同担拒否こそ真の推しへの愛!

作者:砂浦俊一


「あなたたちに問いましょう! あなたの推しは尊いかー!」
 不法占拠した倉庫の中、異形のビルシャナが信者たちに問いかけた。信者たちは若い女性ばかりだが、わずかに男性の姿も見える。
「尊いー!」
 信者たちの声に満足げに頷くと、ビルシャナは続ける。
「推しに捧げる愛の形で最高なのはー?」
「同担拒否ー!」
「その通り、同担拒否こそ真の推しへの愛! 推しがカブれば不要な諍いが生まれてしまう。しかし担当が分かれているならそんな心配は無用、なんて素晴らしいのでしょう! これこそ世界平和への第一歩です。皆で同担拒否を広めましょう!」
 ビルシャナは『同担拒否こそ真の推しへの愛教』の教祖、信者たちにはそれぞれが推しがいる。推しはアイドルグループの誰々であるとか、ロックバンドの誰々であるとか、種々様々。それ故にビルシャナの教えに感化されていた。
(少しずつ信者が増えてきましたが、まだまだ、ですね。いっそ手頃な若者を拉致して、同担拒否の考えに染めてやりましょうか……)
 更なる信者獲得ため、過激な企みがビルシャナの脳裏をよぎる――。


「同担拒否ってなに?」
 説明を聞いていたケルベロスの1人が挙手し、オラトリオのヘリオライダーの黒瀬・ダンテに質問した。
「応援している人物や推しの人物が、自分と同じである他のファンと絡みたくない時に伝える用語、ってところっす。例えばアイドルグループ『ヘリオライダー』ってのがあるとして、これのメンバー・ダンテのファンは『ダンテ担当』と呼ばれるっす。『ダンテ担当』のファンが複数いる場合は『同担』と呼び合うんすけど、『同担』とは距離を置きたい時には『同担拒否』と伝えるみたいっす。応援している人物や推しの人物に親近感を持ち、対象との関係性を重視するタイプのファンに、この傾向があるとか。ところで自分はケルベロスの皆さんの大ファンっすけど、ケルベロスの皆さんの中には、このダンテのファン、ダンテ推しって方はいるっすかね? もちろんいるなら大歓迎っす、光栄っす!」
 そう言ってダンテはキメ顔を作ったが、突然のことにケルベロスたちは困惑してしまう。
「……すんません、いらんことを口走りました。えー、この事件は機理原・真理(フォートレスガール・e08508)さんからの情報提供によるものっす。ビルシャナは都内某所の倉庫を不法占拠、同担拒否派な人たちを信者にしています。今は小規模な集団っすけど、放置すれば無関係な人を拉致して洗脳するような、過激な行動に出るかもしれません」
 そうなる前にビルシャナを倒し、信者たちの目を覚ましてやりたいところだ。
「ビルシャナはビルシャナ閃光、ビルシャナ経文、清めの光を使うっす。信者の数は10人、戦闘時はビルシャナの配下になりますが、一般人なので敵としては弱いっす。信者たちは一応はビルシャナの教えを信じていますが、戦闘前にビルシャナの教えを覆すような説得をすれば、目が覚めて配下になる数も減るっす。効果が薄くてもビルシャナを倒せば配下たちも正気に戻るっす。ただ配下の生死は問いません、救出できたら良いかな程度です」
 信者たちはビルシャナの影響下にあり、理屈だけの説得では難しい。
 しかし信者たちの推しは別に存在する。信者たちはビルシャナ推しではなく、ビルシャナの教えに賛同して集まった同担拒否派の人々だ。うまく同担拒否の考えを覆せたなら、一気に瓦解するかもしれない。
「迷惑行為や犯罪でない限り、推しへの愛の形に貴賤なし。同担拒否だけが真の愛ってのは窮屈な考えっす。ビルシャナの撃破、どうかお願いします」
 はた迷惑な事件は早々に解決するべく、ケルベロスたちは出発する。


参加者
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
秦野・清嗣(白金之翼・e41590)
山科・ことほ(幸を祈りし寿ぎの・e85678)
佐竹・レイ(ばきゅーん・e85969)

■リプレイ


「同担拒否こそ真の推しへの愛! 推しが被れば不要な諍いが生まれてしまう。でも担当が分かれているならそんな心配は無用、なんて素晴らしいのでしょう!」
 ここは『同担拒否こそ真の推しへの愛教』のビルシャナたちが不法占拠する倉庫。
 ビルシャナが声高らかに語り、信者たちはサイリウムや団扇を手に、うっとりと耳を傾けていた。もっとも信者たちの推しはそれぞれ異なるから、手にするサイリウムは推しのイメージカラー、団扇に書かれているのは推しへの愛の言葉や応援メッセージだ。それ以外にも様々な推しの公式または手作りグッズを身に着けている。
「これこそ世界平和への第一歩です。皆で世界に同担拒否を広め――」
 その時、音を立てて倉庫の扉が開け放たれた。
「わかる、わかるわ。発言ひとつで戦争なんてザラな世界だものね」
「同担や解釈違いと関わりたくないのはめっちゃわかるんだけどさ、例えばライブの一体感は解釈一致だし、同担とも作り上げるものでしょ? 同担を否定しちゃうと、それも否定しちゃうことになるよねー」
 足を踏み入れるなり口火を切ったのは、佐竹・レイ(ばきゅーん・e85969)と山科・ことほ(幸を祈りし寿ぎの・e85678)。
「え、いきなり入ってきて何なの……?」
「ワケわかんない。アンタら何の用よ!」
 皆でビルシャナから同担拒否の教えを聞く、その一体感を邪魔された気がして、信者たちの表情は刺々しい。
「待つのです、皆さん。もしかしたら入信希望者かもしれません。邪険にしてはいけませんよ。まずは其方の推しが誰なのか聞きましょう」
 落ち着いた様子でビルシャナが場をとりなし、ケルベロスたちに問いかけた。
「もしも私の推しが信者さんたちの誰かとカブったらどうなるのです?」
 機理原・真理(フォートレスガール・e08508)が逆にビルシャナに聞き返した。
「残念ですが入信は認められませんね……貴女が推しを譲らないのであればお引き取り願いましょう」
「それさ。それだと信者を増やすのも一苦労だろうな」
 ビルシャナの返答に、秦野・清嗣(白金之翼・e41590)が鋭く切り返す。
「趣味は人それぞれなんで、そこをどうこうは言わんけどな? 同担拒否ってのは同志を認めないって事だろ? 言えば自分の好きなものは自分だけが占有したいって考えでもある訳だ。一人で籠ってやる分には良いだろうけど其処な鳥が言う様に広めて行ったら必ずどこかで衝突する。なんせもともと好きなものの対象は少数で、そのファンが多いの当たり前なんだから。むしろ同担歓迎を広めた方が信者も増やせるんじゃないのか?」
 指摘されたことは、ビルシャナ自身も危惧していたことだ。
 同担拒否を広めても、推しが被らないよう注意を払えば信者の数は伸び悩む。
 しかし同担歓迎を認めれば自らの存在意義を失ってしまう。
「この私に向かって同担歓迎を勧めるとは。そのクソ度胸だけは認めてやりましょう」
 だからこそビルシャナは引き下がれない。
 場の空気が沸々と煮えたぎっていく。


「同担を拒み続ければ、平和なんて程遠い争いの世界になるのは必定だ。争いに負けた者には推しを諦めろとでも言うのか? もし負けたのが自分なら? そんなんで良いのか? 諦められるのか?」
 清嗣の物言いに、信者たちが色めき立って食ってかかる。
「私たちは推しとの関係を大切にしているだけ!」
「推しへの愛の貫き方まで否定されたくない!」
 同担拒否派だからこそ、信者たちはビルシャナの考えに賛同し、ここにいる。
 しかし信者たちはどうして同担拒否派になってしまったのだろう?
 同担拒否だけが愛の貫き方ではないだろうに。
「推しの人と自分、出来ることなら2人だけの世界観に浸っていたい気持ちは分かるのです。別に同担の人が憎いとかって訳でもないと思うですよ。でも同担の人がいて、推しの人の好きな部分が被ったりした時はすごく楽しいので。被らなくても、推しの新しい魅力を発見出来たりだってするです」
「それにさ、物販でトレーディングアイテムや集合系グッズが出ることもあるでしょ。今出てなくても未来永劫絶対に無いなんて保証はないよね。トレードコンプには見知らぬファンとの接触を考慮に入れるのが近道だし。デュエット曲からのペアブロマイドとか商売上手いなーって思うもん。あなたが推しだけを見ているつもりでも、推しは箱としてあなたに迫るの。同担拒否の立場だと、単推しから複推しになったら友達を減らすことになるよね? そんな修羅道いつまでも持たないよー」
 真理とことほの指摘に、信者たちの何人かが押し黙った。頑なに同担拒否となる以前、推しが被ったけれども推しの話題で盛り上がったことがあったのかもしれない。見知らぬ人と同担でもグッズのトレーディングで交流したことがあったのかもしれない。
 ことほの隣でうんうんと頷いていたレイは、信者たちにこう問いかけた。
「世界軸は人により違う……だからこそ個々人の物語や解釈があって世界も無限に広がる……思いもしなかった推しの魅力や一面を知る尊みの凄さ……同担だからこその新たな世界。解釈の化学反応でおこった新境地のジャンル! 気にならないなんてありえないでしょ? そういう交流の輪をゆっくりと広げていくのも良いんじゃないかしら♪ 私はそう思うな。それと――」
 ひと呼吸置いてから、彼女は声を張り上げた。
「同担拒否とか! 羨ましいこと! 言ってんじゃないわよっ! 嗜好をひた隠して生きる隠れキリシタンのような生活が……どれだけ辛いかっ! これに比べたら推しのエモさを皆で語り明かす時間……最高なんだからっ!」
 轟く魂の叫びが、その場にいた者全ての鼓膜を痛いほどに震わせた。
「もしかして過疎ってるジャンルに推しがいるタイプ?」
「推し同士のカップリングがマイナーすぎる組み合わせとか?」
「しーっ、そっとしていてあげよう。あの子には大切な推しなんだよ」
 ひそひそと囁き合う信者たちの声には、どこか同情する響きがあった。


「それ鬱憤晴らしてるだけっぽい?」
「説得には変わらないんだからいーでしょー……って、あんたたち好き勝手言ってるみたいだけど、別に同情されたいわけじゃないからっ」
 ことほのツッコミを流しつつ、レイは信者たちにもビシっと告げる。
「それとさ、もしもガチ恋実らせて結婚できたとして、奥さんが同担拒否だったら旦那様は人気低迷……下手したら炎上するし『みんなに支えられた私の旦那最高! 応援ありがとう!』って考え方ができなきゃ芸能人生の終了だよ? 他の職業と違ってファンの応援で生活するんだよ?」
「応援したい者のファンを減らしていいのか?」
 脱線した説得を元に戻すようにことほは信者たちに語りかけ、清嗣も諭そうとする。
 同担は歓迎できないが、推しのファンそのものが減ってしまうのは嫌、信者たちの心も揺れ動く。
「語り合える仲間……いえ、同志が居るのって実はすごく楽しいのですよ。推しの人だって、ファンのそんな姿を見れたら絶対嬉しいって思うはず――」
「黙りなさい!」
 信者たちの前へと出てきたビルシャナが真理の言葉を遮った。
「さっきから聞いていれば私の教えを否定することばかり……推しに自分だけを見てほしい、推しと推しを応援する自分、2人で作る世界の何が悪いのです! 同担なぞ不純物、不要なもの、関係性の障害でしかない!」
 憤怒の形相のビルシャナがケルベロスたちを睨みつける。
「皆さんもそう思うでしょう? そう思うのならば、この者たちを叩き出すのです!」
 振り返り号令を下すビルシャナだが――信者たちは、一様に俯いていた。
「最初に推しのファンになった時は……同じ推しのファンと盛り上がったっけ……」
「いつから同担拒否だなんて思うようになっちゃったんだろ……」
 信者たちの反応に、さしものビルシャナも狼狽を隠せない。
「そんな……皆さんは同担拒否こそ真の愛と思ったからこそ、ここにいるのでしょう?」
 ビルシャナは信者たちを繋ぎ止めようとするものの、流れは変わらない。
「すみません教祖さま、私の推しは、暴力行為をするような私を好きにはなってくれないと思います!」
 1人が逃げるように倉庫から駆け出していったのが引き金だった。
「同担歓迎になるのは難しいけれど、推しのファンが減っちゃうのは嫌なんです!」
「推しにはたくさんのファンの前で輝いていてほしいんです!」
「私たちファンで、輝かせたいんです!」
 次々と信者たちが逃げ出していく光景に、ショックで呆然とするビルシャナは止めることもできなかった。
 残ったのは、ビルシャナのみ。
「ふふふ……同担拒否の教えに賛同でも、いざとなれば推しの方が大切……そう、愛を貫きたいからこその推しですものね……こんな簡単なことを見落としていようとは。嗚呼、イチから出直しです……でも、その前に」
 自嘲するビルシャナが、カッと目を見開いた。
「私を愚弄したおまえたちに! 仕置きをしましょうか!」
 迸るビルシャナの怒り、戦いの幕が上がる。


「暴力に訴えるのはファン失格の厄介勢です」
「おまえには好きなものを語り合える同士がいなかったのか?」
 ビルシャナを見据える真理は黄金の果実による加護を味方に付与。清嗣は相棒の響銅に盾役になるよう指示すると、自らは手にした嘉留太の札を輝かせた。懺悔自新。青い光がビルシャナのトラウマを掘り起こしていく。
「や、やめなさいっ、思い出したくもないっ」
 どんな過去の記憶か。その場でビルシャナが苦しみ悶える。
「よーし、派手にやっちゃおー」
「まかせてっ。いくわよートルネード投法!」
 サーヴァントの藍を護衛に付け、ことほは大地の力を桜の樹として顕現させる。吹き荒ぶ桜吹雪。頭上へ桜の花弁が降り注ぐ中、レイは華麗な投球フォームでデリンジャーを投擲した。拳大の金属の塊は渦を描くように飛んでいき、抉るようにビルシャナの頭に命中する。
「こ、この程度、あの苦しみと悲しみに比べればっ」
 額を柱の角にぶつけたような痛みと、フラッシュバックするトラウマを追い払うようにビルシャナが叫ぶ。
「同担拒否で何が悪い! 同担歓迎のファンコミュニティかと思えば! 同担が2人も集まればマウントの取り合い! 妬みに誹謗中傷! 同担で顔を合わせた時のギスギスした空気! 推しのコンサートに握手会、出演映画の舞台挨拶……ちっとも楽しめやしない! だったら! 最初から同担拒否して関わりを持たない方が、推しと自分の関係を充実させられる、誰に邪魔されることなく推しへの愛を貫ける……真の愛を、私は貫く!」
 悲哀と憎悪が入り交ざるビルシャナの過去が吐露される。
「推しが輝くからこそ私も輝ける……ほら、こんなにも!」
 怒りの矛先が向かうはケルベロスたち。
 放たれた強烈なビルシャナ閃光は、積もり積もった怨念そのものだ。
「でもあなたのそれは、歪んだ輝きですよ」
 死角から突撃したライドキャリバー、プライド・ワンがビルシャナの態勢を崩し、直後に真理の破鎧衝が顎を打ち抜く。
 衝撃にビルシャナの体がぐらりと揺れ、その懐へことほとレイが飛び込む。
「あんたの推しは、あんたのそんな姿は見たくないんじゃないの?」
「過激派な鳥には思いっきりやるだけだわ!」
 突き出される鬼神角とゲシュタルトグレイブ、貫かれるビルシャナの胴。
 確かな手ごたえを感じた2人は、左右に跳ねて返り血を避ける。
 傷口と嘴から大量の血を流して苦しむビルシャナへと、清嗣が哀しげな顔を向けた。
「辛い経験をしたんだねぇ……鳥になる前に何とかしてやれなくて、ごめんな」
 彼の手にした札が一発の弾丸へと変わり、指先から撃ち出された。
 弾丸はビルシャナの胸に命中し――そこから全身へと氷が広がっていく。
「君の推しは、どんな人なんだい?」
「わ、私の推しは、歌もダンスも苦手だけど、笑顔が素敵で、それにね、とっても頑張り屋さ――」
 答えの途中で。
 氷がビルシャナの全身に広がり、そして砕け散っていく。
 同担拒否の考えに縛られ凍てついたビルシャナの心もろとも、消えてなくなる。
 ビルシャナを見送る真理は懐から1枚の写真を取り出した。
「同志が多いのは楽しいですが……ただ、私もマリーの同担は拒否かもですね」
 大切な恋人の顔を見つめた後、彼女は慈しむように写真を懐へと戻す。

作者:砂浦俊一 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年10月1日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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