既に騎士では無く、

作者:七凪臣

●『門』
 そこは形容しがたい通路であった。
 混ざり合った色は固有の名を失い、空間ごと歪んで見える。
 唯一の幸いは、天地の区別がつくことか。
 そしてその明らかな異質の地に、黒の騎士がひとり。
 否、彼は既に騎士ではなく、ただの『門』。
 取り込まれ、命ある生き物の概念を無くし、現象と成り果てたモノ。
 ゆら、ゆら、と。
 己が発する黒の気配と混濁した色を、エインヘリアルの体躯を有した黒は、引き摺る大剣の切っ先で揺らし、また掻き混ぜる。
 ゆら、ゆら。
 ゆら、ゆら。
 重力さえ忘れたように、黒き『門』は妖しい足取りで徘徊し続ける。
 この地を害する者と出逢う為。出逢って即、切り捨てるため。

●『現象』
 ブレイザブリクの隠し領域より死者の泉に繋がる門の発見は、リューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197)によって成された。
 謂わば『隠し通路』でもあるこの門は、双魚宮の「死者の泉」に繋がっていることまで判明しているのだが、その踏破は泉を守る防衛機構『門』によって阻まれている。
「この場合の『門』は、死者の泉に繋がる門を守り続ける守護者、としてご理解下さい」
 幾度か繰り返す『門』という単語が混乱を生まぬようリザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)は前置き、改めて事の仔細を語り始める。
 守護者である『門』は、禍々しい黒の甲冑に身を包んだエインヘリアルの姿をしているが、実際は既に生命体ではない。
 死者の泉の門番であったエインヘリアルが、死者の泉に取り込まれて『死を与える現象』へ昇華したものなのだ。
「現象であるせいでしょうか。一度撃破しただけではこの防御機構を破戒することは叶いません。必要なのは42体の討伐。今回、皆さんにお願いしたいのはその一体です」
 成果がすぐに目に見える戦いではない。けれど高い階段を登りきるためには絶対に必要な一段なのだとリザベッタは静かに言う。
 肝要なのは着実な前進。止めてしまえば、歩みは断たれる。それは可能性の一つが潰えるのと同義。
「『現象』とは言え、厄介な相手です――いえ、現象だからこそ、かもしれませんが」
 リザベッタの貌に翳りを帯びるのは、予知した相手の強さ故だ。
 命を惜しむことのない『門』は、恐るべき破壊力を有している。
「相応の覚悟をお願いします」
 覚悟を、と言いながらもリザベッタがケルベロス達を『門』の元へ送り込むのは、数多の戦場を経てきたケルベロスならば活路を見い出してくれると信じているからだ。
「攻撃に特化した分、回復や護りの手段は持ちません。ですが体力もかなり高いので、長期戦に持ち込むと押し負ける可能性もあります」
 そこでリザベッタは区切りをつける。実際に赴くのはケルベロス達だ。ならば具体策は彼らに任せる方が良い。
「エインヘリアル達は、このブレイザブリクから死者の泉に通じるルートが発見されていることに気付いていません。ですがそれも『現時点』での話。いつ何らかの理由で察知されてしまうとも知れません……だから」
 ――急ぎましょう。
 短く、けれど強く語尾を締め、リザベッタはケルベロス達をヘリオンへと誘う。

 やがて目的の地に着けば、少年ヘリオライダーは唱える。
「戦いの後は、優雅にお茶を――」
 それはヘリオンデバイスの発動を促す句。斯くしてケルベロスたちは新たに得た力も味方に、魔空回廊さながらの異空の地に降り立つ。


参加者
ティアン・バ(焦・e00040)
エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)
スウ・ティー(爆弾魔・e01099)
セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)
イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)
レスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)
山科・ことほ(幸を祈りし寿ぎの・e85678)
メロゥ・ジョーカー(君の切り札・e86450)

■リプレイ


 ぴくり。
 ティアン・バ(焦・e00040)の尖った耳の先が微かに上下する。
 直後、ティアンがばら撒く紙兵を運ぶ気流と、レスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)が背に負うジェットパック・デバイスが噴き出す風と、迫る漆黒の気配が激突した。
「!?」
「……まだ慣れんな」
 己が竜翼に依らぬ飛翔にレスターは違和を覚えるが、彼の銀色に覆われた拳を右頬に喰らった『それ』が、面食らった風なのを山科・ことほ(幸を祈りし寿ぎの・e85678)目に留める。
 だが得心を声にするより早くことほはライドキャリバーの藍を駆って前へと出た。
「流石の威力です」
 吹き荒れた漆黒の暴風に、ことほと並んで相箱のザラキ――ミミックと共に身を晒したイッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)は奥歯を噛む。炎風に炙られた肌は、脆くひりつく感触を帯びさせられた。焼け爛れた損傷も軽くはない。
 しかしドワーフの誇りとも言える装束の守りが威力を削いでくれた。故にまずはし返すべしと、イッパイアッテナは武具箱を模した相箱のザラキから斧を受け取り、果敢に踏み込む。
 実直な光の軌跡が黒い具足を叩き、幾本かの罅を走らせる。されど体力の高さを誇るよう黒き騎士の形を保つ『門』は微塵も揺るがない。だがことほは気圧されることなく、紙兵を散布し自浄の加護を宿し、受けたばかりの傷を癒して軽やかに笑った。
「42体は多いかなって思ったけど、段々期間限定スイーツみたいでエモく思えてきたかも!」
 門と成り果てた騎士の命は既に失われているが、正真正銘の殺し合いだ。でも勝機はある。主戦力を飛翔させる事で、敵の意表を突いたのと同様に!
「引導を渡して解放しよう、門だけに!」
「その通りですわ」
 洒落を効かせたことほの言い回しに是を唱え、エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)は両腕を交差させて十字を組む。
「空想と妄想の力、」
 自身の抱く空想への憧憬を、かつて訪れた事がある魔空回廊にも似る空間へ引き寄せ、妄想への依存と掛け合わせる。
(「此処が何処であろうと、湧いて出る『敵』ごと潰すだけですわ」)
「お借りします!!」
 結んだ唱えに、腕十字から光の波が迸る。
 眩い耀きが門の巨躯を刹那、白に染め上げた。エニーケだけが持ち得た必殺の一撃だ。並の相手ならば相応なダメージを与えられるはず、
「あれが『門』……エインヘリアルの守りの堅さを物語ってるね」
 にも関わらず歩みを重くした以外は変化のない門に、スウ・ティー(爆弾魔・e01099)は目深に被った帽子の奥の目を細めた。
「やだ、おじさん恐いわぁ」
 握りやすさ抜群の爆破スイッチを掌中で弄びながらのスウの弁は、1パーセントの本音を含んだ嘯きだ。つまりは、戯言。
 厄介な手合いであるのは百も承知。その上でこの地を踏んだのだから、行き過ぎた楽天家のスウが怖気づくわけがない。
「じゃあ、そういうことで」
 仕込んだ人体自然発火装置を事も無げにスウが起動させる。途端、動く闇が如き漆黒が赤々と燃え上がった。
 そこへことほを乗せたままの藍が炎を纏って突進すると、赤は更に激しさを増す。
 さながら巨大な松明だ。見失う事など有り得ぬ標的目掛け、レスターと同様に空を翔るセレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)は彩り歪む大気を我が身で切り裂く。
(「例え斃されても、何度でも蘇る騎士……いえ、騎士だったもの」)
 その在り様は、記憶の多くを失おうと騎士の家に生まれたことを忘れなかったセレナにとって思う処がある。
(「だからこそ、全力で挑ませて頂きます」)
「我が名はセレナ・アデュラリア!」
 ジェットジェットパック・デバイスの加速を味方につけて、セレナは門の頭上を越える高みから綺羅星のように降る。
 構えた剣の切っ先のブレは、門の足が鈍っているおかげで気にならない。
「騎士の名にかけて、貴殿を倒します!」
 裂帛の気合と鋭い一閃に、幻の薔薇の花弁が青く舞う。美しくも痛烈な剣戟に、そこでようやく門が僅かに鑪を踏み――半歩後退ったところで、巨躯の肩を跳ねさせた。
 だってそこには、一瞬前までいなかったメロゥ・ジョーカー(君の切り札・e86450)が居たのだ。
「よく気付いたね」
 タキシードにシルクハット。『奇術師』という言葉を門が知っていたならば、踏み潰してしまいそうな少女がそれだと分かったろう。
「さあご覧あれ」
 二本の足でトトンとリズミカルなステップを踏んだメロゥは、意味ありげな美しい微笑で門の目を惹くと、シャシャッシャとカードを切ってみせた。
「何が出ると思うかい?」
 勿体つけた仕草は思わせぶりで。けれどその間にも機を計ったメロゥは、門が体勢を整え直す隙をついてカードの舞から氷の騎士を召喚する。
「君の足はもう止まっているからね、ならこうするまでだよ」
 盛る紅蓮を赤い瞳に映し、メロゥは炎の衣に氷の鋲を打つ。


 炎と氷、相反する両者を全身に蔓延らせた門が、漆黒の大剣を振り被る。
 押し出すような薙ぎ払いに、熱と冷気までもが荒れ狂う。藍を走らせていたことほは急ブレーキをかけてスタンド代わりに足をつき、イッパイアッテナは相箱のザラキと横並びになって重心を低く落とす。
「全てを撥ね返す力を」
 範囲攻撃とは思えぬ威力を半ば意地で凌ぎ、即座に闘志を掻き立て己に頑健なる自己暗示をかけたイッパイアッテナは、割れた額から流れる血を手の甲で拭いながら「守ることこそ本懐です」と果敢に笑う。
 直情的に襲い来る門は、当てるに易いが、防ぐに難い。その威容であり異様の黒にも、エニーケの胸中はささくれ立つ。
「何も喋らないのは厨二を意識されているのかしら?」
 反吐が出ますわ、と吐き捨てるエニーケの頭上では、彼女の本性である黒い馬の耳が神経質に揺れていた。門の『黒』に同族嫌悪を覚えているのだ。
「遠い所からお越しになられてご苦労な事ですが……今すぐお帰りくださいな」
 だからエニーケは徹底的に門を小馬鹿にし、高圧的に振る舞い、目的を果たそうと全力を尽くす。
 エニーケが構えたマスケット型のバスターライフルが火を吹き、門の攻撃を中和する光弾を放つ。
 これでまた幾らか門の破壊力は低まるはずだ。とは言え、後列に『飛んだ』攻撃主力の撃破を先送りにし、守りの主軸である前衛に傾けられた全力は依然侮れない。
(「いつ標的を変えるか分かったもんじゃないね」)
 目まぐるしく攻守が入れ替わる戦場を隠す眼に視て、スウは予防策に手を割く。
「下拵えは大事だよお前さん方。勢いつけていこうじゃないの」
 ――仕事しやすくしたげるさね。
 す、と。伸べたスウの手から不可視の機雷が飛んで、エニーケの護りについた。その間にも、藍を再稼働させたことほが麗らかに唱える。
「夢つぼみ、ひかり望みてまだ咲かぬ。夢ふくれ、のぞみ開いて咲きほこれ。里に花舞い、野に風巡れ」
 エクトプラズムを丸く圧縮し、反動で生まれる風に癒しを乗せてイッパイアッテナの傷を塞ぐ。ことほを含めた前線そのものの回復は、ティアンに一任するという判断だ。
(「私たちの誰かは最後まで立っていられない、かな」)
 騒ぐオウガの血がことほに状況を正しく理解させる。門の持つ力は、いずれ四枚の盾の何れかを砕くだろう。しかしそれまでに戦いに目途をつけられたら、自分たちの勝ちだ。
「藍ちゃん、がんばろう」
 鋼のボディをことほにやんわりと撫でられた藍は、肉薄した門の足元での苛烈なスピンで主の信に応えてみせる。
(「確実に、確実に――」)
「さぁさぁご注目あれ、今日も楽しい手品の時間だよ」
 トランプを放り投げる華やかな演出とは裏腹に、メロゥは慎重に手札を択ぶ。真価は秘し、道化を演じて賢しく生き抜く。ただし今は、皆で揃って『帰る』為に。
 ことほ達が門の攻撃を引き受けてくれるお陰で、メロゥはメリュジーヌとしての姿を顕わにせずに済んでいる。ならばメロゥはメロゥに出来ることで返す。
「お代は見てのお帰りだけれど――見たのなら、無事には帰れないかもね」
 パチン。高く掲げた指をメロゥが鳴らすと、不意にトランプの一枚が掻き消えた。そして次の瞬間、件の一枚が門の内側から出現する。
「、!」
 突き破られた器と鎧に、門が息を詰めるように肩を跳ねさせた。
 人であったなら、驚嘆のひとつも吐く場面だ。だが人の形を保ちながらも、門は人を逸脱している。
(「その在り方が主の命か、それとも自身の望だったのか――知る術はありませんが」)
 哀れむまい、と決めてセレナは門の左上空を急旋回した。
「門……いえ、名を失いし騎士よ。貴殿と戦えた事、光栄に思います」
 右手に剣を取る騎士だ。つまり左は僅かに遅れが出る範囲。そこから攻め入るセレナは、門を騎士として遇する。
 彼のエインヘリアルの誇りを穢さぬ為に、セレナも騎士として渾身を出し惜しまない。
「アデュラリア流剣術、奥義――銀閃月!」
 全身を巡らせた魔力で限界まで運動能力を強化したところで繰り出す一撃は、さながらセレナそのものが剣と化したかの如く。
 鮮烈な一閃に、門は左肩から右わき腹を斬り裂かれた。さらに齎された手応えで、セレナはもう一つの有力な情報を得る。
「理力による攻撃がよりダメージを与えられるようです」
 幾手か試して知った事実を報じるセレナの一声に、何かに思い至ったティアンがレスターを見れば、同じ処に帰結したのだろう男からも無言の頷きが寄越された。
 とは言え、癒し手であるティアンの今の第一は前線へ癒しを届けること。
(「42体まで先は長いが――もう、誰にも死者の眠りを妨げさせはしない」)
 大望を胸にティアンは紙兵を撒き、その閃きに合わせレスターも飛翔した。
 数多と剣を交えたレスターをしても、『現象』と戦うのは初めての経験だ。だが斬る感触は重く、間合いに踏み込む緊張感は強者と対峙する時のそれ。
「悪くない」
 口の端を吊り上げ、レスターは零距離から弾丸を眉間にぶち込む。
「っ!」
 痛打に門が初めて仰け反る。そして怒りに燃えたように黒い剣を真っ直ぐ突き出した。
「、構いません」
 狙われたイッパイアッテナは、飛び出しかけたミミックを制する。猟犬の見切り力を上回る一撃は意外であった。が、以降を思えば相箱のザラキを活かす方に利がある。
(「よくわからなくなってしまった存在でもケルベロスなら殺せる、不思議なことです」)
 その不思議を成す為に、身を粉にする事に悔いはない。
 置き土産に二振りの斧をイッパイアッテナは薙いだ。すると門を覆う炎と氷が勢いを更に増す。
「!?」
 見過ごせぬ疲弊だったのだろう。門の挙動が焦りを醸す。
「スリップダメージってね。案外、馬鹿に出来ないもんなのよ」
 驚く貌を見せてくれても良いよ、なんて門の驚嘆を囃し、スウは仕込みの大成を見上げた。


 顔色は変えぬまま額に汗を浮かべてティアンは癒しの花びらを降らす舞を踊る。
 イッパイアッテナと藍は倒れた。布陣が薄くなれば当然、門の攻撃も後方まで通るようになる。
 しかし『今更』だ。飛翔することで高威力を保ったまま後方から戦いに加われた破壊者たちは、相棒のザラキの奮闘もあって健在。一撃喰らったレスターこそ無傷ではないが、血を流してますます無骨な竜人の戦意は上がっている。
「ここは殴り時ね!」
 終焉が間もなく訪れるのを確信し、ことほは自分たちの回復よりも攻撃力の底上げのために紅木の玉縁巻に張られた絹糸の弦を爪弾いた。希望を奏でる音色に、セレナやレスター、そしてメロゥとティアンの内に火が点る。
「その黒鎧に刻み込んであげましょうかしらね! 私と敵対した愚かしさを!」
 しなやかに踏み込んだエニーケが電動鋸を振り回す。耳障りな硬質音は漆黒の鎧の叫び。装甲は微塵に砕かれ、剥き出しの脚へも無数の裂傷が刻まれた。
 それでも声を発さぬ門を、エニーケは冷たく一瞥する。
「本当に何も仰りませんのね……聞く耳など持ちませんけど」
「可哀想なこって。哀れむつもりはないけどね」
 エニーケの影に潜み密やかに門に迫っていたスウも、現象と化したかつての命へ容赦ない斬撃を見舞う。アグリム軍団兵の鎧の一部を模したコンバットナイフの閃きに炎と氷は一層猛り、門は次の踏み込みさえ怪しいほど動きを固くした。
 哀れな門。任を託された理由はあったか、なかったか。
「例えもう覚えていなかったとしても、貴殿が使命の為に戦うように! 私にも、果たすべき使命があるのです!」
 すっかり空を制したセレナが、巨躯を強襲する。花弁重なる薔薇を思わす剣捌きに、門を守る鎧は欠片となって地に落ちた。そこへメロゥがシルクハットから取り出したトランプを繰る。
 運命の歯車に選ばれたのはジョーカーだ。
「終わりに種も仕掛けもないんだよ」
 肩から爆ぜて吹き飛ぶ巨躯の右腕が描く放物線を、ショーの幕引きの心地でメロゥは見送った。
「!!!!」
 瀕死の門から、最後の闘志と狂気が迸る。真正面からぶつけられたそれに、レスターはごくりと喉を鳴らす。
 命を賭けて食らい合う獣たちを視た気がして、一面が赤に塗り込められる。このままこの高揚に身を任せてしまいたい――そんな衝動を、先に前へ出たティアンの灰の髪が引き戻す。
(「嗚呼、そうだ」)
 レスターの心が鎮まったのを察したように、ティアンが振り向いた。
 ――もしもちゃんと門の先の死者の泉まで抑えられたら。
 ――亡くした大切な人たちを死神やエインヘリアルに冒涜されることは、なくなるかもしれない。
 ――たとえば、レスターの奥さん。たとえば、ティアンの許嫁のように。
(「……許嫁は、どういう経緯で選定されたかわからない、けど」)
 忌むべき冒涜を淡々と防がんとする灰の娘の目が、既知の男を呼んでいた。
 応えてレスターは加速する。「今」と二人が呟いたのは、低空を滑空するレスターがティアンに肩を並べた瞬間。
 二つの銃口から、門の頭蓋を砕く弾丸が二つ飛ぶ。
「っ、!」
 顔上部を失った騎士の紛い物は、落ちた右腕が握っていた剣を左手で拾い上げ、なおも振るおうとする。
「ただの殻にしちゃ、悪くねえ剣筋だった」
 しかし切っ先は誰に届くことなく、レスターが薙いだ銀炎揺らぐ大剣に払われた。
「だが、芯がねえ剣なんざ、なまくらと同じなんだよ。最期にゃ、脆く折れちまう――こんな風にな」
 大剣使いとして譲れぬ矜持で、己が背丈にも劣らぬ黒剣の末路をレスターは見遣る。
 刃毀れし、罅入ったそれは、ここまで繋いだ仲間たちの献身の集大成。ならばレスターも全力で役割を果たすのみ。
 今度は自分からレスターはティアンを視た。息はそれで合う。
「「今」」
 二人で撃つ大技は、門にとって最も痛烈な一撃。
 然して二度重なった銃声に、既に騎士でさえ無かった黒は、門としての役目も負えて四散した。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年9月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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