その砲撃はただの一度で湖水を蒸発させ、湖底の更に地下に隠されていたジュモーの拠点を露わにした。
インペリアル・ディオン軍率いる『幾何学』ゲオメトリアによる一斉攻撃である。まるで容赦のない先制攻撃によって、八景島の真向かいにある石巻市長面浦は一瞬にして廃墟と化した。
「――――」
攻撃された拠点を守るため、十数体もの暴食機構グラトニウムが強引にこじ開けられた穴から現れる。
だが、これをほぼ同数の『天文学』スファイリカが迎え撃った。空に浮かぶ奇妙なる球体機械は落下の衝撃でグラトニウムを押し返し、侵入のための道を切り拓く。
いけ、とインペリアル・ディオンは拠点を指差す。
頷き、侵入を果たす『整数論』アリトメティカと『音楽学』ムシュケーの2体。彼らの姿はやがて拠点内部へと消え、後には激しくぶつかり合うグラトニウムとスファイリカの攻防が続いていた。
「先日決行された強襲屍隷兵製造拠点の成功によって、ジュモーによる屍隷兵の製造は完全に断たれました。参加された皆さんは大変お疲れさまでした」
セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はそう労った後で、さらに得られた情報を告げた。
「それはジュモー・エレクトリシアンの配下として拠点を指揮していた存在に関するものです」
――機界魔導士ゲンドゥル。
攻性植物に与していると思われたその配下は、実はジュモーと敵対する立場であることがわかったのである。
「ゲンドゥルはジュモーを裏切り者と呼んでいました。そして、ジュモーを滅ぼすとも」
その言葉通り、インペリアル・ディオンなるアダム・カドモンの近衛軍団長に率いられたダモクレスの精鋭軍が湖に姿を隠したジュモーの拠点に攻撃を開始した。
「皆さんにはこの戦いに介入して頂き、ジュモーの研究成果とジュモーのコギトエルゴスムをインペリアル・ディオンに渡さないように破壊してほしいのです。場所は、宮城県石巻市の長面浦」
「他の班が拠点に突入して活動する間、退路の確保が必要です。拠点の防衛を担うグラトニウムを襲っているのは耐久力と自己回復力に秀でた『天文学』スファイリカ。全てのグラトニウムが撃破されてしまった場合、拠点からの退路が遮断されてしまう危険があります。両者の戦いに介入し、作戦成功まで決着を引き延ばせれば僥倖ですが、今回は4班がこの作戦に当たることになりました。味方が多い戦場ですので、うまくいけばスファイリカの撃破も目指せるでしょう」
「たとえジュモーを倒せても、退路を断たれてしまっては脱出もままなりません。それに、今回はダモクレス軍の精鋭が顔を見せた絶好の機会です。もしかすると今後大きな動きがあるのかもしれません」
だとすれば、できるだけその戦力を削っておきたいところでもある。
敵は『天文学』のスファイリカ。インペリアル軍防衛部隊指揮を執る、『四学科』のうちの一機である。
参加者 | |
---|---|
ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813) |
据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357) |
リビィ・アークウィンド(緑光の空翼騎士・e27563) |
美津羽・光流(水妖・e29827) |
エマ・ブラン(ガジェットで吹き飛ばせ・e40314) |
●ケルベロス、介入
「これは……!」
まさしく両雄激突する戦場に滑り込んだエマ・ブラン(ガジェットで吹き飛ばせ・e40314)は容赦の無いスファイリカの猛攻に耐えるだけで精一杯のグラトニウムの現状を見て凛々しく叫んだ。
「一刻の猶予もないって感じだね。さっそく作戦通りにいこう!」
「ああ、いくで」
美津羽・光流(水妖・e29827)の桜花剣舞がグラトニウムに気を取られているスファイリカの背中に流麗なる刃跡を刻み付ける。
「そら、こっちや」
できるだけ、グラトニウムは巻き込まないように――。
「どんどんいくで。もたもたしとる暇ないんでな」
空間を十字に切り裂いた先から顕れる楔の名を、最果てと呼ぶ。球体の深部にまで深々と突き刺さった氷の楔は治癒の効率低下を引き起こし、呻きに似た軋音を響かせる。
(「光流さんかっこいい……あっ、駄目だそういうの考えないようにしないと……」)
うっかりマインドウィスパーが個人的な感情を拾ってしまわないようにウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)は目の前の戦闘へ集中するよう心掛ける。
「レニ、もっと後ろにおってええよ」
光流にちょい、と指先でジェスチャーされたウォーレンは微笑を浮かべて何事もなかったかのように敵から距離を置きながら――指先で小さな円を描いた。冥府の雨。濡れた敵は重たそうな仕草で巨体を揺すった。
「本体は――」
すると、目視でも確実に他よりも大きいことがわかる1体に目が止まる。
「あれかな」
「では、試してみるとしましょうか」
据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)が御霊殲滅砲による攻撃を与えたところ、さきほどの個体だけ明らかに傷が浅い。
「間違いありませんね」
「それじゃ、他班に連絡を入れるよ」
初めてでも、ウォーレンはうまくマインドウィスパーを使いこなした。
「よもや、デウスエクス同士の抗争に首を突っ込むことになろうとは」
赤煙のぼやきにリビィ・アークウィンド(緑光の空翼騎士・e27563)も小首を傾げて同意する。
「厳しい戦いになるでしょうね。でも、皆さん無理はしないでくださいね」
「ええ、頼りにしていますよ」
「はい。後ろは、お任せください」
おっとりと微笑み、リビィは扇を優美に動かした。
対象は――中衛の光流だ。
「おっ、きたきた」
漲る力に満足そうな笑みを浮かべると、スファイリカの陰より飛び出して斬りつける絶空斬。思い切りよく刻まれた稲妻型の刃創が機能不全を拡大してゆく。
「絶対に、みんなが帰ってくるまでもたせるよ……!」
グラトニウムの視界から逸れるようにスファイリカの背後を渡るのは深紅の甲冑の主・エマである。
「てぇーい!」
ドゥン、ヴン、ドッ――!! 端からガンガンとゼログラビトンを撃ち込むと、白い煙を吹いたスファイリカの動きが見るからに鈍った。便乗したグラトニウムが歯を剥き、それまでの劣勢を覆にかかる。
「よし、うまくいった!」
跳躍し、頭上から振り下ろす斧がまるで西瓜割りのように球体を割り開いたところへウォーレンの蹴撃が炸裂するとそれきり機能を停止して動かなくなる。
「いい調子だね」
「うん、ここは任せて!」
近付いてくるスファイリカにドレスの下から取り出した暗器を投げつけ、エマはにっこりと笑った。
「そんじゃ、本領発揮といこうかね」
前述の個体はエマに任せ、光流は先に禁癒をばらまいてしまおうと氷の楔を次々と打ち出した。
こうした下準備が功を奏して、最初はどちらかというと劣勢ぎみであったグラトニウムが徐々にスファイリカの戦線を押し返し始める。
「しかし、ダモクレスがこれほどまでに強大な戦力を持っているとは……」
リビィは前衛の前にヒールドローンとガーディアンピラーを交互に設置して守りを固めつつ、気になっていたことを呟いた。
「今まで大人しかったのは、戦力増強のためですかね」
「こちらの全力をもってしても倒しきれないほどの幹部の数ですからね、よくもまあ、これほどの軍勢を揃えたものです」
頷き、赤煙は軽く首を回す。さきほど背に刺した鍼の効果で体内を流れる気脈が活性化しているのだ。
「ともかく、突入した皆さんの生還目指して、頑張りましょう。手遅れでは済まされませんからな……」
呼吸を整え、手のひらより放出する御霊の光砲がスファイリカの下方から上方へと斜めに突き抜けた。相手に体勢を立て直す暇を与えず、跳躍した赤煙の拳より放たれた属性攻撃が火花を散らして炸裂。
「いまのうちです」
回避率の低下したスファイリカをグラトニウムが狙い撃っている間に、リビィはさらにドローンのピラーの数を増やして前衛の防御面を底上げた。
「これでどうでしょうか?」
数は減ったものの未だ数的優位にあるスファイリカである。しかしながら明らかに最初ほどの勢いは感じられなかった。むしろほとんどの機体が何らかの異常を訴えており、戦線の維持に支障が生じていたのである。
●決着
「敵の数、だいぶ減って来たよ」
ウォーレンの報告に前線を担う赤煙とエマが応答する。
「どうやら、グラトニウム側が優位のようですね」
「この調子でがんばろー!」
――現在のところ戦場を見渡す限りでは他班も同じような状況のようだ。ひと際大きい『天文学』スファイリカ本体は戦闘には参加せずに少し離れたところで様子を窺がっている。
「なんだか、見張られているような感じがするよ……」
「あんまり刺激したくないね?」
「ああ」
エマは干上がった湖に半壊した施設に視線を向けた。
まだ仲間たちは戻ってこない。
「絶対に、ここは守るんだ!」
気合いを入れてバスターライフルを撃ち放す。スファイリカの衛星のような印象の表面に着弾した光弾が小さな爆発を起こして迎撃回路に異常を来たした。
本体以外のスファイリカは量産型らしく、見た目はどれも同じように思える。目的は敵の殲滅ではなく時間稼ぎであるため、グラトニウムの気をできるだけ引かないようにケルベロスたちは警戒することにした。
「援護しとるゆうても、一応敵やからな。近付き過ぎて虎の尾を踏まんように気を付けとこ。ほんま、仲間割れは本星でやってくれへんかな」
問題はこいつらが機械――つまり心理戦が利きにくいことだろうか。光流が得意とするのは敵の虚をつくようなトリッキーな攻撃であってプログラムによって動くだけの相手には効果が薄くなる。
「しゃーない、正面からいこか」
敵の数は十数体ずつ。4班いるのでそれぞれが担当するのは約4体前後だ。光流はスファイリカの影から影へ移動し、3体目の眼前に突如として出現すると一息に斬霊刀を振るった。
「赤煙さん、右、わたしいきます」
「では、左は私が」
左右に別れ、接近するスファイリカの攻撃をエマと赤煙がそれぞれに受け止める。
「おっと残念、そこでストップです」
光流を追跡していた個体の間に割って入った赤煙はガントレットで侵攻を阻んだ格好から思いきりブーストナックルをお見舞いしてやった。至近距離からの強撃はさすがに効いたらしく、ふらついて落下しかけたところに光流の刀とエマの斧が追撃をかけ、止めを刺した。
「あれは……!」
思わずリビィが声を上げる。
スファイリカの迎撃に夢中のグラトニウムはまだ気づいていない。その背後、彼らが防衛している施設に侵入していたケルベロスたちが無事に戻って来たのだ。
光り輝くチェイスアート・デバイスの使い手を先頭に研究成果破壊班の面々が数珠繋がりのようになって大穴から飛び出してくるのが見える。後ろから量産型のムシュケーが追いかけてくるのを振り切って逃げるようなかたちだ。
ついに戻って来た仲間の姿に気づいた退路確保班がすぐさま合図を送り、無事に抜けられるだろうルートを彼らに示す。ちょうど、倒れされたグラトニウムとスファイリカの残骸が折り重なって歪なアーチに見えるのがその目印。
「あと少し……」
汗の滲む額を気付かれないようにぬぐい、ウォーレンは細い両腕で唸るチェーンソー剣を操った。こちらはまだ撤退するわけにはいかない。赤煙は気を抜くことなく、より一層気合いを込めた震動波を炸裂させた。
戦場から退くのは突入班の脱出が成功した後で、だ。背後で赤い爆風――ウォーレンによる援護だ――が起こり、気分の高揚をもたらす。
「これなら……」
リビィが扇を握る手にも自然と力が入った。
――あと、少し。
「こっちですっ! 私たちが援護しますから、そのまま駆け抜けてください」
撤退する仲間たちを先へ促す間にも、スファイリカとグラトニウムの戦いは未だ終わりが見えない。
ようやくジュモー戦を担当した班が撤退してきたのはスファイリカと相討ちになったグラトニウムが力尽きて落下する最中のことだった。中にはひどい傷を負った者もいる。やはりジュモーとの戦いは激しかったようだ。互いに支え合うようにして帰還する彼らを、退路確保班は労いの言葉で出迎えた。
「あと少しだから、頑張って」
ウォーレンは慎重に戦場の状況を見極めようとする。相変わらずグラトニウムとスファイリカは激しい戦闘を繰り広げ続けていた。そのまま、もう少しこちらには注意を向けないでいて――。
やがて突入班の全てが戦場を抜け、あとは自分たちが離脱するだけ。
「全員、逃げ切ったよ」
ウォーレンが告げ、エマが頷いた。
「それじゃあ、撤退だね!」
「皆さん、ドローンにつかまってくださいっ!」
即座にリビィが展開したレスキュードローンがケルベロス達を一気に戦場の外まで運び出した。
「いつまでやるつもりなのやら」
ドローンに片手をかけた格好で離脱しながら、呆れたように光流が笑う。既に決着はついたも同然であろうに『暴食機構』と『天文学』はいずれも退かない。互いを撃ち合う閃光が次第に遠のき、そしてやがて見えなくなるまでそれほどの時間はかからなかった。
作者:麻人 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年10月23日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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