晩夏の餅つき、うねうねぺったん

作者:柊透胡

 餅と言えば、冬――確かに、お正月に食べるイメージはあるけれど。
 宮城県仙台市――その和風カフェの看板メニューは、夏冬関係なく「餅」だ。
 イートインは勿論、テイクアウトもOK。1番人気は「食べ比べ餅」だ。づんだ、くるみ、ごま、しょうが、あんころ、あめ餅の中から3種類選ぶ。他にも、納豆餅、えび餅、ふすべ餅等、宮城ならでは食べ方も。イートインでは、お抹茶や日本茶が付くし、口直しに甘酸っぱい自家製カリカリ梅も嬉しい。
 午前8時――カフェでは既に朝の仕込みが始まっているが、駅の大通りから1つ2つ外れた界隈はまだ静かなもの。路地裏には人影1つ無い。
 ――――。
 晩夏の朝陽がチラチラと瞬く。まるで、金属粉のように鈍く光る『それ』が降り注いだのは――使い古された業務用小型餅つき機(高さ約150㎝)。恐らくは天寿を全うして、廃品回収されるのを待つばかりだったのだろう。
 キィネェェェッ!
 突如、けたたましい雄叫びが響き渡る。見る間にカタカタと組替えられたその姿は、両腕の杵をブンブンと振り回す――肝っ玉ロボ母さん。
 ウゥスゥゥゥッ!
 腹部の大きな臼よりうねうねもちもちと溢れ出たヨモギ色の物体は、もうもうと湯気立ち如何にも熱そうだ。
 モォチィィィッ!
 そのヨモギ色をビタンッ! カフェの裏口に叩き付けるや、勢いよく振るわれた杵がうねうねごと扉を粉砕した。
 
「えっと……餅つき機ダモクレス? まだまだ、こんなに暑いのに?」
「米どころである宮城県では、お盆の頃に餅つきをする地方もあるという話です」
 困惑の面持ちの遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796)に、慇懃に頷いて見せた都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)は、集まったケルベロス達の方に向き直る。
「定刻となりました。依頼の説明を始めましょう」
 和風カフェの外に出されていた業務用小型餅つき機が、ダモクレスになってしまう事件が発生する。
「遠野さんの懸念がヘリオンの演算にヒットしましたので、皆さんに集まって頂いた次第です……餅つき機は故障していたようですが、機械的なヒールで修繕、及び改造されてしまった模様です」
 幸いにもまだ被害は出ていないが、ダモクレスを放置すれば、多くの人々が虐殺されグラビティ・チェインを奪われてしまうだろう。
「速やかに、撃破をお願いします」
 ちなみに、見た目は『肝っ玉ロボ母さん』なダモクレスだが、腹部の臼から溢れる物体は、ヨモギ色にもちもちうねうねしている。
「攻性植物の性質も見受けられますが……ダモクレス化した原因は、金属粉のような胞子にあるようですね」
 餅つき機のダモクレス化は、和風カフェの裏手の路地裏で起こる。既に、カフェでは開店準備が始まっており、このままでは、カフェの店主や店員が襲われるだろう。
 だが、先に餅つき機を撤去するとヘリオンの演算が狂い、電化製品のダモクレス化が余所に変わってしまう。
「ですから、皆さんは路地裏で待ち構え、餅つき機がダモクレスに変身した所で迎撃して下さい」
 ダモクレスは主に両腕の杵を振り回し、臼からヨモギ色のもちもちした物体を発射する。
「ヨモギ色の物体はとても熱く、或いは、纏わりついて動きを鈍らせますのでお気を付けください」
 更には、両腕の杵を振り回して跳躍するので、杵の攻撃は後衛にも届くようだ。ヘリオンデバイスでパワーアップしたとして、油断は禁物だろう。
「ベタベタ飛び回られるのも厄介ね……そう言えば、ダモクレスやっつけたら、お茶する時間はあるかしら?」
「問題ありません。和風カフェは、9時から開店するそうです」
「やった♪ お仕事の後のお楽しみね♪」
 考え込む表情の束の間、パッと笑み零れたのは結城・美緒(ドワっこ降魔巫術士・en0015)。残暑厳しいこの頃にうんざりする一方、和菓子には目の無いお年頃(21歳)。
「じゃあ、パーフェクトな勝利とお餅の食べ比べ目指して、頑張りましょ!」


参加者
ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)
ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)
櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)
ラルバ・ライフェン(太陽のカケラ・e36610)
朱桜院・梢子(葉桜・e56552)
遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796)
メロゥ・ジョーカー(君の切り札・e86450)
 

■リプレイ

●変身! 肝っ玉ロボ母さん
「ヘリオンデバイス・機動! ――ご武運を」
 残暑も収まってきた気配の宮城県仙台市――ヘリオンデバイス起動と共に、ヘリオンから降下したケルベロス達は、まずは急いで和風カフェを目指す。
「夏のお餅屋さん、か」
 夏にお餅食べるイメージがなくてちょっと新鮮な気分だと、ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)は興味津々の面持ち。
「よーしっ、美味しい餅にありつける様に、僕がんばっちゃうぞ~」
 餅特集の頁に付箋したガイドブック片手に、色んな意味でヤル気一杯の様子だ。
「ああ、あれが」
 果たして、件の和風カフェの裏手に、使い込まれた業務用小型餅つき機が在った。首を巡らせて周辺を確認していたウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)は、残念そうに眉根を寄せる。
「きっと今まで、美味しいお餅をたくさん作って、皆を笑顔にしてきたはずなのにね」
 役割を全うした機械に、この期に及んで、恐怖や悲しみを生み出させたりはしない。
「じゃあ、ダモるのを待とうか」
「了解」
(「こういうの、ダモるって言うのか……」)
 表情乏しく頷きながら、その実、新たに若者の言葉を1つ知った櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)30歳(結構ギリギリ)、晩夏の朝。
 餅つき機がダモクレス化する午前8時まで、後30分。メロゥ・ジョーカー(君の切り札・e86450)は、早速アームドアーム・デバイスを展開する。その巨大な機械腕は、マジックアームめいた様相だ。
「これで庇いやすくとか、カフェを守りやすくなったり……しないかな?」
 ディフェンダーとしての期待だが、基本、デバイスの性能は開示された情報が全てだ。
 今回の場合、機械腕をカフェの補強作業に用いるのが、正規の使い方と言えるだろう。
「……何?」
 メロゥが作業に没頭する事暫し――空気がチラチラと瞬いたように見えて、小首を傾げた次の瞬間。
 ウゥスゥゥゥッ!
 けたたましい雄叫びが響き渡る。見る間にカタカタと組替えられたその姿は、腹部の臼もこんもりと、両腕の杵をブンブンと振り回す――肝っ玉ロボ母さん。
「朝っぱらからダモクレスも元気いっぱい、ってか」
 ニンマリと楽しそうに笑み零れ、ラルバ・ライフェン(太陽のカケラ・e36610)は勢いよくドラゴニックハンマーを担ぐ。
「この後うまい餅が待ってんだ。ここで止まってもらうぜ、肝っ玉母ちゃん!」
「肝っ玉母さんは、お店壊したりしないけれどね」
 朱桜院・梢子(葉桜・e56552)は、やれやれと言わんばかりの表情か。
「そう言えば、肝っ玉母さんはよく聞くけど、肝っ玉父さんって居ないのかしら」
 いっそお気楽に呟いたのは、遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796)。ドローンは狐耳と尻尾付きの浮き輪型ドローンを展開しながら、小首を傾げている。
「あ、このドローン、カワイイでしょ?」
「……うーん、どちらかといえば雷親父か、頑固親父? ……これも違うかしら」
 篠葉が何だか自慢げな一方で、いっそ呑気に考え込む梢子の肩を、ビハインドの葉介が後ろからポンポンと。
「なぁに、葉介? 今、私は考え事を――」
 ビタンッ!
 ヨモギ色が爆ぜるように、或いは、ゴムが弾けるように。もうもうと湯気立つうねうねもちもちが、梢子に叩き付けられる。
「あっつうぅぅ!?」
「え……あれが、創が言ってた、攻性植物の性質?」
 あっという間に戦闘開始。取り急ぎダモクレスに標準を合わせながら、ラルバは何だか嫌そうに呟く。確か、緑の触手をうにうにさせた、パフェみたいな攻性植物もいたような。
「それにしたって……粉が降り注いでダモクレス化って、ほんとに攻性植物みたいだ」
「すっごく嫌な組み合わせよね」
 あからさまに顔を顰めた結城・美緒(ドワっこ降魔巫術士・en0015)の言う通り、ダモクレスと攻性植物のミックスなんて、誰の仕業にしたって禄でもない企みだろう。
 ――有象無象の御霊よ、此処に在れ。
 初っ端から予定変更。神籬を振って、篠葉は周囲に潜む有象無象の御霊を呼び起こす。
 若干、梢子の背筋がヒンヤリ、というか寧ろゾクッとしたかもしれないが……御霊降ろしで治癒を施す御霊降臨之呪は、ヘリオンデバイスのパワーアップも相まって効果絶大だ。
「とりあえず、もう一回天寿を全うし直してもらいましょ!」

●晩夏の餅つき、うねうねぺったん
 今回の敵は、全ての攻撃が遠距離系。わざわざジェットパック・デバイスで飛行するメリットも少ないか。ケルベロス達は地に足付けて、ダモクレスと対峙する。
「まずは、敵の出方を見ないと、だな」
 ダモクレスのポジションを探る千梨。攻撃一辺倒でメディックの可能性は相当低い。梢子の火傷は、メディックのヒールで癒されたようだ。となれば、ジャマーの線は薄そうか。
(「クラッシャーは……」)
 梢子はビハインドと魂分け合う。だが、ディフェンダーという立ち位置とヘリオンデバイスによって、相当に打たれ強くはなっている。篠葉の共鳴ヒールでほぼ完治しているので、ダメージの程は傍からでは判り難い。
「キャスターも、無いな」
 眼力からして一目瞭然だったが、総攻撃を期するなら、足止めは必要だろう。
 ――――!!
 エクトプラズムを圧縮した千梨の霊弾は、案の定、ダモクレスに爆ぜた。クラッシャーの一撃は威力も高い。
「これは……」
 次いで、ウォーレンのファナティックレインボウが突き刺さる。虹纏う急降下蹴りは、確かにダモクレスの注意を引いたが、顔を顰めたのはその手応えの所為だ。
 硬い。
「ディフェンダーかぁ」
 虹ならぬ流星の煌めきと重力宿した飛び蹴りを放ちながら、ラルバも頷く。
「カフェの開店前に、片付けてしまいたいよな」
「じゃあ、服破り? スピニングドワーフなら使えるけど……」
 地裂撃の構えで、美緒は困ったように双眸を眇める。狙いを付けたとして、彼女の実戦経験では必中に遠い。
「フォーチュンスターなら使うわよ……後で」
 美緒に応じた梢子だが、ディフェンダーとして怒りを植える方を優先すべきか。同時、葉介がポルターガイストで、ビール箱をダモクレスにぶつけている。
「披露されるは手品か魔法か――さて、分かるかな?」
 にこやかに、ガネーシャパズルを組むメロゥ。カーリーレイジの命中率は、一応、定めた基準は越えている。今回はディフェンダー3名と防御に厚い編成。それぞれが敵の怒りを買えば、集中攻撃も避けられよう。
「じゃあ、特別サービス、この情報はタダで教えてあげるよ!」
 ディフェンダー2人が攻撃を繰り出す寸前――自称情報屋のヴィルフレッドが、見出した敵の死角情報を提供する。「プレゼントウィーク」自体は、オリジナルグラビティだ。ジャマーの援護は非常に心強い。
 モォチィィィッ!
 順当に怒りを植え付けられた幸い、ダモクレスはディフェンダー達をぐるりと見回し――ヨモギ色のべたべたを臼から噴出する。
「よもぎ色はしてるけど、別によもぎ餅ってわけじゃないのね、これ」
 よもぎ餅なら喜んで包まれに行くのだけど……なんて、嘯く梢子は、ベッタベタの感触にとっても厭そうだ。
「本当、つきたてのヨモギ餅だったら良かっ……熱っ」
 しみじみと頷くウォーレン。今回はベタベタトリモチ状なので火傷するには至らなかったが、千梨を庇って湯気濛々の物体を頭から被れば、体感的にはやっぱり熱い。
「お餅でもこれはやっぱり怖いかな、うん」
「というか……ダモった機器って、結構素直に叫ぶよな」
 なので、もちもち、キネキネ? と意思疎通を図ってみるも。
「ダメか……俺も孝行息子じゃないからなあ」
 ナチュラルにシカトされて、千梨は思わず苦笑を浮かべる。という訳で、不孝者らしく禁縄禁縛呪を投げてみた。
 ともあれ、今や、ダモクレスの注意はケルベロス達の方に向けられている。このまま、カフェから引き離すよう心掛けて戦えば、一般人の被害は無しで済みそうだ。
「そこのアナタ! 呪い……もとい黄金の果実とかお一つ如何ですか?」
 危うく呪いそうになって、もごもごとテイク2。篠葉が掲げた黄金の果実の聖なる……と形容するには、何か胡散臭い光がピカッと前衛を照らし、ヨモギ色のべたべたを除いていく。
「光の雨がここに降るから――ずっと僕のことだけ見ていて?」
 自らの頭上に雨を降らせたウォーレンは、煌めく魔力込めた右手でダモクレスに触れる。照り映えた天気雨の如き中、ダモクレスに齎した衝動は、駄目押しの怒り。
「もっと怒り狂っちゃえばいいよ」
 更にその怒りを深めんと、ヴィルフレッドの影の如き斬撃がジグザグに閃く。
「……え、もういけそうなのか? すごいな、ヘリオンデバイス」
 更に敵を足止めせんと轟竜砲をぶっ放したラルバは、笑顔で頷いた美緒のスピニングドワーフが確かにダモクレスを貫くのを見て、小さく口笛を吹く。
 これまでの戦闘であれば、総攻撃が可能となるまで、もう少し時間が掛かっていただろう。だが、ヘリオンデバイスによるパワーアップは、ポジションの長所をより伸ばす。
 タキシードにシルクハットと如何にも奇術師の風情のメロゥも、ハットから御業を出したりして、ケルベロス達の勢いは早々からフルスロットルだ。
「さっさと、押し切ってしまいましょ!」
 葉介の金縛りに息を合わせ、梢子の達人も斯くやの一撃は、ダモクレスの機体を硬直させる。
 ラルバも氷結の槍騎兵を繰り出せば、ウォーレンの猟犬縛鎖、メロゥのカーリレイジ、ついでに美緒の降魔真拳と、ケルベロスの追撃の度、機体がビキビキと凍結していく。少々の反撃など、篠葉の手厚いヒールが万全であるし、ヴィルフレッドも仲間のダメージに気を配っている。
 散ればぞ誘う、誘えばぞ散る――。
 圧巻は、千梨の散幻仕奉『落花』――巡らせた結界の内に御業を降せば、咲き誇るのは絢爛の桜。花は風を呼び、風は水を招く。嵐の散華が容赦なく敵を苛む。
 次々と、グラビティを炸裂させるケルベロス達。ダモクレスの打たれ強さも構わず、ガリガリと削っていく。
「呪い給え、祟り給え」
 満を持して、篠葉は晴明印を結んで呪い(又の名を、呪怨斬月)発動。
「今日の日替わり呪いは……あら嫌だ、鏡を見たらほうれい線が……!? 呪いよ! 鏡を見る度に恐れおののくといいわ!」
 まあ、敵は、見た目もロボットなダモクレスなんだけどね。
 キィネェェェッ!
 で、その理由はさて置き……怒れる杵の回転突撃は、篠葉ではなく、強かにウォーレンを打ち据えるも、盾たる体勢と防具に阻まれて痛撃には至らない。カウンターのチェーンソー剣が交錯した。
「君がここに来る情報も把握済さ……なんてね!」
 着地のタイミングで、ヴィルフレッドがけし掛けたドラゴンの残滓が機体を丸呑みすれば、いっそ快活な声が響き渡る。
「降駆・風神掌――切り刻め!」
 宿れ神風、轟き吹き抜け。風を司る御業と降魔で得た力、更にはラルバ自身のグラビティチェインを練り合わせ、両の掌から一気に放つ。傷をより深く抉る突風は、あたかも風神が起こしたかのよう。
「やっぱり巨大な杵には杵で対抗しないとね!」
 杵、もといドラゴニックハンマーが唸りを上げる。梢子のドラゴニックスマッシュが叩き付けられれば、餅つきの合いの手の如く、すかさずケイオスランサーを撃ち込む千梨。ヨモギ色のもちもちうねうねは、忽ち見るからに危険なドドメ色に。
 何だか嫌そうに、美緒がちょいと指天殺で突っつくのと対照的に、メロゥは怪しいまでに満面の笑みを浮かべている。
「さあ、君にもご協力願わせてもらうよ。ふふ、大丈夫大丈夫、遠慮しないで」
 披露するのは扇動奇術。風に乗って飛んだスカーフは、ふわりとダモクレスの杵隠してしまう。
「ほら、一切を僕に任せてくれれば、悪いようには――するかもね?」
 ワン、ツゥ、スリー! スカーフの下が呈を崩すや、露となったのは機械腕が握る何の変哲もないコイン。だが、力尽くで毟り取ったような、荒々しい破壊の跡も生々しく。
「――ちょっと強引だったかな? 次はもっとスマートにやるとしよう」
 白々しく嘯くメロゥの前で、ダモクレスは音を立てて瓦解した。

●和風カフェ「ほっぺ庵」
 斯くて、ダモクレスは壊れた餅つき機に還る。
「みんなの為に一生懸命餅つき、お疲れ様だ。ちっと手荒で悪かったけど、今度はゆっくり休んでくれよ」
 ラルバの合掌に、美緒も倣う。そうして、路地裏を片付け、ヒールをして――午前9時。
「おっもち、おっもち♪」
「せっかくだし、たくさん食うぞ!」
 戦闘が終わればおやつ大好きヴィルフレッドと、上機嫌に竜尾をぶんぶんするラルバは、早速カフェに1番乗り。
(「トースターでチンじゃないお餅とか、凄く貴重じゃないか」)
 ヴィルフレッドの注文はみたらし、くるみにごま。ハムスターが如く、もっちもちと平らげていく。
「へぇ、食べ比べ餅、いろんなのがあるんだな」
 ラルバの食べ比べ餅は、づんだとあんころ、あめ餅。
 づんだは、すり潰した枝豆を砂糖や塩で味付けした若草色の餡子。豆を打って潰すという意味の「豆打(づだ)」が訛ったのが語源という。だから、「ずんだ」ではなく「づんだ」とお品書きに書いてある。
 あんころは小豆餡で包んだ餅で全国的だが、あめ餅もづんだと同じく宮城の郷土料理だ。温めた麦芽あめに餅を入れて、黄粉を掛ける。お正月に必ず食べるとか。
「あー、つらいねー。成長期だからお餅一杯食べれちゃうー。最高ー♪」
 早速、ヴィルフレッドはづんだをお替り。ひょいぱくぱく、手も口も止まらない。
「しょっぱいのも好きだし、オレもお替りするかな」
 ヴィルフレッドの食欲に触発されたか、ラルバもそわそわとお品書きを開いた。

「ヨモギ餅はないんだね」
 ちょっぴり残念そうなウォーレン。
 ヨモギ餅は宮城の春の餅。旬の朝採りヨモギだけを使う拘りがあるようで、このカフェでは季節限定。
「じゃあ……あんころとくるみとしょうがにするよ」
 くるみ餅も、あめ餅と同じく宮城のお正月に欠かせない。すり潰したくるみに砂糖と醤油を和えた餡をお餅にたっぷりと。
 かつお節の出汁に醤油と砂糖、片栗粉でとろみをつけた餡に、おろししょうがを加えて、焼き餅に掛けたのがしょうが餅だ。熱々を召し上がれ。
「つるんとして美味しいね」
 でも、喉に詰まらせないか心配で、ゆっくりもぐもぐするウォーレン。
「……あれ。千梨さんは、づんだ餅だけ?」
「宮城は故郷でも何でも無いが、づんだ餅見ると、食いたくなるよな……」
 甘い物好きの千梨。勿論、づんだは一皿目で、あめ餅もしょうが餅も気になるけれど。
「僕のあんころ餅、半分あげるね」
 ウォーレンの誤解混じりの親切は、ありがたく頂戴する。
「代わりに、づんだを半分あげよふ」
 口福は、2人の間を等しく巡る。
「色んな味、食べられるのが良いよねー」
「暑い時に熱い茶と、餅というのも。まあ、粋かもな……」

「色々食べたいし、食べ比べ餅がいいかしら。甘いのが好きなのよね」
 という訳で、づんだ、くるみ、あんころを選択する篠葉。
「変わったのも気になるけど……やっぱり鉄板よね」
 お餅のびのび、梅カリカリ、日本茶と美味しく頂く幸せのひと時――でも、やっぱり珍しいものも気になる乙女心。
「ふすべ餅って何かしらね……?」
 「ふすべる」とは「ふしべる」の訛りで、「燻す」という意味。
 おろし大根とゴボウを、粉状に刻んだ燻しドジョウと炒め合わせ、味噌と唐辛子で味付けたたっぷりの汁に餅を入れる。
「え、辛いの?!」
 辛いです。身体が温まります。
 ちなみに、雉肉を使う地方もあるとかで、このカフェではドジョウが旬の6~7月を除いて、鶏肉を使うそうだ。
「鶏肉……」
 辛味と聞いて断念した篠葉の隣の卓で――やっぱり諦めたベジタリアンのサキュバスがいたという。

「お餅が食べられるカフェーなんてのも、あるのねえ……」
 珍しそうに見回すのも束の間。梢子はいそいそとお品書きを開く。
「やっぱりづんだは外せないわよね! あとはあんころ餅に……あめ餅も気になるわ!」
 甘いものばかりの大の甘党だ。
「あめ餅って、初めて食べたけど……この甘さがたまらないわ~」
 日本茶の渋さとカリカリ梅の酸っぱさで口をさっぱりさせて、また別の甘いお餅を頬張る楽しさ。
「ホント、よく考えてるわね、このお店!」
 嬉々とする梢子と差し向かい、葉介は納豆餅を口に運んでいる。
 納豆餅は宮城で非常にメジャーな食べ方だ。醤油を掛けた納豆の粘りに餅がよく絡み、薬味で幾らでも食べられる。
「お餅、喉に詰まらせないでね!」
 葉介を気遣いながら、梢子は3皿目に手を伸ばす。

(「人気と聞けば、食べ比べざるを得ないね! ふふ、日本茶とどれをいただこうかなぁ」)
 戦闘の時より年相応の無邪気な笑みを浮かべて、メロゥはお品書きを覗き込む。
「あんころは欲しい、あめも気になる……あとは、しょうが……いいね」
 あんころとあめは、ケルベロスにも人気の食べ方のようだ。後はづんだも。
「さっぱりと締める感じで……よしよし、これでいこう!」
 浮き浮きしたメロゥの背中越しのカウンターでは、どわっ娘がえび餅とごま餅を堪能していた。

 朝からつきたてのお餅を堪能して、ケルベロス達は鱈腹を擦って笑み零れる――ごちそうさまでした!

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年9月18日
難度:普通
参加:7人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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