富士樹海魔竜決戦~開花の蒼獣竜

作者:七尾マサムネ

●魔竜の再誕
 富士の樹海。
 クゥ・ウルク=アンとケルベロスとの決戦場となった、その奥地。
 突如集まって来る膨大なエネルギー……その中心にいるのは、樹母竜リンドヴルム。
 その体に異変が起きる。
 体表を破り、角が、牙が、爪が突き出してくる。
 リンドヴルムの体を破り、1体、2体……次々と姿形の異なる竜が『孵化』していく。
 いずれも、特徴的な角や鱗、背びれを持つものたちばかりだ。
 多彩な竜に混じって顔を出したのは、蒼き竜。羽毛で包まれたその体躯は、どこか少年のような趣。すらりと伸びた尾の先端では、スズランに似た花が揺れている。
 生まれ落ちた蒼竜は、大きな瞳を開くと、軽く頭を振った。その動作はどこかぎこちなく、自身の肉体を持て余しているようにも見える。
「これが攻性植物の力……けど思ったほどじゃない……邪魔が入ったせいかな……」
 やがて、17体目の竜を生み出したところで、リンドヴルムは役目を終えたと言わんばかりに、コギトエルゴスムへと還元されていく。
 何処か満足げな樹母竜が最期を迎えるとともに、17の竜はそれぞれに行動を開始した。
 目指すは、討つべき敵……ケルベロス。

●救援要請
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)の緊急招集は、クゥ・ウルク=アン樹海決戦に関するものであった。
「決戦に赴いたケルベロスたちの活躍により、クゥ・ウルク=アン撃破に成功しました。最強魔竜軍団の結成という野望は阻止できましたが、樹母竜リンドヴルムから孵化を遂げた魔竜たちが、ケルベロスを追撃しようとしているのです」
 目論見が阻止されるまでに得られたマリュウモドキのグラビティ・チェインを利用し、不完全ながら孵化に成功した魔竜の数は、全部で17体にのぼる。
 これを食い止めるため、急ぎ富士樹海に向かい、決戦部隊の撤退を援護。追撃してくる魔竜を撃破して欲しい……それが、セリカの告げた作戦内容だった。
「皆さんには、魔竜の一体、ヘレイヤの撃破をお願いします」
 セリカの示した魔竜の姿は、羽毛のようなものに包まれた、何処か愛らしさすら感じさせる竜だった。
 だが、戦闘能力は、他の魔竜群に引けを取らない。
 リンドウの如き華が咲く尾は、一薙ぎで周囲を更地に変え、蒼白のドラゴンブレスは、あらゆる物質を蝕む。
 更に、攻性植物の力を取り込んだことにより、尾を多数の蔦のように操ったり、花の香で損傷を癒す事も可能だ。
「孵化した魔竜は手ごわい敵ですが、融合した体にまだ慣れていない為、戦闘開始直後の動きは鈍くすらあります。加えて、グラビティ・チェインも不足しているので、勝機は十分あります」
 だが、戦いが長引いてウォーミングアップが済めば、攻性植物の能力をも使いこなし、手に負えなくなる可能性が高い。
 撃破のためには、短期決戦を挑むべきかもしれない。
「魔竜がこの戦いを切り抜けた場合、攻性植物の聖王女軍との合流を果たす可能性が考えられます。戦力が不完全な今のうちに叩いてしまうのが良策でしょう」
 そしてセリカは、ヘリオンデバイスを起動。ケルベロスたちを万全の体勢で送り出すのだった。


参加者
フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)
モモ・ライジング(神薙桃龍・e01721)
クラト・ディールア(双爪の黒龍・e01881)
据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)
風魔・遊鬼(鐵風鎖・e08021)
イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)
アデレード・ヴェルンシュタイン(愛と正義の告死天使・e24828)
ルーシィド・マインドギア(眠り姫・e63107)

■リプレイ


 激戦の余韻冷めやらぬ樹海に到達した一行が目指すのは、ただひたすらに、魔竜ヘレイ ヤとのエンカウント。
 モモ・ライジング(神薙桃龍・e01721)が、ポケットのチョコを取り出し口に含む。
 未だ敵は見えぬが、ここは現在進行形の戦場。モモの穏やかさが、殺伐と冷静へとスイッチされる。
(「ドラゴン……どんな見た目であろうとも俺は、倒します! 成長しきる前に!」)
 樹海を駆けるごとに、クラト・ディールア(双爪の黒龍・e01881)の闘志と殺気は、高まっていく。
(「敵が弱いうちに叩く」)
 黒き風が思う。
 風……風魔・遊鬼(鐵風鎖・e08021)が、索敵しながら、作戦を内心で繰り返す。
(「これは戦略的にも、力を発揮できない内に叩くのは被害を抑える為にも、当然の事です。逃げる前に一気に叩かせてもらいますね」)
「ケルベロス憎しで十全たる状態でないのに追撃して気負ったわけか……。そのような状態で我々に勝てると思っておるとは、なめられたものじゃのぅ!」
 アデレード・ヴェルンシュタイン(愛と正義の告死天使・e24828)が、不敵に笑う。
「絶大な力を持つ魔竜もー、孵ったばかりは不調なご様子ー。寝込みを襲うようで恐縮ではありますがー。うふふー、手加減は致しませんのよー」
 ゆるゆるり、とした表情とは裏腹に、フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)の疾走挙動に緩みはない。
 イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)も、魔竜を樹海の外に出すつもりはない。新生した体になじみ切る前に、倒してしまわねば。
 ルーシィド・マインドギア(眠り姫・e63107)が、そんなイッパイアッテナやフラッタリーに、頼もし気な視線を送る。
 恩人と言える2人を始め、この場には先輩ケルベロスが集っている。足を引っ張らぬよう決意して、気を引き締めるルーシィド。
 一方、一行の中では最年長ということもあってか、据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)は、泰然とした面持ちだ。
 靴に雲を纏い、仙人めいて僅かに宙に浮いているのは、チェイスアート・デバイスの力だ。
 そして。
 樹海の奥から一行に吹き付けて来たのは、高密度の殺気だった。


 吹き付ける圧の主は、蒼の魔竜……ヘレイヤ。
『ケル、ベロス……!』
 宝珠の如き竜瞳は、映るものの全てを見透かすようだ。本質はおろか、その運命さえも。
『わたしは告げる……ケルベロスに待つ運命は破滅のみであると……』
 竜が、ケルベロスたちにささやきかけた。
 その豊かな毛並みに包まれた容姿は、他のドラゴンたちとは一線を画し、ともすれば、女神のような慈愛すらうかがえる。
 だが、それは仮初だ。穏やかさのヴェールをひとたび剥ぎ取れば、現れるのは冷酷さ。
『ケルベロス……逃がしはしない……たとえ許しを請おうとも……』
「あらあらー」
 追撃の魔竜へと、穏やかな貌で応じるフラッタリー、しかしてその心中は「必ズ殺ス」の殺伐一色。
 植物に身を堕とした竜……何としても必ず弑し奉ると、女は嗤う。
 手の内で猛る、狂気の火種。突き立てた『野干吼』を介し、ヘレイヤにあいさつ代わりの爆砕を披露する。
「自ら我らの裁きを受けに来たわけか? よかろう、そなたの罪、その魂ごと我が地獄の炎にて燃やし尽くしてくれようぞ!」
 アデレードの宣言に、火の粉を払ったヘレイヤが、双眸を向けた。
 その視界を白く染め上げたのは、広げた翼ごと光と化したアデレード。
『樹母竜より再誕したわたしたちの力を……受けるといい……』
 光を浴びながらもヘレイヤが、尾を振るう。前面に立つケルベロスたちが、一斉に薙ぎ払われた。
 舞い上がる土煙の中、尾に咲くリンドウだけが、静かに揺れる。
 ケルベロスもろともに薙ぎ払われた植物群を乗り越えて。ミミックの『相箱のザラキ』がヘレイヤの尾に歯を立てた。
「まだ本調子でないというのは本当のようですね」
 万全の装備が役に立った。竜尾による薙ぎ払いを受け止めたイッパイアッテナが、猛き言霊で、自身と傷ついた味方を鼓舞した。
 感謝を刹那の視線で返し、遊鬼が構えた細剣に、光の螺旋が巻き付く。構築されるのは、一振りの氷剣。
 その冷気は、使い手たる遊鬼の視覚を研ぎ澄ます。ヘレイヤの輪郭を、景色からひときわ明確に浮かび上がらせる。
 クラトの眼前、ケルベロスへの憎悪も露わに、攻め来る魔竜。その挙動は本調子でないとは言え、ドラゴンだ。動作を確認してから対処していては遅い。
「目で見るな、それだけが全てではない……っ!」
 クラトもまた、抜刀した喰霊刀の魂を解き放ち、感覚を研ぎ澄ます。
 いつヘレイヤが全力を発揮しだすか、考えただけでモモのスリルは高まるばかり。
 唇をぺろりと舐めて、モモのリボルバーの弾丸が往く。
 ヘレイヤの鱗に牙を立てた弾丸が、炸裂と同時、肉を掻きむしる。露わになるのは、植物にも似た筋繊維。
「これだけの存在感で不完全だなんて……でも!」
 ルーシィドが、ケルベロスチェインを空中ら走らせた。早くも荒地と化しつつある地面に、文様を描き出す。魔竜の強大な攻撃力に抗うため、味方に付与するのは頑健さ。
 自分に癒し手を任せてくれた仲間のためにも、役目は必ず果たしてみせる。
「誕生したばかりの相手を死なせるのは不本意ですが……」
 相対するヘレイヤの瞳をのぞき返し、赤煙は嘆息する。
 そこに映っていたのが、ケルベロスへの殺意のみだとわかったからだ。
「……やはり、話し合いはできそうもありませんな。せめて全力でお相手しましょう」
 ヘレイヤの爪をかわした赤煙が、己の竜氣をこめた砲を、炸裂させた。


 ヘレイヤの蹂躙は、苛烈だった。
 わめき、吠える事はない。むやみに暴れる事も無い。ただ冷酷さをもって、ケルベロスたちを滅びの運命へと追い詰めんとしてくるだけだ。
 だが、振るうのはもとより己に備わった、尾と竜息の力ばかり。花の香気は強まっているものの、新たな肉体の本領を発揮するには至っていない。
 一方、ケルベロスにはヘリオンデバイスの加護がある。実力の差が最も小さい今こそが好機。
 味方をかばいつつ、イッパイアッテナが、毒を浴びた負傷者を即座にケアする。
 援護を受けつつ、モモが敵の懐に飛び込んだ。銃の代わり、握りしめた拳が宿すは、純粋なる炎。
 草花竜を破るのにふさわしいエレメントが、打撃箇所から、熱となって噴出される。
 鞭のように首を振るうヘレイヤに跳ねのけられながら、いったん後退するモモを、追い抜くのは狂喜の化身・フラッタリー。
 草木に身をやつした竜が居るぞとせせら嗤えば、ヘレイヤは底冷えの敵意で応じる。
「存在、痕跡、証拠。其ノ尽kU皆消シ給フ」
 獄炎を灯し、喜悦にむせぶ野干。炎塊と化した剣がもたらす炎熱の息吹が花竜を炙り、薙ぎ払う。
 ルーシィドが、目を閉じる。五感の1つの放棄も、仲間を信頼しているがゆえ。
 そして感じ取るのは、この樹海にも息づく、大地の力。コンタクトしたそれに呼び掛け、負傷したアデレードへと注ぎ込んだ。
 味方に祝福の矢を飛ばしていた赤煙は、空いた片手を懐に突っ込んだ。
 突進してくるヘレイヤをやり過ごしつつ、つかんだカプセルをその背に投げつける。今はさしたる効果はあるまいが、真価はこの後だ。
「時間が惜しい、ここからは本気の本気で行かせてもらうぞ!」
 翼で飛翔したアデレードの感覚は、十二分に研ぎ澄まされている。
 片目が火を灯すと同時、炎の塊と化したハンマーを、ヘレイヤの横腹に叩きつけた。衝撃が周囲の大気をかき乱し、竜の巨体がたたらをふんで、後退する。
 アデレードと並んで一行の攻撃力の要を担う遊鬼が、猛攻を続ける。
 味方から受けた加護や狂気にてヘレイヤに立ち向かうと、妖精の細剣を片方の目に突きこんだ。切っ先を引き抜く時には、氷結を置き土産として。
 そうして刻まれた傷口へ向け、クラトが斬撃を叩きこむ。
 アクセルを踏み込もうと逸る心をなだめる。むやみに全力を出しても、足を引っ張るだけ。
(「阿蘇山で戦ったあの時の様になりたくはないですから!!」)
 これはドラゴンへの復讐戦。
 かつての苦い経験は、クラトの糧となる。ヘレイヤの告げる破滅の未来を書き換えるために。


『……!!』
 ヘレイヤが、咆哮を上げた。
 幾度めか、竜尾が振るわれる。だが、ケルベロスを襲ったのは、これまでの打撃だけではない。
 尾のリンドウから伸びた蔦が、その身を縛り上げたのだ。
 いよいよ、攻性植物の力を掌中に収め始めた証拠。ならば、ヘレイヤに次の攻撃を許す前に、決着をつける!
 一斉攻撃を始める味方の背中へと、後方のルーシィドが両手をかざした。
 思いを乗せて煌めく高濃度のオウガ粒子が、ケルベロスたちの戦意を更に研ぎ澄ませる。仲間たちが繰り出す必倒のグラビティを、必中へと確定させるために!
 ルーシィドの導きを受け取り、戦斧を携えたイッパイアッテナ、そして、具現化した武装を携えたザラキが、次々とヘレイヤに跳びかかった。
 十字に刻まれた皮膚から、樹液とも血液ともつかぬ流体が溢れ出す。
 それを瞬時に蒸発させたのは、フラッタリーの炎だ。
 死闘の時間を経て、狂乱を最高潮に至らせたフラッタリー。吼え猛るが鉄塊剣が、魔竜の体を夜空に見立て、全身に花火を咲かせた。
 光彩に照らされた赤煙が、練り上げた気を、鍼の形にして撃ち出した。狙いたがわず秘孔を突かれたヘレイヤは、ひとたび大きく痙攣した後、その身をこわばらせた。
 尾の白花を揺らして、香気で己を癒そうと試みるヘレイヤ。
『……!?』
 しかし、ケルベロスたちが布石としていた阻害の力により、治癒力は完全に発揮されることはなかった。
 存在そのものが悪であり、許されざるものだと断じるように。追い込まれた魔竜へと、アデレードが獄炎を叩き込んだ。
 羽毛とその下の竜鱗を裂いてあふれ出す炎が、ヘレイヤの再生力を奪い取っていく。
 遊鬼の振るう剣と、ヘレイヤの尾がぶつかり合い、花弁が散る。
 連続する黒の斬撃、流麗な軌跡が、魔竜をもてなす。
 まるで、魔法のような太刀筋。違和を覚えたヘレイヤが気付いた時には、一面に咲いた薔薇が周囲を包んでいた。
(「花の扱いは、こちらに一日の長があるということです」)
 花嵐に惑う魔竜に、遊鬼の一刺しが見舞われる。
 機は熟した。今こそ、クラトが喰霊刀の力を全解放。刀身に数多の霊体を束ね、それを御しながら。
「ドラゴンなんて……嫌い。あぁ、大嫌いですよっ!! でも、攻性植物はもっと嫌いになりましたけど……ね!!」
 へレイヤの頭部から一息に切り下ろす。ありったけの感情とともに。
『……!』
 今一度、尾を高く振り上げたヘレイヤの瞳が、見開かれる。そこに映ったのは、味方の肩を借りてジャンプしたモモが、狙いを定める姿だ。
 モモの体が、後方へと勢いよく吹き飛ばされる。強大な反動を伴って射出されたのは、一発の弾丸。圧縮された21発分の力が、ヘレイヤの額を貫いた。
 血の華が咲く。
『嗚呼、未来は……わたしたちは……』
 はかなくも末期の時を迎えたヘレイヤに、イッパイアッテナが問いかける。
「へレイヤ、純粋なドラゴンでなくなってまで護りたかったのは誰だ?」
『わたしが護りたいものは……既に……』
 イッパイアッテナは、続く言葉を汲み取りながら、最後の答えを求める。
「変化に抵抗が無いならボクスドラゴンを認めることはできないのか?」
『変化はただの手段……わたしたちドラゴンが生き延びるため、の……』
 言葉は、それきり。
 活動を停止したヘレイヤは、草花の如く、色を失い、静かに朽ちていくのだった。
 クラトが、刀を濡らしたドラゴンの血をぬぐい取る。昂った心を整えるように。
 樹海決戦からの撤退者、そして、他の魔竜にあたった味方の無事を願うルーシィド。
 すると、フラッタリーが竜の痕跡を焼却しているのが見えた。
「フラッタリーさん、それは……?」
「念のためということでー」
 念のためは大事だ。
 激戦の熱収まらぬまま、遊鬼やアデレードが周囲を警戒する中、アメで糖分を補給するモモ。まだメンタルのスイッチはオンのまま。
 魔竜討伐は叶った。しかし、達成感の中に、満たされぬ感情もある。
「まだ何も、終わってはいませんからな……」
 赤煙が見据える先には、既に、次なる戦いの片鱗がとらえられているようだった。

作者:七尾マサムネ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年10月16日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。