幽光の騎士

作者:秋月諒

●死者の泉の門番
 鋼を引きずる音が響いていた。鈍く、硬く残る音などその主には関係は無いのか。鎧姿の騎士の歩みは遅く——だが、何かがあればすぐに踏み出すのだろう強さが見て取れた。
「……」
 黒騎士に言葉は無く。瞳に光は無く。
 かの騎士こそ、死者の泉の門番。ブレイザブリクから死者の門へと続く転移門の内側、魔空回廊のような異次元の通路を騎士は彷徨い歩く。
「潰し、倒し、砕き、散らし、刈り取れ。我らは『門』であるが故に。『門』であるからこそ」
 死者の泉に取り込まれ、その防衛機構と成り果てたエインヘリアルは紡ぐ。狂気の中、最早個など捨て果てた機構として。
「泉を——……」
 ギィィイイイ、と引きずる剣が、鈍い光を落とした。

●幽光の騎士
「皆様、お集まり頂きありがとうございます。磨羯宮ブレイザブリクの探索により、魔導神殿群ヴァルハラの他の宮への転移が可能となったんです」
 ブレイザブリクの隠し領域より、死者の泉に繋がる転移門を発見する事に成功したのだ。
「リューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197)様が発見してくださいました。この隠し通路が、双魚宮「死者の泉」に繋がっている所までは確認できたのですが……」
 そこまで言って、レイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)は顔を上げた。
「死者の泉を守る防衛機構によって護られていました。これを突破しない限り、死者の泉に向かうことはできません」
 流石にちゃんとガードがついていた、って漢字ですね、とレイリは告げる。
「防衛機構の名は『門』これは、自らを『門』と名乗る個体であり、少々厄介な存在です」
 黒の鎧に身を包んだエインヘリアル『門』は、死者の泉の門番であったエインヘリアルが、死者の泉に取り込まれ『死を与える現象』へと昇華したものだ。
「『死を与える現象』が実体化した存在であるからこそ、死んでも蘇り『門』を守り続ける守護者なんです」
 死者の泉の防衛機構であるが為だ。個体が死亡しても次の個体が再び出現する。
「例え倒されても再生される死者の泉の防衛機構ですが、だが、ひとつ予測されていることがあります」
 しっかり掴んできましたよ、とレイリはぴぴん、と耳を立てた。
「『門』を42体撃破すれば、死者の泉に転移が可能になると予測されています」
 現時点では、このブレイザブリクから死者の泉に通じるルートが発見されたことを、エインヘリアル側では察知していない。
「ですが、攻略に時間が掛かりすぎてしまえば、何らかの理由で察知されてしまうでしょう。そうなれば、勿論このルートは潰されてしまいます」
 ですから、とレイリは告げる。
「『門』と戦い、これを倒してください」
 死者の泉へと至る為に。
 戦場となるのは、魔空回廊のような異次元的な回廊だ。内部では『門』の戦闘力が数倍に強化されている。
「ケルベロスの皆様でも苦戦は免れません」
 攻撃方法は、手にした大剣を使っての近接攻撃、衝撃波などを持つ。
「その攻撃力から、クラッシャーであることが予想されます」
 そこまで話すと、レイリは集まったケルベロス達を見た。
「ここまで聞いて頂き、ありがとうございました」
 死者の泉に直通するルートが開けば、エインヘリアルとの決戦の火ぶたが切って落とされるだろう。
 ——これはきっと、未来へ続く戦いになる。
「容易い相手ではありませんが、皆様であれば成せると信じています」
 だからこそ、こうしてお話して託せるのだとそう告げてレイリは微笑んだ。
「それでは参りましょう。皆様に幸運を」
 そして、とレイリは己が胸に手を当てる。
「その魂を主として」
 それは『常駐型決戦兵器』ヘリオンデバイス発動のコマンドワード。覚悟と共に紡ぎ、零れる光がケルベロス達に力を紡いだ。


参加者
ティアン・バ(リフレイン・e00040)
レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)
シル・ウィンディア(鳳翼の精霊姫・e00695)
セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)
イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)

■リプレイ

●防衛機構『門』
 何処までも続くような空間に『それ』は立っていた。高く、広い空間をその場で押しとどめ通れぬものとするように。
「刈り取れ。我らは『門』であるが故に」
 それこそ死者の泉に取り込まれ、防衛機構と成り果てたエインヘリアル。黒騎士。意思を失い、役割を得。門番となった黒騎士は、ケルベロス達の存在にゆっくりと視線を上げた。
「我らは『門』であるからこそ」
「おまえ、誰だったの」
 灰の瞳がひたり、と黒騎士を捕らえていた。ティアン・バ(リフレイン・e00040)は薄く唇を開く。
「務めに殉じて、自分が何かもわからなくなって、それでよかった?」
 問いかけに生まれたのは、静寂であった。『門』が足を止め、こちらを見据えたのだ——明確な敵意を以て。
「……言っても詮無い事か。全部で42体、まずはここで一体だ」
「簡単にゃ通らせてくれねぇっぽいが」
 肌を焼く程の敵意に吐息一つ、零すようにして笑ってキソラ・ライゼ(空の破片・e02771)は仮面の奥を見据えた。
「ま、門とか門番ってのは破る為にあるンだろ?」
「門、ねぇ。けるべろサマの輝かしい門出にぴったりじゃねえの」
 は、とサイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)は口の端に笑みを浮かべた。ゆっくりと『門』が持ち上げたのは身の丈ほど剣。それが一度、こちらへと向けられる。突きに似た構え。低く取り直された瞬間、熱を帯びた。
「——来るわ」
 アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)が感じ取ったのは黒き雷光。アリシスフェイルの言葉に、セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)が応じた。
「ティアン殿」
「——あぁ」
 二人、頷きあったと同時にふわり、と宙に浮いた。展開されたのはジェットパック・デバイス。二人の持つ鋼鉄の翼は展開と同時に淡い光を戦場へと落とした。
「行こう」
「では、こちらへ……!」
 空よりティアンとセレナが告げる言葉と『門』の踏み込みが重なった。
「——せ、潰せ」
 ゴォオオ、と雷音と共に一足で『門』は踏み込んできた。来るのは、キソラか。ぱち、と瞬き、ふ、と笑って見せた青年は、だが、鋒が届くより先に——浮いた。
「今日はこっちなんだよネ」
 ひょい、と脚を浮かせ、一刀を躱す。空へと浮かび上がったのはキソラだけではない。ティアンと、セレナがデバイスの能力で空へと牽引したのだ。
「——」
 空を、騎士が見る。射るような瞳は己は空には至れないが為か。
「飛ばれる心配はなさそうね」
「——だが、これで安心できる相手でもあるまい」
 ほう、と息をついたアリシスフェイルは、レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)の言葉に頷いた。
「えぇ、そうね。一安心と休ませては貰えなさそう」
 近接からの斬撃は届かずとも、集束する力の気配はある。
「砕き、刈り取れ……」
「門というよりも、門番というところだろうか」
 低く、響く声にレーグルは地獄化した両の腕を掲げる。巨大な縛霊手から零れ落ちた炎が色彩を——変える。
「時間勝負の厳しい戦いだが、さっさと倒して次に進むぞ」
 青白く変じた炎を一気に『門』へと放った。

●黒騎士に告げる
「ーー奪われしものの怒りを知れ」
 告げるレーグルから放たれた青炎が唸る。ゴォオ、と空より放たれた一撃に『門』が剣を振り上げる。打ち払うように構えられた刃を——だが、諸共に焼き伏すように炎は届く。
「——れ、刈り取……」
 低く呻くようにただくり返されていた言葉が止まる。淀む様に一度落ちて声の後、ぐん、と『門』は視線を上げてレーグルを見据えた。
「潰せ——潰す」
 言い切られた言葉と同時に、殺意が溢れかえった。叩き付けられるそれと同時に『門』が地を蹴る。跳躍に似た踏み込み。刃には黒き炎が灯る。
「我らが『門』である故に——」
「流星の煌めき、受けてみてっ!」
 だが、踏み込みより早く、空を舞う姿があった。流星の煌めきを纏い、シル・ウィンディア(鳳翼の精霊姫・e00695)が——行く。は、と顔を上げた『門』の振り上げる刃より早く、肩口に蹴りを叩き落とした。
「——」
 火花が散る。払うように来た腕に、シルは身を横に振った。
「死者の泉の門番さん。わたし達はその先に行きたいの。だから、退いて欲しいな」
「散らせ」
 ひゅ、と眼前、拳が抜けていった。デバイスによる牽引で、地を蹴ると言うよりは滑るように間合いを取り直す。
「退かないなら……押し通らせてもらうっ!」
「この回廊みたいなところも敵を強化して強いみたいだけど、全部倒して、通してもらうからね!」
 イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)は高らかに告げた。誘いのように伸ばす指先、戦場に描き上げるのは星の輝き。星辰の力を招きて、紡ぎ上げるのは魔力の柱。全員が飛行している今、隊列による加護は全員に行き渡る。
「いくね!」
「今回も頼りにさせてもらうからね」
 シルの笑顔に頷いて、イズナは再び光を展開する。展開する光を見る。
「け、砕け、散らせ、全て——」
 紡いだ加護に気がついたか。怒りに沈む視線が揺れる。一度の制約では『門』の意識は奪いきれないか。
「例え、重ねた先が絶対でなくても……」
 ゆらり、揺れた頭。真っ直ぐに敵を見据え、踏み込み来る『門』の動きにアリシスフェイルは踏み込む。
「未来へ続く戦いというのならば、なんであっても、何度だったとしても倒すわ」
 真っ直ぐ、空を蹴って。美しい虹を纏い、アリシスフェイルは身を空から落とす。庇うように出た腕に構わず、叩き込む。派手に火花が散り、ぐら、と一瞬、身を揺らした巨体が、跳ねるように視線を上げた。
「散らせ」
「こっちも忘れねぇように?」
 差し出された手。虚空を握るように一度拳を作った瞬間『門』の腕が——黒き甲冑が、爆ぜた。キソラの生んだ爆発だ。
「——」
 黒騎士の握る拳が一拍遅れ、ハ、と淀む息が落ちる。周辺の空気が、一気に跳ね上げる。
「ハ、怒らせたんじゃネ?」
 じゃらり、と手に絡めた鎖をサイガが空に放つ。金色が深く闇に似た空に、天井に煌めき大地に回復の陣を刻む。
(「あーやっぱ、そうか」)
 紡ぎ上げた盾。初めて使うデバイスの力にサイガは拳を握り、開く。
「飛んでりゃみんな一緒か」
 飛行している以上、隊列は揃う。後衛となれば、近接の攻撃は届かないか。
「んでもって、その状況でも逃げも隠れもしねぇか」
 流石『門』かねぇ、と息をつき、キソラはサイガの軽口にひら、と手を振っておく。
「そん時は回復宜しく?」
「——その前に、来るぞ」
 息ひとつ、落としてティアンが告げる。地を踏む音は無い。だが、ジリ、と床が、空にあった地と見る場所が熱を帯びていく。
「届かない事は気がつかれているようですね」
 あれは踏み込みだ、と騎士たる娘は思う。足裏に力を込め、一足で距離を詰める。
(「門となった、名もなき騎士ですか。同じ騎士として思うところはありますが、剣は鈍らせません」)
 空にある身を地上に落とす。滑るように一気に、セレナは駆けた。
「我が名はセレナ・アデュラリア! 騎士の名にかけて、貴殿を倒します!」
 打ち合うように、セレナが一刀を放つ。ギィイ、と鎧を裂き、散る火花の向こう零れ落ちた黒煙は血の代わりか。
「我は、我らは『門』であれば——……」
 身を揺らす黒騎士が視線を上げ、ぱた、ぱたと零れ落ちるものを知る。
「自分のやりたい事の為に死ぬのは怖くない」
 それは、ティアンの炎であった。胸元から零れ落ちた炎。空間を焼き、回廊を焦がし炎は『門』の行き場を失うように業火の海を生む。
「でもそうじゃない事の為に自分を見失うの、ティアンだったら嫌だな」
 一度、伏せた瞳は炎を辿り、視線一つ緩やかに向けた娘は問うた。
「おまえ、どっち?」
「——我らは『門』であれば」
 一拍、置いた後に響いた言葉であった。焼き尽くす炎に、巨体が傾ぐ。は、と落とされた息さえ熱を帯び——だが、射る程の視線を以て個を捨て『門』となった黒騎士は告げた。
「貴様等を屠るのみ」
 炎の中、崩れだす体を置いて——来る。

●烈火の騎士
 ダン、と踏み込みと同時に刃が来た。跳躍と共に『門』は剣に炎を滾らせる。
「時を識らせ」
 一刀、薙ぎ払いと同時に黒炎が戦場を走った。空へ、と一気に。ゴォオオ、と唸る炎と共に炎熱の衝撃波がケルベロス達を襲った。
「——は、そうか」
 焼ける肌と同時に、零れ落ちる筈の血が消える。
「全員か」
 レーグルは息を落とした。『門』の意識は、制約を刻んだレーグルとアリシスフェイルに向いてはいる。だが『門』に残された攻撃が衝撃波である以上、飛行により同列に並べば、一気に来るのだ。
「減衰はあるが……あぁ、協力だな」
「そうね。動けはするけれど……」
 そこまで言って、アリシスフェイルは身を横に飛ばした。空を蹴るようにして回避する。踏み込む加速が『門』にかかったのだ。距離を詰める為か。ザン、と真横にて刃は空を切る。
「せ、砕け、散らせ……」
 外した一撃に、構うこと無くただ——視線だけがこちらを向いた。迷う事無く届いたそれに、アリシスは小さく瞬き、息をつく。
「そう、わざと入れたのね」
「ハ、そうこなくっちゃな。これっきりじゃねぇだろ?」
 息を吐くようにして笑い、サイガは零れ落ちた血を拭う。吐き出した血を置いて、カン、と異次元回廊の床を踵で叩く。
「焦げたらわりーね?」
 刹那、灼灼と燃え上がる炎が戦場に立った。温度の無いそれは、炎の障壁。受けた傷を、災厄を振り払うように燃える賽火。
「——砕け」
 回復に、己が炎を払われた事に気がついたか。『門』の意識がこちらに向く。揺れる殺意が確かに一度向いた事実に、サイガはただ笑い——告げた。
「ちゃちゃっと決めちまえ」
 加速する戦場に、炎と雷撃が舞う。一撃、空ぶっても構わずに一帯を斬り払う衝撃波を『門』は確実に当ててくる。こちらも、速度は得ているのだが——対応してくるのだ。
「早いね。この騎士さんって、昔はちゃんと名前があったりしたのかな?」
 は、とイズナは息を零す。重ね紡いだ攻撃で片腕を既に凍り付かせているというのに——動いてくる。
「うん、そうだね。あったのかもしれない」
 呟いて、シルは唇を引き結んだ。チリチリ、と体は痛む。細かな回復と、盾のお陰だ。炎による痛みはあるが——それも、加護無く受けていればもっと重かっただろう。
「うん。大丈夫——動ける」
 動くよ、とシルは言葉を作り、一気に踏み込んだ。間合い深く、自ら向かう為に。
「援護するわ」
 踏み込む者へ加護を。紡ぎ上げる伝承を。言葉一つ発するだけで『門』の意識はアリシスフェイルとレーグルへと向く。怒りにその身を沈めながら、それでも全てを倒すと、その気配を止めぬ者を相手とするのであれば。
「天石から金に至り、潔癖たる境界は堅固であれ」
 紡ぐ盾はどれ程あっても良い。
(「死んだ者を蘇らせるのなら……いいえそんなものはないし、在ってはならないもの」)
 家族は勿論だが——宿敵たる存在も。
「蒼界の玻片」
 キン、と高く涼やかな音が響いた。

●深きに続く
「――不吉の月。影映すは災い振り撒くもの」
 黒騎士の踏み込みを、イズナの力が阻んだ。加速する戦場は、足を休める暇も無く——そしてそのつもりもケルベロス達には無かった。災厄のルーンが刻まれた秘石から解き放たれた力で『門』を切り裂く。生まれた時間。その隙を最大に利用するようにシルは魔力を展開した。
「六芒精霊収束砲……威力だけに特化したこの魔法も、このデバイスの力を借りればっ!」
 グン、と身を前に飛ばす。鋒が届くその距離で手を前に出す。瞬間、展開された魔方陣の光が、指先に——指輪にかかる。その煌めきに、ひとつ頷いてシルは精霊収束砲を放った。
「六芒に集いて、全てを撃ち抜きし力となれっ!」
「——」
 光が、駆ける。衝撃に『門』は蹈鞴を踏む。欠け落ちた破片が回廊に飲み込まれていく。血の代わり、零れ落ちた黒い煙が揺れ、迷わずそこにレーグルが踏み込んだ。
「穿たせてもらう」
 レーグルが踏み込んでいたからだ。制約により意識を惹きつけていたレーグルの拳に、ぐら、と『門』が揺らぐ。騎士が蹈鞴を踏み、ぶん、と薙ぎ払うように振るわれた刃が一拍——遅れた。
「あぁ、やっぱり。お前、それに弱いのか」
 ぽつり、と告げたのはティアンだった。弱点たる破壊を告げ、ティアンは撃鉄を引いた。
「砕け、くだ——……」
 ぐら、と騎士は傾ぐ。地を踏み抜くように、グン、と視線を上げる。ティアンへと向けられた刃は——だが、持ち上がらない。
「仕事熱心なのはイイが、てめえにゃ貪欲さがねえってな」
 その腕を切り裂く一撃があったのだ。間合い深く沈み込み、腕を落としたサイガは『門』の影を踏む。
「暴かせてもらうぜ、死者の泉」
「ル、ァアアアアア!」
 咆吼は劣勢にあっても襲撃者を撃退すべきという命令か。荒れる踏み込みにキソラは一撃を叩き込む。
「通らせて貰う」
「け、我らが『門』であれ、ば」
 ぐらり、と揺れる騎士をセレナは見据えた。
(「門となったのが、騎士本人の望みであったのか。それとも主の命だったのか、訊いても答えは無いのでしょうね」)
 哀れめば騎士の誇りを汚す事となる。ならばセレナも騎士として、全力で挑むまで。
 踏み込みと同時に魔力を体に回す。加速する。一気にその間合いへと踏み込むように一気にセレナは駆けた。
「アデュラリア流剣術、奥義――銀閃月!」
「——!」
 ぐん、と『門』が刃を振り上げる。ギン、と一撃はぶつかり合い——だが、黒炎の刃がセレナの一撃の前に砕ける。
「私に主は居ませんが、守るべき人々は大勢居ます。だからこそ、負けられません!」
「——れ、は」
 一撃が深く『門』へと届いた。ぐらり、と巨体を揺らし、核を打ち砕かれた黒騎士は崩れ落ちるようにして——消えた。
「……長い間、使命を果たした貴殿に敬意を」
 刃だけが最後、名残のように一時、空間に残り消えていった。

 静寂を取り戻した地に、敵の気配は無かった。デバイスでの確認を終えたシルがそう告げた。イズナの調査もあったが、死者の泉に繋がっているだけの地では感じ取れるものは無かった。
「いきなりどーんって奇襲も困るしね。さくっと戻ろう」
 明るくそう言ったシルに誰もが頷く。静寂を取り戻したこの地は、再び戦場となるだろう。死者の泉へと辿りつく為に。
「故郷では死者の魂は水平線の彼方に行くと習ったけれど。死者の泉とやらに皆いるのだろうか」
 小さく呟いてティアンは視線を上げた。
 死神やエインヘリアル共にこれ以上亡くした大切な人達が冒涜されないようにと、願う事しかできないけれどここを押さえたら現実に叶うだろうか。
「……それは、とても大事なことだ」
 死を繋ぐ地へと向かう回廊に、その言葉は揺れるようにして——落ちた。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年8月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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