竜業の牙兵らは溟鳴に吼ゆ

作者:銀條彦

●竜の弥終
 ぬばたまの夏闇に星ぼし散りばめた夜はいまだ熱気を孕み……其の空の下。
 地上のたうつ無数の影は悉く全てがニーズヘッグであった。

 ドラゴンとしての誇りを捨て、ただ貪り、そしてやがて貪られるだけの存在と化した彼らは待ち詫びた。彼らを貪るべき、竜業合体を果たした遠き同胞らの到来を。
 大阪城から破壊された地下茎を辿り、流れついたこの地でも其れだけは変わらない。
 そしてついに。
 醜悪なその大口を夏の夜闇へと向けて開閉し続けていた彼らの頭上に、忽然と。
 ――1体のドラゴンが出現したのだ。
 とはいえ、不死のはずのデウスエクスであろうともそれは屍と表現する他ないほど無惨に力枯れ、すっかりと痩せ細った状態であった。
 そんな竜の全身へ一心不乱に群がる無数の牙、牙、牙……。
 瞬く間に其の肉は同胞たるニーズヘッグらに喰いちぎられ、血すらも余さず貪り尽くされ――そして、すっかり剥き出しとなったまま散乱する骨からは新たなデウスエクス、竜牙兵が続々と生み出されてゆくのだった。

 夏闇はるか彼方、星ぼしの向こうから来たる竜の残渣――その、いやはて。
 彼らが為すべきは、やがて迎え入れる同胞達へ捧げる為の殺戮あるのみ……。

●うみ鳴り止まず
「血の海から産まれた元ブランクが、骨の山より創られしブランク達の誕生を予知に視る。さして奇縁というほどの話でもございませぬが……少し、皮肉ではありましょうか」
 タイタニアのヘリオライダー、ネイ・クレプシドラ(琅刻のヘリオライダー・en0316)は憂いに眉を寄せた後、本題を切り出した。
「さて、ケルベロスの皆さんに集まっていただいたのは他でもありません。神奈川県三浦半島南端、城ヶ島と呼ばれる地へと向かっていただきたいのです。恐らくは、私よりもずっとよくご存知な方も多いのでしょうね。 ……現在、かの地は再びドラゴン勢力の拠点と化してしまっております」
 ユグドラシル・ウォーの勝利後、大阪城から離散した各デウスエクス陣営の幾つかは既にケルベロスの手によって追討されたが、ぱったりと行方を晦ましたままの敵もまだ多く存在する。
「その中の一つ、竜十字島ゲート破壊後に地球へ取り残されたドラゴン残党は『竜業合体』との同化を選ぶか否かの方針の違いから、大きく二分されていました。今回、城ヶ島を再制圧した勢力は『竜業合体』を是とした者たち――ニーズヘッグです。彼らはユグドラシルの根を齧り続けることで集めた力によって、本星から旅立ったドラゴンの一部をこの地球へと転移させる事に成功したのです……」
 本星において『竜業合体』を果たしたドラゴン達は地球へと迫り、そのうち速度に特化したドラゴンは本隊から先行していたが、いずれも地球に辿り着く前に力を使い果たしており既に全滅済みであるらしい。
 しかしその強い執念故かコギトエルゴスム化せぬまま宇宙を漂い続けていた所を地球からニーズヘッグが発した力に導かれたのだ。
 城ヶ島再制圧と『竜業合体』果たした本星ドラゴン達の襲来。そして、たとえわずかとはいえ地球到達に成功した個体の出現という報は少なからぬ衝撃である。
 しかし事態はそれだけに留まらないのである。

「もはや生ける屍と化したドラゴンの骨すべてが、ニーズヘッグの力を注がれて竜牙兵へと変えられているのです。生まれたばかりの竜牙兵は個としてはケルベロスの皆さんにとってさして強敵では無いでしょう……しかし、とにかくその数が尋常では無いのです」
 そしてこれら竜牙兵全てが『竜業合体でやってくる同胞達の為にグラビティ・チェインを集める』というニーズヘッグの強い妄執の影響下にあり、人間の居住する街を蹂躙する為に大挙して島外への襲撃を始めようとしているのだ。
「今回、出撃していただく皆さんに討っていただく群れは計100体。城ヶ島北岸の港湾部から渡海し本土上陸をめざして彼らは進軍を開始します。グラビティ・チェイン収奪という目的が達成されるまでこの兵達が退くことは決して無いでしょう」
 多数の竜牙兵を海深くにまで逃してしまった場合、もはや追跡は困難になると予測されている。
 とはいえ、ケルベロスが1人でも彼らの視界内に姿を現せば強いグラビティ・チェインに惹かれて襲い掛かってくること確実なのでさほど心配する必要は無い。
 敵勢は5体の指揮官級の竜牙兵を中心にした5つの群れで構成されており、海を背に水際での陸上戦――城ヶ島漁港付近でその進軍を食い止める戦いとなるだろう。

「幸い、というべきなのでしょうか。城ヶ島の住人の皆さんはすでに過去の経験を活かしていち早く避難を完了させた後。人的被害に関しては最小に抑える事に成功しております」
 無人の城ヶ島は雲霞の如き湧きつづける竜牙兵にすっかり占拠された状態で、現在のままでは島のどこかに存在するであろうニーズヘッグの拠点……『ユグドラシルの根』の探索すらままならない。
「……竜牙兵も無限に湧き続ける訳では無いのだろう?」
「はい、先行し力尽きたドラゴンの数には限りがあるはずですから。竜牙兵の数を減らしてゆけばいずれは必ずや本土上陸を断念させ、『竜業合体』した本星ドラゴン達が現れるよりも先に城ヶ島の地を取り戻す事も可能でしょう」
 今回、弱兵の大軍が相手という事で支援に加わる事となったエヤミ・クロゥーエ(疫病草・en0155)からの問いに、ヘリオライダーは確信を持ってそう答えるのだった。

 そして。
 城ヶ島の夜明けの空へと発ったケルベロス達の背中へと送られたのは、ヘリオライダーの少女の激励とコマンドワード。
「ヘリオンデバイスは……決戦都市に籠められた世界中の人々からの想いは、常に、皆さんと共にあります。それでは――『ヘリオライトよ、光を』!」


参加者
レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)
立花・恵(翠の流星・e01060)
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)
千歳緑・豊(喜懼・e09097)
レンカ・ブライトナー(黒き森のウェネーフィカ・e09465)
マーク・ナイン(取り残された戦闘マシン・e21176)
ファレ・ミィド(身も心もダイナマイト・e35653)
メロゥ・ジョーカー(君の切り札・e86450)

■リプレイ

●空の黎明
 地球照に滲む細月は、いつしか、光溢れる朝焼けのうちへと溶けてゆく。

 ヘリオンから発せられた輝きを受けて実体化した8つのデバイスは、地上をめざして今、まさに降下する8人のケルベロスの元へ。
 内2つからは幾筋ものビーム光が伸び、それぞれへ飛翔機能を付与してゆく。
「Fliege hoher! これがヘリオンデバイスか。新しー力っつーのは、やっぱ気分が躍るもんだな」
 2人を擁するクラッシャーの1人、レンカ・ブライトナー(黒き森のウェネーフィカ・e09465)はいかにも魔女らしくメカ箒に跨りながら、新たなる力の初行使に昂揚する。
 箒から伸びるコードは彼女が背中に掛けられたジェットパック・デバイスへと接続されており、変わり種の背負い式掃除機を思わせるデザイン。
 一方もう1機のジェットパックの形状にはごく標準的なものが選択されていたが竜派ドラゴニアンの翼を阻害しない為かややほっそりとした流線型。
「立花殿、各隊指揮官級の確認を!」
 レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)がそう促した立花・恵(翠の流星・e01060)は唯一のゴッドサイトデバイス装着者であり、降下開始から接敵迄のごくわずかな時間とはいえ優れたその索敵機能を活かさない手は無いと判断したのである。
 やや中性的な細面を強化ゴーグルで覆った恵の『眼』はまず、確かに横並びではあるが敵5隊の内で中央に位置する部隊の進撃速度が最も速く、僅かに突出しつつある様であった。
 その後も指揮官級竜牙兵5体の配置と各使用武器に関する情報のみに絞った恵からの報告が他のケルベロス達にも周知されてゆく。
 彼らの判断は正しく、敵味方合わせて百を超す戦力情報全てをいちいち処理分析していたのではおそらく非戦闘状態の解除までに間に合わなかっただろう。
「できるだけ一部隊ずつ相手をしたいところだけれど……他もまったくの放置というわけにもいかないからね」
 デウスエクスの軍勢の前では時間稼ぎにもならぬであろう事は百も承知。
 それでも万が一の際には何らかの助けには出来るかもしれないと配慮したメリュジーヌの少女によって海上へ配備されたトランプカードは、レスキュードローン・デバイスだ。
 女マジシャンにして勝負師は捨て札を惜しまない。
「まァ、せいぜいアノ貧相な鼻先かすめてド派手に飛んで誘い込んでヤろーゼ!」
 ひらりと軌道を変えたメロゥ・ジョーカー(君の切り札・e86450)と声交わし、キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)は各々に散開しての旋回飛行で左右の敵隊を惹き付ける。
 急停止とまでは至らぬとも敵の進軍速度は大幅に鈍り始めたのだった。

 きらめく朝の眩さに染まる大空を背に。
 ケルベロスの殆どは各ポジション特性を保持しての空戦を選んでいた。
 予知された敵武器は3種いずれも近接射程を含むものばかりである為、ケルベロスの大半が飛行状態を保つことで敵の攻撃技や攻撃先に制限を加え得るのである。
 そして……例外的にデバイス牽引を受けず城ヶ島の大地を踏む事選んだ2名は、いずれも堅守誇るディフェンダーである。

「――敵部隊接近。SYSTEM COMBAT MODE」
 宣戦布告と呼ぶにはあまりにも機械的で抑揚に欠けた一声の後、マーク・ナイン(取り残された戦闘マシン・e21176)は瞬時にナパームミサイルの一斉掃射へと移行する。
 潮風散らす爆風に煽られながら仁王立ちのファレ・ミィド(身も心もダイナマイト・e35653)は常よりいっそう禍々しくも妖艶なる戦装束纏うアルティメットモードで、はちきれんばかりな乳もとい存在感。
「さあみんな、やっておしm……じゃなくて、私に続け!」
 ノリと場の勢いに流され、ついつい竜牙兵の側を率いた方がお似合いな悪の女幹部的号令をあげかけたファレだったが……寸での処で(?)我に返ると改めて勇ましく檄を飛ばしたのだった。

●汀の怒涛
 戦端が開かれると同時、狙い定めたケルベロスの猛攻が一斉に火を噴く。
「デバイスのパワーを試させてもらおーか。キヒヒ……『的』は大量にあるからな」
 ぽぉんと弾けるように飛んだ箒の上でほくそ笑んだ魔女はトランスにも似た精神集中の後に今日の『童話』を紐解いた。
 ――Sag mal……(貴方達は私に教えてくれる?)
 魔女が自らへ魔法を掛ければ、次の瞬間、其処に顕れたのは全くの別人の冷たき眼差し。
 雪の女王の登場である。
 ゆったりと箒に腰かけて、高みよりの『廃忘誘う氷晶の瞳(フェアローレネス・シュネーケニギン)』の一瞥は、竜の骨の兵隊の心臓めがけて次々と氷杭を打ち込んでゆく。
「まぁたうじゃうじゃと湧いたモンだネ。その執念にゃ恐れ入るが……」
 堅く握られた杖。笑う声の軽やかさの陰に折り重なる、秘められた決意。
 つい先の降下時に高空から垣間見た景色が、偽骸に覆い隠されたキソラの脳裡を過ぎる。
 吼え狂う竜の骸の大軍が向かう先へと視線を落とせば、城ヶ島漁港から海を挟んですぐ、そこはもう対岸の三崎漁港――本土が広がっていたのだ。
「――通すワケにゃいかねぇンだよ」
 燃え盛る殺気は壮麗たる業炎と化してみるみると戦列を呑み込んでゆく。

 簒奪者の鎌か攻性植物の二刀流である以外、武装にも外見にもこれといった目立つ特徴の無い指揮官級はともすれば敵群に埋没することもしばしば。
 だが、先に告げられた初期位置付近をケルベロスの眼力で注視すれば、他より抜きん出て高いその性能は別格で自ずと区別もついてくる。
「あっはっはっはっはっはっはっ! さっさと、くたばりなっ!!」
 朝陽に輝く海を背に。
 絶好調な高笑いとともに炸裂したファレの美脚はファミリアシュートを射出する。
 魅惑に褐色な太腿と呼応するかの様に躍り出た一陣の黒靄は、体勢を大きく崩された竜牙兵へと絡み付いて名状し難き呪いじみた傷痕を幾筋も刻み込み……程なくして無へと帰す。
「デウスエクスは不死の存在だが……ふむ。これは生まれ変わったとでもみるべきなのかな?」
 内蔵のミサイルポッドから一斉発射されたミサイル群が中衛列へと降り注ぎ、薙ぎ払う。
 自らが巻き起こした爆風の余波を瞬きひとつせず浴びながら、千歳緑・豊(喜懼・e09097)は竜牙兵というデウスエクス種族について改めて思考する。
「其の献身に……此の地獄より、裏切り者からの敬意を」
 一体一体の弱兵ぶりにはやはり落胆を禁じえなかったが、それでも老レプリカントは下等種と彼らをただ見下す気にもあまりなれずにいた。

 竜牙兵を生み出したニーズヘッグがそうであったように、彼ら竜牙兵らもまた殆どが知能低くその侵攻も本能に突き動かされるのみであった。
 それでも指揮官級と呼ばれた個体が健在である間は統率と呼べるものが存在している。
 初手から半壊状態に陥ったがそれでもケルベロスに対して数の優位を保つ前中衛にはまず敵後列から次々ヒールが注がれ、そして物量恃みの反撃が始まる。
 ケルベロスめがけ、最前列から暗き闘気発する骨の拳が繰り出され、その後背からは鋭き鎌刃が振るわれる。
 一撃一打ずつはケルベロスにとって躱すこと容易な拙攻。だがマグレ当たりもその軽傷も十と重なれば軽視できるものでは無い。
「たまには陣頭に立つのもいいものね」
 ブラックウィザードであるファレは此処まで、どちらかといえば後方に立って闘う機会の方が多く、異なる戦術・異なる視界の新鮮さを味わうようにしながらの攻守。
 我が身を盾として猛攻を捌き、押し返す彼女のディフェンダーぶりは何ら危なげなく、大いに味方を鼓舞し続ける。
 同じくディフェンダーを務めるマークの堅守もまた上空の味方を……殊にメロゥを除けば体力劣る者も多いメディックを庇い護る戦果めざましく。
 ブースターをフルに噴かせ、肩部の側面防御装甲を押し立ててあらゆるグラビティ攻撃を遮断する奮迅はさながら人型の移動要塞さえ連想させた。
『敵性存在……残九十一』
 レプリカントに内蔵された戦術AIが淡々と戦況を告げ――戦闘は激化の一途を辿る。

●地の濤声
 かつては究極の戦闘種族、個体最強のデウスエクスと謳われたドラゴン種族の進化はそも本星の荒廃に端を発する。
 流浪の果て、城ヶ島の地で今繰り広げられる種の存続をかけた足掻きが弱兵による侵掠を選ばせたのは皮肉だがそれもまた生命の有り様。
「ここに身命を賭したか……けれど、悪いね。賭事には僕も自信があるんだ。全て残らず、糧としていただいていくよ」
 形振りかまわぬこの姿勢こそが彼らを永く最強たらしめたのだ、と。
 メロゥの紅眸に刹那浮かんだ畏敬とも憐憫ともつかぬ感情は、瞬きののち、不敵な怜悧へと取って変わっていた。
 マジシャンハットのつばを抓んで、まずは華麗かつ慇懃な一礼の後。
 脱いだ帽子をくるりと返せば、たちまち巻き起こった疾風が埋葬形態と化した攻性植物使いの指揮官級による広域侵食を押し返す。
 マント翻しオーラの翼覗かせて起こったそれはメリジューヌの鎮めの風であったが、蛇の下半身は未だ秘められたまま。
 遅れて仲間からの指示に従い、エヤミ・クロゥーエ(疫病草・en0155)も縛霊手の祭壇部から多くの紙兵を飛散させる。
 備わる霊的守護がケルベロス達に治癒と状態異常耐性を齎してゆく。
 朝空けてまだ程無い空を翔ける戦士達と、それを護り、あるいは癒す戦士達。
「……防衛線を突破する竜牙兵は出ていないようですね。ならば、引き続き回復支援を」
「君まで来てくれていたとは。頼もしいかぎりだよ、アルシク君」
 清浄たる輝きに透く翼を広げたヴァルキュリアの知己へ、さらにその頭上を飛ぶレプリカントが声を掛ける。
 ヘリオンデバイスは無くともバラフィール・アルシクからのサポートは、黒毛のウイングキャット・カッツェともども戦線を善く下支えし続けてくれている。
 初老紳士の佇まいの内側でもうすっかりと『優しさ』を地獄化させている豊といえども、そんな彼女に対する口調は自然と柔らかなものとなった。
 しかし再び急上昇して頭を廻らせ、眼下に蠢く敵列の中から特に傷深い敵兵を探しあてて『走狗』のターゲットと定めるやあっけなく噛み砕かせた彼の笑みは、まるでひとでなしのピクニックの風情だ。
「こういった戦闘も楽しいよね。実力の差があっても、油断ならない」
 百体の兵擁した敵群はすでに半ば近くまでが倒れ、戦いの優位は常にケルベロスの側へと保たれていた。

「ほら、グラビティ・チェインが欲しーんだろ? 浅ましく群がって来いよ。まとめて面倒見てやるぜ……Kommen Sie!」
 鮮やかな『赤』に彩られた爪先を踊らせて。
 扇情的なまでに挑発煽る手招きの動作とともに、レンカの箒が、また貪欲たる軍勢の頭上を円く大きく掃いた。
 新たな攻撃目標と定められた敵列の、ほうぼうから幾重にも広がる毒の枝根や漆黒の気咬が魔女へと殺到するもその殆どはひらりひらりと曲乗りのように回避され、ごく僅かな直撃弾も肉壁として立ちふさがるファレやマークががっちりと受け止めて叩き落とす。
「奏でよ、奪われしものの声を」
 其れはまるで地の底から響いたが如く重厚たる詠唱。
 レーグルの巨大縛霊手に覆われた両腕から噴き上がる地獄の炎が二刀の竜牙兵を襲う。
 黒き人竜から解き放たれた『詛奏(ウケワシゲニカナデ)』は、不死たる竜共の妄執ごと全てを灼き払わんと呪詛を遺す。

 隊を率いるその竜牙兵はすっかりと黒き蔓と赤き蔓を取り込んでおり、第3第4の腕としてその力を我が物としていた。
 抜きん出た戦闘力を発揮する指揮官級は、だが、その外見はまるで野晒しのままうち棄てられた亡骸を思わせて何処か憐れを誘う敵。
 仕掛けたのは、恵とキソラがほぼ同時であった。
「そんな姿になってまで地球に来るなんて、執念深いもんだ。けど、悪いけどこれ以上地球の土は汚させないぜ。俺達ケルベロスが来たんだからな!」
 ここまでに度重なった列攻撃の幾つかは盾役の竜牙兵の犠牲と引き換えにしながらもなお負傷防げぬ指揮官級へと突きつけられた恵のリボルバー。
 弾丸に代わって発射されたサイコフォースはさながら散弾銃の威力で右の肩骨から下を粉々に砕き落とした。
「アツいねェ。ンじゃ、トドメだ。そらよっと」
 へらりと浮かんだ一笑。いかにも軽薄な物言いでありながら、死角からの肉薄で畳み掛けるキソラの体捌きには一片たりと緩みは無い。
 ――なれのはてだろうが搾りカスだろうが、これもまた『竜』。
 ならば欠片たりと見逃さぬ滅殺をと大上段から振り下ろされた『残骨』の一閃は、氷結の軌跡描いて指揮官級を両断する重き二の太刀いらずと為る。
「……ま、全文同意なンだケドな」

 今はまだ平穏ばかりを湛える、凪の波音が背に響く。
 番犬達の激闘は、眼前にまで迫る地鳴りをそのまま海鳴りとせぬ為に……。

●払暁の海
「光に包まれ、影に消えろ!」
「随分と『的』の数も減っちまったが……それならぜんぶ凍っちまえ!」
 恵の銃口からばら撒かれた『サンダンス・ミラージュイクリプス』が最後の敵部隊を混乱に陥れ、『雪の女王』として精霊達を支配したレンカは氷河期の吹雪で真白く均す。
 戦場に吼ゆる声は、もはや、地獄の番犬から発せられるばかり。
 終始手厚く維持されて来た癒し手ももはや要らぬとばかりメディックらも次々と攻め手へと転じる。
「さぁさぁご注目あれ、今日も楽しい手品の時間だよ!」
 奇術師の陽気な口上。指を鳴らせばたちまちに。
 残り少ないギャラリーの為にと披露されたメロゥの『扇動奇術:君が選んだ昇り札(ライジングカード)』は、唐突に、体内から飛び出すギロチンと化して双鎌の竜牙兵の首を刎ね飛ばす。
「――おや、種が知りたいって? まいったな、そんなものあったっけ」

 朝焼けは何処までも明るくあかく、その空の下。牙の軍勢のいやはて。
 ただ本能に突き動かされるまま前を……同胞に捧げるべきグラビティ・チェインの収奪だけを目指して、退きも逃げもせぬ竜牙兵達の悲願は果たされること無く。
 この城ヶ島の港で完膚なきまでに潰える事となる。
「ENEMY DOWN――」
 極限まで最適化された戦闘マシンと化し盾役としての奮戦続けて来たマークの声とXMAF-17A/9の砲撃が、今度は、戦いの幕引きを告げるように最後の竜牙兵を粉砕する。
 こうして、一兵たりと島外へ逃すことなく計100体の牙の兵士のすべてが人命ひとつたりと殺す事も神命ひとつたりと竜に捧げられる事すら許されぬまま、見事ケルベロス達の牙によって砕かれたのである。

 再びこの空域に迎えのヘリオンが舞い戻る迄の間、被害箇所へヒール修復しておこうとのファレの提案を受け、港湾施設はときに幻想を帯びながらみるみると復旧されてゆく。
「あー、それにしてもドラゴンって強力な癖にやたらと自己犠牲の精神が強いわよね。ノブレスオブなんとかって奴なのかしらね? 何度も巻き込まれる城ヶ島の方は堪ったモンじゃないけど」
「だな……城ヶ島は制圧、奪還の繰り返しになっちまってる。なんとか平和を戻してやんないとな……」
 ヒールグラビティの無い恵は、やや手持ち無沙汰な様子で愛銃をガンスピンさせてホルスターへと収めた後は、念の為にとゴッドサイトデバイスで再び偵察を試みるが、少なくとも効果範囲内にはもはや味方しか存在しない様だった。
 それでもこの『おはなし』はめでたしめでたしだとレンカが笑えば、芝居っけたっぷりに頷き微笑んだメロゥのシルクハットから飛びたった蝶の群れが、ひび割れたアスファルトを無傷のそれにと摩り替える。

 生きる為、護る為、取り戻す為、そして――闘い望むが故の戦い。
 其々の想い抱え、終わりなき地獄の番犬達の闘争はこれからも続くのだろう。
 だが……今しばしの間、穏やかな蒼穹と潮騒とに包まれて彼らは憩うのであった。

作者:銀條彦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年9月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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