ただ虫の側にいたから

作者:雪見進


「冬が近づいているのかな?」
 空は雪が降りそうな、そんな空。それを見つめるのは一人の少年。両手を合わせ、息を吹きかけ手を暖める。そんな空模様の中で静かに地面では、その命が終わろうとしてた虫がいた。
「いや、もう冬なんだね」
 そんな虫を見ながら、冬を実感する。その虫は蟻の群に見つかり、そして巣へ運ばれていく。途中、ぴくぴくと動いていた虫が……静かに動きを止めた。しかし、その命の終わりは無駄ではない。食物連鎖の中で次へと続いていくのだろう。
「ブブブ」
 そんな蟻を眺める少年に、突如巨大な昆虫人間・ローカストが現れた。
「えっ?」
 少し間の抜けた声と同時に、そのローカストは少年の背後から取り付き、その首筋にごくごく細い管を突き刺す。
「ち、力が入らない……」
 静かに膝を付くも、倒れたら終わりだと本能が理解したのか、必死に身体に力を入れる少年。しかし……それも時間の問題だったようだ。
「もう……だめ……」
 まるで、寒さで生命活動を止めた虫のように動きを止めそのままゆっくりとグラビティチェインを奪われていくのだった……。


「ローカストが現れたっす!」
 そう説明をするのはダンテ。そのローカストは最近現れはじめた知性の低いローカストのようで、近くにいた少年に取り付き、ゆっくりとグラビティチェインを奪っているようだ。
「でも、今なら少年を助けられるっす!」
 このローカストは背面から少年を捕らえ、ゆっくりとグラビティチェインを吸収しているようだ。ただ、その吸収がゆっくりかつ繊細な方法なので、強引に引き剥がすと少年にどんな害が発生するか分からない。
「だけど、ケルベロスのみなさんなら大丈夫っす」
 励ますように説明を続けるダンテ。どうやら、一部の攻撃でならば少年に害を与えずにローカストにだけダメージを与える事が出来ると説明する。
 そのグラビティは理力を使用する攻撃全般のようだ。また、少年にヒール系のグラビティを使用する事で、少年を力づける事も出来ると説明する。
「それとちょっと問題なんすけど、このローカスト……結構強そうっす」
 そうダンテは難しい顔をする。多少なりともグラビティを吸収した結果なのか、それとも低い知性の代償なのか戦闘力はかなり高いようなのだ。
 引き剥がされた直後、羽化するように変身し生体金属の鎧を身に纏い、腕からアルミの刃を展開させ攻撃してくるようなのだ。
「それと、取り付いている間も反撃はしてくるっす」
 少年に取り付いた状態でも羽音のような破壊音波を響かせ抵抗するようなのだ。
「このままだと何の関係もない、ただ虫の側にいただけの少年が犠牲になるっす。そうならないように、お願いするっす!」
 そう言ってダンテは後を託すのだった。


参加者
ジヴェルハイゼン・エルメロッテ(芽吹かぬプロセルピナ・e00004)
オルガ・ディアドロス(盾ノ復讐者・e00699)
殻戮堂・三十六式(語る名も亡き骨董品屋・e01219)
ルース・ボルドウィン(クラスファイブ・e03829)
リリー・シュティーリム(ウェアライダーの刀剣士・e06150)
マユ・エンラ(継ぎし祈り・e11555)
アレク・コーヒニック(無才の仔・e14780)
ザンニ・ライオネス(白夜幻燈・e18810)

■リプレイ

 少し曇る空。そんな空からは、今にも泣き出しそうな空。それが、雨なのか雪なのか、判断が難しいそんな日。
 ケルベロスたちは不運な少年の元へ急いでいた。
「おいおい、まだ啓蟄(けいちつ)には随分早いぜ?」
 少し難しい言葉を使うのはマユ・エンラ(継ぎし祈り・e11555)。啓蟄とは、冬籠もりの虫が這い出るという意味の言葉で、二十四節気の一つ。ちなみに、来年の3月5日が啓蟄である。
 そんな季節にはまだまだ早い12月。そんな季節に昆虫人間ローカストが現れ一人の少年を捕らえ捕食しようとしているのだ。
「ただ、側にいただけ、ただそれだけ、理不尽だよ!」
 ローカストの被害では、一部では被害者にも責任がある話が出ているが、今回に関しては本当に全く無関係な少年が被害者だ。それを憤るリリー・シュティーリム(ウェアライダーの刀剣士・e06150)は優しい人なのだろう。
「無関係の男の子を巻き込むだなんて、道理の通じない連中はこれだから迷惑だよ」
 非常に最もな意見を呟くのはジヴェルハイゼン・エルメロッテ(芽吹かぬプロセルピナ・e00004)。
「その子も運が悪かった、としか言いようがないなぁ」
 アレク・コーヒニック(無才の仔・e14780)が呟くが、本当にその通りである。
「たまたま虫の亡骸の近くに居ただけで被害に遭うのは理不尽っすが……」
 ザンニ・ライオネス(白夜幻燈・e18810) はそんな不運な少年を想いながら静かに呟く。
「自分たちが助けに来れたのは良い偶然であってほしいので、少年は何としてでも救ってみせるっす……!」
 塞翁が馬という言葉もある。無事に助けられれば、それがただの『昔あった嫌な事』で済むかもしれないし、それが『ケルベロスと出会った』という幸運で上書き出来るかもしれない。

「ふむ……厄介な依頼だな……」
 オルガ・ディアドロス(盾ノ復讐者・e00699)が依頼と作戦を確認しながら呟く。不運な少年を助けたいのは皆同じだが、その方法が少し厄介だった。
 この不幸な少年はローカストに拘束されている。このまま無理矢理引き剥がせば、どんな悪影響が起こるか分からない。慎重に行動する必要がある。
「相手が知性失っている分、強くなっているのか……厄介だな、とっとと済ませて助けださねえと」
 さらに、そのローカストが知能が低い反面、戦闘力が高いという情報がある。少しぼんやりした雰囲気ながらも殻戮堂・三十六式(語る名も亡き骨董品屋・e01219)は呟く。
「でけーダニみたいなもんか? セミの真似しやがって」
 今回のローカストはセミに似ているようであるが、ルース・ボルドウィン(クラスファイブ・e03829)の指摘も間違っていない気がするし、人間を害するのだからダニに近いかもしれない。
「だが、依頼されたからには報酬分の働きをさせてもらうぞ……」
 そんなオルガの言葉と共に現場へ向かうケルベロスたちであった。

 ヘリオンから少年が捕らわれている場所へ急降下するケルベロスたち。
「た、たすけて……」
 急に現れたケルベロスたちが誰だか理解していないだろう。ただ、人の影に助けを求める少年。
 そんな少年を勇気づけるために、マユは一歩前に出る。
「……」
 そして静かにケルベロスカードを掲げると、次の瞬間シスタードレス風の戦衣装を身に包み、オラトリオの翼を展開させる。周囲に千日紅の花を舞い踊らせるその姿は、清らかな乙女という言葉が似合う姿。
「め、女神様……?」
 ローカストに拘束されながらも、視線の隙間から見えた姿を、思わず女神と勘違いするのも間違いないだろう。それほど、美しく、そして清らかなマユの姿。
「さっさと退場してもらおうか!」
 そんな優美なマユの登場と同時に口からこぼれた言葉は、ちょっと勇まし過ぎる色々と台無しな言葉。
「お、おねがい……します」
 しかし、それもある意味、少年を勇気付けるには一役買ったようだ。その瞳に希望が宿る。同時にケルベロスたちは救出作戦を開始するのだった。


 まずは少年の体力を心配して、ザンニが動いた。同時に肩に乗っていた青い瞳の鴉が変形し、鳥を模した形状の杖になる。
「今……すぐ助けられないのがちょっと歯がゆいんす!」
 ザンニが歯がゆそうにしながらも、杖を振るい少年を桃色の霧を発生させる。
 その霧を操り少年を包み込み、少しでも体力の消費を減らそうと努める。
 その様子を見て、すぐに攻撃に移るルース。黒色の魔力弾を打ち出し、ローカストに悪夢を見せる。
(「傷つくのは、嬉しい。他者を害するのは馬鹿らしい。君も……そう思うよね?」)
 そんな想いを込め、魔力の瞳で凝視するアレク。その凝視でかき乱されるローカストの心。
「余り……もたついていられる状況じゃ無いしな」
 さらに、心を貫くエネルギーを矢に込めて三十六式が放つのは、催眠効果のある矢。連続で催眠効果のあるグラビティを受けるが、あまり動かない敵だから、攻撃で催眠状態になっている事が分からないかもしれないが、攻撃の手を休めるケルベロスでないから問題は無い。
 さらにジヴェルハイゼンが『混沌なる緑色の粘菌』を招来し、敵の肉体に浸食させる悪夢を見せる。
「絶対に助けるからがんばってね」」
 少年の消耗を心配しながら攻撃するジヴェルハイゼン。
「さぁ、どんどんフォローしていくから、集中して攻撃してよー」
 少年にも聞こえるようにリリーが声を出す。
 その攻撃は万が一にも少年に被害が出ないようにしているために、少年には何が起きているか分からない。だから、声をかけ勇気づけるのも大切だ。
「絶対助けてあげるからね」
 リリーは攻撃には参加せずに、少年に声をかけ励ましながら、地面に守護星座を描きほとばしる光で仲間たちを守護する。
「ビビビビ!」
 そんな連続攻撃を受けながらも激しい羽音を鳴らし反撃してくるローカスト。その羽音は不快ながらも眠りをもたらす催眠攻撃。
「俺がお前達を守ってやる!」
 そんな催眠音波を巨大な盾で防ぐように立ちふさがるオルガ。その盾は彼が守れぬ者無しと自負する物だ。
「ぶびびびび」
 皆でトラウマボールなどの攻撃を受け、ビクビクと微振動を繰り返すローカスト。こちらからは知る術はないが、ローカストの脳内になトラウマが暴れ回っているのだろう。ただ、知能が低そうだから、そのトラウマは単純そうであるが。
「声を張り上げな! てめえらなら救えるんだぜ!」
 焦燥気味な少年を勇気付けると同時に仲間を鼓舞するように、祈りと共に魔力を解き放つ。マユの魔力によって得た魔力を力に換え、さらにローカストへ攻撃を続ける。
「よし、今だ!」
 そんなケルベロスたちの連続攻撃に、羽音を響かせ対抗していたローカストだが、少年を掴む腕の力が弱まってくる。それに気づいたルースが仲間に指示を出す。
「いくよ!」
「行かせてもらう」
 ジヴェルハイゼンと三十六式は攻撃の手を止めて、ローカストの引き剥がしに動く。
「ブブゥ、ビビビィ、バアアァ!」
 ルースの指示、ジヴェルハイゼンの一般人の安全を第一に考える姿勢、三十六式の仕事を完璧にこなすクールな動き、そしてローカストの弱点を的確に付く他の皆の攻撃により、予想以上にあっさりと引き剥がされる。
「後は引き受けるっす」
 引き剥がされた少年はザンニが抱え、即座に離脱する。
(「身体が冷えてるっすね」)
 抱えた腕から伝わる体温の低さに少し困惑しながらも、生きている証拠に少し安堵し付近の安全だと思われる場所へ避難させる。
「もう、大丈夫っす」
「あ、りが……ござい……ます」
 辛そうな状態でありながらも礼を言う少年。そんな少年にそと自分のコートを掛けてあげる。そして、そのまま少年を桃色の霧で包み、その低下した体力を回復させてあげる。
「あたたかい……」
 少し顔色が良くなった少年を見て、一安心。
「片づけてくるっす」
 そんな少年の肩を優しく叩き、戦場に戻るザンニだった。

 そんなザンニが少年を助けている間、ローカストは姿を変化させ始めていた。体内から溢れるアルミ生命体で全身を被っていく。
「ビビビッビ!」
 何かの鳴き声と同時に腕を交差させ、同時に自分の腰を左右から叩く。
 次の瞬間、全身を完全にアルミ金属が被い、腕にはアルミブレードを展開。
「ビビ!」
 そして変化を終えると、同時に構えを取る。その姿は、これからが本番と言わんばかりなのだが、良く見ると足は微妙にふらついている。
 それでも、アルミブレードを振り回し攻撃してくる様子は、もしかしたら自身の不調にも気づいていないのかもしれない。
 ともかく、後半戦の開始だ!


「漸くまともに殺りあえな、七面倒な手段取りやがって。こっちは忙しいんだ、人質が居ないなら全力で行かせてもらう」
 三十六式の気迫の言葉だが、意味は理解出来ていない様子のローカスト。しかし、殺意は理解しているのだろう、アルミブレードを構え、戦いの姿勢。
「……ブバ!」
 そんな構えの隙間に攻撃を叩き込む。その一撃は繊細にして剛毅。達人にしか出来ない技量で隙間を打ち抜く。
「デカイだけだな。でっかいダニなら博物館に寄贈してやろうか」
 立ち上がった姿は大きく感じる……が、威圧感はあまり無い。それでも自身に電気ショックを与え、自ら気合いを入れるルース。
「……」
 引き剥がしが終わったから、オルガは守勢から攻勢へシフトする。超硬化した爪でローカストが振り回すアルミブレードを叩き弾きながら貫く。
「ビビィ!」
 悲鳴を上げるローカスト、さらに身体を被ったアルミ生命体が削れ本体が露出してく。
「今度はボクも、いくよーッ!」
 リリーの元気を込めての飛び込み蹴り。
「ギギ!」
 その蹴りに反応するローカスト。両手を左右に広げた後、蹴りで迎撃しようとするがその蹴りごと急所を貫く。
「もう遠慮はいらねぇ!」
 少年を保護し不安がなくなったところで気合い十分のマユ。マインドリングから光の剣を具現化させる。
「さっさと退場させてやろうじゃねえか!」
 同時に背中の翼をなびかせ一閃。
「……」
 ローカストの背後で光の剣をマインドリングに仕舞うと同時に千日花の花びらが散り舞う。
「ブブブバアァ!」
 次の瞬間にローカストに刻まれる百花な斬跡。同時に大きく揺らめくローカスト。
「今だよ、どんどんいっちゃおー!」
 そこへリリーのかけ声と同時に連続攻撃を繰り出すケルベロスたち。
「もう、少年は大丈夫っす」
 少年の介抱から戻ったザンニが同時にファミリアロッドを構え殴打。その殴打は魂を喰らう降魔の一撃。
「ブビビビ!」
 一寸の虫にも五分の魂があると言うかもしれないが、ローカストはどうなのだろうか。魂の量はともかく、悶え苦しむローカスト。
(「……どうせ糧になるなら、『人』の為でありたいよね」)
 複雑な想いを抱きながらのアレクの攻撃。ブラックスライムを捕食モードへ変形させ放つ。
「ブビビ!」
 ブラックスライムに丸飲みにされ、捕縛されたローカスト。そこへルースとジヴェルハイゼンが同時に動く。
「要らないモノは、捨てて仕舞え」
 無慈悲な言葉と共に残虐とも言えるほどの激しすぎる攻撃。羽は毟られアルミブレードはヘし折られ満身創痍となるローカスト。
「哀より重く、怨より深く――僕と同じところへ落ちろ」
 静かで深く……重いジヴェルハイゼンの言葉。同時にデウスエクスへの怨を黒い人影と大きな棺桶として具現化。
 そのまま満身創痍のローカストを棺桶に入れ、魂をも喰らい尽くす。
「ビ……ビビ……」
 その棺桶の中で、そのまま越冬出来ない虫のように静かに息の根が止まる。ケルベロスたちの勝利だった。


「よく耐えたな。よく、生きててくれたな」
「皆さんのおかげです、ありがとうございました」
 マユの言葉にとても丁寧に頭を下げる少年。とても綺麗なお辞儀から、何か嗜みがあるのかもしれない。
「……怖かったね、寒かったよね。よかったら、これ」
 アレクが渡したのは飴とカイロ。
「ありがとうございます」
 そのカイロを嬉しそうに受け取る少年の手は、とても寒そうだった。そんな手がアレクの渡したカイロで温まっていく。そんな少年にルースやリリーたちが色々と声をかける。その言葉は、少年の事を心配しての言葉。
 そんな沢山の言葉を貰い嬉しそうな様子。もしかしたら、もうローカストに襲われた悲劇なんて忘れているのかもしれない。明日になったら学校で『ケルベルスさんに会ったんだ!』とか自慢話をしていそうな雰囲気。
 そんな少年の様子に少し安心したアレクやルースたち。
「気をつけて、帰ってね」
「はい、ありがとうございました」
 途中、何度も何度も振り返りお辞儀をする少年。そんな少年の無事を見送るケルベロスたち。そんな空は、まるで祝福するようにゆっくりと白い雪が降りはじめるのだった。

作者:雪見進 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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