●魔竜再誕
樹海の奥で、樹々の女王の如き竜が胎を抱えて呻いている。
迫り来る番犬。最後の護り手である邪樹竜も敗れ、もはや時はない。
今、かき集められる全ての力で、己が使命を果たすしかなかった。
ひときわ甲高い咆哮と共に、樹母竜の腹部が裂ける。
『よくやったぞ……リンドヴルム! 我、定命化の軛を逃れ、ここに再誕せり!』
そう叫んで肉を破るのは、星空の如き黒い鱗。
いや、それだけではない。
無数の爪と牙が、膨れ上がるように巨大化しながら、母を食い破る蜘蛛のように樹母竜の胎を引き裂いていく。
周囲に散らばる無数の宝玉は、育ち悪く間引かれた竜の残骸。孵化はしたものの魔を得るに至らなかった者たちは放逐し、森に配したマリュウモドキを喰い尽くし、遂には樹母竜さえもが再誕の為に身を捧げた。
全ての犠牲を踏みしだき、樹海の奥に魔竜の群れが生まれ落ちる。
『……新顔も多いようだが、体を慣らす暇はないぞ。早急に再誕せねばならなかった原因が、すぐそこまで迫っている』
黒鱗の竜は木々の合間に、樹海を暴かんとする番犬どもの気配を見る。
『まとまり行けば、全滅の危険もある。ここは散り、各々でこの場を切り抜けるのだ』
弱肉強食は、竜の倣い。より強き者が生き残り、生き残る者は犠牲を糧に更に強くなる使命を背負う。討ち払い、蹴散らして、この包囲を抜けるのみ。
稲妻、火焔、爪牙に誘惑、そして竜語の魔法陣……それぞれの魔竜の怒気が満ち満ちて、森の暗がりの中に燃え上がる。
『……魔を帯びし、兄弟姉妹よ。共に、聖王女の下で再会を果たさん!』
漆黒の竜鱗に四翼の魔竜。
名を魔竜クリエイション・ダーク。
迸る竜語魔法陣は花を描く紋様と化し、その身には星々の代わりに花々を煌めかせて、歴戦を生き延びた魔竜は群れを離れて飛翔する。
今、どこよりも深い樹海の奥に。
いずれ劣らぬ魔性を帯びた、17の魔竜が咲き誇る……。
●樹海の決戦
富士樹海の側にある簡易拠点で、望月・小夜は地図を広げる。
「クゥ・ウルク=アン樹海決戦の結果が出ました。作戦は成功し、首尾よくクゥ・ウルク=アンを撃破した模様です」
だが小夜の顔は険しく、作戦成功を寿いでいるようには全く見えない。
それもそのはずだ。
「ですが、作戦に参加した方々に危機が迫っています。次の予知を得た結果、樹母竜リンドヴルムどもは、自身の身と樹海に配置したマリュウモドキたちの全てを生贄に捧げ、不完全ながらも17体の魔竜を孵化させることがわかりました」
どうやらニーズヘッグたちドラゴニア主流派に同じく、ユグドラシルの根を喰ってグラビティ・チェインを得て、その力を全て魔竜の卵に捧げる計画であったらしい。
「定命化を逃れ、更には攻性植物の力まで取り込んで、より強い魔竜として再誕する……そのための儀式だったようですね。急ぎ救援に向かわなければ、樹海決戦に参加した方々は蹂躙され、魔竜たちが解き放たれてしまうでしょう」
そこで急ぎ樹海に向かい、作戦参加班の撤退を援護。
孵化した17体の魔竜を迎え撃つ。
それが、今回の作戦だ。
●闇の紡ぎ手、再び
「皆さんに担当して頂くのは、魔竜クリエイション・ダーク。熊本で誕生してから今まで、歴戦を生き延びてきた魔竜です」
かつて竜十字島を指揮した魔竜の生き残りも、今回の作戦において卵まで戻り、樹母竜によって再誕している。定命化を逃れ、攻性植物との融合を果たすためだ。
「多彩な竜語魔法陣を操り、多数の敵を同時に相手取って一歩も退くことのない難敵。知っての通り敵が十全であれば、この人数では勝ち目は薄いでしょう。しかし……」
敵はこちらに計画を暴かれ、急遽、再誕をしなければならなかったため、十分なグラビティ・チェインを確保できていない。こちらは以前より成長した力に加え、ヘリオンデバイスもある。勝ち目はあるはずだ。
「ええ。更に、魔竜たちの体は攻性植物と融合しているのですが、その体にまだ魔竜本体が慣れていません。戦闘開始直後は、動きがぎこちないでしょう。闘いが長引くほど能力を使いこなし始めますので注意が必要ですが、つけ入る隙になるはずです」
すなわち、狙うとすれば短期決戦。
だが完全な状態にはほど遠いとは言え、敵は魔竜の血族。確実に勝てるとは、とても言えない。
「今作戦における最優先目標は、作戦参加者の生還。それは、向こうも同じです。戦闘後は、魔竜どもも戦場から離脱し撤退すると予知されています。勝つのが難しい場合、それを狙うのも選択肢。無茶だけはしないでくださいね」
撤退した場合、魔竜は聖王女軍に合流するつもりのようだ。
と、小夜はそれだけ言い含め、ブリーフィングを終える。
「ここで完全勝利すれば、ユグドラシル残党の魔竜勢力は壊滅。熊本よりの因縁に、決着を付けましょう……出撃準備を、お願い申し上げます」
小夜はそう言って、頭を下げるのだった。
参加者 | |
---|---|
伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099) |
マルティナ・ブラチフォード(凛乎たる金剛石・e00462) |
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771) |
アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921) |
エヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455) |
ノチユ・エテルニタ(宙に咲けべば・e22615) |
ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007) |
結城・勇(贋作勇者・e23059) |
●
飛翔するヘリオンからエヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)が仲間たちを見下ろして。
「あ、見えた。義姉さん、助けにきたよー……って、みんな取って返して魔竜ボコ殴り大会はじめそうだね」
高速で機首が翻る中、ノチユ・エテルニタ(宙に咲けべば・e22615)がぽつりと呟く。
「……みんな無事? ならよかった。ここからは、僕らが相手だ。向こうは覚えちゃいないだろうけど……これは、リベンジだ」
その視線と絡むのは、結城・勇(贋作勇者・e23059)。
「ああ。アイツが出てくると聞いちゃな。居ても立っても居られねぇ。勇者ってのは、同じ相手に二度は負けねぇのさ」
「俺も忘れンでくれよ? あっちこっちに合流して、わざわざ来たんだ。向こうさんを合流させるつもりは、もとより無いからネ」
にやりとするキソラ・ライゼ(空の破片・e02771)の後ろから、コマンドワードが響き渡る。
「接近限界距離です! ご武運を! それでは『作戦開始』!」
迸る光の中、アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)は、地を滑りながら向き直った。来た方向へ。
「援軍ご到着ね……この身は未だ健在で銃弾も尽きてはいない。ならば向けるべきは背ではなく……侵略者へ永劫の滅びを与える牙よ」
アルベルトと、同班であった伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)が並んで足を止めて。
「んう。草か、ドラゴンか。なんでもきっちり、どかーん、だぞ。やっぱり、かたづけ、してから、帰らないとなー」
「ここ、は逃げの一手と思っていました、が、これだけの方がいればいけそうです、ね」
同意を示すのは、ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)。傍らに浮かんだヘルキャットが、欠伸を一つ。
「反転攻勢、包囲殲滅。ぜひ、私も協力させていただき、ます」
駆け戻ってくる仲間がそれぞれ援軍と合流するのを背に、マルティナ・ブラチフォード(凛乎たる金剛石・e00462)が、その白刃を引き抜いた。
「戦線の再構築は済んだな。今、この機を逃がせば奴らが後々の脅威になるのは必然だ。強敵だが、聖王女軍に合流はさせん……!」
番犬たちは刃の壁と化して、魔竜を阻む。
その前に降りるは、黒鱗に花を煌めかせた巨竜。
『久しいな、虫けらども。再び蹴散らしてくれよう……!』
軽く掃うように樹々を薙いで、緋の花の咲く暗闇が翼を広げた。
そして、富士樹海魔竜決戦の火蓋が、ここに落ちる。
●
凄まじい咆哮の中、絡み合う植物の如き竜語が空に広がって、茨の如く稲妻が走る。
「寝惚けて可愛いフォントになってんネ。でも、ソイツはよォく覚えてる。直撃なんて、させやせんよ?」
キソラが呼ぶ旋風が、同じく稲妻を纏って仲間たちを覆う。雷撃が衝突し、余波が樹海を薙ぎ払う。その土煙を破り、暗い影が魔竜へと喰らい付いた。
『……なに?』
「言われた通り、狙いも威力も、甘い! 力を取り戻す前に、ここで仕留めるぞ! 短期決戦で決着をつける!」
放ったブラックスライムを戻し、マルティナは細剣で稲妻を受け止める。続けて竜弾を構えるのは、アウレリア。
「先ほどの闘いで、この辺りの地形は把握済み。蹴散らす? 死地に踏み込んだのは、あなたの方よ。さあ……!」
アルベルトがそれを操り、軌道を曲げて魔竜の横腹を撃ち抜いた。
『ぐっ……まだ体が利かぬか……吹き掃えぬとは』
「寝起きでハラペコだからって、容赦なんてできないよ。さあ、星の雫を纏いて生命を歌う、小さき友よ……お願い」
エヴァリーナの祈りが、小さな光を呼び寄せる。舞い踊る光が護り手たちの傷を癒して加護を紡ぐ中、魔竜の死角から二つの影が飛翔する。
「寝起きに悪いね……でも、あの時とは違う。今はお前に手が届く。なら、寝首を掻くことに何の罪悪感もない」
「なぁ、覚えてるかぃ? 俺たちを。赤子の手を捻るたぁ、行かねぇだろうが……負けた借りを返しに来たぜ!」
巨体を駆け上り、ノチユの槌と勇の剣が黒鱗を裂いた。魔竜はまだ動きの鈍い腕で魔法陣を描きだした。
『あの時の虫けらどもか。貴様ら如きに……っ!』
蒼い炎が、草萌えるように大地を呑む。対するウィルマは、後衛へ鎖の結界を展開し、灼熱から仲間を護って。
「身を癒し、お力を取り戻すため、大変ご苦労なさった、こととは思いますが。申し訳ありません……さようなら」
更に、ヘルキャットの癒しを受けて勇名が炎から跳躍する。その身を弾丸の如く、魔竜の顎下を蹴り抜いて。
「いまの火……さっきより、ちょびっと……重い……?」
仲間たちが次々に巨体へと殺到し、竜は手足を振り回しながら後退する。
……押している。
だが勇名は、目を細めた。
「いま、幾つかこうげき、ふせいだ、な……速くなってる」
奴は力を取り戻すため、時を稼いでいる。
そう。これは互いに、時間との闘いなのだ。
●
宙を舞うのは攻め手二人のみ。従者も後衛に配した結果、人数は後ろに集中した。前に残った三人で、それを庇う形だ。
全員が飛んで纏めて大魔術の的にされるより良いが、その身には傷が増えつつある。
「挟むぞ! 合わせてくれ!」
「むい。あわせて、うつ……どーん」
マルティナの力場と勇名の竜弾が爆裂し、魔竜を押し戻す。
「寝惚けてる内に出来るだけ削らせてもらおうか」
「援護、します。元気になっても、暴れない、よう……」
キソラの槍とウィルマの鎖が黒鱗を裂いて、迸る雷撃はアウレリアが受け止める。
「二度と再誕など出来ぬ様……滅ぼすのみよ」
「ああ。この手の力は、こいつを殺す為にある……」
アルベルトを引き連れて、ノチユが残像を残して腹を裂いた。竜はたまらず咆哮を上げ、身に花を咲かせて傷を塞ぐ。
『おのれ……せいぜい楽しめ。敗北までの僅かな時を……』
「何を格好つけてんだ。可愛らしい花なんか咲かせちまってよ!」
「朝お布団から出るのが辛いのはわかるけどね……ね、猫ちゃん」
ヘルキャットとエヴァリーナが光の加護を放ち、勇の拳がそれに乗って竜の顔を打ち抜く。
このままなら、勝てる。
だが……戦線は、膠着しつつあった。
「あの竜、かいふく、こうげき、の、くりかえし……だな」
「待ちの、戦術、ですね……しかし、こう、後衛が、多いと……」
「傷が増えてきた……いや、私たちに構うな。どうにかする……!」
「ええ、崩させない。デバイスのおかげで、まだいけるわ」
倒れる者はいないが、僅かに攻め抜けない。自己回復に、手間を取られ始めている。
(「ねぼすけさんの攻撃に、狙われる人数が多すぎる……」)
(「チッ……! 俺ら攻め手が飛ばずに、前に残るべきだったかぃ?」)
(「いや……そうしたら今度は、五人になった前衛が狙われただけだ」)
(「オレだけ中衛だから、無視ネ……あと一人か二人、こっちにいりゃあ……」)
今のうちに、敵を削らなければならないのに。
焦る時間が、募る。
そして……その時は、訪れる。
蹲る竜の目が光った時。唸り声と共に、大地に黒い魔法陣が走り抜けた。
『時は、満ちた……! お前たちは、もう終わりだ!』
「!」
魔法陣から爆裂する、黒い茨影。ヘルキャットとアルベルトが、呑み込まれるように貫かれ、消失する。
「ヘルキャット、さん……我々の勝利、の、ために……ありがとう」
ノチユを庇い、ウィルマの身から緋が弾けた。二人が飛ばした鎖と氷が突き刺さっても、もはや魔竜は後退しない。
「今までとは勢いがまるで違う……! 力を完全に取り戻したのね」
アウレリアが瞬間的に抜き放った銃が、魔竜の足を貫いた。マルティナの捕縛の影は膝に喰らい付き、後衛の仲間が立ち上がる隙をこじ開ける。
だが。
「あ、う……? めが……なんか、へん、だぞー……」
勇名が、勇が、がくりと膝をつく。エヴァリーナが、ハッと振り返って。
「二人とも……! 今、治しにいくからね。ちょっと待って」
「毒の威力まで、上がりやがったか……俺ァ、後でいい! そっちを頼む!」
賦活の雷撃が迸る。毒によろめきながらも、竜弾と火焔が飛ぶ。炎が視界を奪った一瞬で、キソラのバールが敵の首に突き刺る。
だが、もはや魔竜は怯まない。
凄まじい咆哮が、反撃の狼煙だった。
●
「前も後ろもヤバいかもしれんとなりゃ、オレが止めるしかないわな……!」
キソラの蹴りが痺れを伴って敵の背を貫き、敵の動きを乱しにかかる。狙われていなかった彼にだけは、まだ余力がある。
だから、こそ。
『飛び回る蠅め。咲き誇れ、我が渾身……!』
ハッと気づいた時、空間が花の形に切り取られ、キソラを内に捕えていた。それは歪みながら伸縮を始め、脱することを許さない。
「っ……!」
身が捩じられて行く感覚が全身に走り始めたその時。炎を纏った巨大な剣が飛び出して、魔竜の片目を裂いた。
「やらせ、は、しません」
それはウィルマのブレイドマスタリー。だが魔竜は一瞬怯んでも、空間崩壊を止めはしない。キソラの骨肉を裂き始める空間の歪みに向け、彼女は走り抜ける。
「よせ。そっちが残るンだ……!」
「いいえ。一人でも、攻め手を残す、のが……私の、使命、です……から」
寸前で、ウィルマはキソラへ激突する。キソラの身が放り出された瞬間、空間は閃光と共に崩れ去った。
その中に、一人の女を巻き込んだまま……。
紅く捩じられたぼろ布のように、ウィルマの身が地に沈む。
(「戦線が崩れていく……私たちは、削り切れなかった」)
アウレリアの拳銃が敵の傷口を狙って火を噴く。その前では、ノチユが片膝をつきながら己の身を癒そうとしている。
「咲き誇っていいのは……お前みたいな邪悪じゃない」
だがすでに、魔竜は天に炎の陣を描いていた。アウレリアは咄嗟に弾の尽きた拳銃を投げ、ノチユ目掛けて降り注ぐ炎の一つを、生身で弾いて。
「そうよ。敵も大分、消耗してるわ。これはもう、正面切っての削り合い。その手を止めたら駄目よ」
空から殺到してくる炎は、弾くたびに草のように纏わりついて彼女の身を包んでいく。だが火達磨になりながらも、アウレリアは仲間を庇うのをやめはしない。
「さあ、行くのよ……私を……顧みない、で」
「ああ……必ず奴を、地獄に送るよ」
そしてノチユは、炎から飛び出した。
その槌が魔竜の肩に食い込むのを見届けて、彼女は蒼炎に呑まれて頽れる……。
稲妻が走り、小さな体が弾かれて宙を舞う。
地面に激突する寸前……柔らかな手がその身を受け止めた。
「うー……えばりー、な……? ぼく……しび、しび……」
「うん。大丈夫だよ、勇名ちゃん。今、治すから」
レスキュードローンが傘のように勇名の姿を隠す中、頭を膝に乗せてエヴァリーナは傷を丁寧に魔術縫合していく。
薄く目を開けた勇名の顔に、ぽたり、ぽたりと生温かな水が落ちる。それに触れると、ぬるりとした紅が指に絡みついていた。
「これ……血か? だいじょぶか? もしかして、けが……」
起き上がり、声が止まる。
蒼白な顔で微笑むエヴァリーナの脇腹は、すでに稲妻に抉り抜かれていた。
「義姉さんやみんなと一緒に……ねぼすけ魔竜をしばきたかった、けど……お任せすることに、なって……ごめんね」
意識を失う体を咄嗟に受け止めると、レスキュードローンが優しく彼女を上に乗せる。
「えばりーな……」
振り返れば、魔竜は遂に、因縁の者を追い詰めていた。
片膝をつく勇とマルティナ。血に塗れた魔竜は、空間を崩壊させながらにじり寄る。
「勇、私の後ろに下がれ。あれは、私が受け止める……!」
「よせよ。あれはアイツの必殺技だ。この勇者サマがちょちょいといなしてやるさ」
この状況で口にする冗談としては、笑えない。だが振り返ったマルティナに、勇は笑った。どこか、自嘲するように。
「本当はわかってるさ。俺はアイツより……いや、こん中の誰よりも、弱いってことも。ここに、誰が残るべきなのかも」
口ごもる。その言葉を、否定はしきれなくて。
「自己犠牲が勇者らしいとは言わねぇが。格好くらいはつけさせてくれ。後を、頼むぜ?」
「勇……!」
制止を振り切り、彼は飛翔する。怒りに戦慄く、魔竜へ向けて。
『来るか……あの時の、負け犬が!』
前面から、崩壊する空間が迫り来るのを見つめながら、勇者の剣が輝いた。
「負け犬を、思い出してくれてありがとうよ! だがな……今回は俺の後に、お前も負けるんだぜ!」
『戯言を!』
周囲の空間が轟音と共に崩壊していく中、勇は剣を振るう。放たれた【破滅的な治癒】が魔竜を蝕む呪いとなり、空間は爆縮する。
緋の霧を、飛ばしながら……。
●
四人が、倒れた。
すでに戦線は崩壊したと、言っていい。
雄叫びを上げて、魔竜は走る。残された、四人の番犬に向けて。
『我の勝利だ! 今こそ、聖王女の下へ!』
こちらはすでに全身が悲鳴を上げている。撤退条件は五人の戦闘不能だが、次の一撃を受ければほぼ全滅するだろう。奴はこちらを無視するつもりだから、暴走も出来ない。受け入れろ。敗北だ。
己の心が、そう語り掛けてくる。
……だが。
マルティナは託された想いを燃やして、剣を構える。
「私は……行くぞ。最後まで、攻め抜くんだ……! 諦めは、しない!」
「戦術なんかなしの、一斉攻撃だ。狂気の沙汰でも、それしかないよネ……!」
「狂気……? いいや、あの時とは違う。僕はいたって正気だ……付き合うよ」
熊本からここまで。全ての仲間の因縁を背負い、二人は立ち上がる。
「ん。なかよしも、みんなも……いっしょに、かえる、な……!」
ここに居る全員を共に帰すために。勇名は仲間たちと駆ける。
迫る魔竜と交差する刹那、最期の斬閃を、渾身の打撃を、研ぎ澄まされた一撃を、丸鋸の刃を……全員で、叩き込むのみ。
(『向かってくる、だと? この状況で……! こいつらは!』)
魔竜の目が、歪む。激怒と、嫌悪と。
そして、恐怖に。
『そこをどけェ、狂犬どもがァア!』
咄嗟に発動するのは、自己回復の魔術。狂気の玉砕に付き合って、魔術を撃ち合う気はない。身を癒しつつ突き破り、振り切れば良いのだ。と。
だが傷を塞ぐはずの花は、癒しを齎すより先に、はらりと散った。
『何……ッ!?』
今回は俺の後に、お前も負ける。
勇のかけた呪いが、魔竜の脳裏に翻る。
(『まさか……まさか、あれは!』)
四人が練り上げた力が閃光と化して魔竜と馳せ合った……。
遂に魔竜は、番犬たちの防衛線を抜ける。
駆け抜けた四人は前のめりに倒れ込み、すでに倒れた者たちは震える肘で顔を上げる。
竜の足が、一歩、二歩と、踏みだして、ゆっくりとこちらを振り返る。
『最後の、最後で……しくじる、とは……』
抉り抜かれた胸倉から血が吹き出すと、魔竜クリエイション・ダークの身はゆらりと崩れる。
その体が溶けるように消えていくのを、番犬たちは遠い意識で見つめるのだった……。
作者:白石小梅 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年10月16日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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