桔梗の奇譚

作者:芦原クロ

 とある旅館では、庭園への順路沿いに、見ごろを迎えた桔梗が凛として咲いている。
 白や紫、青紫の花色は涼やかで、見ているだけで涼しい気持ちになれるからか、複数人の観光客が歩みを止め、写真を撮ったり眺めたりしていた。
 和風の庭園にも桔梗が咲いており、縁側に座って景色を堪能出来る。
 どれも良いが、この旅館ならではの隠し味の味噌を使った、しゃぶしゃぶが一番の人気だ。
 宿泊せずに食事だけのプランも有るので、室内から庭園を眺めつつ食事も可能だ。
 多く訪れていた観光客の前で、謎の花粉にとりつかれた桔梗が動き出した。
 巨大化した異形は伸ばしたツルで地面を叩き、主張する。
『モット! ホメテ! モット!』
 一般人が逃げ回ったのと、ツルが強く地面を叩くのとで、庭は荒れ果て、他の桔梗は見る影も無かった。

「雪城・バニラさんの推理のお陰で、攻性植物の発生が予知出来た。早速だが、急ぎ現場に向かってくれ」
「不思議な敵だけど、褒めれば良いのよね?」
 雪城・バニラ(氷絶華・e33425)の問いに、霧山・シロウ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0315)は頷き、説明を付け加える。

 敵は1体だけで、配下は居ない。
 一般人の避難誘導は警察などが迅速に対処するので、ケルベロスたちが現場に到着する頃には、避難は完了している。
 ケルベロスたちは無人の現場に到着後、現れる攻性植物を、なんとかすれば良い。

「もう分かると思うが……なるべく多くの人数で、桔梗を好きだと褒めたりしていれば、弱体化してあっさり倒せるようになる筈だ。秋の七草の1つにもあげられる桔梗だ、褒めるところは沢山有ると思うぜ」
 弱体化すれば、一気に攻撃出来るチャンスが、訪れるだろう。
「被害が出る前に、攻性植物を倒してくれ。討伐のお礼に、旅館は食事や部屋を無料で提供してくれるようだ。討伐後に休息するのも良いんじゃないか?」


参加者
イピナ・ウィンテール(剣と歌に希望を乗せて・e03513)
雪城・バニラ(氷絶華・e33425)
山科・ことほ(幸を祈りし寿ぎの・e85678)
佐竹・レイ(ばきゅーん・e85969)

■リプレイ


「桔梗の攻性植物を褒める事で、弱体化させるわね。その後、攻性植物の撃破に集中するわ」
 無人の現場に到着すると、雪城・バニラ(氷絶華・e33425)が、立てた方針を伝える。
 メンバーは頷き合い、敵を逃さずに弱体化させる、と同意を示す。
「桔梗、綺麗な花ですよね」
 イピナ・ウィンテール(剣と歌に希望を乗せて・e03513)が、近くに咲いていた普通サイズの桔梗を見て、呟く。
「それが暴れてしまうのも、他の桔梗も踏みにじるのも、どちらも悲しいですし、絶対に止めないといけませんね」
 イピナは言葉を続け、被害は出さない、と。
 強い想いを抱え、咲き乱れる青紫色の桔梗を見つめる。
 その時だった。
 巨大化した桔梗が出現し、直ぐにメンバーに気付く。
『ホメテ! ホメテ!』
「もー、欲しがりさんね♪ 任せなさい、あたしがたっくさん褒めてあげるわ。だから人や物を襲っちゃダメよ」
 佐竹・レイ(ばきゅーん・e85969)がゆっくりと近づき、桔梗を惹きつける。
 褒めて貰えると分かり、ツルも力が抜け、完全に待機モードに入る、桔梗。
「桔梗の事あんまりよく知らないから褒めるために調べてみたんだけど……」
「ことほちゃんわざわざ調べたの!? すごいわねっ」
 山科・ことほ(幸を祈りし寿ぎの・e85678)の言葉に、驚きと感心の声をあげる、レイ。
『スゴイ! ウレシイ!』
 桔梗も聞き入っていた為、ことほの言葉に感動しているようだった。


「続きなんだけど、調べたらね……絶滅危惧種なのー!?」
『エッ!? ゼツメツ!?』
 ことほの言葉に、ショックを受ける桔梗。
 どうやら、知らなかったらしい。
「絶滅は辛いよね……惑星プラブータも滅んだんだけど笑いごとじゃないよね……」
『ワライゴトニ、シナイ! ヤサシイ!』
 ポジティブに受け入れた桔梗が、ことほを逆に褒めている。
 その上、桔梗自身も上機嫌な状態になっている。
(「褒めると弱体化するとは、変わった攻性植物ね。まぁ、満足してくれるなら、それはそれでいいのだけど」)
 バニラは不思議そうに桔梗を見上げ、胸中で思いを並べる。
「あれ? 私が褒められてる気がする……」
「ことほちゃんは優しいもんね。あたしも知ってるわ!」
 首を傾げることほに対し、レイは自信満々に主張。
 仲の良いレイからも褒められると、照れて頬をほんのり赤く染め、嬉しそうに礼を伝える、ことほ。
(「やっぱり、まずはお花が綺麗だと褒めたいですね」)
 メンバーと桔梗とのやり取りを、暫し観察していたイピナが、数歩前に出た。
「紫色が鮮やかで綺麗ですね」
 イピナは心からの笑顔を見せつつ、落ち着いた物言いで褒める。
『アナタモ! キレイデ、ミリョクテキ!』
 イピナに対しても、褒め返して来る。
「あっ、いま話題の武将の旗印にもなってるのね。昔から愛されてきた人気者じゃないの!」
『アナタハ、ゲンキイッパイ、アイサレソウ!』
 戦国時代のとある武将が主役の、某大型ドラマを思い浮かべたレイが、元気良く褒めると、やはり褒め返す桔梗。
「涼やかで、夏の暑さを忘れてしまいそうな程、綺麗な花だわ」
『アナタノ、カミモ! ユキ、ミタイデ、ウツクシイ!』
 バニラが褒めると、またしても褒め返す。
(「褒めると褒め返して来て、更に満足するのね」)
「誰かに褒めてもらえると元気になるもんね」
 冷静に分析しているバニラの真横を通ったレイは、危険が無いと判断して桔梗に接近。
 じっとレイに見つめられ、敵のツルが虚空で慌ただしく揺れる。
 どうやら、照れているようだ。
「花びらが5枚そろっててえらい!」
「ことほちゃん!?」
 それは褒め言葉になるのかと、思わずツッコミを入れるように、ことほの名を呼ぶ、レイ。
 桔梗も沈黙している。
「……は、微妙かごめん、お星さまみたいでエモい!」
『エモイ、ワカラナイ。デモ、ホメテクレテル、キガスル!』
 ことほのギャル語に対し、分からないことが申し訳無いといった様子で、ほんの少しうなだれる、桔梗。
 しかし直ぐに、ポジティブに捉えて、立ち直る。
「……ことほちゃん、桔梗を調べたって言ってたわよね」
「花言葉なども調べたのかな?」
 レイとバニラが、ことほに注目する。
「永遠の愛、とか。あとは……誠実、正直、清楚、気品、従順。みたいな?」
 回答を得たレイが、勢い良く、バニラのほうへ顔を向ける。
「雪城さん、これって!?」
「誠実や正直が、強く反映されているのかな。どれも真面目に捉えている気がするわね」
 それゆえに、ポジティブに走っている、というのが結論となった。
「ちょっとした事でも、褒め言葉と捉える。つまり、そういう事でしょうか」
 イピナがざっくり纏め、試しに、と桔梗の前に立つ。
「異形化した故とはいえ、蔓はとてもたくましくなっていると思いますし、根もしっかりと栄養を吸い上げられるものでしょう」
 試しに、桔梗についてでは無く、今の姿をイピナが褒めてみると、桔梗は嬉しそうに礼を告げた。

「もっと写真撮らせて貰えないかな?」
「独特の紫色がめちゃ映える……! いっぱい咲いてるところはマジで絵になるよねー」
 バニラとことほが、同時に褒め始めた。
「紫桔梗は気品があって綺麗ね。宮中で忍ぶ恋に胸を焦がす……大人の女性って感じ♪」
 レイも畳みかけに入る。
「桔梗って小さくてお星様みたいな形がキュートだけど、それだけじゃないのね」
「つぼみがランプみたいな形で超かわいい! ふにふに? ポンってしていい?」
『フタリモ、チョーカワイイ、ヨ!』
 レイに合わせるように、ことほも褒め言葉を投げる。
 そしてやはり、褒め返される。
「根っこは喉の調子を整える系の漢方にも使われててすごい! 花も根も良いとかなかなかないよ!」
「そうなの? 知らなかったわ! すごいのね」
 ことほの主張に真っ先に反応する、レイ。
 2人から、すごいと言われた桔梗は喜び、バニラとイピナから美しさを褒められれば、被害が出ない程度の小躍りをして喜んでいた。
「あなた達にとっては、ただ生きてるだけなのかもしれないけど」
 レイが桔梗を真っ直ぐに見つめ、微笑む。
「花が咲く度にいつも楽しませてもらってるの。ありがとね」
『ウ、ウレシイ!!』
 涙を流さんばかりの震えた声で、喜びを伝えたあと、桔梗は満足したのか、それっきり言葉を発しなくなった。
「上手く弱体化できたみたいだし、戦うわね」
 バニラが敵の様子を確認後、メンバーに告げる。
「攻撃に移りましょう」
 イピナは頷いてから、レイやことほに視線を送った。
「ちゃんと倒すわよ……仕事だもん」
 流星の如く輝く軌跡を描いて、レイの飛び蹴りが炸裂する。
「さっさと倒しちゃおー!」
 周りを巻き込まないよう注意しつつ、藍と共に攻撃を仕掛ける、ことほ。
「無抵抗ですが……戦闘で手加減はしません」
 攻撃が続いても、敵に動く気配が無い。
 イピナは加減せず、威力をほこる攻撃でトドメを刺し、敵を霧散させた。


「倒すと桔梗の花も共に散り、消えてしまうのですね」
 残っていれば、そのまま捨ておくのも不憫と感じていただろう、と。
 少しは浮かばれるように、押し花にするつもりだった、イピナ。
 戦場の跡を消したり、ヒールを掛けたりなど、後片づけをするケルベロスたち。
 そうしている間に、避難が解除され、平和な光景が戻る。
「ヒールも終わったし、旅館をエンジョイしちゃおー!」
 ことほの明るい声が響き、メンバーは旅館へ向かい、すぐに部屋へ通された。
 食卓の専用鍋が煮え、そこに肉や野菜をくぐらせて。
 タレにつけて食べれば、食材の旨みを、隠し味の味噌が際立たせる。
 脂の濃さも程良くなり、野菜は肉と相性抜群のものを使い、いくらでも食べられそうな程にさっぱりしている。
「この旅館の料理、とても美味しいわね」
「これが人気のしゃぶしゃぶ! 気になってたんだー、美味しいね!」
 バニラとことほが感想を口にし、程なくして完食。
「食事もいいけど温泉があったら入りたいわ。ゆーっくりつかってリフレッシュね!」
「温泉もあるかなー?」
「温泉に入れそうなら1時間くらい、出たり入ったりでゆっくりするわ。食事は追加で、さっぱりしたものやスイーツをいっぱい食べるー♪」
 レイとことほは、温泉も有ることを女将から聞き、2人仲良く温泉へ。
「折角来たのだから、私は部屋でゆっくりと休んでおきたいわね」
 バニラは庭に咲く桔梗を眺めながら、休息する。
「そういえば今年の夏も凄い猛暑で、私たちも空調が無ければ乗り切れない程でしたけれど……」
 同じく、庭の桔梗を眺めていたイピナが、不意に口を開き、言葉を続けた。
「この桔梗はそんな酷暑にも負けずに花を咲かせたのですよね。そう考えると、なんだか凄いことのように思えてきませんか?」
「そうね、桔梗は綺麗なだけじゃなくて、強さも有るわね」
 イピナの問いかけに、バニラが首をゆっくりと縦に動かす。
 自分もそうでありたいと思ったかのように、バニラは桔梗を暫しじっと見つめていた。

作者:芦原クロ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年9月15日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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