アルセイデスvs死翼騎士団~刻は迫りて

作者:坂本ピエロギ

●遭遇
 磨羯宮ブレイザブリクを彼方に仰ぐ、東京焦土地帯の深部――。
 芒漠とした景色が広がる荒地を、飛翔と共に離脱していくヴァルキュリアがいた。
 エマ・ブラン(ガジェットで吹き飛ばせ・e40314)である。
「はあっ、はあっ……」
 いつも笑顔を絶やさぬエマの表情は、石のように固い。つい先程、偶然見た光景が脳裏を離れないからだ。焦土地帯の深部に展開するエインヘリアルの軍勢――それが一斉に磨羯宮を目指して進み始めた、あの光景が。
「急がないと……早く伝えないと、『奴ら』が……!」
 焦燥を滲ませながら、エマはゴーグルを操作。カメラ機能で捉えた映像を確認する。
 それは異形の戦士達だった。肩や背中に腕を生やした星霊甲冑。光る花弁の仮面。今まで戦ってきたどの勢力とも違う、完全なる未知の軍勢だ。
(「この腕付きの甲冑、まさか攻性植物? 一体何者なんだろう……」)
 ちらと背後を振り返れば、エマを追跡して来る『奴ら』の群れが見える。あれに捕まれば命はない。否が応でも、その事だけは理解できた。
「このままじゃブレイザブリクが……お願い、間に合って……!」
 幾度も幾度も願い、その度に無為に終わった祈り。
 果たして、その気持ちが通じたのか――背後から聞こえる敵の足音が、ふいに止んだ。
(「……?」)
 怪訝そうな表情を浮かべ、前方に視線を戻すエマ。
 その先には、彼女の見知ったデウスエクス達の姿があった。星座が刻まれた剣と斧で武装した、死神の騎士達である。
「死翼騎士団……助かった!」
 安堵の吐息を漏らしたエマは、急ぎ死神の元へと合流していく。
 団長シヴェル・ゲーデン率いる騎士団――ケルベロスの同盟勢力の本陣へ。

●情報交換
『この星霊甲冑……アルセイデスに間違いないな』
 カメラの映像を確認したシヴェルは、死神陣営の陣幕でエマにそう告げた。
「アルセイデス?」
『アスガルドを裏切り、攻性植物に与した反乱勢力で構成されるエインヘリアルの氏族だ。本国から排除された後、アスガルドとユグドラシルの国境にある戦線では、目覚ましい活躍を見せていると聞く』
 シヴェルの言葉に、同席した面々が頷きを返した。知将、勇将、そして猛将と呼ばれる、死翼騎士団の将軍達である。
『ふむん。アスガルド本国の状況が伺えるようで、たいへん興味深いですな』
『エインヘリアルはゲートを失ったユグドラシルを制圧しつつある。此度の派兵は磨羯宮の奪還を見据えての前哨戦……という事か』
『断言は出来かねますが、可能性は高いかと』
 知将と勇将が交わす言葉に、猛将が拳を天にかざして吼える。
『つまり敵ってわけだな。なら話は簡単だ、叩き潰すだけよ! なぁ団長!?』
『まあ待て猛将。……知将、勇将、敵の力量をどう見る?』
『総合戦力では騎士団が上でしょう。奴らは本国にとって単なる捨て駒ゆえ。ただ……』
『うむ。指揮官まで討つとなれば、一筋縄では行くまいな……』
 死翼騎士団の将軍達が交わす会話を脳に刻みつけながら、エマは思考を続けていた。
 ――彼らの話、ちゃんと皆に伝えなくちゃ。
 ――この戦いで、死翼騎士団はどう動くんだろう。
 ――彼らはデウスエクス。過度の信頼を置くのは危険だけど……。
 次々に湧いては消えるエマの思考を、シヴェルの声が打ち切る。
『ヴァルキュリアの少女よ、状況は理解した。この戦い、我等も協力しよう』
「本当に?」
『無論だ。今お前達に味方する事は、我等にとっても利となる。……詳しい事はこの書簡に纏めておいた、後で目を通しておけ』
「分かった。その言葉、信じるよ」
 そうしてエマは書簡を受け取り、陣幕の外へと歩き出す。
 ぐずぐずしている時間はない。急ぎ仲間の元へと戻り、戦いの準備を進めなければ。
『気をつけろ。アルセイデスに勝利しても、恐らくは時間稼ぎにしかならん』
 エマの横を歩きながら、最後にシヴェルは囁くように言った。
『死者の泉への門。それを繋げることに、全力を尽くしてほしい』
「……うん。それも伝える」
 エマは頷きを返すと、光の翼を広げて飛んで行く。
 シヴェルから託された書簡を携え、仲間達の待つ元へと。

●ヘリポートにて
 磨羯宮ブレイザブリクに秘密の隠し領域が発見されて、はや一ヶ月。
 エインヘリアルの生命線である『死者の泉』――そこへ至るルートの確保は、現在も着々と進行中であるとムッカ・フェローチェはケルベロス達に告げた。
「ですがここに来て、問題が浮上しました。磨羯宮の奪還部隊と思われるエインヘリアルの軍団が、東京焦土地帯の深部に出現したのです」
 現地で事態を察知したエマ・ブランは奪還部隊の追撃を逃れる最中に、死翼騎士団の死神と合流。団長のシヴェルより預かった書簡と共に帰還している。事前に警戒を行っていた事から見て、死神勢力は敵の情報を掴んでいたようだとムッカは付け加えた。
「書簡によると、シヴェルはこのエインヘリアル達――アルセイデスの排除を望んでおり、同盟勢力である私達との共同作戦を申し入れています。そこで皆さんには死翼騎士団の諸将と協力し、アルセイデスを撃退して欲しいのです」
 シヴェル率いる死翼騎士団は死神の精鋭部隊であり、強力な戦力となる事は間違いない。
 だが彼らはあくまでデウスエクス。ケルベロスとの同盟を続ける理由は、利害一致という一点に拠っている。くれぐれも死神達に過剰な信頼を置かないようにと付け加え、ムッカは作戦の概要を説明していった。
「本作戦の主力は死翼騎士団が対応してくれます。ですが、敵指揮官などの強敵に対してはケルベロスの精鋭チームが対処力において勝るため、決戦部隊として少数のメンバーに同行して欲しい旨が、書簡には記されていました」
 恐らくは、それが死神達のケルベロスに対する戦力評価なのだろう。
 アルセイデスの部隊は全部で4つに分かれ、それぞれを1体の指揮官が率いている。これに対するのは団長、知将、勇将、猛将――死翼騎士団の指揮官が率いる、同数の4部隊だ。ケルベロス達はそこに同行し、敵軍へ攻撃を仕掛ける事になる。
「当班のメンバーはシヴェル団長の部隊に同行します。敵指揮官を討伐すれば最小限の被害で敵勢力を撃退出来ますので、何としても討ち漏らさず仕留めたいところです」
 標的となる指揮官は『金鳳花』と呼称される個体だ。その名前が示す通り、金鳳花の花弁を思わせる紋様の仮面を装着し、一振りの長剣を得物とする。非常に高い攻撃能力を誇り、周囲には護衛の兵士もいる事から、かなりの激戦となるだろう。
「本作戦では、ヘリオンデバイスの使用が可能です。私もヘリオンでサポートしますので、頑張って勝利を掴みましょう」
 そうして説明の完了と共に、ヘリオンの搭乗口が開放された。
 失敗は許されない。着々と迫る決着の刻に備え、尽くせる限りの最善を――ムッカはそう言って、ケルベロス達に一礼を送る。
「皆さんの無事と、勝利の吉報をお待ちしています。確実な遂行をお願いしますね」


参加者
若生・めぐみ(めぐみんカワイイ・e04506)
ハインツ・エクハルト(光を背負う者・e12606)
クリームヒルト・フィムブルヴェト(輝盾の空中要塞騎士・e24545)
レイリア・スカーレット(鮮血の魔女・e24721)
イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)
葛城・かごめ(幸せの理由・e26055)
エマ・ブラン(ガジェットで吹き飛ばせ・e40314)
狼炎・ジグ(恨み貪る者・e83604)

■リプレイ

●一
 磨羯宮奪還のため、アスガルドより襲来した氏族アルセイデス。
 彼らを撃退するために死翼騎士団との共闘を行うべく、ケルベロス達は騎士団の陣営で、団長のシヴェルと対峙していた。
『書簡は無事に届いたようだな。返答を聞かせて貰おう』
「ケルベロスは共闘作戦を受ける事にしたよ。協力してアルセイデスをやっつけよう」
 シヴェルの問いに、エマ・ブラン(ガジェットで吹き飛ばせ・e40314)はそう返した。
「わたしはエマ。よろしくね、シヴェル団長」
『宜しく頼む。他の者達も頼りにさせて貰おう』
 話は決まりだなと頷くシヴェルに、イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)がそっと手を挙げた。
「ひさしぶりシヴェル。ひとつお願いがあるんだけど……」
『内容次第だ。言ってみるがよい』
「わたし達が指揮官と戦う時、出来るだけ敵兵を分断して欲しいの。いいかな?」
『ふむ。保証は出来ぬが善処はしよう』
 シヴェルの返答に、イズナはありがとうと頷いた。
 この死神に自分達への悪意がない事は、交渉依頼で会った時から変わっていないようだ。そうする事が死神勢力に利すると信じるが故なのだろう。
『他になければ出陣するぞ。敵はすぐ其処まで迫っている』
 シヴェルは最後にちらとケルベロスを振り返ると、騎士団を率いて出発していく。
 そんな死神達と幾許かの距離を開けて歩きながら、葛城・かごめ(幸せの理由・e26055)は呟きを漏らした。
「……やはり、ヘリオンデバイスに目を留めましたね」
 そう言ってかごめは、彼女のレスキュードローンを振り返る。パタパタと脚を振って踊るその姿は、可愛い求愛行動で有名なピーコックスパイダーにそっくりだ。
「この子の力で、死神達を癒すような事態が来ないと良いのですが」
「ま、ある程度は割り切って任せようぜ。信頼しすぎは禁物だけどな」
 ハインツ・エクハルト(光を背負う者・e12606)が、肩を竦めて苦笑した。
 かごめ同様、彼も死神を心から信用している訳ではないのだろう。とはいえ、一度定めた協定を破る気などは毛頭ない。それは若生・めぐみ(めぐみんカワイイ・e04506)にとっても同じだった。
「敵を倒して磨羯宮を守る。その利害は一致していますから」
 めぐみの言葉に、クリームヒルト・フィムブルヴェト(輝盾の空中要塞騎士・e24545)は全くでありますと頷く。
「敵との共闘というのも、不思議な感じでありますね……」
 根底から価値観が相容れず、一時的に利用し合う間柄であっても、今だけは味方同士だ。次第に近づいてくるアルセイデスの軍団を視界に収め、クリームヒルトは気合を入れ直す。死神との共同戦線、必ず成功させなければ。
『これよりアルセイデスを撃破する! 我に続け!』
 シヴェルの号令と共に、騎士団の攻撃が開始された。同時、レイリア・スカーレット(鮮血の魔女・e24721)は光の翼で浮き上がり、戦場を宙から観察する。
 配下を連れて戦うシヴェルの周りには、常に護衛の騎士達が目を光らせている。恐らくは団長を庇う盾役なのだろう。時折ケルベロスにも視線を投げるその姿を見て、レイリアの顔には冷笑が浮かんだ。
「無条件の信用ではない、という訳だな。……当然か」
「ああ。だがそれだけじゃねぇな」
 狼炎・ジグ(恨み貪る者・e83604)が、腕の地獄炎を燃え立たせて言う。
「あわよくばデバイスの性能も探る気だぜ、あれは。油断も隙もねぇ」
「うん。……分かってる」
 イズナはジェットパックの力でひとり飛翔しながら頷いた。
 背中で輝く光の翼は、デバイスの飛行能力を隠すための偽装。ケルベロスもまた、死神を完全に信じている訳ではない。
 ――いつか、お互いに信じ合える。そんな日が来ればいいけど……。
 戦場を見下ろせば、敵の指揮官と兵が分断されていくのが見えた。残った供回りは片手で数えられる程のみ。理想的と言っていい状況だ。
「皆、行こう!」
 イズナの号令と共に、ケルベロスの突撃が開始された。

●二
 号令、剣戟、絶叫――狂乱の席巻する焦土を番犬達が駆ける。
 目指すはひとつ、金鳳花の指揮官が居る敵本陣のみ。死翼騎士団の突撃がこじ開けた敵軍の一角を、クリームヒルトとめぐみが先陣を切って突っ込んでいく。それをナビゲートするのは、上空を飛翔するイズナだ。
「そのまま直進。もうすぐだよ!」
「了解であります、イズナ様!」
『ケルベロスを通せ……敵兵を止めろ……』
 アルセイデスの兵が放った妨害の鯨波を、死神達の織り成す肉壁が阻む。時折すり抜けて来る攻撃を癒すため、ハインツは掌中に雲塊を生成した。
「雷雲よ、みんなに力を! 奔れ、研ぎ澄ませ、《閃(ブリッツ)》ーーッ!!」
 投擲された雲塊が大空に花開き、治癒の雷をもたらす。
 鯨波の重圧は、けして無視できるものではない。ハインツの雷はそれをキュアで除去し、肉体と神経の活性化で命中強化を施していく。
「安心して突っ込むんだぜ、その分オレが回復する!」
「私も応援しちゃいます♪」
 続くめぐみが、爆破スイッチを手に取った。
 この戦い、雑兵など眼中にはない。狙うべきは、1秒でも早く指揮官を撃破する事。その為に行うべきはアタッカーの火力の底上げだ。
「みんな、がんばりましょう!」
 戦場を彩る、虹色の爆発。
 同時、勇気を鼓舞されたイズナの目が1体のエインヘリアルを視界に収める。
 紫色の甲冑、金鳳花の仮面――標的の指揮官に間違いない。
「見つけた。逃がさないよ!」
 イズナは黄金の小槌『ミョルニル』を構え、デバイスの出力を最大まで上げた。
 供回りは盾役とおぼしき前衛が2体のみ。この程度の数ならば問題ない。イズナは心中でシヴェルに感謝を捧げながら、金鳳花の指揮官めがけて急襲する。
「――囀りは収まらない。溢れる雷は打ち砕くもの」
 槌に雷を湛え、振り下ろす。
 直後、降り注ぐのは『囁く雷槌の雷鳴』だ。迸る神鳴りの小ささとは裏腹に、その一撃は地形を変えるほどの威力を伴って敵陣を襲う。させじと指揮官を庇った兵が、自身と指揮官のダメージを二重に浴びて悶絶した。
『ふざけた真似を……! ケルベロスども、その首を貰う!』
 長剣を構え、指揮官が吼えた。
 禍々しい滅殺形態へと変貌した剣が、猛然と振るわれる。そこへ続くのは白兵戦の構えを取った敵兵の追撃だ。
「止めてみせるでありますよ。――フリズスキャールヴ!」
 クリームヒルトは指揮官が繰り出す連撃を愛用の盾で受け止め、裂帛のシャウトで負傷を塞ぎ続ける。続けて迫る敵との白兵戦で受けたダメージは、彼女のテレビウムが応援動画で癒してくれた。
「さすがはエインヘリアルの指揮官。かなりの威力でありますね」
「ええ。ここからが本番という事です!」
 かごめが掌にグラビティの光を凝縮する。その周りを蜘蛛型のドローンがパタパタと踊るのに合わせ、掌中の光はぐんぐんと膨れ上がっていく。
 そして散布するのは桜花を象った光盾――『擬似換装:桜吹雪』だ。
「さあ咲き誇れ!」
 かごめの手から舞う桜が、一斉に輝きを増した。
 守りを固め、服破りと重圧を除去し、桜の花弁は瞠目する治癒力で前衛の傷を癒す。
 回復支援は万全。それを合図に、指揮官への集中攻撃が一斉に開始される。
「強敵には足止めからだよね。ターゲットロック、ファイアー!」
 照準を合わせたエマのロケットランチャーから、グラビティの砲弾が発射された。
 『PBW』――グラビティ製の爆裂弾はデバイスがもたらす命中強化を帯びて、指揮官の胸元で爆発。じわりと回避を鈍らせると同時、エマと息を合わせたジグがチェーンソー剣を手に駆け出した。
「伐採してやる、覚悟しろや雑草がぁぁぁぁぁ!!」
 肉薄と同時、剣が振り下ろされる。
 長剣を手に応戦する指揮官。しかしデバイスの強化を受けたジグの猛攻は、そのガードを力ずくでこじ開けた。一閃、二閃。ジグが回転刃を振るう度、指揮官は傷口を切り開かれて俊敏さを失っていく。
『ぐううぅっ、おのれ……!』
「ふむ、理想的な戦況だ。全員がデバイスを活用したのが効いたようだな」
 レイリアはエアシューズで戦場を滑走しながら、外の戦場にちらと目を向けた。
 指揮官が劣勢に陥るのと前後して、アルセイデスの戦線はじわじわと後退を始めている。負傷した敵兵が騎士団に討たれ、次々にコギトエルゴスムへと変じていく光景に、レイリアは小さな吐息を漏らした。
「元とはいえ、アスガルドの戦士ともあろう者達が堕ちたものだ」
 敵への憐憫はなかった。母星に背いた者同士、いまさら語る事などない。
 自分はケルベロスとして、そしてヴァルキュリアとして敵を排除する――それだけだ。
「我が名はレイリア・スカーレット。金鳳花の指揮官、覚悟!」
 名乗りと同時、加速したレイリアが跳ぶ。
 そうして、鈍い手応えと共に直撃したスターゲイザーが、指揮官の足捌きを封じ込めた、まさにその時である。
「皆様、敵増援が来るであります!」
 クリームヒルトの警告が、新手の出現を告げた。

●三
「前衛が7、後衛が2。ご注意を!」
「総勢12体……面倒ですね」
 クリームヒルトの報告を聞いて、かごめは唇を噛んだ。
 寡勢とは到底呼べぬ数だった。騎士団の包囲網をうまく抜けたか、或いは……いや、証拠はない。かごめは微かな疑念を振り払い、すぐに意識を切り替える。
「回復は引き受けます。アタッカーの皆さんは敵の撃破を」
「護衛はボク達の仕事でありますね。全員お守りするでありますよ!」
「上等だ……片っ端から叩き潰してやっからかかってきやがれぇぇぇ!!」
 大盾を構え直すクリームヒルト。息を合わせ、ジグもまた流星蹴りの構えを取る。
 そうして降り注ぐのはアルセイデスの嵐のごとき猛攻だった。
 のしかかる鯨波。守りを剥ぎ取る白兵戦。戦場全てを射程に収める遠距離攻撃の猛攻を、めぐみ達は正面から受け止める。
「しろちゃん、エマさんを癒してあげて」
 めぐみは後衛を鯨波から庇いながら『菌糸の治療』を発動。召喚した菌糸『しろちゃん』の治癒力でエマを回復する。一方、ナノナノのらぶりんは戦場をふわりと舞いながら、ハートのバリアでハインツを包んだ。
「支援ありがとうな。さあチビ助、続くんだぜ!」
 頬の血を拭ったハインツが不敵に笑い、雲塊を前衛へ投擲する。
 癒しの雷が鳴り響く中、息を合わせてハインツのオルトロスが疾駆。深手を負った敵兵の心臓をソードスラッシュで穿ち貫く。
「ナイスだぜチビ助。レイリア、残り何体だ!?」
「8体だ。もう少し耐えてくれ……!」
 敵兵をグラインドファイアで屠り、レイリアが返した。
 俄かに息を吹き返し、一気呵成の猛攻に打って出るアルセイデス。だが苦戦を強いられてもなお、ケルベロス達は一歩もさがる事はない。
 猛烈な火力、強固な防御、そして豊富な治癒。片時も途切れる事のない連携で猛攻を押し返しながら、1体また1体と敵兵を葬って行く。対する指揮官もケルベロスの前衛めがけ、死に物狂いの剣舞で襲い掛かる。
『氏族のため、死ぬ訳には行かぬ!』
「ボク達にだって守るものがある! ……で、ありますよ!」
 クリームヒルトは大盾でジグを庇いながら、悲鳴を上げる体を懸命に叱咤する。仲間を、磨羯宮を守るため。死神の信義に応えるため。絶対に、絶対に負ける訳にはいかない。
「まだ倒れるには早いであります! 光よ!」
 戦場を満たす神々しい光。
 同時、負傷を重ねためぐみの体が『再臨の光』で癒えていく。
「ありがとうございます。そろそろ頃合じゃないですか?」
「ええ。もう十分でしょう」
 前衛を桜の花弁で包みながら、かごめは頷いた。
 敵は指揮官と盾役2体を残すのみ。周辺の敵兵も、じきに死翼騎士団によって撃退されるだろう。為すべきはただ一つ――指揮官を討ち取る事だ。
「皆さん、決着をつけましょう」
「任せて。硬い装甲だって切り裂いちゃうんだから!」
 エマが簒奪者の鎌を振り被り、ひと思いに投擲した。
 甲冑が吹き飛ぶ鈍い音。刹那、ジグは指揮官めがけ猛迫すると、凝縮させた恨みの心で『絶廻方向』を解放する。容赦はない。エインヘリアルは等しく滅ぼすのみだ。
「刻んでやる。跡形もなく!!」
『ぐ……ううう……!』
 怨念の獣が唸り声をあげて、剥がれた甲冑の隙間に重圧の爪痕を刻む。そうして指揮官が反撃の剣を構えたその瞬間、
「――貴様を、冥府へ送ってやろう」
 光翼から生み出したレイリアの氷槍が、金鳳花の仮面を貫いた。
 直撃を浴びて焦土に鮮血の花を咲かせながら、なおも長剣を手放さない指揮官を、イズナは上空から静かに狙い定める。最期まで相手を滅ぼす事しか知らなかったアルセイデスに、小さな悲しみを覚えながら。
「さよなら。……これで、終わりだよ」
 ドラゴニックパワーを注ぎ、ミョルニルの噴射で加速。
 防ぐ術も、避ける術も、敵にはもう何ひとつない。
 そうして響き渡る轟音と共に、金鳳花の指揮官は戦場に命を散らすのだった。

●四
 残敵掃討が完了したのは、それから程なくしての事だった。
 ケルベロス達は死翼騎士団と合流すると、他の戦場も全て勝利した事をシヴェルの口から告げられる。それは紛れもない勝利――ではあったのだが。
「デバイスを貸してほしい……?」
『そうだ。相応の見返りも用意させて貰うが、どうだ?』
 戦闘中に敵兵を討ち漏らした事への謝罪と共に、シヴェルはエマにそう切り出した。
 恐らくは、それだけデバイスの性能を脅威と捉えたのだろう。エマが仲間達の意志を確認するように振り返ると、かごめとクリームヒルトが首を横に振った。
「残念ですが応じかねます。機密に属する物ですから」
「左様であります。お気持ちだけ頂戴するでありますよ」
『承知した、ならばこの話は諦めよう。――ただし忘れるな、ユグドラシルが制圧されれば奴等は必ず侵攻してくる事を』
 望むならば騎士団が磨羯宮を防衛しても良いという話も出たが、こちらもケルベロス達は丁寧に辞退した。シヴェルはそれに「承知した」とだけ返すと、
『だが残された時間は多くないぞ。分かってはいるだろうが、な』
 そう付け加えて、帰還の支度を終えた。
『我等はここで失礼する。戦場で散った部下を回収せねばならん』
「シヴェル!」
 イズナは最後に、団長を呼び止める。
「お疲れ様。また一緒に戦えるといいね」
『ふむ。全てはお前達次第……とだけ言っておこう。さらばだ』
 そうして騎士団が去った後、焦土地帯は再び静穏に包まれた。
 だがそれは、いずれ来たる大嵐の前兆に過ぎない。遠く映った磨羯宮の偉容を見据えて、めぐみはぽつりと呟きを漏らす。
「戦いの準備、急がないとですね……」
 決戦の刻は迫りつつある。
 叶うならばそれが、死翼騎士団と争う未来でない事を祈るばかりだが――。
 秋風の吹く焦土地帯、磨羯宮の剣は今も静かに冷たい光を湛えていた。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年10月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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