「鉄の獣」は許すま鹿!

作者:秋津透

 その鹿は、今にも息絶えようとしていた。
 数時間前、鹿は何の警戒もせずに山中の道路を歩いていたところ、走ってきた自動車と衝突して崖下に落とされた。自動車は制限速度を守っていて、カーブしたとたん鹿を視認して回避、停止しようとしたが避けられず衝突したが、自動車の方も酷い損傷を受け、運転していたドライバーも浅からぬ傷を負った。
 しかし、そんな事情は、鹿の知ったことではない。
 鹿にしてみれば、突っ走ってきた「鉄の獣」にいきなり体当りされ、酷い傷を負わされて、崖下に落とされた。必死にその場からは逃げたが、傷は酷く、とても回復は望めない。瀕死の鹿が思うことは、ただ一つ。あの忌々しい「鉄の獣」を叩き潰してやりたい。不意を突かれたのでやられてしまったが、今度会ったら……。
「人間の操る乗り物に衝突されたのですね。哀れな……。この種を受けなさい。そうすれば、命を長らえることができます」
 不思議な声とともに何かが現れ、鹿は与えられた何かをすぐさま貪った。痛みが消え、身体に力が戻る。いや、力が戻るどころではない。今までにない強大な力……デウスエクス「攻性植物」の力が熊の中に宿る。
「回復しましたか。では、私とともにおいでなさい。危険な人間のいないところで、静かに暮らしましょう」
 何かが穏やかに語り掛けてくるが、その言葉は鹿の耳には入らない。この力があれば、「鉄の獣」など怖くない。目にもの見せてくれる。
「シャアッ!」
 歓喜と憤怒が入り混じった咆哮をあげ、攻性植物化した鹿は回れ右して「鉄の獣」が走る場所……道路へ向かう。鹿を救った者、『森の女神』メデインは悲しげにその背を見送り、姿を消した。

「長野県長野市の郊外……というか山の中で『攻性植物の聖王女アンジェローゼ』の配下『森の女神』メデインが、自動車と衝突して瀕死の鹿を攻性植物化する、という予知が得られました」
 ヘリオライダーの高御倉・康が、難しい表情で告げる。
「メデインは鹿を自分の陣営へ連れて行きたかったようですが、デウスエクスの力を得た鹿は自分を傷つけた「鉄の獣」……自動車への復讐に走り、メデインは諦めて去っていったようです。今から急行してもメデインを捕捉することはできませんが、自動車とそれに乗る人間に復讐しようとしている攻性植物鹿を放置しておくわけにはいきません」
 そう言って、康はプロジェクターに画像を出す。
「鹿がデウスエクス化した現場は、このあたり。鹿が自動車と衝突した道路は、ここです。急行しても、鹿が道路に到達する方が早そうですが、地元警察に連絡し、この道路は通行止めにしてもらっています」
 そう言って、康は画像を切り替える。
「攻性植物化した鹿は、頭から胸部までを蔓化して貫いたり、締め上げたりして攻撃してきます。デウスエクスとしての戦闘経験はないので、自己治癒や催眠などは使えないようですが、一撃の破壊力は相当のものです。ポジションは、おそらくクラッシャーです。そして、気を付けなくてはならないのは、鹿が復讐しようとしているのはあくまで「鉄の獣」……自動車であって、人間ではないというころです。ですから、皆さんが攻撃して、ある程度ダメージを与えると、鹿はその場から逃げようとする可能性があります。空を飛んだりはしませんが、逃げ足はかなり早いので、警戒が必要です」
 そして康は、一同を見回して告げる。
「今のところ、人間や、その使用物に恨みのある動物に限られているようですが、普通の動物を攻性植物化してしまうメデインの力は恐ろしいものです。今回は捕捉できませんが、メデインが起こす事件を解決していけば、追っていけるかもしれません。『ヘリオンデバイス』でできるだけの支援をしますので、どうかよろしくお願いします」
 ケルベロスに勝利を、と、ヘリオンデバイスのコマンドワードを口にして、康は頭を下げた。


参加者
日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)
パトリシア・バラン(ヴァンプ不撓・e03793)
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
ラーヴァ・バケット(地獄入り鎧・e33869)
嵯峨野・槐(目隠し鬼・e84290)
ディミック・イルヴァ(物性理論の徒・e85736)

■リプレイ

●作戦開始は整然と。
「正面、道路上、ほぼ想定通りの位置に敵反応です。デウスエクスなのです」
 日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)に続き、ヘリオンから出た機理原・真理(フォートレスガール・e08508)が、持ち前の冷静な、しかしちょっと癖のある口調で告げる。
「要員全員が同時に、敵正面に降下です。降下完了と同時に『プライド・ワン』を顕現するです。敵を挑発し、戦闘を開始するですよ」
「うむ、了解だ」
 真理に続いてヘリオンから出たディミック・イルヴァ(物性理論の徒・e85736)が、落ち着いた声で応じる。
 更に、嵯峨野・槐(目隠し鬼・e84290)パトリシア・バラン(ヴァンプ不撓・e03793)ラーヴァ・バケット(地獄入り鎧・e33869)と続き、全員が蒼眞のジェットパック・デバイスにビーム牽引される形で飛行、編隊を組む。
 その先頭を飛びながら、蒼眞は言葉には出さずに呟く。
(「できることなら、原付を持参して挑発役を務めたかったが……できないんじゃ仕方ないな」)
 『鉄の獣』を憎むデウスエクスを足止めするため、ヘリオンで原付を運んでほしいと蒼眞は申し入れたのだが、ヘリオライダーに断られてしまった。
 なんでも、通常のエンジンやバッテリーを積み込むと、ヘリオンを動かしている強力なグラビティに影響されて作動しなくなったり、最悪爆発することもあるらしい。
 動力機関の付いていない自転車なら問題なく積めますが、と言われたものの、それでは『鉄の獣』と認識してもらえそうにないので諦めた。
 そして、道路上に堂々と立ち『鉄の獣』がやって来ないか、周囲を睥睨する大きな牡鹿……一見では攻性植物化しているとはわからない……の前に、五人のケルベロスは着地し、同時に真理が自分のサーヴァント、一輪バイク型のライドキャリバー『プライド・ワン』を顕現させて、ひらりと跨る。
「キシャアッ!」
 顕現した『プライド・ワン』が派手にエンジンを吹かし爆音をあげる(とはいえ、本当はライドキャリバーはヘリオン同様グラビティで動いているので、それは模擬的なギミックなのだが)と、牡鹿の瞳が赤く輝き、獰猛な咆哮とともに『鉄の獣』……『プライド・ワン』に襲い掛かろうとする。
 しかし『プライド・ワン』はスナイパーで後衛に位置し、直接ぶつかることはできない。それを覚ったのかどうかはわからないが、牡鹿の首から胸にかけて、外皮がばりばりと裂けて蔓化した中身が現れ、ぎゅるんと伸びて、角の生えた頭部を『プライド・ワン』に叩きつけようとする。
「させマセン!」
 すかさずディフェンダーのパトリシアが飛び出し、伸びていく牡鹿の頭部に横から体当りして軌道を逸らす。むろん、ぶつかった瞬間、パトリシアが肩代わりでダメージを受けるが、ディフェンダーなので半減できる。
「ろくろ首ならぬ、ろくろ鹿かよ……」
 唸って、蒼眞が首を戻した牡鹿の背後に回り込み気味に斬撃を仕掛ける。脇腹が裂け、氷が付着するが、牡鹿は気にも留めず、赤く光る目で『プライド・ワン』を睨み据える。
 すると、対照的にヘッドライトを青く光らせた『プライド・ワン』が、真理を乗せたまま、炎を纏って突撃する。
 しかも突撃中に、その車体(及び騎乗者の真理)が四体に増え、前後左右からデウスエクスへと突っ込む。
「私は此処にいるです。こっち、向くですよ!」
 四人の真理が口々に言い、それぞれガトリングガンをぶっ放す。牡鹿は瞳を赤く光らせ、四方の敵に向かおうと苛立たしげにぐるぐる回るが、まったく無駄な動きでしかない。
 幻影投射機と機銃を備えたドローンの群れを駆使した真理のオリジナルグラビティ『デコイドローン』が、見事というしかない効果を発揮し、デウスエクスを翻弄。痛撃を与え、かつ激怒を誘う。
 そして、激怒し猛り狂うする牡鹿に、ディミックが虹を伴う急降下蹴りを叩きこむ。
(「少しでも車両に見せられればと思って、車輪の意匠のフェアリーブーツを用意したのだが……これは全然、ライドキャリバー以外は見えていないな」)
 言葉には出さず呟いて、ディミックは小さく苦笑する。グランドロンのディミックは、見た目は武骨な戦闘ロボそのものだが、実は敵味方の心理状態を把握し老練な戦い方をする戦巧者で、無用な緊張を解くユーモア感覚も持っている。
 挑発攻撃が続いた後、メディックの槐はダメージを受けているパトリシアに回復蒸気を噴射。傷を癒し毒を消し、かつ防御力を上げる、一石三鳥の措置だ。
「これでどうだ?」
「アリがと、デス!」
 回復したパトリシアは勇躍して高々と跳躍。ディミックと同じく、虹を伴う急降下蹴りをデウスエクスに叩き込む。
 しかし、このファナティックレインボウという技は、武器「フェアリーブーツ」によって発動するのだが、ディミックのブーツが戦闘ロボがローラーダッシュするためのパーツという風情なのに、パトリシアのブーツは、その名も「粗鹵狭隘横行闊歩」という目も眩まんばかりのギンギンギラギラド派手にして華麗な靴だったりする。
 まあ、どんなに見かけが違っても、フェアリーブーツはフェアリーブーツ。その機能と、繰り出すグラビティの尾力に変わりはない。
「ムフフフフ。だいぶ堪えているようでございますね」
 さすがにこうなっては、鹿といえどもシカトというわけにはいきますまい、と、ラーヴァが嗤う。
 もっとも、笑い声らしきものは出ているが、ラーヴァには表情というものがないので、笑っているのかどうか、いまいち分かりにくい。
 もともとデウスエクスであるダモクレスの戦闘指揮官機で、人間のような顔がないところへ加え、頭部全体とともに記憶と感情が地獄化しているので、何を考えて喋っているのか本人にもよく分からず、自然と道化じみた所作になるらしい。
 とはいうものの戦闘に関しては、さすが元指揮官機と同僚のケルベロスを唸らせる判断を示す……こともあるから油断ならない。
「ディフェンダーはメディックが回復し盾付与いたしましたな。では私は念のため、無傷ではありますがライドキャリバーに盾付与と参りましょうか」
 ここでも、なかなか思慮深いように聞こえるセリフとともに、ラーヴァは『プライド・ワン』にマインドシールドを付与する。
 そして次の瞬間、ディフェンダーの庇いをすり抜けた牡鹿の頭部が『プライド・ワン』に襲い掛かる。
 しかし、真理の操縦か『プライド・ワン』の自律回避か、二人は見事にデウスエクスの攻撃を躱した。

●『鉄の獣』は倒れない。ケルベロスも倒れない。
「ランディの意志と力を今ここに!……全てを斬れ……雷光烈斬牙…!」
 蒼眞が、異世界の冒険者、ランディ・ブラックロッドの意志と能力の一端を借り受けるオリジナルグラビティ『終焉破壊者招来(サモン・エンドブレイカー!)』を発動させ、牡鹿の胴体を両断する。
 普通の鹿なら当然即死だが、そこは攻性植物化したデウスエクス。切断面からもわもわと蔓が伸び、前半身と後半身を繋ぎとめる。
「さすがに、しぶといな」
「何しろ、植物でございますからねえ」
 唸る蒼眞に、ラーヴァが相槌を打つ。
「しかし、いかに粘られようと、我らの負けがないのはもちろん、鹿の逃走もありますまいな。それは既に、貴方様も気づいておられるのでは?」
「……まだ、そうと決まったわけでもなし。油断はできませんよ」
 少し苦めの表情で、蒼眞は応じる。
 しかし、ラーヴァの推察は当たっているだろう、と、蒼眞も内心では思う。今のところデウスエクスは、ひたすら『プライド・ワン』めがけて攻撃を繰り返しているが、遠距離攻撃は一種類しか持っていないので、当然ながら完全に見切られている。
 ディフェンダーが庇えば「庇いながら躱す」わけにはいかないので命中を受けてしまうが、庇いがかからず伸びてくる攻撃は、今やまったく当たらない。
(「とはいえ、ディフェンダーの庇いは自動だからな。無駄だから止めるというわけにもいかないし、逆に、知らせたら気の毒だ」)
 少なくとも、俺がディフェンダーを務めている状況だったら、そんな指摘はしてほしくない、と、蒼眞は声には出さず唸る。
 とはいえ、ディフェンダーが庇いに出て攻撃を受けても、ダメージは半減され、メディックの槐が確実に回復しているので、ほとんど危なげはない。
「在る人が恋しいか、無き人が悲しいか。消えては現れ、望む像はいずこかに――」
 ディミックが淡々とした口調で唱え、オリジナルグラビティ『俤偲ぶ蛍石(リメンバリング・フローライト)』を発動させる。
 相手の意識下にある懐かしい俤(おもかげ)を呼び出し、惑わし、注意を逸らす魔法だが、果たして鹿の意識下にそんな存在があるのかはわからない。
 しかし、グラビティは明らかに効果を発し、デウスエクスの足元がふらつく。
 そして槐も、前のターンで『プライド・ワン』と真理がデウスエクスの攻撃を躱し、誰もダメージを負っていないので、心置きなく攻撃に転じる。
「有りと無しとを行ったり来たり。ひかりはたまご、たまごはひかり。生まれた星は煌めき終わり、終わった星の光は誕れ」
 苛烈なオウガの女戦士である槐にしては、優しいと称しても良さそうな歌うような詠唱。それに応じて、きらきらと輝く「星」が現れ、デウスエクスの方へふわりと飛んだかと思うと、ビッグバンもかくやというほどの強烈な爆発を起こす。
 槐のオリジナルグラビティ『無々星(ムムボシ)』は、そのメルヘンチックな名称と発動に比して、効果はえげつないほど強烈極まりない。
 星の大爆発をデウスエクスは、いったん四肢も頭部もばらばらに千切れるが、蔓を伸ばして懸命に繋ぎ寄せる。
 しかしもはや牡鹿の皮はほとんど残っておらず、絡み合う蔦が形作る四足獣型の植物に、不似合いに立派な角と、ぎらぎらと赤く光る両眼だけが付いている、という有様だ。
「うリャア!」
 槐のオリジナルグラビティほど派手に爆発はしないが、パトリシアが「粗鹵狭隘横行闊歩」(ファリーブーツ)から星型のオーラを放ってデウスエクスへ蹴り込む。
「では、私も一つ行かせていただきましょうか」
 これがとどめになりますかね、と、低い嗤い声を発し、ラーヴァがオリジナルグラビティ『ラーヴァ・ルミナンス』を発動させる。
「我が名は光源。さあ、此方をご覧なさい」
 その声に、絡まる蔦の中の赤い光点が動いたか、どうか。いずれにしてもラーヴァは委細構わず、眩しく輝くほどに灼けた重い金属矢などを、連続して一点に叩き込む。
 攻撃を受け、ぶちぶちと蔦が千切れる音はしたが、デウスエクスにはそれほど痛手を受けた様子はない。
 もっとも、ここまで植物化してしまうと、ダメージを測るのは相当に難しくなる。
 そして、絡まっていた蔦が勢いよく伸び『プライド・ワン』と真理に向けて角と目を含んだ部分が襲い掛かる。
 とはいえ、見切りなどという概念を知るはずもない野獣の悲しさ。その繰り返される攻撃パターンは、真理の目には完全に読み切れる。
 しかし、その瞬間、パトリシアが飛び出した。
「あ……」
 その一撃でパトリシアが倒れるはずもないし、ディフェンダーの庇いは自動なのだから仕方ないが、躱せる攻撃に当たってしまうのは気の毒だな、と蒼眞が眉を寄せた時。
「ていヤアー!」
 渾身の気合とともに、パトリシアがデウスエクスの頭部(?)を盛大に蹴り飛ばす。庇いに入り、かつ相手の攻撃を受けるのでも躱すのでもなく弾き飛ばす。
 まあ、逆に言えばパトリシアも完全に敵の攻撃を見切っていたからできたのだろうが、なかなかの離れ業である。
「よし、ここで決めるぜ」
 蒼眞が言い放ち、巫術「熾炎業炎砲」を使って火炎弾を飛ばす。
 ここまで、蒼眞や真理の火炎弾攻撃を受けても、ちろちろと火が這う程度に収めていたデウスエクスだが、ついに力尽きたのか、全身が爆発的に燃え上がる。
「終わりましたか……」
 轟々と燃えるデウスエクスを見やって、ディミックが呟く。
「しかし……遺骸を葬ってやろうと思っていたのですが、これでは灰しか残りませんな」
「仕方ありません。鹿といっても、実質攻性植物ですから。グラビティの炎で完全に焼かないと、墓から何が生えてくるか知れたものじゃない」
 蒼眞が応じると、ディミックはなるほどという感じでうなずく。
「それは気づきませんでした。確かに、攻性植物を焼かずに埋めるのは、物騒すぎますね」
「なんにせよ、土葬より火葬の方が衛生的だ」
 煙が染みるのか、通常閉じているワイルド化した目を瞬かせ、槐がぼそりと呟く。それはまあ、グラビティの炎で焼かれては病魔だってたまったものではないでしょうね、と、ラーヴァが大仰に肩をすくめる。
「でも、完全に焼けば遺灰をお墓に収めても良いと思うです」
 ヘッドライトを青く光らせる『プライド・ワン』に乗ったままの真理が、淡々とした口調で告げる。
「火葬が終わったら、道路をヒールして、邪魔にならないところに交通事故にあった動物を弔うお墓を建て、花束も添えるです」
「ああ、それはいいデスね」
 パトリシアが、にっこり笑ってうなずいた。

作者:秋津透 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年10月26日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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