傀儡に捧ぐ

■リプレイ

●一
　静寂に包まれた東京焦土地帯、その一角。
　磨羯宮ブレイザブリクの外周部へと降下したケルベロス達は、死者の泉に繋がる異空間を目指して、宮殿内の通路をひた走る。
　『門』――泉の転移門を守る、異形の黒騎士を討つために。
「強化されたエインヘリアルとの戦いか……楽しめそうだ」
　先頭を行く長久・千翠（泥中より空を望む者・e50574）が、不敵に笑う。
　まだ見ぬ強敵との戦いに、彼は戦闘種族たるオウガの血を滾らせているのだ。その背に、機械腕型のヘリオンデバイスを着けて。
「しかし凄いよなこの装置。全身に力がみなぎってくる」
「本当だよねー。全力で戦って、鍛錬も出来て、オウガ冥利に尽きるって感じ？」
　同族の山科・ことほ（幸を祈りし寿ぎの・e85678）が上機嫌で頷きながら、乙女の細腕を景気よく振り回した。『門』依頼に関わって早１月、その間に倒した数は１０体以上。強敵と戦う昂揚を胸に、彼女は今日も戦場へと赴く。
「自我も心もないのなら、私の拳で砕いてやるから！」
「操られた番人か……さっさと撃破してーよな。さて、牽引ビーム行くぜ？」
　レンカ・ブライトナー（黒き森のウェネーフィカ・e09465）はふわりと空へ浮き上がり、背中のジェットパック・デバイスから牽引用ビームを照射した。同時、ことほと千翠を除く仲間達が空中へ浮上し、隊の後方へと移動していく。
　隊列は前衛全員が盾役で、ことほと千翠、そしてサーヴァントが２の合計４。
　後衛は攻撃役が３、回復役が２、妨害役が１の合計６。
　守りと回復を厚くした防御重視の陣形だ。
「もうすぐ回廊だな。周囲の敵反応はどうだ？」
「問題ない。直進先にいる『門』の他はゼロだ」
　武田・克己（雷凰・e02613）の問いかけに、ウリル・ウルヴェーラ（黒霧・e61399）がゴーグル型デバイスの情報を注視しながら返す。
「敵味方の位置が分かり、戦闘では命中を飛躍的に上昇させる……凄いものだ」
　ヘリオンデバイス――初めて体感する感覚に、ウリルは感嘆の吐息を漏らした。この力があれば、強大な敵相手でも決して遅れは取らないだろう。
（「負けられないな。ルルのためにも」）
　そうして視線を送った先には、愛する妻の姿があった。
　リュシエンヌ・ウルヴェーラ（陽だまり・e61400）。ウリルと同じく牽引ビームで空飛ぶ彼女は、先程からちらちらと背中の翼に視線を向けている。普段とは異なる飛行の感覚に、少々戸惑い気味のようだ。
「ぱたぱたしないのに飛ぶのって、なんだか不思議……」
　使用するデバイスはレスキュードローン。可愛い猫型をした飛行機械のお仕事は、彼女のウイングキャットと共に皆をサポートする事だ。
（「うりるさん、後ろは任せてね。ムスターシュも一緒にがんばろうね！」）
　ウリルの微笑に頼もしさを感じ、頷きを返すリュシエンヌ。
　そして異空間の道を進むこと暫し、イリス・フルーリア（銀天の剣・e09423）が仲間達へ警告を発した。
「前方に敵が見えます。注意して下さい！」
　一本道の回廊の奥、転移門を守るように立つのは、１体の『門』。
　死をもたらす現象に昇華した黒騎士の殺気が、瞬時に回廊を満たす。
『我は門……侵入者は殺す……』
（「前と同じ敵の筈なのに、また違った雰囲気を感じます。……ですが、いや――」）
　イリスは『門』をまっすぐに見据えて言った。
「だからこそ。相手にとって不足無しです！」
　何度蘇ろうとも全て倒してみせる――確かな決意を胸に、番犬鎖を構えるイリス。
　その傍で、メロゥ・ジョーカー（君の切り札・e86450）もまた鎖を手にして、トランプ型のドローンを後方待機させた。万が一、戦闘不能者が出た時の避難用である。
「さあ、今日もショーをはじめようか。よろしくね」
　シルクハットを傾け微笑むメロゥ。問答無用とばかり剣を構える『門』。
　番犬と門番の戦いは、こうして開始された。

●二
　戦いの熱気が、異次元の回廊に渦巻いた。
　火力を担うメンバーが一斉に急降下し、『門』へと攻撃を仕掛けていく。一方、ことほは眼力を込めて『門』を睨みながら、静かに唇を噛み締める。
「回避が高いのもお約束ね。藍ちゃん、手伝って！」
　どう攻め落とすにせよ、命中の確保は最優先だ。ことほが後衛の味方にオウガ粒子を散布する傍ら、ライドキャリバーが『門』に突っ込んでいく。派手なスキール音と共に炸裂するスピン攻撃。脚を打たれた『門』の動きが僅かに鈍る。
「そこだ。――逃がさん」
　阿吽の呼吸で放つウリルのスターゲイザーが直撃し、『門』をさらに縫い留めた。
　だが、異空間がもたらす強化は並ではない。僅かな足止めを物ともせずに、『門』は更に暴れ狂う。剣に死魂を凝縮させて、狙うは後衛のイリスだ。
『我は門……何者も通さぬ……』
「マジで化け物かよ。上等だ」
　イリスを庇った千翠が、俄かに体をわななかせる。
　死魂の氷によるものではない。強敵と戦える歓喜、それがもたらす武者震いだった。
「出し惜しみなしだ。楽しませてくれよ？」
　言い終えるや、狂笑を浮かべた千翠が『門』へと肉薄。具現化させた呪いの触手で鷲掴みにした籠手を、万力のごとき力で締め付けていく。
「絡め取れ。握り潰せ」
　千翠の触手に利き腕を捕らわれながら、しかし『門』は怯まない。克己の雷刃突を紙一重で回避し、続けざまにレンカが繰り出した旋刃脚を籠手でガード。被弾のダメージを最小限に抑えながら、反撃の機会を淡々と伺っている。
　それを見たリュシエンヌは、すぐに千翠の回復に動いた。
「支援を急ぐのよ。お願い、塞がって！」
　守りに優れる盾役と言えど、連続攻撃を受ければただでは済まない。気力溜めで千翠の傷と氷を回復するリュシエンヌ。そこに続いて前衛を支援するのはメロゥとイリスが発動するサークリットチェインだ。
「さて。僕も力添えと行こう」
　不思議な魔法陣を描き出し、ショーの舞台と為すメロゥ。
　一方イリスは魔法陣を描き終えると、鎖の錘を『門』へと向けた。
　あの黒騎士の回避はいまだ健在だ。そして敵への足止めが遅れる事は、そのまま自分達のリスクへと直結する。
　故に思う。切り札を使う好機は、今を置いて他にないと。
「光よ、かの敵を束縛する鎖と為れ！　銀天剣・玖の斬！！」
　刹那、降り注ぐ白光が錘に凝縮した。靴型デバイスの力を込めてイリスが振るった錘は、生きた蛇の如く『門』に絡みついて動きを封じ込めていく。
「皆さん、今のうちに攻撃を」
「イリスさん流石。プラズムキャノン行くよっ！」
　サムズアップを送ることほが、霊体を握り固めた。
　迎撃で後衛に飛ぶ破鎧の一閃からレンカをガード。耐性のない一撃を耐え凌ぎ、圧縮した霊弾を全力で投げつける。『門』は回避を試みるが、イリスの鎖はそれを許さない。
「いっけえぇぇっ！！」
　――着弾。『門』の足が止まる。
　そこへ克己は上空から急降下し、『直刀・覇龍』に空の霊力を纏わせる。狙うはひとつ、攻撃を受けて開いた『門』の傷口だ。仕損じる恐れは、ない。
「風雅流千年。神名雷鳳。この名を継いだ者に、敗北は許されてないんだよ」
　敵の利き腕をジグザグに切り開きながら、獰猛に笑う克己。その傍らでは盾役と回復役の仲間達が支援を行い、より盤石な攻撃態勢を築き始めていた。
「ここからが本番だ。背中は任せるからな！」
　属性の盾でメロゥを保護する千翠。
「絶対勝って帰るのよ！」
　番犬鎖の魔法陣で前衛を包むリュシエンヌ。
「さてさて。今日はどんな結末が待っているのかな？」
　そしてハープを手に、高らかな歌声を響かせるメロゥ。
　唄うは「碧落の冒険家」――未来を切り拓く力を与える、決意を込めた歌だ。
「舞台は整った。さあ行こう」
　慰撫と扇動、メリュジーヌの力を遺憾なく発揮した少女の一声が、反撃の合図となる。
　旋律の終わりと同時、ウリルが宙を蹴った。一呼吸で『門』の間合いへ飛び込み、薔薇と髑髏が刻まれた大鎌を振るう。その斬撃は甲冑を容易く切り裂いて、鎌に憑依させた霊体で『門』を汚染し始めた。
『我は門……侵入者に死を……』
「おっと。余所見は禁物だぜ？」
　続くレンカはオーラの星を生成、魔女のブーツで狙い定める。デバイスの力を載せて放つフォーチュンスターは『門』の甲冑を破り、内部の肉体をも貫いた。
「存分に遊び倒してやるよ。感謝しろよな、お人形」
　回避を封じられ、鎧を破られ、傷を増やし始める『門』。
　その姿にレンカはキヒヒと笑みを浮かべ、更なる攻勢に転じていくのだった。

●三
　修羅場。そんな一言に相応しい、力と力の応酬が続く。
「ちょっとだけ無茶するから。耐えてね、私のデバイス！」
　『門』の繰り出す斬撃をことほが防ぐ。ルーンの力で魔法陣の一つが消えるも、メロゥとリュシエンヌの回復支援は手厚く、負傷が留まる事を許さない。
　然らばここは、自分も攻撃を続行すべき――ことほはそう判断すると鬼神角を掌に生成、『門』の懐へと飛び込み掌底に変えて叩き込んだ。続けざま千翠は呪いの触手を顕現させ、鳩尾を穿たれた『門』の腕を触手で締め上げる。
「ヤバい武器は潰す。基本中の基本だよなぁ？」
「援護します。ゼログラビトン発射！」
　イリスがライフルの砲口を『門』へと向けて、引き金を引いた。
　発射される光弾。重力中和エネルギーの塊が漆黒の甲冑を穿つ。間を置かず上空から飛来するのは、愛用の直刀を構えた克己だ。ジェットパック・デバイスの力を込めて放つ月光斬の一撃は、『門』の火力にも決して劣る事はない。
「戦いはここからだ、楽しもうぜ」
　強敵と切り結べる歓喜を込めて、弧の斬撃を放つ。切り裂かれる『門』の腕を狙い定め、レンカが『魔女の大鎌』を投擲。デスサイズシュートで甲冑を吹き飛ばし、『門』の体に着実に傷を刻んでいく。
「キヒヒ！　随分と丈夫な操り糸じゃねーか」
　レンカは口笛を吹き、おどけた仕草で『門』を見下ろした。
　足を挫き、力を奪われ、装甲を剥がれ――蓄積したダメージは、もはや誰の目にも明白。だと言うのに、『門』は防御もろくに取らない。悲鳴を上げることもない。その姿はまさに自我なき人形そのものだ。
「お前の操り師は、ずいぶん意地悪みてーだな？　哀れな奴」
「確かに、あまり気分の良いものではないな――さあ燃えろ！」
　憐憫を滲ませるレンカの横で、ウリルは漆黒の竜翼を広げた。
　自我を取り戻す事が叶わぬならば、１秒でも早く終わらせるまで。猛々しい咆哮と共に、『Enfer』の獄焔ブレスが『門』を包む。灼熱の檻に包まれて炎上するその姿を見下ろして、メロゥは小さく肩を竦めた。
「最近思うのだけれど、君って切断とか脱出系の奇術に向いていないかな？　事故があっても次が出るから安心、どう？」
　守護の魔法陣を描きながら、そんな冗談めいたセリフを投げる。
　例え死んでも次がある。駒など欠けても惜しくはない。そんな扱いでも平気なのかと。
「ねえ。本当に君は怒らないのかな、心も動かないのかな」
『我は門……排除する……』
「そうか。……まあ、分かってはいたけれどね」
　メロゥは残念だと肩を竦め、サークリットチェインで前衛を保護していく。守護魔法陣と武器封じの積み重ねは『門』の火力を大幅に減じ、最早脅威とはなり得ない。それは取りも直さず、この戦いに決着の時が迫りつつある事を意味していた。
「皆で一緒に帰るのよ。だから最後まで頑張るの」
　リュシエンヌもまた前衛を魔法陣で覆いながら、ウリルと頷きを交わし合う。
　足は止めた。武器も封じた。味方の守りは固く、戦闘不能者もいない。これから為すべきはただひとつ、敵を討つ事のみだ。
　そして魔法陣が二つ完成すると、メロゥはハープを手に歌い始める。希望と未来の旋律に湿っぽい空気は似合わない。葬送曲は、とびきり素敵な明るい曲にしよう。
「フィナーレだ。派手に行こう」
「オッケー。絶対ブッ飛ばす！」
　拳を鳴らし、ことほが地を蹴った。
　させじと『門』の死魂がメロゥに放たれる。ことほはそれを庇うと同時にエクトプラズムを圧縮し、プラズムキャノンに変えて発射。渾身の霊弾は『門』を穿ち、その全身から黒い液体を噴出させ始める。
「酷い怪我……ことほさん、大丈夫？」
「痛たた……何とかね。デバイス様様って感じ」
　リュシエンヌが気力溜めでことほを治療する傍ら、番犬の更なる猛攻が『門』を襲う。
　メロゥが奏でる「碧落の冒険家」に、勇気と力を貰い受けながら。
「こいつはおまけだ、持っていけ」
「容赦しません。凍りなさい！」
　千翠の発射した氷結輪、そしてイリスの凍結光線が続けざまに命中。分厚い氷に覆われていく『門』へ、克己が上空からの急降下を追撃で仕掛けた。
　愛妻の残霊をワイルドスペースから召喚し、二人の剣を十字と為す。集約した気の爆発で致命傷を刻む必殺技、その名も――。
「護行活殺術！　森羅万象神威！！」
　派手な爆発が咲き乱れ、衝撃が回廊を揺さぶった。十字の傷跡を受けた体で、なおも踏み止まる『門』。その体を絡め捕るのは、魔力を帯びたレンカの白い髪だ。
「今回はここまでだ。幕が下りるぜ、さっさとはけな」
　生き物のように伸びた髪が『門』を引き寄せる。そうしてレンカは巨大な甲冑を抱擁し、メキメキと音を立てて粉砕し始めた。『門』は拘束を逃れようと身をよじるが、魔女の力は決して標的を逃さない。
「Es war schoen mit Ihnen――どうした、大分ガタついてきちまったぜ？」
『我は……通さ、ヌ……』
「さて。終わりとしよう」
　最後の一撃を加えんと、ウリルが大鎌を振り被った。
　長く続いた激戦で、既に体は傷だらけ。だが不思議と心は穏やかだ。
　力強い羽ばたきで盾を務めるムスターシュ。妻リュシエンヌの美しい微笑み。それがあれば、どんな敵も怖くはない――そう知っているから。
（「そうだ。俺達が負ける筈はない」）
　精神を研ぎ澄まし、ウリルは宙を蹴る。
　肉薄と同時、振り下ろすのは大鎌の呪怨斬月。その一閃に心臓を斬られた『門』は無言のまま斃れ、鎧の一片も残さずに消滅した。

●四
「皆さん、こちらは準備完了です」
「了解。それでは退散するとしよう」
　離脱の支度を終えたイリスに、メロゥは頷きを返した。
　これで残るは１７体。防御機構の破壊は着実に近づきつつある。このペースで撃破を進めれば、制覇の日はそう遠くない事だろう。
　そうして離脱を開始しながら、ウリルはリュシエンヌを振り返る。
「怖い思いはしなかったかな、ルル？」
「うん。ぜんぜん平気なのよ」
　リュシエンヌはムスターシュを抱き抱えながら、愛する夫に微笑んだ。
　そう、何も怖くはない。恐ろしい敵も、未知の戦いも、彼と一緒ならなにひとつ。
（「ありがとう。大好きな旦那さま」）
　こうしてリュシエンヌは、仲間達と共に帰還していく。
　愛する人と共にいられる幸せを、静かに噛み締めながら――。

作者：坂本ピエロギ	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2020年10月24日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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