富士樹海魔竜決戦~破壊と殺戮の魔竜転生

作者:雷紋寺音弥

●目覚める魔竜
 鬱蒼とした樹海の奥地。薄暗い森の奥に鎮座するのは、その身に数多の傷を負った巨大な竜。
 竜は、既に立ち上がる力も飛び立つ力もないようだった。後は、このまま樹海の奥で朽ち果てるのみ。何も知らない者からすれば、そう思われたかもしれないが……しかし、竜の表情から怒りも悲しみも、そして絶望さえも感じ取ることができなかった。
 圧倒的な強者の余裕か。否、そうではない。竜は、ここで朽ちることに満足しているのだ。己が朽ちることによって、その身を依代として新たな竜を産めることに。力を奪われた竜達に、魔性の力を授けられるということに。
 静かに目を閉じ、朽ち果てて行く樹母竜リンドヴルム。そして、その身の中で蠢くおぞましい力を宿した魔性の存在。
 やがて、リンドブルムの肉体を食い破ることで誕生した魔性の竜達が、樹海の奥で次々と雄叫びを上げた。代償として、リンドヴルムの肉体は宝玉と化してしまったが、それさえも竜達にとっては必要な犠牲に過ぎなかった。
「……ようやく、この身に新たな力を宿し、転生を果たすことができたか。さあ、ここからは我等の時間だ……」
 一際神々しい輝きを放つ白き竜が、静かに呟いた。魔竜ジェノサイド・サード。破壊と殺戮を好む白き悪魔は、その瞳の奥に嗜虐的な光を宿しながら、新たな力を得た肉体の感触を確かめるようにして翼を広げた。

●白き殺戮者
「召集に応じてくれ、感謝する。クゥ・ウルク=アン樹海決戦に向かったケルベロス達だが、彼らがかつてない危機に見舞われている」
 大至急現場に向かい、彼らの撤退を援護して欲しい。そう告げるクロート・エステス(ドワーフのヘリオライダー・en0211)の表情は、今までになく険しいものだった。
「樹海での決戦に向かった者達の手によって、クゥ・ウルク=アンは撃破された。それ自体は喜ぶべきことなのかもしれないが……不完全ながらも孵化した17体の魔竜によって、彼らが蹂躙されようとしている」
 魔竜。元よりその名を冠する者と、樹母竜リンドヴルムの力で『魔竜となった』存在の二種類がいるが、その強さに大差はない。彼らは攻性植物と同化しており、戦闘力も極めて高い。
 幸いなのは、同化に必要な時間や孵化に必要なグラビティ・チェインが不足していた為、頭数が完全に揃っていないということだ。『樹母竜リンドヴルム』のグラビティ・チェインも全て奪い尽くして孵化したので、当然のことながらリンドヴルムも、孵化に失敗した魔竜共々、コギトエルゴスムと化している。
「正直、魔竜と全面決戦にならないだけでもマシだが……それでも、魔竜を17体も相手にしなければいけない時点で、十分に危険な事態だ。連中は孵化したばかりで、充分なグラビティ・チェインを得ていない上に、攻性植物と融合した肉体の扱いに慣れていないが……戦いが長引けば、やがて肉体の扱いにも慣れて、全力で能力を使いこなしてくるだろうからな」
 短期決戦に持ち込めなければ、それだけ勝率は低くなる。万全な状態の魔竜を前にして、無事に帰還できる保証はどこにもない。
「お前達に相手をしてもらいたいのは、魔竜ジェノサイド・サード。ドラゴン・ウォーでも姿が確認されているドラゴンだが、あの時はゲートの破壊で精一杯で、こいつを相手にしている余裕はなかったな」
 その結果、逃げ延びたジェノサイド・サードが帰って来た。新たなる力と肉体を得て、更なる恐ろしい存在と化して。
「ジェノサイド・サードは、その名の通り、破壊と殺戮を好む竜だ。魔竜の中でも随一と呼べる程の美しい姿をしているが、見た目に騙されるなよ。残忍で狡猾、おまけに弱者を蹂躙することを至高とする、絵に描いたような外道だからな」
 現在の魔竜ジェノサイド・サードは、その攻撃手段にも攻性植物の影響が表れており、以前とは異なる能力で攻撃して来る。翼から放たれる白薔薇の花吹雪は、その花弁一枚一枚が鋭利な刃物となって魔法防御さえも完全に破壊。口から吐くブレスは黄金の樹液を思わせる粒子が含まれており、これに触れただけで、あらゆる防具が溶けてしまう。
 また、茨の刺を自由自在に出し入れできる鋸状をした尾の攻撃も強烈で、これを相手に巻き付け、何度も鱗や刺を突き刺すことによって、致命的なダメージを与えて来る。長期戦になればなるほど攻撃を受けた際のダメージが増してしまうが、準備に時間をかけたところで、それを容易に崩され兼ねないのは厄介だ。
「魔竜はかなりの強敵だ。無理を言っているのは百も承知だが……それでも、クゥ・ウルク=アンを撃破した仲間達を、ここで見捨てるわけにはいかないからな」
 この戦いで勝利できれば、ユグドラシル残党の魔竜勢力を壊滅させる事が出来るかもしれない。困難な任務だが、是非とも力を貸して欲しい。そう言って、クロートは改めてケルベロス達に依頼した。


参加者
月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132)
ムギ・マキシマム(赤鬼・e01182)
若生・めぐみ(めぐみんカワイイ・e04506)
円城・キアリ(傷だらけの仔猫・e09214)
リリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)
狼炎・ジグ(恨み貪る者・e83604)

■リプレイ

●魔竜邂逅
 鬱蒼とした樹海を抜けると、唐突に開けた場所に出た。
 周囲を木々に囲まれた薄暗い場所。その中央に鎮座するのは、白く輝く鱗を全身に纏った竜である。
「……やはり、来たか。だが、如何に地獄の番犬といえど、今の我を止める術はないと知るがいい!」
 その巨体を大きく持ち上げ、魔竜ジェノサイド・サードが高々と吠えた。瞬間、金色の吐息が放たれるのを見て、月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132)は鎖を展開しつつ叫んだ。
「全員、散開するのじゃ! こやつ……一筋縄では行かぬぞ!」
 オルトロスのリキに守られる形で、朔耶は辛うじて攻撃を避け、鎖を展開することはできた。が、その代償としてリキの全身からは白い煙が立ち上り、肉が焦げるような嫌な匂いが漂っていた。
「こちらを溶かすつもり!? ……あれに当たるわけにはいかないわね」
 同じく、相棒であるテレビウムのシュテルネが煙を上げて悶絶しているのを見て、ローレライ・ウィッシュスター(白羊の盾・e00352)が思わず口にした。
 未だ、完全に力を制御できていないというのに、なんという威力だろうか。もし、その力を完全に制御できるようになったならば……恐らく、万に一つも勝ち目はない。
「魔竜は放置しておくと復活する……なんて、知りたくなかった新情報だな」
「おまけに、攻性植物の力を宿すとはまた面倒な……。まあいい、やるべき事は変わらない」
 苦笑するヴォルフ・フェアレーター(闇狼・e00354)の言葉に、頷くムギ・マキシマム(赤鬼・e01182)。敵は強大だが、焦らず確実に戦うのみ。それが魔竜を倒すための、一番の近道なのだから。
「さあ、何処まで逃げてくれますか?」
 まずは挨拶代わりにと、ヴォルフは自慢の一撃を繰り出した。が、それを避けるような素振りさえ見せず、ジェノサイド・サードは正面から彼の攻撃を受け止めた。
「逃げる……だと? 貴様ら如きに、何故、我が逃げねばならぬのだ?」
 圧倒的な力の差を見せつけるが如く、ジェノサイド・サードは敢えてヴォルフの攻撃を受けたのだ。その上で、傷の具合を確かめながら、確信したように告げる。お前達は所詮、狩りの獲物に過ぎないのだと。新たな力を得た魔竜の前では、地獄の番犬とて無力なのだと。
「やっぱり手強いわね。でも……」
 かつて、一戦交えた時のことを思い出し、円城・キアリ(傷だらけの仔猫・e09214)は無意識の内に拳を握っていた。
 ここで退き下がることはできないと、頭の中では理解しているつもりだ。しかし、あまりに強大な存在を前にして、どうしても身体に力が入ってしまうのは仕方がない。
「よく狙え、大丈夫だ当てられる、その為に俺がいる」
 銀色の粒子を散布し、ムギが言った。彼の力を以てすれば、前衛を務める者達が攻撃を外すことは考えられない。ならば、後方を守るキアリとしては、ここで失態を犯すわけにもいかない。
「ずっと、あなたともう一度戦える機会を待っていたわ。今度は……今度こそ討つ!」
 相棒のアロンと共に、キアリはジェノサイド・サードへと仕掛けた。彼女が如意棒を激しく振るえば、それに合わせてアロンも刃を咥え、走り出す。一撃、一撃の威力は期待できなくとも、今は少しでも敵の力を削いでおかねば。
「さあ、こっちですよ。私が相手です」
 矢継ぎ早に仕掛けられる攻撃の雨に全く動じないジェノサイド・サードへ、今度は若生・めぐみ(めぐみんカワイイ・e04506)が自らの歌を響かせる。もっとも、本来であれば多対一の状況でこそ威力を発揮する楽曲では、決定的なダメージを与えるには至らなかったが。
「図体も態度もでけぇのは御変わりなくってか。ホントてめぇと同族とか死んでも思われたくねぇな」
 続けて、狼炎・ジグ(恨み貪る者・e83604)が斬り掛かるも、その攻撃をジェノサイド・サードは棘だらけの尾でしっかりと受け止めていた。
「同族だと? 出来損ないの竜人如きが、思い上がるな! 貴様らと我とでは、存在の格が違うのだ!」
 やはり、強い。単に傲慢なのではなく、ジェノサイド・サードは自らの力に絶対的な自信を持てる程の強さを、しっかりと身に着けた上で復活している。
「時間をかけると、それだけ不利だね。……できるだけ早く、終わらせるよ」
 二丁の拳銃を抜き、リリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)は素早くそれらを連射した。白銀の鱗に銃弾が当たる度に火花が散り、銃声が樹海の中に響き渡った。

●壁崩す花
 攻性植物の力を得て、凄まじいパワーアップを遂げたジェノサイド・サード。その力量はケルベロス達の想像を、遥かに上回るものだった。
「前は本当に無口だったのに、やけに饒舌になったわね。それも攻性植物の影響?」
「影響だと? 違うな……我は新たな力を得て転生したのだ。口の利き方には気をつけてもらおう!」
 キアリの斧でその身を斬り裂かれても、ジェノサイド・サードは全く動ぜず、彼女のことを振り払う。攻撃が効いていないのではない。相手の体力とパワーが、圧倒的過ぎるのだ。
「みんな、気合を入れて頑張りましょう。必ず勝てますよ」
 めぐみがスイッチを押し、仲間達の後ろで極彩色の爆発を起こすも、ジェノサイド・サードはそれを見て、不敵な笑みを浮かべているだけだった。
「ふっ……下らぬ。そのような児戯で、我に勝とうなどとは笑止千万!」
 翼を広げ、ジェノサイド・サードが凄まじい突風を巻き起こす。それに乗り周囲に撒き散らされる無数の花弁。それらは、一枚一枚が鋭利な刃物と同じ鋭さを以て、ケルベロス達の纏う加護を全て破壊してしまうのだ。
「まだまだ、ここから立て直すのじゃ!」
 慌てて、朔耶が黄金の果実を掲げるも、果たしてどこまで効果があるだろうか。時間の経過に伴い力を取り戻しつつあるジェノサイド・サードの攻撃は、ますます苛烈になっている。既に、広範囲攻撃の威力ですらケルベロス単独での回復量を越えており、複数人態勢で支えねば、とてもではないが間に合わない。
「シュテルネ達も限界……。でも、ここで退き下がるわけには……」
 消え行く相棒の姿を横目に、ローレライも竜砲弾で牽制するので手一杯。壁役を任されていたリキ、シュテルネ、そしてらぶりんといったサーヴァント達は、主の代わりに攻撃を受け止め過ぎた結果、悉く粉砕され消えていた。
「とんでもないやつだね。でも……まだ、力は完全に壊されていないよ」
 自分の中に未だ加護が宿っていることを確信し、リリエッタが跳んだ。サーヴァント達の身を挺した行動によって、一部の者達には未だ力が残っている。この先、いつどこで破壊されるかもしれないが、それならば畳み掛けられる機会を逃さず仕掛けるのみ。
 ジェットパックの力で空高く舞い上がったかと思うと、リリエッタはそのまま全体重を乗せた踵落としをジェノサイド・サードの頭部に見舞った。続けて、今度はジグがチェーンソー剣を構え、擦れ違い様に斬り付ければ。
「まずは皮を削いでやるよ。その次は、肉を抉ってやる」
 振動する刃が唸りを上げて、ジェノサイド・サードへと襲い掛かる。白鱗が爆ぜ、白き竜の身体から、なんとも青臭い体液が飛び散った。
 だが、それでも白き竜は、怯む素振りさえ見せようとしない。徐々に、力を取り戻しつつあるからだろうか。その肉体は激しく傷つけられていたが、それでも未だ彼は己の勝ちを確信しているのだ。
「さて、そろそろ本気で行かせてもらおうか」
 今までの戦いは様子見だったとばかりに、ヴォルフが高速の突きを繰り出すも、相手の動きを止めるには少しばかりの時間を要する。初手に用いていれば、あるいは機会も増やせたかもしれないが。
「まだだ! まだ、俺がいるぞ!」
 ならば、その効果を存分に発揮できるよう傷口を抉ってやろうと、ムギがナイフを片手にジェノサイド・サードへと迫った。
 短期決戦を仕掛けると決めた以上、残された時間は、もう僅か。折り返しの時を迎え、戦いはますます激しさを増して行く。

●決死戦
 戦いが佳境を迎えるにつれ、力の使い方を理解して行くジェノサイド・サード。その攻撃の激しさと苛烈さは、邂逅した当初のものとは比べ物にならない程に強大になっていた。
「うぅ……ま、まだです……。まだ、やれます……」
 サーヴァント達の大半が消滅させられた今、残る壁はめぐみだけ。しかし、迂闊に敵の攻撃を引き付けてしまったため、彼女は他の前衛達も巻き込む形で、激しい攻撃に晒され続けていた。
「ふははは! 痒い、痒いぞ! 貴様の力は、その程度のものか?」
 めぐみの歌に正面から挑み、笑い飛ばすジェノサイド・サード。やはり、威力が広域に拡散する歌では、魔竜に決定的なダメージを与えられない。せいぜい、その攻撃力を、少しばかり削ぐのが精一杯であり。
「星霊よ……さぁ、謳ってごらん」
 見兼ねた朔耶が半透明の星霊を召喚してめぐみをフォローするも、彼女の傷は完全に塞がらなかった。幾度となく仲間の盾として魔竜の攻撃を受け続けた結果、めぐみの身体にはダメージが蓄積し、戦いの中の回復だけでは、もはや全快できなくなっていたのだ。
 だが、それはジェノサイド・サードとて同じこと。回復手段を持たない魔竜もまた、その身に刻まれた傷の数は増えている。このまま長期戦になっては拙いのは互いに同じ。それを、魔竜自身も理解しているのだろう。
「そろそろ、終わりにさせてもらおうか。貴様達の相手ばかり、しているわけにもいかんのでな」
 ジェノサイド・サードの瞳が怪しく光り、巨大な尾が鞭のように伸びて来た。それは、前衛を務める者達の脇を軽々と擦り抜け、ムギの身体に纏わり付くと、彼を締め上げ高々と持ち上げた。
「ぐぅっ!? な、なんという力だ!」
「ふふふ……いくら抗おうと無駄な事。我の棘は、一度でも食い込んだら、絶対に抜けぬぞ?」
 尾から生えた無数の棘が、ムギの身体を貫いて行く。このままでは、数分と持たずに串刺しだ。しかし、それだけ力を込めても、棘を抜くことはおろか、締め付ける尾を振り払うことさえできそうにない。
「ならば……この筋肉が何の為にあるか教えてやる! 俺の筋肉を舐めるなぁあああ!!!」
 それでも、ムギは諦めることなく、己の右腕を炎に変えて叫んだ。尾を外すことができないというのなら、この状態のまま一矢報いるまで。
「筋・肉・全・開!!! 心臓よ鳴り響け、我が手に焔の刃を宿せ!」
 炎の刃と化した右腕を、ジェノサイド・サードの尾に振り下ろすムギ。さすがに、この状況で反撃されると思っていなかったのか、魔竜の拘束が一瞬だけ緩み。
「チャンスだわ! 総攻撃で、一気に決めるわよ!」
 敵の心に僅かばかりの動揺が走った隙を、ローレライは見逃さなかった。そのまま、死角に回り込んで脚にハンマーの一撃を食らわせたことで、魔竜の巨体がバランスを崩して転倒し。
「転生したってことは、どうせ地獄を見てないんだろ? 拝ませてやるから喜べよ」
 ここぞとばかりに、全身に怨念を憑依させたジグが、ジェノサイド・サードの顔面を殴り飛ばした。魔竜にとっては、蚊の刺した程の痛みも感じない拳だったかもしれない。だが、この技の本領は拳の威力ではなく、それにより刻まれた呪詛の証だ。
「ほら、嗤って……嘆け」
「ぬぅ……お、おのれぇ……」
 身体に刻まれた怨恨の印にジェノサイド・サードが気付いた時には、既に遅し。全身を侵食して行く怒りと恨みの呪いは、さしもの魔竜も止める術を持ってはおらず。
「ドラゴン達の時間なんて訪れない、ここで終わりだよ!」
 親友の幻影を呼び出しつつ、リリエッタが銃を構えた。その銃口から放たれる銃弾は、先程までのものとは異なる魔力弾。
「ルー、力を貸して! ――――これで決めるよ、スパイク・バレット!」
 循環させた魔力を込め、リリエッタの銃弾が魔竜の甲殻を抉り、そして食らいつく。薔薇には薔薇を、棘には棘を。深々と肉を抉り、骨を砕いたところへ、更にキアリもまた仕掛けて行く。
「あなたの技を借りるわよ……朝顔。あの子の炎は、わたしと共にある!」
 回復が間に合わないなら、敵の命を奪うまで。黄金の炎を狐の尾の如き形状にして繰り出しつつ、キアリはその一撃で魔竜の身体を焼いた。それぞれ、傷ついた身体で果敢に攻撃を仕掛ける様は、正に捨て身。しかし、一見して無謀にしか見えない突撃であっても、その先に待つ未来に絶望はしていない。
「な、何故だ! 貴様達の身体は既に限界のはず! それなのに……何故、そこまで戦えるのだ!」
 瀕死の獲物に、反対に食らいつかれ、追い詰められた。そのことが、ジェノサイド・サードはどうしても理解できなかったのだろう。全てを喰らい、全てを壊し、全てを殺し尽くす魔竜にとっては、己の存在のみが絶対だ。故に、仲間と共に力を合わせ、多くの者の想いを背負い、そして誰かの未来を守るために戦う者の信念は、百万回転生したところで理解できまい。
「勝負あったな。もはや、興味もない……」
 辛うじて命を繋ぎ止めていたジェノサイド・サードへと、最後にヴォルフが槍の一撃を繰り出し、そして胸板を穿つ。その白く美しい身体を不快な臭気を放つ体液で染めながら、魔竜は樹海の大地に沈み、そして静かに消えて行った。

●終末への序曲
 戦いは終わった。かなりの苦戦を強いられたものの、それでも恐るべき魔竜の討伐に、ケルベロス達は成功していた。
 もっとも、決して相性が良いとは言えない戦い方をした代償は大きく、多くの者が限界寸前まで傷ついていた。この状況で、死傷者が出なかったのは奇跡に等しい。ヘリオンデバイスの力を得ていなかったら、恐らくは悲惨なことになっていたはずである。
「はぁ……。な、なんとか、勝てましたけど……」
「さすがに、他の班の援護に向かったり、ドラゴンのコギトエルゴスムを探したりする余裕はなさそうね」
 溜息を吐いて座り込んだめぐみの横で、キアリが呟いた。他の面々も、状況は理解しているのか、それについては何も言わなかった。
「まさかのコギト玉から復活とか、ドラゴンの生命力を舐めてたわ……」
「宇宙にドラゴンが現れた時も思ったけれど、敵も必死なのよね」
 互いに、どちらかが滅ぶまで終わらないであろう生存競争。その過酷さを改めて実感し、朔耶とローレライは天を仰ぎ。
「クソトカゲどもが……。来るなら来いってやつだ」
 ジグもまた、決戦の日がそう遠くないことを実感しつつ、踵を返して去って行く。
「やる事はやった、後は他の奴らを信じるだけだ」
「ん、そうだね。今は他の人達を信じることにするよ」
 ムギの言葉に頷くリリエッタ。自分達も勝てたのだ。だから、きっと大丈夫だと信じ、彼らは樹海を後にした。

作者:雷紋寺音弥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年10月16日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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