クゥ・ウルク=アン樹海決戦~魔性の森を抜けて

作者:白石小梅

●樹の海に潜む
 霊峰富士の膝元、青木ヶ原。富士の樹海とも呼ばれる地の、奥深く。
 一頭の鹿がぽつぽつと歩を進め……ハッと顔を上げて動きを止めた。
 目の前に見えるのは樹林だけであるはずなのに、『巨大な何か』の息遣いを感じて。
 固まってしまった鹿の頭上から、羽ばたきが響いた。
 我に返った鹿は、慌ててそこから逃げていく。
「番犬ではないな……勘の鈍い、ただの畜生か」
 翼を広げた竜人に似た姿の女が、構えた槍を下げる。
 禍々しく捻じれた槍には竜の力が満ち、竜のものへと変質した腕は邪悪な熱で律動する。
 その気配を前にすれば、一般人とて理解する。これは竜の手先……ドラグナーであると。
 ごうっと、炎が噴き出すような音と共に、女の背後の樹林が動いた。
 いや、太い幹に見えたものは、巨大な鎌首。捻じれた根に見えたものは、厳めしい手足や尾。
 一見して花の咲き乱れる樹木にしか見えぬ竜が、寝ぼけたように頭を起こす。一体、二体……いや、樹海の更に奥へ向けて、無数の竜がじっと蹲っている。
「目の前まで接近されても食いつきもしないとは。知性の発達は見られない、か」
 女は低く呟き、遠くを飛ぶ仲間に槍を振って異常がないことを知らせると、再び哨戒へと戻っていく。

 そこは、富士の樹海。
 今は無数のマリュウモドキの潜む、魔性の森。
 だが一人の番犬がそれを捉えていたことを、竜の手先はまだ気付いていない……。

●邪樹竜討伐作戦
 ブリーフィングルームで、望月・小夜が青木ヶ原樹海の衛星写真を広げる。
「ここ最近の魔竜擬きの出現地点や飛翔してきた方角などの情報からメロゥ・ジョーカー(君の切り札・e86450)さん、カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)さん、伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)さん、伏見・万(万獣の檻・e02075)さん達が、『樹母竜リンドヴルム』の潜伏先を捜索し続けてくれていました」
 その情報を総合した結果、富士の樹海周辺にドラゴン勢力が集結していると予測されたという。
「駄目押しに、先んじて富士の樹海周辺へ先行偵察を行った、シル・ウィンディア(鳳翼の精霊姫・e00695)さんが、樹海奥地で植物化したドラゴン『マリュウモドキ』の群れを発見。彼らを統率するドラグナーたちと防衛線を張っているのを掴んでくれました」
 リンドヴルム自体は未発見だが、その群れが奴の拠点を守っているのだとは予測がつく。
「マリュウモドキは大群ですが、群れの中心である『邪樹竜クゥ・ウルク=アン』を撃破すれば、リンドヴルムの拠点に手が届く筈です。よってここに、樹海の掃討作戦を決行いたします」
 マリュウモドキとドラグナーの防衛線を駆逐しつつ突破して、樹海の奥地に居る邪樹竜を撃破する。それが、作戦目標だ。

●樹海決戦
 だが残党とはいえ、相手は竜の群れ。この数で、正面から相手取れるのか。
「ええ。マリュウモドキは、それなりの戦闘力があるようです。ですが弱点として、戦意と知能が非常に低いことがわかっています」
 それは、隣にいる仲間が攻撃されても、頓着しないほどだという。
「仮に、同一戦場に複数のマリュウモドキがいても、自身が攻撃をうけるまでは戦闘に参加もしません。この習性を利用すれば、単独班で多数のマリュウモドキを撃破する事が可能です。ただし……」
 指揮官ドラグナーが戦闘に参加した場合は話が別。マリュウモドキは指揮官には従順なため、その指揮に従い積極的に戦闘をしてくる。
「指揮官は騎士のように統制のとれた行動をしており、作戦に従って哨戒しています。敵を発見した場合は周囲のマリュウモドキを集めて闘わせ、他のドラグナーを集結はさせません。陽動の可能性を考えているのでしょうね」
 敵は大群ながら指揮官の数は少ない。指揮官と鉢合わせした場合は、集まって来るマリュウモドキより先に、指揮官を撃破するなどの作戦が必要だ。
「一度に多方面から侵攻すれば、敵の目を欺いて防衛線を突破し、その先に陣取る邪樹竜まで手が届くはずです。できるだけ多くの戦力が邪樹竜の元へ辿り着けるよう、作戦を組んでください」
 防衛線を突破した班から邪樹竜に挑みかかり、突破戦力の総力を以て撃破する。
 以上が、作戦の概要だ。

 小夜は息を吐いて、頷く。
「魔竜を量産せんとする樹母竜リンドヴルムは、巨大な脅威。その計画を打破する為にも、マリュウモドキの樹海を突破し邪樹竜を撃破しなければなりません。魔竜達が完全に力を取り戻す前に、片を付けましょう」
 小夜はそう言って、出撃準備を希うのだった。


参加者
伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)
黒鋼・鉄子(アイアンメイド・e03201)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
小車・ひさぎ(月夜のラグタイム・e05366)
アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)
ランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)
ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)
クラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)

■リプレイ


「それでは『作戦開始』です! よろしくお願い申し上げます!」
「Roger! Device wake up!」
 コマンドワードを受けて、ランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)の片目にゴーグルが形成されて行く。
「ここはまだ周辺に敵の反応はなしだ。だが奥には……いるぜいるぜ。うようよとな」
 走り出した番犬たち。
 同じく、花模様のゴーグルを組み上げた小車・ひさぎ(月夜のラグタイム・e05366)が、左右を見て。
「味方の位置も、確認したよ。左右に広がって侵攻開始やね……あたしたちは進行方向、左から二番目ってとこ。アウレリアさん、地図出せる?」
「ええ。航空写真を地図にしたわ。横軸をAからG、縦軸を1から5で分けてある。スーパーGPSと組み合わせて……私たちは、ここよ」
 アルベルトを引き連れ、アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)の指がB軸1エリアを指す。地図を受け取った新条・あかり(点灯夫・e04291)が頷いて、ウツギの花の揺れるデバイスに、そっと触れる。
(「こちらB軸侵攻班……他班の人、このスーパーGPSの動きが見えるかな? 良ければ、地図を見て視覚情報を共有してくれる?」)
 脳裏に浮かんでくる、各班の地図の映像。全班がまだ横軸1に居て、地点5を目指して侵攻開始だ。
 あかりはその情報を全員に共有すると、ぽつりと呟く。
「すごいね、これ……今までが嘘みたいなくらい、便利」
 ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)が、身に纏う隠密気流で姿を隠しながら頷いた。デブ猫のヘルキャットも、一応の猫らしさで音もなく進む。
「樹海ともなれ、ば。確かに、探索する、のにも骨が折れそうですもの、ね……デバイスは、大いに助けになり、ます……後は、こっそりいきましょ、う。こっそりと……」
『一方で、時間を掛けるほど見付かる確率も上昇する。手際よく進まねばなりませんわね。私、庭の手入れは専門ではありませんが……』
 そう呟きながら黒鋼・鉄子(アイアンメイド・e03201)が指を鳴らすと、前を塞ぐ木々がさわさわと道を作って避けていく。
『さ、急ぎましょう』
「ありがと。この道は確実にリンドヴルムに続いてるはず……だけど、ここからが肝心だよね。気を抜かずにいこう」
 元より薄い気配を殺し、クラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)は猫耳型の集音器で周辺を警戒しながらするすると森に出来た小路を進んで行く。
 各員の能力を使い、順調に樹海を踏破する番犬たち。
 ランドルフとひさぎが合図を送ると、先を行く伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)がハッと行く手に横たわる影に気付く。
「むい……マリュウモドキ、発見……踏んでも、向こうは気にしない気もする、けど……とりあえず、うかい、うかい。えと……こっち、なー」
 一見すると草花の生えた丘にしか見えない竜を避け、番犬たちは全班がエリア1を抜ける。そのままエリア2も抜けようとしていた、その時だった。
 あかりの脳裏に、ドラグナーの姿が閃いたのは。
「……っ。どこかの班が見つかったよ……!」
 瞬間、一つ隣のエリアから爆発音のような音が響く。アウレリアが、地図から顔を上げて。
「この方角は、A軸班ね。まずいわ、敵の警戒が厳重になる」
 サッと左右に視線を向けるのは、ひさぎとランドルフ。舌打ちするように眉を歪めて。
「敵反応! 二体が別方向からこっちに来るんよ……!」
「隣だもんな、クソッ……! まずいぜ、全員屈め!」
 咄嗟にしゃがみ込んだ面々の頭上を、一体のドラグナーが飛翔していく。
「むい……A軸班のほうにとんでく……かくにん、かな」
『森の小路は解除しました、見付からぬとよいのですが……』
 勇名と鉄子が囁くと、もう一体、竜手の女が頭上に飛んできた。睨みつけるような目で周囲を見回し、槍を構えて。
『クソッ、あれだけではないはず……どこにいる、番犬め!』
 彼方からA軸班の戦闘音が響き続ける中、クラリスとウィルマが、目を合わせる。
(「どうしよう……隠密気流は警戒している敵には効果が薄いよ……」)
(「ええ……警戒、してる、なら……奇襲も、不可能、ですし……ね」)
 息を殺し、気配を断つ、永遠のような一瞬。
 敵は諦めたのか、ばさりと羽ばたいて上昇していく。
 全員が、ほっと息を吐いた。
 その時。
『焙り出してくれるッ!』
 突如としてその身が膨れ上がり、竜の形に変化した。同時に森を薙ぎ払い、爆風と共に身を転がした番犬たちの姿を捉える。
「っ……!」
『そこにいたかッ! 番犬ども!』
 巨竜の姿に変わった女が咆哮する。咄嗟に武装を引き抜いて、番犬たちは跳躍した。
 樹海での闘いが、始まった……。


 変化の竜は火焔を吹いて、向かってくる前衛を掃う。瞬間、迸るのは鎖の結界。ウィルマが敵の攻撃を防ぎながら、ちらりと後ろを振り返って。
「通信、を……お願い、します。こう、なった、以上……やること、は、ひとつ」
(「B軸班より……! 敵の警戒網に引っかかった。みんな、聞こえる? 敵は僕らが引き付けるから、出来るだけ走り抜けて……!」)
 即座にそう送ったあかりは、返答を待たずに竜弾を解き放った。敵がそれを叩き落とす間に、勇名に目配せを送って。
「んう……見つかった、なら、はでにしたほーが、いーな。みんな、とぶよー」
 背のジェットパックが火を噴いて、跳躍はそのまま飛翔となる。稲妻の如き力が仲間たちの間に共有され、勇名が刃を投げる間に、仲間たちもまた宙を駆けていく。
 だが空を舞えるのは、敵も同じだ。
『起きろ! 餌の時間だ!』
 その呼び声に従い、鈍重なマリュウモドキどもが、ばさりばさりと宙に浮かび始めた。その数、三体。
「へっ……! 仕方ねえ! リンドヴルムに、クゥなんとか……散り際を弁えねえ徒花どもへの足掛かりだ。きっちり、押し通るぜ!」
「知性も戦意も失くして、かつての配下種族に率いられるなんて最強種も墜ちたモンやね! ま、下っ端どもに言ってもしゃーないけど!」
 隠密から一転。ランドルフとひさぎは、姿を晒して見得を切る。彗星の如く一気に距離を詰めて、竜変化した女と空中で馳せ合いながら。
『小癪な! やれ、お前たち!』
 マリュウモドキの蔓触手や毒の吐息には、アウレリアが従者たちを引き連れて立ちはだかる。
「あなたたちは生きる為に地球を犠牲にする道しか選ばなかった。此方も生きる為、そちらを完膚無きまでに滅ぼし尽くす……皆、行くわよ」
 味方を庇って毒霧の中を突き破った面々は、同じく指揮官を庇って前へ出てきたマリュウモドキと激突する。そんな中、アウレリアの目は彼方で起こる爆発をちらりと捉えて。
 クラリスと鉄子も、目配せを交わす。
 地図を思い出す限り、あの位置は……。
(「D軸班の戦場……ってことは、間のC軸班が隙間を縫って進んでるはずよね……!」)
(『ええ。これ以上遠くは見えませんが、恐らくは数班がエリア2をすり抜けたかと』)
 A軸班が見つかったことで敵はこちらの接近を察し、前線を押し上げた。ならば『ここに敵がいる』と示すことこそ、先へ進む班への援護。敵は、眼前の戦場を無視は出来ない。
 変化した竜の目が困惑と共に樹海の奥と自分たちを見比べるのを見て、クラリスは口の端に笑みを浮かべる。
「さあ、勝負だよ! こっちの竜だって、負けてないんだから!」
『くっ……! 蹴散らしてくれる!』
 クラリスの放つ蒼い竜は稲妻と化し、変化の竜は火焔を吐いてそれと押し合う。
 仲間たちが次々と斬り込んでいくのを、レスキュードローンの上から鉄子が見据えて。
『……では、ご奉仕の時間でございます』
 慇懃無礼に弩を構えつつ、鉄子は癒しの光を放つ。
 毒の吐息を打ち払いつつも、戦場は苛烈さを増していく。


 闘い始めて、しばらく。
 中空に、衝撃が走る。番犬たちは自在に宙を舞い、その足から棚引く光は空を駆ける。爆炎が変化竜の横腹を撃ち抜くと、それは鎧を着こんだ女の形へ戻って。
(『竜化しても、押し負けるとは……!』)
「逃がさない、な……どかん」
 飛んで距離を取ろうとした瞬間、ジェットを巻き込むようにその眼前に現れるのは、勇名。だが女は咄嗟に、マリュウモドキの後ろへと身を隠す。熱弾が爆裂し、火焔に呑まれて部下が滑落していく様を一瞥もせず、女は残りの二体に向けて叫んだ。
『は、早く突っ込め! 役立たずどもめ!』
 一体のマリュウモドキを撃破したものの、勇名に向けて周囲のマリュウモドキが一斉に蔓を振るった。首がもげるほどの痛打が、その身を打ち据える……が。
「まりゅーもどきと、なかよしじゃないのな。そーいうの、あんまり、みてたくない……」
 打たれて消えたのは、分身。くるくると身を回転させながら、更に攻める彼女を見詰めるのは。
『ドラグナーとは主への奉仕を生業とする種族と聞いていましたが……知性が低いとは言え、主の身内に対するその扱いは疑問ですわね。仕える者として、相応しくありません』
 分身の術で援護をしていた鉄子もまた、敵の態度に嫌悪を示す。
 だがマリュウモドキたちは言われるまま、身を捨てて突貫してくる。
 それを防いだアルベルトが消失するも、脇から彼の伴侶が飛び出して。
「ええ。譬え在り様を変えようと、種族の明日を繋ごうとする心は分からないでもないけれど……この扱いはまるで捨て駒。盾になってもらうことへの感謝は、ないの?」
 アウレリアの指先が、伴侶の分の怒りも込めて女の肩口に突き刺さる。命を啜られる痛みに叫びながらも、女は躍起に身を捻って槍を投げた。
 竜の力を込めて投げられた一射が、咄嗟に仲間を庇ったヘルキャットを貫く。
「余裕を、失い……乱れ狂い、揺れ動く、その感情。素敵です、ね」
 だが光と消える従者を囮に、その主から迸った鎖が後ろから女を締め上げた。
『……ぐっ!』
「まるで、落ちぶれ、追い詰められた、ヒトの、よう……一体、何をしたいの、です?」
「そうやね。樹の海に見渡す限りのドラゴン集めて、おまえの主は一体何を企んでるの。尤も、答えなくても暴かせてもらうけどね。爆ぜろ……凍星!」
 ウィルマに締め上げられ、ひさぎの放った鏤氷敲氷弾が悲鳴さえ呑む白霞を散らす。
 戦意に乏しいマリュウモドキたちは、連携するでもなく漫然と闘うだけ。盾に出来る個体を失った今、ドラグナーは集中砲火に晒され、勝ち目はほぼ潰えた。
『いや、まだだ! もっと来い、お前たち! 私を護れ!』
 白霞の中で再び竜化した影が、鎖を破って飛翔する。その姿はボロボロながら、戦場を移して更にマリュウモドキを呼び集めれば形勢を逆転できると踏んだのか。
 ……だが。
「おいおい。こんな物騒な庭、放っとくわけにはいかねえよ。ご自慢のガーデニングを完成させたいなら、続きはあの世でやるんだな……!」
 その上方より、狼の影が飛び抜ける。ランドルフがそのナイフ【曼殊沙華】を閉じた時。竜の翼が、断ち割られた。
『なっ……!』
「たたみ掛けるよ! 竜の姿の内に隠された本体を、引きずり出してあげる! 終わりの、始まりを……ばんっ!」
 その横には、クラリス。銃の如く構えた指先から、渾身の力を撃ち放つ。炸裂した力は竜化した姿を食い破り、張り付いていた氷を膨れ上がらせた。甲高い悲鳴と共に、滑落しながら竜の姿が解けていく。
 指を立ててそれを待ち構えるのは、小柄な影。
「この先に進む僕たちを、あなたに止めさせはしない。その企み、この耳目で見極めさせてもらうよ……戻れ、どこでもない場所へ」
 目を見開いた女と、冴えた瞳で指を振るうあかりの視線が、交錯する。
『じ、邪樹竜さま! 樹母竜さま! どうか! 再誕の……――!』
 放たれるのは、無数の氷錨。女の悲鳴は、瞬く間に凍てついて。恐怖に歪んだ表情のまま、白く砕けて散っていく。
「……再、誕?」
 その呟きには、もう何も返らない。
 竜の手先は白い破片となって、樹海の中へと墜ちていった。


 指揮官を失い、戦場から敵が駆逐されるまでに、そう長くは掛からなかった。
「草に乗っ取られたドラゴンなんてお呼びじゃないんよ。そのまま光合成でもしてな!」
「ああ! コギトの欠片も残さず花と散りな! 喰らって、爆ぜろッ!」
 ひさぎの拳が蔓の体を引き裂いて、ランドルフの弾丸が花の頭蓋を爆散させる。
「すぱー……って切れば、まっぷたつ。もっかい、すぱー、っていけば……みっつ?」
『四つでございます、勇名さま。今度一緒に、林檎か何かで試してみましょうね』
 癒しの花を散らす鉄子の援護の中、勇名は首をひねりながら花の竜を十字に断ち割る。
 続けざまの一斉攻撃で残骸さえも微塵に消し飛ばし、番犬たちは大地に下りた。
「お、お疲れ様、でした。我々の勝利、です。周辺の、大掃除も、終わったよう、です、ね」
「ええ。皆も勝ったのね。進みましょう。邪樹竜に到達した仲間が、援軍を求めてるかもしれないわ」
 ウィルマとアウレリアの言う通り。続くドラグナーが来ないところを見ると、他班の仲間たちも勝利して、残るは邪樹竜のみなのだろう。もはや、敵の警戒網はないに等しい。
 番犬たちは、再び樹海を駆け出した。遠くに聞こえる、一つだけ残った戦場へ向けて。
「マリュウモドキ、本当に何もしないね。すぐそこであれだけ闘ったのに……ていうか今、頭を踏んじゃったんだけ、ど……?」
 クラリスがマリュウモドキの顔面を踏んづけた、その時だった。
 まるで落とし穴にでも落ちるように、マリュウモドキの体自体が、ふっと消えたのは。
「!?」
 周囲を見れば、大人しく寝込んでいたマリュウモドキたちが、次々と塵と化して消失していく。
「なんよ、これ……敵ボス倒したから? でも、配下まで一斉に消えるなんて、フツーじゃないよね……あかりちゃん、何かわかる?」
 ひさぎが、振り返る。遠方の戦闘音は、すでに止んでいた。
「邪樹竜を、倒した……」
 あかりはそう呟くと、ウツギの花のデバイスに手を当てた姿勢のまま、顔を上げた。耳を張った、硬い表情のままに。
「……でも魔竜が復活する、一時撤退しろ。マリュウモドキは、魔竜たちを孵化させるための、贄だったんだ……って」
 全員が、眉を寄せる。
 魔竜の孵化? さっきの、再誕というやつか? マリュウモドキが捨て駒扱いだったのは、そのため? つまり……。
 しかしすぐに、考えをまとめる間も、その必要もなくなった。
 全員が、聞いたからだ。
 遥か樹海の奥地から響く、樹母竜の凄まじい叫び声が。
 折り重なるように空に轟く、再誕を果たした者どもの咆哮が。

 魔竜。
 かつて熊本で。今、富士樹海で生まれ直した、魔性の化身。
 怒りと憎悪に満ち満ちて、あれらはすぐさまやって来るだろう。
 己らを追い詰めた犬の群れを、蹴散らすために……。

作者:白石小梅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年10月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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