クゥ・ウルク＝アン樹海決戦～其は樹海に伏す

■リプレイ

●潜
　風も無いのに、木の葉が揺れる音がする――傍らをケルベロス達が、全力で駆けていったからだ。
　富士の樹海。一般人であるならば、都市伝説めいた諸々の話で怯えているものもいるだろうが、彼らはケルベロス。惑いやすい森程度、踏み込むのに臆することはない。
「いやあ冒険って感じ」
　櫟・千梨（踊る狛鼠・e23597）が常と変わらない無表情で、のんびりと零す。
「年甲斐も無くわくわくするな――ドキドキドラゴン探索ツアー」
　つい先日カウントアップした三十路の男は、草木を無造作に踏みつけ、前へ跳ぶ。
「ジャングル探検隊って、ちょっとわくわくしますね」
　聞きつけた彼の言葉に笑みを返し、カルナ・ロッシュ（彷徨える霧雨・e05112）が頷く。
　きょろきょろと周囲を明るい翡翠の瞳が見つめる。楽しげに揺れる尾に、ふわーっと何処かにいってしまいそうな雰囲気が出ている。
　あ、と千梨は思い出したように、一言、釘を刺す。
「方向音痴ｓが消えたら、最悪置いてゆくので宜しく」
　どきり、としたのはカルナだけではない。甲斐・ツカサ（魂に翼持つ者・e23289）がぎくりと肩を震わせた。遭難レベルの方向音痴だと宣言しているこそのシンクロ。
　くすくすと一之瀬・瑛華（ガンスリンガーレディ・e12053）が笑った。白銀の髪を靡かせ、優雅に森をゆく。彼女を追っていけば迷わないだろう、とカルナは自分を納得させる。ただ、あんまりくっついていくわけにはいかない理由があったのだけれど。
「――みんなのお陰で大丈夫！」
　ツカサは誤魔化すように笑う。内側に疼く直感はこっちへ行こうと誘ってくるが、作戦の重要性は解っている――本能に任せて、決めた進路を逸れるようなことはない。冒険家として木々の間を歩くのは慣れている。
　何より、新城・瑠璃音（相反協奏曲・e44613）がいる。彼女を気遣い、最後まで駆け抜け、そして。
「一度は取り逃してしまった邪樹竜、今度こそ仕留めないとね！」
　最終目標を高らかに口にする。
「大丈夫、気を張りすぎないようにね？」
　そんな彼を案じるように、シル・ウィンディア（鳳翼の精霊姫・e00695）が声をかける。ツカサと瑠璃音、双方へ――気を遣う。
「緊張しますけどツカサさんと一緒なら頑張れます」
　白と黒の翼を翻し、瑠璃音が健気に笑う。その表情に、シルはそうだね、と応じた。
「恋人と一緒……こんなに心強いことはないっ！　わたしも琴ちゃんに背中、預けるからねっ！」
　ね、と振り返ったシルに幸・鳳琴（精霊翼の龍拳士・e00039）も双眸を細めて頷き返す。
　きゅっと握った拳の、左手薬指。互いに交わした指輪の存在を強く感じる。
「いいナァ」
　二人の様子に、除・神月（猛拳・e16846）がシンプルな感想を零して、不敵に笑う。恋人がいなくても――強敵が息を潜めて待ち構えているのだ。心が躍らぬはずはない。

●遭
　さて、ケルベロス達は探索にあたり、事前に樹海をグリッドで区画分けした地図を持ち込み、情報を分析しながら進んでいく方針を定めた。
　鳳琴と千梨が先行しつつ、道中は極力気配を殺し、時に脚を止めて情報を解析する。
　ゴッドサイト・デバイスで見渡せば、マリュウモドキが兎に角沢山いるのが見える。それらの密度で本命を探るのは難しいだろう。
　まさに石を投げたら当たる程にいるが、傍を通っても全く動かぬ。そこらの草陰に寝そべるドラゴンに、最初こそ、強い違和感を覚えたが、今はだいぶ見慣れてきた。
　もしも動く敵影を認識したら、離れていくまで身を潜める――カルナと瑛華が隠密気流で気配を隠す。モドキが好戦的で無い以上、ドラグナーに見つからぬ限りは、これが解除されることはないだろう。
「半信半疑でしたが、本当に……」
　カルナは神妙に呟く。戦意も持たぬ彼らは、なんのためにこんなに数を増やしているのか。
「もう大丈夫です。進みましょう」
　束の間の思考は、鳳琴の一言で中断された。真剣な眼差しで地図を眺めたシルが、作戦全班の動き、進攻の度合いから進路を決める。
　後は、粛々と進んでいくだけ――深まる樹海を前に、殿を務める神月は急ごうゼ、と促した。

　――辿り着いたのは、マリュウモドキが不自然なほど多く集っている場所だった。いずれも道中と変わらず、それらは動かない。だが、それらが見つめる先、中央に――鮮やかな羽を畳み、金の冠をもつ大樹のような存在があった。
　邪樹竜クゥ・ウルク＝アン――然し、それも同じ姿勢の儘、動かぬ。何かに集中しているかのようだ。
『――聞こえるか。見つけた』
　千梨がすぐさまデバイスで他班に思念を流し、いらえを待つ。
　仲間達もそれぞれの間合いに静かに位置取ると彼へと視線を向ける。
　片手には秘色の符を携えながら、千梨が指を立て、カウントダウンを始める。他班と、攻撃のタイミングを揃えるために。
『クゥ・ウルク＝アンとの、開戦開始だ』
　彼が、思念を送ると同時。
　砲撃形態へと変じたハンマーを、シルと鳳琴が掲げた。やや位置を変え、カルナも同じく。
　ほぼ同時、三方より一斉掃射された竜砲弾は、無防備な邪樹竜の植物を束ねたような膚で弾け、もうもうと烟る。畳み掛けるよう、瑛華は鋭い蹴撃を放ち、星型のオーラを蹴り込む。
「凍りなさい」
　凛乎と告げた瑠璃音の斬撃は、時間を凍結する弾丸となり走れば、ツカサは炎を絡めた斬撃を並行するように振り抜いた。
　千梨が放った符は、強烈な冷気で緑を染める――気合い混じりの一声と共に神月が拳を振り抜き、オーラの弾丸を叩き込む。
　仕掛けたのは、彼らのみにあらず。この地に辿り着いた三班からの集中砲火に、ぐ、と此方を一眼で邪樹竜は睥睨する。
「矮小なる野鼠どもが、こそこそと――よくぞ潜り抜けやってきたものだ。ここぞ我らが本願の聖地なれば、貴様らも儀式の贄としてくれよう」
　その眼より、光が放たれた。地を、肉を焼く圧倒的な力。烟る戦場を、焦がす臭いの中、如意棒を正面に据え構えたシルが笑みを浮かべて宣言する。
「例えどれだけ強くても、わたし達は絆の力で無限に強くなれるのっ！　さぁ、覚悟してもらうよっ！」

●乱
　儀式とやらが重要なのだろう――邪樹竜は周囲のモドキどもを呼び起こし、ケルベロス達へと嗾けた。
　毒のブレスが視界を遮る霧のように広がった。
　厭うよう、カルナが軽やかに木々の幹を蹴り、宙返りをするように身を翻し、星のオーラを蹴り込んだ。
「舞い降りて極北の光幕」
　瑠璃音が祈れば、オーロラの如き光が皆の身体を包む。踵を鳴らし、舞って瑛華が紡ぐ花の幻影が重なり、幻想の風景が如く。
　ツカサから放たれるオウガ粒子の煌めきを突き破るように、神月が距離を埋める。澄み渡る感覚の中、無造作に振り下ろした斧の刃は、理想的な弧を描く。
「見たかヨ――ン？」
　モドキの頭部を叩き割りニヤリと笑った神月だが、横から別のモドキが尾を振りまわしてきたのを躱し乍ら、首を捻る。今一体倒したのに、数が減っていない。
「ああ、成る程、そりゃそうか」
　沢山いるもんな、と千梨は軽く目を瞑る。一瞬の集中で、御霊を繰り凍気を高めた符を放ちながら、優先順位を数える。
（「しかし、手に馴染む」）
　有り難い、別の戦場にいるであろう送り主に裡で礼を告げる。ふとした折に、恋人から貰ったキーホルダーの、にっこりゴリラくんと目が合う。千梨の表情が崩れることはないのだが、心は解れる。
　誰かとの縁、重ねた絆は、確かに力になる。シル達のように、今ここに傍にいなくとも。
「先の戦で残した憂いを、此度は余さず晴らさねば」
　戦果を持って帰るために。地を蹴り、皆へと判断を念じる。
　――さて、次に考えるは、モドキは沢山いるのに何故、一斉に仕掛けて来ないのか。
「温存してるのかな……」
　ぽつりと、シルがこぼす。それだ、千梨は頷いた。具体的な目的は思いつかぬが、『儀式』と敵は言ったはずだ。時間稼ぎかもしれない。
「モドキと遊んでいてもキリが無い。奴を優先しよう」
　無理のない範囲で、とオマケのように付け足す。飄飄とした声音は彼らしい。
「了解です。強敵相手は願ってもない」
　からりと笑うはカルナ。軽く木々を蹴って駆け、足元で蠢く植物のような竜どもを見やり、それにしても、と彼は小さな疑問を零す。
　ドラゴンは、他種を取り込み進化する生き物だ。だが、侵食をうけた彼らは攻性植物のように見える。邪樹竜のようなものと異なり、ただの失敗作、なのかもしれないが。
「例え正気を失っていても……自分がドラゴンだと思っているならドラゴンなのだろうか」
　己を己だと言えるモノは突き詰めれば何なのだろう――魔力を圧縮して生成した不可視の魔剣で、無情に斬り裂きながらも、カルナは考えずにいられない。
　邪樹竜に煽動されたモドキの吐息は、肺腑を穢すように苦い。そして、邪樹竜の瞳から放たれる光もまた、列ごと戦線を薙ぎ払う。
「ツカサさんっ」
「ああ、大丈夫」
　瑠璃音は案じるような声をあげるも、視線はすかさず敵や戦況を見届ける。オーロラを再度展開して、傷付いた皆を癒やし、ツカサは心と刃を一体とし、備える。全身が軋むように痛む――しかし。
「成長してるのは、俺達も同じなんだ」
　言って、強く邪樹竜を睨む。曾ての調査、度重なる報告。
　熱閃が白い膚を容赦なく焦がす。その傷を、瑛華は女であるからと歎きはしない。泡だった傷に蔓が巻き付く痛みにも、瑛華は微笑みで答えた。
「致し方ありませんね」
　囁く言葉はしっとりと。振り払うように腕を薙いで、グラビティの鎖を仲間達へ放つ。高濃度の回復グラビティが自分にも流れ込んでくる――痛みが癒えていく感覚に、軽く目を伏せる。
　盾と仲間を護る数が少ないならば、脆いと感じてしまうのならば、補うよう立ち回るまで。ツカサも、仕掛けたい所を辛抱強く耐えている。
　目蓋の奥に思い浮かべるのは、相棒の、不敵な笑み。
「わたしは誰かさんみたいに頑丈ではないのですが、そうですね――まったく、大変な仕事ですね」
　青の双眸は涼しげに、然れど、どれほど汚れても傷付いても退かぬ覚悟を宿している。
　盾となる彼女達の合間から、エネルギー光弾が放たれる。鳳琴の構えたバスターライフルより放出される一閃を辿るように、シルが黄龍の闘気を弾丸と打ち込む。
　邪樹竜の巨躯へ直接強烈な斧のひとふりを叩き込んで、神月が笑う。デカブツの癖に、芯を捉えきれない。虚しさは感じなかった。滾るゼ、そう呟いて、身を躍らせた。

●孵化
　長いようで短く――苛烈な戦いだった。二十人を越えるケルベロスが取り付いても、邪樹竜は怯まず。
　咆哮でモドキを煽動し、ケルベロス達もまた、果敢と邪樹竜へ仕掛けた。巻き添えを狙った戦法を持たぬ彼らは、モドキからの攻撃はほぼ耐えるより他ない。
「喰らい尽してやるヨ！」
　敵の懐へ跳び込んだ神月が殺意を纏った四肢で、好き好きに暴れる。殴り、蹴り、踏み込みまた殴る。
　触れたところから枯れたように色を変えるのは、生命を食らっているからだ。
　群がる敵を疎んじるように、邪樹竜が光を放つ。幾度食らえど完全な回避に及ばない。肉の灼ける臭いが充満し、だが誰も止まらない。
「すぐに――舞い降りて……」
　疲労を微塵も滲ませず、瑠璃音は仲間を癒やす。底上げするように瑛華が結びで支え、攻撃後の隙を狙うようにカルナが舞った。
　柔和な笑みで星型のオーラを蹴り込むと、華やかな光に紛れるように、影を千梨が行く。凍り纏う御業の斬撃で傷口を掻き裂いて、シルは如意棒を繰り出す。
　頑強な幹のような身体が、綻びを見せる。
　凍結光線がそれを固定するように貫き穿つ。鳳琴が身を翻せば、ツカサが再びオウガ粒子を広げた。傷は深く、止め処なく血が流れていく。だが、倒れぬ。瞳に宿る力は強く、敵を捉えている。
　――彼方でもグラビティの奔流を感じる。
　共に戦う二班の攻撃を重ね、それはいよいよ、苦痛に満ちた唸りを零し、憎らしげにケルベロス達を睨めると、意を決したように、口を開く。
「今こそ、マリュウモドキを捧げて魔竜軍団を作り出す――完全な復活はできなかったが、魔竜達の贄は集まっている……魔竜達よ、今こそ孵るのだ」
　邪樹竜がかく宣言すると、周囲のモドキどもの輪郭が溶けていく。一気に力を喪ったかのように風化し、塵となって消えてしまう。
　大地に転がる小さな宝玉は、コギトエルゴスム――邪樹竜の言葉、この事態の意味を咀嚼している時間は無い。
　アァ、低く叫びながら、神月が屈強な竜の身体へ、道を切り拓くかのように斧を振り下ろした。
「その覚悟、挫くことで応えましょう」
　静かに囁き、カルナが白き梟を放つ。
　得たり、といわんばかりに瑛華は微笑むと、ばん、と小さく嘯いて、指先が作る銃口から、オーラの弾丸を放つ。
　その身を蝕む災いを拡大する梟の力と、傷を広げる瑛華の一撃。
　駆ける黒髪を靡かせ、鳳琴が告げる。
「今こそ、私達の力を見せる時です……私達の【翼】が、悪しき竜を――打ち砕くッ」
「みんなの想いを込めて、わたしの全力の精霊収束砲――遠慮なく味わってっ！」
　疵だらけでも屈託無く笑うシルと、呼吸を合わせる。
「私のグラビティと共に輝け、六芒に集いた精霊よ！我が敵を――…撃ち抜けっ！！」
　シルから学んだ、魔力の繰り方。拳を振り抜くのにあわせ、魔力を放出する。
「闇夜を照らす炎よ、命育む水よ、悠久を舞う風よ、母なる大地よ…。混じりて力となり、全てを撃ち抜きし光となれっ！！」
　同時に掌を翳せば、火・水・風・土の属性魔力を収束した一撃、シルの背に青白い魔力の翼が浮かぶ。二筋の魔力砲は揃って邪樹竜の胸を貫く。
「紅に、惑え」
　舞い落ちるは、気の早い紅葉――御業で作られた空間は、邪樹竜の視界をも埋め尽くす。
　それを掻き裂くは、鬼の爪。竜の体躯を鷲掴むように触れたかと思えば、ずぶずぶと沈んでいく。直ぐに消えてしまう幻影であるが、穿たれた疵は深々残る。
　四方より数多の攻撃を受けた邪樹竜の身体はあちこちに綻びを生じ、それでも重い頭を何とか維持しようと頸を擡げる。
　決着をつけよう。言葉ではなく、眼差しでツカサはそう告げると、隣り合う人と呼吸を合わせた。
「俺の翼は噴き上がる魂。燃え尽きろ！」
「私の翼は静止の調べ。凍り付きなさい！」
　彼が掲げるは、炎を纏う刀。瑠璃音が掲げるは、氷の気を纏う呪刀。炎と氷、比翼連理の剣技は一寸の狂いもなく重なりあい、ひとつの斬撃となって、竜の頸を斬り落とす。

　かくて、邪樹竜クゥ・ウルク＝アンは果てた。
　途端、ケルベロス達は周囲から、とてつもない力が集まってくる事に気付く。
『厄介な事が起こりそうだ――皆、撤退だ！』
　珍しくやや荒々しい言葉を、思念を、千梨は届く限りに放った。
　――魔竜達よ、今こそ孵るのだ。
　それの最後の台詞が、脳裡に幾度となく反響していた。

作者：黒塚婁	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2020年10月2日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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