宮城県八景島地下。
蠢く死体が浮かぶのは奇怪なカプセルに満たされた人工液体の中にて。切り刻まれ、繋ぎ合わされた肉体、繋がれた幾つものチューブ。言わずとも知れた、それは元人間だったはずのモノたちである。
不意にガラスの割れる音がして、中から這い出した死体――否、死体から造り出された異形の兵隊が醜い呻き声を上げた。すぐに担当の搬送ロボが駆け付け、それを運び、カプセルの残骸を片付ける。
そして、代わりの死体が入ったカプセルを新たに据え付けていった。どうやら、ここは屍隷兵を製造する工場のようであった。
「お集まり下さりありがとうございます。シフカ・ヴェルランド(血濡れの白鳥・e11532)さん、ティーシャ・マグノリア(殲滅の末妹・e05827)さん、ナターシャ・ツェデルバウム(自称地底皇国軍人・e65923)さん達が探索していたジュモー・エレクトリシアンの居場所について進展がありました」
セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は一礼すると、拡大された宮城県八景島の映像を指し示す。
「これは割り出された幾つかの予測ポイントに向かった有志のケルベロス達によってもたらされた、ダモクレスの屍隷兵製造拠点のある無人島です。ジュモー本人とユグドラシルの根は確認できなかったものの、ここで生産されている屍隷兵の個体――見覚えがありますよね?」
いずれも、人型を素体として翼や尾、武器を合成されたような姿をしている。そう、ユグドラシル・ウォーで確認された個体そのものだ。
「おそらく、この拠点の周辺――例えば地下ですとか――にジュモーの本拠地が存在する可能性は高いかと」
件の無人島までは本土から2kmほど。
移動はヘリオンを使うことも出来るが、それではあまりにも目立ちすぎる。よって宮城県の本土側から八景島への上陸は目立たないように行い、工場施設への奇襲作戦の敢行を願いたい。
「突入口らしき場所は瓢箪型の島のくびれの部分に確認済みですが、構造上他にも入口があると考えられます」
セリカは八景島のちょうど中央の辺りを指して告げた。
「工場内には生産された屍隷兵が多数いますが、そのほとんどはまだ休眠状態で保存されている状況です。うまく奇襲できれば、それらが動き出す前に一掃することも難しくありません」
大半が休眠状態であるといっても、既に稼働中の屍隷兵もいるだろう。それらの排除とこれ以上彼らを生み出さないための施設破壊、そしてなにより欲しいのはジュモー拠点の手がかりだ。
やることは多く、結果を得るには効率的な行動が求められる。もちろん片道切符では意味がない。最後は島から脱出して帰還するまでが作戦のうちだ。
「屍隷兵の生産は全て機械化されており、他の護衛戦力などは用意されていないのが幸いですね。ただし、探索に時間がかかると増援と鉢合わせる危険性もありますので油断はされませんように。皆さまのご武運をお祈りします」
参加者 | |
---|---|
メイザース・リドルテイカー(夢紡ぎの騙り部・e01026) |
西水・祥空(クロームロータス・e01423) |
イリス・フルーリア(銀天の剣・e09423) |
イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770) |
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801) |
尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130) |
エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731) |
副島・二郎(不屈の破片・e56537) |
●落胤の地へ
ケルベロス達は潮風を切って翔ぶ。イリス・フルーリア(銀天の剣・e09423)は纏う衣の色彩によって空と海そのもののように擬態化していた。
「――見えてきました」
あれが、宮城県八景島。
「ジュモーの手がかりが残る秘密施設がある無人島ですね」
「あア。デバイスをフル活用した任務、腕の見せ所ダな」
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)は唇の端を僅かに引き締め、目を細めた。
「上陸目標ハ……本土から近イ方の島先端部」
「いよいよですね」
殿を任されたイッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)は、隠密気流で仲間を包みながら最後尾をゆく。この三人が前後から隊列の気配を断つことによって彼らは敵に気取られることなく上陸を果たした。
「……ふむ。どうやら、この植物が光学迷彩に似た働きをしているようだね」
メイザース・リドルテイカー(夢紡ぎの騙り部・e01026)の観察通り、入口は実際に『目』で見ないことにはその場所がわからないように偽装されているらしい。
「どうだ? 別の入り口は見つかりそうか?」
尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)の囁きに植物を味方につけて先頭を往く副島・二郎(不屈の破片・e56537)は首を振った。
「この辺りにはないのかもしれない」
ヘリオンデバイスによって他班の位置を探るが、結果は芳しくないようだ。
「地上にいる敵は島中央部に集中しているようだ。――いや、今反応が消えた」
「あ、連絡が入った!」
広喜がデバイスに手を寄せ、何ごとかを聞き取っている。
「わかった! すぐに向かう。仲間が拠点を見つけたらしい」
「急ぎましょウ。他に入口はないようですネ?」
エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)は念のため、もう一度最後に周囲を見回した。
どうやら、敵の大部分は施設内部に留まっているようだ。八景島の括れた中央部に位置する監視施設にたどり着いた時、そこを守っていたらしき屍隷兵たちは既に倒された後だった。
「私たちの導となっておくれ」
西水・祥空(クロームロータス・e01423)はそっと施設入口の柱に糸を結び付けると、上着の裾を翻して施設内部へと降りていく――。
●仄暗き籠の中で
拠点内部は一歩、また一歩と地下へ降りるごと次第に迷宮めいた造りを増していった。
「……屍隷兵、か。まだ稼働前のようだね」
メイザースは微かに眉をひそめ、居並ぶ巨大な試験管のような容器を氷精霊の力を借りて薙ぎ払う。
「どうか安らかな眠りを――」
続け、無数のミサイル弾が祥空の手元より軛を断たれ、辺り一帯の生産機械ごと屍隷兵にされた者たちを消し去る。今度こそ本当の死が訪れたことだろう。
「まさに鬼畜の如き所業ですね」
「ああ。せめて稼働する前に眠らせてあげられたことが幸いだよ」
メイザースの時計草はまだ左腕を這っており、戦闘が終わっていないことを示している。
「これだけ広いと、探索し甲斐がありますね」
イリスは息をつき、もはや新しい犠牲を産むことはなくなった機械群を振り返った。
圧倒的な火力で破壊し尽くされた生産施設の残骸はなお、ここで行われた研究の悲惨さを物語る。
「……ごめんなさい。もっと早く来られていれば、このような姿にされてしまう前に助けられたのかもしれませんね」
「ええ……でも、彼らはまだ目覚める前に止めることができました」
九節鞭を手に、イッパイアッテナは見逃した者が眠ってはいないかと確認する。
「……」
エトヴァは無言で頷き、休眠兵の墓標となった残骸に背を向けた。怒りの矛先はこの状況を招いた者に――その手がかりを求め、先を急いだ。
「この辺りはもういないようでス。先に進みましょウ」
「よし、そこの通路を真っすぐ行ってくれ。天井に数体潜んでいる。それと、右通路の先にも2、3体」
二郎は仲間に告げ、自らも炎を纏ったエアシューズを駆って炎獄の軌跡を描いた。
「気を付けていきなさい」
その足元にメイザースの紡いだ粒子が絡みついて加護を与え、飛び出したミミックの牙が先に動こうとしていた敵の前脚に食らいついて出鼻を挫く。
「キシァアア!!」
――まるで蜘蛛のような四肢を通風網に絡ませたオーバースペックは、ケルベロスたちの頭上から礫のように無数の工具をばら撒いた。
「行こウ、広喜」
「ああ! ぶちかまそうぜ、眸」
足場の悪さもデバイスによる飛翔効果のおかげで苦にはならない。眸と広喜は左右から同時にガトリングガンを乱射、激しい弾幕のただ中に敵を陥れた。
「キリノ、頼んダ」
天井から降りようとしていた敵の進路をポルターガイストによる障害物の飛来が阻む。
「サンキュな」
相棒の相棒に片目を閉じて合図し、そして――いつもは楽しげに戦うはずの表情が凄みを帯びた。
「……すぐに壊してやるぜ」
二郎と共に敵陣へ突っ込んだ眸を援護するように、今度はミサイル弾を乱れ撃つ。
激しい爆発の中、二郎は確実に敵の止めを刺していった。誘爆が広がる通路の先より現れた新手の前に刀を手にしたイリスが立ちふさがる。
「銀天剣、イリス・フルーリア―――参ります!」
敵はハイエンドとフラッグシップの混成部隊であった。
(「数が多い――!」)
ならば、と高速で具現化される黒き太陽。禍々しき燦光が屍隷兵の士気を削いだ。
「祥空さん、たたみかけましょう!」
「足止め感謝いたします」
祥空は短く答え、至近距離より練度極まる一撃を見舞った。
「凍ってしまいなさイ」
ハイエンドの颶風が猛威を奮うなら、エトヴァの吹かす氷嵐が更に苛烈なる極寒の環境へと戦場を塗り替える。
「ぬあ、あ……!!」
呪詛の文言がイッパイアッテナの武器に絡みついてゆく。だが、彼は押されるどころかむしろ前へと進んでいった。
「恩に着まス」
庇われたエトヴァが目礼し、
「助かるぜ!」
広喜の笑顔が爆ぜる。
「ははは、大丈夫です……!! なにがあっても、通信と脱出の要であるお二方はお守りします!!」
十分、敵に近づいた瞬間、その言葉自体が加護となって攻撃手たちの破壊力を底上げる。
「! 奥に何かいる」
混成部隊を突破し、デバイスで周囲の情報を探っていた二郎が声を上げた。
「気を付けろ、強そうだ――」
「何かヲ、守っていル……?」
エトヴァは迷宮の一部と化した植物に神樹の根の痕跡がないか、地下や壁外の様子は変わらないかと神経を張りつめた。
「あそこ、何かあるよ」
耳元で妖精が囁く。
「随分と降りてきましたね……」
イリスは直接壁や床に触れ、隠し通路の有無を確かめながら進んでいった。もしかしたら攻性植物の技術を活用して現地の植生に紛れているのではないか――眸はつぶさに目を光らせつつ、皆の後をついていく。
やがて、厳重に閉ざされた扉が現れる。強引にこじ開けた先には、幅広の大剣を提げた甲冑姿の屍隷兵が仁王立ちになっていた。
●遺子
「彼もまタ、ココで生み出された屍隷兵ノひとリのようダな」
眸の独白通り、それは重要設備を護衛するために調整された『マスターピース』という屍隷兵のうちの一体であった。
「ったく、いい趣味してやがるぜ」
広喜は拳を打ち鳴らし、青き炎を漲らせた拳を正面からぶち込んでやる。
「他にはいません。あれ1体のようです!」
夜目の効くイッパイアッテナが即座に目を走らせ、地を蹴ったイリスが神速の太刀を抜き払った。
「月光の一太刀、いかがです――?」
腱をやられたマスターピースはがくんと右脚を引きずったまま、無造作に剣で前方を薙ぎ払った。
「そのような攻撃、当たるとでも思ったかね?」
メイザースは立て続けに杖に宿る雷鳴を轟かせ、仲間たちを鼓舞する。
「さあ、いきたまえ」
眸は雷を乗せた手のひらを突き出し、分析を完了。
「ヒトの死を、その亡骸を愚弄すル行為、一分一秒でも早く止めてやル」
「今、楽にしてやるよ」
二郎の放った竜雷と左右から挟み撃つように敵を穿ち、腐った血を吐かせる。
「無事に倒せたようですね」
もはや動かないことを確かめた上で、祥空はようやく彼の守っていた区画に近づくことができたのだった。
「どうですか?」
軽く端末を弄ってみたエトヴァは、すぐに頷いてみせる。
「ふム……ここの情報端末は他と違うデータが管理されているようですネ。ハードディスクを持ち出すことができれバ、解析することも可能でしょウ」
だが、ジュモーは後にそうした調査の手が伸びることを予見したのだろう。アイテムポケットに入れて持ち帰る前に自動爆破装置が起動し、木端微塵になってしまったのである。
「収納して持ち帰るのは無理か」
二郎は肩を竦めた。
「案外と慎重な奴だな、ジュモーってのは」
「ドローンで端末ごと運搬してみるかね?」
メイザースの提案も、やはりこの場所からデータを動かそうとした途端に自壊を免れなかった。
「敵が基地の自爆装置を稼働させたって連絡が入ったぜ!」
左耳に手を当てながら、広喜が告げる。
「仕方あるまいね。他班が情報を取得できていることを祈ろう」
メイザースはドローンをわざと大きく羽ばたかせ、逃走経路とは逆方向に向けて囮代わりにと解き放った。
●脱出行
彼らは脱出までの間に出来る限りの施設を破壊した。二度と同じ悲劇を産み出さぬように、繰り返さぬようにという祈りを込めて。
「こっちは全部破壊しました!」
アームドアーム・デバイスを最大限に活用したイッパイアッテナはドリルで壊した機械類をリフティングマグネットを使って脇に除け、仲間が通るための道を空けた。
「どうぞ、お先に」
「皆さン、ついてきてくださイ」
祥空は糸の導く先へと障害物をどかせながら駆け抜ける。先導するのは音もなく走るエトヴァのチェイスアート・デバイス。
「出口です!」
これで最後だとばかりに、イッパイアッテナは壁を破壊して近道を作り上げた。
全員が島から離れた後、幾ばくかの時間を置いてから地下で地響きに似た爆発音が轟いた。
――非人道的なる落胤たちを産み出した施設の最期は、脆くも崩れ去りながら海中へと消えていったのである。
作者:麻人 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年9月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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