちらもそれに応えるように握った拳を突き上げる。
「来た、死神だ」
 櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)は約束通りに白の魔女たちを片っ端から狩り始める魚類型の死神と引率する『空虚のルル』の脇を抜けながら、念を押しておく。
「一般人は絶対に巻き込まないようにしてくれ。もし守られない時は、俺達は戻らねばならん」
 巨大な鍵を携えたルルは薄っすらと目を伏せ、わかっているとでも言いたげに頷いた。
「じゃあな」
 今はこれだけでいい。魔法の裾分けのお返しは、死神が祭りを開く時への招待状に変えて貰うことになるだろうから。
「前払いさ」
 千梨は目の前を塞いでいた白の魔女を薙ぎ払い、加速する。
「シュテルネの応援動画へのリクエストはいまのうちにお願いね!」
 魔女風の三角帽子を被ったローレライ・ウィッシュスター(白羊の盾・e00352)の隣でお揃いの仮装を纏ったテレビウムが笑った。
「えーっと、秋スイーツとかグルメ系の動画をお願いしたいわ。栗芋葡萄、どれも旬だもんね」
 エヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)は街の至る所にカボチャのオブジェが飾られているのを見て微かにお腹を鳴らした。
「早くお仕事終わらせてハロウィンのお祭りお菓子もらいに行きたいなぁ」
「そうですね、できるだけ早く終わらせましょう!」
 ジェミは片手を上げ、自分が最も見たい動画をリクエストする。
「僕、可愛いにゃんこがいっぱいの動画が良いです!」
「ジェミらしいでス。でハ、俺はお菓子作りをお願いできまスカ?」
 エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)がおっとりと微笑む背中で、羽根帽子とセットの黒いマントが空に翻った。
 街は既にハロウィン色に彩られ、仮装したケルベロスたちが一路飛ぶさまはカボチャ行列の予行練習のようでもある。
「捕捉したわ、第四の魔女エリュマントスよ」
 アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)は用意した地図に印を書き込んだ。スーパーGOSによって既にこちらの座標は記されている。
「くまーぁ! おぬしらにお菓子を運んであげるのは後回しじゃ! ――というわけで、このままあやつらを回避して上空を抜けるぞ!」
 なにしろ、と括は両腕を組んで朗々と声を張り上げた。
「今宵お運び申し上げるは死神ぞ! クマが恐ろしくば疾く逃げうせーい!」
 ――ザァ、と濃厚な死の気配が風に乗って白の魔女へと襲いかかる。ルルたちは約束通り、彼女たちの進路を塞いでケルベロスたちが幹部の魔女との戦いに専念できるように戦いを引き受ける。
「道が開いた……このままあと200m……100m――」
「――あれが、エリュマントス?」
 リリス・アスティ(機械人形の音楽家・e85781)は目を細め、桃色の髪が特徴的なパッチワークの魔女の姿を確かめた。

●エリュマントス追撃戦
「えっ、あんなにいるの!?」
 4班ものケルベロスに取り囲まれそうになったエリュマントスはびっくりした顔になり、迎撃するどころか慌てて逃げ出した。
「こんなの勝てるわけないじゃない」
「待ちなさい! 辛くて痛いお菓子をトリートしてあげるわ!」
 猛然と追いついた他班のケルベロスがエリュマントスに足止めを射かけ、強引に攻撃を与えんとする後方――壮絶なる殺気を放つローレライの手元で尖鋭なる闇が躍った。
「知らない……何よこれ。こんなの、知らないんだからっ」
 エリュマントスはケルベロスの猛攻を振り切って再び逃亡を試みるが、すぐに脚をもつれさせて体勢を崩した。押さえる左肩は砕け、息は荒く乱れている。
「逃がすもんか!」
「皆さん、お気を付けていってらっしゃいませ」
 括とリリスの足元を起点として仲間を繋ぐデバイスが本領を発揮し、逃げる魔女を捕らえる。リリスの典雅なるヴァイオリンの音色が星図を描いて前衛を守ると、鋭く斬り込むローレライの闇刃がエリュマントスを裂いた。括は指先でくるりと回した拳銃より、敵を足止めるための要石を放つ。
「どうぞ召し上がって!」
「さぁさ、たんと堪能するがよいのじゃ!」
 だが、エリュマントスを惑わす食材は全てこの場に留めるための幻影に他ならない。
「あ、あれ……? なんか美味しそうな松茸が見えるよ……あ、あーん……あれれ、全然食べられないよう!」
 癇癪を起こすエリュマントス。一方、アウレリアは自分の指示通りに避難が完了したのを確認してからビハと共に彼女を足止めるための攻撃を図る。
「下ろしてちょうだい」
 道中、伴侶であるビバに抱きかかえられていたアウレリアは彼の腕を離れながら轟竜砲を撃ち放った。
「きゃ……」
 悲鳴ごと竜の咆哮が飲み込み、周囲で静電気のような破裂音が鳴り響く。勇ましく戦う義姉たちと肩を並べたエヴァリーナの放つプラズマ弾が眩いばかりの煌めきで戦場を染め上げつつエリュマントスへと襲いかかった。
「トリックオアトリート……!」
「ちょっと、待ってったら――っ」
「ほら、こちらにも」
 耳元で囁くようなジェミの声が光膜の向こうで聞こえた途端、プラズマの余波ごと斬り裂いたフェアリーブーツの迅雷が敵の懐を抉っていった。
「約束したんですよ、きっと守るからって」
「そういうこった。お前らの野望もここまでだよ」
 絡繰扉のように背中合わせでジェミとの位置を入れ替えた千梨は指先に挟んだ符を霊弾と変え、極大のそれを解き放つ。
 ハロウィンの風物詩であった夢喰いの襲撃もこれで仕舞いとなれば、盛大に幕を引いてやろうと腕が鳴る。
「くっ……」
「此方も総出でお相手するよ、恍惚の欠落した魔女殿?」
 確かにエリュマントスは自惚れを知らない。だから、無理はしない。じりじりと後退しつつ、羽の生えた豚を召喚して目くらましにするとまたしても逃げ出した。
「だガ、そこニハ――」
 エトヴァが事前に張り巡らせておいた星図が羽豚を退け、視界が開ける。エリュマントスの討伐に当たる班は4つ。彼女がエトヴァたちを振り切ろうと、次の班がお相手するまでであった。
「あ……っ!?」
 既に逃げ場を塞がれていたことに気付き、エリュマントスは悲鳴を上げる。――『ごめんね、ドロシー』――それが、数々の戦場を生き抜いて来た幸運なる魔女の最期の言葉だった。

●最後の魔女
「そう……他の魔女は皆倒されてしまったのね」
 無事にエリュマントスを倒し、4班揃って大阪城へと駆け付けたケルベロス達をドロシーは仕方なさげな微笑で出迎える。周囲には季節の魔法を集めるためと思しき魔法陣が描かれ、立ちのぼる光の柱が戦場となったフロアを煌々と照らしていた。
「ドロシー、最後の魔女……あなた達の目的は何だ」
「そう、お前たちは何も知らないのね」
 宿縁の相手である結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)の問い掛けにドロシーは鷹揚と嗤って告げた。
「全ての原因は赤ずきん可愛さに正気を失ったポンペリポッサが、魔女の力を死神に譲渡してしまった事……季節の魔力を得た死神はきっと、自分達以外に季節の魔法を扱えるドリームイーターを滅ぼしにやってくるでしょう」
 そう、これはハロウィンの魔力を使って死神に奪われた魔女の力を全て取り返し、生き延びるための作戦であったのだ。
「けれど、それもお前たちのせいでお終いね。その責は、取ってもらうわ」
 魔女の嗤い――それはいつしか催眠を齎す波紋となって襲いかかる。アウレリアは自身を守るビハの肩越しに眉を顰め、
「勝手なことを……この期に及んで被害者めいた言い訳はいらないわ。せっかくのハロウィンですもの、一応は尋ねて差し上げましょう?」
 腕を伸ばしてドロシーの眉間に銃口を差し向けつつ、敢えてゆっくりと唇を動かした。
「Trick or Treat……?」
 直後、銃声が鳴り響いて反撃の狼煙を上げる。
「させるものですか……!」
 リリスの奏でる旋律に合わせて踊るオウガ粒子が千梨やローレライ、ジェミの武器に吸い寄せられるように揺らめいて超感覚を呼び覚ます。
 ふっ、と千梨は軽い嘆息のような笑みを吐いた。
「上等――死神の代わりに俺らで引導を渡してやるよ。それに後の予定がつかえてるんだ、早く終わらせて茶でも貰いたい所。なぁ、エトヴァ?」
「喜んデ。……皆がお祭りを楽しめますように一仕事、頑張りまショウ」
 エトヴァの掲げる剣より星が瞬き、再び空間を歪める波紋からアウレリアと括を守るように星図を展開。戦場に満ちる波紋の間隙を縫うようにエヴァリーナは霊弾を発射、ドロシーの両脚に絡みついたプラズマが枷となって彼女を縛る。
「小癪な……」
 ――その時、他班より割り込みヴォイスの伝令が戦場を奔った。
「ドロシーのポジションをディフェンダー、属性を炎と推測!」
「了解でス」
 すぐさま、凛と響き渡るヴォイスでエトヴァが返答。
「トリックオアトリート……! お菓子くれなきゃ撃破しちゃうぞーっ」
 エヴァリーナが両手を広げると、戦場に薬液のシャワーが降り注いだ。不気味なる波紋は薬液に浄化されて効力を失ってゆくではないか。
「お祭りのジャマする人たちにはお菓子も魔力もあげないんだよ」
 兎の付け耳を揺らし、エヴァリーナはシュテルネに向かって手を左右に揺り動かした。
「というわけで、シュテルネくんお願いね!」
 目まぐるしくテレビをフラッシュさせていたシュテルネが了解と飛び上がり、事前にリクエストを貰っていた動画を再生。ハロウィンらしいBGMに乗ってスイーツや可愛いにゃんこが次々と画面に現れた。
「思わズ、見入ってしまいそうになりますネ」
 チョコレートを湯煎する映像に合わせ、エトヴァの透き通った歌声が紡ぎ出すのは光、風、空――ドロシーを護る結合はその波紋に弾け、見る間に効力を失った。
「どうやら、こちらが有利のようね?」
 頭に乗せた魔女帽子を左手で押さえ、ローレライはにっこりと笑って剣先を最後の魔女へと突き付ける。4班もの相手に包囲されたドロシーに逃げ場などない。戦場を埋め尽くすドローンと数多の星々が連なる禁区の領域はまぶしく煌めいて、妖しき波紋の余波すらも寄せ付けることのない鉄壁の守りを仲間たちに与えていた。
「せやー! 兵隊さんのお通りじゃーぃ!」
 括の撃ち放つ弾丸が更にドロシーをその場に縫い止め、逃亡の可能性を更に低める。他班と一緒にドロシーを包囲できる位置へと回り込み、退路を断つ。ドロシーの膝が折れ、床に手をついて堪えたところにジェミの光線が追い打ちをかけた。
「あと少し!」
「く――……っ」
 ドロシーは何とか隙を見つけて食い下がろうと足掻くが、どうやっても穴が見えてこない。当然であるとリリスは思う。いまや、リリスの歌に乗って舞う星とオウガ粒子の輪舞は壮大な佳境を迎えようとしていた。ジェミは器用に幾つかの癒術を使い分け、往生際の悪い魔女へと懸命に食い下がる。
「勝負あったな」
 千梨の支配する結界内に閉じ込められたドロシーの頭上より真っ赤な紅葉が舞い降りた。目を奪われれば最期、密やかなる爪撃がその背に駄目押しの傷を刻み付けて。
「最後の魔女、ドロシー! これで、終わりだ――!」
 宿敵主の、魂からの叫びと共に振るわれた渾身の一撃を受けたドロシーの唇から悔恨とも悲哀ともつかぬ最期の言葉が零れ落ちた。
「ああ、本当に終わるのね」
 これで、魔女の力の全ては死神の手の内……その行く先を見届けられないことが残念だとドロシーは語る。
「……そしてそれを為された時……絶望に打ちひしがれるお前たちを見ることが出来ないのも――」
 ドロシーの姿が崩れ、光の柱が閉じてゆく。それはパッチワークの魔女たちの野望が完全に潰えたことを意味していた。
 事件が無事に解決したことを知らされた街は喝采にあふれ、遅れた分を取り戻すかのようにハロウィンの準備が再開される。
「死神の動向、か」
 確かに気になるところではあるが、今日のところは決戦を制した祝杯に酔いしれても構わないだろう。大阪城から戻るケルベロス達を割れんばかりの拍手が出迎え、1年に1度のお祭りがもうすぐ始まろうとしていた。

作者:麻人 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年10月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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