●新しき叡智の魔竜
樹海の最奥で一匹の巨大な竜が体を丸め呻いていた。
その姿は胎に宿した卵を護るかのよう、苦しみながらも樹母竜リンドヴルムはただ一つの目的の為に彼女と、樹海中のマリュウモドキからかき集めた全ての力を集中させていた。
守護者たる邪樹竜が倒れた今、もはや完全なる復活を待つ時間はないのだ。
そして。
一際高く樹母竜が鳴く。すると、その胴を破るようにして竜の頭が次々と飛び出し、樹母竜を引き裂いた脚で力強く樹海の地を踏みしめる。
産み落とされた魔竜達は十七。周囲に転がった無数の宝石――彼らのようになれず間引かれた竜達のコギトエルゴスムと、生まれ落ちた魔竜達をどこか満足げに眺め、そして事切れて宝石の形となった樹母竜を一瞥し、全身のどこかに植物の形質を宿した魔竜の群は咆哮をあげる。
その中の一体、美しき銀の鱗と髭を持つ老いた姿の魔竜は、体の具合を確かめるように緩やかに翼を広げ、脚を伸ばしていた。
かつて熊本に現れた魔竜アストラ・ワイズ、元々朽ちたようだった体の各所は今や植物に補われているが、本来の竜の部位と比べ動きが悪いようでその長い首を傾げている。どうやら予定していたよりも早いタイミングでの誕生のせいか、まだ攻性植物と竜の体が馴染んでいないようだ。
だが、それも些事。本質たる知能と魔力には些かの劣化もない。
『――忌々しきケルベロス達。矮小なる彼奴等を蹂躙し、そしてその後に聖王女の下でまた会おう』
叡智の魔竜は即座に為すべき事を理解し、同じ胎より生まれ出でし兄弟姉妹達に告げる。
そして魔竜達が各々飛び立つのに合わせ、銀の翼を広げ飛び立った。
「みんな大変だ! クゥ・ウルク=アン樹海決戦に向かったケルベロス達が魔竜達に襲撃されようとしている!」
ヘリポート、慌てた様子の雨河・知香(白熊ヘリオライダー・en0259)がケルベロス達に告げたその言葉は次なる危機を知らせるものであった。
「クゥ・ウルク=アンの撃破には成功して陰謀の阻止には成功したんだけれど、樹母竜リンドヴルムが危機を察して自身と樹海中のマリュウモドキを犠牲にして十七体の魔竜を孵化させたんだ。本来は攻性植物と同化する為の十分な時間、そして莫大なグラビティ・チェインが必要でどちらも足りていない中強引にやったから、樹母竜もそのグラビティ・チェインを奪われ尽くして死んでいる上に魔竜達も完全な状態には程遠い」
十分時間をかけて力を貯えていたならきっともっと恐ろしい事になっていたんだろう、と知香は言う。
「けれど不完全とはいえ魔竜だけあって力は強い。今は計画を妨害したケルベロス達を血祭りにあげて、それから攻性植物の聖王女の勢力と合流しようとしている。そうなればもっと不味い事が起きる……だから今すぐ樹海に救援に向かって撤退の援護、そしてグラビティ・チェイン不足で不完全な状態の魔竜達を撃破してきて欲しい」
どうか頼む、そう言って白熊のヘリオライダーはケルベロス達の顔を見回す。
「今回戦って貰うのは魔竜アストラ・ワイズ、熊本に現れてドラゴン・ウォーでも大阪城方面で作戦を立案していた白銀の老竜だ。元々肉体こそ朽ちたようになっていたが、攻性植物との同化でそれも見た目は補われている。けれど同化の時間が不十分でまだ使いこなせてないから戦闘の序盤は動きもぎこちないから狙い目だ」
ただ、時間が経てば経つほど慣れてその能力を十全に使いこなしてくるから短期決戦で片付けられないととても厄介なことになるだろうと知香は説明する。
「性格は……前と同じで本質的に傲慢。此方を取るに足らない存在として見下している感じだね。攻撃としては空から動きを縛る雷を降らせたり、風を操り護りを砕く無数の刃として敵陣を切り刻む広範囲攻撃、それに今の体に慣れてくるとその力で傷を癒してきたり、瞳に映したものに星々の力を炸裂させる強烈な攻撃を使い始めて来るようだ。どれも魔竜だけあってとても強烈、不完全とはいえ全力で当たってきて欲しい」
以前の戦闘記録もあるが、時間が経っている上に孵化を経ているから参考程度に留めておいた方がいいかもしれない、と知香は言う。
「魔竜は強敵だけど皆ならきっと勝利できる。こちらも随分強くなってるんだから返り討ちにして目にもの見せてやろう!」
それじゃ、行こう。そう締め括り知香はヘリオンにケルベロス達を乗せ、富士の樹海へと飛び立ったのであった。
参加者 | |
---|---|
平・和(平和を愛する脳筋哲学徒・e00547) |
エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859) |
リーズレット・ヴィッセンシャフト(碧空の世界・e02234) |
影渡・リナ(シャドウフェンサー・e22244) |
巽・清士朗(町長・e22683) |
アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762) |
霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973) |
エルム・ウィスタリア(薄雪草・e35594) |
●救援来たれり
邪樹竜撃破後に感じた危険から逃れる中、平・和(平和を愛する脳筋哲学徒・e00547)は暴風に飛ばされ一人森を駆けていた。
空より白き竜が見下ろしている。走る中僅かに拓けた場所に辿り着けば、別方向で邪樹竜と戦っていた霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)とアンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)と遭遇する。
会話する間もなく白き魔竜が空より三人を狙わんとしたその瞬間――空のヘリオンより光が降り注ぐ。
「放つは雷槍、全てを貫け!」
光と共に降下してきた影渡・リナ(シャドウフェンサー・e22244)が稲妻の幻影を纏わせた刺突を魔竜に見舞い翼の根元を刺し貫く。
「……逃げると思った? ざーんねーん!」
そう言い見上げた和のデバイスは強化ゴーグル。空へと跳躍し、魔竜の頭部に流星の飛び蹴りを見舞う。
同時、竜の砲弾が命中。放ったのは靴のデバイスを実体化させたアンセルム。連撃に魔竜がのけぞる間にケルベロス達は態勢を整える。
「逆にハントしてやるから、覚悟するが良いのだ!」
和は狩る者で、そんな彼が獲物を目にして逃げるはずがない。
「うん、ここで撃破しないとだね」
魔竜を見据え仲間の襲撃、それを為す前にここで止める。そう呟いたリナは魔竜を見据え、
「おう、ここで絶対に食い止めて見せよう!」
応ずるは頭にふかふかの箱竜である響を乗せたリーズレット・ヴィッセンシャフト(碧空の世界・e02234)。
「魔竜には借りがある。……お前ではないが、返させてもらおうか」
かつて城ケ島で倒された一体の魔竜をちらりと思い出し、デバイスを実体化させた和希が白きバスターライフル、アナイアレイターを構えている。
冷徹に見据えるエルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)の前に在るのはかつて熊本で逃しドラゴン・ウォーで相対したアストラ・ワイズ。
――醜い、そう彼女は思う。こんな姿に成り果てて再誕するとは既にドラゴンの矜恃も捨てたのだろうか。
(「まあどうでもいい」)
敵がドラゴンであるなら、彼女の意志は一つだ。
「ドラゴンならば、死ね」
「感謝するぞ、アストラ・ワイズ」
低く呟いたエルスの傍らに立つのは巽・清士朗(町長・e22683)。その背に負うは阿修羅の如き護り手のデバイス。
「伴侶がお前を仕留めるその場に、俺が居ないわけにはいかない。よくぞ今日この時、再誕してくれた」
「二度目のお誕生日おめでとうございます」
恭しく魔竜に述べる銀髪の青年はエルム・ウィスタリア(薄雪草・e35594)。
「生まれなおすのは大変でしたでしょう? ゆっくりお休みください……永遠に」
そう彼が口にすれば、ふわりと前衛の周囲に雪が降り、緩く降り積もった結晶は仲間を護る緩衝材となる。
「探して倒す手間が省けたね。……二度目の誕生おめでとう。次はもうないよ?」
鎖の名を持つ蔓の攻性植物を操る彼の皮肉の色を帯びた言葉に魔竜は何の反応も示さず此方を見下ろしている。
虫と語る言葉など持たないとでも言うかのように。
「その傲慢さが時に命取りとなること、死出の手向けとしてやろう。どうぞ宜しく」
雷切の号を持つ刀を構えた清士朗がその眼前に立ち、
「ここで終わらせてやる」
エルスが冷徹に告げると同時、魔竜の周囲に風が吹き荒れ始める。
魔竜との戦いが、今始まった。
●暴風と閃雷の嵐の中
魔竜の蔓に補われた翼が軽く羽搏けば圧倒的な暴風の刃が吹き荒れる。
その暴風から和希を庇うようにふわふわの箱竜が彼の前に割り込みその身を属性インストールで治療。
さらにエルムが解き放った銀の粒子が前衛の感覚を活性化、庇った清士朗にエルスは一瞬だけ視線を向ける。
動揺はない。彼は――信じる彼は役割を果たしてくれている。
だから彼女は幻影の竜を呼び出し燃え盛る火炎を放ち、合わせ和希のアナイアレイターより放たれた魔法光線が魔竜を貫く。
「ビリビリあたーっく!」
和が手元のパズルより竜の形の雷を解き放つと同時、アンセルムが投擲したカプセルが弾け魔竜に癒しを阻害するウィルスをばら撒く。
更にリーズレットのベルスリーブの袖より暗青色の鎖が伸び魔竜とその近くの樹木へと絡みつき、リナの雷纏う刺突が直撃。
けれど魔竜が僅かに目を開けば魔力の嵐がいとも容易く大樹を粉砕、さらに絡みついた鎖を弾き飛ばす。
だが魔竜の気配は相変わらず、揺らがない。
「あくまでも傲慢な姿勢は貫くんだね」
地力が高い、そうリナは見る。まだ動きこそぎこちなさがあるが、それでも厄介過ぎる程――長期戦は危険だ。
そして魔竜の周囲の魔力が渦巻き莫大な光が弾ける。天からの雷――武芸者の歩法を以てするりと清士朗が割り込み、その雷を身に受ける。
さらに箱竜の代わりに飛び出した和希にアンセルムが合わせ、鋼の拳と視界外からの斬撃を刻み込む。
強烈な和希の一撃とデバイス補助によるアンセルムの正確な攻撃、それらは魔竜に一息すら吐かせぬコンビネーション。
そんな二人に向ける魔竜の薄らとした視線は穏やかな――歯牙にもかけていないような無関心。
(「そこまでして生きたいのか」)
恐ろしく長い時間を過ごしただろう、叡智の魔竜に向けられるアンセルムの視線は冷ややかだ。
少女人形と繋がれた自分と魔竜は似て非なるもの、ある意味では同族嫌悪でもあるが。
「春くれば――」
その句と共に清士朗が全身の神経を集中、防御態勢を取る。手弱女という名のそれは彼の流派の基本にして奥義。
更にエルムの向かわせた光の盾が清士朗の傷を癒し、そのまま彼を護る守護となる。
同時、エルスの時間を凍らせる魔弾と和希の温度を奪う光線が貫き、
「其は、凍気纏いし儚き楔。刹那たる汝に不滅を与えよう」
アンセルム周辺の大気が氷結、無数の氷槍を形成し三重、五重に魔竜の肉体を貫き凍結させる。
「見えなき鎖よ、彼の者を束縛せよ!」
そこにリーズレットの束縛魔法が命中、魔竜の動きをその上から抑え込むようにすれば、魔竜の反撃も幻影の雷により機を失う。
「切り裂いちゃえー!」
それを見逃さず和の投擲した大鎌が胴の一部を切り裂き守りを崩し、更に清士朗の空の霊力を纏う一閃が足先を切り裂き呪縛を増幅する。
「しかしエルスはよほど生き汚い男に縁があるな。俺といい、こ奴といい」
どこか遠い目をした清士朗。
「だが、あまりしつこいと女の子に嫌われるぞ」
知るかとばかりに、雷が降り注いだ。
戦いはケルベロス優勢に進んでいる、そう思われた。
魔竜が羽搏き無数の刃を内包したような暴風が巻き起こると、エルスを庇った響を空へと巻き上げてその全身を切り刻む。
護り手とはいえデバイスのないサーヴァント、耐性で軽減もできなかったためか、耐え切れずにその姿は消失してしまう。
残り八人、だがエルムは冷静に回復の手を休めない。ここで動揺して戦線が崩れれば相手の思うつぼだ。
「墜ちろ……ッ!」
魔竜に畳みかけるように和希が魔法陣より魔法光波の一射を放つ。異形の魔法陣で変質させ圧縮誘導弾の群と化したそれは横殴りの暴風の如く竜の体を穿つ。
そしてそこに呪詛を乗せたリナの一閃が続き、魔竜の体より血が飛沫く。
その姿はかつて魔空回廊より至った竜十字島、帰還できなかった一人の少女と瓜二つ、それを見たエルスに四年前のあの日が過る。
ゲート破壊という悲願は成し遂げられたが今でも憎悪と殺意の火はその胸に抑えられる事無く在り。
けれどそれは戦いに関係ない。冷静冷徹にエルスは魔を紡ぐ。
「紅蓮の天魔よ、我に逆らう愚者に滅びを与えたまえ!」
エルスが言葉を紡げば世界の隙間に渦巻く虚無の力が黒炎を生み出し爆発するかのように魔竜に襲い掛かりその肉を焼き焦がし、連携した清士朗が降魔の力を宿した拳と背のデバイスの半数と共に叩きこむ。
しかしここで、魔竜を補う植物が蠢き傷を補う。
早く砕かないと、とエルスは思考する。現在彼女以外にできる者がいない、
これまでに重ねた呪縛も大分祓われている、これ以上解除させる訳にはいかないとエルムに連携する形でエルスが巨体の懐に飛び込むが、魔竜はそれを後方へと跳躍し距離を取り神速の拳を躱す。
動きがかなり良くなっている、不得手な能力では捉えきれない位に。
そう思考するエルスを無視し、魔竜は雷をエルム達へと降らせる。
「徐々に強くなってくとかなんだよ……んでも負けたりなんかしないけどな!」
「星屑きーっく!」
反骨心を剥き出しにリーズレットが鎖を伸ばし、同時和の飛び蹴りが魔竜の鼻面に叩き付けられる。
そこにふらりと、虚を突き飛び込んだ清士朗が雷速の突きを、和希が鋼の鬼と化した拳を叩き込み一撃離脱。
しかし竜の巨体は揺るがない。 眼前の竜の圧力、どこに攻撃を当てても微動だにしないその巨体を前にドラゴン肉ハンターを自称する和の頬に冷たい汗が流れる。
だがこの感覚こそ偉大なる脅威、故に彼が挑む価値のある存在だ。
風も稲妻もより強く、本来の力を取り戻しつつある魔竜とケルベロス達の戦いは続く。
●星界の闇が摘み取りゆく
「――雪も積もり積もれば盾となる」
そしてエルムは冷静に雪を降らせ仲間達を護る為の加護を与える。
だが魔竜の魔力が暴風を巻き起こせば、融けず残り魔竜を苛んでいた氷槍の呪縛が解除されていく。
妨害手と護り手二人が薬液の雨とオーラの塊を後衛に飛ばすそれも焼け石に水。
もし他列に強引に注意を惹きつける事が出来たなら別の可能性もあったのかもしれないが、それも不可能だ。
敵のかける呪縛は本来致命傷とまではならないが、魔竜最大の一撃の前にはそれが致命的なものとなりうる。
それが分かっているからこそ、エルムは自分達の列が狙われた状況で自分含め回復を一人に絞る事が出来なかった。
そして、そのツケをここで支払わされる事となる。
「私の方は大丈夫だ! 今はエルムさん自身を――」
一瞬躊躇ったエルムにリーズレットが声をかけ、気合いで自身の傷を治療する。清士朗も手弱女で庇った自身の傷を癒す。
その瞬間、魔竜の竜の口元が僅かに喜悦に歪んだ。
間隙を狙い魔竜が強く羽ばたけば、刃の如き嵐が後衛を襲う。清士朗が庇おうとするがエルムには届かず近くにいたリーズレットで精一杯。
暴風は容赦なく吹き荒れてエルムが耐え切れず崩れ、吹き飛ばされた。
そして回復手であるエルムが倒れたことにより回復が追い付かなっていく。
リナも気合を入れ傷を癒すが焼け石に水、続く暴風の刃により全身を切り刻まれ。
流れを引き戻すため裂帛の気合と共に和希が竜の槌のジェット噴射で加速、魔竜を横殴りにするが回復した分を奪えるほどではない。
攻撃が後衛に集中している為、エルスと和希の二人は攻撃に専念できるが鋭さを増した魔竜の動きを捉えきれない。
「まずいね……動きがかなり良くなってきてる」
「まだだっ!」
懸念を示すリナが、リーズレットは諦めず束縛魔法を放つ。確かに命中した感覚はあった。
だが、ここでアストラ・ワイズはその双眸を開く。その瞳の色が星々の色に移り変わり、膨大な魔力がリーズレットに収束する。
その瞳と魔力の動きは以前に熊本城でも見た――、
「来る! 気を付けて!」
エルスの警告と同時、魔力と星辰が揃い、リーズレットの眼前で無明の闇が炸裂した。
元々攻撃を集中させられていたのに加え、元々耐えきれる上限の低いサーヴァント使い。対策していたその上から叩き潰しに来たその最大の一撃は、容赦なく彼女を吹き飛ばし大樹に叩きつけその意識を刈り取った。
ここで守りに回れば押し切られる。
「てややー!」
そうなる前にと和が全知識より錬成した一冊の本を神速で魔竜の頭に落とすが急所からは外される。返す刀で放たれた雷が狙撃手二人に降り注げば、攻撃に専念していた和は耐えきれず崩れ落ちる。
エルスと和希の幻影の竜の炎と凍結光線が放たれるが、それを受けてなお魔竜に動じる様子はない。
魔竜の視線は前衛に向き、星界の闇がエルスへと収束する。だが割り込んだ清士朗がそれを唐竹割にし、彼にその暴力を解き放つ。
だが彼は倒れない。デバイスで強化された体力の半分近くが一撃で削られたが、それでもだ。
アンセルムの槌より放たれた砲弾に合わせ、和希がアナイアレイターより魔導散弾を放つ。撒き返す為の一撃の威力にかけるが、劣勢での賭けは得てして実を結ばぬもの。
その一撃は空を切り、そしてケルベロス達をあざ笑うかのように攻性植物が蠢きアストラ・ワイズの肉体に拡がり傷を覆う。
後衛の多くを倒されたケルベロス達はその後も奮戦する。けれども、手数が足りない。
「……ドラゴン相手に差し出すものなんて何もないよ」
そう、邪樹竜を倒した仲間の命を渡す訳にはいかない。不安を振り切りリナが稲妻の幻影纏う刀の刺突を見舞うが、倒すには届かない。
魔竜の瞳が開かれ、リナの眼前で莫大な魔力と共に闇が炸裂、直撃を受けた彼女はあ意識を繋ぎ止められない。
これで後衛は全滅、立っているのは四人。
(「撤退……できるか?」)
アンセルムは思考する。勝機はない、かといって見逃してくれるような易しい存在ではない事は明らか。
ケルベロス達の脳裏に最後の切札の行使が過ったその瞬間。
魔竜アストラ・ワイズはケルベロス達からふい、と視線を切り飛翔した。
突然の行動にケルベロス達の反応が遅れ、その間にみるみる小さくなっていく。
「……ッ! 逃がさない!」
即座に魔竜の意図を察したエルスがジェットパック・デバイスを起動するが、既に魔竜の姿は追い付けない距離にある。
――これ以上追い詰めれば最後の切り札を切る、そこまで深追いするつもりはない。
つまり、無理をしてまで潰す価値はない存在だと。
影すら見えぬ彼方に向かった魔竜をケルベロス達は茫然と見送るしかなかった。
●魔竜去りて
程なく意識を取り戻したエルムが思念操作するドローンが負傷者達を持ち上げる。傷は直ぐに癒え意識もその内戻るだろう。
結果だけを見るならば、救援という目的は成し遂げている。
けれど、それでは足りない事は誰もが理解していた。
――言って素直に聞くような、そんな易い因縁ではないと清士朗は識っている。
だから仮に彼女が力の枷を外しても止めず、迎えに行くのだと彼は考えていた。
(「我らも成長した。……だが」)
「必ず、命を貰うって、言ったのに」
まだ滅竜には届かないのか。無力さを嘆き肩を震わせる愛しきひとに、彼は胸を貸す事しかできない。
「……帰ろう」
苦々し気に告げたアンセルムが仲間達をデバイスの光線で結び、
「……ああ」
言葉少なに和希が応ずると、ケルベロス達は駆け出した。
命こそ失われなかった。けれども魔竜討伐は成らず。
撤退する七人のケルベロス達の肩には苦々しい敗北の重みが圧し掛かっていた。
作者:寅杜柳 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年10月16日
難度:やや難
参加:8人
結果:失敗…
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得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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