ジュモー最終決戦~幾何乱すべし

作者:天枷由良

 ――空をも埋め尽くさんばかりの機械群。
 何処か竜と似た姿のそれは、満ち満ちたエネルギーを眼下に向かって解き放つ。

 宮城県石巻市、長面浦。
 その湖底の下に隠されている拠点と“ジュモー・エレクトリシアン”を粉砕すべく、ダモクレスの精鋭部隊が攻撃を始めたのだ。
 騎士然とした風貌の指揮官“インペリアル・ディオン”の号令一下、百体近くの類型機と共に砲撃を行うのは、精鋭配下たる『四学科』の一機にして『幾何学』の名を冠する“ゲオメトリア”である。
 圧倒的な攻撃力は湖水を蒸発させ、拠点を形成する“ユグドラシルの根”までも暴く。まるで繭の如く球形に纏まったそれには大穴が開き、暴食機構グラトニウムの一団がすぐさま修復を行うべく現れたが、インペリアル軍もすかさず木々で形成したような球体を落とす。
 両軍はせめぎ合い、その隙をついて弦楽器風の装備を携えたダモクレスたちや、潜入工作員を絵に書いたような姿のダモクレスたちが拠点へと突入していった。
 そして、彼らを悠然と見送るゲオメトリアの部隊は、次なる攻撃に備えてエネルギーの充填へと移る。湖を一瞬で枯らす程の大火力が再び炸裂すれば、ジュモーの拠点がどうなるかなど容易に想像のつく事だろう――。

●ヘリポートにて
 先だって行われた強襲作戦の成功により、宮城県の八景島(やけいじま)に存在したジュモー・エレクトリシアンの屍隷兵製造拠点は完膚なきまでに破壊された。
 同時に、ジュモーの配下として拠点を指揮していた“機界魔導士ゲンドゥル”がダモクレス本軍のスパイであった事も判明。
 ゲンドゥルはジュモーを裏切り者と罵りつつ、その真なる拠点をケルベロスよりも先に突き止め、全ての研究成果を奪取して討ち滅ぼすと言い放ち、姿を消した。
「――そして、ダモクレスは宣言通りの行動に出たわ」
 ミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)は語り、手帳の頁を捲る。
「十二創神“アダム・カドモン”の近衛軍を率いる軍団長の一体、個体名“インペリアル・ディオン”に率いられた精鋭軍が、八景島の対岸にある『長面浦(ながつらうら)』に侵攻。汽水湖である長面浦を蒸発させるほどの勢いで砲撃を始めてしまったのよ」
 ケルベロス側でも八景島周辺の調査・捜索は行われていたのだが、残念ながらダモクレス勢力に先を越されてしまったようだ。
 しかし、これは好機と受け取る事も出来るだろう。ダモクレス精鋭軍とジュモー軍の争いを上手く利用できれば、両者の目論みを共に打ち砕けるかもしれない。
 また、ダモクレス側の目的がジュモーの打倒と研究成果奪取である以上、ケルベロスたちの作戦が上手くいかなかったとしても、直接的に大きな損害が出るとは考え難い。
「さすがにインペリアル・ディオンの撃破までは難しいでしょうけれど、配下部隊に打撃を与える事も出来るはずだわ。すぐに長面浦へと向かい、ダモクレスたちの争いに介入しましょう」

 作戦に臨むケルベロスたちは、幾つかの役割に分かれて動く事となる。
「皆にお願いしたいのは『幾何学』ゲオメトリア率いる部隊への対応よ」
 インペリアル・ディオン配下の『四学科』に名を連ねるゲオメトリアは、殲滅力に秀でたインペリアル軍攻撃部隊の指揮を務めている。
 一斉砲撃後は空中で待機しており、次なる攻撃に必要なエネルギーを溜めているようだ。
「準備が完了した後、戦況がケルベロスの優勢に傾いていれば、ゲオメトリア軍はケルベロス諸共、ジュモーの基地を破壊しようとするかもしれないわ。……ジュモー打倒を目指す突入部隊や、彼らの退路を確保する部隊などの安全を確保する為にも、ゲオメトリア軍による広域殲滅攻撃は阻止したいところよね」
 幸い、ゲオメトリア軍には二つの弱点がある。
「一つは短い間隔での攻撃、つまり連射が不可能であるという事。そしてもう一つは、ダメージを受けたり攻撃行動を行うとチャージがリセットされてしまうという事よ」
 百機に届くかという敵軍に対して、此方が投入可能な部隊数は二つ。比べるまでもなく戦力差は歴然であり、ゲオメトリアには一太刀浴びせるのも至難の業だろう。
 従って、ケルベロスたちの作戦はゲオメトリアやその配下を尽く撃破するものではなく、上手くエネルギーチャージを邪魔した後、急いで離脱するのが基本路線となる。
「一斉砲撃は湖をも消し飛ばすほどの大火力。炸裂すれば、何もかもが“おじゃん”になってしまうかもしれないわ。気を引き締めて、敵の大部隊に当たりましょう」

 ミィルは手帳を閉じると、僅かに間を挟んでから言葉を継ぐ。
「アダム・カドモンの近衛軍が動いているということは、ダモクレス勢力そのものに大規模な動きがあると見てもおかしくはないでしょう。……いずれ来る時の為にも、なるべく大きな成果が挙げられるよう、個々の役割をしっかりと果たしましょうね」


参加者
ウィッカ・アルマンダイン(魔導の探究者・e02707)
霧島・絶奈(暗き獣・e04612)
ティユ・キューブ(虹星・e21021)
イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)
プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)
浜本・英世(ドクター風・e34862)
エルム・ウィスタリア(薄雪草・e35594)
遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796)

■リプレイ


「……すごいね」
「凄まじい火力ですね……」
 イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)と、ウィッカ・アルマンダイン(魔導の探究者・e02707)が密やかに言葉を交わす。
 彼女たちの前方には広大な窪みが覗いていた。其処は、ほんの少し前まで長面浦と呼ばれる汽水湖であるはずだった。
 しかし、その空間を満たすべき水は一滴たりとも残っておらず、乾いた湖底に現れた繭の如く絡み合うユグドラシルの根――ジュモー・エレクトリシアンの拠点には、巨大で歪な影が差している。
「……ものすごく沢山いますね……」
 視線を空へと移したエルム・ウィスタリア(薄雪草・e35594)が呟く。
 皆倣って彼方を見上げれば、秋空の只中に漂うのは竜とも蛇ともつかぬ形の兵器群。
 インペリアル・ディオン配下『四学科』の一機にして『幾何学』を冠するダモクレス、その名も“ゲオメトリア”と、それが率いる広域殲滅攻撃部隊である。
 事前の情報通り、目算で百機。大きさはゲオメトリアが20mほど、量産機らしき方は10mくらいか。それらは放熱板のようにも見える翼じみた背部装備や、うねる脊柱の如き体躯のそこかしこに走るラインから水色の光を放ちつつ、指揮官ゲオメトリアを最前列に置いた三・三・四の割合で隊伍を組み、不気味なまでの静寂を保っている。
「あれがもう一度本気になったら、大変な事になっちゃうね」
 プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)の台詞には幾つもの無言の肯定が返る。
 ゲオメトリア隊の砲撃は、湖一つを容易く干上がらせてしまう程の威力。その全てが再び炸裂すれば、湖水に隠されていた拠点は突入済みのケルベロス諸共、塵と化す。
 だが、方々で戦いの火蓋が切られてからこの数分、木々の陰から窺う敵軍に変化はなく。一度仕掛ければ後には引けなくなるが故に、二度目の一斉砲撃を防ぐべくやってきたプランたちも未だ様子見を続けている。
 その時間はもどかしくもあるが、しかし無益ではない。
「……如何でしょう?」
 テレビウムを傍らに置いた霧島・絶奈(暗き獣・e04612)の問いは、イズナとウィッカに向けられたもの。
 遠距離射撃と離脱を繰り返す作戦で敵軍全てを絶えず砲火に晒すとすれば、狙撃手を務める三人の狙いは分散すべきであり、その指標として眼力が示す数値以上のものもない。
「――じゃあ、最初はわたしが真ん中で、絶奈が後ろ、ウィッカが一番前、かな」
「そうですね。後は順に送りつつ、適宜対応するとしましょう。特にゲオメトリアのみを優先する必要に迫られた場合は、私が霧島さんとイズナさんのフォローに回りますので」
「ええ。連携は密に、決して油断せず、任務遂行に尽力しましょう」
 打ち合わせを終えた三人は、じっと敵群を見据える。
 ヘリオンデバイスの恩恵を受けて尚、眼力から量る指揮官ゲオメトリアの実力は言わずもがな。
 量産機でさえも――特に中段を形成する三十機が侮りがたい数値なのは、やはり近衛の一翼を担う部隊だけはあるという事か。
「……それにしても。こんな大勢で押し掛けられるとか、ジュモーってばモテモテねぇ」
 遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796)が張り詰めた空気を解すように言えば、浜本・英世(ドクター風・e34862)も口を開いた。
「そうするだけの理由があるのだろうね」
 裏切り者の処断と、研究成果の奪取。
 どちらにより重きを置いているのかはさておき、十二創神アダム・カドモンの近衛軍が出向いてきたという事実からは、ダモクレス本軍の姿勢も窺えよう。


 それから程なく。
 ケルベロスたちが注視する敵は、控えめに放っていた光を黄緑色へと変化させた。
 規律正しい陣形や沈黙は依然として守られているが、彼らは目的に向けて一歩、着実に前進したと見える。
「それじゃあ、そろそろ引っ掻き回しに行こうか」
 ボクスドラゴン“ペルル”を抱えて、ティユ・キューブ(虹星・e21021)が告げた。
 得物は各々、既に手の内。エルムの足元から伸びるチェイスアート・デバイスのビームも全員と絡み、同じ使命を課せられたもう一つの班とは、プランがマインドウィスパー・デバイスでの連絡を終えている。
 準備万端。ケルベロスたちはまだ潜んだままで慎重に狙いを定める。
 標的は作戦通り、敵軍全て。
 その敵軍に向かって、別行動の仲間たちが一足先に空中戦を挑む様が見えた。
「よーし、じゃんじゃん呪っちゃうわよー!」
 篠葉が楽天家らしく気合を入れる。
 刹那、八人は各々の力を解き放った。
 ウィッカとイズナの手元からは燃え盛る大火球が飛び立ち、その着弾と共に絶奈が送り出した不可視の地雷が合わせて炸裂。
 熱も冷めやらぬ内にプランが新たに生み出した火球は、ティユが展げた星の輝きに導かれ、ゲオメトリアの間近で激しく燃え盛る。
 さらに続けて、エルムが氷結輪から冷気の嵐を噴出させれば、猛撃に晒された幾つもの量産機が全身に帯びる光を再び水色へと戻した。
 それがチャージ状態の解除を示しているであろう事は疑う余地もないが、しかし。
「滑り出しは上々……とも言えないか」
 星の輝き宿す魔力柱の加護を後衛へと授ける傍ら、英世は眉を顰める。
 火球や氷嵐から逃れた敵機は、放つ光を黄色へと変化させていた。
 その段階が幾つあるのかは推し量るしかないが――此処までの様子に「斯くあるべし」と想像を加えれば、黄の次は黄赤ないし橙、その後に赤だろうか。
 ともかく、万が一にもその輝きで空が満ちれば、ケルベロスたちは大きな代償を払う羽目になる。
「まだまだ! 私の呪いパワーも……喰らいなさい!」
 まずは攻撃で貢献すべしと、癒し手の篠葉も自我で形作る無数の黒鎖を放出した。
 まるで一つ一つに意志があるかのようなそれらが齎す成果を待って、ケルベロスたちは長く潜伏していた地点から、疾く軽やかな足取りで駆け出す。
 そうして木々の合間を縫うように進みながらも、視線や意識は敵群へと向け続ければ。
 反撃は――ない。弾丸一発、ビームの一本くらいは飛んでくるかと思われたが、百機の敵は被弾の有無に関わらず、皆一様に回避行動をとるばかりだ。
「拍子抜け……とまでは言わないけど。どういうつもりなのかな?」
 ティユがペルルを抱いたままで呟く。
 あれだけの大軍とまともにぶつかっては勝ち目も薄い。だからこそ、いきなり苛烈な反撃に晒されなかったのは幸いと言えるだろうが――。
「もしかして、必死に走ってる私たちのこと馬鹿にしてる!?」
「あれはユーモアなんて持ち合わせていないよ。でも、試しに聞いてみる?」
 憤慨する篠葉に答えて足を止め、プランが態勢を整えた。
 敵がどのような考えであれ、攻勢を緩める理由にはならない。
「ホラーの旬は過ぎたけど、ハロウィンが近いね。……少し怖がらせてあげようか」
 これは好みでないけれど、と嘲笑うような声の後に「トリックオアトリート?」と続けて、木陰から躍り出たプランの存在は、機械軍団に確実に捉えられたであろう。
 もっとも、それはサキュバスの扇情的な風貌でなく、直視するのも躊躇うほど醜悪な怪物の姿として。
 正気を一瞬で掻っ攫うような恐怖は血の通わない鉄さえも震わせて、触れてもいない彼方の敵の寡黙な努力は、また少し水泡に帰した。
 とはいえ、チャージ状態を継続している敵機の方がまだ遥かに多い。元より大軍であるから、当然と言えば当然であるが。
「避けるんじゃなくて、反撃してくればいいのにね」
 壁役の気合充分で居たティユが、ぼそりと呟きながらまた星光を空に映した。
 それを見つめながら、英世はメリュジーヌハープを構えて。
「下手な演奏ですまないが、踊って頂こう」
 謙遜から始まった一筋の旋律は、すぐにエルムの奏でるものと重なって、戦場という五線譜に混迷の音色を連ねていく。
 その惑いはイズナの腕輪から黄金の雫が滴るにつれて、より一層深く、深く。
「ねえ、チャージなんかしてていいの? 邪魔しなかったら退いてもいいんだよ?」
 嘲るようにイズナが問えば、水色に光る数機の敵が此方へと向き直った。
 だが、やはり反撃は来ない。
 たった一度でもそれを試みれば、エネルギーチャージに差し障る。彼らの目的が基地破壊である以上、脊髄反射でケルベロスたちへの敵意を形にするよりも、溜めた力が無駄にならないよう堪えるべきと判断しているのだろう。
「あくまでも任務優先、ということですか」
「彼方がその気なら、此方も間断なく攻めるだけです」
 無価値な笑みに乗せた冷ややかな眼で敵を射抜き、絶奈が言う。
 ウィッカも頷き返せば、眼前に描いた五芒星へと力を注ぐ。
「雷よ! 我が前に立ちふさがる者どもを束縛せよ! ――カラミティスパーク!」
 地上から天空へと逆さに降る雷は、逃げ回る敵機の幾つかを捉えた。


 それからも暫しの間、傍目には一方的な攻勢が続いた。
 広く浅くの攻撃で与える損耗は僅かだが、チャージ阻害は一定の成果を上げている。
 しかし、延焼や凍結による二次被害は思うほどの効果でなく、錯乱した敵機の同士討ちなどは全く見られていない。
 更には敵方に動きがないが故に、即座の反撃を予想してのヒット&アウェイや、それに付随する欺瞞作戦――ケルベロス側の戦力を過大評価させようとする策も、やや徒労に終わっている感は否めなかった。
「もう少し動揺してくれるかと思ったんだけどね」
「不確定な事象を過剰に警戒する事で、当初の目的が遂行不可能になる状況こそ愚と思考しているのでしょう」
「……“もしかしたら”を怖がりすぎないようにしている、ということですか?」
 苦笑するイズナに絶奈が返せば、その言わんとするところをエルムは自分なりに解く。
「そういう事でしょう。仮にまだ伏兵が居るなら、出てきてから対処すればいいと」
「頭の固い連中ね! 呪われてると思ったら振り返ったりするでしょ、普通!」
 続くウィッカの言葉に、篠葉は地団駄を踏むような台詞を吐きながら黒鎖を飛ばした。
 念動力――否、呪いの力にて自在に動くそれは、やはり数機の敵を捉える。
 けれども、全てではない。
 敵群に異常を起こす事より、ケルベロスたち自身の精度や破壊力を更に高めていれば或いは――などと、嘆く暇もなく。少しずつ少しずつ積み重なったごく僅かな撃ち漏らしは、ついに幾つかの敵機を恐ろしげな色へと変えた。
 赤というよりかピンクじみたそれは、とてつもなく邪悪な輝きに見える。
「ティユくん!」
 英世がそう呼びかけるよりも早く、仲間たちの命中率向上に励んでいたティユが攻撃に打って出た。
 此処に至っては手数を求める他にない。光を彼方の宙へと並べ、描いた星座の輝きに量産機を包み込んで焼き払う。
「この武器は相性良いと思っていたんだよね」
 サウザンドピラー。ヘリオンデバイスの実戦投入と同時期に使用可能となったそれは、元より星を生み出して戦うティユに遥か昔から扱っているものと錯覚するほど熟れた感触を返していた。
 とはいえ、その満足感と戦果が等しくなるとも限らない。眩い輝きの失せた空にはまだフルチャージ状態の敵が居て、ケルベロスたちは慌ただしく其処へと攻撃を集中させていく。
 爆炎、黒鎖、ミサイル……様々な形で炸裂するケルベロスたちの意志は、一先ず敵の砲撃を押し留める。
 だが――。
「……っ、どうして……!?」
 エルムが思わず呟く。最初期に被弾した者たちが未だ水色の光を放っている一方で、禍々しい色に達していた敵は黄色の状態に留まっているのだ。
「……当たりどころが良くなかったかな?」
「だったら、もっともっと呪って――!!」
 訝しむプランに、息巻く篠葉が言い捨てて鎖を振るおうとした瞬間、今度は空から雨霰と弾丸が降り注いだ。
 チャージを諦めたのか、水色の敵機が幾つか此方へと迫ってくる。
 すかさずティユとペルル、絶奈のテレビウムが盾になるべく最前に躍り出れば、受けた被害はかすり傷程度。
 けれど、ケルベロスたちには“現在”より“未来”が伸し掛かる。敵が反撃を決断したのなら、癒し手の篠葉は勿論の事、ティユや英世、エルムなど攻守両面に備えた者たちの手も少なからず守りに振らなければならなくなるはずだ。
「些か、綱渡りになりそうだね」
「正念場、と言い換えましょう」
 英世の言に返して、絶奈が笑みを歪めた。
 その眼前に展がる魔法陣から突き出た“輝ける槍の如き物体”は、最も危惧すべき敵――ゲオメトリアの色を、辛うじて黄色へと戻した。


 それでも全く油断は出来ない。
 一際高い機動力で攻撃を掻い潜るゲオメトリアには絶奈やイズナの攻撃を集中させたいが、さりとて、そればかりを気にして中・後衛の妨害を怠る訳にもいかず、治癒を軽んずれば徐々に増えてきた敵の攻撃で狙いが狂う。
 空中戦を挑んでいる仲間との連携を加味しても、先に英世が言った通りの綱渡り。チャージ完了と間際での妨害を繰り返すような、一進一退の攻防が――いや、第三者の立場から現状を眺めれば。
「……不利なのは僕たちか」
 焦燥を滲ませながら、エルムが忌々しそうに空を見やった。
 飛び交う機械兵の数と不気味さに、目眩がしそうなのを堪えて立てば、鉄の礫に混じって雪が降る。それらは仲間たちを癒やし、守る盾だ。
 しかし、あとどれくらい守れるだろうか。
 ギリギリの戦いは思考すらも蝕んでいく。
 降る雪のように、静かに。

 其処に希望が差し込んだのは、仕掛けてから10分が過ぎようかという頃。
「皆、あと少しだよ」
 最小限の情報量で語ったプランが、続けて拠点突入班の撤退開始を告げる。
 彼らが安全圏へと逃れるまでの僅かな時間を稼げば、未だ一機たりとも敵を落としていなくても。
「こっちの勝ちだよ。だから、ゲオメトリアだけは何とかしなきゃね」
 空で戦う仲間にも同じ思念を送れば、プランの元には「了解!」と勇ましくも可憐な声が返る。

 かくして気合を入れ直したケルベロスたちは、ゲオメトリアに殆どの力を集中させた。
 英世が構成した虚像の機械兵団などは、諸共蹂躙せんと前衛の量産機も削り取って。
 空の仲間たちも猛撃を加えれば――水色から黄色に保たれた一群とは別の方から、尋常ならざる熱量が襲い来る。
 状況を理解したゲオメトリア側が、せめて直近の十六人だけでも屠ろうとチャージ攻撃の発動を許可したのだろう。
 その威力たるや凄まじく、量産機の幾つかが放つものだけでテレビウムが吹き飛んだ。
 ゲオメトリアに砲撃を許していれば、一部隊が丸々消し炭になっていたかもしれない。
 だが、所詮は起こり得なかった未来の話だ。
「ごめんね!」
 さすがに砲火で傷んだ自然を癒やす余裕はない。
 離脱の最中、イズナは木々に向かって声を上げた。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年10月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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