ねじ曲げられた純粋な気持ち

作者:ほむらもやし


●魔草少女みづき
 橙色の夕日に輝く大ビルヂング群が見える。
 ここは大都会の中にある小さな公園。緑の無い都会の中に作られた人工のオアシス。
 遊ぶ子はいない筈の時間なのに、家に帰りたくない女の子がひとり、家型遊具の中に座っていた。
「ボクはソウ。魔草少女を播種する者だ。特別に選ばれた君を魔草少女にする為にやって来た。ボクと契約すれば、魔草の奇蹟で素晴らしい未来と奇跡が約束される」
 遊具の中に入ってきた、白猫のような見た目の不思議生物が話しかけてくる。
「本当に? それなら私は強い魔草少女になりたいです。困っている人、助けを求めている人を見ても私は何もすることが出来ませんでした。だから――」
「一番ヶ瀬みづき。強くなりたいんだね。君の魔草少女としての素質は申し分ない。きっと最強の魔草少女になれるさ」
「みづきちゃーん」
 そんなタイミングで、自分の名前を呼ぶ声が遠くから聞こえた。
「さあ、君が最強になるための最初の試練だ。あの声の主を倒すんだ。今まで君の才能を押さえつけていた悪い母親だ」
「ひどい。私が弱虫だったのはお母さんのせいだったのね。絶対に許せない!」
 あかねがカッと目を開いた瞬間、小さな身体は光に包まれる。
 光が消えた後には、気品と優美さを併せ持つ黒と紫の衣装を纏ったみづきの姿があった。

●依頼
「播種者ソウにそそのかされた女の子が、また魔草少女にされてしまった」
 ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)はヘリポートに集ったケルベロスたちを前に播種者ソウの暗躍を告げた。
「この事件の背景には攻性植物の聖王女アンジェローゼの親衛隊を再建したいという希望がある。配下の播種者ソウはその意向に応えるため熱心に適合する少女を探し回り手当たり次第に魔草少女に変えている」
 魔草少女は嫌いになった人間を襲いグラビティチェインを集める活動を開始する。
 適正があるとされるのは思春期の少女なかでも、家出少女または家出を望んでいる者がターゲットとされると推測されている。
「今から現場となる名古屋市にある公園に向かう。『播種者ソウ』及び魔草少女みづきは公園内に立ち入った母親に、いままさに襲いかかろうとしている」
 至急対応をして欲しい。そう言って、一拍の間を置いてから話を続ける。
「撃破対象は魔草少女と播種者ソウだけど、みづきさんを助けたい。と思うよね?」
 もとが人助けをしたい優しい女の子だと分かっていて、それでも撃破さえすれば良いと考える者がいるだろうか? 助ける方法は伝えなければならない。
「作戦は皆に任せるけれど、播種者ソウだけを先に倒せば、魔草少女との会話が可能になる。この時点で魔草少女は戦意を失っていないけれど、会話が可能になれば、みづきさんの優しい気持ちに訴えることが出来るよね」
 予知で分かっているのは、播種者ソウが魔草少女の力を確かなものにするためには、母親を殺さなければならないと思い込ませていること。
「人助けをする力を得るために必要なのが人殺しなんて……感覚的にもおかしいよね」
 暗殺拳の伝承ではそう言う設定もあるかも知れないが、これとは別の話だ。
「戦闘では、みづきは細い剣をを駆使する。剣を振るって風を起こし幻覚を見せたり、地面を裂いて陥没させたり初の実戦とは思えないほどに手慣れている。パンチやキックといった格闘的な戦闘も可能だ。播種者ソウの方は自分では戦わず、常に魔草少女の肩に乗ったり、影に隠れるようにして寄り添っている。直接攻撃には『部位狙い』を成功させる他に無い」
 なお部位狙いをせずに、最初から全力で戦って魔草少女を先に撃破した場合、播種者ソウは速攻で逃亡する。ヘリオンデバイスの助力をもってしても追跡は困難だろう。
「みづきの魂を救えるのは君たちだけだ。成功を祈っている」
 話を聞いたケルベロスたちの顔を見つめると、ケンジは少し眉尻を下げて穏やかな顔をする。
「行こう」
 そして出発の時を告げた。


参加者
長田・鏡花(アームドメイデン・e56547)
オズ・スティンソン(帰るべき場所・e86471)
ピュアニカ・ハーメリオン(淫蕩なる偶像の小淫魔・e86585)
ペトラエル・ターン(始原のラッパを吹く光の天使・e86587)

■リプレイ

●わたしたちはそうして彼女に出会った
 自分のお母さんを手に掛けてしまったら後で絶対後悔します!
 ペトラエル・ターン(始原のラッパを吹く光の天使・e86587)は思いを込めながら光の翼を輝かせる。
 眼下には暮れなずむ公園。柔らかい光に照らされた公園に「みづきちゃーん」と母親の声が響いた。
 ゆっくり考える猶予などない。
「ここは危険だ。すぐに離れるんだ」
 オズ・スティンソン(帰るべき場所・e86471)のもつゴッドサイト・デバイスはその声に反応するデウスエクス――魔草少女の動きを捉えた。
 先に攻撃を掛けるよりも、一般人を戦闘に危険に晒さないことを重視した。
 ソウ単体は弱い。ソウさえ撃破すれば、全てが上手く行くはずだ。
 オズの警告に、娘を探していた母親は戸惑ったような表情をしたあと、理由を問い返さないままに引き返す。
 直後、背中を向けた母親を目掛けて、魔草少女とソウが遊具の中から飛び出て来る。
 そこに立ち塞がるのは、 ピュアニカ・ハーメリオン(淫蕩なる偶像の小淫魔・e86585)だ。
「かわいい女の子を「びゅあにメロメロにしてあげるー♪」
「なあっ?!」
 年齢不相応な大きさの胸に裸リボン、そしてピンクのランドセルを背負い、ピアニカ(バイオレンスギター)を持った怪しげな姿に、魔草少女であるみづきの足が止まる。
「ちゃんすー!」
 動く度にリボンがひらひら動き、見えてはいけない場所が見えそうになるのも構わずに、ピュアニカは、みづきの、膨らみのあるスカートの下に覗く両脚を目掛けて突っ込んで行く。何か、獲物を狙うように。
「何を言っても無駄さ。君の声は彼女に届かない」
 魔草少女の目に見えてしまったものには仕方ないが、ソウはその容姿を見ても、まったく動じない。
 当然のように攻撃を促す。
「殲滅だ――みづき」
 感情の籠もらないソウの声に続いて、みづきは剣を振り上げる。鋭い風と共に面が裂けてピュアニカの方へと一直線に伸びて行く。
 直後、樹木がへし折れるような音がして、ピュアニカを護るように割入ってきた、ウイングキャット『トト』を肉と体液のような物を散らしながら、攻撃を食い止める。
「わたしには聞こえます……助けを求めるみづきさんの心の声が!」
 ペトラエルは静かではあるが、よく通る声で言った。
「うそだね。聞こえるはずがないよ」
 ソウはあっさりと否定した。
「すぐに……助けますから!」
 ソウがいる限りみづきに声が届かないことは前もって聞いている。
 だが目の前にいるのに何も感じないはずはない。だからペトラエルは歌う。
 たとえ話は通じずとも目は見えているはず。信じる行動は結果を裏切らないはずだ。
「オズさん、お願いします」
 長田・鏡花(アームドメイデン・e56547)の手元のガネーシャパズルから湧き出た蝶の如き光がオズの周囲を飛び回り、その軌跡が第六感を呼び覚まし、命中力を向上させる。
「左だ――みづき」
 ソウの声に従ってみづきが横に跳んだ直後、流星の如くに突っ込んできたオズが地面に激突して光が爆ぜ散った。
 支援を得てなお攻撃は外れてしまった。
 ソウはみづきの肩や頭、背中などを縦横無尽に動き回っており、狙いを定めるのは大変そうだった。
 公園は街の中にあるはずなのに、周囲は恐ろしく静かな気がした。

●誰にも知られない苦悩と戦い
 轟音。
 重量と衝撃と共に血と砂が跳ね上がって、鏡花とピュアニカの顔に赤黒い斑を描いた。
「まだなんにも、きもちのいいことしてないのに……あ、れ?」
 視界が急転し、遠くビルヂングの灯火を映す色に赤が混じる。
 熱くぬるぬるとした感覚と共に激痛が来る。
 ピュアニカはその赤が自分の血だとはわからなかった。
 ただ喉が焼けるように熱く、上手く呼吸が出来ない。
 息を吸い込もうとすれば激しく咳き込んで、口の端からごぼりと音を立てて血が溢れた。
「ピュアニカさん」
「任せて下さい。鏡花さんはあなたにしかできないことを――」
 ペトラエルの歌声が響き渡る。
 希望の為に立ち上がり走り続ける者を鼓舞する歌声だ。
 破壊し尽くされたピュアニカの肉体が逆再生の映像のように修復されて行く。
「この状況は不利です」
 鏡花は歯噛みする。
 ピュアニカの戦闘不能。手負いのディフェンダー。
 魔草少女のみづきは、侮れない戦闘力をもっている。全員で攻撃しなければ撃破は困難だろう。
 一方、ソウへの攻撃さえ当たれば、ソウの撃破は容易い。
 しかしソウを狙えるのは、オズだけだ。
 今更振り返っても仕方のないことだが、ゴッドサイト・デバイスで、戦闘開始直前の敵の動きは把握できていた。
 母親の安全確保を優先にした行動とは言え、それを有利な先手、奇襲攻撃に繋げられなかったことは悔やまれた。
「ソウは必ず倒します」
 鏡花はまずスチームバリアを発動。魔導金属片を含んだ蒸気を噴出させ、ウイングキャット『トト』を癒すと共に防御力の底上げを図った。
 再び空高く跳び上がった、オズが空中で反転して。みづきの肩や頭、背中を動き回るソウに狙いを定める。
(「運任せというのは、本意ではないのだけどね」)
 一歩先のソウの動きを予想しながらの攻撃、次の瞬間、流星の輝きを纏った一撃はソウを直撃して、猫ほどの大きさの身体が地面に叩き付けられて転がる。
「……やってくれたね」
 姿勢を立て直し、ソウは素早くみづきの足元に駆け寄る。
「あいつ、邪魔だよね。その前に――」
「はい」
 直後、ソウとみづきの身体が光る花びらに包まれて、傷だらけの身体が元通りに修復されて行く。
 ソウの両眸にはオズの姿が映り、みづきの動きも、あからさまにオズを警戒している。
 もう1、2発も直撃すれば、身が持たないと察したソウは保身を優先した。
 まだ母親を殺していないみづきは完全ではなく、ソウも自身が倒されれば、その後の説得によって元の人間に戻ってしまう可能性を認識していた。
 そんなタイミングで、進軍ラッパの如き音色に続けて、哀調を帯びつつも、勇ましさを感じさせる、ペトラエルの歌声が響き渡る。
「絶対に、負けられないです」
 スタジアムに集まった群衆が振る旗の波が如きイメージが気持ちを奮い立たせる。
 確かに現時点で埋めることの出来ない力量の差は認めるが、出来ないことよりも出来ることに目を向ける。
 なぜならばいま、自分が身につけている、猫耳ヘッドフォン型のアリアデバイスも、人々を励ますプリンセスクロスも持っているのは皆、デウスエクス途戦い、人々を助ける為のものだ。ケルベロスの来援を信じている人たちを対処が間に合いませんでしたと、犠牲にすることなどしたくない。

 ソウ撃破を急ぐ気持ちとは裏腹に戦いは長引き、オズとトトの体力は、脱出不能の泥沼に沈んでゆくように、削りとられて行った。
「説得が不能になれば、倒さなければいけないでしょう」
 鏡花は腹を決めていた。
 しかし、オズが倒れた時点で、戦力的に撃破自体が厳しくなる。
 ディフェンダーのトトが倒されれば、絶望的だ。
「ですから、変更はありません。で播種者ソウを討伐し、説得します」
 もう、オズが倒されないように手を尽くす他に道はなかった。
 オズに飛ばしたヒーリングパピヨンの輝きが、直後にみづきの飛ばした剣圧と衝突する。
 ダメージだけでなく、気力と正気を奪い去るような斬撃だった。
「この状況は、僕が招いたのか――」
 ダメージから来る苦痛からか心に抱く業からか、オズの思考が負の方に振れて行く。
 言いかけたオズ言葉を遮るように庇い切れなかった、トトが清らかな羽ばたきで癒しの風を送ってくる。
「大丈夫。戦闘には支障ありません」
 オズは素早く腕を伸ばし、同時に放たれた網状の霊力が動き回るソウを絡め取る。
 網に囚われたソウが慌てたような声を上げる。
 今、被弾すればソウはひとたまりもなかったが、みづきの対応のほうが早かった。
 スナイパーがひとりだけだと、続けての攻撃が困難だった。
 結果として、ソウの回復を常に許す結果となっていた。
「作戦は完璧ではありません。ですが、成功はできます」
 鏡花の放つ光の蝶が舞い、ペトラエルの全てを肯定する歌声が響き渡る中、オズは夜空に跳び上がる。
 夜空に煌めく無数の星、人々が覚えているのはシリウスのような強い光を放つ星ばかりと思われがちだが、他の星もそれぞれに方角が定まっていて名前がある。
 何もないところにぽつんとあるような星は、そこにあることで道標としての役割を果たす。
 みづきと母親を救いたい。
 完璧にこなすには難しい作戦だったが、真心に裏付けられた気持ちから来る思考の方が勝った。
 スターゲイザーを警戒して、みづきの足元に降りて躱そうとするソウ。
(「同じ手でいつまでも避けられるわけないだろう」)
 その動きを読み切った、オズの一撃がソウの身体を粉砕する。
 次の瞬間、砕けた豆腐のような破片がベチャベチャと周囲に飛び散った。

●弄ばれた心の修復
 消えて行くソウの破片の前にしゃがみ込んで立ち尽くす魔草少女みづき。
 彼女の目の前で、破片はみるみる小さくなり、間もなく完全に消滅した。
「――戦わなきゃ」
 ソウのアドバイスを失ったみづきは呟きながら剣をオズに向ける。
 しかしその表情はとても不安そうだった。
「君が誰かを助けるために、僕を犠牲にしたいんだよね? それとも、お母さんが良いのかな?」
 戦闘は終わっていない状況だったが、喪失感からくる不安でみづきの戦意は激減しているように見えた。
 その不安を察した鏡花は問いかけるよりも、まず、自分のことを話してみることにした。
「私には親が居ません」
 こういう身体だからと身体の部分を示しながら、レプリカントという種族についての説明をする。
「どうして私という心を獲得できたのかは分かりません。そして、保護者は居ますが肉親ではありません。この素体の親の記憶もなく、生きているかも分からないのです」
 みづきは剣を構えたままだったが、攻撃を掛けてくる様子がなかったので、今度は問いかけてみる。
「だから、教えてください。みづきさんにとって、母親はどんな存在なのですか?」
「どんなって、優しくて心配性で、いつもお節介ばっかりする。お医者さんでいつも忙しいって言ってるのに、今日もスマホは目に良くないからと返してくれないから……」
 どうやら家に帰りたくなかった理由はスマートフォンを取り上げられた反発かららしく、ソウはそこに子どもを抑圧する悪いイメージを付け加えたらしい。
 拍子抜けするほど単純な理由だが、みづきにとっては一大事だったのだろう。
 否定しないように気をつけながら、話を聞く。
「それで、あなたはお母さんを罰さないといけないのですか?」
「いいえ、それは強くなれるからとソウが言ったから」
 抑圧者を倒して、使えなかった力を解き放つという筋書きに聞こえる。
 鏡花と会話を重ねるようすを見守っていた、オズは雨の翼を発動する。
 うっすらと降る雨がみづきの気持ちを、さらに落ち着ける。
「なるほど、誰かを助けるために他の誰かを犠牲にしなければならないこともあるかもしれないね」
 オズは自身が体験してきた記憶とイメージを重ねながら静かに言った。
 言いながら、犠牲なんて本当は無い方が良いし、犠牲を強いてまで得られる利益が正当とも言い切れない。
「でもね、それは今ではないし、ましてや君のお母さんが相手じゃない」
 なかなか帰って来ない娘を自分の足で捜し回る母親だ。娘を大事にしていることは間違いないだろう。
「確かにその通りね。誰かを殺して得た強さで人助けをしようなんて、間違っている」
 ちょっと思い出し、そして考えてみれば、ソウが言っているのは、明らかにおかしなことだった。
 みづきが剣をしまうのに機を合わせて、ペトラエルが勝利のファンファーレを響かせた。
 その音に導かれたように、みづきを探していた母親が再び公園にやってくる。
「みづきちゃん、ここにいたのね。どうしたのその格好?」
「あーお母さん、実はいろいろあって……」
 とにかく良かったと脱力した様子の母親にオズが説明をする。
「大事にしているものを取り上げるのは、よくありませんね――恐縮です」
 話してみて、鏡花もオズもペトラエルも、母親がみづきを本当に大切にしていることが分かって胸を撫で下ろす。どんなにケルベロスが頑張っても母親が悪い人だったら、みづきは幸せになれないから。
「これからも仲良くして下さい」
「ありがとうございました」
 頭を下げて公園を立ち去ろうとする、みづきと母親を、鏡花は感情を込めない表情で作ったVサインで見送ってから、忘れていたことを思い出したかのように、掌を軽く打ち鳴らす。
「ピュアニカさんはどうしていますか?」
「それが、あそこに籠もっているようでね」
 オズが困った様子で公園の砂場に設置された巣を指さした。
 意識を失っている間に事件が解決していて、落ち込んでいるらしい。
「初めての依頼でしたし、大変だったのだと思います」
 ピュアニカと同じ旅団に所属するペトラエルがそう告げると、
「それなら、出てくるまで待つとするか」
「私もそうします」
 鏡花とオズは安心したように頷くのであった。

作者:ほむらもやし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年10月10日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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