翠光

作者:崎田航輝

 夏草が揺れて、風に夜の匂いが溶けてゆく。
 仄かな水音が耳朶を撫ぜて、せせらぐ清流に触れてみればひんやりと心地良い。
 街明かりから離れた川辺は手つかずの自然に満ちていて、香りに温度に、無二の快さを伝えてくれる。
 ばかりでなく──きらり、ふわり。
 周囲を見渡せば、清らかな翠色の光が幾つも揺蕩って、夜に眩い軌跡を描いていた。
 それは沢山の蛍。優しい夏風の中に游ぶよう、ゆらゆらと飛び回っては辺りを鮮やかに照らし出している。
 空を仰げば、雲ひとつ無い空が満天の星を見せていて。その輝きと蛍の光が川面にも映って、きらきらと眩いほどだった。
 訪れる人々はその景色を心にも形にも残そうと、ときにカメラのレンズを向け、ときに清流沿いをゆったりと散歩して。緩やかな時間の中で、儚くも優美な翠光を見つめている。
 けれど──その光の世界に、暗がりから現れる影があった。
 闇が形を取ったように、ゆらりと歩み出てくるそれは──鋭い刃を握る罪人、エインヘリアル。
「命も光も、全ては儚く散るものだ」
 だから眩い輝きも、命の灯火も。消し去ろうとするように、その罪人は刃を奔らせて──全てを斬り捨ててゆく。

「夏でも、夜は涼しいですね」
 穏やかな風の吹くヘリポート。羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)は夜天を見上げながら呟いていた。
 ええ、とイマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)も頷いて視線を下ろす。
「こんな中で蛍の観賞など出来たら、とても楽しそうですね」
 何でも、とある山間の清流沿いではこの時期沢山の蛍が見られるらしく、その美しい景色に訪れる人も少なくないのだという。
 ただ──そんな中にエインヘリアルの出現が予知されてしまったのだと言った。
「アスガルドで重罪を犯した犯罪者で、コギトエルゴスム化の刑罰から解き放たれて送り込まれる、その新たな一人でしょう。これを放っておけば人々が危険です」
「ならば、私達が赴いて撃破するしかありませんね」
 紺が言えばイマジネイターも頷いて、説明を続ける。
「戦場は河原にほど近い場所となるでしょう」
 とはいえ、人々の避難は事前にされる上──敵も蛍がいる場所まではたどり着かせず、その手前で迎え討つことができる。その周辺は地形も平坦で戦うのに苦労はしないでしょうと言った。
「景観も護れるんですね」
「ええ。自然に傷つけず終わることができるはずです」
 紺に応えたイマジネイターは、ですから、と続けた。
「無事勝利できましたら、皆さんも蛍を眺めていってはいかがでしょうか」
 清流沿いに広く生息しているため、散策しながら楽しむことができるだろう。
 星空と共に眺めるのもいいし、景色を写真に残してもいい。自然の豊かな場所なので、花や他の生き物を探してもいいかも知れない。
 紺は頷いた。
「そのためにも……戦いを勝利で終えねばなりませんね」
「皆さんならばきっと、勝てるはずですから。是非、頑張ってくださいね」
 イマジネイターはそう言葉を結んだ。


参加者
アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)
羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)
キリクライシャ・セサンゴート(林檎割人形・e20513)
イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)
八点鐘・あこ(にゃージックファイター・e36004)
伊礼・慧子(花無き臺・e41144)
ティニア・フォリウム(小さな鏡・e84652)
メロゥ・ジョーカー(君の切り札・e86450)

■リプレイ

●翠夜
 淡く眩く、碧色が灯っては薄らいでいく。
 遠目に望む自然の光の協奏。シルクハットの鍔に指をかけながら、野原に降りたメロゥ・ジョーカー(君の切り札・e86450)はその美しさに感心を零す。
「蛍! いやぁ、いいね。自分から光り輝く生物なんてなかなかいないよ」
 ふふふ、と。
 近くで見ればさぞかし綺麗なのだろうと、心は期待を抱く。
 ふわりと舞い降りたティニア・フォリウム(小さな鏡・e84652)もまた心同じく。楽しみで仕方ない気持ちを抑えきれぬよう、頷いていた。
「早くあの中で散策してみたいね」
「そのためにも、準備をしっかり整えておくのです!」
 と、ケミカルライトを折るのは八点鐘・あこ(にゃージックファイター・e36004)。蛍が寄ってくる色は黄色系と聞いたから、そうならぬよう青色を試している。
 距離もあるからだろう、結果として蛍を近づけずに済むと、ちゃっかり夏休みの自由研究にとそれをメモしてから──前に向く。
「これでばっちりなのです!」
「……ええ。後は戦うだけ、ね」
 キリクライシャ・セサンゴート(林檎割人形・e20513)も、テレビウムのバーミリオンと共に提灯を前に向ける。
 するとゴッドサイト・デバイスのゴーグルで見据える先。確かに闇の中にひとりの巨躯の姿を発見していた。
「エインヘリアルの罪人もまだいるんだね……」
 見つめながら、イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)も呟く。うーん、と小首を傾げながら、少々困り眉に。
「エインヘリアルって、実はほとんどが罪人だったりしない? 多すぎない?」
「そうでなくとも……蛍の光に誘われてやってきたなら、ぜひ一緒に楽しもうなんて言えたのですけれど」
 と、目を伏せるのは羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)。その罪人は、確かに殺意を湛えた刃を携えているから。
「当然、そういうつもりはないのでしょうね」
 ならばと、紺は直走る。
「ここに集う命が散らされないよう、全力で食い止めることとしましょう」
 瞬間、手を伸ばして不定形の悪夢を畝らせる。『まつろう怪談』──罪人自身の恐怖が具現されたそれが手足を囚えた。
「……番犬──」
 罪人は抗おうと身じろぐ、が。
「そこまでよ」
 夜色の声音が舞い降りる。
 それは宙へ跳んで夜天に紛れていたアウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)。
 昏き焔を宿した靭やかな蹴撃を打つと──追随するビハインドのアルベルトが、白銀の銃より弾丸で追撃した。
 罪人は堪らず後退する、が、既に飛翔していたキリクライシャが背後から包囲。ひらりと廻って美しくも鋭い蹴りを加えていく。
 退けぬ罪人は剣風で抗うしかない。
 だが、そのダメージにもあこが『毛づくろい追走曲』。
「にゃんぺろにゃんぺろもふもふつやつや、にゃ~~♪」
 軽快なメロディとリズムで仲間の苦痛を拭い去ると──傍らの翼猫、ベルは対照的に落ち着いた様子で羽ばたき治癒を補助。
「では、これで」
 メロゥも種も仕掛けも無いとばかり、両腕を広げながら鎖を浮遊させ、独りでに描かせた魔法円で皆を守護した。
 直後にはイズナが、美しき星槍を構えて。
「行くよ!」
 浮遊する穂先に冷気を纏うと、デバイスより得た力も上乗せして氷柱の如く巨躯を穿つ。
 同時にティニアは軽やかにはためいて花風を生んでいた。
「──咲き誇れ」
 瞬間、巨躯を取り巻く大地から無数の苧環が咲いてゆく。『杯に湛えし勝利への渇望』──絡みつく美しき花が巨躯を締め上げた。
「今のうちだよ」
「ええ、この好機、逃しはしません」
 頷き、その手に魔法の弓を顕現するのが伊礼・慧子(花無き臺・e41144)。
 夜風に艶めく黒髪を揺らしながら、狙いを定める一瞬だけは微動だにせずに。
 ──かかれ、見えざる矢。
 刹那、放つのは『瞬息の一矢』。闇に紛れる細身の矢で巨躯を貫き、弾ける凍気で膚を蝕んだ。
「……!」
 罪人が呻くその一瞬も、慧子は逃さない。
 闇を縫って奔り零距離で一刀。淡い感情を動かさず、ただ剣閃だけを鋭く、疾くして。霊力を伴った斬撃で巨体を深々と抉った。

●決着
 血を零しながらも、罪人は愚かを嗤うように首を振る。
「散りゆく運命の、儚き命。その時間も、それを永らえさせることも、無為だろう」
「……儚いからこそ、持ちうる時を大切に使うのよ」
 キリクライシャは静かに否を告げた。
 ティニアも頷き口を開く。
「命も蛍の光も、本当に儚いよね。だからこそ、その一瞬が一瞬がとっても尊いのに──悪戯に消し去るのは無粋という他ないんじゃないかな」
「そう、だからわたしたちは、それを護るために戦うんだよ」
 小さく声を継ぐのはイズナだった。
「エインヘリアルも本当は、そんな訪れる終末を乗り越えるために選定されたんだよね。それに……エインヘリアルも元々はただの勇者だったし、儚く死んでたよね?」
「……」
「それを忘れて、散らす側になるの?」
「……過去が如何なものでも、俺は永劫の命を持つ」
 罪人は声を返す。だから消え去って終わりの光とは違うと言うように。
 アウレリアは首を振った。
「それは違うわ。すぐに消えてしまう泡沫のごとき儚き光だとしても……彼らは命を繋ぎ、次の年もまた命の光を灯すでしょう」
 幾度でも夜を照らすその強さは、デウスエクスには決して持ち得ないものだと。
「──貴方は何を繋ぐでもなく、ただ消えていくしかないのだから」
「俺が……、消えるものか」
 罪人は戦慄きながら、刃を翳して走り込む。
 が、アウレリアは『フルータ・プロイビータ』──狙い澄ました弾丸で腕を弾き上げた。
 直後にキリクライシャが林檎の樹を伸ばして、巨躯の頭上の星を隠す。
 瞬間、実った果実が風に揺れて重力に誘われた。『林檎落』──脳天を打ったそれが痛烈な衝撃を与える。
 同時、バーミリオンが果物ナイフで一突き。容赦なく膚を破っていた。
「……今よ」
「ええ!」
 紺は槍を握って既に巨躯の眼前。
 罪人はよろめきながらも刃を盾にするが──紺の夜藍の瞳は、しかと手薄な守りを見通す。
 刹那、振るう穂先に鮮烈な雷光を抱いて、稲妻を奔らせるが如き一撃。光の直線を描きながら巨躯を穿ち貫いた。
 罪人は血を吐きながらも刺突を返す。が、あこがぴょんと跳ねて、それをしかと防御してみせると──。
「これくらいで、倒れはしないのです!」
 自ら気力を集中して、ぼわりと暖かなオーラを閃かす。
 体に溶けたその燿きが傷を癒やすと──メロゥも虚空で回転するネジから治癒の光を注いでいた。
 だけでなく、メロゥは即座に攻勢に映る。
 遠い蛍を一瞥し、美しさを確かめながら。
「あの蛍。何か手品の種に……じゃない、慰撫を司る身としてはとても気になるし」
 その散策の為にも敵にはサクサク儚く散ってもらおうか、と。
 笑みと共にトランプの束を投げると、罪人が捉えたスペードのエースがメロゥの指を音と共に消失する。
 『扇動奇術:君が選んだ昇り札』。カードは直後に出現した──巨体を切り裂きながら。
 罪人がふらつくと、そこへベルが真っ直ぐに体当たり。傾ぐ巨体の頭上に、ティニアも羽ばたいていた。
 ひらひらと舞うように、空に游ぶように。はらり、はらり、翅を振るわせて煌めく鱗粉を飛ばし、虜にするように動きを抑え込む。
「このまま、お願いするね」
「判りました」
 確実に斬ります、と。
 静やかに、風の如く駆けゆくのが慧子。すらりと掲げた刃に、罪人は藻掻くように回避を目論むが──。
「無駄です。逃れ得ることは出来ませんよ」
 とん、と。
 仄かな音と共に跳んだ慧子は、体勢を僅かに傾けながら宙で捻りを加えた廻転をして──空中斬撃。
 月を象る流麗な斬線を刻み込むと、着地しながらも連閃、巨体に血飛沫を上げさせた。
 斃れゆく罪人に、イズナは災厄のルーンを赫かせる。
「これで、終わりだよ」
 齎すのは『災い振り撒く古の呪縛』。呪いの帳を落とし、心と躰を捩じ上げその命を朽ちさせた。

●光夜
 ふわり、きらりと夜気に光が翔んでゆく。
 戦いの跡を癒やした番犬達は、人々へも無事を伝えて平穏を取り戻していた。そうして皆が各々の時間を過ごし始めれば──アウレリアも歩み出していく。
 傍らの夫と二人、肩を並べて佇むのは川の畔。
 微かなせせらぎと、明滅する翠を瞳に映して──アウレリアはそっと、背の高い彼の肩に頭を預けた。
「あの蛍達は──」
 唯一の相手を探し出会う為にああして輝いているのかしら、と。
 宙に游ぶ軌跡を追いながら、紡ぐ。
「だとしたらあれは愛の光ね」
 するとすぐ傍の顔が此方に向くのが分かるから、アウレリアも柔く視線を上げて。
「私達は次代に命を繋ぐ事は出来なかった」
 けれど、と。
 声音には憂いも含みながら、目線はまた前に向いて。
「こうして美しい光景や地球の人達を守り続ける事で──繋がり、輝き続ける何かがあると信じたいわ」
 あの光のように、と。
 言葉に夫もまた、同じ心を示すように頷いて。二人の静かな時間が流れてゆく。

 ゆっくりと、紺は清流沿いを歩いてゆく。
 灯りは消して、蛍と星の光だけを頼りにするように。
「こうして見ると、眩しいほどですね」
 目線の高さを泳ぐ翠の耀。天球を満たす無限の星粒。
 時に蛍を追うように、時に空を仰ぎながら。光に導かれる時間を楽しんで、少し疲れたら足元に咲く花を眺めて。
「綺麗ですね──」
 ふとその中に花開く月下美人を見つけて、幸運にも出会えた気持ちになって。花を揺らし、髪を撫ぜる風も、清流の温度を抱いて涼しかった。
 それからまた、天を見上げる。
 すると星に蛍が重なって一層眩しくて。
「ここはひとつ……」
 光を心で結んで一夜限りの星座を作ってみる。
 自分だけの星座だ、名前も形も、誰にも秘密にして──そのアステリズムを思い出に刻み込んだ。

 風に触れるように、乗るように。
 灯りは使わず、光を映す綺麗な水に誘われるように──キリクライシャは柔らかな翼で飛んでいた。
(「……鮮やかな、翠色」)
 バーミリオンを腕に抱きながら、一緒に景色を見つめる。
 あれが、あの輝きが──。
「……由来の、光」
 心に過るのは実家で時折呼ばれていた自身の和名、『蛍』。
(「……思い出すわ、ね」)
 脳裏には両親のことを思い浮かべていた。
 二人が恋人時代、日本で蛍狩りをしたことや、由来と共に惚気話まで一緒に聞かされたこと。
 様々な記憶。仄かに懐かしい気持ち。
 そしてまた、自身のこと。いくつものことを考えて、また碧の輝きを眺めて。
(「……似ている筈もないのに、でも……」)
 思いながら、光をゆるりと追って。今はただ──光が瞬く様子を目に、記憶に焼き付けていく。

「おお……! とっても眩しいのです……!」
 声は抑えめに、それでもどこかうきうきと。あこは目の前に広がる景色に楽しげな声を零していた。
 同道する慧子もまた、浮遊する光──蛍達に視線を巡らせている。
「近くで見ると、やはり違って見えますね」
 揺蕩ってはふわりと浮かび上がり、また沈んでは飛び上がる。それは夢幻の光景のようで、けれど現実に目の前にあって美しく。
「ほ、ほ、ほーたる来いなのです!」
 あこは声を潜めつつも、もっと近くで見ようと誘いかけてみる。するとふわふわと蛍があこの手元まで降りてきた。
「来たのです! さあ、慧子さんも!」
「私もですか……」
 慧子は言いながら自分もやってみる。するとまた一匹の蛍が手元まで漂ってきた。
 それを間近で、二人は眺める。
「光ったらそのままなのではなく、儚く消えてまた点いてを繰り返すところが神秘的ですね」
 一定でない翠の光の、リズムを掴むように慧子は見つめる。
「確かに、それがかわいい感じがするのです!」
「蛍自身にとっては、モールス信号のような意味合いだそうですが──」
 届かない天の星々と違って、手の届くところに熱を持たない光が現れれば──神霊をそこに見出すというのも、なるほど頷けると。
 触れるほどの距離で、慧子はその明滅を楽しんだ。
 暫しの後、蛍がまるで導くように飛び立っていくから。
「あこ達も行くのです!」
 と、あこもぱたぱたと走り出していく。
 時折ベルに翼でぺしぺしと落ち着かされる、そんなあこを見つつ……慧子もまた、川沿いを歩み始めて。
「涼しいですね」
 夜風を感じながら、暫し夜の時間を送っていく。

 穏やかな静謐に、小さな光達が踊っている。
 遠目では光の粒のようだったそれも、近づくほどに、丸い輪郭と棚引く翠の残滓が垣間見えて──イズナは無邪気な笑みを見せた。
「わあ、とっても綺麗だね」
「うん。本当に」
 ティニアも瞳を仄かに輝かす。
 楽しみにしていたその煌めきが、やっぱり美しかったから。
 イズナはそんなティニアにも微笑みつつ、更に歩んでいく。
「川の傍まで行こうよ。水辺にも蛍が光るっていうし、見てみたいな」
「勿論」
 と、ティニアも頷き微かに羽ばたいて。すぐ近くにもちらほらと見える蛍と、戯れるように──ふわふわと進んでいった。
 そして川辺にたどり着けば──。
「きらきら光ってるよ」
 イズナは紅色の瞳にゆらぐ輝きを反射する。
 せせらぎで少しだけ波立っている水面は、蛍の光を眩く映し込んで乱反射していた。
 本物の蛍と共に、幾つもの宝石が煌めくような色彩。それは明るくも、優しい光量で──心を惹きつける。
 イズナは淡く瞳を細める。
「癒やされるね」
「そうだね──それに、花も沢山咲いていて」
 ティニアが見渡せば、そこには星と蛍に照らされてほんのりと光を帯びた夏の花達。
 立葵、蝦夷菊、百日紅にダリア。
 豊かな色彩が、生き生きと息づいて夜風に揺れていた。
 それは翔ぶ光達と同じで、いつかは散っていくもの。だから儚く、美しくて。
「またこんな景色が、見られればいいね」
「うん」
 ティニアがそっと呟くと、イズナも頷いて深呼吸。空気の美味しさも一緒に楽しむように伸びをしていた。
 緩やかで、穏やかで。けれど確かに過ぎゆく時間の中を、二人は楽しんでゆく。

「さてさて、種……じゃない、蛍、蛍……と」
 メロゥは草の間を抜けて、川辺で光を探す。
 既にぼんやりと明るくて、そこに潜んでいるのは分かるから。
「怖がらないで出ておいで、こっちの水は甘いよー。……僕について来ればもっと甘い水もあるよー」
 と、軽い手品も交え誘おうとすると──きらり。
 そよ風の中に出てきた蛍達が、美しくも眩い光を見せてくれた。
「──ああ」
 行っては帰り、光を描く翠の群れ。
 それは期待以上の眺め。だからこそ、メロゥは一度目を伏せる。
「この光は……ダメだね」
 なぜなら、これは自然の中にあって映えるものだから。
「手品に使うのはどうにも無粋になっちゃう……ね?」
 無二の輝き。
 それはここだけで愉しもう、と。
 ふわり。手に光を乗せて、メロゥはその瞬きを見つめていた。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年8月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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