ダチュラの誓い

作者:朱乃天

 季節が移ろい秋へと廻るこの時期は、夜風も涼しく、薄ら肌寒いとすら思えるくらい。
 エヴァンジェリン・エトワール(暁天の花・e00968)は煌々と月明かりが照らす夜道を、唯一人、銀色の光に導かれるように彷徨い歩き――辿り着いたその場所は、古びて朽ちた、廃教会。
 どうして此処に訪れたのか、それは単なる気紛れにしか過ぎないのかも知れない。
 まるで何かに誘われるかのように、足を踏み入れ、白くてか細いその手を扉に掛けて――開いた瞬間、鈍く重々しい音が静かな空気に鳴り響く。
 石畳の床に足音響かせ、瓦礫を踏んで、暗く閉ざされた世界を歩み行く。
 やがて窓の外から月の光が射し込んで、教会内の輪郭を朧げな形で浮かび上がらせる。
 そこでエヴァンジェリンは、奥に潜んだ一つの影を視界に捉える。
 それは果たして人であろうか。自分以外にこんなところへ訪れるなど、いるとするなら、一体誰で何者なのか――。
「おやおや……こんな夜更けにお祈りとは、悩み事でもおありかね」
 訪れたエヴァンジェリンに気付くなり、その人影は紳士的な声で語り掛けてくる。
 中に射し込む月明かり、その光芒がオラトリオの乙女に近寄る影をはっきり映す。
「あ……貴方は……どうして、こんな所に……!?」
 その人物を見た途端、エヴァンジェリンの顔はみるみるうちに蒼褪めて、声を震わせながら『彼』に向かって問い掛ける。
 炎のような赤い瞳を光らせながら、薄気味悪い笑みを浮かべる髭面の男。
 ドラグナーである彼は、エヴァンジェリンの質問には答えず、迷い込んだ哀れな獲物を、ただ狩ることだけに思考を巡らす。
「いやはや、貴女は実に運がいい。何故ならば――この私の手によって、天に召されることができるのだからね」
 彼女をこれからどう殺そうかと、男は舌舐めずりしながら吟味しつつ、殺意と狂気に満ちた嗤い声だけが響き渡った――。

「エヴァンジェリンさんに危機が迫っている。キミ達には今すぐ現場に向かってもらって、彼女を助けてほしいんだ」
 予知した事件の緊急性を伝える、玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)。
 宿敵に襲撃されたエヴァンジェリンが、生命の危険に晒されている。急いで彼女に連絡しても繋がらず、もはや現場に乗り込む以外に手段がないといった状況だ。
 襲撃現場はとある街外れの廃教会。そこで待ち伏せていたドラグナーに襲われたのだが、今から駆け付ければまだ間に合う。
 敵は相手を恐怖に駆り立て、狂気の世界に堕とすことを好む策略家のようだ。
 焔を操る能力に長けており、更には魔力を宿した声で仲間の意識を惑わせたり、魔性を帯びた赤い瞳の輝きで、心の奥の辛い記憶を呼び醒まさせる――。
 そうしてじわじわと、相手を苦しめ、人も心も、全てを壊す。
 かなり厄介そうな手合いだが、対策を怠らなければ、決して攻略できない敵ではない。
「それとこのドラグナーなんだけど、どうやらエヴァンジェリンさんとの間に何らかの因縁がありそうなんだ。その真偽は当人にしか分からないと思うけど……」
 互いの関連性は不明だが、この廻り合わせはきっと必然だったのかもしれない。
 シュリは少し黙って考えた後、再び口を開いて言葉を紡ぐ。
「……エヴァンジェリンさんに一体どんな過去があろうとも、彼女を支えてほしいんだ」
 それが出来るのは、共に戦うことができるキミ達だけしかいないから――。
 最後に一言、そう告げて。ケルベロス達を乗せたヘリオンが、大きく旋回しながら戦場に向かって飛び立っていく――。


参加者
ルーチェ・ベルカント(深潭・e00804)
癒月・和(繋いだその手を離さぬように・e05458)
リューデ・ロストワード(鷽憑き・e06168)
ジェミ・ニア(星喰・e23256)
ヨハン・バルトルト(ドラゴニアンの降魔医士・e30897)
クラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)
九重・しづか(海柘榴・e42275)

■リプレイ

●忌まわしき記憶
 ――アタシはこの男の顔を忘れたことなど、一度もない。
 何故なら彼こそ、醒めない悪夢の『始まり』だから――。

 エヴァンジェリン・エトワール(暁天の花・e00968)にとってこの邂逅は、どれ程待ち望んでいたことであろう。
 漸く逢えた因縁の相手。心に渦巻く憎しみを、堪えるように声を震わせ、言葉を紡ぐ。
「……ええ、会いたかったわ、アヴェルシオン。アナタをどれほど探したか」
 在りし日の彼女の故郷に、彼はいつしか溶け込んでいた。そうして人の心を惑わし、狂気に堕とし、全てを炎に沈めた、諸悪の根源――。
「アナタが奪ったものも、アナタが壊した父も故郷も……アナタを倒したって何一つ戻ってきやしないけれど!」
 燻る怒りが抑え切れずに溢れ出し、声を荒げるエヴァンジェリン。
「おやおや、それはお気の毒に。けれども狂気に抗えないのは人間の弱さ。貴女も今すぐ、家族の許に送ってあげよう……mademoiselle」
 ドラグナーはエヴァンジェリンの怒りを嘲るようにせせら笑い、彼女の生命を奪おうと、闇夜に煌めく月光を背に浴びながら、禍々しい男の影が迫り来る。
「……結構よ。その代わり、もう何も奪わせてやらない。アナタだけは星に還しもしない」
 全ては悪夢を終わらせる為、覚悟を決めて対峙する。
 例えたった一人だろうと、否――自分には、信じる仲間がいてくれるのだから。

 ――その時だった。

 突然、廃教会の扉が勢いよく開かれる音がして。くるりと後ろを振り向くと、そこには仲間のケルベロス達がエヴァンジェリンを救出すべく駆け付けていた。
「貴様が悪夢の根源か。ならば塵も残さず粉砕するまで。貴様に夜明けは訪れない」
 ドラグナーの姿を見るなり、リューデ・ロストワード(鷽憑き・e06168)がぶっきらぼうに吐き捨てる。
 リューデの声にアヴェルシオンは足を止め、怪訝な目付きでケルベロス達を睨視する。
 片や駆け付けた番犬達は素早く布陣を展開し、ドラグナーの男を逃さないよう取り囲む。
「エヴァさん、力を貸すよ!」
 ジェミ・ニア(星喰・e23256)が鼓舞するように、力強い口調で呼び掛ける。
 その一言がどれほど頼もしいと感じただろうか。エヴァンジェリンはジェミと視線を合わせて、大きく頷き、気を引き締め直して武器を手に取る。
「皆、力を貸してね」
 番犬達の前に立つソレは、『理不尽』を体現したモノであり、今回の事件の元凶だ。
 しかしもう、恐れる必要は何もない。
 心強い仲間が来てくれた、それが大きな希望を灯し、勇気を与え、心に抱く激情を力に変えて、因縁の敵たるドラグナーとの戦いに身を投じる。

 誰かを守る為に盾となる、それはエヴァンジェリンが時折見せる、自己犠牲的な部分。
 ヨハン・バルトルト(ドラゴニアンの降魔医士・e30897)はそんな彼女に嫉妬を抱くと同時に、不安な気持ちに駆られたりもした。
 他の誰かの為には生きられなかった自分……だから彼女のそうした生き方が、とても眩しく思えて仕方なかったが。
「でも、貴女が貴女の怒りの為に戦うなら……僕は嬉しい。誰の為でなくても僕達はひとりではないから」
 喜びと安堵が入り混じり、ヨハンは口元緩めて、手にした杖を頭上に翳す。
 こうして一緒に協力し合うのも、これで何度目になるだろうかと癒月・和(繋いだその手を離さぬように・e05458)が記憶を巡らす。
 曾てエヴァンジェリンが父と呼ぶドラグナーとの邂逅に、和は今回集った仲間と共に立ち会った。また和自身の宿敵との闘いに、手を貸してもらったこともある。
 肉親を亡くす辛さを知っているからこそ、敵に対する怒りが沸き立つ。だけど自分より、彼女の方がずっとずっと強いと分かっているから――。
「エヴァが想いを遂げられる様に、本当の意味で悪夢から解放される様に……全力で支えるよ」
 そう言って、ヨハンと同じく杖に魔力を注いで掲げると、二人の力が雷を呼び、悪しき力を遮る紫電の壁を張り巡らせる。
「アヴェルシオン、もう一度エヴァを苦しめに来たの? 彼女は昔と同じままじゃないよ。辛いことも乗り越えて、強くなって前に進んでるの」
 エヴァンジェリンがどれほど家族を想っていたか。
 クラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)はその苦しみを見てきたからこそ、全ての元凶たるこの男は絶対に倒すと決意して。この地に漂う霊気を集め、圧縮させた霊力の弾をアヴェルシオンに撃ち込んだ。
「悔いのない戦いを、なんて、僕はとても人に言える生き方をしていない。生憎、僕と彼との違いは立場くらいだ」
 柔らかな物腰で敵と相対するのは、ルーチェ・ベルカント(深潭・e00804)。
 語る言葉は淡々と、しかし確たる信念を内に秘め、オラトリオの乙女に思いを告げる。
「だから伝えるならば……そう。今出せる全力で、肉の一片も残す事なく叩き潰してこい」
 君や君の仲間にエールをくれた人の想いも力に――彼女にそれだけ伝え終えると、鋭利なナイフを抜きながら、アヴェルシオンに斬り掛かる。
 振るう刃は腕を裂き、闇夜に飛び散る赤い血が、ルーチェの頬に掛かって滴り落ちる。
「惨めな方……奪い続ける……そんな事しか、好めないなんて。今のエトワール様から奪う事、貴方では……不可能です。貴方など喰らう程の深潭と、強い絆が沢山……ついていますから」
 純白の翼を生やしたオラトリオの男女が並ぶ姿を見つめつつ、九重・しづか(海柘榴・e42275)は大切な人の為ならと、臆病な心を奮い立たせて、ドラグナーの男に言い放つ。
 そして星の力を宿した剣で星座を描き、光が仲間を包んで加護の力を付与させる。

 ――この戦いが、永い悪夢の『終わり』だと。
 過去の因果を断ち切る為、ケルベロス達は心を一つに合わせて立ち向かう。

●悪夢の花
「君達は騙されているのだよ。その娘の方こそ、災いの種。『悪夢の花』の持ち主なのさ」
 やれやれと、苦笑しながら、飄々とした態度で番犬達に囁き掛けるアヴェルシオン。
 呪力を帯びたその声は、地獄の底から響いてくるかのように重苦しくて。やがて憎悪の念を心に抱き、負の感情に取り込まれ、黒き悪意が精神を次第に蝕んで――。
 だがその直後、周囲に展開された障壁が敵の呪いを打ち破り――番犬達は惑わされることなく、ドラグナーを撃退せんと更なる闘志を滾らせる。
「エトワールさんは強く優しい人ですし、ダチュラとは薬草です。花が、人が、自らを誇り生き抜いてゆくためにも――私達が彼女を支えてみせます」
 男はこうして罪なき人を幻惑し、狂気に堕としていったのか。
 一人の女性の尊厳を、踏み躙って全てを奪う卑劣さに、ヨハンは怒りを越して呆れるが。それ以上に彼女の力になりたいと、杖に祈りを篭めながら、迸る雷の矢弾が敵を射る。
 ――多くの人の幸せを、このドラグナーはどれだけ奪ってきたのだろう。
 故郷は焼かれて良いものではなかったし、父娘は引き裂かれて良いものではなかった。
 ジェミは彼女の心の嘆きを知っている。だからその元凶である男を心底許す心算は無い。
「今は、お前が因果応報という言葉を身をもって学ぶ時――刻印『蛇』」
 十指を虚空に躍らせながら、描くは蛇の形の紋様だ。ジェミはその刻印を物質的に召喚させて、さぁ、捕まえておいで――と、眼前に立つドラグナーの四肢に絡ませ、捕縛する。
 リューデは自身の胸に手を当てながら、エヴァンジェリンとの出会いを振り返る。
 この失われた心臓に、勇気の火を灯してくれた恩人こそが、彼女であった。だから今度は自分が力になって、彼女の苦悩と悲しみを、悪夢をこの手で打ち砕く。その為に――。
「外道が……貴様には地獄に堕ちる価値すら無い」
 敵の欲望を打ち砕かんと、漆黒の槌を振り被り。ドラグナーの不快な顔面目掛けて、全身全霊を込めて叩き込む――そこには一片の慈悲も、容赦もない。

「エヴァとシリルさんを苦しめて、傷つけて……そんな奴が笑ってるのが、今とってもとっても、腹が立つ!」
 クラリスが敵に対する怒りを露わにしながら、紺碧の槌を大砲化させ、狙いを定めて撃ち込めば――頭上に無数の星が瞬いて、次の瞬間、爆発音が派手に轟き響く。
「ボク達の……エヴァの怒りを思い知れ!」
 和が腕を獣化させ、アヴェルシオンの肚に拳を打ち込み、超重力の打撃が命中。
 ドラグナーはウッ、と呻き声を上げ、足がよろめき、体勢を崩す。
「恐怖や狂気如きじゃエヴァを壊せない。その事は、僕が一番よく知っているからね」
 ルーチェが眼鏡の奥の赤い瞳を光らせながら、生じた隙を逃しはしないと、ルーンの戦斧を振り下ろし、閃く刃がドラグナーの肩をザクリと斬り裂く。
「チッ……番犬如きが図に乗るなよ。貴様等全員、俺の炎で灼き尽くしてやる」
 ケルベロス達の攻撃を立て続けに浴びて、アヴェルシオンは先程までの余裕がなくなり、態度を一変。下卑た本性を曝け出し、発する炎が渦を巻き、周囲の全てを燃やそうとする。
「ここはしづかが誰一人として、倒れさせません」
 凛と気高い声音が響き、しづかの全身から光の粒子が花弁のようにはらりと舞い。優しい光の温もりが、炎の痛みを消し祓う。
「――乱れて、散れ」
 リューデの紅蓮の心臓が、脈打ちながら揺らめいて。小さな花弁が、はらりはらりと、敵の頭上に空から舞う。それは彼の髪に咲く白でなく、地獄を宿した炎の赤だ。
 小さな炎の粒がドラグナーの傷に降り積もる。そして内からちりりと灼いてゆき、その身を焦がさんばかりの苦しみを、すぐに味わうことになるだろう。
「エヴァさんは、前よりもずっと強くなった。嘆くだけじゃ無く、立ち迎えるくらいに」
 彼女は悲しみを一度乗り越えている。あの時の彼女の嘆きを知っているから、ジェミは今度も絶対負けないと、信じて願い、茨の闘気で覆った腕に力を溜めて――機械の腕が螺旋を描いて回転し、拳を敵の心窩に捻じ込み、纏った茨が傷を捩って掻き抉る。

●『おわり』と『はじまり』
 ケルベロス達の仲間を想う絆の強さが、敵のドラグナーを圧倒し、ここまで優位な状況で戦いが進む。
「陰陽生じて靄となり、陰陽転じて牙となる。熱く、冷たく――其の眼に灯れ、均霑の焔」
 ヨハンの医術が産み出した、降魔の力で錬成された『焔生む靄』。
 白衣の中からソレを取り出し、用いると。周囲に生じた靄は熱気と冷気を以て、視界を開き、仲間の感覚器官を研ぎ澄ます。
「一瞬で、散らせてあげる」
 愛しき彼の支援を受けて、クラリスが軽やかな動きで間合いを詰める。
 片足を軸にしながら、バレエ・ダンスのように可憐なターン。くるりと華麗に鮮やかに、舞うと同時に繰り出すは、冷気を帯びた回し蹴り。クラリスの蹴りが相手の脾腹に炸裂すると、無数の氷の欠片がまるで火花のように飛び散った。
「クッ……!?」
 手数で攻めるケルベロス達の波状攻撃に、アヴェルシオンは後退りながら顔を歪めて、焦りの色を滲ませる。
「――逃げられると、思った?」
 そこへ和が追い討ちをかけ、雷を帯びた鉱石を仕込んだ銃で狙撃する。
 常に全体を俯瞰しながら戦況を把握し、自身の経験則から相手が次にどこへ移動するかを瞬時に計算。その直前に照準を合わせ、箱竜のりかーが誘導するかのように体当たりして、敵が怯んだ隙にトリガーを引く。
 雷の力を帯びて限界まて初速を高めた一撃は、ドラグナーの脚を撃ち抜き、転倒させる。
「僕、気に入らない相手を弄り殺すのが大好きなのだけれど。君に無様な死を贈るのは、僕の役目ではないから……」
 這い蹲るアヴェルシオンを蔑むように一瞥し、ルーチェが不敵に微笑みながら、隣に並ぶオラトリオの乙女と見つめ合う。
 最後の止めは彼女に、と――その前奏曲となる歌を捧げるべく、甘美な声を響かせる。
 魔力を宿した歌声が、風に運ばれ、まばゆく輝き、閃光が如き光は白炎となって、敵を喰らうかのように燃え広がる。
「……平伏せ」
 荒ぶる炎の嵐が、跪くドラグナーを呑み込んで。その身を劫火に灼かれて、悲鳴を上げるアヴェルシオン。それでも彼の戦意は失われておらず、赤い瞳の色が濃さを増し、射殺すような鋭い視線でエヴァンジェリンを睨め付ける。
「さあ……お前が抱える悪夢を、視せてやろう」

 ――血のように真っ赤な月の光に、目が眩む。
 薄れる意識の中で、彼女が目にした光景は――炎に焼かれる街と人。
 『悪夢の花』と呼ばれた日から、全てが狂って、壊された。
 もはや生きる価値すらないのだと、心は褪せた世界を彷徨うばかり。
 このまま悪夢の檻に囚われて、死ぬまで眠り続けるのだろうか――。

 …………様。
 ……エ……ル様。

 ――不意に、誰かが名前を呼ぶ声がした。

「……エトワール様、わたし達と一緒に帰りましょう……貴女の、大切な場所へ」
 暗闇の中に暖かな光が射し込んできて、聞こえてくるのは、しづかの声だ。
 彼女の癒しの力がエヴァンジェリンを包み込み、悪夢の世界を掻き消していく。
「今こそ、悪夢から目覚める時だ」
 リューデが雷光を帯びた短剣を地面に突き刺し、足元から疾る雷の波の衝撃が、エヴァンジェリンの全身を廻って眠れる力を覚醒させる。
 ――大切な人や故郷を守れなかったことも、悪夢の花だったことも自分の弱さ。
 でも……もう1人じゃない、もう弱くない。皆がいるもの――。
「……アタシは悪夢の花じゃない、暁天の花。夜明けに悪夢は終わるものよ」
 父の遺志と願いを受け継いだ、黒いナイフに祈りを込めて。大きく広げた翼から、放つ光が世界を白く塗り替えていく。
 星瞬く海に、鳥羽搏く空に、命の地平に。其れは巡り行く命の終わりを導く光――。
「その終わりを導きましょう――Au revoir. Aversion」
 全てを無に帰す浄化の光に照らされながら、ドラグナーの身体が崩れて、落ちる。
 地面に転がる肉塊は、黒く焼け焦げ、灰と化し――痕跡も塵も遺さず、消え散った。

「……Merci. 皆」
 宿敵の最期を見届け終えたエヴァンジェリンが、僅かな静寂の後に口を開く。
 父の形見の懐中時計を胸に抱き、静かに微笑み浮かべて、漸く安堵の息を吐く。
 どれだけ永い道程だっただろう。でもこれで、故郷の皆の冥福を心の底から祈れるのだ。
 彼女だけでなく、ここに集った仲間も共に。そっと目を伏せ、ただ安らかなれと。
 祈りは天へ、想いは星へ。愛する人の安息を――。
 悪夢の花を吹聴し、狂気を招いた諸悪の根源。しかしその花こそが、彼自身の悪夢になるとは何たる皮肉な運命か。
 斯くして醒めない悪夢が終わりを告げて、夜が明け、笑顔の花が咲き零れる。
 亡くした過去は戻らない。でも今は、掛け替えのない大切な皆が一緒にいるから。
 あの日から止まったままの時計の針が、心の中で再び廻り、新たな未来を刻み始める鼓動の音が聴こえるのだった――。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年10月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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