ゴミ捨て場には紅眼の妖精がいる

作者:神南深紅

●イベントのおわり
 後かたづけは本当に面倒くさい。事前準備は燃えるけれど、終わってしまったイベントの後かたづけなんてやりたくない。
「めんどくせーもんな。こんなもんでいいか?」
「そうだな」
 河川敷のゴミ捨て場ではない空き地には、皆が捨てたゴミが乱雑に散らばっている。多分、誰かが最初に捨ててそして別の誰かが捨てて……そうしてゴミが集まってしまったのだろう。そこにはコバエが沢山死んでいる。
「うわーきも~~」
 また1人、ゴミを捨てに来た若い男がぽ~んと袋に入ったゴミを投げる。そして振り返ると、そこにいた華奢な身体と透き通る羽を持つローカストにガッチリと抱きしめられた。

●紅眼の妖精
「詩的にいうのなら、紅眼の妖精……かな」
 ヴォルヴァ・ヴォルドン(ドワーフのヘリオライダー・en0093)はおもしろそうに言う。戸部・福丸(ハーフレッドボーイ・e04221)が危惧したように、キチンと片づけをしないととんでもない事が起こったりする。それはよく若者達がバーベキューなどをする河川敷のはずれに、ゴミ捨て場ではないのにゴミが集まりゴミ捨て場の様になった場所で始まる……ここにローカストが現れるのだ。
「被害に遭うだろう男はこのクソ寒いのにバーベキューをやっていたわけじゃない。たまたま通りかかって飲みきったペットボトルとサンドイッチの包装紙を捨ててしまうのだ。まぁ、本当のゴミ捨て場だと思ったのかも知れないな」
 そうして若者はローカストに捕縛され、ゆっくりとグラビティ・チェインを吸収される。ローカストにはごくごく低い知性しか備わってはいない。
「被害者が即死することはないが、グラビティ・チェインを奪うためだけに送り込まれた者で言葉は通じない。その分戦闘能力……耐久力はやや低いが敏捷性に優れている様だ」
 
「周囲は人のいない河川敷だ。なだらかな斜面になっているが、手入れのされていない雑草が生い茂っていて、実際の地面は見えない。まぁ転がっても怪我をするような場所じゃないから、思いっきり戦ってくれ」
 ヴォルヴァは淡く笑って言う。
「面倒なのは薄い透き通る羽をこすり合わせて発生させる不快な音だ。遠距離から複数を攻撃出来るしこいつにとって一番強い攻撃だ。それから高く跳んでからのキック、カマキリの様な鎌を腕から出して斬りつけてくる攻撃だ。羽での攻撃以外は捕らえている男を離して戦うので、接近戦に持ち込むのもありだろう」
 小さな指を3つ折り、ヴォルヴァは言う。

「まぁ、パッと見ローカストにしてはそこそこ綺麗な敵だが、グラビティ・チェインを奪う為だけに送り込まれた尖兵だ。きっちりと倒してきてくれ」
 信じているぞ……と、ヴォルヴァは笑った。


参加者
藤弦堂・広柾(破壊魔を継ぐもの・e02791)
阿木島・龍城(エメラルドフレア・e03309)
戸部・福丸(ハーフレッドボーイ・e04221)
アップル・ウィナー(レプリカントの降魔拳士・e04569)
左野・かなめ(絶氷の鬼忍と呼ばれた娘・e08739)
大原・大地(元守兵のチビデブドラゴニアン・e12427)
シーレン・ネー(黒豹・e13079)
プロデュー・マス(黒猫ピーやん・e13730)

■リプレイ

●寒空の下で
 敵の位置は上空からでもすぐにわかった。川を渡る冷たい北風が逆巻いていて、ごぉごぉと鳴る音だけが耳に届くけれど、視界は驚くほどクリアで刈り取られていない雑草が生い茂る河川敷で、雑多なゴミの色に染められている場所がくっきりと飛び込んでくる。不法投棄された色とりどりのゴミの山、その中央に流線型の体を持つワラに似た色のローカストがいた。もちろん、腹には若い男を背後から抱きしめるように捕らえている。
「綺麗な……でも、敵なんだなぁ」
 誰にも聞こえないと思ったのか、大原・大地(元守兵のチビデブドラゴニアン・e12427)は思ったままをつい口にする。ウェディングドレスのベールの様にやや長く透明な羽が華奢な体の横から背を覆っている。しかし、前面は2対の腕でがっしりと若い男が弱々しく――本人は大暴れのつもりかもしれないが――逃れようと抗っている。
「美しいが……敵は敵だ」
 外見などそのものの本質を表しているわけではない。プロデュー・マス(黒猫ピーやん・e13730)はわずかも気にする様子はなく冬枯れた草の上に着地すると敵へと走り、燃えさかる地獄の炎に包まれたガトリングガンをぶちかます。
「ひ、ひゃあああぁぁぁっ!」
 捕まって動けない男が情けないほど声が裏がえった悲鳴をあげる。しかしプロデューの攻撃は確実に若い男を避け、そのためかローカストの体の端をかすめているだけだ。
「……?」
 ローカストは次々と空から降ってきたケルベロス達を紅い眼で不思議そうに見た。
「どこにも行かせないよ」
 次になにをしてくるのか、敵の動きを牽制するように大地も前に出る。一瞬、動きの止まったローカストへと細く輝く銀色のナイフが投げつけられる。小さな傷がローカストの美しい羽をかすめ、紅玉の目に怒りの色が僅かに混じってゆく。
「会話を楽しむほどのおつむはなさそうじゃが、殺意のあるなしは解るようじゃ。ゾウリムシよりは利口なようで助かるぞ」
 惨殺ナイフを投げたばかりの左野・かなめ(絶氷の鬼忍と呼ばれた娘・e08739)はしたたかそうな笑みを子供ように見える顔にくっきりと刻む。
「この人を恋人にして一生添い遂げたいと言うわけでもないのでしょうから、さっさと解放してもらいましょうか」
 本来はやや退き気味の位置に立つアップル・ウィナー(レプリカントの降魔拳士・e04569)も、ぐっと敵の間近まで接近する。不自由ながらも両手を伸ばして助けをこう男の顔は涙やらなんやらでぐちゃぐちゃだ。
「えーこんなきったないところで戦わなくっちゃいけないの? その男もなんかきったないし……絶対やだ! 早く帰りたい」
 言いながらもシーレン・ネー(黒豹・e13079)は両手の攻性植物を収穫形態へと変化させ、たわわに実った黄金の果実からは芳醇にして清浄なる光が放たれ、前に出たもの達に守護の力を与えてゆく。
「感謝する」
 プロデューの謝意にシーレンはうなずく。
「早く攻撃してこないと、こっちは準備万端になっちゃうよ。いいの?」
 不快な表情を隠さずにシーレンは挑発的にローカストへと言葉を放つ。意味を理解出来なくても、敵意だけは伝わるはずだ、と。
「ローカストのお姉さん! その捕まえているお兄さんを放してはもらえないかなあ!」
 まだ柔らかい雰囲気のまま戸部・福丸(ハーフレッドボーイ・e04221)は敵に接近しつつ言う。予想通りローカストの反応は鈍く、言葉の意味にではなく音に反応した様でわずかに首を傾げた程度だ。落胆することなく福丸は敵の背後へと回り込むように走りこむ。
「わあああぁぁぁっ、早く、早く、助けてくれぇえ」
 ローカストはケルベロス達から既に攻撃を受けているにもかかわらず、捕まえた若い男を放さずグラビティ・チェインを奪い続けているのだ。ただ、急激に奪っている訳ではなさそうで、男も大声で悲鳴を上げ続ける程度には元気がある。
「どの様な姿をしていようとローカストはローカストだ。厄介事は今のうちに片づける」
 冷静に、そして普段とは違う冷徹な口調で言いながらも阿木島・龍城(エメラルドフレア・e03309)の足もとからは光輝く星座が浮かび、シーレンと龍城に守護の力を与えてゆく。
「確かにこの状況じゃ手出しがし難いが、こいつ、マジで放す気……ん?」
 白いヘルメットと動きやすい戦闘用に装備に変わった藤弦堂・広柾(破壊魔を継ぐもの・e02791)は、敵の些細な変化に気が付いた。若い男を捕らえた肢は動かず、透き通る左右の羽が背後へと廻ったのだ。
「気を付けろ! 羽があがった!」
「羽音に気をつけてください」
 広柾と同時にアップルからも警告があがる。ケルベロス達に緊張が走り、前に詰めていた大地、プロデュー、アップル、福丸、そして広柾が散開しようと動き出す……けれど、それよりも空気を震わす不快な音が伝わる方が早い。
「うわっ」
「これは……」
「なんて音だ」
 大地、プロデュー、アップルが頭を振る。振り払っても消えない音に大地は苦しそうに数歩よろめいた。
「大地、大丈夫?!」
 心配する福丸も足下が少しふらついているし、広柾は両手で頭を抱えていた。
「くっそぉ、鈴虫みたいに綺麗な音を出せねぇのか!」
 絡みつく音を振り払うように大地が盾を地面に投げ、その上に飛び乗った。
「行っけえーーー!」
 片足で地面を蹴り、滑空するように敵へと移動する……けれど、上手く勢いが前進する力へと変換されず、空回りする力にその場に仰向けに転んでしまう。
「な、なんでぇ?」
 視界に映る空と後頭部の痛みに大地はぼやくな声をあげる。すぐにボクスドラゴンが属性インストールを使ってくれた。
「あの羽音の効果か?」
 大地よりも更に前に出たプロデューが攻勢植物を振り上げた。
「ひゃぁぁっ」
 男の悲鳴に重なるようにプロデューの攻撃がローカストにぺしっと命中する。
「まだ離さないのか」
「なかなかしつこい輩のようじゃな。さすれば、これでどうじゃ!」 
 ありったけの害意をこめて、かなめは手加減しまくった攻撃を足で手当たり次第に当ててゆく。自分よりもずっと小柄なかなめにげしげしと蹴られたローカストは……ついに捕まえていた男を放り投げた。怒っているのか全身が細かく震えている。
「ようやく離してくれたね。今だけはお礼を言ってあげるよ」
 地面を軽く蹴るようにステップを踏むと、シーレンから氷結の螺旋が土色のローカスト、その露わになった胸から腹を凍らせる。
「お兄さん、大丈夫! えっと、お姉さん! こっちだよ!」
 ローカストに放り出された男がまだ倒れているのを視界の端に留めながら、福丸は両手を大きく広げて背に彼をかばう。
「あれ?」
 何かもっと別の事をしたかった筈なのに、どうにも心の体が連動しない。
「やっと存分に戦える」
 龍城は両手の剣にそれぞれ2つの星座の力を宿す。その超重力は十字の光となって敵を斬る。
 知性に乏しいローカストでも攻撃され傷つけば怒りもする。激しく震えるローカストが再び両の羽を持ち上げ震わせる。しかし、この時まで待っていたアップルが、ジェットエンジンで急加速した威力のままに拳を叩き込む。
「やらせはしない!」
 その拳が命中したせいなのか、ローカストの羽音は前回とは微妙に違う。
「クロン!」
 広柾のライドキャリバーは主に命じるままに人質となっていた男の救助にあたる。
「まぁこれに懲りてこれからはゴミを持ち帰ることじゃろうのぅ……」
 避難してゆく男を見送りかなめはクスッと笑う。
「さて、そろそろ害虫駆除といこうじゃないか」
 その間にも広柾から長く伸びたケルベロスチェインがローカストを締め上げる。
「今度こそ失敗しないからね」
 高速演算でローカストの弱点を絞り込んだ大地のクリティカルな一撃が放たれる。敵の胸と腹、極端に細くなった部分へと命中する。音もなくローカストが苦しげに身をよじる。
「イグニションエヴォルト!」
 プロデューは共生する攻勢植物達を地獄の炎で奮い立たせ、果実から放たれる黄金の輝きを使って一瞬で進化させた。炎と黄金の力をもって超高速の拳を放つ。ローカストの身体が後に吹っ飛んだ。
「こんな物はお遊びじゃ……轟け雷鳴……ちゅどん! と落ちて死に晒せぃ!! 雨柳轟招雷!」
 華ノ札が空高く舞い、詠唱を終えたかなめが指を鳴らす。その途端、姿勢を崩していたローカストの頭上に魔法陣が完成しそこから雷光とともに雷が落ちる。
「早く終わらせてお風呂に入りたいんだよね!」
 シーレンからは闇色の弾丸が放たれるが、これは俊敏に回避するローカスト避けられ命中しない。そればかりかローカストの足もとにあったゴミが更に散乱してゆくではないか。
「こら! これ以上散らかしちゃ駄目じゃないか!!」
 ゾッとしたような青ざめたシーレンが心からの叫び……けれどその叱責も敵には理解する知性がない。ふるふると拳を振るわせてる。
「ローカストのお姉さんも生きていくため……なんだよね」
 極彩色のゴミの山で暴れるローカストを福丸は哀しげな眼で見つめていた。何時の日にか戦わずに済む日が、仲良くなれる日が来るのだろうか。けれどそれは今ではないし、遠い未来に約束されているわけでもない。
「でもボクは今、戦わなくっちゃいけないんだ」
 明るい笑顔を封じて福丸は前に出て戦い、その端をかすめて龍城の剣から放たれた2つの星座のオーラがローカストへ向かう。けれどこれもローカストは巧みに回避し命中には至らない。しかし、ローカストからのヘイトを稼ぐには充分であったのか。立った今攻撃を放ち体勢の整わない龍城へとローカストの細く、その分加重のかかったキックが襲いかかる。
「っ……っああ」
 漆黒の髪が乱れ、堪えきれない苦痛が龍城のひき結んだ唇から僅かに漏れる。
「魂までも焦がし尽くす愛の炎を貴方に……ローカストにも魂があれば、だがな」
 唇に指をあてたアップルが投げキッスを敵に送る。その愛らしい仕草のキスに込められた愛の力がハート型の光となってローカストの胸部を焼く。
「オラァァッ! どぉしたぁっ! そんな余計なモンは捨てて……タイマン勝負でかかってこいやぁっ!!!」
 広柾は高く跳び上がった蹴りを放ったばかりのローカストの懐へとするすると入り込む。そして高い場所にある頭部を無理矢理掴むと睨み付けつつ勢いよく自らの頭で突き上げた。
「……!!」
「いってぇえええ!」
 ローカストと広柾、両者それぞれに頭を抱えつつ後退してゆく。

 細く華奢なローカスト1体との戦いはケルベロス側に有利であったが、なかなか決定的な状況には持ち込めなかった。ローカストが頻繁に行う羽音攻撃による『催眠』効果なのか、それとも敵の敏捷性なのかケルベロス達の攻撃が効かない事が幾たびかあった。その分、畳みかけるような波状攻撃を仕掛けることが出来ず、結果として短期決戦に持ち込めなかったのだ。カラカラとゴミが風に舞うなか、羽をなびかせるローカストと戦い続けるケルベロス達。幸い、シーレンの『殺界形成』で一般の人が寄ってくることはないので戦いに巻き込まれる人はいないし、救出された若い男も失神したまま倒れていて騒ぎ出す様子もない。
「些少だがないよりは、ましだろう」
 ローカストの鎌に斬られたばかりの広柾へとプロデューは黄金に輝く聖なる実の力を使う。
「情報収集も出来ないのは残念です。もう終わりましょうか」
 攻撃に集中し無防備な敵の背後に回り込んでいたアップルの蹴りが電光石火の速度で放たれる。
「助かったぜ、プロデュー! そら、てめぇは大人しく虫かごに捕まってろ!」
 治癒しかかった傷を気遣うこともせず、広柾はクロンと同時攻撃を疲弊したローカストへと見舞う。
「今度こそ、行っけえーーー!」
 もうスピードの盾に乗った大地が敵へと突進するが、ローカストは動けない。思いっきり横に出した腕を敵の胸と頭のジョイント部分に当ててなぎ倒す。そのまま勢いを殺さずに旋回して自陣に戻り振り返る。倒れたローカストからコロコロと頭部が離れて転がった。そしてそのまま動かなくなる。ゴミの舞う風にボロボロの羽の端だけがはためいている。
「綺麗な羽だったけど……」
 大地の声はごくごく小さい。
「あっけなく……とはいきませんでしたが、人質も無事に救出出来ましたね」
 龍城はまだ倒れている若い男とローカストを交互に見る。
「なんとか終わった……みたいだけど、敵も綺麗から汚くなっちゃったね。あ、僕たちもかな?」
 服の汚れを叩きながらシーレンは敵を見下ろして言う。
「此奴の弔いには果たして何奴が現れるやら……ともあれ、今は帰るかのぉ」
 ほっと溜息をつきながらかなめが言う。
「あ、えっと、ほら! 片づけしよ! ゴミがいっぱいじゃやっぱり気持ちがよくないもんね」
 ポンと手を打ちながら福丸が言った。片づけをしないとやっぱり色々良くないことが起こるものだ。
「河川敷の管理者にでも連絡しておくだけでは駄目ですか?」
 控えめにアップルが言う。
「仕方ねぇか! やるぞ、クロン」
 尻を地面につけていた広柾が掛け声と共に立ち上がる。
「早く終わらせて帰りましょう」
「……わかった」
 龍城とプロデューもゴミの清掃というもう一つの戦いへと身を投じていった。

作者:神南深紅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。