●或る犬のお話
あのヒトが来てから、僕たちの幸せは壊されてしまった。
背の高いあの男は、僕の飼い主だったアメリちゃんの新しいおとうさんになるというヒトだった。けれどもあのヒトは――アイツは僕の大事なあの子を虐めた。ううん、最初は僕がアイツに蹴られそうになっていたんだ。それを庇ったアメリちゃんに怒って、アイツは暴力を振るいはじめた。
マロンを蹴らないで。
お願い、死んじゃうから。
泣きながらアメリちゃんは僕を抱きしめて蹲った。あの男はお酒というものを飲むと手がつけられなくなって、おかあさんが居ない間に僕とアメリちゃんを虐めた。
けれども僕だって誇り高いイヌだ。
アメリちゃんを守るために勇敢に戦ったよ。僕たちを蹴ろうとしていたアイツの足を噛んで、引き剥がそうとした手にだって牙を立ててやった。
でも、アメリちゃんは絶望したような表情をしていた。駄目よマロン、やめて! って言われたけれど僕はアイツをずっと噛んでいた。でも――。
僕はホケンジョってところに連れて行かれてアメリちゃんと離れ離れになった。
ニンゲン達の話を聞いていると、僕はもう二度と彼女に会えないらしい。
なんで? どうして?
悪いのは全部あの男なのに。それに僕は明日、サツショブンというものをされるらしい。それはきっと苦しいもので、アメリちゃんに会えなくするためのひどいことだ。
だから僕は隙を見て逃げ出した。
ニンゲンがドアを開いた瞬間をみて一生懸命に走ったんだ。僕たちのお家に帰って、今度はアイツをやっつけてやる。もう一度、アメリちゃんと暮らすために!
走って走って、知らない森の中についた。
そこで僕が出会ったのは真っ白な毛並みをしたメデインという森の女神さまだった。
『復讐は何も生まない。
人間と共に生きよとは言わない。
人間のいない場所で、人間の事は忘れて、暮らしましょう』
メデインさまはそう言って僕に不思議な緑の力をくれた。とっても勇気が湧いてくる力だ。だけど、僕はメデインさまにそれは出来ないと伝えた。
『そうですか……。無理強いはしません。その力は自由に使いなさい』
メデインさまは悲しそうに去っていった。
僕には、フクシュウなんて難しいことはわからない。
わかるのは、ちいさなポメラニアンでしかなかった僕はあの男に勝てないこと。
でもね、この力があればアイツを倒せるよ。そして今度こそ、アメリちゃんを救うんだ。
●復讐
ポメラニアンのマロンは走る。
森を越えて、川を越えて、泥道を駆けて、道路を走って走って自分の街に辿り着く。
そして――。
「攻性植物の力を得たマロンくんは人間を殺してしまうのでございます」
ちいさな犬は今、おぞましい蔓が巻き付いたような姿に変貌しているという。そう語った雨森・リルリカ(花雫のヘリオライダー・en0030)は、この事件を止めて欲しいと願った。
これは人間に恨みを持つ動物に攻性植物に寄生させて配下にしようとしている計画のひとつらしい。その力を与えたメイデンは、復讐などさせずに戦力として連れて帰りたかったようだが、マロンが復讐を優先した為に袂を分かったようだ。
マロンの目的は自分を虐げた人間への復讐。それは彼にすれば正当性のあるものだが、人間からすれば化物の襲来にしかならない。
「マロンくんはまだ郊外の森の中にいます。誰にも見つかっていない状態なので、皆さまが現場に向かって――」
「……わかったよ。倒す。倒さなきゃいけないんだね」
言い辛そうにしていたリルリカの言葉を次ぎ、彩羽・アヤ(絢色・en0276)は真剣な面持ちで頷いた。どんな事情があっても攻性植物が関わっていて、それが事件になるのならばケルベロス達の出番だ。
あたしも頑張るね、と告げたアヤは強く掌を握り締めた。
そうして、リルリカは蔓の化物と化した犬の攻撃方法を語る。鋭くなった牙での噛みつき、蔓を伸ばして締め付ける攻撃、そして懸命に吠えて起こす衝撃波。
どれも厄介なものではあるが、此方が協力し合えば勝てない相手ではない。
敵は普通の動物まで攻性植物化して戦力を拡大しようとしている。この事態を放っておくわけにはいかないだろう。
「マロンくんがああなった切っ掛けは、人間に虐げられたことです。とても、とても悲しいことですが……マロンくんが誰かを殺す前に、手を打ってください」
「大丈夫。誰かの未来を血の色で汚させたりなんてしないから!」
リルリカの言葉に大きく頷き、アヤは覚悟を決めた。
同情を覚えるかもしれない。悲しみに暮れてしまいそうな戦いでもある。だが、大切な人のために牙を剥いたという彼の誇りを認めてやるためにも――終わらせるしかない。
そして、悲しき戦いが始まる。
参加者 | |
---|---|
三和・悠仁(人面樹心・e00349) |
隠・キカ(輝る翳・e03014) |
リコリス・セレスティア(凍月花・e03248) |
シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131) |
マロン・ビネガー(六花流転・e17169) |
八尋・豊水(イントゥーデンジャー・e28305) |
ゼー・フラクトゥール(篝火・e32448) |
シャルル・ロジェ(明の星・e86873) |
●きみのもとへ
だいすきな人を守りたかった。
ずっと一緒にいたかった。ただ、それだけだった。
森の樹々がざわめき、ポメラニアンのマロンがケルベロス達の前に現れる。駆けていた彼はハッとしたような様子を見せて立ち止まり、唸り声をあげた。
敵意を感じた隠・キカ(輝る翳・e03014)は玩具のロボットのキキを強く抱き締め、仲間と共に身構える。
鋭い牙に怒りを宿す蔓、苦しいくらいに必死な鳴き声。
「マロンは悪くないのに。本当に悪いのは、だれなのかな」
「……やるせないですね」
キカが落とした言葉を聞き、リコリス・セレスティア(凍月花・e03248)は俯いた。
彼は主の少女と共に虐待を受けていたという。その際に思い返すのはリコリス自身の過去のこと。酷い言葉を投げつけられ、暴力を受け、そして――。
耐え切れなかったものは死を選び、反抗した弱き立場のものは罰を受ける。世界の仕組みは必ずしも公平ではないのだ。シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)も俯き、植物犬と化した彼を見つめた。
大事な人を守ろうとしたばかりに人の都合で離され、今はメデインの手によって命すら理から離されてしまったポメラニアンは、とても悲しい存在だ。
「けれど、マロンさんは誇り高いナイトでアメリさんの掛け替えのない存在です」
あなたはどうか、そのままで。
シアは身構え、リコリスも守護星座を描いていく。
三和・悠仁(人面樹心・e00349)も光輝の力を巡らせ、植物犬を見据えた。
「……復讐か」
憎悪と共に生きる悠仁には痛いほどに気持ちが分かる。されど彼の全てを知ったようなことなど言えず、悠仁は頭を振った。
ぐるる、と絡まる蔓の奥から威嚇の声が聞こえる。マロン・ビネガー(六花流転・e17169)は自分と同じ名を持つ彼を思い、心からの思いを向けた。
「マロン君は友達を護ろうとした立派な方ですね」
ただほんの少しヒト社会の理不尽に巻き込まれただけ。シャルル・ロジェ(明の星・e86873)も頷き、植物犬はご主人様以外をすべて敵だと思っているのだと悟る。
「マロン、君はただ大切な人と平和に暮らしたかっただけなんだよね」
だけどその姿になってしまった君を彼女に会わせるわけにはいかない。ライドキャリバーのガイナを伴ったシャルルが魔鎖を展開すると、ゼー・フラクトゥール(篝火・e32448)も黄金の果実の力を味方へと広げていった。
「マロン殿、その願いは叶えられぬが……」
「間違いを犯す前にあたし達が止めてみせるよ!」
想いは自分達が受け止めると告げたゼーに同意を示し、匣竜リィーンリィーンの横に並んだ彩羽・アヤ(絢色・en0276)も絵筆を構える。
八尋・豊水(イントゥーデンジャー・e28305)も植物犬を屠る覚悟を決めた。
汚れ仕事を請け負うのも忍びの務め。
「……ごめんなさい。せめて、最期まであなたの命と向き合うわ」
赤いスカーフで口元を覆い、感情を押し殺した豊水の隣ではビハインドの李々が身構えている。そして、豊水が光の蝶を舞わせていく中で犬のマロンが地を蹴った。
●人の理と犬の矜持
――そこをどいて!
そう語るように吠えた植物犬は悠仁に向かって牙を剥いた。咄嗟に身構えた悠仁は痛みに耐え、その代わりにビハインドの透歌がポルターガイストの力で反撃する。
「今なら、悲劇で終われる」
まだ可哀想なポメラニアンのままでいられる。悠仁が呼びかけると、彼は更に唸り声を響かせた。同時に破壊の記憶を自ら呼び起こしたキカが植物犬に攻撃を仕掛ける。
壊塵の一手を打ち込みながら、キカは彼に声をかけていく。
「アメリを助けたいんだよね。でも、マロンのやろうとしてることは絶対にアメリを悲しませるんだよ」
みんなの気持ちが、届いてほしいから。
キカが告げた言葉と巡る一閃に続き、リコリスも凍結の弾を撃ち込んだ。
「暴力からアメリ様を守ろうとしたマロン様が悪いわけではありません。人間の法律から処分という決定が下されたのでしょう」
だが、悪くないといわれても彼には法律が何であるかが分からない。
彼が言葉を理解してはいても難しいことが伝わらないことがもどかしかった。するとシアが別の角度から彼に問う。
「メデインの言葉を退けたのはどうして?」
ぐる、と植物犬が更に唸った。
そうしたくない理由があるのだと語っているように思え、シアは頷く。
「大事なひとを忘れるなんて無理、ですよね。アメリさんとまた、ただ一緒に居たかったからではないの?」
彼から返事はないが、きっとそうだ。
シアは花の嵐を解き放ち、マロンも植物犬へ星座の光を並べていく。
保健所から犬が逃げ出したという知らせは主人に届くだろうか。けれども今の彼を見たら、恐らく彼女は再び絶望してしまう。そんなことはさせたくない。
「確かに原因は『アイツ』なのでしょうが、私達は気付けなかった。苦しんでいたお二人に何も出来なかった……」
ごめんなさい、と伝えたマロンは苦しげに首を振った。
シャルルは仲間と植物犬のやりとりを聞きながら、癒しの力を巡らせていく。
できれば彼を痛めつけたりはしたくない。けれど――。
「僕達には、戦わない選択肢がないのが悲しいな」
「そうね、でも……やらなきゃいけないわ」
其処へ豊水が声を掛け、李々と共に打って出る。救命の息吹を仲間に施した豊水は敢えて攻勢には出ない。
マロンを虐げていたのは男性。其処から生まれた気遣いゆえだ。
「あなたは主人思いのお利口さんだったのね。でも今の姿ではだめ。大好きなあなたが父親を殺してしまったら、アメリちゃんは心に消えない傷を負ってしまうの」
そんなことは誰も望まない。
ねぇ、と豊水が呼びかけるが、植物犬は激しい攻撃を仕掛けてきた。
ゼーは伸びてきた異形の蔓を受け、彼を然と瞳に映す。言葉は通じているが会話は出来ない。それでも、声を掛けることも攻防を巡らせることも無駄ではないはず。
「汝が矜持と、我々の譲れぬものの為に戦うしかないようじゃ」
魔の鎖を解放したゼーは己の意思を示す。
シャルルも癒しの拳を掲げ、確かな援護で皆を支えていった。
マロンの気持ちは間違っていない。大好きなアメリを必死で守ろうとしたことも、会いたいと強く願っていることも分かった。
「どうして、ただそれだけのことが叶わないんだろう」
もし自分の双子の妹に何かあればシャルルも同じような行動をしたかもしれない。心を痛めている様子のシャルルの傍にはガイナとアヤが付いている。辛いけど頑張ろう、とアヤが口にするとキカもこくりと頷いた。
全部、受け止める。
キカの裡には決意があった。マロンが痛いのは嫌だけれど、それゆえに早く終わらせたい。そして、キカは思いを伝え続ける。
「アメリはマロンがだいすきだから、マロンがひどいことしないでほしいって、きっと思ってるはずだよ」
仲間のマロンも、キカと同じように唯一できる事をしたいと願った。
アメリの中のマロン君を、可愛い友達のままにする為に。
「此処で……貴方を止めます」
キカとマロンは同時にガネーシャパズルを掲げ、竜を象った稲妻を解き放った。ふたつの雷が重なり合う中、ゼーも力を紡ぐ。
「皆に決意があるように、汝にも譲れぬ気持ちがあるじゃろうからのぅ」
――降り止まぬ雨よ。
悲しみが足を止めるように植物犬の動きが阻害されていく。悠仁は其処に出来た隙を狙い、透歌に金縛りを放つよう願った。
「……勝手なことを言うが、どうか殺されて仕方のない怪物には、ならないで欲しい」
「そうよ、あなたは勇敢な犬だもの」
悠仁が仲間に覚醒の力を与え、豊水は思いと共に氷縛波を叩き込む。彼らに合わせてガイナが駆けていき、シャルルは混沌の水で皆の力を増幅させた。
徐々に犬のマロンが弱っていく。
苦しそうに鳴く彼は必死に抵抗していた。その全ての行動は主人に逢いたい一心だと分かるが、リコリスは決して攻撃の手を緩めない。
「マロン様、あなたが復讐を果たしたとしてアメリ様は喜ぶような方でしたか?」
リコリスは炎弾を打ち込みながら問う。
シアも星力の蹴撃で以て絡まる蔓を解いて千切り、呼び掛けていく。
「今の姿ではアメリさんは喜びません。あなたを抱きしめる事もできないわ」
だから、戻りましょう。
せめてその蔓から解放されて、元の姿に。
シアは自分達が戻すと告げ、少女の腕の中に収まるポメラニアンを想像した。
同じ思いを巡らせたシャルルは切なくなる。何故なら、その光景はもう二度と訪れないと分かっているからだ。
そして、戦いは巡りゆく。彼の終わりが近いことを報せるように、栗色の毛に絡まる蔓が一本、また一本と剥がれ落ちていった。
●きみに餞を
マロンは吠え続ける。
掠れた声で、主人のことだけを思って叫び続けた。
――アメリちゃん!
そんな悲痛な声が聞こえてきた気がしてシアは目を伏せ、リコリスも唇を強く噛み締める。しかしリコリスは言葉を掛けることも止めない。
「あなたがあの男性を噛み続けた時、彼女はどんな顔で、何を言っていたのか、思い出してください」
おそらく自分のせいであなたに罪を犯させてしまった、と悲しんでいたのではないだろうか。氷哀の葬送曲を発動させたリコリスは終わりの一手を紡ぐ。
マロンも悲しい気持ちを抑え込み、彼が悪ではないことを主張し続けた。
「虐めるアイツにはマロン君の牙や爪を使う価値がありませんでした」
アメリが最後に見せた顔の原因は、彼自身が彼女を悲しませたこと。今のような事態になって欲しくなかったから彼女は彼を庇っていたのだろう。
しかし、彼はそれでもなお主人を守ろうとした。その悲しい擦れ違いがなければ、二人は今も一緒にいられたのだろうか。
それとも、ちいさな犬のままで死を迎えていたのか。
マロンは嫌な想像を振り払い、自分と彼の名に相応しい甘い一撃を一気に放った。
その名を付けた主人のことにも思いを馳せれば、ふわふわのシューが戦場に舞う。だが、植物犬は追い詰められたことで激しい咆哮を響かせた。
皆を穿った衝撃波が鋭いものだと気付き、豊水は即座に癒しに回った。
「もうこれ以上、誰かを傷付けてはだめ!」
――オン・セイ・ニン。
豊水は詠唱と共に指先を切り、血を滴らせる。癒しの螺旋は針の形に圧縮され、治癒の力となって命の巡りを補助した。
悠仁も願いを込め、グラビティチェインで構成した補給薬を作成していく。
「お前のためにも、お前が大切に思う相手のためにも……どうか」
戒めからの祝福で味方を護り、悠仁はマロンを見つめた。彼が傷付けたという事実が残るのはただひとりでいい。
人の決まりにおいては間違いでも、立ち向かった彼の牙には矜持があったはず。
そうして、豊水と悠仁の癒しが巡る。ゼーは仲間に礼を告げ、リィーンリィーンと共に植物犬の足止めに回った。
「長きを生きた者として弱き者を虐げる者は見過ごせぬ」
ともかく苦しませぬように。
再び降らせていく雨は犬のマロンに絡まる蔓を濡らした。其処へキカも狙いを定め、ちいさな掌を掲げる。
「きぃ達はあなたを助けられないけど、止めてみせる」
――おねがい、アメリがだいすきなマロンのままでいて。
哀歌を贈るようにして、キカは全力を込めた一撃で蔓を引き千切った。彼の存在が犬ではないものになっていたとしても、異形としての姿から解放したい。
シャルルもキカの思いを感じ取り、自らも攻勢に映った。
皆と共に繰り出すこの一手で、マロンを楽にしてあげる事ができるなら。
「僕には祈る事しかできない。でも――」
もし生まれ変わる事ができたなら、マロンが幸せになれるように。
シャルルは指先で光を描き、星座の力を解き放った。その力は植物犬の身を穿ち、大きな隙を生んだ。
リコリスとマロンは頷きあい、豊水とゼーも彼に視線を向ける。
キカとシャルルは化物としての彼の終わりが訪れることを願い、悠仁とアヤも次の一撃が最後を齎すと察していた。
そして、仲間達の思いを受け止めたシアが一気に前に踏み出す。
「あなたに、花を」
主人の元に返してあげることが出来ない代わりに、手向けの花を捧げよう。轍花の力を深く巡らせたシアはマロンの足元に幻の花を咲かせた。
森の中に季節外れの花が広がる。
春を齎すような白い花。夏を思わせる眩い花。秋の色のような優しい花。寒い冬に凛と咲く花々が――まるでマロンと少女が過ごした記憶に添うかの如く咲き乱れた。
●救い
やがて幻の花が消え、ちいさな身体から蔓が解けた。
戦う力を失ったポメラニアンは荒い呼吸を繰り返し、後は息絶えるのを待つだけ。
ちいさな犬は遠くを見つめていた。
きゅうん、と鳴いた声の意味はわからずとも確かに主を呼んでいる。
アメリちゃん。
もっといっしょにいたかったよ。
たくさん遊びたかった。きみを守りたかった。
ごめんね、ごめんね。僕は間違ってしまったみたい。力をもらってから、なにがなんだかわからなくなっちゃって、おかしくなっちゃったんだ。
でも、このヒトたちが助けてくれたから。どうか、アメリちゃんも助けてもらって。
倒れたマロンの瞳は、きっと――おそらく、そのような意思を宿していた。思いの内容が想像に過ぎずとも彼の眼差しには感謝の念が見えている。
悠仁はその姿をそっと見下ろし、戦いの終わりを悟った。誰にとっても都合の良い結末など、そうそう訪れない。
知ってはいるが、それでもほんの少しだけでもマシになるなら。願うくらいは許されるはずだと考え、悠仁はマロンに称賛の思いを送る。
「えらかったな……立派に、戦った」
「お主の誇りと想いは伝えよう」
悠仁の傍ら、ゼーも全てを賭して立ち向かった彼を讃えた。
「マロンくん、頑張ったね……」
アヤは祈るように両手を重ね、ゼーも安らかな眠りを、と願う。彼の者の望みは主人を護ることであったゆえ、この後に然るべき対処も考えている。
「愚かしい人ばかりではなく、優しい人もいるんだって教えてあげたかったな」
それも、もうできない。
シャルルが俯くと、豊水は「いいえ」と首を横に振った。
「知っていたはずよ。大好きなご主人のことだけは、最後まで思っていたはずだから」
豊水は消えゆく小型犬に手を伸ばし、首輪を拾いあげる。
植物の化物となった彼を飼い主の元に戻すことは出来ない。遺体となった彼がこのまま消え去ってしまう今、これが唯一の遺品となる。
リコリスはせめて首輪だけでもアメリの元に返したいと考えた。
「彼が何よりも望んだのは、彼女と再び、共に暮らす事だったでしょうから……」
死以上の悲しみを、背負わぬように。
マロンも彼を思い、お墓は建てない方が良いと判断した。
見知らぬ森で果てた彼を此処に縛り付けるのも良くない。きっと、消滅する彼をそっと見送るだけでいい。
「貴方の優しく強い心は私達にも伝わりましたよ」
普通に側にいるだけでどれだけ彼女が励まされたかを想像すると胸が苦しくなる。
シアも最後に残った首輪を見つめ、遺された少女への思いを馳せた。
「アメリさん、受け取ってくれるかしら」
彼女は何も知らないままの方が良いのか。それとも事情を説明するべきなのか。答えはこの場では出ないが、どうかこの事件が優しく伝わると良い。
こんなにも真っ直ぐ愛されていたことの証が、確かに此処にあるのだから。
キカも仲間達と同じ思いを抱いていた。
現在、暴力に満ちた過酷な状況に置かれた少女も苦しい思いをしているだろう。彼女の拠り所であったマロンは死を迎えたが、そのおかげでケルベロス達がアメリに救いの手を差し伸べることが出来る。
二度と逢えずに終わったとしても、結果的に彼は少女を救うことになった。
「あなたの願い、きぃ達が必ず叶えるよ」
大切なご主人様のことは、絶対に助けるから。
――だから、おやすみなさい。
眠りと終わりを送る言葉と共に、ちいさな命は完全に消滅する。
きみのために。
たったひとりのためだけに。
懸命に生きて戦った彼の最期はとても静かで、尊い終幕を迎えた。
作者:犬塚ひなこ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2021年1月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
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