VHSは蘇らない

作者:ゆうきつかさ

●都内某所
 その場所にあったのは、VHSのビデオデッキであった。
 VHSはベータマックスとの戦いに勝利し、しばらくビデオ業界の頂点に君臨していた存在。
 ある意味、キング的な立ち位置にいたものの、DVDやブルーレイの登場によって、その価値は地に落ちた。
 それはビデオデッキにとって、ショックな出来事であったが、それは敗北していった者達が味わってきたモノと同じ事。
 それ故に、どうする事も出来ない事でもあった。
 その場所に小型の蜘蛛型ダモクレスが現れ、VHSのビデオデッキに機械的なヒールを掛けた。
「ビデオデッキィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!」
 次の瞬間、ダモクレスと化したVHSのビデオデッキが耳障りな機械音を響かせ、廃墟と化した民家を飛び出すのであった。

●セリカからの依頼
「オズ・スティンソン(帰るべき場所・e86471)さんが危惧していた通り、都内某所にある民家で、ダモクレスの発生が確認されました。幸いにも、まだ被害は出ていませんが、このまま放っておけば、多くの人々が虐殺され、グラビティチェインを奪われてしまう事でしょう」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が、教室ほどの大きさがある部屋にケルベロス達を集め、今回の依頼を説明し始めた。
 ダモクレスが確認されたのは、都内某所にある民家。
 この場所は既に廃墟と化しており、不気味な雰囲気が漂っているようだ。
「ダモクレスと化したのは、VHSのビデオデッキです。VHSのビデオデッキはダモクレスと化した事により、ロボットのような姿をしているようです」
 セリカが真剣な表情を浮かべ、ケルベロス達に資料を配っていく。
 資料にはダモクレスのイメージイラストと、出現場所に印がつけられた地図も添付されていた。
「とにかく、罪もない人々を虐殺するデウスエクスは、許せません。何か被害が出てしまう前にダモクレスを倒してください」
 そう言ってセリカがケルベロス達に対して、ダモクレス退治を依頼するのであった。


参加者
田中・祥子(歪んだ愛・e56491)
ヒルデガルダ・エメリッヒ(暁天の騎士・e66300)
佐竹・レイ(ばきゅーん・e85969)
オズ・スティンソン(帰るべき場所・e86471)

■リプレイ

●都内某所
 VHSにとって、ベータマックスは宿命のライバルであった。
 それ故に、ベータマックスとの戦いに勝利した事で、確固たる地位が約束される……はずだった。
 実際に数年間は、向かうところ敵なし。
 VHSの栄華は永遠に続くかに見えた。
 だが、現実は残酷。
 DVDやブルーレイの登場によって、VHSの地位は地に落ちた。
 それでも、VHSは思っていた。
 まだ大丈夫。
 これは一時的なモノ。
 必ずや、希望の光が未来を指し示してくれると信じて……。
 しかし、ダモクレスの前に現れたのは、希望の光ではなく、小型の蜘蛛型ダモクレスであった。
「記録媒体の歴史、二派の対立、そして低性能廉価派の勝利か……。やがて勝者であっても容赦なく構造の全く違うディスクの前に敗れていく、と。これ自体も『寓話』としては非常に引き込まれる話だ。真実は小説より奇なり、を地で行くね」
 オズ・スティンソン(帰るべき場所・e86471)は事前に配られた資料に目を通した後、ダモクレスの存在が確認された民家にやってきた。
 民家は既に廃墟と化しており、まるでお化け屋敷の如く、不気味な雰囲気が漂っていた。
 それが原因で真っ黒な無数の手が、ケルベロス達を誘うようにして、手招きしているような錯覚に襲われた。
「VHSとベータマックス……AV機器創世記(ジェネシス)、神話の時代の戦いね。それを勝ち抜いた敵なら油断は出来ないわっ」
 佐竹・レイ(ばきゅーん・e85969)が、警戒心をあらわにした。
 脳裏に浮かぶのは、歴戦の勇士。
 敵対する存在をバッタバッタと薙ぎ倒し、勝利の雄叫びを上げるダンディな漢が、脳裏に浮かんでいた。
「ベータマックスはヴァルキュリアが看取って、その後ヴァルハラで活用されたのよ――。なぁーんて、嘘だけど!」
 ヒルデガルダ・エメリッヒ(暁天の騎士・e66300)が、軽く冗談を言った。
 おそらく、ベータマックスが滅びたのは、時代に必要とされなかったから。
 だからと言って、性能が悪かったわけではない。
 VHSに勝っていた部分もあったが、それだけだった。
「ビデオデッキィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!」
 次の瞬間、ダモクレスと化したVHSのビデオデッキが、耳障りな機械音を響かせ、民家の壁を突き破った。
 その姿は、まるでロボット!
 見るからに、ファイター。
 しかも、ケルベロス達に対する殺意を、マントの如く纏い、ヤル気満々であった。
「あなたも捨てられたのね……」
 田中・祥子(歪んだ愛・e56491)が同情した様子で、ダモクレスに視線を送った。
 祥子も尽くした末に捨てられた経験があるため、ダモクレスの気持ちが痛いほどわかる。
 少なからず、ダモクレスと重なる部分があるため、激しく胸が痛んだ。
 だからと言って、ダモクレスを放っておくつもりはない。
 そんな事をすれば、罪のない人々が命を落とすのは、確実。
 それが分かっていながら、ダモクレスを無視する事など出来なかった。

●ダモクレス
 ダモクレスにとって、ケルベロス達は敵だった。
 それは本能の中に刻まれたモノ。
 ケルベロスは、敵。
 ……倒すべき敵。
 それだけは、不動の事実。
 故に、迷いはなかった。
 もちろん、躊躇いも……。
「ビデオデッキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!」
 耳障りな機械音と共に、放たれたのは超強力なビーム。
 目の前の敵を倒すため。
 すべてを消し去るために放たれた攻撃は、ケルベロス達に向かって真っすぐ飛んでいった。
「これは、また随分な挨拶だね。まあ、此処に来た以上、戦いは避けられないと思っていたけど……」
 その事に気づいたオズがウイングキャットのトトと連携を取りつつ、一気に距離を縮めていった。
 ダモクレスが放ったビームは、オズの頬を掠るようにして、背後にあったブロック塀を破壊した。
「ビ、ビ、ビ、ビ、ビ、ビ、ビ、ビ……」
 それを目の当たりにしたダモクレスが、悔しそうにギチギチと機械音を響かせた。
「ふっふーん、あんたのこと色々と調べてきたわよ♪ 四隅は堅いけどビデオを入れる上下は脆いのよね!」
 そんな中、レイが勝ち誇った様子で、えっへんと胸を張った。
 これで勝ったも、同然ッ!
 ダモクレスに、勝ち目はない。
「ビ、ビ、ビィ……」
 その途端、ダモクレスが危機感を覚え、怯えた様子で胸元を隠した。
 そこにあったのは、VHSのビデオデッキであった頃の名残。
 そして、レイが指摘した弱点でもあった。
 そのため、ダモクレスも、必死にガード!
 『絶対にここだけは狙わせない!』と言わんばかりに、ガッチリその部分をガードした。
「……怖いのね。でも、大丈夫。わたしが救うから……」
 そんな空気を察した祥子が、ダモクレスに優しく語り掛けた。
「ビデオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」
 だが、ダモクレスは怯えたまま。
 『……知るか! そんな言葉、信じられるか!』と言わんばかりに、ブチ切れモード。
 ケルベロス達に敵意を剥き出しにして、今にも襲い掛かってきそうな勢いだった。
「どうやら、話し合っても無駄のようね。だったら、容赦はしないわ。……覚悟しなさい!」
 すぐさま、ヒルデガルダがスターゲイザーを繰り出し、ダモクレスを蹴り倒した。
 その拍子にダモクレスのガードが弱まり、VHSのビデオデッキだった部分があらわになった。
「精密機械だもの、内部を狙われたらひとたまりもないでしょ♪ それじゃ、テープの入り口を狙ってぇ……ばきゅーん!」
 次の瞬間、レイがスーパー神風デリンジャーアタック!(イザノトキノゴシンジュツ)を仕掛け、空高く舞い上がって、懐から取り出したデリンジャーをぶん投げた。
 それと同時に、ぶん投げられたデリンジャーがクルクルと回りながら、テープの取り出し口に命中した。
「ビ、ビ、ビ、ビ、ビィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィイ!」
 その影響でダモクレスが小刻みに痙攣を始め、身体のあちこちからブスブスと真っ黒な煙を上げた。
 その影響でビームを発射する事が出来ず、苦しそうな雰囲気を漂わせ、耳障りな機械音を響かせた。
「……随分と苦しんでいるようね。だったら、すぐにでも楽にしてあげるわ」
 そこに追い打ちをかけるようにして、ヒルデガルダがハンマーを砲撃形態に変形させ、ダモクレスを攻撃した。
「V、V、V、V、V、HS~!」
 その途端、ダモクレスのボディからVHSのテープが噴出し、それが舞うようにしてケルベロス達に降り注いだ。
 幸い、テープ自体に特殊な力はなかったが、身体に絡まってしまったせいで、身体を動かすのに支障が出た。
「ビデオデッキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!」
 その隙をつくようにして、ダモクレスが耳障りな機械音を響かせ、ビデオデッキ型のアームを振り回した。
 それは、まるで巨大なハンマー。
 相手の命を奪う事に特化した危険なモノだった。
「……怯えているのね。大丈夫、怖くない……怖くないわ……」
 祥子が首からペンダントのようにぶら下げていたガネーシャパズルを口に咥え、竜を象った稲妻をダモクレスめがけて解き放った。
「ビ、ビ、ビ、ビデオデッキィィィィィィィィィィィィィィィィ!」
 それと同時に、ダモクレスの身体がビリビリと痺れ、さらに真っ黒な煙をブスブスと上げた。
「それなら、この攻撃は、どうかな? 毒が利くと良いんだけど……」
 その間に、オズが距離を縮め、大蛇の尾に毒のオーラを纏って、ダモクレスに打ち据えた。
 それに合わせて、トトが猫ひっかきを繰り出し、鋭く爪を伸ばして引っ掻いた。
「ビビビビビィィィィィィィィィィィィィ」
 その攻撃から逃れるようにして、ダモクレスが苦しそうにあちこちから真っ黒な煙を上げながら、最後の力を振り絞って、ビデオデッキ型のミサイルを飛ばしてきた。
 ダモクレスから放たれたミサイルは、アスファルトの地面に落下すると、大爆発を起こして大量の破片を飛ばしてきた。
 その破片は鋭い刃となって、ケルベロス達の身体を切り裂き、大量の血がアスファルトの地面を真っ赤に染めた。
「すぐに治療するから、待ってて」
 即座にオズが鎮めの風を発動させ、竜の翼から仲間の心の乱れを鎮める風を放った。
 続いて、トトが清浄の翼を使い、羽ばたきで邪気を祓った。
「まさかテープを射出するんじゃなくて、デッキそのものを放ってくるなんて……。でも、これで御終いよ」
 ヒルデガルダがダモクレスに別れを告げ、ヴァルキュリアブラストを仕掛け、光の翼を暴走させ、全身を光の粒子に変え、ダモクレスに突撃した。
「ビデオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」
 その一撃を喰らったダモクレスが、断末魔にも似た機械音を響かせ、爆発と同時に機能を停止させた。
「うぇぇ、BDプレーヤーと違って無駄におっきくない? 持ち運びに不便だし、あ、でもパカパカするのは可愛いかもー♪ でも、VHSって最近は密かな需要があるみたいよ。当時のCMとかが時代を見てるみたいで面白いとか、ビデオ時代の家族の思い出とか。当時を支えてた重要なツールだったんでしょーね」
 そんな中、レイがダモクレスだったモノの中から、VHSのビデオデッキを取り出した。
 VHSのビデオデッキは、妙な配線が増えていたものの、ヒールで修復する事が出来た。
「……大丈夫。わたしは……あなたを……捨てたりしない……。ずっと……可愛がって……あげる……。ずっと……ずっと……永遠に、ね……」
 そう言って祥子が、我が子の如くVHSのビデオデッキを抱きかかえた。
 しかし、VHSのビデオデッキは何も答えない。
 何ひとつとして、言葉を発しない。
 だが、祥子には、それ自体が答えに思えた。
 その気持ちに応えるため、祥子が顔を擦りつける勢いで、VHSのビデオデッキに頬擦りをするのであった。

作者:ゆうきつかさ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年10月11日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。