美神雁

作者:東公彦

 海にきたことに理由はなかった。本当に。少なくとも水着の女の子を見に来たわけではない、絶対に。
 柄倉・清春(あなたのうまれた日・e85251)は美しいコバルトブルーの波を前に心中ひとりごちた。浜辺を吹き抜ける風は爽やかで、空と海は水平線にわかたれず一繋がりに続く、絶好の海水浴日和といえた。しかし。
「誰もいねぇ……。このビーチってこんなに過疎ってたか?」
 雑誌で特集を組まれる程度の知名度はあったはずだが。考えるも束の間、砂を踏む音が聞こえてきて、清春はゆっくりと振り向いた。
 いきなり水着の女性を凝視めるのは失礼にあたる。まずは足元から、ゆっくりと視線を上げてゆくのが男のマナーだ。……彼の中では。
 ボルドーのペディキュアに彩られた細い指と足首、すらりと伸びる脚線美。丸みを帯びて引き締まったヒップラインをビキニパンツが覆っている。一糸纏わぬ大胆にさらけ出した胸元から視線をあげれば青々とした羽毛が――。
「って変態じゃねぇか! 太陽が昇ってる時間から歩いてんじゃねぇよ」
「ふんっ、失敬な。ビーチで脱いでいないアナタの方が変態でしょう」
 一理はある。のだが、半裸でモデル立ちをするビルシャナが言葉にする時点で、論理も倫理も崩壊しているように思われた。
「つきまとわれる謂れはねぇがな」
 静かに身構える清春。するとビルシャナが唐突に声にした。
「お前は美しい……」
「けっ、鳥野郎に言われても嬉しく」
「知り合いが多い」
「てめ、ぶっ殺すぞ!」
「ふははは、笑止ですね」
 鳥頭が高らかに笑った。「アタシが頭を垂れるのはアタシよりも美しい者のみ。アタシが月ならアナタはフナ虫がいいところ……図にのらないことです!」
「――っ!?」
 清春は思わず愕然とした。ペレット・扇・ヒンデンブルグが一瞬のうちに姿を消したからだ。目で追う事すら出来なかった。
 そしてペレットは、隙だらけの清春に手をかけて……。
「さぁ、脱ぎなさい」
「え?」
 服を脱がせにかかった。


「えーと、柄倉・清春さんがデウスエクスの襲撃を受けるみたい……だね?」
 正太郎の声は戸惑いに満ちていた。さもあろう、状況が状況である。
「狙われた理由は『美しい知り合いが多いから』ってことみたいだけど……その辺りは清春さんの情報に期待した方がいいかもしれないね。僕らが手にしているのは、敵のちょっとした情報――つまりは外見や特徴くらいのものだからね」
 正太郎の視線が卓上に注がれた。つられてケルベロス達もうろんげな視線を投げる。一枚の写真には半裸のビルシャナが写っていた。正太郎は苦笑いを浮かべる。
「個体の名前はペレット・扇・ヒンデンブルグ。戦闘能力は未知数だけれど、予知ではケルベロスでも見切れないほど速く動いていたから相当に俊敏なんだと思う。ただ弱点というか特性というか……個体は自分の美しさに絶対の自信を持っているみたいで、そこを突けば大幅な弱体化がはかれるみたいなんだ。周囲は浜辺で拓けているし、人もいないから避難は不要、色々と試してみることが出来ると思うよ」
 とはいえ過激すぎるものはダメだよ? 念のためと一言を添えて。
「どういう戦いになるか予測はつかないけれど……その、なんていうか、頑張ってきてね。ああ、あと――服の下には水着を着ていった方がいいかもしれないね」
 正太郎は同情するような目線を投げ、含みのある言い回しで告げた。そして鈍い足取りでヘリオンに乗り込むのだった。


参加者
セレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)
大弓・言葉(花冠に棘・e00431)
エヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)
朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)
モヱ・スラッシュシップ(あなたとすごす日・e36624)
エリザベス・ナイツ(焔姫・e45135)
グラハ・ラジャシック(我濁濫悪・e50382)
柄倉・清春(あなたのうまれた日・e85251)

■リプレイ

「ちょぉぉっと待ったー!」
 白い砂浜に響く声。ペレットが手を止めた。
「む、何奴ですか」
「私は柄ぽんくんの美しい知り合い、大弓・言葉(花冠に棘・e00431)ちゃんよ!」
 称号まで含めて可愛い自分と言わんばかり口上をあげて、言葉は「とぉっ」と掛け声ひとつ。華麗に浜辺に飛び降りた。
「ふっ、笑止。私と張り合うのに服を着ているとは……」
「それは勘違いなのよ。服はね、脱ぐためにあるの!」
 そして、バッと服を脱ぎ去った。男ならば鼻息を荒くするような場面なのだが、肝心な部分は見えない――どころか眩いばかりの光が体中に飾ったアクセサリー類に乱反射し、身体はおろか周囲の景色さえも白く染め上げていた。
「このために水着を新調してきたのよ! ちょっと攻めちゃったのっ」
「うわわ、なんにも見えないよーっ」
「もー、美しすぎて見てられないなんて、エヴァリーナちゃん褒めすぎなの~」
 そんなことを言ってしなを作る。どうやら言葉の言語中枢には強力な変換装置がついているようである。とにかくエヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)はナイター照明さながらの言葉を手探りで掴まえた。
「大弓ちゃんダメだよ、こんなにゴテゴテしてたらむしろ魅力を損なっちゃうよー! お洋服ならいーっぱい持ってきたから。ほらほら~っ」
「きゃーっ、このミニワンピKAWAII~!」
「でしょぉ、絶対似合うから一度だけ着てみてっ」
「あなた達、何しに来たのですか……」
 着飾る美しさを説く。はずが仕事そっちのけでファッションショーを始めだしている。ケルベロス達の着替えも大変地味な形でいつの間にやら終わっていた。
「ま、まぁ人数が揃や楽勝だろ。おい変態鳥、美を知りてぇなら教えてやるよ!」
 柄倉・清春(あなたのうまれた日・e85251)はモヱ・スラッシュシップ(あなたとすごす日・e36624)を抱き寄せた。剥きだしの肌に触れて――押し寄せる煩悩に抗う。
 鎮まれー鎮まれー。暴走すんなよオレ。
 一方で厚い胸板に顔を埋める形となって途端、モヱの心臓が早鐘をうった。
 嗚呼、それにしても良い胸板デス。これを一人で独占するのは罪というもの。どこかに細身な殿方はいないものでショウカ……。押しくらむはペレットの鳥頭でございマスネ、あれさえなければ少々軽率ですが柄倉氏の胸をお貸しするくらいのことは……。
 恋人に求められ呼応する愛情と己の性(さが)の間で揺れる心、全く似た者な二人だ。
「深い海の穏やかな瞳、芯に温もりを秘めた機械の腕、白く滑らかな肌……」
「ですがもう三十路――」
 その瞬間、二つのグラビティが浜辺に炸裂した。
「ああああっっぶないでしょうが!」
「フフフ。消滅する覚悟はよいデスカ」
「あらあら、お茶目さんね。かくいう私も体が勝手に動いてしまったわ」
 モヱとセレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)の眼は少しも笑っていなかった。刺すような殺気にさしものペレットも口を噤んだ。窺い知ることすらできない闇へと繋がる穴に自ら身を投げることはないのだ。私も、しいて言及はしない。
「そもそも一人で美しさを極めようとは滑稽千万。これをご覧になってくださいマセ」
 モヱが掌にホログラムを映しだす。半裸の男性が抱き合っている映像だ。相撲を進化させた耽美なスポーツか何かだろうか? しいて言及はしない。
「相手なくば成立しない、そんな美しさも」
「そ、それは三田クロス先生の新刊、どこで入手を!?」
「え、あ…ハイ。即売会が軒並み延期・中止という憂き目を見ておりますので、やはり近年大きなシェアを占めるネットでの――」
「すっきゃありゃぁぁぁ!!」
 雄叫びをあげながらペレットが足払いをかけた。気づいた時にはもう遅い。文字通り足元を掬われる形で、近くにいた清春にしなだれかかり重なるように倒れこんだ。
 ……グラハ・ラジャシック(我濁濫悪・e50382)が。
「なんでだよ! つーかくっつくんじゃねぇよ、気色悪い」
「てめぇこそ、あんなん避けられんだろ。鼻の下ばっかのばしてんじゃねぇよ」
「んだとゴラァ!」
 清春が掴みかかるような勢いで返す。と、グラハは犬歯をむき出しに。
「他のやつを見んなよ。――と小さく呟いた。清春の耳にだけ届くように込められた想い、嫉妬というありきたりな感情は裏返せば愛情の発露である。その意味するところに気づいた二人を……」
「おいモヱっ。人の心情を捏造すんじゃねえ!」
「ふふふ、無駄ですよ」
 ペレットが言った。「どこぞのマスターも処女作は夢小説といいます……限りなく膨張を続ける妄想はどこかへ吐きだすしかない。彼女は少なくともあと3ターン――もとい3分は妄想世界から帰ってこられないでしょうね」
「だったら、今度は僕の出番だね!」
 苦しい戦況を切り裂くように、エリザベス・ナイツ(焔姫・e45135)が叫んだ。普段の彼女からは想像もつかない芝居がかった言い回しだ。身にまとう軍服は中世貴族のそれである。
 エリザベスは白馬の手綱を握り――彼女のなかにおいて王子様=白馬の法則は絶対なのである――馬上で剣を引き抜いた。
「ふふ、美しさとは力さ。手折られるだけの花は醜いからね。しかし力任せではあまりに下品。そこで!」
 鞭のように腕が振るわれれば、研ぎ澄まされた剣が海面から突き出た岩礁をバターのように切り裂いた。
「女の美しさと男の力強さを具えた男装。どうかな、魅力的でしょう?」
 しかし――予想していた喝采はなく、エリザベスは首を傾げた。なぜだろう? いや当然である。
「その体で男装は無理があるでしょう!!」
 その場にいた全員の気持ちをペレットが代弁した。大胆な踏み込みで接近し、素早く彼女の服だけを攫う。脅威(胸囲とも言える)の圧から解放された軍服が飛ばされて……朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)の手元に落ちた。環に脅威がないと判断したのだろうか? 私ではない、これはあくまで軍服や馬の私見である。
「ちょっと――きゃぁぁぁ」
「ふっ、男はきゃぁなんて言わないですよ」
「くっ、どうしてダメだったのかしら」
 水着姿のエリザベスだけが理解できずひとりごちた。
「ああ、エリザの男装は完璧だったはずだ。どうも想像以上に手強い相手のようだな」
 訂正しよう。二人いた。しきりに首を捻りながらもハルは刀を抜くことは出来なかった。万が一、軌道が逸れてあの小さな布面積の一端でも切ろうものなら……もはや我々は立ち上がれまい。
 だからこそ新たな美を見せつけて弱体化を図らねばならない!
 環は非常に失礼極まりない軍服を叩きつけると、びっと指を立てた。

●みんなにあってないものなーんだ
「人間と動物の違いは妄想力! 見えないからこそ逞しく想像する余地が生まれるんじゃないでしょうか。その隙間には好きなものを詰め込み放題、食べ放題。どうです、ロマンがあると思いませんか?」
 環が軽快に足を運ぶたび、誘うようにワンピースが揺れる。時に太腿まで露わにさせる悪戯な風は、少女の魅力を十分に引き出していた。
「何を言いますか。私だってこの通りっ、パンツを履いていますよ!」
「そ、それは最低限の布地じゃないですか!」
「またまた。見えないからこそ想像したくなるでしょう? この下を」
 一瞬の沈黙の後に。
「――ぐっふ。目が、目がぁ……!?」
 日常的に培ってきた妄想力が裏目に出た。極めて精確に再現されたペレットの全裸は、彼女の視神経をずたずたに引き裂いた。
 グルーミングの猫よろしく、環は顔を覆ってゴロンゴロンと転げまわる。
「それにそんなことは、そこの痴女達に言いなさい!」
「誰が痴女だー!」
 ムキになって水着姿のベルベットが反駁した。胸部を覆うのはたった数本の蔦で、今にもこぼれ落ちそうなそれを隠すにはあまりにも心もとない。
「胸だけで判断すんなー。こっちだってデカくなりたくてなったんじゃないやいっ」
「ぅぐ……」
 ドスっ。突き刺さった言葉にうめく。
「そ、そうよ。大きすぎても困ることいっぱいなんだからっ。小さい人が羨ましいもん!」
 ドスドスドスッ。大きく弾む胸と共に放たれたエリザベスの主張が環の堅い胸をいとも容易く貫いてゆく。二人とも情け容赦なし。
「あははは、いっそ殺してください」
「どーしたの環ちゃん!?」
「環さん、大丈夫?」
 右のスイカと左のメロンに挟まれる。旬の時期だからってそんなに大きく育たなくていーんですよ、コノヤロー。
「どうせ私は迷子センターに案内されたあげく。お母さんと離れたのかな、ボク。とか言われるナチュラル男装女ですよ、へへへ……」
「ふふふ、やはりアタシの美しさに敵う者など……」
「ここは美しい知り合い、その2の出番ね」
 陽気な夏の空の下に冷たい風が吹いた。冗談めかして言ったセレスティンの周囲だけやけに温度が低い。汗ひとつかかず、まとめあげた濃藍の髪をなびかせて朱い唇が開いた。
「肉体の美しさは不変ではないわ。老いて腐っていくばかり……。肉体という小さな器に縛られているあなたが真の美とは笑わせてくれるわね」
「……さっきは齢のことでグラビティぶちかましてたのにな」
「ガデッサ、女装いきね」
「きゃぅん!」
 有無をいわさぬ件の微笑が咲く。ガデッサは蛇に睨まれた蛙よろしく化石した。こほん、咳払い一つしてセレスティンは続けた。
「死者の声は真実のみを語り、その魂ほど純真なものはないわ。死んでくれればあなたをより美しく永遠の存在にしてあげるわよ、どうかしら?」
「ま、間に合ってますよ。デウスエクスですし」
「あら、あんなにお友達も呼んでいるのに……残念ね」
 セレスティンが遠く海へ視線をおくった。そこには誰もいない、何もない。ただ波が泡立ち、打ち寄せては戻るだけである。
 しかしセレスティンは艶然と微笑を貼りつけたまま、にっこりとして手を振っている。彼女にしか見えないナニカがいるのだろう、それはたぶん余人には見えてはいけないものだ。
「こ、こういう人は苦手ですよ!」
 美しい云々の問題ではない。点灯する命の危険信号にペレットは身軽な動作で後ずさった。どうも説得としての効果はなかったらしい。
「このビルシャナ――強いっ!」
 言葉は額の汗を拭った。仲間達は次々と戦闘不能にされてゆく。主に身内によって。
 なにより言葉ちゃんの可愛さが通用しないなんて驚きなの! そしてどうして私は今年のうちにあと何度着るかわからない洋服をこんな大量に買ってしまったの!?
 積み上げられた洋服の山からぶーちゃんが這い出ようともがいていた。もはや半裸の変態を片づけるよりも急務である。だが家のどこにもそんなスペースはない。
「もう、おしまいなの……」
「諦めないで!」
 聞き覚えのある声に言葉はハッとして顔をあげた。
「瀬入く……」
 そして助っ人の姿を見た瞬間に悟ったのである。自分達は開いてはならないヴァルハラの門を開けてしまったのだと。

●女装の深淵
 当初は抵抗する声も聞こえていた。それは徐々に弱々しくなってゆき、ついに途絶えた。ペレットはケルベロス達を待っていた。相手の秘策とやらも叩き潰してこその美。小細工など弄する必要もない。
「鳥さんお待たせー」
 息を弾ませてエヴァリーナがやってきた。「これから鳥さんを新しい世界に連れてってあげるよ」
「ふっ、前置きは結構。とっとと始めなさい」
 するとエヴァリーナはにこりと笑って言った。
「憶えておいてね鳥さん。当ブランド『Vene Havfrue』のキャッチコピーは、女の子は恋して泳ぐ人魚姫。この世すべての女の子――ううん、男の子にだってビューティー&キュートへと歩き出す人魚姫の魔法を授けるんだよ!!」
 バッと即応の緞帳が取り払われた。
「どーですか! これが女装男子推進委員会、一桁会員の本気です!!」
 環がえへんと胸を張ってバッチを誇示した。王道邪道を問わずメイクの技術と多彩な小道具を駆使して完成させた男の娘達はキワモノ扱いの女装ではなく、完成された第三の性別といっても過言ではない本物の美しさを具えていた。
「色白のガデッサさんはガーリーの鉄板、花柄ワンピで乙女推し! 小物まで揃えたお姫様コーデで決めたよ」
「Cute!」
「グラハさんは褐色だから、イエロー地のスカンツで大胆に色合わせ。ティアードのフレアトップスで可愛さのなかに大人をアピール! これぞビーチのお嬢様だね」
「elegant!!」
「柄倉さんはフリルブラウスとハイウェストのデニムスカートで足魅せーっ。スニーカーのカジュアル感が小麦色の肌に似合うでしょ!」
「b…beautiful!!!」
 ペレットが膝をつき崩れ落ちた。「ま、まさかこんな世界がっ……」
「そして皆さん王子様と結ばれるわけでございマスネ。エヴァリーナ氏、環氏、あなた達はとんでもないものを盗んでいき――あ、オイルでそうデス」
「敵の動きが鈍ってる。さぁ今よ、柄ぽんさん!」
「おぉよっ!」
 清春は意気をあげて――不意に動きを止めた。顔が引き攣っている。
「おい、どうしやがった柄倉!」
 煮え切らない態度にグラハが問いかける。と。
「下手に動いたら見えちまうだろーが!」
 グラハは戸惑った。いや、まさか。コイツは女性物の……。
「バカかテメェは。んなもん見えたって関係ねーだろぉが」
「恥ずかしいに決まってんだろうが!!」
「そうですよぉ。いま私達は男の娘なんですから、えっちぃのは当然バツです」
 全く抵抗感なく、どころか進んで女装を着こなす右院が言った。彼?が持ち込んだ補正下着は女装男子の完成に大いに役立ってくれたとは、後のエヴァリーナの言である。
「お前はもういい加減に戻ってこいよ……」
 グラハは頭を抱えた。自分達は倫理の崖を軽々飛び越え、とんでもない混沌地点に着地してしまったのではないだろうか。
「まさかお前もつけてんじゃねぇだろうな?」
 グラハが問いかけると、唇に指を立てて右院は小首を傾げた。
「え~、右院わかんなぁい」
「……帰りてぇ」
 肩をおとした。
「うはーいいですよー、世界で一番輝いてますよー。あっ、その仕草可愛いですね! 目線はこっちに固定してー」
 環は無駄にいい動きを披露しながらシャッターを切りまくり、ベルベットはレフ板片手に見事撮影助手の役割を果たしている。
「ふふ、朱藤さん。こっちの御姫様も撮ってあげて。写真は後で私にも、ね」
「はいー、任せてください!」
「セレスぅぅ、おぼえてろよぉ」
 セレスティンはあっけらかんと言ってのけた。「あら、こんな面白いこと忘れるわけないじゃない」
 あれもなかなか大変そうだが……。グラハは思いつつ視線を転じた。
「なななな、なんなんデスカ! パンツ恥ずかしいとか女子デスカ!! いつもグイグイくるくせにそういうところで奥手とか心は乙女デスカ!!?」
「おーい、モヱちゃーん??」
 モヱは止まらぬオイルを拭々、なにやら呪詛じみた言葉を吐いている。こっちも気苦労が多そうだ。
「うーん。もうちょっと詰められそうなんだよねー。エリザベスちゃん、お洋服を見繕ってくれない?」
「どんどん可愛くしちゃおー!」
 普段気だるげなエヴァリーナの瞳には今メラメラと、人魚姫の寓話を作り変えんばかりに決意の炎が燃えていた。極上の素材と千載一遇の機が目の前にあるのだ、放っておくわけがない!
 誰がそんなもん見てぇんだ。グラハは危うく出かかりそうになった言葉をどうにか呑みこんだ。そんなことを問いかければ彼女らは目を輝かせて言うだろう。
 私達は見たい! と。こういった女性特有の押しの強さに抗う術は知らなかった。
「いっそ、そういうもんもコイツで貫けりゃいいんだけどな」
 背の鬼神角を出して……ふと気づく。コイツは借りもんの服だった。
「グラハさん。それ買い取りねー」
 エヴァリーナが今日一番の笑顔を見せた。くそっ、もう自棄だ。
「おい変態、ひとつ勉強していきな。見た目の美しさ如何なんかじゃ揺るがねえ、機能美ってもんをな!!」
 鬼神角が一直線に伸びた。それは何者にも屈しない力強さで空気を貫き、ペレットの顔面を直撃する。
 ペレットは水平線の彼方に吹き飛んでいった。鳥肉は良い魚の餌になるだろう。
「しかし……どうすっかなぁコレ」
 星になったペレットを見やりながら、グラハはこの服を自宅へ持って帰る自分を想像して、がっくりと項垂れた。


 せっかくの海だから、まずオイルを。
 清春の大胆な発言に少しだけモヱは躊躇した。
 恋人だとしても、そこまで体を許していいものだろうか? はしたない女とは思われたくない、けれど男と女が一緒にいて何もないでは済まないことくらいはわかっていて……。
「いい、デスヨ。ですが人に触れられるのは初めてですので」
 意を決したとばかりにモヱが言った。「優しく分解(バラ)してくださいマセ」
 そっと差しだされた右手を清春は二度見した。なにかの冗談だろうか?
「えーと、オイルを」
「もぅ、何度も言わせないでください。差してくださいマスカ?」
「あー……なるほど。そーいうことかぁ」
 恥じいるような彼女の声音が真実を雄弁に語っていた。
 明らかに期待と異なる顛末ではあったが、まぁ、彼女が身を委ねてくれたという事実は変わらない。そう思えば大きな進展か。前向きに捉え、清春はなんだかんだ器用に油を差すのであった。

作者:東公彦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年9月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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