百日紅の奇譚

作者:芦原クロ

 夏から秋にかけて、美しく豪華な色の花を咲かせる、サルスベリ。
 赤色、桃色、白色、と花の色もそれぞれ違い、庭園を彩る。
 レジャーシートを敷いて持参した弁当を食べつつ、サルスベリの花を眺めたり、近場のカフェでくつろぎながら、窓ガラス越しに花見を楽しんだり、と。
 来園者は秋の風景を満喫していた。
 突如、穏やかな時間を掻き消すかのように、悲鳴が上がる。
 人々が注目した先には、謎の胞子を受け入れて異形と化したモノが動いていた。
 異形は見る見る内に巨大化し、およそ10メートル以上の高さとなり、幹は見事な程、ツルツルとしたものに変わっていた。
『ノボレル、モノナラ、ノボッテ、ミロ! ダレモ、ノボレナカッタラ、アバレル、ゾ!』
 電柱ほどの高さまで幹が伸びきり、異形は言葉を発した。
 枝がぐにゃりと変形し、一般人を捕まえ、登らせようとしている。
 人々がパニックになったのは、言うまでも無い。

「兎波・紅葉さんの推理のお陰で、攻性植物の発生が予知出来ました。なんらかの胞子を受け入れた植物が、攻性植物に変化してしまったようです。なるべく急いで現場に向かって、攻性植物を倒してください」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が配った資料によれば、一般人は既に、半径300mほど先の場所に、避難しているそうだ。
「暴れさせない為に、百日紅の木に登れば良いのですか?」
「はい、そうなります。ただし、通常のサルスベリよりも、幹は数倍も滑るようです。色々な工夫を凝らして、攻性植物が決めたゴール地点……一番高い梢ですね。そこまで登ってください」
 兎波・紅葉(まったり紅葉・e85566)の問いに、詳しく答えるセリカ。
 誰か1人でも登りきれば、攻性植物は逃亡する気力も失うほど、弱体化するようだ。
「飛行してゴールに辿り着く、のは違反とみなされるかも知れません。この攻性植物は、登ることに執着しているようですし」
 つまり、ケルベロスの運動能力が、試される時が来たのだ。
「無事に討伐を終えたら、休息するのも良いですね。サルスベリの花は見頃ですし、お弁当を用意したり、カフェでゆっくりして大丈夫ですよ」


参加者
バジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)
笹月・氷花(夜明けの樹氷・e43390)
柄倉・清春(あなたのうまれた日・e85251)
兎波・紅葉(まったり紅葉・e85566)
リサ・フローディア(メリュジーヌのブラックウィザード・e86488)
 

■リプレイ


(「サルスベリか、上手に登るのは大変そうな攻性植物ね。まぁ、弱体化できるのなら、頑張って登ろうかな」)
 巨木と化したサルスベリの、太い枝にロープを掛ける、リサ・フローディア(メリュジーヌのブラックウィザード・e86488)。
(「私が危惧していた攻性植物が本当に現れるとは……でも、被害が出る前に何とか出来るようだったら、何よりですね」)
 兎波・紅葉(まったり紅葉・e85566)は攻性植物を見上げ、スパイクの付いた靴に履き替える。
 メンバー全員が同時に登っても、びくともしないだろう。
 それ程に、サルスベリの幹や枝は巨大化していた。
(「滑りやすいサルスベリだから、結構難しそうだね」)
 笹月・氷花(夜明けの樹氷・e43390)は、幹に触れてみる。
 通常のサルスベリよりも何倍はあろう、樹皮のすべりやすさ。
 幹に触れた手が、つるりとすべって、氷花は難色を示す。
『ノボレル、モノナラ、ノボッテ、ミロ!』
 無理だろう、と。まるで挑発するかのように、攻性植物が大声を出した。
(「あまり木登りはしたことが無いですので上手く登れるかどうか、不安ですね」)
 不安を抱えるバジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)には、ゴール地点の梢が遥か遠くに見える。
「短足だから木登りとか無理だろ。大人しく下に待機」
 柄倉・清春(あなたのうまれた日・e85251)は容赦なく、黒電波くんの足の短さを指摘。
「万が一メンバーが落ちたらフォローに回れよ」
 的確な指示を出し、清春は覇炎殻獣アルトカデンツァを装着。
「皆、ここは誰が一番に登れるか競争しないかしら?」
 リサが不意に、思いついたことをそのまま言葉にして、メンバーに問う。
「ははっ、面白そうだねぇ」
 女性に対しては、優しいチャラ男になる清春が、真っ先に賛成する。
「うん、楽しそうだね」
「滑らない様に気を付けながら、頑張って登りましょう」
 氷花とバジルが答え、紅葉は巨木とメンバーを何度か見てから、頷く。
「が、頑張ります……!」
 真剣な表情で頷き、ツリークライミング用の軍手を着けた。


「随分と滑りが良さそうな木ですね、猿でも滑ってしまいそうです」
『ダレデモ、スベル、ゾ!』
 紅葉が率直な意見を述べると、それに素早く返答して来る。
(「木登りなんて久しぶりだなぁ、まだ上手く登れるかな?」)
 氷花は少しわくわくした気持ちを抱き、凍える夜の刃を樹皮に深く刺す。
「どんどん登るよー」
 刺したナイフの柄に足を乗せ、足場にしながら次のナイフを刺す。
 軽快な動作で、少しずつ登ってゆく氷花。
「木登りは得意だから、任せておいてね」
 自信に溢れた表情で微笑み、上手く狙い、投げたロープを太い枝に絡める。
 何度かロープを引っ張り、しっかり引っ掛かっているのを確認してから登ってゆく、リサ。
「壁歩きを使えば効率的かもしんねーけど……こういうのは、自力でやらねーと楽しさ半減だかんな」
『ジブンノ、チカラト、ドウグデ! ノボッテ、コイ!』
 清春の呟きに対し、攻性植物が言葉を発した。
「つーか、こいつは痛くねぇのか?」
 縛霊手の刃の部分を思いっきり深く刺しても、それについては、うんともすんとも言わない敵に、少し疑問を抱く、清春。
「登る度に色々言われたら、集中力が消えてしまいそうなので有り難いですね」
 束縛する薔薇の蔦を伸ばし、枝に絡みつけ、伸縮させながら慎重に登ってゆく、バジル。
(「一般人の生死が関わっているからには、頑張って行きましょう!」)
 バジルの足が樹皮につくと、つるりとすべるが、鎖状に連なっている蔦さえ離さなければ、落下することは無い。
「少し、一休みしましょう」
 まだ半分も過ぎてはいないが、軍手とシューズだけで登っていた紅葉は、枝の上に乗って休憩を挟む。
「先はまだまだ長いわね」
 ロープだけで挑んでいたリサも、紅葉の隣に腰掛け、共に休み始めた。
 ナイフを刺して登っている為、螺旋を描くようにして上へ向かっていた氷花が、丁度、清春の上に来る形となる。
「いや、見てえけど……うおおぉ、悩む!」
 さっと顔を反らし、苦悶している清春を、やや驚いた表情で見る、バジル。
「柄倉さん……こんな状況なのに」
「仕方ねぇだろ!? 可愛くて綺麗な女性が、こんなに居るんだぜ?」
 むしろバジルのほうが何故平気なのかと、言いたげな清春。
「地球人って面白いわね」
「いやいや、違うよ? 戸惑ったけど、まだ見てないからねー」
 余裕たっぷりの笑みを浮かべながら会話に加わる、リサ。
「まだということは、これからなのでしょうか……?」
 紅葉までも真面目な表情で尋ねて来た為、慌てて否定する、清春。
 あまりにも慌て過ぎた為、そのまま落下してゆく、清春。
「スリルのある木登りだな」
 清春は身軽に着地し、深く息を吐いた。
 子供の頃、しょっちゅう木登りをしていたお陰か、着地も慣れている。
 大人になってからの木登りは、清春にとって、失敗も成功も楽しめるようだ。
「下から、楽しそうな声がするね。あ、2人とも同じ場所で休んでる。いいなー」
 途中の枝に座り、体力を温存する為に休憩しだした氷花が、友人のリサと紅葉を見て、羨ましがる。
 そして、一番下に居る清春に気付く。
「あれ? 柄倉さん、結構登ってたよね?」
「柄倉さんは、邪念と戦っていたので……」
 首を傾げる氷花に、そっと伝える、バジル。
「邪念て! 聞こえてんぞ、バジルー。笹月ちゃん、気にしないでねぇ」
 再び登り始めながら、同性のバジルに対しては不満そうに、異性の氷花に対しては優しい声をあげる、清春。
「私たちも、木登りを再開するわね」
「一気に登って行きます」
 リサと紅葉が休憩を終え、紅葉は木の窪みを探し、そこへ足を入れて上手く登り始める。
「随分高いサルスベリですね、下を見たら怖いです……」
 半分を過ぎた頃、紅葉は無意識に下へ視線を向け、その高さに、フルフルと身を震わせた。
「あわわー、怖いなぁ。ナイフが途中で抜けたりしないかな?」
 氷花も高さを気にし始め、ナイフを刺す動きが慎重になる。
(「無駄な汗かくのは嫌ぇだが、苦労するほど頂上からの景色も感慨深いっつーやつだろ」)
 清春は刃を深く突き刺し、更に力を込め、大きくジャンプ。
 空中で素早く、縊塚を頭上の枝に向けて投げ、軽々と枝の上へ移る。
「お、なんか忍者っぽくね? 久しぶりに、っぽいことしたわ」
 枝の上で満足そうに笑ってから、あと少しのゴール地点を目指す。
(「皆の中で、誰が最初に辿り着けるかな」)
 ロープを支えと命綱の役割にしつつ、楽しそうに登り続ける、リサ。
「見事、てっぺんまで登ったよー」
 真っ先にゴールしたのは、氷花だ。
 続いて、リサと清春がほぼ同着。
「ははっ、高ぇなぁ。絶景絶景!」
 一番上の梢に座り、どこからか取り出した炭酸飲料を飲み、一休みする清春。
 紅葉と、少し遅れてバジルが登りきった。
『ゼンイン、ダッテ!? スゴイ!』
 称賛の声をあげて以降、沈黙する敵。
「おっ、戦闘の頃合いじゃねえの?」
 清春がメンバーに声を掛け、各々、今度は地上を目指して下り始めた。
 全員下りても、敵は無反応だ。
「弱体化してるみてぇだし、気張らず適当にな」
 真っ先に攻撃を仕掛ける、清春と黒電波くん。
「さぁ、この鎖で縛ってあげますよ!」
 伸ばした鎖で敵を締め上げる、バジル。
「自然を巡る属性の力よ、仲間を護る盾となりなさい!」
 エネルギーで盾を作り出す、リサ。
「この一撃で、氷漬けにしてあげます!」
「後は攻性植物を倒すだけだね。その身を、焼き尽くしてあげるよ!」
 紅葉が強力な一撃を放ち、続く氷花は炎を纏った蹴撃を叩き込む。
「遠隔の爆破です、吹き飛んでしまいなさい!」
 精神を集中させ、バジルは敵を爆破。
「月の様に華麗な斬撃を、見切れますか?」
 ゆっくりと弧を描き、紅葉が鋭い斬撃を放つ。
「雪さえも退く凍気を、食らえー!」
 凍気を纏わせた杭を突き刺し、敵を凍らせる、氷花。
 敵は砕けた氷と共に霧散して完全に、消滅した。


 戦闘を終えると、一般人の避難も解除され、庭園に穏やかな光景が戻る。
「一仕事終えたら昼寝ってのも、最高の贅沢だな」
 清春は芝生の上へ、寝転がりながら呟く。
「お弁当を用意してみました、自慢の料理は卵焼きとタコさんウインナーです。良かったら皆さんお召し上がりくださいね」
 紅葉が仲間たちに声を掛けて、お弁当を差し出す。
「兎波ちゃんの手作り弁当? 喜んで食べるよー」
 ガバッと急いで起き上がり、笑顔でお弁当を受け取る、清春。
「ありがたく頂くわね」
 カフェで何か飲食しようと思っていたリサは、美味しそうな料理を見て、その場に留まる。
「卵焼きもウインナーも、凄く美味しいです!」
 バジルは喜んで感想を伝え、食を進める。
「わぁ、卵焼きがふわふわして美味しいな。このウインナーも焼き加減が絶品だよ!」
 サルスベリの花を眺めつつ、氷花も美味しそうに卵焼きを頬張った。
「こうやって美味しい物を食べながら、のんびりとサルスベリの花を見れるのって、素敵な時間ですね」
 秋の風に揺れるサルスベリの花々を眺め、バジルは満足そうに言葉を残した。

作者:芦原クロ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年10月16日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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