千影の誕生日~ツボにはまって

作者:森高兼

 自然の息吹を感じられる森にて瞑想すること……それは綾小路・千影(がんばる地球人の巫術士・en0024)が行う修行の1つだ。
 瞑想を終えて銭湯に寄った後の帰り道で、千影はハムスターの写真が目を引く看板を見かけた。どの子達も極小のツボに収まっている。ツボの口につかまり立ちしていたり、ツボの中で丸まっていたり、最高に愛らしいったらありゃしない。
(「このような施設が付近にあったのですか」)
 『触れ合い』の文字に釣られて施設に足を運んで受付を済ませると、座布団以外が置かれていない部屋に案内された。
 施設のハムスターは基本的にお気に入りのツボから勝手に出ないらしいけど。活発な子などの安全を考慮していて施設の部屋数は相当だという。
 部屋の隅っこで正座した千影が、今日は妙に堅苦しい様子なのは修行帰りのせいかも?
 しばらくして、係員は本当にとっても小さな黄土色のツボを運んできた。
 掌に乗せてもらったツボの中を恐る恐る覗き込んでみる千影。両目に飛び込んできたのは逆さで上を向いたハムスターのおしりだった。そんな状態を目撃して心配しかけた瞬間、若干不格好な仰向け体勢になった子と目を合わせる。
「お元気そうですね」
 やっと肩の力が抜けたようで……千影の雰囲気が一気に和らいだ。そして、ハムスターと癒しの時間を過ごしていく。
 そういえば、千影は誕生日が近い。内気で引っ込み思案な人見知りの彼女だって、切欠さえあれば少し積極的になれる。人を遊びに誘うには丁度良い理由だろう。

 ケルベロスはハムスターとの触れ合い企画があることを知ると、詳細を聞くために千影の所へと訪れた。
 自身の誕生日については一言だけ触れてから、千影がおずおずと尋ねてくる。
「ハムスターに興味がありましたら……ご一緒にいかがでしょうか?」
「どうやら、千影は機会がある時にしっかりと心の休息をしてもらいたいようだな」
 千影の側に立っていたサーシャ・ライロット(黒魔のヘリオライダー・en0141)は、彼女の気持ちを補足してきた。
 千影がちょっと大袈裟に頷いて説明を続けてくる。
「施設のハムスターはお気に入りのツボが1つあります。必ず触れ合いたい方はこちらを希望してください。中にいる間は大人しいようです」
 ツボの寄付は大歓迎らしい。ちなみに、ハムスターの大きさを基準に形や模様は自由となっている。底に穴が開いていようが、反応は絶対に確かめられるのだ。お気に召さなければ返却されるのは仕方ないだろう。
「場合によっては完全に避けられてしまうかもしれませんので、それをご覚悟の上で挑戦しましょう」
 話の締めに際して、千影が真摯な表情で告げる。
「ケルベロスのお役目は大切ですが……心身の均衡を保つことも必要です。どうぞ、ご自愛してください」


■リプレイ

●ハムスター天国へ
 イベント当日は現地集合となっており、千影は施設の前で待機していた。駐車場が奥にあって意外と広いため、そこは少人数の待ち合わせには絶好の場所だ。
 火神・りた(竜医・e86254)と半沢・寝猫(天声・e06672)が一番乗りで千影に挨拶と祝辞を済ませる。
「20歳になるんですね」
「千影はんも今日から成人や」
「はい、成人になりました」
 何度も会っている寝猫と普通に会話した千影。りたとは今回でどれだけ打ち解けてくれるだろうか。
 次にやってきたのはマリオン・フォーレ(野良オラトリオ・e01022)とルル・サルティーナ(タンスとか勝手に開けるアレ・e03571)だった。
 マリオンが落ち着いた雰囲気で千影に優しく微笑みかける。
「千影さん、お誕生日おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます!」
 20歳を迎えた千影とはいえ、いきなり人見知りもとい照れ屋は解消されない。ちょっと震える子ウサギみたいになっていた。
 可愛い動物や小さい子供の好きなマリオンは、年下で幼い千影ならば抱き締めてあげたくなっていたかも?
「……ところで今日って、何日でしたっけ」
「8月30日ですっ」
 照れ屋ながらも生真面目さで質問にちゃんと答えることができる……それが千影だ。
 実は把握していた日付をルルに認識させた上で、マリオンが彼女を見やる。
「ほぅ……つまり、夏休み終了までカウントダウン待ったなし。当然、宿題なんてほとんど終わっていなければならない段階ですね?」
 表情こそ微笑なのに圧を感じるのは何故か!
 ルルは『野良ちゃん』と呼ぶマリオンの視線を逃れようと目を逸らした。その明後日の方向から勢いよく走ってくる人影を発見する。
「野良ちゃん、誰か来るよ!」
 意識も逸れて日付の事は忘却の彼方へと放り投げた。
 怪しくない人影の正体は赤星・緋色(中学生ご当地ヒーロー・e03584)である。
「綾小路さーん! お誕生日おめで……とー!」
 千影の正面を目標に定めて、緋色が高く跳び上がった。空中で回転して華麗に着地し、歯を見せるとびっきりの笑顔を炸裂させる。
「次の1年も素敵な年になりますように」
「赤星さんの1年もそうなることを願っております」
 千影は相変わらず超陽気な緋色の登場に喜びを露わにしてきた。硬かった彼女の表情が徐々に緩んでいく。
 ハムスターのいる部屋においてあんまり派手な行動は厳禁のはずだけど、まだ施設の外だ。
 施設のハムスターは基本的に誰でも触れられる。野生の本能については警戒心が強い種類すらどこかに忘れてきちゃったらしい。
 千影の緊張も程良く解けたところで……人懐っこいハムスターがいっぱいの施設に突入するとしよう。

●ケルベロス対ハムスター!?
 緋色はハムスター仕様の鮮やかな赤のタコツボを持参してきた。他には持参者がおらず、先にゴールデンハムスターの眠る黄土色のツボを預かった千影が連れ添ってくる。それから複数人用の部屋に案内された。
 出入り口が横向きのツボを置いて係員を待ちながら、緋色が千影に明るく声をかける。
「齧歯類ってだいたいかわいいよね、見た目とか動作とか。頬袋って最大でどれくらいまで大きくなるんだろうね!」
「満杯ではツボに入ることが不可能になる程でしょうか」
 ふとお互いが持っているツボを見比べてみた。一色のツボは少々地味か。
「モンスターっぽい顔が描かれた壺の方がよかったかな?」
「以前にフクロウの顔を描いたツボを持ち込んだ人がいたそうですが……」
 千影はある日の悲劇を簡潔に語ってくれた。ハムスターが近眼ゆえにツボの側面まで接近すると一目散に逃走し、最終的にツボと持ち主を完全に拒絶したとのことだ。
 ツンなハムスターの反応も可愛ければ許せる……いや、当事者からすると勘弁の意味で許されたいだろう。
 やがてメスのゴールデンハムスター『フーちゃん』が係員に連れてこられた。食べちゃいたくなるようなクリーム色の毛をしている。ちゃん付けで1つの名前になっているけど、さらに君付けしたっていい。
 徐に部屋の端っこに移動した緋色が、ツボに近づいて周囲を歩き回るフーちゃんを余所に反復横跳びを始める。
「ふははははー、さあ存分に使うがいい!」
「あ、赤星さんっ」
 おろおろする千影にはフーちゃんと一応距離をとった緋色を止められなかった。
 部屋にて高速の反復横跳びを繰り返す緋色、歯を剥き出しで激しく威嚇するフーちゃん、迂闊に動けなくてまごつく千影。
 状況が混沌としていく……!
 緋色はフーちゃんとツボの相性を確かめるために仕方なく立ち止まった。
 しばらく静寂の続いた末、フーちゃんが狭所を恋しくなってきたようにツボへと頭から突っ込む。愛らしいお尻を向けたままあっさりと眠りについた。ツボ自体はお気に召してくれたのだろう。
 ここで緋色の反復横跳びが再開されると、フーちゃんを再び刺激してしまうことになるのは言うまでもない。

●魅惑のちまっこ達
 小型のハムスターは『ドワーフハムスター』と称される。マリオンとルルの触れ合い相手になったのは世界最小というロボロフスキーハムスターの兄妹だった。
 マリオンは兄の『とろ吉』、ルルは妹の『ハムはむ』と一緒だ。
 とろ吉が白いツボの口に純白の体を同化させるように顎を乗っけてマリオンを見上げてくる。
「どうしたんですか?」
 円らな瞳のとろ吉に心を射抜かれ、マリオンは一旦何もかも忘れるぐらいに顔を綻ばせた。和まざるを得ない仕草をされちゃったらしょうがないか。
 緑色のツボの中で寝ていて起きてこないハムはむ。ツボにすっぽりと綺麗に収まっているおかげで背中の茶色い毛並だけが見えていた。
 まるで眠り姫のハムはむを誘惑するべく、ルルが準備にとりかかる。
「ハムちゃんは狭いところが好きなんだよね!」
 宿題の用紙を束にするとハムはむの大きさに合わせて丸めて、ツボの手前に即席トンネルを設置した。最後の仕上げに、係員にハムスターのおやつとしてもらったヒマワリの種を出口に1粒落とす。
「ほらハムはむちゃん、こっちだよ~!」
 まんまと大好物に釣られたハムはむは、思わずピコピコハンマーを叩きつけてしまいそうな速さでツボから頭を出してきた。ツボをよじ登って……床に落下する。その拍子に転がってトンネルに飛び込むと、紙束をクシャクシャにさせて出口に辿り着いた。
 お腹の白かったハムはむがヒマワリの種を拾い上げ、とろ吉も床に下りてきてマリオンにキャベツを渡される。兄妹は密着しておやつの時間に移った。
 ちまいハムスターのちまちまとした食事風景は最高に癒される光景かもしれない。
 不意に紙の束の真実を知り、マリオンの笑みが静かに陰っていった。2匹の邪魔をせずに食べ終わった後でルルに問いかける。
「丸めてハムはむちゃんを遊ばせていた紙の束……お姉ちゃん、7月の下旬くらいに見た記憶が有るんですけど、何ですかね……?」
「何のことでしょう?」
 またまた穏やかじゃない空気になっても動揺せずに首を傾げたルル。
「何を言われているのか、さっぱり分からない」
 それらの台詞はすっとぼける際に用いられる常套句だ。
 マリオンは全然焦っていないルルに業を煮やし、とろ吉とハムはむをツボに帰した。
「まだ焦る段階じゃないって思っていますか? 8月30に焦らなかったらいつ焦るんですか! 去年もその前の年も、更にその前も……お正月休み中に夏休みの宿題渋々片付けていたでしょうが!」
 夏休み終盤の説教が毎年恒例の家はあってもおかしくないけど。内容が内容だけにマリオンがご立腹することは当たり前で、微笑ましいやりとりと言ってしまっていいのか。
 傍の座布団をかき集めて体を覆ったルルが、残る1つを頭から被った。
「ルルじゃなくて、壺ハムです。ここにルルはいません」
 そう言い張って怒り心頭のマリオンに溜め息をつかせる。
 ツボの口に両前足を乗せて頭を覗かせながら、とろ吉とハムはむは2人の不毛な争いを眺めていた。今度は以心伝心するように顔を見合わせる。どんな気持ちを共有しているのだろうか?

●みんな仲良し
 寝猫とりたはサーシャを交えて、それぞれが触れ合いを希望したハムスター達と戯れていた。
 毛色が白と茶のぶちであるオスのゴールデンハムスター『もっちー』を直接膝に招き入れたのは寝猫だ。もっちーのツボは毛色と同じぶち模様をしている。
「かわええな」
「あぁ、そうだな」
 黒いツボの中にいる真っ黒なオスのジャンガリアンハムスター『ハム輔』の背中を撫でるサーシャ。そんな彼女の服装も黒かった。
 1つの戦いを見届けてきた千影が合流すると、寝猫が彼女に手を振る。
「たまには仕事を忘れて癒しも必要や。最近うちの家で居候しているりたさんにも、地球の文化学んでもらういい機会やろ? 色々お願いしたいんや」
「了解です。がんばります!」
 千影は両拳を握り締めて気合いを入れてきた。
 青みがある灰色の毛をしたジャンガリアンハムスター『ソータロー』の様子を窺っていたりたが、千影を横に座らせる。
「よろしくお願いします」
「は、はいっ」
 オスの『ソータロー』は青空模様のツボに籠っていた。係員の紹介によれば施設で一番の傍若無人な性格らしい。
 やや畏まりながらもりたと話をする千影に安心し、サーシャがヒマワリの種を手にする。
「私達は餌をあげるとしようか」
「おやつタイムやわ」
 ハムスター用のクッキーをもらっていた寝猫は、手乗りしてくれたもっちーに与えた。
 寝猫の掌でおすわりして、ゆっくりとクッキーを完食するもっちー。食後は彼女に膝の上へと戻され、握ろうとするように両前足を揃えて指に寄りかかって見つめてくる。
「……甘えん坊さんにゃんだばな」
 もっと構ってほしいと求められたらもふっちゃうしかなくて、寝猫は本当に心地良い柔らかさのもっちーを存分に堪能した。
 ずっと黄土色のツボで爆睡していたのんびり屋なゴールデンハムスターは『おほし様』だ。オスではあるけど、やっぱり君付けでもちゃん付けでもいい。
 おほし様の遅すぎる目覚めに気づき、千影がりたに提案してくる。
「そ、そろそろ皆さんにおやつをあげましょう」
「ソータローは素直に受け取らないでしょうか」
 ツボから出る気がないらしく、ただただ仰向けで短い両前足を伸ばしてキャベツを欲しがってくるソータロー。何という偉そうな態度だ。きっと……これまでに相当ちやほやされてきたのだろう。
「あげればいいんですね?」
 りたはソータローの要求に応じ、細かく千切ったキャベツをツボに投入した。
 結局は飲み込まないで頬袋に詰めて、ソータローが重い腰を上げたようにツボを登ろうとしてくる。然程膨らんだわけでもない頬袋がツボの口にぶつかると今一度、仰向けで大の字になってしまった。不遜な態度ここに極まれり……それが人気の秘密なのかも?
 お腹をくすぐってほしそうなソータローを、りたが遠慮なくもふる。
「地球の文化に感謝ですよ」
 小さき者に溢れんばかりの元気を分けてもらい、それを戦う気力の糧にするケルベロス達なのだった。

作者:森高兼 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年9月17日
難度:易しい
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。