富士樹海魔竜決戦~鏖殺のオムニ

作者:麻人

 あまりにも深く、あまりにも密に生え渡った樹海はまるで何かを守るために存在しているかのように思えた。
 事実、その奥地に聳え立つ樹母竜リンドヴルムはその胎内に17体もの魔竜を宿していたのだ。それがいま産み落とされてようと――否、食い破って生まれ出でようとしていた。
「母なるリンドヴルムよ、その身と引き換えに我らを孵化させてくれたこと、礼を言おう」
 全ての魔竜が産声を上げた時、リンドヴルムは全てのグラビティ・チェインを奪い尽くされてコギトエルゴスムと成り果てる。
 それを見届けた魔竜のうちの1体はあくびするかのように身震いした後、黒味を帯びた真紅の翼を限界まで伸ばして嘶いた。
 ――オムニ。
 それが、『ありとあらゆるもの』を意味する魔竜の呼び名であった。

「皆さん、樹母竜リンドヴルムから孵化した17体の魔竜がクゥ・ウルク=アンの樹海にて蹂躙の限りを尽くそうとしています」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は真剣な面持ちで状況を説明する。
「クゥ・ウルク=アン樹海決戦に向かったケルベロス達は首魁の撃破に成功し、ドラゴンの陰謀を阻止しました。しかし、魔竜たちは不完全ながらもリンドヴルムからの孵化を遂げてしまったのです。これらを迎撃し、樹海に向かった仲間たちの撤退を助けてください」

 魔竜オムニはその赤黒い鱗が示すように、地獄の火砕流を思わせる赫熱のブレスを吐くという。
「さらに、いまのところ詳細はわかりませんが自らを産み出した攻性植物の特長も持ち合わせているらしいのです。ドラゴンへの対応策だけでなく、そちらの対策も必要になるかと思います」
 なにしろ敵は魔竜と呼ばれる存在だから、簡単に倒せる相手ではない。
「勝機があるとすれば、孵化したばかりで十分なグラビティ・チェインを得ていないことでしょうね。彼らの身体は攻性植物と融合していますが、まだ慣れていないために動きがどこかぎこちないのです。今の体に慣れて能力を使いこなせるようになる前に、できるだけ早く倒すことが望ましいでしょう」

 セリカは一礼し、ケルベロスたちの武運を祈った。
「もし魔竜たちを逃せば、その戦力は決して無視できないものとなるでしょう。そうさせないためにも、ここで決着をつけたいところですね」


参加者
フィスト・フィズム(白銀のドラゴンメイド・e02308)
七星・さくら(緋陽に咲う花・e04235)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
端境・括(鎮守の二挺拳銃・e07288)
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)
尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)
薬袋・あすか(彩の魔法使い・e56663)

■リプレイ

●あらゆるものを滅する魂
「たどり着いた……!?」
 仲間の展開するジェットパック・デバイスの余波で頬を強く撫でる風に目を細め、七星・さくら(緋陽に咲う花・e04235)は魔竜の産卵所とも言える樹海の戦場を見渡した。
「なるほど、『ありとあらゆるもの』……ね。既に植物との融合は果たしたとでもいいたげな顔ね? けど、まだ全てを掌中にはしていない」
「邪魔をするつもりか、ケルベロスよ」
 オムニはあくびするように深い息をつき、両翼を大きく広げた。フィスト・フィズム(白銀のドラゴンメイド・e02308)はテラを自由に放ち、敵までの距離を慎重に計りつつ後衛に布陣する。
「へへっ、やってやるぜ。今回の陣形は……いわば四方八方攪乱陣ってとこか?」
 尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)は後衛たちに手を振って互いの位置を確かめてから、一気にダッシュして反対方向へと回り込んだ。上空と地上から敵を囲み、移動しながら死角を突く。まさに立体戦だ。こちらの方が小回りが利くと言うのもやりやすい。
「既にクゥ・ウルク=アンは倒れたというのに、往生際の悪い魔竜どもだな」
 迸る流星の襲撃は薬袋・あすか(彩の魔法使い・e56663)と鏡映しのように見事な対を描いてオムニの首筋を深々と抉った。
「御託はいいから、さっさとやろうぜ?」
 身軽な仕草で宙返りしつつ、あすかは頭が下になった状態で笑う。
(「――孵化したてだったのに威圧感半端ないな」)
 成長を許せば相当な驚異になることは確実だ。そうならないように善処する。一瞬で頭を切り替えたあすかはオムニの頭に着地すると、スカルブレイカーの一撃を振り下ろした。
「小癪な!」
 だが、オムニの反撃は地上からの集中砲火に阻まれる。
「よし、当たった」
 広喜の腕部から放たれた杭が突き刺さった場所から染み渡る冷気が敵の体を徐々に浸食。見る間に氷の膜で鱗の表面を覆いつくしてしまうのだった。
「おのれ――」
「こちらにもいルぞ」
 まるでオムニの注意が逸れるのを待ち構えていたかのように、君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)から射出された杭が翼の付け根を貫いた。
「俺の相棒、カッコいいだろ」
 うまい具合に隙を作れたことに満足し、広喜は得意げに相好を崩す。
「任せられルから、無茶も出来よウ」
 そう――眸の攻撃すらも敵の注意を攪乱するための一部に過ぎない。オムニの反応力はさすが魔竜だけあって高く、それはすぐさま眸に狙いを定めていた。
「背中がお留守なのじゃ」
 オムニの視界外より、端境・括(鎮守の二挺拳銃・e07288)の駆ける軌跡が流星の如き鋭さで弧を描く。
「これもくれてやるよ」
 玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)の展開する星図が括を追うようにして極寒の地獄を樹海に現出させた。オムニを斬り裂いた傷口から、空に輝く星図の誘う気温低下から――少しずつ、しかし確実に蝕みゆく凍傷。
「よくも、この我を……!」
 怒りに我を忘れ、さらにオムニの視界は狭まるばかりだ。新条・あかり(点灯夫・e04291)は周囲が樹海であることを利用し、まるで森の妖精のように飛び回って相手を翻弄する。
「ほら、こっち」
 誘うように、尖った耳が上下する。
 十分に注意が引けたところで急接近、長い首に螺旋を描くようにスターゲイザーを発動すれば氷と雪の結晶が輪舞となって空を彩る。
「効いているようだな」
「タマちゃん」
 陣内は絵画を描く手を休めると代わりに構えた結晶輪を死角より投じた。確かにオムニは強いが、こちらは8人がいる。
 赤黒き魔竜を取り囲み、波状攻撃を仕掛けるケルベロスたちに対してオムニは場当たり的な反撃を繰り返すばかりだ。
「ドラゴンとて雛ダな。目覚めタばかりのところ悪イが……死ね」
 眸のチェーンソー剣が傷口を撫ぜれば、氷化した部分が更に広がる。繰り返すたびに鱗が爆ぜ、剥き出しの肉は守られるものなく凍傷に侵され激しい苦痛をオムニに与えるのだった。
「おのれ、おのれ!」
「――っと、さすがに直撃は避けたいからな」
 器用に空を渡るあすかはブラックスライムを盾状に操って灼熱のブレスをうまく躱していった。
「このまま押すぞ」
 フィストの絶空斬が更に氷の結晶を増幅し、オムニを容赦なく追い詰める。
「ああ!」
 あすかは頷き、グラビティチェインの力を足技に乗せてオムニを覆う炎膜を一気にかき消した。同時にフィストは自らの爪を武器と変え、更に敵の魔力を高めるためのそれを剥ぎ取ってゆく。
「――見切ったぞ」
 括が護るのは、葦原のために戦ってくれた仲間たちの大切な帰り道だ。故に去ね、と御業を宿らせた眼力が魔竜の四肢を麻痺させる。
「ここで逃せばいやな予感しかせぬからな。なんとしてもここで仕留めるのじゃ!」
 生まれ落ちたばかりの命を奪うという行為は恨み憎まれて当然のことであると括は心得る。だが、それでも。号令と共に駆け抜ける槍騎兵たちを指揮しながら、叫ぶ。決意を、心底からの想いを。
「それでも蘆原に禍事齎すおぬしを通すわけにはいかぬのじゃ!」
「わたし達を侮らないでちょうだい。こちらだって、ありとあらゆるものを使ってでもあなたに勝ってみせるわ!」
 戦場に浮遊するドローンはさくらの放つ治癒の布石。
「――力を貸して」
 握りしめた杖を額に押し当てる薬指には、この樹海の何処かにいる“あの人”と揃いの指輪が光る。
 わたしは、大丈夫。
「だから――!」
 あまりにも眩い電光があかりのポケットから零れた種子に力を与え、剣となった刀身を華々しく輝かせた。
 その名は『Kalmia』。優美な姿とは裏腹に猛毒を孕んだ刃が敵に容赦のない制裁を齎すのである。
「ぐあ、ああっ……!」
 オムニは身を捩り、尾を波打たせて苦痛に耐えた。顔の半分を氷に覆われた瞳がぎろりとケルベロスたちを睨みつける。
「頃合いだな」
 陣内の手元を離れた氷結輪がその傷跡をなぞるように迸った。爆ぜた氷の結晶が増殖する、見る間に鱗の大半を覆い尽くし、身を切るような痛みを継続的に与え続ける。
「気を付けて。最初より、植物が深く魔竜の体に根を張っているみたい」
 あかりの呟きにさくらも目を凝らした。
「力を、取り戻してきた? でも――」
 空中でよろめき、咳き込むように火炎の残滓を吐くオムニの姿からは力を増したようには到底見えない。
「押し切るのじゃ!」
 括は声を張り上げ、ファミリアへと変化させた野鉄砲を迷うことなくその顔面目がけて解き放ち、佳境を告げる狼煙代わりとしたのであった。

●煉獄の終わりに
 オムニの身に根を下ろした植物が脈打つごとに深部にまで到達しようとしている。テラの起こした浄化の風に守られた眸はキリノに攻撃を切り替えるよう言った。云うまでもなく、ここからが本番だ。
「とにかく、攻撃ダ。回復する暇など与えなイ」
 了解、と頷いたキリノは即座にオムニの背後へと回り込む。そちらに気を取られてしまったオムニは括のファミリアシュートを真に受け、ぐらりと体勢を崩しかけた。
「そら、まだまだゆくぞ!」
 五月雨式に襲いかかる槍騎兵に食らいつくオムニの背に実りかけた果実は一向に育ちきることができないでいる。目の前の敵を無視できないというオムニの習性を鮮やかに利用した戦術は確実に魔竜から自由を奪っていた。
「どうした? 旗色が悪そうじゃねえか」
 その身に散々、灼熱の溶岩を受け止めた広喜は満身創痍で笑みをこぼす。いや、むしろ痛みが増せば増すほどその笑顔は輝いているように見えた。
「俺を壊せねえなら、てめえの負けだぜ」
 この傷は勲章だ。己は盾であり、皆が必ず敵を倒してくれると信じきっている証の痛み――!
「愚かな……自らを捨て身として、何が得られるというのだ?」
「難しいことはわかんねーけど。きっと達成感、ってやつかな」
 掌部が淡く青光を帯びて沈痛の作用をもたらしてくれる。
「広喜くん、大丈夫? もう少しだけ耐えてね――!」
 さくらはロッドに溜め込んだ雷のエネルギーを治癒のそれと変えて前衛の前へ壁となる位置に張り巡らせた。
「小癪な――」
 持てる力を振り絞り、大きく口を開いたオムニが奇妙な動きをとった。自分の尾を噛むような動きに「ようやく効いてきたか」と陣内。ブラックスライムが捕食形態をとることで、オムニよりも巨大な咢が出現。
「生まれたての子犬は自分の尻尾を追いかけてくるくる回ってる方が可愛げがあっていいだろ」
 にゃあ、と鳴いた猫が尾を揺らして飛ばす光の輪と共に食らいついたスライムが景気のよい咀嚼音を立てながらオムニを飲み込む間にフィストが迫っていた。ドレスの裾が激しく翻り、美しき姉妹鯉を引き連れた水刃が魔竜の四肢を削ぐ。
「――テラ」
 フィストに尾を振り、テラは柔軟な動きで飛びかかった。
「じゃあ、一緒に行こうか」
 可愛らしい仕草に表情を和めたあかりは猫ひっかきに合わせてレイピアを振るう。残像が網膜に焼き付くほどの高速剣の軌跡が消えやらぬ間に、あすかの放つ影の魚――捕食態のスライムが敵の牙をすり抜けるようにして逆に食らいついた。
「そら、お前もいってやれ。もはや虫の息だ。遠慮なく喰って構わない」
 駄目押しのように陣内はスライムを嗾け、あかりの剣技が通りやすいように中衛より援護する。
「やったか!?」
 ついにオムニが空中より落下してゆくのを見て、括は即座にその後を追った。魔竜の巨体は木々を薙ぎ倒し、樹海のただ中にまで落ちきったようだ。さくらはリンドヴルムのコギトエルゴスムが残っていないかを確認するために周囲を見て回ることにする。
 ――オムニは自らが生まれた場所へと墜落し、そのまま息絶えていた。その終わりを確かめたケルベロスたちの間に安堵の息が漏れる。
 仲間たちの帰路は無事に守られた。そしてまた、オムニがその名の通り世界のあらゆるものを破壊せんと暴れる未来もこれで阻止されたのである。

作者:麻人 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年10月16日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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