そんなの、絶対におかしいよ

作者:ほむらもやし

●魔草少女なずな
 ここは小高い丘の上にある無人の神社。
 その少女はその社殿の中に忍び込んでいた。
「清川なずな。逃げ出すだけじゃ、認めたのと同じことだよ」
 猫でもウサギでもアライグマでもない――不思議な生き物が、花のようなもの入ったバスケットを持って、空中に座っていた。
「誰? あなたは誰なの?」
「僕はソウ。魔草少女を播種する者だ。君の身にこれから起こる悲劇を君自身の手で変えられる力を授けに来たんだ」
 言葉は耳から聞こえているわけではなく、頭の中に直接、イメージと共に流れ込んでくる。
 それは学校のクラス担任の先生の顔をした男が母親と再婚し、働きもせずに昼間からお酒を飲んで暴力を振るっている地獄のような光景だった。
「このままだと、家に君は連れ戻されて、その新しいお父さんと暮らすことになる」
「私の力で本当に、こんな悲劇の未来を変えられるの?」
「もちろんさ。君なら変えられる、全部変えることができるんだ!」
 ソウが告げた瞬間、なずなの身体は光に包まれ、光が消えた後には、青緑の衣装に2本のステッキを手にした魔草少女が勝ち気な笑みを浮かべて立っている。
「さあ、憎いやつをやっつけに行こう!」
 ソウは嬉しそうに言うと、魔草少女となったなずなの肩に跳び乗った。

●依頼
「悪いニュースがある――」
 ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)はヘリポートに集うケルベロスたちを見回して、ユグドラシル・ウォーの後に消息を絶っていたデウスエクス達が活動を再開したことを告げた。
「まず大まかな状況を説明すると、今回の事件の黒幕は『攻性植物の聖王女アンジェローゼ』と推測される。聖王女アンジェローゼは親衛隊の戦力を再建するため、配下の『播種者ソウ』に指示して、少女を魔草少女に変えさせている。魔草少女はソウの誘導によって、嫌いな人間を襲いグラビティチェインを集める活動を開始する」
 対象となるのは思春期の少女で、基本的に家出少女または家出を望んでいる者とみられる。
「まず、今から急いで現場となる高等学校に向かう。狙われている高校教諭は化学準備室にいる。すぐ護衛し、襲撃してくる『播種者ソウ』及び、作り出された魔草少女なずなを迎え撃って欲しい」
 狙われている高校教諭はなずなのクラスの担任である。
 そして本当になずなの母親とお付き合いをしているかは不明で、誰も事実を確かめていない。
「撃破対象は魔草少女と播種者ソウだけど、出来るなら、なずなさんを助けたい。と思うよね」
 ケンジは姿勢を正して、静かに言った。
「作戦は皆に任せるけれど、播種者ソウだけを先に倒せば、魔草少女との会話が可能になる。会話が可能になれば、家出の原因となった状況を変える可能性を示すことも出来るよね」
 予知で分かっているのは、播種者ソウがなずなの抱いている憎悪が増すように都合のよいイメージをでっちあげていること。家出の理由もなずなの想像したことに基づいている。
「現実とは違っていても思い込んでしまったイメージはなかなか覆らないけど、思い込みだけにイメージが揺らぎ始めれば壊れるのも早い」
 母親に連絡を取ることは出来ないけれど、当事者である先生が現場にいるのだから、事実を確かめることは可能だろう。
「魔草少女なずなは光るハート型び花を咲かせて幻覚を見せたり蔓草のような茂みを作り出したり地面を陥没させたり出来る。持っている杖での物理的な戦闘も可能だろう。そして播種者ソウは自分では戦わず、常に魔草少女の肩に乗ったり、影に隠れるようにして寄り添っている。直接攻撃には『部位狙い』を成功させるしかない」
 なお最初から全力で戦い魔草少女を先に撃破した場合、播種者ソウは我関せずとばかりに速攻で逃げる。
「皆の成功を祈っている――心からね」
 ケンジはそう言って、出発の時を告げた。


参加者
据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)
ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)
ファレ・ミィド(身も心もダイナマイト・e35653)
朝比奈・昴(狂信のクワイア・e44320)

■リプレイ

●蒸着! ヘリオンデバイス
 8月の晴れた午後、コマンドワードの叫びと共にヘリオンから光線が放たれる。
 ヘリオンから降下したケルベロスは吹き付けられたような光の粒を纏う。そして瞬きの間に、それぞれのポジションに応じたヘリオンデバイスを装着していた。
 実戦での使用は初めてだが、慌てる者は誰もいなかった。
「思ったより近いです。敵は南からまっすぐに向かって来ています」
 朝比奈・昴(狂信のクワイア・e44320)は、ゴットサイト・デバイスの敵味方把捉機能により、魔草少女の接近を感知していた。
 敵はグラウンドのある南のほうから一直線に接近中だ。非常に便利だが、はっきりは分からない部分もあるため、より使いこなすには慣れや、予測も必要な気がした。
「速度は普通に歩くよりは早いぐらいでしょうか。姿を見せるまで5分ほどと思います。ただ、南には住宅街で路地も入り組んでいるはずですから、一直線というのはおかしいです。空を飛んでいるのか、屋根伝い跳んでいるのかは分かりませんが」
 迎撃の準備に関しては余裕が充分あるが、教諭と話をするには時間が足りないかも知れない。
 据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)が少し補足すると、ファレ・ミィド(身も心もダイナマイト・e35653)が言葉を継ぐように口を開いた。
「時間がすくないわね。聞き込みが終わる前にやって来たら、私たちで迎え打つから、護衛の方はお願いするわ」
「承知したのじゃ」
 ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)が、即答する。
 もとよりディフェンダーのポジションを選択しており、皆を攻撃から守りたいと考えていたから護衛を断る理由も無かった。
 化学準備室は南向きでグラウンドに面している。
「魔草少女が現れたらすぐに仕掛けたほうが良いでしょう」
 防球ネットでグラウンドと住宅街が明確に区切られている。グラウンドは開けた空間であるため、魔草少女がネットを越えようとした時点で攻撃が可能である。
 しかも魔草少女側はケルベロスが待ち構えているとは思っていないため、有利に事を進められそうだ。
「そういうこと。グラウンドを直進してくるなら格好の的になるわね。騙して殺人をそそのかすクズを粉砕するにはふさわしいわ」
 慎重な様子の赤煙に威勢良く応じるファレであったが、戦いでは援護と守りに特化するつもりだ。
「目標は依然直進です。当然ですが、わたくしは全力でソウを狙って行きます」
 気力も準備も万全と昴は気合いを入れる。

●仏山教諭
 化学準備室では机上に設置された実験装置に向けられたカメラの前で男性教諭がなにやら一生懸命にしゃべっていた。それはリモート授業に必要な動画撮影のためだった。
「圧力一定のもとでは、一定質量の気体体積Vは絶対温度Tに比例する、というのがシャルルの……」
 そのタイミングでウィゼがドアを勢いよく開け放つ。
「緊急事態なのじゃ!」
「あっ、良いところだったのに――って、何ごとですか?」
 アカデミックな雰囲気の化学準備室。鍵の掛かった薬品棚や薬剤瓶に張られたラベルのデザイン等々。取扱いに緊張感を持たなければならないような気分にさせてくれるが、鑑賞している暇は無い。
「清川なずなさん。知っておるじゃろう」
「はい、存じております」
「デウスエクスに騙されて、操られておるのじゃ。実は討伐依頼が出ておるのじゃが、できれば助けたいと思っておるのじゃ……」
「あなたに対して植え付けられた非道いイメージが動機らしいわ。何か心当たりはあるかしら?」
 ウィゼとファレの言葉に男性教諭は一瞬、言葉を失った。
 教え子のひとりがデウスエクスの手先とされ、しかも騙されて自分の命を狙っているのだから。怒りに固く拳を握りしめていた。
「私の名は仏山。出来ることは何でも協力しましょう」
 本人が説明すれば一番手っ取り早い。だが根本的に先生と母親が話していただけで、恋愛関係にあると決めつけ、堅気の高校の先生が、結婚を機に働かなくなり、昼間からお酒を飲んで暴力を振るうようになるとか、作り話としても絶対におかしい話だ。
「心配な気持ちは理解しますが、万一のことがあってはいけませんから、先生はここで待機して下さい」
 落ち着いて話せる状況を作れば、説得は難しくないはずと誰もが信じている。

●狙うはソウのみ
 このタイミングでグラウンドと住宅地を隔てる防球ネットの上部に魔草少女が到達する。
 登場は想定していた5分よりも遅かったが、昴は間髪を入れずにワイルドスペースに変えた己の身体を裂いて投げつける。
「偉大なる我らが聖譚の王女よ、その恵みをもって我を救い給え、彼の者を救い給え、全てを救い給え」
「なずな。危ない! 避けて!!」
「どうしたの、ソウ。えっこれなに? ホーミングみたいに追いかけてくる?」
 魔草少女の肩のあたりにいたソウは想定外の攻撃に慌てる。魔草少女となったばかりのせいか、ソウに言われるがままに動いていたなずなも咄嗟の回避行動が取れない。
 直後、吸い込まれるようにソウに命中する攻撃、バランスを崩したなずなは、グラウンドに着地するのが精一杯だった。そのタイミングを狙ったように、赤煙は魔草少女の進路を塞ぐように距離を詰め、手にした餅のようなものを突き出す。
「よく噛んでお召し上がりください」
 戦いの場には不似合いなほどの丁寧さで言いながら、餅はソウの口に押し込まれる。
「ッ?! むぐうきゅっぴぃ!!」
 直後に恐るべき粘性を発現する。激しく咳き込むソウ、倒れることは無かったが、口からゼーゼーヒューヒューと変な音を立てている。
「そこの魔法少女、私達が相手よ!」
 昴の声に応じること無くソウは魔草少女に意識を向ける。
「……なずな。様子がおかしい。こいつら僕たちが来ることを待っていたみたいだ」
「わかった。次はどうすればいいの?」
 僅か2回の攻撃を受けただけでソウは瀕死に近い状態で、喉に残る異物も体力を急激に奪って行く。
「既にソウのほうは、ボロボロじゃのう」
 赤煙を守れるに位置取りを心がけるウィゼであったが、魔草少女のほうは瀕死のソウの治療に手一杯。
「回復したところ悪いけど、一気に決めさせてもらいます!」
 ソウの動きは俊敏だが、被弾にはとても弱く、多少回復したとしても、撃破は時間の問題に見える。
 昴の流星の輝きを纏う蹴りを紙一重のタイミングで魔草少女は躱す。
「そう簡単には倒されてくれませんか」
 しかしスナイパーのポジションを取る者は2人いる。
 昴の攻撃が躱されても、すぐに赤煙の攻撃、巨大なドラゴニックハンマーが迫る。
「これなら如何でしょうか?」
 そう口を開いた時にはもう、ソウよりも大きなハンマーヘッドが、その小さな身体を捉えていた。
 瞬間、地面に落とした豆腐のようにソウの身体は砕け散り、白っぽい破片がベチャベチャと飛び散った。
「えっ、そんな……ソウ……どうして?!」
 ソウだった破片が陽光に熱せられた地面に吸われるように小さくなって行く。安否を確かめるように魔草少女はよたよたとした足取りでその場所に駆け寄った。
 そして何も無くなった地面を見て立ち尽くす。
 あまりに呆気ないソウの最期、撃破されたのは当然のこととして、抱いた感想を口にする者はいなかった。

●説得
「それが、殺すということ。あなたが先生にやろうとしていたことと同じです」
 昴は得物の先を地面に向け、戦う手を一旦止めてから、語りかけた。
 しかし、なずなは戦闘をやめない。
 素早い所作で、地面を突いて後ろに跳ぶ。
 突かれた地面から蔓草が吹き上がり、昴に襲いかかる。
「偽物の植物は消え失せなさい!」
 ダメージは大きかったが、昴は叫びと共に身体を締め付けようとする数百の蔓草を切り裂いた。青臭い蔓の繊維が散る。それがそよ風にのってゆらゆらと舞う。
「そうね。私は自分のために先生を殺そうとしている。でも、それは先生が私を不幸にしようとしているから」
 あくまで自分は間違っていないと、なずなは戦闘を継続した。
 しかし次に何をするかを常に導いてくれたソウを失った影響は大きく、行動の決定に迷うことも多い。
「待つのじゃ。先生というのは担任の仏山氏のことじゃろう。さっきも授業の動画を作っておった。悪いことをするようには見えんのじゃが、どんな悪いことをすると言うのじゃろうか?」
 間髪を入れずにウィゼは問いかける。
 口に出せば矛盾も指摘できたのだが、なずなの頭の中でソウに見せられたフェイクのイメージが動画のように再生される。
「やっぱり、だめ。信じられない。殺さなければいけない」
 ソウに見せられたイメージが相当に衝撃的だったらしく、その印象の強さ故に疑問を挟めていない。
「なずなさん。落ち着きましょう、よく考えてみて下さい。あなたの知っている仏山先生は本当に非道い暴力を振るうような方なのですか?」
 赤煙が目にした仏山教諭の印象は世間に疎そうな雰囲気はあったが、癖が強いタイプの人間には見えなかった。だから普段の様子を思い出せば、ねつ造されたフェイクとの間の矛盾に気づくはず。
「確かに先生は乱暴な人じゃない。でもうちのおかあさんに色目を使っている。わたし、2人が喫茶店で話しているところ、見たんだから」
 先生への敵意は揺らいでいたが、母親との結婚という一線はどうしても譲れなかった。
 だが。
「それって……あなたの受験のこととか話していたのではありませんか? お話の内容、何をしていたか、お母さんか先生に確認しましたか?」
 そして、もし2人に話を聞くのなら、味方として立ち会おうと、赤煙が告げる。
 瞬間、静寂が来る。熱気を孕んだ風が校庭の木々の枝を揺らし、砂埃を上げながら吹き抜けて行く。
「してない」
 なずなも自分の家に帰らないという感情が、妄想にのみ裏付けられ、ソウ作ったフェイクに増幅されていたことに気がついて、崩れ落ちるように両膝をついた。
「……何それ、わたしひとりで踊ってたの? 本当、バカみたい」

 元の姿に戻ったなずなは赤い長髪の気の強そうな女子高生だった。
「なんだか、いろいろご迷惑掛けて――本当にすみません」
 そう頭を下げて、化学準備室のある校舎のほうに向かって、歩き始める。
「では、私も立ち会いますか」
「当然わたくしもです」
「それじゃあ、私はその辺にヒールを掛けてから行くわね」
 猛暑のグラウンドからファレが大きく手を振る。大きくはない破壊の爪痕でも、普通の人にとっては大きな怪我に繋がることがある。大雑把に見えても誰かが傷つくことについて、ファレは見逃さなかった。
「今回は上手くおさまりそうですが、先々に心配が残ります」
「確かに何かと心が不安定なようですから、心配です。信仰に生きれば全て解決ですのに……」
 母親の再婚話が本当にあったときに、なずなにはそれを認める心をもって欲しいと願う昴。
 なずなの言動から母親の心が他の男性に向くこと不安から来る極端な思考を懸念する赤煙。
 心の中に抱く懸念は懸念のまま解決されないが、今度、なずなが様々なことを学んで成長して、幸せな人生を送って欲しい。
 そう心の中で祈りをこめて、化学準備室に向かった。

作者:ほむらもやし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年8月27日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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