綺麗なキノコに毒がある

作者:秋津透

 長野県長野市郊外、妻女山。
 戦国時代に上杉謙信が陣を構えたという伝承を持つ山の奥で、一体のデウスエクスが新たな眷属を生み出そうとしていた。
 そのデウスエクスの名は『番外の魔女・サーベラス』という。ドリームイーターの魔女に攻性植物が寄生し、両腕から地面へ垂らした涎からモザイク混じりの毒性攻性植物を繁殖させて生み出す力を得た。
「……この程度、かな」
 地面から生えてきたモザイク混じりのピンクのキノコ……のような毒性攻性植物の一群を見やって『番外の魔女・サーベラス』は呟く。
「頼りないシロモノだけど、人間を殺してドリームエナジーを得れば、いくらでも繁殖できる。戦いは数だ。さあ、人を見つけて殺せ!」
 創造者に命じられ、一群のピンクのキノコはふらふらと歩きだす。その足取りでは、当分人里にはたどりつかない……かと思えたのだが。

 場面は変わって、長野市の市街地。古ぼけたスクーターを停めた老人が、後部についている籠を開く。するとそこから、モザイク混じりのピンクのキノコ……毒性攻性植物が飛び出して、一斉に毒胞子を噴く。攻性植物を運んできた老人を含め、周囲の人々がばたばたと倒れ、毒性攻性植物はぶくぶくと膨れ上がって分裂。その数をたちまち倍に増やした。

「長野県長野市で、一部がモザイク化した攻性植物が毒胞子を撒き散らし、多くの被害が出る事件が予知されました」
 ヘリオライダーの高御倉・康が、緊張した表情で告げる。
「モザイク化した攻性植物を生み出したのは、ドリームイーターの残党『番外の魔女・サーベラス』ですが、もはや元凶を捕捉することはできません。妻女山の山中で生み出された毒性攻性植物が、長野市に移動して殺戮を始めるのを止める、という依頼になります」
 そう言って、康はプロジェクターに画像を出す。
「モザイク化した毒性攻性植物の外見は、こんな感じです。デウスエクスとしては非常に弱いのですが、予知で確認された数が十八体。毒胞子と催眠胞子と回復胞子を使い、まとまって攻撃してくると侮れません。そして、攻性植物にしては狡猾というか、いつもの手口とも言えますが、最初に出会った人間を殺さず利用しようとするようです。普通の攻性植物のように内部に取り込むことはできないようですが、わざわざ毒性を弱めた催眠胞子を使って、人を幻惑するようです」
 そう言って、康は画像を切り替える。
「どうやら毒性攻性植物は、妻女山にキノコ採りにいった老人を幻惑し、食用キノコのふりをして、市街地まで運ばせようとしていると思われます。老人が人里に出る前に接触して、毒性攻性植物から引き離す必要がありますが、幻惑されているので単純に説得するだけでは難しいかもしれません」
 そして、康は一同に告げる。
「毒性攻性植物を退治して人々を守るのはもちろんですが、この事件を解決していけば、元凶の『番外の魔女・サーベラス』を捕捉することができるようになるかもしれません。新装備『ヘリオンデバイス』での支援も可能になりましたし、どうかよろしくお願いします」
 ケルベロスに勝利を、と、ヘリオンデバイスのコマンドワードを口にして、康は頭を下げた。


参加者
椏古鵺・笙月(蒼キ黄昏ノ銀晶麗龍・e00768)
日柳・蒼眞(無謀刀士・e00793)
国東塔・蘭理(独り言の多いインキャ・e86421)
チャル・ドミネ(シェシャの僕・e86455)

■リプレイ

●さて、どこからどう探す?
「今回の依頼の地味に厄介な点は、デウスエクスキノコと一般人のキノコ採りのご老人が、いつどこで遭遇したか予知されてない、ってところだと思う」
 現場に向かうヘリオンの中で、日柳・蒼眞(無謀刀士・e00793)が他の三人を見回して告げる。
「デウスエクスキノコが発生した場所と時間はわかってるが、それはもう全然間に合わない。一方、放置した場合にデウスエクスキノコがいつどこで暴れだすかはわかってるし、そっちには充分間に合うが、市街地まで入り込まれたら始末に悪い。だから途中で何とかしたいんだが」
「妻女山から出る道路は、地図で見ると一、二本のようね。最初に手分けして、サイコフォースなどで一部を掘り返して車両が通行出来ない様にしたらどうかしら?」
 国東塔・蘭理(独り言の多いインキャ・e86421)が提案したが、蒼眞は地図を見ながら首を横に振る。
「いや、俺たちが到着した時に、ご老人とデウスエクスキノコが山の中に居れば、国東塔のゴッドサイト・デバイスで必ず感知できる。問題は、既に山から下りてしまっていた場合で、その時は道を封鎖しても間に合わない」
「市街地側から探すには、範囲が広すぎますね」
 同じ地図を見ながら、チャル・ドミネ(シェシャの僕・e86455)が唸る。
「と言いますか、妻女山から出たら、すぐにけっこう人里ですよ。上信越自動車道と国道が近くを通ってますし。デスウエクスキノコがどういうつもりで、長野市の中心街までおとなしく運ばれていたのか知りませんが」
「攻性植物とドリームイーターの掛け合わせで生まれたばかりのデウスエクスキノコが何を考えているかなど、わかるわけがないざんしよ」
 椏古鵺・笙月(蒼キ黄昏ノ銀晶麗龍・e00768)が、眉を寄せて溜息をつく。
「山の中で見つけられれば幸い、市街地の道路で戦闘になっちまったら、可能な限り巻き添えを減らすよう臨機応変に立ち回るしかないざんしねえ」
「可能な限り減らす……ということは、もし巻き添えが出そうなら、デウスエクスキノコを発見次第先制攻撃をかける……そうすれば老人一人の巻き添えで……いえ、由奈…違う。一人殺せば後はおんなじなんて思わないよ」
 最後の方は独り言というか、自分の中にいる誰かに弁解しているような口調になって、蘭理が呟く。
 そして、似たようなことを考えていた蒼眞も、なんとも複雑な表情で黙り込む。
(「見付け次第毒性攻性植物を詰めた籠にグラビティを撃ち込み吹き飛ばす事で、物理的に毒性攻性植物から引き離す、と考えてたけど、走行中のスクーターにグラビティ撃ち込んだら、爆発が起こってご老人は死ぬな」)
 巻き添えにしてもやむなしと考えた国東塔より、助ける気で殺す手を考えていた俺の方がタチが悪い、と蒼眞は言葉に出さず唸る。
(「一般人は、グラビティに直撃されなくても、余波だけで軽く死ぬ。グラビティ以外では傷つかないデウスエクスや俺たちケルベロスとは違う。うっかり忘れていいことじゃない」)
 一方、ぶつぶつ呟く蘭理と口ごもる蒼眞を、少々怪訝そうに見やりながら、チャルが自分の計画を述べる。
「おそらく飛行可能な私か笙月さんが、上空から対象を発見することになるでしょうから、キノコ採りの老人は問答無用で上空に引き上げればいい。それから状況を見て、人が少ない方へスクーターもろともデウスエクスキノコを吹っ飛ばすとか、そんな感じかな」
 そう言って、チャルは笙月の方をちらりと見やる。
「笙月さんがどう対応するかはお任せしますが、私が見つけた場合は、すぐレスキュードローンを召喚して老人を預け、安全な場所へ移します。私たちメリジューヌは、飛行の際に人を落ち着かせる効果のある雨を降らせますので、手荒な真似をする必要はないかと思いますが、もし錯乱するようならレスキュードローンで拘束します」
「おや、そんな器用な真似ができるざんしか」
 笙月が感心した声を出すと、チャルはちょっと息を継ぐ。
「え、ええ、できるはずです。レスキュードローンを使うのは今回が初めてですが、私専用にパーソナライズされるそうですから。ならば、一般人の拘束ぐらいできなくてどうしましょう」
「なるほど、わかった。ご老人の救出はドミネに任せよう。椏古鵺が見つけた場合でも、緊急対応が必要な状況でなければ、手を出さずに俺に連絡して、ドミネが着くのを待ってくれ」
 キャスターポジションを取り、10km以内のヘリオンデバイス装着者全員と声を出さず思念だけで会話が可能なマインドウィスパー・デバイスを装着予定の蒼眞が、取りまとめる口調で告げる。
「まず、妻女山に急行。山中にデウスエクスキノコがいたら、すぐに対処。いなかったら手分けして捜索。発見したらドミネを呼ぶ。で、今回ジェットパック・デバイス装着者がいないんで、ドミネのレスキュードローンで、俺と国東塔を運んでもらいたいんだが」
「わかりました」
 確か、レスキュードローンには8人程度まで乗れるはず、と、チャルはうなずく。
 そして蒼眞は、苦笑混じりに続けた。
「かなり、ヘリオンデバイス頼りの作戦になったな。使ったことのない新装備に作戦の成否を預けるのは少々怖いが、止むを得まい」
 そう言うと、蒼眞は視線を上げて訊ねた。
「ところで、高御倉。ヘリオンデバイス発動のコマンドワードはどんなものなんだ?」
「ケルベロスに勝利を、ですよ。降下の際に私がそう唱えると、ヘリオンから皆さんに光線が放たれてデバイスになる……はずです」
 なんせ、私も初めてなものですから、と、康の声が答える。
 これでうまくいかなかったらシャレにならないな、と、蒼眞は声には出さずに肩をすくめた。

●敵は妻女山中にあり! 
「ケルベロスに勝利を!」
 彼なりに精一杯気を張った康の声が響き、降下するケルベロスたちにヘリオンから光線が放たれる。
 蒼眞にはインカム型の通信機が、笙月には淡く光る雪駄が、蘭理には頭部を覆う武骨な大型ゴーグルが装着される。
 そして、翼を広げたチャルの脇には、楽に8人乗れそうな大型ドローンが出現する。
「乗れますか? 補助しましょうか?」
「ああ、頼む」
 訊ねるチャルに、蒼眞は素直に応じたが、蘭理は緊張した口調で告げる。
「デウスエクスの反応! 数が多いわね、10体以上! ほぼ真下よ!」
「……まだ山の中に居たでやんしね。ありがたい」
 竜翼を広げた笙月が心底安堵した声で呟き、自由落下する蘭理の下に回って支え、レスキュードローンに乗せる。
 チャルは一足先に蒼眞をドローンに乗せ、それから急降下する。
 その翼からは、ざあっと驟雨が地上に降り注ぐ。
「山道が見えます……あっ、いたっ!」
「よし、行くぞ」
 そう言って腰を浮かした蒼眞が、蘭理を見やって告げる。
「国東塔は降りなくていい、というか、降りるな。上空から敵の動きを監視して、伝えてくれ」
「えっ?」
 蘭理は驚いて蒼眞を見やったが、既に蒼眞はドローンから飛び降りていた。
 一方、急降下したチャルは、彼が起こした驟雨に濡れそぼる老人を見つけた。
「わしは……いったい、何を……」
 足を止め、当惑した表情で呟く老人に、降下してきたチャルは落ち着いた口調で告げる。
「私は、地球の守護者ケルベロスのチャル・ドミネ。あなたの採ったキノコは、恐るべきデウスエクス。すぐその籠を外しなさい」
「な、なんと!」
 老人は驚いた表情になり、背負っていた籠を自ら下ろす。どうやらチャルの降らせた雨で催眠が解け、更に、いかにも神の使い然とした……少なくとも絶対に常人ではないメリュジーヌに命じられ、素直に従う気になったらしい。
「うむ!」
 うなずくと、チャルはすぐに老人を抱えて上昇する。同時に籠を破ってモザイク混じりのピンクのキノコ……毒性攻性植物十八体がわらわらと出てきたが、チャルは見向きもしないで上方へと飛ぶ。
 そして、デウスエクスキノコたちが胞子を吐くより早く、降下して着地した蒼眞が、それこそ問答無用で列攻撃グラビティを叩きこむ。
「お前らには上等すぎるかもしれんが、こちらもピンクの桜吹雪だ!」
 幻惑をもたらす桜吹雪とともに、蒼眞は斬霊刀を振るって毒性攻性植物の群れを薙ぎ払う。斬撃を受けて、何体かのキノコが砕けて吹っ飛ぶ。
「……三体?」
 もしかして、ディフェンダー役が仲間をかばって潰れたか、と、蒼眞が眉を寄せたところへ、笙月が降下してくる。
「団長、どんな感じざんしか?」
「……三体潰した。向こうの前列がわかるなら列攻撃入れてくれ。わからないなら単体でいい」
 十八体でディフェンダーが三体となると、六・六・六で陣列を組んでる可能性が高い、と、蒼眞は計算する。
 そして、列攻撃で六体潰してしまうと、ちょうど半数の九体が潰れ、相手が逃げ散ってしまう可能性が高くなる。
「ふうむ……」
 笙月は少々不得要領な表情をしていたが、オリジナルグラビティ『陰翳断罪(バニシングブレイド)』で単体攻撃をかける。
「妖刀『滅』よ、全てを滅する汝が破壊の波動よ、…解き放て!!」
 鋭い気合とともに、毒性攻性植物の一体が粉微塵に砕ける。妖刀と言いつつ、笙月は刀を持たず、衝撃波だけを放ったのである。
 そして、四体を失ったデウスエクスキノコの残り十四体は、蒼眞と笙月に向かって一斉に胞子を噴いた。
「ちっ……催眠胞子か」
 厄介な、と蒼眞が呟いたところへ、ドローンに老人を乗せてきたのだろう。チャルが翼を鳴らして降下してくる。
「ん~、お二人同時に催眠の可能性ですか。仕方ない、我らメリジューヌの偉大な技を使いましょう」
 できればウィッチオペレーションで激痛に耐えていただきたかったんですが、と、不穏な呟きを漏らしつつ、チャルは竜翼からヒールとキュアの効果を持つ風を放つ。
「国東塔は上で大人しくしてるか?」
 蒼眞の問いに、チャルは微妙な表情で答える。
「ええ、ドローンの上で、何かぶつぶつ呟いてます」
「……ああ、その呟きは聞こえてる」
 嫌でもな、と、蒼眞は苦い表情で応じる。嗤いなさいな、由奈、戦わせてももらえないのよ、償いの機会もないの、戦って傷つけば償えるなんて思ってはいないけど、由奈は許さないよね、戦いもしない私を許すはずもないよね、などと呟く蘭理の陰気な声がマインドウィスパー・デバイスを通じて蒼眞には聞こえているが、それを他の二人と共有しようとは思わない。
「とにかく、さっさと終わらせよう。次で、全部潰せりゃいいんだが」
 言い放って、蒼眞は天空より無数の刀剣を召喚、デウスエクスキノコの群れに叩き込む。
「……六体、潰れたな」
「では、行くざんしよ」
 笙月が優雅な仕草で口を開き、ドラゴンブレスを放つ。ぽんぽんぽんっ、と毒性攻性植物が焼き尽くされて弾ける。
「五体、潰れた……残り三体」
 ドミネが先に攻撃できれば勝ちだが、と、蒼眞が呟いたが、その途端、デウスエクスキノコは三方に分かれて走り出す。
「逃がすなっ!」
 蒼眞が叫ぶと同時に笙月の雪駄から光が走り、蒼眞とチャルにも追跡の力を分け与える。丈の小さいキノコは茂みの中へ飛び込むが、蒼眞が追うと茂みが左右に割れる。
(「こんなこともあろうかと、防具特徴「隠された森の小路」を持ってきておいてよかったぜ」)
 内心呟きながら、蒼眞は蘭理に思考波を飛ばす。
「失われた友達と喋るなとは言わんが、ここはケルベロスとして仕事をしてくれ。俺たちは、ちゃんと敵を追って動いているか?」
「ええ……と、上に飛んだチャドさんが逸れてる! キノコが茂みの中で逃げる向きを変えた!」
 蘭理からの返答を受け、蒼眞はチャドに告げる。
「聞こえたか、ドミネ。気持ちはわからなくもないが、地上に降りて追え。飛ぶと、チェイスアート・デバイスが効きにくいらしい」
「……了解」
 憮然としたチャドの声を耳にした時、蒼眞の目に懸命に走って逃げようとするデウスエクスキノコが見えた。
「逃がすものかよ」
 呟くと、蒼眞は走りながらオリジナルグラビティ『終焉破壊者招来(サモン・エンドブレイカー) 』の構えを取る。
「ランディの意志と力を今ここに!……全てを斬れ……雷光烈斬牙…!」
 理不尽な終焉を破壊する異世界の冒険者、ランディ・ブラックロッドから借り受けた力が炸裂し、毒性攻性植物はひとたまりもなく消滅した。
 一方、上空の蘭理からの指示が、蒼眞のマインドウィスパー・デバイスに流れ込む。
「笙月さんもチャルさんも、そのまままっすぐ! まっすぐ追って! 蒼眞さん、左に走って! 笙月さんが追ってる相手の前に出られる!」
「左だな、よし」
 防具特徴さまさまだ、と、呟きながら蒼眞は左へ走る。目の前の木や茂みが曲がって道を作り、その先に、ピンク色のキノコが見えた。
「椏古鵺、もらうぞ!」
「ええ、もう、こんなキノコ、のしつけて団長に差し上げるざんし!」
 チェイスアートの力で逃がしはしないものの、蒼眞と違って藪や茂みを強引に突っ切らなくてはならなかった笙月が、少々やけっぱちじみた声で応じる。
 蒼眞はにやりと笑い、彼の存在に気付いたのか、足を止めて立ちすくむ毒性攻性植物を斬霊刀でばっさり両断した。
 すると、かなり離れたところで、少々場違いな感じがしなくもない優雅なハープの音が響き、屈せぬ決意を示す歌が聞こえたかと思うと、マインドウィスパー・デバイスにチャルの声が入った。
「仕留めました。これで完了ですか?」
「念のため、国東塔に上空から山の中を一回り見てもらおう。ドミネはご苦労だが、レスキュードローンに指示をしてくれ」
「了解です」
 蒼眞の指示を受け、チャルは竜翼を羽ばたかせて上空へ飛ぶ。さあっと驟雨が降り注ぎ、蒼眞と笙月を濡らした。

作者:秋津透 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年8月24日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
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