凶刃の旋風

作者:砂浦俊一


 わずかな意識の混濁の後で『門』は目覚めた。
「我が名は……『門』……」
 その胸中には奇妙な違和感。普段と何かが違う。
 いつもと変わらぬ、通路の風景。
 いつもと変わらぬ、己の姿。
 しかし、何かがこれまでとは決定的に異なる、自分。
 かすかに覚えているのは、敗北の屈辱。
 自分は敗北して、再生したのだ――。
「オォオオオオオオオ!」
 裂帛の咆哮を上げ、『門』は怒りとともに巨大な魔剣を振り回す。
 剣の刃は内部に仕込まれた鎖によって分割され、鞭のようにしなり、うねり、通路内部の柱や床を抉り取る。さながら刃の竜巻だ。
 自分は、いいや自分たちは何度負けたのだろうか?
 敗北の事実は番人たる『門』のプライドを傷つけた。
 死者の泉へ繋がる通路の番人として、屈辱と汚名は雪がねばならない。
 己はこの場を守護し、全ての侵入者を排除する、『死を与える現象』そのもの。
 故に侵入者は全て斬る、等しく死を与える――兜の奥で、『門』の瞳に怒りと憎悪の炎が燃え上がる。


「既に何度か引き受けてくれた方もいらっしゃると思いますが、念のため繰り返しご説明いたします」
 そう前置きして、イオ・クレメンタイン(レプリカントのヘリオライダー・en0317)は話を始めた。
 リューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197)の尽力により、磨羯宮ブレイザブリクの隠し領域から転移門が発見された。
 調査の結果、転移門は双魚宮『死者の泉』へと繋がっていることまで確認できたが、ここは漆黒の鎧を纏ったエインヘリアルの『門』によって護られている。
 この『門』は死んでも再生される自動防衛機構であり、それ故に不死の存在と言えるが、42体を撃破すれば『死者の泉』への転移が可能になると予測されている。
 しかし魔空回廊に似た空間であるため敵の戦闘力が強化されていること、攻略に時間をかけすぎるとエインヘリアル側に察知され、通路の封鎖や迎撃態勢の強化などの対策を取られてしまうこと、これらの点を注意しなければならない。
「これまでの報告から『門』は搦め手は使わず、真っ向勝負を挑んでくる傾向があることがわかっています。武器は巨大な魔剣です。どのようなグラビティを使用するのかについては、こちらの資料を。また鎧も厚く、元が筋肉と体力に秀でたエインヘリアルだけあって、かなりの激戦が予想されます」
 説明を終えたイオはケルベロスたちに資料を配布する。
 死者の泉への直通ルートが開けば、エインヘリアルとの決戦も近いはずだ。
 そのためにも『門』を1体ずつ確実に撃破していかねばならない。
「難敵の『門』といえども、今日まで戦い抜いてきた皆さんなら勝機を掴めるはずです。それにヘリオンデバイスの力もあります」
 ひと呼吸置いてから、イオはヘリオンデバイスの発動コードを叫ぶ。
「臨める兵、闘者、皆、烈して陣の前に在り――ヘリオンデバイス起動!」


参加者
伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)
峰谷・恵(暴力的発育淫魔少女・e04366)
シルディ・ガード(平和への祈り・e05020)
影渡・リナ(シャドウフェンサー・e22244)
岡崎・真幸(花想鳥・e30330)
リリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)
山科・ことほ(幸を祈りし寿ぎの・e85678)
メロゥ・ジョーカー(君の切り札・e86450)

■リプレイ


「んう。はんのう、ちかい」
「ここを曲がってすぐですね」
 索敵と警戒を担当する伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)と影渡・リナ(シャドウフェンサー・e22244)が顔を見合わせた。
 両者のゴーグル型デバイスには同じ表示が出ている。
 移動中は不意打ちを受けないよう警戒していたが、デバイスから得られた情報では敵は動かずじっとしていた。まるで決闘の相手を待つ戦士のようだ。
 岡崎・真幸(花想鳥・e30330)は周囲を見回して、ふと思う。
(この空間も標的も不思議なものだな。事象を具現化したなら概念を物質化出来るもんだろうか……表現するのが難しいな)
 気にはなるが、倒さなければならない。
 双魚宮『死者の泉』に繋がるであろう通路を守護する、不死身の黒騎士。
 これを42体撃破するまでの道のりは長く険しい。
 ケルベロスたちは角を曲がり、待ち受ける敵を目視でも確認した。
『門』と呼ばれる敵は、その名の如く、そそり立つ城門を思わせる偉容だ。
 あちらもケルベロスたちの姿を視認したのか、兜の奥の瞳が赤く輝いた。
「侵入者は排除する……」
 低く響く声を吐き出した『門』が大剣を抜き放つ。
 真っ向勝負を好むだけに、侵入者が己の眼前に立つまで待っていたのかもしれない。
 不意打ちはせず真正面から跳ね除けるのが『門』の矜持なのかもしれない。
「通してほしいってお願いしても、通してはくれないよね……仕方ないっ」
「初めての相手……だけど、どんな強敵でもリリ負けないよっ」
 盾役のシルディ・ガード(平和への祈り・e05020)を先頭に、次いでリリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)が駆けた。
 2本の巨大機械腕型のデバイスを盾代わりにシルディが殴りかかり、リリエッタはサウザンドピラーから蟹座の輝きを撃ち出す。
 後方からはドラゴニックハンマーを砲へと変化させた勇名の支援砲撃が始まる。
「最前線での取っ組み合いはオウガの本分、なんてね♪」
 如意棒をブン回す山科・ことほ(幸を祈りし寿ぎの・e85678)は下から、翼で飛翔する真幸は上から、両者はタイミングを合わせて仕掛けた。
 だが手応えが浅い。
 如意棒は『門』が逆手で掴む大剣に阻まれ、オウガメタルを纏わせた拳は左の掌で受け止められている。
 そして『門』の眼が妖しく輝く。
「一体でヘリオンデバイス使用案件の相手、一発も貰らわないつもりで行きたいかなっ」
 敵の反撃が出る前に。
 飛翔していた峰谷・恵(暴力的発育淫魔少女・e04366)は上空からクイックドロウ。
 浴びせられる弾丸に『門』の注意が向いた隙に、前衛組は敵の間合いから離れ、かつ包囲するように動く。
 いかに堅牢な敵でも四方からの攻撃は防ぎきれないはずだ。
「おまえたちは、私を何度倒した?」
 不意に『門』が問うてきた。
「一度や二度ではあるまい……」
 返答を聞く前に『門』が大剣を振りかざす。
 放たれる怒気と殺気をケルベロスたちは肌で感じる。
 攻撃力に特化した敵からの攻撃はまともに喰らいたくない、リナはステルスリーフをその身に纏わせる。
「デバイスの接続も良好、と。さて君に、いや君たちに会うのはもう何度目か……ふふ、素敵に情熱的な怒りだなぁ。今宵も奇術ショーを楽しんでもらえたら幸いだよ」
 メロゥ・ジョーカー(君の切り札・e86450)はシャッフルしていたトランプを宙に舞わせた。彼女が手にしたガネーシャパズルの輝きが札を蝶に変え、味方の第六感を呼び覚ましていく。
「……死をもって償え!」
 包囲した前衛組が動くのに合わせ、『門』も動いた。


 包囲したと言えど、容易に打ち破れる相手ではない。
 敵の斬撃はこちらの装甲や呪的防御も紙同然に切り裂き、包囲にわずかな隙あらば、支援役の後衛を狙って大剣を槍のように伸ばして突いてくる。
 この場所を守るには、倒されても甦る不死の存在ひとつあればいい。
 それだけの実力を『門』は備えている。
 しかしケルベロスたちも幾度となく『門』を撃破してきた。
 倒すごとに一歩、また一歩と『死者の泉』へ近づいていく。
「――だから、『門』、あけてくださいするの。すばやくてばやく、どかーんしてかえるまでが、おしごとなー」
 勇名が投擲した簒奪者の鎌が『門』の左肩を切り裂いた。
 斬られた『門』の肩からは黒々とした暗黒物質が噴き出す。
 その体には血ではなく、それが流れているのだろうか。
 それとも鎧のみを裂き、内部に充満するそれが噴き出たのだろうか。
 いずれにしろ『門』の更なる怒りを買うには充分だった。
「おまえたちは私に傷を負わせた……私の尊厳を、傷つけた!」
 狂気の黒騎士が怒り昂ぶる、なのに剣さばきは一段と鋭さを増している。
(負けたら悔しいし、再戦したいとは思うけどさー……こんな形で、『あのひと』たちはそれでいいのかな)
 味方の負傷は癒しの拳で吹っ飛ばし、ことほが『門』の正面に躍り出た。
 重い斬撃と衝撃、それと『門』の怨恨を彼女は受け止める。
「藍っ。私に構わず、やっちゃえ!」
 まだまだガンガン行ける。自分のサポートに回ろうとしたサーヴァントへ、ことほは『突っ込め』と合図を出す。
 炎を纏ったライドキャリバーの体当たりに『門』の巨体がぐらついた。
「……機械ふぜいがッ」
 藍に大剣が振り下ろされようとした直前、上空から真幸が惨殺ナイフで『門』を斬る。
 利き手に裂傷が走り、狙いの逸れた『門』の大剣は通路の床に叩きつけられた。
「チビ。負傷者のサポートに回れ」
 ボクスドラゴンに指示を下すと、真幸は再び上空へ飛翔、敵の動きを注意深く見張る。
 小手先の技が通じる相手ではない、ここぞという時に一気に押し切らなければ撃破は難しいかもしれない、と彼は思う。
『門』はクレータ―状に陥没した石畳の床にめり込んだ大剣を引き抜こうとしていた。
 そこへリナが跳躍し、大剣を踏みつけてさらに深くめり込ませる。
「剣は騎士の魂……土足で踏みにじるか!」
「その怒りも利用させてもらうね」
 顔面をにじり寄らせて睨みつける『門』に、彼女の次の手は見えていなかった。
 素早く腰の後ろへ回した手が、鞘から斬霊刀を引き抜く。
 風魔幻舞刃。無数の風刃が至近距離から『門』の全身に浴びせられた。
 黒い鎧の装甲片が散り、さらに暗黒物質が噴き出る。
『門』は力任せに大剣を引き抜くが、その時にはリナは後方宙返りで退いていた。
「私はこの場の番人。侵入者に死を等しく与える者。その私に幾度となく死がもたらされた。甦るといえど、死を与えることなく死をもたらされた。これ以上の愚弄があるか」
 右手で掴んだ大剣の刃を『門』の左手がなぞっていく。その内部に仕込まれた鎖が伸びて、刃が無数に分割される。鞭のような形状となった分だけ刃圏も広範囲になる。
「屈辱と汚名は、おまえたちの死で雪ぐ……!」
 大技が来ると警戒するケルベロスたちに、『門』の次なる攻撃が繰り出された。


 その一撃、まさに狂刃の旋風。
 分割された大剣が縦横無尽に荒れ狂う様は刃の竜巻。
 床も柱も壁面も無残に削られ、抉られていく。
 刃は圏内に存在する全てに獰猛な牙を剥き、圏外でも剣圧が衝撃波のように感じられる。
「やはり大技が来たね……っ」
 巻き起こる風に恵の羽織ったケルベロスコートが大きくはためく。肌には吹き飛ばされてきた砂埃が痛いほどに当たってくる。
 一段進むだけでこうだと、たどり着いた先はどれだけ大変なのか。
 今はただ全力で仲間を守るのみ。
 恵はマインドシールドを張り、『門』の大技から味方を守ろうとする。
 撤退となった際はレスキュードローンを囮と盾代わりに飛ばすつもりだが、できればそんな事態は避けたい。
 仲間の暴走は、もっと避けたい。
「ここを守るのが『門』のお仕事……大切なお仕事、なんだよね」
 デバイスの機械腕も防御に使い、シルディは『門』の刃圏の中で耐え凌ぐ。
 嵐のような猛攻にデバイスにも彼自身にも傷が増えていく。
「でもボクたちにも大切なことがあるんだよ!」
 負傷を戦言葉で掻き消すシルディの後ろで、機を窺っていたメロゥが頭のシルクハットへ手を伸ばした。
「小細工はさせん!」
 不審な動きに気づいた『門』は手首を捻り、刃の軌道を変化させた。
 一直線に突き出された刃によって、シルクハットが跡形なく切り裂かれる。
 ハットの有様に彼女は驚いた顔になるが、それはすぐさま妖しい笑みに変化した。
「残念、そっちは囮さ。君という観客が見てくれた僕自身が――本命!」
 奇術師がマジックの披露とともに観客へ向ける笑顔。
 それは見る者の心を掴んで離さない美貌の呪い。
 一瞬だが『門』の動きが硬直したように止まる。
「影の刃よ、リリの敵を切り裂け!」
 隙を逃さず、リリエッタがグラビティを圧縮した弾丸を撃ち出した。
 床から浮かび上がり『門』に突き立つ影の刃は、鎧を貫いて内部にまで達していた。
 黒々とした暗黒物質とともに『門』自身の血が鎧の隙間や傷口から噴出する。
 しかし、その膝は崩れない。
 地中深く根差した大樹の如く巨体を支えている。
「侵入者に等しく死を与えるまで……心の臓は鼓動を止めぬ」
 敵は未だ戦意と生命力を失っていない。
 異次元回廊の力で強化されているがためか、それとも己が矜持か。


 再び荒れ狂う刃の嵐が巻き起こる。
 だが先ほどよりも勢いが衰えて刃圏も狭まっている。
 くらえば深手になるだけの威力はまだあるだろうが、確実に『門』は弱まっている。
 ここで一気に押し切る――ケルベロスたちは素早く視線を交し合い、頷く。
「行く先に、何があるかわからないなら。せっかくなら幸せな理由があると思いたいなー」
 ことほの足元から桜の樹が現れ、華麗な桜吹雪を舞わせた。
 桜は味方を強化する加護であり、『門』に捧げる手向けの花でもある。
 何度も本気で戦える相手は標的としては満足できる、しかし戦士だった者がただの現象と成り果てたことに、彼女は憐れみを覚える。
「死にたい奴から来い!」
 ケルベロス側が勝負を仕掛けに来ることに気づいたか、『門』が最後の猛攻に出た。
「今宵のショーもフィナーレが近い」
 メロゥの投げたトランプの札が、騎兵となって突撃する。騎兵は振り回される大剣とぶつかりあって爆散するが、氷の刃となって『門』の体に突き刺さる。
「ここでも、この先も。死ぬ気はないよ」
「そう、何度だって負けはしないからね!」
 刃の竜巻を掻い潜り、リリエッタとリナが『門』の懐へ飛び込む。
 左右からのすり抜けざまの斬撃が『門』の胴体を深く切り裂いた。
 対する『門』も負けじと大剣を振り回し、すり抜けていった両者に痛打を浴びせる。
「13・59・3713接続。再現、【聖なる風】」
 誰一人欠けることなく生還する。恵の左手の中指に紋様のような複雑な回路が浮かび、余剰魔術回路の一部が開放され、浄化の力を持つ風が吹き流れた。
「ここが決め時……オウガメタル、お願いね!」
 シルディの携えたオオアリクイ型オウガメタルが、その声に応える。放たれるオウガ粒子。光り輝くそれを受け取り、真幸の両手が印を結ぶ。
「来たれ神性。全て氷で閉ざせ」
 召喚される異世界の神、その全容は知れず、ごく一部がこの空間へと表出したのみ。
 この超常の存在が繰り出す猛烈な凍結波が、『門』の全身を凍てつかせる。
 血も肉も暗黒物質すらも、氷の塊へ変えていく。
「オオオオオオオオオオオ!」
 全身が凍てついてなお『門』の足は止まらない。
 雄叫びを迸らせて、前へ、ただ前へと動き続けていた。
『門』の執念にケルベロスたちは畏怖するものを感じずにいられない。
「むい。もう、うごくなくていい。これでおしまいにするの、なー」
 勇名が発射した小型ミサイルは『門』めがけて飛び、着弾とともにカラフルな火花を散らして爆発した。
 爆発は凍てついた『門』の全身に亀裂を走らせていた。
 直後、『門』が粉々に砕け散る。
 小さな氷の塊となって散って消えていく。
 この個体が抱えた怨念は、果たして消えたか。
 あるいは次なる『門』へと引き継がれるのか。
 それは新たな『門』と対峙した時にわかるのかもしれない。
「これにて今宵は終演。再公演はまた直に……ね」
 メロゥはトランプの札をハットに変えると、くるりと回して頭に乗せた。

作者:砂浦俊一 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年10月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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